オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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奇襲当日2

 観念して大人しく席に戻る星の耳元で、レイニールが震えた声で小さく呟く。

 

「エミルも怖いが、エリエも怒らせると怖いな……」

 

 星もその意見に同意して小さく頷き返す。

 

 それから、すでに1時間が経過した……。

 

 だが、状況は未だに3人がテーブルで向かい合っている膠着状態が続いていた。

 とても居づらい雰囲気が部屋に充満する中、星が徐に手を上げて言った。

 

「……あの。お腹が空きました……」

 

 遠慮がちに手を挙げている星を見て、壁に立て掛けてある時計に視線を移すと、午前11時を針が指していた。

 

 エリエは星と時計を交互に目をやり、小さくため息を漏らし、隣に座るミレイニの顔を横目で見る。

 その横でミレイニがビクッと、一瞬震えた様に見えた。だが、すぐに彼女が怯えた理由が分かる。

 

 再び今度は大きめのため息をついて、エリエは額を押さえると。

 

「実は……星の分のご飯を気付いたらこの子が食べちゃったのよ……」

「ちっ、違うし! あたしじゃなくてギルガメシュが食べたんだし!」

 

 机を叩いてそう主張するミレイニだったが、それはギルガメシュも初耳なようで、驚いたようにミレイニの服の中から飛び出して肩にちょこんと乗って否定する様に首をブンブンと振っている。

 

 ギルガメシュの様子から、ミレイニが嘘を言っているのは明白だったが、あえてそれ以上エリエは追求しない。そのかわりにと言わんばかりに、エリエがミレイニの頬を笑顔で引っ張る。

 

「どっちみち、責任は飼い主にあるわよね~」

 

 満面の笑みを浮かべながら、ミレイニの頬を引っ張っているエリエからは、最初からどんな言い訳をしてもこの結果は変わらなかっただろう。

 

「いはい~いはいひ~」

「……あなたが食べたんでしょ? ペットに責任を押し付けるんじゃないの!」

「はっへ、いへるのつくうおはんおいひくて、うい~」

「美味しくてついじゃないでしょ~!! ほら、ごめんなさいは?」

 

 ミレイニの頬を引っ張ったり縮めたりしながらエリエが尋ねると、ミレイニは「ほえんなはい」と何度も口にしてやっとエリエが手を放した。

 

 赤くなった頬を撫でているミレイニの横で、テーブルの上に乗っているレイニールとギルガメシュがひそひそ話している。

 

「――お前の主はもうダメなのじゃ。それに比べて我輩の主なら、あんな人に責任を押し付ける事は言わん。お前もこっちに来ればいいのじゃ!」

「キュキュ!? キュウゥゥ…………フルフル!」

 

 一瞬考えたギルガメシュが、すぐに我に返りブンブンと頭を振る。レイニールは悔しそうにそっぽを向く。

 何故か、ミレイニからイタチを言葉巧みに誘惑して引き抜こうとしているレイニールのことは、今は放っておこう。

 

 エリエは困り顔で首を捻ると、徐に口を開いた。

 

「私じゃイシェルさんを超える料理は作れないけど……お菓子なら! ちょっと待ってて、今とびきり美味しいケーキを作るから! ほら、行くわよミレイニ。あんたも手伝いなさい!」

 

 そう言い残し、エリエはリビングからミレイニを連れてキッチンへと消えていった。

 

 もう一度頬を引っ張られてはたまらないと、ミレイニも素直に従ったのだろう。しかし、レイニールと星はその後ろ姿を見送り。しばらくはポカンとしていたが、すぐにレイニールが星の耳元で呟く。

 

「今じゃ主! 抜け出すなら今しかないのじゃ!」

「でも……」

 

 キッチンの方を見て渋い顔をしている星に、レイニールが「なら、あの無礼者に会わなくても良いのか?」と言葉を続けた。

 

 星はこの胸に引っ掛かったままになっている感情の正体がなんなのか……それを知りたくて、小さく頷きそっと部屋を後にする。

 

 扉を出ると星は扉に向かって一礼して、そのまま城を飛び出していった。

 昨日彼とあった森の中へ急ぐ星を駆り立てるのは、彼のことを考えると起こる動悸と彼の微笑んだ時の優しい笑顔だけだ――そして、その心の奥底にある。この懐かしさにも似た感情の意味だった。

 

 

               * * *

 

 

 時間は星が起きる前へと遡り……。

 

