オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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拠点を千代へ2

 数億ユールを消費したにも関わらず、紅蓮はいつもと全く変わらない表情でエレベーターに乗っている。

 本来ならば資産を溶かしたわけだから相当ショックを受ける。いや、再起不能なほどのダメージを受けるはずなのだが、彼女は冷静そのものだった。

 

 普段から無表情なのはいつものことだが、この四方を敵の軍勢に囲まれた緊急時でも平静を保っていられるのは凄いことだろう。

 っと、エミルが無言のままエレベーター内にいるのが気まずいのか、そのことを気遣っているのか、おそらくはその両方なのか、操作パネルの前で真顔で佇む彼女に尋ねる。

 

「ねえ、紅ちゃ――」

「――さんです」

 

 言葉を遮ってすぐに言葉を返してきた彼女に苦笑いを浮かべながらも、もう一度始めから聞き直す。

 

「紅蓮さんは、この敵に囲まれた状況が怖くはないの?」

「…………」

 

 まさかの無言で返され、エミルもどうしていいのか分からないまま前を向き直す。

 

 それをちらりと横目で見た紅蓮が重い口を開く。

 

「……怖いですよ。仲間達を失うかもしれないと考えると、とても怖いです。ですが、それが戦いです。私は最善を尽くして彼等を守るだけですから」

 

 そう告げた紅蓮の表情は微かに緊張している様に思えたが、エミルはそれ以上言葉を掛けることを止めた。いや、言葉を掛けられなかった……本来なら、年上の自分がしっかりしないといけないのに、自分は星一人守ることができなかったのだ――。

 

 実際には大学生の紅蓮の方がエミルよりも数歳年上なのだが、この容姿では勘違いされて当然だろう……。

 

 だとしても、小学生の様な華奢なその小さな体で、彼女は全てのメンバーを守ろうとしているのは凄いことだ。そんな彼女に向かってこれ以上、心配する様な言葉を掛けるのは野暮だとエミルも感じたのだろう。

 

 今回の件で、どんなに自分が無力であるかを思い知らされた。やはり、身を守る最低限の防衛術くらいは星に教えておくべきだったと、今は後悔しているくらいだ――背中で寝息を立てている星を見ると、エミルは表情を曇らせた。

 

 それを知ってか、紅蓮もそれ以上言葉を発することはなく。2人は無言のまま、エレベーターが上に向かって動いていく。すると、しばらくしてドアが開くとオレンジ色の柔らかい間接照明の光が、カーペットの敷き詰められた廊下を照らし出す。

 

 紅蓮は慣れた様子で一歩踏み出すと、エミルの方を微かに振り向く。

 促されるようにエミルも前に出ると、紅蓮はゆっくりと歩き出した。

 

 廊下を進んでいくと、ある部屋の白い扉の前で彼女がピタリと止まる。

 

「この部屋を使って下さい。2人で使えるほどの広いお部屋なので、貴女もその子と一緒にゆっくり休むといいです。お風呂は大浴場もありますし、部屋にもシャワールームがあります。そこでお食事も備え付けの受話器からコールすれば、NPCが持って来てくれます。ああ、ですが明日の朝は食堂で取るようにお願いします。今後の話もありますので……それではごゆっくり」

 

 一方的に告げた紅蓮は軽く会釈をして、その場を後にする。彼女の有無を言わさぬ隙のない言葉運びに、お礼を言う暇もなかった……。

 

 エレベーターの方へと戻っていく紅蓮の小さな背中を見送り、エミルは部屋の中へと入る。

 中は思っていた以上に広く。高級ホテルの様な内装で、紅蓮の言った様に入ってすぐ左側にはガラス張りのバスルームも完備されていた。

 

 大きく広がる窓からは外の景色が一望できる上に、マジックミラーのような構造になっていて外からは決して覗くことはできない。

 

 まるで高級ホテルの一室という雰囲気に、ここだけ見れば、この建物の外観が日本のお城を模しているとは誰も思わないだろう。

 ギルドホールの中でも最上階を有しているギルド『THE STRONG』は、この千代の中で頂点に君臨しているギルドだ。

 

