オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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混浴

 エリエ達と一緒に鍛冶場を後にした紅蓮が向かったのは、ギルドホールの大浴場だった。

 

 しかし…………。

 

「――百歩譲って裸の付き合いっていう日本の文化は尊重する。でも、どうして……どうして……」

 

 苛立ちを抑えきれずにザバッと浴槽の中で立ち上がったエリエが遠くにぽつんと大きな浴槽の端にいたデイビッドを指差した。

 

 淡いピンクのビキニタイプの水着を着たエリエが声を荒らげる中、紅蓮は静かに「なにか?」と言葉を返す。

 

「……なにか? っておかしいでしょ!? どうして女湯にこいつが居るのよ!!」

 

 エリエは抑えきれない様子で顔を真っ赤にしながら、デイビッドのことを指差した手を何度も上下に動かしている。

 

 だが、紅蓮は落ち着いた様子で「だから、水着を着用して下さいと言ったのです」と言った。しかし、この摩訶不思議な状況下で、エリエがそれで納得するはずがない。

 

「確かに! 確かにね。私も女同士で水着っておかしいな~って思ったけど! でも、こんなことなら、ここで話を聞いてからお風呂上がって、こいつに事後報告でいいじゃない!!」

「うるさいぞ! 水着を着てるんだから、細かい事はいいだろう!」

 

 怒っているエリエにそう言ったのは黒いビキニタイプの水着を着たカレンだった。普段なら、お風呂の中で泳いだり飛び込んだりやりたい放題の彼女が、何故か今回に限っては大人しく浴槽に浸かっている。

 

 そのことがエリエの怒りに、更に火をつける。

 

「あんただって! エミル姉がいない時に、普段は泳いだり飛び込んだりしてるくせに!!」

「なっ、あっ……そ、そんなこと、今この場で言う事ないだろ! べ、べつに男性が居るから緊張しているとかじゃ……な、ないんだからな!」

「……あんた。キャラ変わってるわよ?」

 

 頬を真っ赤に染めると、カレンは口までお湯の中に付けて黙り込んでしまった。

 エリエが再び湯船に浸かって諦めた様に大きなため息を吐いたその時、目の前から走ってきたミレイニが大の字になって飛び込んできた。

 

 一番近くにいた紅蓮は、ミレイニが飛び込んでくると察して湯船から即座に離脱する。

 

 デイビッドとカレンは咄嗟に背中を向けて顔に掛かるのだけは死守したが、その場にいたエリエだけが盛大に頭からお湯を被ってしまった。

 

 エリエは頭からびしょ濡れになり、俯いて怒りに肩を小刻みに震わせていた。

 すると、お湯の中からミレイニが勢い良く飛び出してきて、再びエリエの顔に盛大にお湯がかかる。

 

「ぷはっ! エミルがいないとお風呂で遊んでも怒られないからいいし!」

 

 定番のスクール水着を着たミレイニが、開放感から腰に手を当て胸を張っていると、目の前のびしょ濡れのエリエを指差す。

 

「なーんだ。エリエもびしょびしょだし! そんなに遊びたいなら、恥ずかしがらずに言えばいいし。それそれ~」

 

 楽しそうに笑いながらお風呂のお湯を、追い打ちとばかりにエリエの頭にかけるミレイニ。

 

 しかし、今のエリエには火に油を注ぐ様なその行為は完全にアウトだろう。まあ、ミレイニが空気を読むことは、これからもありえないだろうが……。

 

 エリエの頭の血管がブチッ!と音を立てた次の瞬間。ミレイニの頬は左右に伸びていた。両手をブンブンと振り回し、ミレイニが声にならない声で抗議するが、エリエの目は釣り上がりいつもの優しい面影はなく、背後からは不動明王像の様な炎が上がっているように見えるくらいだ――。

 

「――あんたには、お風呂の入り方そのものをしっかりと教えてあげないといけないようね……ミレイニ!」

「いはいひ~。はんえほおってるひ」

「なんで怒ってるかって? それは自分の胸に聞いてみなさい!」

 

 完全に頭に血が上っている様子のエリエの耳に、紅蓮の言葉が入ってきた。

 

「……ここに呼び出したのは喧嘩する為ではないのですが?」

 

 紅蓮のその冷たく抑揚のない声音に、さすがのエリエも恐怖を覚えたのか、直ぐ様ミレイニの頬から手を放した。

 

 それを見て紅蓮は呆れた様子で大きくため息を吐くと、今度は真面目な声音で喋り出す。

 

