オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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黒い刀と黒い思惑5

 目の前で交戦したいた男性は、肩で息をしながら必死に攻撃を防いでいた。対峙していたのは『村正』を手にしたエルフの女性だった。

 

 だが、その表情は狂気に満ちていて、まるで人の負の感情が前面に出ているようなそんな感覚がした。まあ、どっちにしても。明らかに話して分かり合える感じではないことは確かである。

 戦っているのは中級クラスのプレイヤーなのだろう。防御しつつ隙あらばと、持っていた剣で村正の刀身を横から叩くが、踏み込みが足りずに武器破壊にまでは至らない。

 

 武器破壊は元々設定されている耐久値を減らし切るか、一部分に強い刺激を与えてやれば容易に壊れる。

 基本は剣の刃のない横の腹の部分に強い衝撃を与えれば壊れるのだが、相当な力量差がなければ不可能に近い芸当でもある。

 

 ベテランのプレイヤーならば何度か経験しているので、ウィークポイントも力の入れ具合も把握できているのだが、経験の浅いプレイヤーはそうもいかない。 

 武器破壊を諦めてプレイヤーを直接攻撃したとしても、HPが『1』に戻れば一時的に決着が付き。村正に操られたプレイヤーが攻撃してきて再び戦闘を開始され、それが武器の能力によってこちらのHPが『0』になるまで続く。

 

 一番の問題は、敵の持っている黒刀『村正』のHPを削り切ることができる能力ということ……その為、対戦を終わらせるには、なんとしてもHPではなく武器自体を破壊しなければならないのだ――。

 

 緊迫した攻防の隙に割り込むようにして、エミルが黒刀を持ったエルフの女性の前に立つ。

 次の瞬間。襲い掛かろうと上段に振り上げた一瞬の隙を突いて懐に飛び込んだエミルの持っていた剣の柄が女性の腹部を捉えた。

 

 体勢を崩した女性がなおも黒刀を構え振り抜く。それを左の剣でガードし、即座に右の剣で彼女の持っていた黒刀の刀身をへし折った。

 

 今まで交戦していた男性も苦戦していた武器破壊が、呆気ないほどにあっさりと砕け散ったことに男性が最も驚いている。

 

 直後。砕け散っていく『村正』を横目に次の場所へと向かっていく。その後もエミルは破竹の勢いで次々と黒刀を持った者達を正気に戻す。

 

 両手に剣を手にしたエミルの戦闘に、危なげなんて言葉は微塵も感じられない。

 全てがまるで始めから終わりまで、そうなるべくしてなった――っと言ってもいいほど、襲い掛かる敵の多彩な攻めを避けきり。的確に持っていた黒刀を砕いていく。しかし、それも長くは続かなかった――。

 

「……くっ、これはまいったわね」

 

 そう呟いた彼女を取り囲むように、10人の『村正』を持ったプレイヤーが刀を構えていた。

 

 別にエミルが油断をしていたわけでもなんでもない。ただ単に敵の数が多すぎたのと、突如現れ次々に撃破していく彼女を危険と察した彼等が、数で対処しようとした結果に過ぎなかった。多少勢いに任せて、前に出過ぎたエミルにも責任はあるのだが。

 

 威嚇するように鋭く睨みを利かせるエミルにジリジリと迫る敵、事態は予想以上に悪い。

 そんな絶体絶命の彼女を取り囲んでいた敵が一斉に襲い掛かる。するとその直後、突如として上空から飛んできた長いハルバードが地面に突き刺さる。

 

「――なっ! 何ッ!?」 

 

 上空から突然降ってきたハルバードに驚き一瞬目を見開いたが、素早く警戒したような表情へと変わった。

 それもそのはずだろう。エミルは以前にもその武器を目にしていた。もし、それが自分の考えている人物のものだとするなら……。

 

 徐に空を見上げると、目を細めたエミルが不機嫌そうに眉をひそめた。そこに居たのは、もう二度と会いたくないと思っていた人物だったからだ。

 漆黒のドラゴンの背に仁王立ちして結んだ長く黒い髪を風に揺らしながら、エミルを真っ直ぐに見つめる茶色い瞳の男。

 