 規模は600人程度のギルドだが、低レベルプレイヤーは1人もいない。殆どがLv100を超えたプレイヤーで、最低でもLv60の高レベルプレイヤーしかいない。

 理由はギルドマスターとサブギルドマスターが、どちらともベータ版のテスターだったからだ――誰でもできるなら強い者の下に付きたいと思うものだ。

 

 しかも、ギルドマスターのメルディウスは、ベータテスターの中では最強と言われるほどの実力者。普段の彼からは想像もできないが、このゲーム【フリーダム】の中で、その名を知らない者はいないと言うほどの有名人なのだ。

  

 彼のギルドに入るには、最低でもLv50以上という制約があり。固有スキルは問わないものの、痛覚のあるこのゲームにおいてレベルを50まで上げるのは至難の業。

 ギルドホールを維持するにはクエストをクリアして、その合計金額がそのまま街への貢献度となる。つまり、合計金額が多いギルドが必然的にその都市の頂点に立てるわけだ――。

 

 エミルは背負っていた星を静かにベッドに寝かせると、自分は服を脱いでシャワールームへと向かう。

 

 中に入ると蛇口を捻ってお湯が胸へと降り注ぎ、その大きな胸が微かに揺れた。

 そのまま頭を流れ落ちているお湯の中に入れるようにして被ると、長い青い髪がお湯によって下に垂れ、左で胸を押さえ右手で長く垂れた髪を後ろに大きく掻き上げた。

 

 胸の谷間をお湯が流れ落ちるのを見て、エミルは吐息を漏らす。

 整った目鼻立ちの顔と、淡い肌色の水滴の浮いたきめ細かい肌。降り注ぐライトの光によってキラキラと輝くその濡れた青い髪も潤んだ瞳も全てが美しく。まるで、その一部だけを切り取れば著名な画家の描いた絵画の様だ――。

 

 全身を流れていくお湯を全身で感じるように瞼を閉じると、ゆっくりと目を開ける。だが、その瞳は水のせいではなく微かに潤んでいた。

 

「……結局。何も守れなかったわね。あの子も、あの街も……」

 

 静かにそう呟くと、エミルは再びシャワーのお湯の中を突っ込んで俯きながら両手を壁に突く。

 

 彼女は悔しそうに歯を食いしばると、声を殺して泣いていた。その声も涙もシャワーに掻き消され、ここぞとばかりに声を殺して悔しい気持ちをお湯に乗せて吐き出すように……。

 

 

 紅蓮に案内されて1人用の部屋へと通されたイシェルは、ここまで連れて来てくれた紅蓮に「ありがとな~」と笑顔で声を掛けて部屋へと入った。

 

 高価な内装に臆することなく、イシェルは部屋にあるテーブルの前の椅子に座る。

 ほっとしたように大きく息を吐き出すと、さすがの彼女も今回ばかりは疲労困憊と言った感じだ。

 

 イシェルは夜景の見える大きな窓を眺めながら、椅子の背もたれに寄り掛かり。

 

「……エミル。あん時と同じ顔しとった。岬ちゃんが亡くなった時と同じ……うちにできることは、見守ってるしかでけへんいうのは分かっとるけど……歯痒いわ~」

 

 テーブルの上に蹲ると、イシェルは大きなため息を吐いた。

 

 イシェルはリアルの世界でもエミルと長い付き合いということもあり、エミルの妹が亡くなった直後の彼女をよく知っているのだろう。 

 

 それは憂鬱な表情をしているイシェルの様子を見れば、すぐに察することができる。だが、その表情の奥には悲しみも感じる。エミルと付き合いがあるということは妹とも、イシェルは会ったことがあるのかもしれない。

 

 明らか今日の彼女はおかしい。普段ならエミルにべったりと付いて離れない彼女が、今日は……と言うか、始まりの街を離れてからというもの、近寄ることもそうだが、会話すらしていないのだ。

 

 今もいつもならエミルと同じ部屋じゃないとダメだというイシェルが、大人しく個室に落ち着いている。これは、通常のイシェルなら考えられない異常なことだろう。その理由はすぐに分かることになる。それは……。

 

「……エミルは強がる子やから。人が近くにおると、自分のことは後回しにしてまう癖がある。そやから普段から自分の弱みを表に出せへん。こういう時こそ、1人にしてあげなあかん。あの時もそうやった…………」

 

