オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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獅子としての意地5

                   * * *

 

 

 モニターの前で狼の覆面を付けた男が不気味な笑みを漏らしながら、両手で覆面の付けた顔を覆う。

 普通なら上から圧力を掛ければ潰れるはずの覆面は、何故か型崩れせずにその形を保っている。

 

 これがゲームの世界の不思議と言ったところだろうか……現実では避けられないことも、この世界では関係ないのだ。

 

「フフフッ……最高だね。最高だよこのゲームは! 私の予想を超えた事をやらかして楽しませてくれる! たった2人でLv100のモンスター1万以上も撃破するとは、イヴほどではないが、痛覚のあるこのゲームでここまでやられるとは……素晴らしい! こんなものを見せられれば、ゲームプレイヤーを見下していた自分の考えを改めなければいけないな!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で叫んでいた覆面の男が次の瞬間。今までの出来事が嘘のように、まるでお通夜の後のように静まり返り椅子の背凭れに身を預けた。

 

 覆面の男は大きくため息を漏らして、モニターの明かりだけが照らす薄暗い天井を見上げ。

 

「――とりあえず。本来計画していた第2フェーズまでは終了した。後は向こうの世界に居る彼等の仕事だ……私はただ失意の底に落ちたイヴをこの手で、この愛で包み込んであげればいいだけだ――この度こそ手に入れる。博士の時とは違う! あの女に地獄を見せてやる! 私は負けるのが嫌いなんでね。フフフッ……ハッハッハッハッ!!」

 

 薄暗いラボの中に彼の不気味な笑い声が響き渡っている所に、扉が開き仮面を付けた女が入ってきた。

 

 女は含み笑いをしながら、ゆっくりと近付いてくる。そんな女に彼は不機嫌そうな声を上げる。

 

「……なんだ?」

「ふふっ、朗報よ。貴方にとってはね……貴方がご執心の長い黒髪のあの子。今度は千代に向かったみたいよ?」

「なにッ!? ……その情報の根拠は?」

「――根拠なんて……私の情報に今まで嘘があったかしら? それが根拠じゃいけない?」

 

 猫撫で声で近寄ってくると狼の覆面の男の背後から腕を回した。覆面の男はそれを拒むことなく。いや、気にする素振りすら見せずに嬉しそうな声を漏らし。

 

「フフッ……そうか。次は千代か!」

 

 っと、モンスター達の映っているモニターに視線を戻す。

 そこには街を取り囲むようにして展開するモンスター達に対して、抵抗する者など殆ど居ない防衛戦と言うには、戦力に乏し過ぎる始まりの街の姿だった――。

 

 

                * * *

 

 

 大空を優雅に飛ぶワイバーンの集団の中、先頭を飛ぶ一際目立つ漆黒の巨竜。

 空を飛ぶその漆黒の巨竜ファーブニルの背に乗っていたエリエは、浮かない顔で開いていたコマンドを閉じた。

 

 そこにオカマイスターの仲間と共に乗っていたサラザが話し掛けてくる。

 

「さっきから何をしてるの~? エリー」

「……えっ? ああ、ライ姉にメッセージ送ってたんだ。始まりの街もあんな状況だし、間違ってエミル姉の城に行っちゃったら大変でしょ? だから、千代にいるよって――」

 

 サラザと喋っていたエリエの方を向くエミルの鋭い視線に、エリエが思わず俯く。

 ある事件を皮切りにライラのことが大嫌いになったエミルにとって、彼女の名前を耳にするだけで条件反射的に反応してしまうのだろう。

 

 冷や汗を掻きながら、あからさまにエミルから視線を逸らすエリエ。

 

 そんなことを知る由もなく、近くで孔雀マツザカのマジックを見ていたミレイニが、無邪気にエリエの背中に飛び付く。

 

「エリエ! エリエもこっち来るし。あの人の魔法は凄いんだし! 手の中から鳩出したし鳩! 超常現象だし!」

「あんた。難しい言葉知ってるわね……」

 

 疲れた表情で息を吐くエリエの体を、つまらなさそうに口を尖らせミレイニが揺らす。

 

「エリエも行くし! 一緒に見るし!」

「あー、はいはい。気が向いたらね」

 

 我が儘を言う子供をなだめるように言った彼女の態度が相当気に食わなかったのか、ミレイニが突然距離を取って大きく息を吸い込んだ。

 

「エリエのバーカ! デブチン!」

「……だっ、誰がデブチンだーッ!!」

 

 勢い良く立ち上がりミレイニに向かって駆け出すと、ミレイニもその場で跳ねた後一目散に逃げて行く。

 

