オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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第5章
獅子としての意地4


 獣人となったネオの鋭い爪がオークの巨体を引き裂き、肉片と化したオークの体が光の粒子となって上空へと舞い上がる。

 

 だが、それを皮切りにネオに気付いた多くのモンスターが、蟻が砂糖に群がるように一斉にネオの体に飛び掛かる。

 

 白銀の毛に覆われ隆起した筋肉に、モンスターの持つ漆黒の刃が容赦なく体に突き刺さり、ネオが苦痛を滲ませた声で吼えた。

 その咆哮が天に轟き地面を揺らす。視界に映る円形のHPバーが激しく減少し、黄色いゾーンへと突入するのが見え大きく目を見開くと、体を大きく揺らして体に纏わり付いたモンスターを振り落とす。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 雄叫びを上げ、ネオが全身の筋肉に力を入れると、盛り上がってきた筋肉によって体の至る所に刺さっていた武器が抜け落ちた。

 

 なおも武器を取り戻そうと向かってくる敵を、その鋭利な爪で次から次へと斬り刻む。

 直後。彼の攻撃の隙を突いて、2体のスケルトンが手にした槍をネオの体に突き立てる。

 

「ぐッ……この程度で仲間を殺られてオメオメと引き下がったら……ギルマスとしても、男としても、俺を慕って付いて来て消えたあいつ等に示しが付かないんだよ!!」

 

 そう叫び声を上げると、武器を手にネオの左肩と脇腹にその刃を突き刺した敵の頭を鷲掴みにすると、スイカを潰すように軽々とスケルトンの頭蓋を粉砕した。

 

 次にポケットから取り出したヒールストーンを自分の真上に投げ、減少したHPを回復する。

 HPが全回復したのを確認してから、ネオは武器を持つ敵を爪で粉砕しつつなるべく多くの敵を一箇所に集めていく。だが、いくら強さを示しても数とスタミナに勝るモンスターに、生身のプレイヤーが勝てるはずもない。

 

 疲労の蓄積と共に敵の攻撃を貰う回数が増え、負傷によってHPの減少率が増していく。ネオはじわじわと真綿で首を絞められるように追い詰められていった。

 

 そしていつしかヒールストーンも底を尽き――。

 

「クソッ! 回復アイテムが切れやがった。さすがの俺もここまでか……」  

 

 弱音を吐き天を仰いだ直後、彼の脳裏に消えていった仲間達の光景が鮮明に呼び起こされる……走馬灯が駆け巡る中で、一度は曇りかけたネオの瞳に再び光が宿り、彼は不敵な笑みを浮かべた。

 

「フフフ……フフッフ。アハハハハハハッ!!」 

 

 次第に大きくなるその笑い声に、ネオは自分の顔を手で覆う。

 

 静まり返り、徐に低い声で小声で呟く。

 

「――そうだよな。お前等……自分で始めたのに途中で諦めるとか都合が良すぎるよな。分かった……せんべつだ! こいつら一匹でも多く、道連れにしてやるぜ! 人生なんざ結局――――道楽なんだからよ!!」

 

 開き直った様に微笑んだネオが、とち狂ったのか今まで以上の勢いで、手当たり次第に目に付いたモンスターを片っ端から撃破していく。

 

 次々にモンスターを切り裂く一方で、敵の刃が体を傷付けていた。しかし、彼は防御する素振りすら見せず。逆真っ向から敵の刃が届く距離に飛び込んで、その鋭利な爪が確実に当たる場所を進んで取りにいっているようにも見える。

 

 だが防御を完全に捨てたその猛攻に、彼のHPもすぐにレッドゾーンに突入する。HP残量に構うことなく暴れ回る彼の姿は、まさに獣そのものだった……。

 

 っと、そこに突如緑色の光が降り注ぎ、ネオの減ったHPを回復させた。

 突然のことに驚き、一瞬ネオの攻撃する手が止まると、彼を取り巻いていた周りの敵が瞬殺される。

 

「なんだってお前が……」

 

 突如現れた着物に身の丈ほどの長刀を手にした男を、目を見開いてその場に立ち尽くしている。

 

 手に持った長刀を鞘に収め、驚くネオの顔を見てミゼが笑み返す。

 

「……お前が拙者を誘う時に言った言葉を覚えているか? ネオ」

「う~ん。その……なんだったかな?」

 

 照れくさいのか、はぐらかすように頬を掻いて答えたネオにミゼが呆れ顔で呟く。

 

「お前はあの時こう言った『俺に付いてくれば、絶対に退屈はさせない。この退屈な世界で、俺と一緒に最高の夢を見ようぜ』と、拙者はその言葉を信じてここまで付いてきた。そんなお前が居なくなれば、退屈な日々しか残らないだろう?」

「……フン。バカな奴だな、お前も……ちょっと疲れた。少しの間だけ頼めるか?」

「フッ、お安い御用だ……」

 

 ミゼは人間の姿に戻ったネオの肩に手を置いて、スルリと撫でる様に横を通り過ぎる。

 フラフラとよろめき疲れ切った表情のまま、近くの木に体を打ち付けるようにして腰を下ろした。

 

 そこにミゼから長い棒の様な物が投げられ。顔付近に飛んできたそれを、ネオが右手で受け止める。

 

「こいつは……ミゼの奴。気を使いやがって……だが、ありがたい」

 