 背もたれに身を任せると相当疲れていたのか、そのままイシェルは眠ってしまった。  数億ユールを消費したにも関わらず、紅蓮はいつもと全く変わらない表情でエレベーターに乗っている。

 本来ならば、相当ショックを受ける。いや、再起不能なほどのダメージを受けるはずなのだが、彼女は冷静そのものだった。

 

 普段から無表情なのはいつものことだが、この四方を敵の軍勢に囲まれた緊急時でも平静を保っていられるのは凄いことだろう。

 っと、エミルが無言のままエレベーター内にいるのが気まずいのか、そのことを気遣っているのか、おそらくはその両方なのか、操作パネルの前で真顔で佇む彼女に尋ねる。

 

「ねえ、紅蓮ちゃ――」

「――さんです」

 

 言葉を遮ってすぐに言葉を返してきた彼女に苦笑いを浮かべながらも、もう一度始めから聞き直す。

 

「紅蓮さんは、この敵に囲まれた状況が怖くはないの?」

「…………」

 

 まさかの無言で返され、エミルもどうしていいのか分からないまま前を向き直す。

 

 それをちらりと横目で見た紅蓮が重い口を開く。

 

「……怖いですよ。仲間達を失うかもしれないと考えると、とても怖いです。ですが、それが戦いです。私は最善を尽くして彼等を守るだけですから」

 

 そう告げた紅蓮の表情は微かに緊張している様に思えたが、エミルはそれ以上言葉を掛けることを止めた。いや、言葉を掛けられなかった……本来なら、年上の自分がしっかりしないといけないのに、自分は星一人守ることができなかったのだ――。

 

 実際には大学生の紅蓮の方がエミルよりも数歳年上なのだが、この容姿では勘違いされて当然だろう……。

 

 だとしても、小学生の様な華奢なその小さな体で、彼女は全てのメンバーを守ろうとしているのは凄いことだ。そんな彼女に向かってこれ以上、心配する様な言葉を掛けるのは野暮だとエミルも感じたのだろう。

 

 今回の件で、どんなに自分が無力であるかを思い知らされた。やはり、身を守る最低限の防衛術くらいは星に教えておくべきだったと、今は後悔しているくらいだ――背中で寝息を立てている星を見ると、エミルは表情を曇らせた。

 

 それを知ってか、紅蓮もそれ以上言葉を発することはなく。2人は無言のまま、エレベーターが上に向かって動いていく。すると、しばらくしてドアが開くとオレンジ色の柔らかい間接照明の光が、カーペットの敷き詰められた廊下を照らし出す。

 

 紅蓮は慣れた様子で一歩踏み出すと、エミルの方を微かに振り向く。

 促される様にエミルも前に出ると、紅蓮はゆっくりと歩き出した。

 

 廊下を進んでいくと、ある部屋の白い扉の前で彼女がピタリと止まる。

 

「この部屋を使って下さい。2人で使えるほどの広いお部屋なので、貴女もその子と一緒にゆっくり休むといいです。お風呂は大浴場もありますし、部屋にもシャワールームがあります。そこでお食事も備え付けの受話器からコールすれば、NPCが持って来てくれます。ああ、ですが明日の朝は食堂で取るようにお願いします。今後の話もありますので……それではごゆっくり」

 

 一方的に告げた紅蓮は軽く会釈をして、その場を後にする。彼女の有無を言わさぬ隙のない言葉運びに、お礼を言う暇もなかった……。

 

 エレベーターの方へと戻っていく紅蓮の小さな背中を見送り、エミルは部屋の中へと入る。

 中は思っていた以上に広く。高級ホテルの様な内装で、紅蓮の言った様に入ってすぐ左側にはガラス張りのバスルームも完備されていた。

 

 大きく広がる窓からは外の景色が一望できる上に、マジックミラーの様な構造になっていて外からは決して覗くことはできない。

 

 まるで高級ホテルの一室という雰囲気に、ここだけ見れば、この建物の外観が日本のお城を模しているとは誰も思わないだろう。

 ギルドホールの中でも最上階を有しているギルド『THE STRONG』は、この千代の中で頂点に君臨しているギルドだ。

 

 規模は600人程度のギルドだが、低レベルプレイヤーは1人もいない。殆どがLv100を超えたプレイヤーで、最低でもLv60の高レベルプレイヤーしかいない。

 理由はギルドマスターとサブギルドマスターが、どちらともベータ版のテスターだったからだ――誰でもできるなら強い者の下に付きたいと思うものだ。

 