 あのダークブレットの事件以降、イシェルに彼のことを尋ねたら「そんな人。最初からおらんかったよ?」と呆気なく返され、すでに死んだものと思い込んでいた彼を目の当たりにしてエミルの脳裏を微かな不安が襲う。

 

 それは『星が乗ったレイニールが彼に襲われたのではないのか』ということだ。

 この世界で自分と同じ『ドラゴンテイマー』はそう多くない――いや、彼を除けば1人も見たことがない。

 

 正直。このフリーダム内に、飛行能力を持った固有スキル持ちは皆無と言ってもいい。

 もし持っていたとしても、それは有名ギルドの一握りの人間だけだろう。あの紅蓮もその一握りの1人であり、飛行スキル持ちは他のプレイヤーより多くのアドバンテージが得られる。

 

 

 その中でもエミルのようなドラゴン使いは、ドラゴンのブレス攻撃という飛行スキル持ちの中でも、飛び抜けた攻撃手段と性能を持っていた。

 それの更に上位に位置する巨大なダンジョンボスクラスの特別なドラゴンが、星のレイニールとエミルのリントヴルムだ。

 

 だが、彼――上杉影虎もファーブニルという名前の黒竜を所有しているが、そのドラゴンも見た目だけでも間違いなくダンジョンボスクラスのドラゴンなのだろう。しかし、どうしてそれが星達を襲うのかと言うと……説明すれば、呆れるほどに簡単な理由だろう。それは単に脅威であり、目障りだからだ――。

 

 ただでさえ目立つ外見の黄金のドラゴン。熟練のプレイヤーなら、そのドラゴンの技量も大体は窺い知れる。そして何より、自分と同じ固有スキル持ちを鬱陶しく思わない者などいない。

 

 ネットゲームのプレイヤーの中でもMMORPGというジャンルのゲームをプレイしている者は、とにかく特別な武器や装備、スキルなどを所有している愉悦感と劣等感が半端ない。もしオリジナルの武器や防具を持っていようものなら、まるで英雄の様に持てはやされ、更に裏ではそれを嫉んだ者達からの羨望の眼差しが向けられ、最悪の場合は物欲と憎悪に狂った者に襲撃されるなんてことも少なくはないのだ。

 

 しかも、その中でも彼は特殊だ。独占欲と自尊心の塊の様な男だ――しかも、彼は両手の指で数え切れる程度のレアスキルである。飛行スキル持ちとの戦闘を想定に入れている変わった人物だ。

 

 エミルが以前彼にやられた時もそうだったが、本来飛行スキル持ち同士の戦闘など視野に入れていない。飛行スキル持ちのプレイヤーとはそれだけ珍しい存在だと言うことだ――それなのにも関わらず、彼は対ドラゴン用に長いハルバードを準備していた。

 

 それがエミルを意識していたからかは分からないものの。日頃のストーカー紛いの行動と、彼の言動から察するに『誰よりも自分が一番』という思考の持ち主であることは分かる。

 

 そして彼はその中でも筋金入りにプライドが高い。そんな彼がいつ敵に回るかも分からないドラゴンを生かしておくわけがないだろう。

 

 そう考えたら、エミルは身震いするほどの悪寒を感じ、顔を一瞬にて青ざめさせた。

 

「……星ちゃん」

 

 震えた声で小さく呟くエミル。

 

 そこにドラゴンの背中に仁王立ちしていた影虎が飛び降りて、エミルの背後に着地した。

 本来なら、あまり高い場所から飛び降りるとHPが減少して消滅してしまうのだが、どんな仕掛けかは分からないものの彼はHP消費もなくピンピンしている。

 

 だが、今のエミルはそんなことなどどうでもいい。飛び降りて来た彼に剣先を向けると、威圧するように大声で問い質す。

 

「あなた! 金色のドラゴンを襲ってないわよね!」

 

 睨みつけるその瞳には星の安否を按じているか、涙で滲んでいた。

 

 その瞳を見て、影虎はニヤリと不敵な笑みを浮かべ。

 

「――そうか……分かったぞ? それは照れ隠しだな! 俺がこうしてお前の窮地に駆けつけたのがそんなに嬉しいのか!」

「いいから答えなさい! 黄金のドラゴンを襲ったの襲ってないのどっちなのよ!!」

 

