オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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拠点を千代へ4

 2人は険しい表情のまま、無言で俯き加減に向かい合って席に座っている。

 

 テーブルの横に設置された傘付きのインテリアライトがオレンジ色の明かりで部屋の中をふんわりと照らす中、2人の間にだけ重苦しい雰囲気が流れていた。

 

 互いにこの状況が如何に絶望的なものなのか、それを理解しているが故に対応策が思い浮かばない。

 今の周りを大きな川に囲まれているとはいえ、実際には陸からの攻撃を防げるのみで空からは丸裸同然。

 

 飛行型のモンスターは数が少ないとはいえ、一度多くのモンスターを操って見せたのだ。飛行型のモンスターを操れないわけがないだろう。今はできなくても、いずれそれも可能になれば数に勝る敵の方が圧倒的に有利だ――。

 

 かと言って、防衛もいつまでも続けられるわけもない。敵は時間を掛ければ掛けるほどに数を増やしていく。

 本来は出現制限が掛かるのだが、これだけのモンスターを集めるには、それすらもカットしているのは明白だろう。

 

 異例尽くめの今の状況下で、長期戦だけは避けたい。だが、ここで行動できることは個人のプレイヤーには極めて少なすぎる。

 

 2人は色々と思考するものの、これという打開案がないのが本当のところだ――もう、防衛戦をしている間に外部の者達が助けに来てくれることに命運をかける以外にはない。

 

 重苦しい雰囲気の中、2人は言葉を発することなく椅子に腰掛け険しい表情をしながら目の前に置かれているカップを見つめていた。もう言葉を交わす必要もないほどに、互いの今考えていることは理解できていたのだろう――。

 

 

 千代の東側にある道場……蝋燭と月明かりしかないこの中に、ダンッダンッという何者かが物音を立てている。

 もちろん。今、中で拳を浮き出しているのはカレンだ。普段は肩ほどにまで伸びた黒い髪を今は後ろで結んでいる。

 

 装備を解除し、下はデニムに上はサラシで胸を覆ったままというとてもラフな格好だった。だが、顔からも体からも大量の汗を流している姿を見ると、相当長い時間ここで練習していたのだろう。おそらく。この街に着いた直後辺りから……。 

 

 少しの間だけ息を整えるように動きを止めていたカレンが、再び激しく拳を突き出したり蹴りを入れたりと激しく道場内を動き回る。

 

 っと汗で濡れた地面で一瞬バランスを崩し、そのままダンッ!っと地面に仰向けに倒れた。

 

 すぐに起き上がろうとしたものの、体に力が入らず起き上がることすらできない。

 荒い息を繰り返し、胸と肩を大きく上下に動かしながらカレンは薄っすらと浮き上がる木の天井を見上げていた。

 

 普段ならすぐに体制を整えて転ぶことはないだろうが、それだけ疲れていたということだろう。

 風呂に入れば負傷と体力が回復するが、街に来てすぐに近くの道場を紹介してもらってこの中に籠もって一人、技の練習をしていた彼女には今までの疲労が全て溜まっている。

 

 もちろん。一度休息を取ることを案内を頼んだ白雪にも薦められたが、カレンはその申し出に断固として首を縦には振らなかった。

 

 疲労が溜まっていた方が実戦に近い状況で練習ができると考えたからだが、今は少し後悔している。

 

 白雪には人払いを頼んだ為、朝まではここに誰かがくることはない。

 

「はぁ……はぁ……こんな、ことなら、帰って休んでいれば、良かったなぁ……」

 

 荒く息を繰り返し途切れ途切れにそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じる。

 視覚を遮ると静まり返った部屋の中に流れる風の音も聞こえてくる様に感じるから不思議だ――まあ、五感を1つ潰せば他が鋭くなるのはこのゲームの隠れたシステムなのだが。

 

 息を整える様に深呼吸して広すぎる道場の中に一人。仰向けに倒れているカレンは唇を噛み締め、顔を腕で隠しながら掻き消えそうな声で呟く。

 

「――力が欲しい……」

 

 っと、カレンの固有スキルは未だ発動する気配すらない。

 

 もし。始まりの街で使えていれば、もっと状況を好転に導けたかもしれない。だがあの時、マスターも固有スキルの発動はしなかった。

 いや、できなかったのだ。それは固有スキル『明鏡止水』は発動中は回復系のアイテムが使用できない上に、再使用には24時間のクールタイムが必要だったからだ。

 