 しかも、ギルドマスターのメルディウスは、ベータテスターの中では最強と言われるほどの実力者。普段の彼からは想像もできないが、このゲーム【フリーダム】の中で、その名を知らない者はいないと言うほどの有名人なのだ。

  

 彼のギルドに入るには、最低でもLv50以上という制約があり。固有スキルは問わないものの、痛覚のあるこのゲームにおいてレベルを50まで上げるのは至難の業。

 ギルドホールを維持するにはクエストをクリアして、その合計金額がそのまま街への貢献度となる。つまり、合計金額が多いギルドが必然的にその都市の頂点に立てるわけだ――。

 

 エミルは背負っていた星を静かにベッドに寝かせると、自分は服を脱いでシャワールームへと向かう。

 

 中に入ると蛇口を捻ってお湯が胸へと降り注ぎ、その大きな胸が微かに揺れた。

 そのまま頭を流れ落ちているお湯の中に入れるようにして被ると、長い青い髪がお湯によって下に垂れ、左で胸を押さえ右手で長く垂れた髪を後ろに大きく掻き上げた。

 

 胸の谷間をお湯が流れ落ちるのを見て、エミルは吐息を漏らす。

 整った目鼻立ちの顔と、淡い肌色の水滴の浮いたきめ細かい肌。降り注ぐライトの光によってキラキラと輝くその濡れた青い髪も潤んだ瞳も、全てが美しく。まるで、その一部だけを切り取れば著名な画家の描いた絵画の様だ――。

 

 全身を流れていくお湯を全身で感じるように瞼を閉じると、ゆっくりと目を開ける。だが、その瞳は水のせいではなく微かに潤んでいた。

 

「……結局。何も守れなかったわね。あの子も、あの街も……」

 

 静かにそう呟くと、エミルは再びシャワーのお湯の中を突っ込んで俯きながら両手を壁に突く。

 

 彼女は悔しそうに歯を食いしばると、声を殺して泣いていた。その声も涙もシャワーに掻き消され、ここぞとばかりに声を殺して悔しい気持ちをお湯に乗せて吐き出すように……。

 

 

 紅蓮に案内されて1人用の部屋へと通されたイシェルは、ここまで連れて来てくれた紅蓮に「ありがとな~」と笑顔で声を掛けて部屋へと入った。

 

 高価な内装に臆することなく、イシェルは部屋にあるテーブルの前の椅子に座る。

 ほっとした様に大きく息を吐き出すと、さすがの彼女も今回ばかりは疲労困憊と言った感じだ。

 

 イシェルは夜景の見える大きな窓を眺めながら、椅子の背もたれに寄り掛かり。

 

「……エミル。あん時と同じ顔しとった。岬ちゃんが亡くなった時と同じ……うちにできることは、見守ってるしかでけへんいうのは分かっとるけど……歯痒いわ~」

 

 テーブルの上に蹲ると、イシェルは大きなため息を吐いた。

 

 イシェルはリアルの世界でもエミルと長い付き合いということもあり、エミルの妹が亡くなった直後の彼女をよく知っているのだろう。 

 

 それは憂鬱な表情をしているイシェルの様子を見れば、すぐに察することができる。だが、その表情の奥には悲しみも感じる。エミルと付き合いがあるということは妹とも、イシェルは会ったことがあるのかもしれない。

 

 明らか今日の彼女はおかしい。普段ならエミルにべったりと付いて離れない彼女が、今日は……と言うか、始まりの街を離れてからというもの、近寄ることもそうだが、会話すらしていないのだ。

 

 今もいつもならエミルと同じ部屋じゃないとダメだというイシェルが、大人しく個室に落ち着いている。これは、通常のイシェルなら考えられない異常なことだろう。その理由はすぐに分かることになる。それは……。

 

「……エミルは強がる子やから。人が近くにおると、自分のことは後回しにしてまう癖がある。そやから普段から自分の弱みを表に出せへん。こういう時こそ、1人にしてあげなあかん。あの時もそうやった…………」

 

 背もたれに身を任せると相当疲れていたのか、そのままイシェルは眠ってしまった。 




小説家になろうをメインに活動しています。
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