 全く噛み合わない返答にイライラしながら、彼の眼前に突き付けた刃を更に突き出す。

 

 影虎は口元に笑みを浮かべると。

 

「なに心配するな! 黄金のドラゴン使いか何か知らないが、俺はお前にしか興味はないぞ。北条!」

「………………」

 

 その屈託のない笑顔に、エミルはどう対応したらいいのか分からずに、あんぐりと口を開けたまま呆然としていた。 

 

 だが、その返答でこの男は星に危害を加えていないということが分かっただけで、エミルは内心ほっとする。その時、突如としてエミルの体が後ろに倒された。地面に背中を叩き付けられ、突然のことで驚き抵抗もできなかったエミルがせめてもの抵抗にと影虎を睨みつける。

 

 すると、彼は地面に突き刺さっていたハルバードを引き抜き、素早く円を描くように振った。直後。辺りを取り囲んでいた黒刀を持った者達が悲鳴を上げ、音を立てて吹き飛ぶ。

 自分を守るように見せたその流れる様な一連の動作を目の当たりにして、エミルは一瞬胸の鼓動が高まるのを感じた。

 

 だが……。

 

「――ふふっ、どうだ北条。俺の女にならないか?」

 

 すぐ後に影虎は、したり顔でエミルの顎に手を当て告げる。

 

 そんな彼のドヤ顔を見たら、体の奥底から怒りが沸々と湧き上がってきて。

 

「……誰があんたみたいなのと!」

 

 エミルは覆い被さっていた足で影虎の体を蹴り飛ばすと、むっとしながら睨み付けビシッと指差しながら言い放つ。

 

「私はあなたに興味ないわよ! それに私は北条じゃない! 伊勢よ!」

 

 一瞬驚いた表情をした彼だったが、そう言って否定した彼女にすぐに。

 

「ふっ、なかなか強情な女だ……だが、城も強固な方が落としがいがある。今はダメでもいつか、いつの日か必ず俺の女にしてやろう!」

「――そう。なら、この状況をなんとか打開しないといけないわね……」

 

 彼の言葉を軽く流して、エミルは持っていた剣で影虎の後ろを差し示した。

 そこにはたった今影虎のハルバードで斬り伏せられた者達が、HPがなくなった者達もバトルが終了したと同時に全快したHPで次々と起き上がっていた。

 

 確かにこの絶望的な状況を何とかしなければ、彼の目的は決して達成されないのだろう。まあ、この状況を打壊したところで、エミルの心が変わる可能性の方が低いと思うが……。

 

 エミルの言葉に笑みを浮かべた影虎もまた、彼女の後ろを指差して身を翻す。

 

 背を向けた彼を警戒しつつも、エミルもくるっと後ろを向く。

 

「あなたのその武器。攻撃力はあるみたいだけど、いくら倒しても武器を破壊するまでは、この戦いは終わらないわよ? この人達は操られているだけ。武器か、武器をばら撒いている張本人を倒さないと……」

「ほう、こいつらは武器でこうなっているのか……なるほどな」

 

 素直にエミルの言葉を聞き入れた彼に、少し戸惑いながらエミルが呟く。

 

「……疑わないの?」

 

 驚きながらもすぐに訝しげにそう尋ねたエミルに、影虎は笑みを漏らした。

 

「ふん。惚れた女に騙されるなら、それもまた一興だ……」

 

 影虎のその言葉にエミルは「バカじゃないの!」と毒づき、プイッとそっぽを向いて息を整え剣を構え直した。

 

 エミルの言葉を聞いた影虎は持っていたハルバードを地面に突き刺し、新たに刀を取り出す。背中合わせの影虎に、エミルが真面目な声音で告げた。

 

「私の後ろは任せるわ。だから、あなた後ろは私に任せて……」

「心配するな! 最初からそのつもりだ!」

 

 直後、影虎が刀を峰を前に向け構え、突っ込んでいく。

 

 エミルも口元に微かな笑みを浮かべて剣を構えると、前方の敵に向かって走り出す。




小説家になろうをメインに活動しています。
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