「実は、皆さんにここに来ていただいたのは、もう気付いている方もいるとは思いますが、明日の作戦の件です。作戦内容は至ってシンプル――杭の素材である木を切りにいくのです。明日、私達は街の防衛の為に、木材を大量に切り出さなくてはいけません。ですが――」

 

 そこまで口にした紅蓮に、まだヒリヒリと痛む頬をさすりながら、ミレイニが徐に手を上げる。

 

 紅蓮は話を一旦切り上げ、ミレイニの方を向いて右手を差し出し「どうぞ」と告げた。

 

 嬉しそうに頷くと、ミレイニは思い付きで咳払いをしようとしたのだろうが本当に咳き込んでいる。

 息を整え、ミレイニが大きく息を吸い込むと。

 

「木を集めた後は、どうやってあんな大きな杭にするし? あんな大きな木はないと思うし!」

 

 自信満々に言い放ったミレイニは、勝ち誇った様な笑みを浮かべている。

 

 呆れたように大きなため息をもらし、エリエは額を手で覆う。紅蓮も首を傾げていたが、紅蓮が返答する前にエリエがミレイニの質問に答えた。

 

「あのねー。あんたの武器だって最初から土に刺さってたわけじゃないでしょ? つまり、街で見た巨大な杭も最初からあの形じゃなく。後であの形に生成するのよ」

「ふ~ん。でも、それはどれくらいの木が必要だし?」

「そ、それは……」

 

 すぐに質問が返ってきて、エリエもその質問にはさすがに答えられない。いや、答えられないというよりも答えが分からないと言った方が正しいだろう。

 

 生産スキルにレベル制限は特にないものの。そのスキルの多さは普段戦闘系スキルの基本スキル、固有スキルしか使わないエリエ達。戦闘系のプレイヤーには全てを把握しきれていない。

 

 まあ、VRという特殊なシステムを導入しているMMORPGで、激しく動きながらスキルを多彩な戦闘系のスキルを使用し。キャストタイム、リキャストタイムを管理するのはほぼ不可能だろう。

 

 その為、戦闘スキルは基本的に基本スキル、固有スキル、トレジャーアイテムに備わっている武器スキルの3種類に簡略化されているのだ。それに比べて生活スキルの数が段違いに多い。

 

 料理、裁縫、製錬、鍛冶、採掘、伐採、釣りなど上げればキリがないほど存在していて、中には洗濯という本来はゲーム内で服を洗う必要はないのだが、一部の綺麗好きなプレイヤー達に向けてのスキルまで存在する。

 

「ああ、あの杭は木工で1つ作るのに、木が50本程度です」

『50本ッ!?』

 

 その場で紅蓮の話を聞いていた全員が声を揃えて一斉に叫ぶ。

 

 だが、それも無理はない。木を50本と一言で言っても、相当な量である。しかも、街を区切るだけの本数を入手し、輸送するには相当な労力と時間を有することは言うまでもないが。何よりそれを、周囲を敵に囲まれている今の状況下でとなると難易度は一気に跳ね上がる。まあ、だからこそ今日の選抜戦の意味があるのだが……。

 

 驚く皆を気にすることもなく紅蓮は淡々と言葉を続ける。

 

「なので、今回の作戦が成功するかどうかは、伐採中の我々を守っていただくよう協力してくれるギルド『メルキュール』の方々にかかっているのですが、それは今日の戦いぶりを見ていれば問題ありません。しかし――」

 

 そこまで口にした紅蓮は、真剣な面持ちで皆の顔を見渡すと、徐に口を開く。

 

「――私は今回の戦闘で被害者を出すつもりはありません。しかし、それには皆さんの力が必要なのです」

「もちろん! 私にできる事があればなんでも言ってよ!」

「俺も全力で協力します!」

「俺も侍は仁義を通すもの……任せてくれ!」

 

 突然深々と頭を下げた紅蓮を前に、エリエ達も力強く答える。

 

 エリエ達のその声を聞いて紅蓮も安心したのか、顔を上げて再び話し始めた。

 

「実は、今回の作戦ではデイビッドさんとイシェルさんの2人に、私達の後詰めをお願いします」

「ちょっ、ちょ、ちょっと待って! デイビッドはいいとしても、どうしてイシェルさんなの?」

 

 突然のエリエの慌てように、紅蓮も「はい? ダメですか?」と不思議そうに小首を傾げている。




小説家になろうをメインに活動しています。
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