オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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消えたマスター3

 事態が沈静化したその横で出した剣をしまって、エミルがほっとしたように大きく息を吐き出す。

 

「ねえ、貴女もしかして『白い閃光』じゃない?」

「……えっ? そう呼ばれる事もあるわね」

「やっぱり!」

 

 急に距離を詰めて食い付くようにエミルの体に迫って来る赤髪の少女に、エミルが思わずたじろぐ。

 それもそうだろう。その瞳はキラキラと輝き、まるで芸能人でも見るような熱い視線だった。

 

 彼女の眼差しを受け、エミルが苦笑いを浮かべていると、スッと顔の前にサイン色紙が差し出される。

 

「サインお願いします!!」

「えっ? ああ、いいわよ」

 

 色紙を受け取り慣れた手付きでサインを書いていくと、書き終えた辺りで再び声が耳に飛び込んでくる。

 

「あっ、ここにリカちゃんへってお願いします!」

 

 ちゃっかり右下に自分の名前を入れて貰うと、サインを書き終えた色紙を返して貰って満足そうな笑みを浮かべながら胸に抱きかかえる。そういえば、始まりの街のサラザの店で、マスターからもサインを貰っていたが、その時にどうしてエミルからも貰わなかったのか謎だ……。

 

 だが、その疑問はエミルも持っていたらしく。

 

「どうして、今ここでサインを? 私と貴女は前も会ってるわよね?」

「……はい?」

 

 小首を傾げて『何言ってるの?』的な態度を取っている彼女に、エミルは苦笑いを浮かべた。

 

 どうやら、彼女の記憶の中では、エミルはその場に居なかったらしい……。

 

 っと、書いてもらったサインをアイテム内にしまうと、再びエミルに飛び掛かる勢いで迫ってきた。

 

「こんな場所でお会いできるなんて。いつも応援してます! この前の武道大会の決勝見てました! いつもドラゴンのブレスで勝負を決めるスタイルすっごーく好きです! でも、剣術も凄いんですね! 普段は剣を振るう必要がないから隠してるんですか? それとも何か秘密が…………」

 

 身を寄せてグイグイくる彼女に、エミルも苦笑いで応えるしかない状態が続いていた。すると、階段の入り口の方から大きな声が廊下全体に響く。

 

 見ると、そこには少女と全く同じ顔の赤髪のショートヘアーに赤い瞳の少年が立っている。

 

「リカ。こんな場所に居たのか!」

 

 腕を組みながらむっとした表情で立っていた少年が、今度は怪獣でも歩いて来そうな凄みのある歩みでこちらに向かってくる。どうやら、この大きなギルドホール内を相当探し回ったらしい。

 

 少女はチラッと少年の方を見て、彼の表情に何かを察したのか、すぐにエミルの方に視線を戻す。その直後、少女の首元を掴んで少年が嫌がる彼女を無理やり引きずりながら、何度もお辞儀をして「お騒がせしました~」とエレベーターの中へと消えていった。

 

 あっという間に消えた彼女達を余所に、エミル達は紅蓮に言われた通りに食堂へとやってきたのだが、そこには大きな食堂の中にも入りきれないほどの人でごった返していた。

 

 まるで開店前の行列の様に長い列を作っている中。多くの者達が困惑した表情で、互いに仲の良いメンバー同士で会話をしている。

 エミル達も最後尾に並ぶと、エミルが困惑した様に「この人数じゃ、どう考えでも部屋に収まらないわよね……」と言葉を漏らす。

 

 だが、それは最もだ。如何に広い部屋と言えど、この場に居る者達を少なく見積もっても、千人は居るであろうこの人数を飲み込めるほどではない。

 

 すると、人波を掻い潜るようにして前に進んでいく小虎の姿が目に入った。

 どうやら、事態の収拾を図る為、何か声明を出そうとしているらしい。その証拠に、彼の手にはマイクがしっかりと握られている。

 

 一番先頭の方にやっとの思いで辿り着いた小虎は、手近な場所にある椅子を自分の方へと引き寄せてその上に乗った。

 

「あー、皆さん聞こえますかー?」

 

 彼が喋ると、スピーカーがあるわけでもないのに四方八方から声が聞こえてくる。

 まあ、これがフリーダムというゲームの仕様で、屋内でも屋外でもどこでもマイク一つであり。公式が発表するイベントの他に、個人で開催するイベント用に設定されているものなのだ。

 

 イベント以外にも大規模なチームで狩りをする時などに用いられることが多く。皆、結構様々な用途でこれを活用している。

 

 小虎はマイクを掲げて手を上げている。どうやら、聞こえていたら手を上げて欲しいということのジェスチャーらしい。

 

 すると、それを察した数人が手を上げ、それに続けと周りの者達も続々と手を上げ始める。

 それを見て、満足そうにブンブンと手を振るとマイクを口に当てて、指を空で動かし何かを確認しながら話し出す。

 

「えー。集まってもらって大変申し訳ないのですが、始まりの街からお越し頂いた各ギルドのギルドマスターとサブギルドマスターの2人には、我々と一緒に前もってお話し合いの上。各ギルドで食堂解放後に食事という事でお願いしたいです。なるべく公平を期する為、ギルドマスター、サブギルドマスター同士のじゃんけんで、勝敗を決めたいと思います! なお拳帝率いるギルドのメンバーは我々が彼にモンスター配置の調査依頼を出していて少数な為、特別に我々と共に食堂を使う事になります。予めご了承下さい!」

 

 おそらく。メッセージに記載れているであろう文面を復唱し、小虎はほっとした様子でため息をついた。

 

 不思議と不満の声は上がらず、それどころか皆、歓迎するムードを醸し出している。  

 それもそうだろう。敵が手をこまねいているとはいえ、四方をモンスターに囲まれているこの状況では、容易に情報を仕入れることすら困難。

 

 始まりの街とは違い。この場にいるほぼ全員が中、高レベルプレイヤーとなれば、そんなことは承知しているはずだ。頼まれたって諜報活動などしたくないと思っているだろう。だが、それを進んで行っているマスターに感謝することはあっても、妬むことなどない。

 

 しかし、不満の声が1つも上がらないというのはそれだけの理由ではなく。行っているのが『拳帝』とまで呼ばれた無敗の武闘家だからなのは疑う余地もなく、それだけマスターが信頼されている証拠でもある。

 

 ここにいる者達は殆どが、始まりの街で彼に賛同して付いてきた――言わば、同志と呼べる者達なのだ。しかも、あの危機的状況で始まりの街を放棄せざるを得ない状況に追い込まれ。街の入り口を集中的に数十万のモンスターに囲まれた無謀な奪還作戦を即座に諦め、撤退を恥を忍んで進言したことに感謝している者が多い。

 

 あの戦闘で不運にもギルドマスター、サブギルドマスターをともに失ったギルド『LEO』のメンバーですら声を上げない。60人という小規模ながらネオ、ミゼの2人を欠くという、この危機的状況になっても他のギルドへの心変わりをしないのは、さすが強者揃いのギルドと言ったところだろう。彼が仲間の為に命を投げ打ったのも裏付ける団結力だ。他のギルドのメンバーと違い、彼等からは独特の凄みを感じる……。




小説家になろうをメインに活動しています。
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