 2人は狭いドラゴンの背中の上で、いつ終わるか分からない鬼ごっこをしている。

 もう見慣れた光景になりつつあるこの2人のやり取りだが、ドラゴンの背中を走り回っている彼女達を見て、エミルは呆れ顔で大きくため息をついた。

 

「はぁ……全く、あの子達にも困ったものだわ。でも、あれくらいが元気でいいわね……そう思わない? 星ちゃん」

 

 悲しそうな瞳で自分の膝の上で微かに寝息を立てたまま、一向に目を覚ます気配もない星を見下ろす。

 

 固有スキル発動後。星はまた深い眠りに入ってしまったようで、最初は頬を軽く叩いてみたり、耳元で声を掛けたりしたのだが、全く反応がなかった。まるで数日前の村正事件の時に戻ってしまったかのように、声を掛けても返事をしてくれることはない。

 

 作戦の前までは笑顔を返してくれた星が、今はまるで良くできた人形の様にも感じる。

 

 表情を曇らせたままのエミルに、肩に乗っていたレイニールが頬に手を置き、小さく呟く。

 

「大丈夫じゃ! 主は別に攻撃を受けたわけではない。ただ力を使い過ぎたから倒れたのじゃ。しばらくすれば目を覚ます!」

「ええ、そうね……」

 

 弱々しく言葉を返したエミルはレイニールとは違い、そうは思っていない雰囲気だった。

 そんな彼女をレイニールは元気付けるように頬をペチペチと軽く叩く。

 

 落ち込むエミルを気遣ってか、それとも邪魔をしようとしているのか、影虎が話し掛けてくる。

 

「どうした暗い顔をして、そんなに俺のドラゴンとワイバーンを借りた事を気にしているのか? それならば心配はいらない! 俺の物はお前の物と同じだと思ってくれて構わないぞ? 何故なら俺とお前は――」

「――ちょっと悪いんだけど……向こうに行っててもらえる? 貴方が私に近付くと、イシェが貴方を消しかねないから……」

 

 物思いに耽って気持ちが沈んでいる時に、全く的外れなことを話し掛けてくる影虎に目を、エミルは細めた軽蔑の眼差しを見せつつ。彼のすぐ背後で、笑顔のまま背中に神楽鈴を隠して殺意を剥き出しにするほど強く握り締めているイシェルの方に視線を移す。

 

 影虎は少し残念そうに両手を上げるとエミルの進言通り、そのまま彼女から距離を取った。しかし、仲の良いイシェルが落ち込んでいるエミルの側に来ないというのは、彼女の尋常ではない落ち込みように遠慮して、少し距離を置いてくれているのだろう。

 

 人は時には1人になりたいという心境をここにいる誰よりも、イシェルが一番理解しているようにも見えた。

 

 先導するファーブニルの周りを飛ぶ多くのワイバーンの背に乗っている皆も、相当疲労の色が濃い。

 まあ、善戦むなしく後退する羽目になったのだ。落胆するのも無理もないことだ。だが、そんな彼等を元気付けるように朝の温かい光が照らしてくれていた――。

 

 

 結局、今回のマスター達の撤退後。2日で始まりの街は陥落した。

 今回の狼の覆面の男が仕掛けた大攻勢で消えた都市は始まりの街、太阪、名御屋、千代、北海堂、京、広嶋のうち、消失したのは始まりの街と名御屋だった。

 

 始まりの街は言うまでもなく他の街よりも多い敵が押し寄せたことによる戦力不足と、大まかな対応策が各門の補強という防衛能力の低さが原因で、名御屋は商業都市なのが災いした。

 

 単純に商業に適した大通りが多過ぎたのだ――その為に街に押し寄せてきたモンスターの進行を防ぎきれず、勢いに押されるかたちで抵抗という抵抗もできずに早い段階で落とされてしまったのである。

 

 だが勿論、未だにどの都市も交戦中であり。これ以上戦闘が長引けば、いずれは殆どの都市が壊滅するのは避けられない。

 事件の終息を図るには、事件を起こしている張本人を叩くしか方法はないのかもしれないが、だが居場所の分からない覆面の男を探すより。生活の拠点としていた城を失った今は、少しでも早く体勢を立て直す方が先決。

 

 今回の作戦に協力した武闘派のギルドの中でも、少なからず犠牲は出ている。何よりも、ギルド『LEO』のメンバーの損失が大きい。まあ、一度にギルドマスターとサブギルドマスター、苦楽を共にしてきた仲間達を失ったのだ無理もないだろう……。

 

 ひとまず上空から千代に入り、メルディウスのギルドメンバーと合流するのが最優先――しかしながら、100体以上もの飛竜が群れだって大空を飛ぶ姿は実に壮観である。

 

 朝の日差しを受けて空を飛ぶ飛竜の影が地面を駆けるように、千代を目指し大空を我が物顔で進んでいく。




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