 自分の右手に握られている龍の煙管を見下ろして笑みをこぼすと、煙管を嬉しそうに口に咥えて火を付けた。

 

 大きく煙を吸い込んで、その後ゆっくりと煙を吐き出し、徐々に明るみを帯びてきた空を見上げる。感慨深げに遠くを見つめる瞳、だがその瞳は悲しそうではなく未練の一つもないように晴れやかだった。

 

「――ミゼ。あいつらは……行ったのか?」

 

 遠いを目をしたまま、向かってくるモンスターを鞘から抜いた長刀の目にも留まらぬ斬撃で真っ二つにしている彼に尋ねた。

 

 ミゼは棍棒を持って襲ってくるオークを自慢の長刀で胴から真っ二つに斬り落とし、ネオの方を振り向いて静かに頷く。再び向かってくる敵を斬り伏せるミゼの背中を長めながら、感慨に耽るように空を見上げて言った。

 

「そうか……託せたならそれでいい。それだけで俺達が生きていた証しになるからな……ミゼ、上に立つ者の心得はなにか分かるか?」

 

 無言のまま彼に背を向け、敵と対峙し続けるミゼ。

 

 だが、ネオは彼の言いたいことを理解しているかのように、口元に小さく笑みをこぼす。

 何も言葉を交わして居ないにも関わらず。彼等は分かり合っている様に笑みを浮かべると、ネオが息を漏らして呟く。

 

「――ふっ、全力で守るか。その答えだと50点だな……守ってやるだけじゃ、下の奴等は甘えるだけだ。だが、一つの大きな目標に向かって進み続け、そこで自分がその矢面に立って背中を見せ続ける事だ。それが上に立つ人間の役割だ――どんなに強い奴も、才能のある奴等もいずれは居なくなる。死ぬか辞めるかしていなくなるんだ。それに、優秀な人間は時間を無駄にしない……浪費した時間は取り返せないのを分かっているんだよ。人生には期限がある。だから、全力で突っ走るんだ。居なくなった後は、残された個人個人が判断する事さ、意志を継いで行くのか離れていくのかもな……結局は、人の上にいるの者も長い時の流れの中では、刹那的なものなんだよ。そんなミジンコみたいな時間で、踏ん反り返って偉ぶる必要なんてないのさ……要は自分が満足すればそれでいい。それが人生だろ? 俺達は後を仲間達に託した――これで心置きなく戦えるってもんだ。全力で燃える様に、灰になるまでな……」

 

 ネオは手に持っていた煙管の灰を地面に落とすと、凭れ掛かっていた木からゆっくりと立ち上がる。

 

「俺も仕事をしてた頃は、クソみたいな上司に小言を言われながら働いてたから分かるんだよ。手柄は自分のものにするくせに、責任はこっちに押し付けてきやがる。どいつもこいつも自分を守るので精一杯だ……そんな中、毎日毎日こっちは感情を殺して働かないといけないわけだ――俺は同じ事の繰り返しの日々にうんざりしてた。帰ってすぐにベッドに倒れ込むだけで、死んでるのと変わらなかった……だが、今は違う! この身に突き刺さる剣の感覚と疲労感。命のやり取りを感じさせる痛みが、俺に生きてるんだと感じさせてくれている……これが生きるって事なんだと、この作り物の全身から俺の魂に響いてきやがるんだ――最高の道楽だぜ。まったくよぉ!!」

 

 地面に手を突いて四つん這いになったネオの筋肉が盛り上がり、全身が徐々に巨大化してその身に生えた真っ白な毛が更に伸びていく。その姿は獣人の姿を通り越して、完全に巨大な獅子の姿へと変貌を遂げた。 

 

 白銀に輝く毛並みに威厳の象徴の立派な鬣と鋭い爪に牙、張り出した鼻先の奥に全てを飲み込みそうに澄んで鋭い瞳。

 

 その全てがもはや、人とは完全にかけ離れていた。だがこれが、彼の固有スキル『メタモルフォーゼ』の本当の力ということだろう。二段階の身体強化に、武器がなくても高い攻撃力と防御力、動物の能力を受け継いだ敏捷性も反則級の固有スキル。

 

 以前カレンと戦った鉤爪の男と同様に四足歩行の方がシステムの恩恵を最大限に受けられ、通常の二本足で地面を蹴る2倍の俊敏性を得ることが出来るのだ――。

 

 AIというシステムだけで思考のない動く機械と言ったモンスターとは違い。言うなれば、思考を持ったモンスターなのがこの固有スキルを持ったプレイヤーの特徴だろう。 

 

「行くぞ! ミゼ。この雑魚どもを全て蹴散らして、俺達が最強のギルドだと証明してやろう!」

「……それが次の夢か。なら拙者もお前のその夢を共に見よう! ネオ!」

 

 意志を確認する様に互いの名前を呼び合うと、2人が敵の中に飛び込んで行った。

 

 2人は咆哮を上げながらモンスターを次々と薙ぎ倒し、攻撃を受けてもその表情は苦痛に歪むこともなく生き生きとしていて、ただ純粋に戦いを楽しんでいる様だ――。

 

 彼等の通った後には多くのモンスターの死骸とそれに似つかわしくない光だけが残され、体に無数の傷を受けながらも敵を撃破する様はまさに無双と言った感じだった。




小説家になろうをメインに活動しています。
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