オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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護衛ギルド選抜戦9

 5体の分身体のリアンで無善を抑え、その隙に一気に浄歳を撃破してしまう作戦を考えているらしい。

 

「リアン!!」

「はい!」

 

 ダイロスが声を張るとリアンは即座に答え、2体のリアンが同時に左右から剣を構えて肩よりも上に大きく剣を振り上げる。

 

 浄歳が両手を左右に広げた直後、左右に分かれていたリアン達が、その手から剣を手放して浄歳の腕をがっしりと掴む。

 

「なっ、なんだと!?」

 

 驚きを隠せない浄歳が左右の腕を掴んでいたリアンを交互に見て正面に視線を移すと、そこには漆黒の大剣を振り上げているダイロスの姿があった。 

 

 天に高らかに掲げている黒い大剣の刃が、太陽の光を浴びて不気味に輝く。

 

「――フンッ!!」

「ぐああああああああああああああッ!!」

 

 浄歳が断末魔の叫びを上げた直後。振り下ろされた大剣が浄歳の体に大きな黒い線を付けて彼のHPが急激に減少し、彼の体が地面に倒れる。タフネスを使用していた浄歳だったが、さすがにダイロスの固有スキル『豪腕』の効果で100倍にまで高められた一撃は受け切れなかったようだ――。 

 

 まあ、ダイロス達の方もタフネスで強化された状況で、スイフトのリアンが2人掛かりでも、数秒持つか持たないかというギリギリのタイミングだった。

 

 本来ならば2対2の戦闘になるはずだが、固有スキルの能力とはいえ2対8では分が悪い。しかもその上、リアンはまだ3体の分身を隠しているのだ。

 

 幸先良く浄歳を撃破した直後、リアンがダイロスに向かって静かに告げる。

 

「……あの人は私がやります」

 

 漆黒のドラゴンの形を象った兜の隙間から見える鋭い瞳が、横にいるリアンに向けられた。

 それが分かっているのか、リアンは無言のまま真剣な面持ちで自分の分身と対峙している無善を見つめている。

 

 そして彼女はゆっくりと口を動かし。

 

「……私はあの子達と約束しました。仇は取ると……約束は守らなければいけません」

「そうか……好きにするといい」

 

 ダイロスは地面に大剣を突き立てると、その場にドカッと座り込んだ。

 

 彼はリアンの意思を察したのだろう。リアンは剣の柄を握り締め、真剣な面持ちで剣を構え直すと地面を蹴って無善に向かっていくリアン。

 

 無善は錫杖で防御に集中している。だが、四方から飛んでくるリアンの分身体の剣撃を見事にかわしている。 

 まるで攻撃パターンを完全に読み切っているかのように……いや、完全に読みきっているのだ。そうでなければ、5体の敵の鋭い斬撃をかわしきることなど不可能。

 

 つまり、攻撃パターンには確実に明らかな法則性があるのだ。簡単に言うと、長年やり続けた格闘ゲームなどで相手の動きを先読みできる――なんて、超能力者顔負けの経験をしたことは誰でもあるだろう。

 

 命令を下すことはできるが、複数のAIを1人のプレイヤーが正確に操作することは不可能に近いだろう。仮にできたとしても、戦闘まで行うのはもはや神の領域と言っていい。

 

 モニターの前でキーボードやタッチパネルでの操作なら可能かもしれない。しかし、このフリーダムというVRゲーム――つまりは体感型のバーチャルゲームなのだ。

 簡単に説明すると、サッカーの監督が自ら試合に参加しながら、決まった動きしかしない選手達に的確な指示を出しているという状況。と言えば分かりやすいだろう。

 

 分類によっても分けられるが、モンスターにはそれぞれにAIが備わっており。これは敵が攻撃を仕掛ければ防御、回避、遊撃のいずれかが適応されるなどした人工知能プログラムのことだ。

 

 リアンの分身体にもこのシステムが使われている。もちろん使用者の意思で操作はできるものの、全てを同時にというのはプレイヤーの技量があっても不可能に近い。

 AIには動作までの思考時間が備わっており。その後、行動に移すのがセオリーとなっている。つまり、そのコツさえ掴めれば、理論上はかわせないものではないのだ。だが、あくまでそれは理論上の話で、現実にそれをこなせるプレイヤーなど多くはいない。

 

 無善もギルドの長を務めるプレイヤーの1人。不可能に思えることを成せる一握りのプレイヤーだということなのだろう……。

 

