オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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第1章
初めてのVRMMO


 目の前の光景が信じられないと言った感じに、星は目を丸くしている。

 

「ここが……フリーダム?」

 

 そこには、まるで地球と同じ様な……でも全然違う、もう一つの世界が広がっていたのだ。

 

 天に向かって真っ直ぐと伸びる立派な針葉樹の木々が生い茂る森の中を切り開かれ、数多くの家が立ち並んでいる。空はどこまでも青く、真っ白な雲がゆっくりとその中を進んでいた。

 それはとてもゲーム世界の中とは思えない。まるで現実と大差ないほどのクオリティーの光景だった――。

 

「うわぁ~。すご~い!」

 

 星は嬉しさのあまり、思わず外に向かって駆け出す。

 

 広くどこまでも広がる空を見上げ。駆けていた星は突然、何か硬いものとぶつかって勢い良く弾かれ地面に倒れた。

 

「……いたっ!」

 

 尻もちをついた星の前には、銀色の鎧を着た目付きの鋭い男性が立っていた。

 

「なんだ! 誰だ? この俺様に喧嘩を売ったバカは!!」

 

 片手には弓を持ち、背中には矢筒を背負い。さらには男性の耳は異様に長く異質な存在感を放っていた……おそらく。その容姿から見るに、この男性の種族はエルフなのだろう。

 

 その男の怒りの篭った視線は、尻もちをついていた星へと向く。

 

 星は敵意を向けられていることに気付き、恐る恐るその男の顔を見上げる。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 震えた声で謝ると、星は慌てて合った視線を断つように頭を下げた。

 

 男はそんな星を見下しながら、不機嫌そうな顔をしている。

 

「ふん! 初心者? しかもガキか……?」

 

 次の瞬間。男は徐ろに背中の矢筒から矢を抜いたかと思うと、目にも留まらぬ早さで地面に座っている星を目掛けて矢を放った。

 

「……ひっ!?」

 

 高速で放たれた矢が足元の地面突き刺さり、少し遅れて星が小さく悲鳴を上げる。

 

 恐怖からか、体の震えが止まらず。星は男の顔を直視することができない。

 

「――このゲームがPK禁止で良かったな……もし【PK】ができるゲームなら、お前の頭を射抜いているところだったぞ? クソガキ!」

 

 男は苛立ちを抑えながら、そう吐き捨てるとさらに鋭く睨んだ。

 

 彼の言った【PK】とは『プレイヤーキル』の略で、プレイヤーを攻撃して金品を奪う行為を行うことができるシステムの略称だ。

 

 このゲームで財産は、出来る限り本人の意思なく他人に奪われない仕様になっている。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 星は掠れた声でもう一度謝ると、男は不機嫌そうに立ち去っていった。

 

 男が去って、今まで緊迫した雰囲気で硬直していた体がやっと動くようになると、ドキドキと脈打つ胸に手を当てていた星の頬を涙が伝う。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 エルフの男に絡まれたことが余程怖かったのか、星は泣きながら当てもなく街の中を歩いていた。

 

 街はRPGで良く目にする石畳の地面に西洋風のレンガ造りの建物が多く立ち並び、軒先にはテントが貼られた小じんまりとした店が点在している。

 中世ヨーロッパを思わせる街並みの中を数多くの人が忙しなく動き回っているが、泣いている星に目を止める者はほとんど皆無だった。

 

 そんな中、後ろから優しそうな女性の声が聞こえてきた。

 

「ちょっとあなた。どうしたの? 泣きながら歩いて……なにかあったの?」

 

 振り返ると、透き通った青い瞳に同じく長い青い髪をなびかせながら少女が、心配そうに泣きべそを掻いている星に向かって駆け寄ってくるのが目に入った。

 

 彼女は全身を白銀の鎧を身に纏い、腰には少し長めの剣を差している。

 

「い、いえ……なんでも、ないんです……」

 

