オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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奇襲当日5

 木々の木の葉の隙間から木漏れ日が降り注ぐ中、地面に優しい光と一緒に汗の雫が落ちてシミを作っていく。 

 

 昨日出会ったエルフの男を待つ間、星はひたすら木の剣を振っていた。その様子を、木の枝に寝そべりながらレイニールが見下ろしている。

 

 一心不乱に剣を振る星の脳裏には、昨日のエミルとのやり取りがこびり付いて頭から離れない。

 練習用の剣を振る星はどこか上の空で、焦りにも似た感覚に戸惑っていた……。

 

(……どうして。こんな気持ちになった事ないのに……こんな、こんなに、誰かの為になりたい。自分がどうなってもいい。皆の役に立ちたいと思った事は始めて……。――ッ!?)

 

 剣を振る星の脳裏に悲しそうに佇む母親の影が浮かび息を呑むと、思わず持っていた剣が手から離れてしまった。

 

 木に当たり地面に落ちた木の剣を見つめ、妙な胸騒ぎを覚えていた。

 それに気が付いたレイニールがフワフワと上下に揺れながら、星の方へと大きなあくびをしてやってくると。

 

「ふわぁ~。どうしたのじゃ? 最近放り投げなくなったと思ったのに、珍しいのう……」

 

 眠そうに目を擦って再び大きなあくびをするレイニールを見て、優しく微笑みを浮かべる星。

 

「うん。ちょっと休憩しよっか!」

「うむ!」

 

 レイニールは大きく頷くと星の頭の上に乗っかる。まあ、剣を一心不乱に振っていた星と違い。今までもレイニールは十分休んでいたと思うのだが……。

 

 木を背にして木陰に腰掛けると、星は頭の上に乗るレイニールを見上げた。

 

 柔らかい風が頬を撫でる中、木々の間から漏れる木漏れ日が地面に様々な模様を映し出す。

 

 フリーダムの四季は春、夏、秋、冬で分かれるが、それにあまり意味があるとは言えない。

 何故なら気候に変化が殆ど発生しないと言ってもいいからである。雨はもちろん曇りになることもない。

 

 そしてお風呂のシステムと似ていて、気温も肌に触れる感覚をそれぞれにあったものに調整してくれる為、夏でも春や秋と同じ気温と湿度を感じる。それでも日差しが強いせいか、夏はいつもよりも暑く感じてしまう……。

 

 そんな星を見て小首を傾げるレイニールに、星は心の中に引っ掛かっている思いを尋ねる。

 

「――レイは不安になったりする?」

「どうしたのじゃ?」

 

 星は前を向き直し、柔らかい光で無数に木の葉の形を地面に映し出す風景を見つめた。

 

 そよ風に揺られ地面を動く木の葉の影の中、星の潤いを得た瞳も微かに輝いている。

 その表情は遠くを見つめていたがどこか悲しそうで、それでまた何かを悟っているようにも見えた。

 

「――こんな時間がいつまでも続く……そんな気がするけど、きっといつか終わるんだよね。皆、変わっていく。木の葉の影も、人の心も……レイ、私も変わるのかな? 変われるのかな……」

「う~む。なんだか、主らしくないぞ?」

 

 頭の上に乗っていたレイニールが翼をはためかせ、今度は星の前の地面に降りると顔を上げた。

 

 星とレイニールは見つめ合うように、数十秒間互いの顔を合わせた。

 

 そして……。

 

「変わるのではなく。変わらされているのだ――誰かが誰かに影響を与え、それによって変化するのが人間の心なのだろう? なら、不安になるのも何か不安にさせるものがあるからなのじゃ。星龍である我輩は最強であり、恐れるものなど何もない。だから、主の気持ちは分からん……でも、これだけは言える。怖いのならば、逃げてはダメじゃ! 戦うしかない!」

「……どうして? 怖いなら、逃げる方がいいと思うけど……」

 

 不安そうに星が返した言葉に、レイニールがビシッと指差して言い放つ。

 

