オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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護衛ギルド選抜戦4

 2人の周りに立ち込めていた煙が収まり始め、次第に視界が開けてくる。

 

 煙が完全に晴れた直後、会場内に困惑したような雰囲気が流れた。それは対決している無善と浄歳も同じようで、信じられないと言わんばかりに口をあんぐりと開けていた。

 それもそのはずだ。彼等の前に居たのは同じ容姿の少女が2人。容姿は赤い長い髪に赤い瞳でリカそのものなのだが、武装は先程までカムイの着ていた西洋風の甲冑を身に付け、手にはカムイの持っていた剣を持っている。全く変わらない容姿はまるで、分身したかのように瓜二つだった。

 

 容姿に気を取られていると、2人が剣を構えて無善と浄歳に突進してくる。 

 

 一瞬、驚いた様子を見せたがすぐに向かってくる彼等を見据え、手にしていた錫杖を構え直す。

 

「阿!」

「吽!」

 

 声を揃えて叫んだ直後。向かってくる2人に固有スキル『ゾーンバインド』を発動させると、足元から現れた鎖が彼女達を狙う。

 

 すると、2人の体が青く輝き速度が更に上り鎖の間を掻い潜って一直線に迫ってくる。

 それよりも驚きなのが、彼女達が同じ固有スキルを使用していることだ――固有スキルは原則一つだけしか取得できず、使用することもできない。

 

 例外は特殊な固有スキルか、トレジャーアイテムのどちらかだろうが、リカとカムイの固有スキルはそんな感じの、何か隠されている様ではなかった。

 おそらく。先程自分達の足元に投げたオレンジ色の球体のアイテム。それがトレジャーアイテムの類だったのだろう。

 

 浄歳の放った鎖が全てかわされ、錫杖を構える彼等の懐に2人が飛び込む。踏み込んで剣を構える彼等の攻撃を、手に持った錫杖で防御しようとした無善と浄歳の錫杖をすり抜けるように彼女達の姿が消え、気が付いた時には既に胸元を斬り付けられていた。

 

 よろめき体勢を崩す無善と浄歳の胸に大きな傷が刻まれる中、肩から掛けられていた大きな鉄製の数珠が下げられていたのだが、その数珠の紐が切れて地面に鉄製の玉が乱雑に転がる。

 

 痛覚のあるこのゲーム世界で斬られるという行為はそれだけで致命的だ。特にPVP時には回復アイテムの使用ができない為、今あるHP残量だけで戦略を組み立てなければならず。

 それには冷静な判断力が不可欠になる。しかし、傷を受ければその判断力も鈍くなり。傷が大きくなれば、判断力の低下も必然的に大きいものになってしまう。逆を言えば、負傷を負ってからが、プレイヤーの真の腕の見せ所と言ったところだろうか……。 

 

「「――まさか、この首の数珠まで斬られるとはな……」」

 

 胸元の傷をなぞり、声を揃えてそう告げた無善と浄歳。

 

 彼等の表情からはピンチに陥ったという感じは全くない。それどころか、まるでパンドラの箱を開けてしまったと言わんばかりに、これまでとは異質な闘気を放っていた。

 

 それを敏感に感じ取ったのか、接近していた2人の赤髪の少女が、凄まじいスピードで一気に距離を取った。おそらくこの行動は、状況を把握する為などではなく、動物的な危機察知能力からくるものだろう。

 

「今、後数秒近くにいたらこっちが負けていたわ……」

「僕もそれは同感だね。一瞬で戦闘力が数倍に跳ね上がった……」

 

 

 容姿も声も同じなのでどちらがどちらかは口調から判断するしかないが、互いに目の前の相手から視線を外さないようにと意識しながら呟くリカとカムイ。

 

 っと次に今までの数倍は速い速度で、口元に微かな笑みを浮かべた無善と浄歳がリカとカムイに襲い掛かる。

 

 確かに速いが、カムイの固有スキル『神速』を使える2人に取って追えないスピードではない。剣を構え向かってくる無善と浄歳に剣を振り抜く。

 しかしもちろん。これもリカの固有スキル『フェイント』を織り交ぜての攻撃。突き出された錫杖の前にいたはずの2人の姿は消え、別の場所から反撃を試みた。

 

「うそッ!?」

「なんでッ!?」

 

 すると、周囲にガギンッ!と武器同士が打ち合う音が響く。見えない剣戟を弾かれると夢にも思っていなかったリカとカムイの体制が崩れ、2人は渋い顔をしながら無善と浄歳の顔を見据えると、驚きのあまり目を見開く。

 

 それもそのはずだ。なんと無善も浄歳も瞼を閉じていたのだ――これは以前。ダークブレットのリーダーとの戦闘で見せた戦法だった。

 このゲームでの五感は現実世界の五感とは違う。現実世界での比率は一説によれば、視覚87%。聴覚7%。触覚3%。臭覚2%。味覚1%。となっている。

 

 つまり約90%もの情報を視覚に頼っているのが現実なのだ。本来ならば目を瞑るという行為は殆どの情報を得る機会を失うということに等しい。

 

 しかし、それは現実の世界ならばの話で、ここは仮想現実――つまりは、作られた偶像の世界。そこでの五感の比率は100を均等に振り分けた状態で、重要度は視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚となり。全てに20%配分で振り分けられたものをカットすればするほど、一つの感覚だけを研ぎ澄ますことが可能になるわけだ。