 さっきの出来事で萎縮してしまったのか、星は腕で涙を拭うと、駆け寄ってきた彼女と目を合わせないように俯き加減に答えた。

 

「なんでもなくて、そんな顔してるわけないでしょ? モンスターにやられた? それとも誰かにいじめられた……とか?」

 

 その優しい彼女の声に、星の潤んだ瞳から溢れ出した涙が止めどなく流れ出す。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「えっ!? ど、どうしてまた泣くの!?」

 

 少女はわけも分からず、また大声で泣き出した星を見てあたふたしている。

 

 2人は街の噴水近くのベンチに腰を下ろしながら、しばらくの間少女に慰められ、やっと星は落ち着きを取り戻した。

 そして、星がどうして泣いていたのか、その理由を聞いた途端。今まで優しい笑顔を浮かべていた少女が、急に顔を真っ赤にして怒り出す。

 

「――なにそれ! それは間違いなく向こうが悪いわ!」

「いえ、でも……私からぶつかっちゃったので……」

 

 腕で涙を拭う星を覗き込む様に、少女が顔を近付ける。

 

 その美しい青い瞳を細め、小首を傾げた彼女は視線を逸らす星に尋ねた。

 

「あなた。ほんとにそう思ってる?」

「えっ? は、はい……」

「はぁ……そうね。初めてじゃ、そう思うのも無理もないか……」

 

 少女はため息をついてそう呟くと、自分の膝の上に手を置いてゆっくりと話し始める。

 

「――いい? このゲームでエルフは、3種族内で最もスピードが速い種族なの。多分向こうからは、レベル差もあるからあなたの動きなんて、きっと止まって見えていたはずよ?」

「……えっ? でもぶつかって……」

 

 彼女は呆れ顔でため息を漏らすと、こめかみの辺りを押さえた。

 

「はぁ……だから、向こうはわざとあなたにぶつからせたの! よく居るのよね。初心者プレイヤーを虐めて喜んでるやからが……」

 

 その話を聞いた星は、しょんぼりと肩を落としただただ地面を見つめる。

 

 落ち込んだ様子の星を見て、少女が声を上げた。

 

「――そうだ! 今から私が戦い方を教えてあげる!」

「……えっ?」

「もちろん。あなたが良ければの話だけど、どうかしら?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 星は嬉しそうに頷くと、彼女のその申し出を快く受け入れた。

 

 正直。ゲーム事態初心者で右も左も分からない星にとって、彼女の申し出は願ってもないものだった。しかし、VRMMOという現実世界と類似して肉体を動かすこのゲームでは、ゲーム自体が初心者の星には優しいとはとても言えない。だが、戦闘を覚えておくのは、今後の為にも有意義なものになるだろう。

 

 

 街を出た2人は【始まりの草原】という見渡す限り、木なども全くない大草原へとやってきた。

 草原には多数のLv1と表示されたこの世界最弱モンスターのラットが、草原を我が物顔で歩き回っている。

 

 その中には初心者のプレイヤーも複数居るようだが、間隔も十分に空いているので邪魔にはならなそうだ――。

 

 隣に立っていた少女が、ゆっくりと星の方を向く。

 

「そういえば、あなたVRMMO系の戦闘は初めて?」

「は、はい……」

 

 悠々と歩くラットを見て肩を強張らせながら、緊張した様子で返事をする星の姿を見るなり少女は「ぷっ」と息を漏らした。

 

「あんなラットくらいで緊張してたら、先が思いやられるわよ? ほら、肩の力を抜いて……同じレベルなんだし。油断しなければやられないから、安心していいわよ?」

「……は、はい」

 

 何度か深呼吸をしたものの。それでも緊張した様子で頷く星に、少女は軽く咳払いをしてゲームの説明を始める。

 

「このゲームの特徴は武器や攻撃なんかのスキルがないところなの。あっ、ないと言うか……まあ、あるにはあるんだけど、今は使わないから。まずはHPバーの説明だけど……多分、目に見えるところに青い円の中に数字が書いてあるでしょ?」