 数体の敵ならばそれでも対応もできるが、雑魚とはいえ最大レベルの数十万を超える大軍の前では、無意味と言わざるを得ない。

 強いて言うならば、象に立ち向かうのが蟻からカマキリに変わったくらいの違いだろうか……結局数という力に対抗するには、それ以上の数を用意するしかないということだろう。

 

 まあ、カレンがもし固有スキル使えたとしても、あの状況を打壊できたとは思えないが、カレンの表情は暗く悲壮感に満ちていた。

 

 一心不乱に体を動かしていたのも、少しでも始まりの街での出来事から気を逸らしたかったからかもしれない。

 

 しかし、その甲斐もなく固有スキルが発動する気配はない。マスターが言うには固有スキルが発動できるようになると自然と脳裏に言葉が浮かんでくるらしいのだが、今カレンの脳裏に浮かんでいるのは、とてつもない疲労感と指一本も動かせないほどに自分を追い込んでしまったという後悔の念だけだ――。

 

「はぁ~。こんなことなら、せめてご飯だけでも食べておけば良かったな……もうお菓子じゃなくて、美味しいご飯が食べたい……」

 

 ここ数日間。回復アイテムや装備に圧迫され、各自で持っていた僅かな食料はすぐに尽きた。そこで役に立ったのが、アイテム内を殆どお菓子と材料で埋められていたエリエだった。

 もちろん。アイテム内に入れられる材料などを入れる別のカバンもお菓子の材料で溢れていた為、多くの者達の胃袋を満たしたのは言うまでもないが。しかし、さすがに数日間お菓子だけしか口にしないというのは辛い。

 

 道場の床に寝転がったまま、蝋燭の火が揺らめく天井の木と木の隙間を見つめてその後、ゆっくりと瞼を閉じて眠りに就いた。

 

  

 マスターが寝室で外の景色を眺めていると、背後に人の気配がして徐に振り向く。すると、そこには不機嫌そうに眉間にシワを寄せているライラの姿があった。

 

「……どうして私の提案を受け入れなかったの?」

 

 声色からも伝わる不機嫌さと、軽蔑の眼差しを受けたマスターは余裕の笑みを浮かべている。

 

 それが気に食わないのか、ライラが更に強い口調で責める。

 

「貴方が彼女への情を見せなければ、あの街の人達を救えたかもしれないのよ? たった一人を切り捨てて、他が助かるならそれが最良だとどうして考えないの! 始まりの街が落ちたのは間違いなく貴方のミスよ、それが分かっているの!?」

 

 憤る彼女を他所に、表情も変えずに腕を組んだマスターが身を翻して、月の浮かぶ夜空を見上げた。

 

「……あの娘を犠牲にしても、戦況を変えられなかった。いや、逆に悪化していただろう……」

 

 静かに呟くマスターの言葉に、拳を強く握り締めたライラが感情を抑え込で尋ねる。

 

「どうして、そんな事が言えるの? しっかりと説明を――」

「――言える! 数十万をたった1人の能力で押さえ込めると考えている時点で、勝負には負けているのと同じだ。どんなに強力な力でも弱点はある。それは使用者が人間であると言うこと……それにお前達の言うあの固有スキル『オーバーレイ』には、使用制限という致命的な欠陥があるだろう」

「――ッ!?」

 

 彼の的を射た核心にも迫る言葉に、ライラは『どうしてその事を知っているのか』と言いたげな顔をして驚いている。

 

 それもそうなのだ。本来ならば、絶対に漏れるはずのない情報だったのだろう。しかし、見事にマスターにそれを言い当てられたライラは、今度は手の平を返した様な投げやりになった態度で言った。

 

「それがどうしたの? 使用制限があるって言っても一時的なものよ。致命的な欠陥とまでは言えない――それにできる限り負担を抑えるように、制御用のペンダントも渡しているわ! はっきりしてるのはミスターの考えを貴方は否定したという事だけ、多くの人間を巻き込んで失敗した貴方の責任は消えはしないわよ? 覚悟しておくことね……」

 

 そう捨て台詞を吐いて、身を翻したライラは闇の中へと消えていった。  

 

 マスターはゆっくりと窓際に置かれた椅子に腰を下ろすと、月を見つめながら大きなため息を漏らす。

 

「……分かっておる。だが、儂には他人と他人とを秤にかけるほど、傲慢にもなれないのでな……」

 

 そう小さく呟くと感慨深げに、ただただ遠くを見つめていた。

 

 その瞳はとても悲しそうに見えた……。




小説家になろうをメインに活動しています。
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