 最小限の動きで攻撃をかわしている無善の元に、本体のリアンが剣を持って襲い掛かる。しかし、無善もそれを待っていたかのように、体が一瞬赤く光った後、真横に錫杖を振り抜く。

 

 錫杖を剣で防いだリアンの体が弾かれ、後方に飛ばされた彼女は体勢を立て直して地面に着地した。

 

「やはり力押しでは勝てないか……行って!」

 

 リアンの声に応えるようにもう一体の分身体が、今まさに交戦している中へと加わっていく。

 新たに一体加わり6体となった分身体が休みなく攻撃を繰り返す中、その全ての剣撃を器用にかわしている無善を、リアンは少し離れた場所から注意深く観察している。

 

 初撃を弾かれたことで、考えなしの攻撃では意味がないと確信したからに他ならない。だがそれにしても、本体が分かったにも関わらず自らは攻撃を仕掛けようとしない。

 いや、できないのだ。今立ち位置をずらせば、周りを囲む分身体にHPを削られかねない。無善のHPゲージは大きく減少こそしていないものの、既に2割ほど減っている状態。

 

 数に勝るリアンとの戦闘で強引な力技は自殺行為とも言えた。周りを取り巻く分身体を排除すればいい気もするが、リアンの固有スキル『幻影』はそれほど容易く破れる代物ではない。

 

 だが、その理由はすぐに分かることとなる……。

 

 分身体の間をリアンが再び攻撃を仕掛けた。無善は再び錫杖を大きく振り抜くと、リアンの横にいた分身体の体を錫杖がすり抜け、本体であるリアンへと向かう。

 

 リアンは剣で彼の攻撃を受け止めるが、タフネスで強化されたステータスの差で剣ごと押し切られそうになりながら、素早く体を捻って勢いを流す。

 

 剣の刃を滑っていく錫杖が火花を散らすのを横目に、リアンは一度は崩れた体勢を立て直して剣先を直ぐ様無善へと向ける。

 やり過ごされた錫杖は勢いを落とさずに、周りの分身体の体を次々にすり抜けて無善の前で止まった。そう、無善は攻撃をしなかったのではなく、攻撃する必要がなかったのだ――。

 

 どういう原理かは分からないが、剣撃は防げるがそれ以外は攻撃がまるで通らないのである。様々な固有スキルがある中でも、彼女のものは特殊な部類に入るのは間違いないだろう。

 

 攻撃をかわしながら突如、無善が口を開く。

 

「君の固有スキルは、相当なレア度のスキルなのだろう?」

「――その通りです。私の固有スキル『幻影』のレア度はS。そう簡単に、この固有スキルは破れませんよ。私を含めて10体まで増やせますから……それにここからは、私の全力でいかせてもらいます!」

 

 その言葉の直後、リアンの姿が3つに分かれると、剣を構えて無善に向かって全力で走り出す。

 

 無善は首に下げていた巨大な鉄製の数珠を掴むと、真っ直ぐに自分に向かって来るリアンの一体を目掛けて投げる。すると、全力で駆けていたそのリアンが剣を前に構えて止まり、飛んで来た巨大なその数珠を弾く。

 

 どうやら、無善は当たりを引いたらしい……。

 

「――くッ!!」

 

 鉄製の数珠を弾き、表情を曇らせたリアンに対して無善はまだ2体のリアンが向かってきているにも関わらず、錫杖を構え本体のリアンに突進していく。

 

 彼に向かってきていた2体のリアンの剣先が無善の左肩と右の腹部を刳り取る。しかし、無善は表情を変えることなくHPゲージが減少を始めるのも構わずにひた走り、一直線に攻撃を受け怯んで体勢を崩しているリアンに向かう。

 

 彼女は咄嗟に腰に付けたポーチから何やらアイテムを取り出すと、それを地面に投げ付けた。その直後、一瞬にして辺りが真っ白な煙で包まれ、ステージ上を覆い隠す。

 

 数十秒後。煙が消えて観客席からも試合の様子が確認できるようになると、あまりの光景に会場内の観客達がいっせいにどよめく。

 

 ステージ上では2体のリアンが持っていたその剣で、無善の体を左右から貫いていた。しかし、無善の錫杖も1体のリアンの体を貫いている。

 皆、プレイヤーの上に表示されているHPバーに目を向けた。赤いゲージまで減少を続けていたのは無善のHPのみで、リアンのHPは黄色のゲージで止まっていた。

 

 そして無善のHPは『0』になり。彼は大きく項垂れ、リアンは険しい表情で大きく息を吐いた……この時。同時にこの勝負の勝者が決定したのである。




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