「はい。15って出てます」

「うん。それがヒットポイントね! でも、無くなっても近くの街の教会に送られるだけで、本当に死ぬわけじゃないから安心して」

「そうなんですね。良かったぁ……」

 

 それを聞いた星はほっと胸を撫で下ろすと、息を大きく吐いた。

 安心しきって完全に緊張を解いた顔になっている星の目の前に、少女の人差し指が突き出され。

 

「でも、死ぬと実際に死ぬほどではないにしても、凄く痛いから覚悟して戦うように!」

 

 少女は真面目な顔で注意する。

 

 一度は全身から抜けた力が緊張と恐怖から全身に再び力が入り、星は強張った全身を小刻みに震わせている。

 その時、この世界にきて始めて起きた出来事が星の頭の中を駆け巡る。

 

(やっぱり痛いんだ……)

 

 ゲーム世界にきてからバラの花を持った時、転んだ時、どちらも痛みがあった。

 そうなのだろうとは予想をしていたものの。あらためて痛みがあると聞くと、やはり物怖じしてしまう……。

 

 意識すればするほど心拍数が上がり目の前のウサギ程度の大きさのラットでさえ、まるで凶暴な野獣のように星の目には映っていた。

 

 完全に血の気が引いて顔面蒼白の星を気にかけるように、少女が話し掛ける。

 

「ねぇー。大丈夫? 顔色が悪いけど……」

「も、もし……攻撃されたら?」

 

 星は不安そうにそう呟いて、少女を見上げた。

 

「大丈夫! 私があなたを殺させないわ。こう見えても私、結構強いのよ?」

 

 少女は力強く告げると、怯えた様子の星に向かってにっこりと微笑んだ。その後、少女は思い出したように指でコマンドを操作する。

 

 すると、星の目の前に――。

 

『エミル様より星様へのパーティー申し込みが行われました。了承しますか? 【YES】【NO】』

 

 っというメッセージが表示された。

 

 ゲーム自体これが始めてのプレイとなる星には、その内容がさっぱり読み取れずただただ首を傾げている。

 

「これは?」

「PTのコマンドよ? 今のままだとあなたのHPバーが私には見えないから、もしもの時にどうしようもないでしょ?」

「……そうなんですか?」

 

 星はその言葉を聞いても、意味が分からないのかきょとんとしている。

 

 それもそのはずだ。星は生まれて初めてゲームをプレイしている。それも最近やっと普及してきたばかりのVRMMOシリーズのゲームだ。

 

 この【VR】とは、実際にゲーム内に入った感覚でプレイできるという画期的で最近流行り始めたゲームジャンルなのだが、ハードも頭に被るのではなく手首に巻くリング状という奇妙なもので、その理論も多くが謎に包まれていたことから、科学的に人体に影響がないのか?という大衆の不安の声もあり。日本ではそれほど大きく浸透していなかった。

 

 だが、ある国際的な医療機関が人体への影響はないと表明してから、日本国内でも爆発的にヒットし始めたのはまだ記憶に新しい。

 

 星はVRどころか、子機などのゲーム自体したことがないという事実を少女に告げた。

 さすがにそれには、少女も小学生でゲームをしたことがないということに少し驚きを隠せない表情をいていたが、すぐに冷静になって。  

 

「……なるほどね。ゲーム自体が初めてということは、オンラインゲームも初めてなのね」

「はい。ごめんなさい……」

 

 星が俯き加減に謝罪をすると、少女は少し困った顔で聞き返した。

 

「いや、別に謝ることじゃないんだけど。なら、どうしてこのゲームをしようと思ったの? 正直。初心者の子には少し……というか、かなり難しいジャンルのゲームだと思うんだけどVRって……」

「いや、それは……その……」

 

 星は彼女のその質問に思わず口を噤んだ。

 