 

 リカの固有スキル『フェイント』は視覚に訴えかけて意識をずらさせる戦法。その翻弄される感覚の一つを完全に遮断することで今は視覚0%。聴覚、触覚、臭覚、味覚がそれぞれ25%となっている。

 

 だからと言って、視覚が現実世界よりも悪い訳ではなく。逆にクリアに見えるほどだ――誰もいるだけで、メガネを掛けなければまともに前が見えないほどに視界の悪いゲームをプレイしたいと思う者はいないだろう。

 

 数値だけ見ると、たった25%と思う人もいるだろうが、実際には現実世界の数値よりも多い超人的なものに設定されているのだ。つまり、視覚は現実とほぼ同等で、他の感覚が超人並みに強化されている状態と考えるのが簡単だろう。触覚が強化されているとはいえ、痛覚も強化されている訳ではなく。

 

 人が脳に与える影響を考慮して、その数値はそれほど高くは設定していないが、それでも危険だと判断された場合には、気絶という形でシステムを一時的に凍結して強制的にクールダウンさせる防衛行動を取るようにセッティングされていた。星がまだ眠ったままで目を覚まさないのも、このシステムが働いているからに他ならない……。

 

 剣を弾かれ体勢を崩したリカとカムイの目の前で、無善と浄歳の体が一瞬だけ赤く輝き、構えていた錫杖を勢い良く振り抜いた。

 錫杖に吹き飛ばされて地面を転がる見分けの付かない2人が止まると、それを待っていたかのように浄歳の固有スキル『ゾーンバインド』を発動させて地面に2人の体を何重にも拘束する。

 

「くッ……と、取れない……」

「うっ……動けない……」 

 

 体を鎖で雁字搦めにされた体を捻って、何とか鎖を振り解こうとしているがどうやらそれは無理そうだ。

 

 会場内の大きなモニターに大きく10と表示され、そのカウンターが一つずつ数字を少なくしていく。

 表示されていたカウントが『0』になり、再び会場内にドラが鳴り響くと、今まで鎖を解こうと身を捩っていたリカとカムイが勝負が決したことが分かって、全身の力を抜いてその場に倒れたまま大きく息を吐いた。

 

 あの最後に赤く光ったのは基本スキル『タフネス』を使用した為だ。通常、基本スキルは攻撃力、防御力を上げる『タフネス』移動速度、攻撃速度を上げる『スイフト』の2つが存在し、ゲーム登録時にどちらか選択できる。

 

 常識的には、戦闘開始時に使用するのが一般的だが、プレイヤー同士が戦うPVPでは勝負を決める時に発動する者も多い。

 基本スキルの発動は音声認識と意識から読み取るの2パターンがあり、慣れれば声を出さずに発動可能だ。しかし、発動時に発動を確認する為、それぞれ一瞬だけ青か赤に光ってしまうデメリットがある。

 

 その為、熟練したプレイヤー同士の勝負では、固有スキル同様に基本スキルも発動をギリギリまで隠す場合が多い。

 無善も浄歳も僧侶の衣装は防具ではなく自作で用意した服扱いになった装備だ――それを鉄製の数珠を装備することで、相手に鎧などの装備を錯覚させた。しかも、瞼を閉じると他の感覚が研ぎ澄まされるという事実を知らなかったのだろう。

 

 この仕様は最近アップデートされたもので、まだ知っているプレイヤーは少ない。だが、無善も浄歳も日頃から座禅を組むことが多くそれを知っていたのだろう。しかも、鉄製の数珠が外れたことで、鎧を着用していない本来の速度までアップしたのが、自分達が煙幕を上げていたのが結果として、相手が基本スキルの『スイフト』を発動したとリカとカムイに錯覚させたのだ。

 

 その為、間違いなく当たると確信していたフェイントを入れての攻撃が弾かれ、無善と浄歳が基本スキル『タフネス』を起動された時には、すでに勝負が決まっていたのである。勝負の決着的にはただのテンカウント負けだが、その中には多種多様な駆け引きがあるのだ――。

 

【勝者『成仏善寺』 次の試合は『メルキュール』対『LEO』出場者は準備をお願いします。】

 

 モニターにシステムメッセージが表示され、会場内に居る個人の耳元に直接同じ文章がリピートされる。

 

 地べたに座り込んで悔し涙を流すリカを姿の戻ったカムイが励ましながら、肩に手を回して立たせると通路に向かって歩いていく。だが、そのカムイの瞳にも微かに涙が浮かんでいた。ギルドを代表して負けたのだから、その悔しさは並のものではないのだろう……。

 

 逆に勝っても喜びを見せる訳でもなく。逆に引き締まった顔付きでステージに合掌して一礼すると、無善と浄歳がゆっくりと通路に向かって歩き出す。

 すると、無善と浄歳の向かったステージ横の通路から、屈強な男とそれより一回り大きい大男が悠々と歩いていく。

 

 無善と浄歳は彼等を横目で見てそのまま横を通り過ぎたが、屈強な男2人は涼しい顔で前を向いたまま、それに見向きもしない。




小説家になろうをメインに活動しています。
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