 早朝、珍しくカレンに起こされ、エミルとイシェルが寝惚け眼のままのっそりと起き上がる。

 ここでおかしいのはエミルが一発で起きたことだ――寝起きが人一番悪いエミルが本来ならば、こんなにあっさりと起きるはずがない。

 

 そんな彼女がすぐに起きたのは、昨晩はよく眠れなかったからなのだろう。

 

 っと言うか、全く寝ていないと言ってもいい。瞼を閉じているだけで疲労は回復するから今の状態でもエミルの体には疲労は残ってはいないが、だとしても精神的には消耗する。星のこと、街のこと、敵のこと、それらを考えていれば眠れるものも眠れなくなるのも無理もない。

 

 2人が起きたのを確認したカレンが、いつにも増して畏まった様子で告げる。

 

「師匠が呼んでます。用意ができたらリビングに来て下さいとのことです」

「――ええ、分かった。すぐに行くわ! ……行ってくるわね。星ちゃん。必ずあなたを元の世界に戻してあげるから……」

 

 横で寝ている星の前髪を掻き分け、頭を撫でてエミルが優しく微笑む。

 

 その優しい表情は、妹を見る姉そのものだった……。

 

 星の髪を撫でているエミルに、イシェルが不満そうにそっと問い掛ける。

 

「その子もええけど……うちはどうなん?」

 

 軽く頬を膨らませているイシェルに、エミルはくすっと息を吹き出すと。

  

「もちろん、あなたもよ。イシェ」

「そう……いこか。エミル」

 

 互いに笑みを浮かべて頷く。

 

 この二人には友情よりも、もっと強い何かを感じざるを得ない。

 彼女達はリアルでも仲らしいが、それ以上は聞いたことがない。ただの友達と言うより、姉妹のように息が合っているとたまに感じることがある。

 

 リビングに出ると、そこにはマスターが険しい表情のまま腕を組み俯き加減で待っていた。顔を上げた彼の表情は、どことなく緊張しているように見える。

 さすがの彼でも、これほどの作戦を控えれば緊張するのだろう。そう思うと、エミルは少しほっとしている自分がいた。徐に立ち上がり、マスターが口を開くと。

 

「もう良いのか? なら、行くか……メルディウス達は一足先に街に行っておる。さっさと仕事を終わらせて、皆で元の世界に帰るぞ!」

 

 マスターの言葉に深く頷くと、思い出した様にイシェルがポンと手を叩く。

 

「エリエちゃん達は、今回もお留守番な~。ご飯はキッチンにあるシチューを食べてな~」

「「えぇー!!」」

 

 不満の声を上げたエリエとミレイニが、テーブルに身を乗り出すようにして立ち上がる。

 2人としては行く気満々だったのだろう。がっかりしているというよりも、隙あらば一緒に付いていこうと考えているのは、その目を見ればすぐに分かる。

 

 それを察したのか、エリエ達にエミルがため息混じりに呟く。

 

「エリー? 昨日の事を覚えてるわよね……?」

 

 彼女の言葉にドキッとしたように身を震わせるエリエ。

 

 昨日のことというのは間違いなく、昨晩の星の無断外出のことだろう。

 

 普段から星は、度々良く城を抜け出すことがある。思い付いたら、すぐに行動してしまうことが多いからだが、元々現実世界で頼れる人間のいない星は1人で決断して1人で実行に移す癖がついてしまっているのかもしれない。

 

 エミルは冷や汗を流している彼女に更に言葉を続けた。

 

「今日はしっかりと星ちゃんを見ててね! もし、今日もまた外出させたら……分かるわよね?」

「あわわわわ……」

 

 エミルの影のある笑みに顔を青ざめさせながらエリエが何度も頷くと、エミル達は部屋から出ていった。

 

 城を出てリントヴルムの背に乗って街に向かう途中、イシェルが何気なくエミルに尋ねた。

 

「なんであの子をそこまで外出させへんの? なんかまずいことでもあるん?」

「……うーん。まずいと言うか、なんか妙な胸騒ぎがするのよ。前のダークブレットの時のような……」      

 

 もちろん。この気持ちに確証などない。だが、エミルにはなにか良くないことが起こりそうで仕方なかった。

 

 大空を風を切って飛ぶリントヴルムの背中から、小さくだが街が見えてきた。

 朝焼けに薄っすらと照らされた街の周囲の至る場所に、無数に光る赤い瞳が不気味で仕方なかった……。




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