 それもそのはずだ。まだ出会ってそこまで経ってない人に『母親に怒られた勢いで、見知らぬ人から貰ったゲームをプレイした……』なんて、とてもじゃないが言えない。

 

 下を向く星を少女は不思議そうにただ見つめている。が、すぐにパンッと手を叩くと。

 

「まあ、いいわ。人にはそれぞれ事情があるもの。無理に喋らなくても――ねっ?」

「は、はい!」

 

 表情をパァーと明るくする星に、少女も安堵した様子でほっと胸を撫で下ろす。

 

「それより問題なのは……」

「――も、問題なのは……?」

 

 少女はそう言って身を乗り出すようにして星の顔を覗き込むと「あなたのレベルとキャラ名でしょ?」と、彼女は今までで一番の笑顔でにっこりと微笑んだ。

 

 ゲームの仕様で、パーティーを結成しないとキャラクターの名前とレベルは表示されないようになっていた。 

 それはプレイヤー同士での些細ないざこざを起こらなくすることと、ゲームシステム上の処理速度の面でも、名前などの細かい情報を表示しない方が効率がいいという両方の利点があるからだ。

 

 星は「はあ……」と間が抜けたように返事をする。

 

 理解が追い付かず、完全に置いてけぼり状態の星に微笑み掛けた。

 

「とりあえずPT組みましょう。そうすれば、レベルと名前が分かるしね!」

「へぇ~」

「ほら、分かったなら早く【YES】を押して」

「は、はい!」

 

 彼女に急かされるように言われ、星が慌ててコマンドの【YES】の方の画面を指で突いた。 

 

 すると、自分の右上側に小さく彼女の名前とレベルが表示される。

 

「えっ? エミルLv100?」

「へぇ~。星ちゃんね。ほんとにLv1なんだ」

「ほ、ほしじゃなくて、せいです……」

 

 星は不機嫌そうに少し頬を膨らませながら、彼女の言葉を訂正する。

 

 まあ、名前を間違われれば当然と言えば当然だが、星が自分の名前を気に入っていることも原因だったかもしれない。

 

「ご、ごめん。星ちゃんね! 覚えた。うん! すっごく可愛い名前ね!」

 

 エミルはそう言って誤魔化すように、にっこりと微笑んで見せた。

 

 星は不機嫌そうな顔をしながら、そっぽを向くと「お世辞なんていいんです。どうせ変な名前ですから」と小さく頬を膨らませて憎まれ口を叩くと、完全にふてくされてしまった。

 

「そ、そうだ! 星ちゃん。武器は何がいいかな?」

「……武器?」

 

 ご機嫌斜めになった星を見て、エミルはなんとかこの状況を打開しようと咄嗟に話を切り替える。

 

「普通のMMORPGでは魔法とかがあるんだけど、このゲームはちょっと特殊で、プレイヤーの最初から覚えているスキルで決まると言ってもいいわ」

「スキル……?」

 

 ゲーム初心者の星に専門用語を使っても分かるわけもなく。星は難しい顔をしながら、ただただ首を傾げている。

 

 しかし、困っているのは星だけではなく、ゲーム用語が通用しない相手にエミル本人もたじたじの様子で――。

 

「そっか……えっと、スキルというか技術や身体能力で強さが決まるって言ったら分かる?」

「技術? テクニック……ですか?」

「そう! それ!」

 

 エミルは手をパンッと叩くと、笑顔で説明を続ける。

 

「このゲームではリアルに少しでも戦闘を近付ける為に、あえて魔法や銃などの高火力な遠距離系の攻撃をキャンセルしてるの。基本はスキルというものは、武器強化か肉体強化の2種類しかないわ。そこで重要なのが、武器の選択『剣』『弓』『体術』の3種類。他にも色々あるけど既存のショップで買えるのはこれくらいね。まあ、まずは見てもらった方が早いかな?」

 

 説明を聞いて難しい顔をしている星に、エミルは微笑みを浮かべると、腰に差している長めの剣を引き抜いた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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