「逃げてどうするのじゃ! 怖いからと言って逃げれば、その場は乗り切れるかもしれない。でも、次またそいつと出会ったらどうするのじゃ? また、逃げるのか? 今度も逃げられる保証がどこにあるのじゃ!」

「……でも、戦ったらそこで死んじゃうかも……」

 

 体を小さくして掻き消えそうな声でそう呟く星の顔の前まで浮上して、レイニールがもう一度強く指差す。

 

「それならば尚の事じゃ! 逃げてもいつか追い込まれて死ぬなら、戦って死んだ方が何倍もかっこいい! それが誇りというものなのじゃ!」

「……ほこり?」

「うむ! 震えながら裁きを受けるのを待つくらいなら、当たって砕けろなのじゃ! 人生は足掻いた者だけが先に進める。だから、主もここまでこれたのだろう? 今の主があるのも足掻いたからこそじゃ!」

 

 今までのことを振り返っても、星自身は足掻いたと言えるような物事があったとは思えなかった。

 

 もちろん。星が自分自身を過小評価しているというのもあるが、無難に人に合わせて生きてきた――何色にでも染まれる。それが自分のアイデンティティーであり、なにより『人に嫌われたくない』というその思いが、まるで自分をカメレオンの様な生き方にしてきたと言っていい。

 

 だが、それは生活していれば、誰でも人に合わせて同じ行動を取っているのが今の社会であり。人間社会において異物は、敬遠され、侵害され、排除される。

 しかし、誰でも自分という人間を生まれながらに演じている。だからこそ、咄嗟に周りに合わせたりできるのだ。もしも、今まで生きてきて自分の意志を一度たりとも曲げたことがない人間がいるならば、それはもう人間ではないだろう。

 

 星は自分の意志が極端に……と言うか、殆どないと言ってもいい。簡単に言えば水だろう。水は様々な物に利用できるのはその性質上、殆どのものと交わることができるからであり。この世に水がなければ、人間も産業もここまで発展できなかった。

 

 まあ、星の場合は極端に相手に合わせる節があるのは否めない。だが、それが悪いとも彼女の場合は一概には言えないだろう。

 彼女がこんな性格になってしまったのも、周囲からの過度な圧迫が星自信の個性を封じてしまったからであり、父親が居ないということも大きく影響している。

 

 一般的に人は母親から優しさを学び、父親から強さを学ぶと言われている。しかし、彼女は片親を生まれる前に亡くし、母親からの愛情も十分とは言えない状況で育ってきた……その弊害が、彼女の性格そのものなのだろう。もし。父親が生きていれば、きっともっと女の子らしく、子供らしい明るい性格になっていたのかもしれない。父親さえいれば……。

 

 目の前で自信満々に胸を張っているレイニールに、星は首を横に振ってさっきの言葉を否定した。

 

「――ううん。私は足掻いてなんていない……ただ流されてきただけだし……」

 

 これも掻き消えそうな声で返したが、星のその声がちゃんと言葉にできていたかは謎だ――だが、その心配はなかったようで……。

 

「何を言っているのじゃ! 我輩と始めて会った富士のダンジョンでも、ダークブレットの基地でも、先日の黒い刀の事件の時も。主がいたからこそ、エリエ達も主も生き残れたのじゃぞ?」

「……でも。それでも助けられなかった人がたくさん居る……もっと、もっと私に力があれば助けられたはずなのに! 私は……私が…………イタッ!!」

 

 そう口にした直後、星の頭に衝撃が走る。まるで石が当たったかのような衝撃に、星も思わす地面にうずくまった。 

 

 それもそのはずだ。星の頭に向かってレイニールが頭突きをしてきたのだから無理もない。いくら小さいとはいえ、それは見た目だけで実際にはドラゴンの時と力は変わらないほどの破壊力を持っている。それでも、痛いだけで済んでいるのはレイニールが手加減したからだろう。

 

 もし。レイニールが本気で頭突きしていたら、星の頭はスイカを割ったように粉々に砕け散っていたことだろう……。

 

