オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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決戦に備えて

 4人が街に着くと人の姿は殆どなく、予想以上に街全体の雰囲気が悪くなっていた。

 

 以前も人通りが多く活気に溢れていたとは言えなかったが、今はなお酷いと断言してもいいほどだ――街に出ているプレイヤー達は、一部の例外なく装備を常時装備したまま、道行く他のプレイヤー達に睨みを利かせている。

 

 彼等の突き刺す様な鋭い視線は、エミル達の様な女性プレイヤーにも容赦なく浴びせかけられていて、とてもじゃないが普通に街を歩ける状況ではない。

 そのせいか他の女性プレイヤー達は宿屋でも、宿を男女で分けるようにして……というより。強制的に男性プレイヤーを追い出すかたちで、独自の防衛手段を取っているようだ――。

 

 現にエミル達の目の前で近くの宿屋から多くの男性プレイヤー達が締め出しを食らっていた。

 

 理不尽とも言える横暴な彼女達のやり方に、同じ女性プレイヤーであるエミル達3人も渋い顔をせざるを得ない。

 いや、正確にはイシェルを除く2人だが……イシェルだけは終始笑顔を浮かべたまま、エミルと一緒に出掛けられていることを素直に喜んでいるようだった。

 

 そして追い出された男性プレイヤー達は、口々に不満をぼやきながら「これだから女って奴は」と、これ見よがしにエミル達を横目で睨んで去っていく。

 

 周りからは老人のベテランプレイヤーに媚びへつらう若い女性プレイヤーという感じで思われているのかもしれない。

 まあ、黒い道着を着た長い白髪を束ねた老人の後ろを、淡い紫色の着物を着て長く艶やかな紫色のロングヘヤーをなびかせながら歩く見た目はいいが装備というには些か頼りない容姿の少女。

 

 そして白銀に輝く西洋風の甲冑に負けず劣らず。美しい青い髪をなびかせながら、腰には自分の腕と同じくらいの太さのロングソードを差している少女。

 

 極めつけは、肩までの黒髪に青い瞳をした高価な革鎧を着た初期のショートソードを腰に差している少女だ。

 ここまでくれば、もうネタパーティーでしかない。自分達は何もしていないはずなのだが、他の女性プレイヤー達の暴挙に、何故か彼等に申し訳ないという感覚に襲われながらエミルが小さなため息を吐き出す。  

 

 昨晩の事件が原因だとしても、一夜にして人間不信がこれほどまでに伝染するとは、誰も考えもしてなかっただろう。

 

 一部始終を見ていたマスターが徐に呟く。

 

「――これは酷いな……警備しているプレイヤーも多いが、この有様の街をいつまで守ろうとしてくれることやら……」

 

 マスターの言葉通り。重武装した様々な男性プレイヤー達が、街の街頭に立っていた。彼等の胸元や腕に様々な模様をあしらった刺繍を付けている。そのことから、彼等は同じギルドに所属する者で、様々なギルドが自主的に街の防衛に参加していることが窺い知れた。

 

 彼等は街を愛しているが故に、何の見返りもない市街地の防衛を行っているのだ。

 そんな彼等がいつまで、この荒んで変わり果ててしまった街を警備してくれるのか……だが、そう長くは保たないだろうとエミルは思いながら街を歩いていた。

 

 そんな時、突如としてエミルの耳に飛び込んできた。

 

「そういえば、聞いたかよ。昨晩の事件を解決したのは、黒髪で紫色の瞳をした小学生の女の子らしいぜ」

「はぁ? 嘘だろ? 小学生って、このゲームのハードは結構な値段するから小坊がプレイできるわけねぇーだろ?」

「いや、話によると、このゲームを開発した奴の娘とかなんだってさ」

「マジかよ! それじゃー。俺等より強い固有スキルとか持ってて、これ見よがしに人目につく場所で無双しまくってんのかよ! たちわりぃーな。いくら街を救ったって言っても、俺達帰れねぇーんじゃ意味ねぇーし! 街救って正義面とか、とんだDQNだよなそいつ」

「だよなー」

 

 エルフと人間の男達がゲラゲラと笑いながら街を歩きながら大声で言っていた。

 彼等の言う【DQN】とは『ヤンキー風で頭の悪い人』という意味で使われることが多いが、それ以外にも『とんでもなく馬鹿な人や非常識な人』によく使うネット用語のことだ――。

 

 だが、そんなことなどエミルにはどうでもいいことで……。

 

 エミルは彼等の話を聞いて、怒りで震える拳を握り締めると。

 

「ちょっと貴方達!!」

 

 鬼の様な形相で男達に近付いていくと、エミルは彼の装備の隙間から出ている襟の布地を掴み上げた。

 彼等よりもエミルの方がレベルが上なのだろう。エミルは軽々と胸倉を掴み上げ、彼の体が宙に浮き上がる。

 

 驚き目を丸くさせているエルフの男を余所に、もがく人間の男を鋭く睨みつけながらエミルが更に追求する。

 

「――その話……誰から聞いたの? ……その情報源はどこ?」

 

 彼女の口から出た殺気の籠もった視線と声音に、男が震える声で答えた。

 