 おでこを押さえて涙目で「なにするの」とレイニールの方を見上げて星が抗議する。その直後、レイニールが自分の鼻を押し付ける勢いで迫ってくると。

 

「どうして主はいつもそんなに自信がないのだ! 主があの場に居なければ、皆助からなかったのじゃ! それだけで、主は十分過ぎるほど頑張ったのだから、主はもっと胸を張ればいい!」

 

 星が小さく頷くと、レイニールは満足そうに微笑みを浮かべ、定位置である星の頭の上に乗る。

 

 そこにタイミングを見計らったかのようにトールがやってきた。

 

 笑顔を浮かべた彼は手を上げて挨拶をすると、星もペコリと頭を下げる。

 無言のまま、星は胸の辺りに手を当てている。今まで何ともなかった鼓動が早くなり、ドクンドクンと自分の耳でも聞こえる程に大きく脈打つのを感じた。

 

 トールは頬を赤らめている星の隣にゆっくりと腰を下ろす。

 

 木陰の下で肩が当たりそうなほどの距離で座っていると、自分の心臓の音が聞こえるのではないかと気が気ではなかった。 

 いつもと同じく優しい穏やかな風が吹く中、しばらく無言のまま2人は木の陰が揺らめく木陰に座っていた。

 

 そんな彼の顔をチラッと横目で見た星のお腹が突然音を鳴らし、元々赤かった顔が羞恥心から耳まで真っ赤に染まった。

 お腹を押さえる星を見てトールは笑うと、コマンドを指で動かしアイテムから小さな包み紙を2つ取り出す。

 

「ははっ、ごめんね。待ってたからお腹空いたよね? これはさっき街で買ってきたサンドイッチなんだけど、どうぞ」

「えっ? あ、はい。ありがとうございます……」

 

 差し出される包みを受け取り、徐に包みの中からサンドイッチを取り出す。

 包み紙を開くと、中には美味しそうな小麦色に輝くの照り焼きチキンがレタス、卵と一緒に挟まれていた。

 

 星は持っている方を頭の上で今にも涎を垂らしそうな勢いで凝視しているレイニールに渡すと、包みの中にあるもう一つの包み紙を開き。

 

「いただきます」

 

 っと、小さく言って口に運ぶ。

 

 普段ならこんなことをされたら遠慮してしまうはずの星が、トールからは何故か素直に受け取ることができた。その理由は分からないが、どこか懐かしく温かい感じだけが胸一杯に広がっていた。

 

 小さく口を開けてパクっと食べている星を見下ろし優しい笑みを漏らすと、トールは自分の持っていた包み紙を開き、それを取り出したナイフで2つに分けると座っている星の横に置く。

 

 不思議そうに首を傾げる星に向かって。

 

「これも食べていいよ。食べ終わったら、待たせてしまった分も練習するからね!」

「はい!」

 

 彼がそう告げると、星は返事をして嬉しそうに頷いた。

 

 トールはそんな彼女に優しく微笑むと、そっと頭を撫でた。星も一瞬驚いて身を震わせたが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 さっきまで張り裂けるほどにドクンドクンと脈打っていた心臓が、何故か今はすごく落ち着いている。

 

 瞼を閉じてトールの手の感触を感じると、すごく安心する。

 

(……エミルさんやエリエさんのとは違う。大きくて硬い手だな……男の人ってこんなに大きいんだ……まるで――)

 

 心の中である言葉を呟こうとして止める。いや、言葉にできなかった。それも違う……ただ自分には分からないことを言葉にしていいのか迷ったのかもしれない。たとえそれが心の中ですら……。

 

 その後は日が暮れるまで、トールは星の剣の練習に付き合ってくれた。

 ただ打ち合うだけではなく。敵との間合いの取り方、攻撃のいなし方やフェイントの入れ方などを手取り足取り丁寧に教えてくれた。これが最後になると言わんばかりに……。




小説家になろうをメインに活動しています。
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