「……う、噂だよ噂! だけど、目撃者は多くて……その、目撃場所も複数あるから、本当かどうかは……」

「……そう。ありがとう」

 

 低く小さい声で告げると、エミルは彼の胸倉から手を放した。その瞬間、彼はエルフの男と共にその場を一目散に走り去っていく。

 

 エミルは逃げていく彼等に脇目も振らず、顎に手を当て思考を回す。

 彼等の言ったことが本当なら、容姿から見て間違いなく星だろう。だが、だとしてもその目撃場所が複数あったというのは不可解である。

 

 昨晩、間違いなく星はエミルの目の前にいた。地面に崩れ落ちた星を抱きしめた時の温かい感覚が、未だにエミルの手にはしっかりと残っている。しかし、一番理解し難いのは、星を目撃した場所が複数あるということだろう。

 

 さっきの男の慌て方から見て、彼は嘘を付いていたとは考え難い。

 もし、その全てが本当の星だとしたら、彼女の固有スキルにまだ隠された何かがあるということなのか。

 

 難しい顔で首を捻っていると、そこにイシェルが声を掛けてきた。

 

「――どないしたん? エミル。また怖い顔になっとるよ?」

「えっ? ううん。ちょっとね」

 

 咄嗟に言葉を濁すエミルに、イシェルは不満そうに頬を膨らませている。だが、イシェルの性格を知っているエミルとしては、星のことを彼女に相談しても、それこそ無駄だと分かっていた。

 

 結局のところ、イシェルに相談事をすると「エミルの思う通りにしたらええよ。どんな時も、うちはエミルの味方やよ~」と微笑み返されてしまうだけなのだ。しかも、実際に彼女はその言葉通りに動くから困ったものだ――。

 

 その時、少し後ろを歩いてきていたフィリスが小声で訴えかけてくる。

 

「……あの、早く終わらせて戻りませんか? 私、この雰囲気に耐えられなくて……」

 

 フィリスは不安そうな表情で辺りをきょろきょろと見ている。

 まあ、無理もないだろう。装備品以外殆ど全てを部屋に置いてきたのだ、そんな状況下で不安にならない方がおかしい。

 

 街の雰囲気もぎくしゃくしていて、正直なところエミルもあまり長居をしたい心境ではなかった。

 

「そうね。早く終わらせましょう!」

 

 にっこりと微笑みエミルがそうフィリスに告げると、フィリスも満面の笑顔でそれに応えた。

 

 エミル達は大通りを歩くと、ダイアモンドを象った看板の店が見えてきた。

 それはどう考えても宝石店にしか見えないのだが、この世界ではここが回復アイテムなどを置いているショップなのだ。

 

 このゲームの回復アイテムは輝く宝石を模していて、使用するとその光が失われただの石へと変わる。という設定になっていた。要するに木を狩るなら森、宝石を買うなら宝石店というわけだ――。

  

 店の中に入ると、ショウケースの中にはHPを回復させるヒールストーンや異常状態を回復させるリカバリーストーン。

 他にも、半分の確率で敵を異常状態にする宝石。敵を痺れ状態にするライトニングストーン。敵をやけど状態にするファイアーストーン。敵を毒状態にするポイズンストーンなどがあるのだが、これらのストーン類はあまりというか殆ど使用する人がいない。

 

 何故なら成功確率50%という曖昧な確率で、モンスターのレベルによっては効果時間が10秒にも満たないというアイテムだったからだ――。

 

 これなら、毒などの異常状態ポーションと武器を合成して作った武器の方が確率100%で対人戦でも使用できる為、こっちの方が重宝されている。とはいえ、魔法のないこの世界では回復方法と言ったら、ヒールストーンを使うか宿屋に泊まるか、ゲーム開始時に用意されているマイハウスに泊まるかしかない。

 

 負傷した場合は後のHP減少率に影響をきたす為、宿屋に泊まるのが一般的なセオリーだが、HP回復と疲労程度ならマイハウスやその場で使えるヒールストーンが一般的だ。が、かと言って疲労していても相当ではない限り、視界と意識の混濁が起こるだけで気絶するまではいかない。

 

 気絶するのはダメージの許容範囲をオーバーするか、過度に精神に負担が掛かった場合にシステムが自動で判断しプレイヤーの負担を軽減させる目的があるのだ。

 年配のスーツの女性がショーケースの前まで歩いていくと「ご注文をどうぞ」と尋ねてきた。そう。彼女はNPCなのだ。だからこそ、システム以上のことは発言も行動もしない。

 

 普段は何も感じないのだが、こういう街の治安が悪化し、鬼気迫る状況下では不思議な安心感がある。それは彼女達NPCを見ていると、この世界がゲームであることを実感できるからかもしれない。特にこの地獄の様な状況下では尚更だ……。

 

 それぞれアイテム欄いっぱいまでヒールストーンとリカバリーストーンを買い込むと、街の端に待機させていたリントヴルムで一度城に戻り。アイテムを部屋に置いてくると、再び店に戻ってを結局4回ほど繰りかえした。




小説家になろうをメインに活動しています。
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