オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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エミルの嘘2

 自分を庇って良くしてくれていたトールが死んだ……もし、エミルの言うようにこれが夢であるなら、彼はまだ生きているか、もしくは元々存在すらしない夢の住人ということになる。

 

 確かに現実世界にいた時から、父親のいない星は他の子供の父親や目上の男性に、妙に惹かれやすいのは感じていた。

 トールと過ごしていた時間はまるで父親と過ごしていた様に、星は感じていたのだろう。しかし、トールの年齢は20くらいで父親というには少し若すぎるが、父親への憧れがそうさせるのだ――。

 

 夢と言われれば夢であってほしいと思う気持ちもあるが。だが、剣の練習中に彼から貰ったサンドイッチの味が、今もしっかりと思い出せるほど残っている。それが夢だったとは星には到底思えないのだが、エミルに尋ねたところで上手く丸め込まれてしまうかもしれない。

 

 星はレイニールに尋ねてみることにした。

 

「レイ。本当に夢なのかな?レイは私が寝てた時の記憶があるんでしょ? 街の門の前で倒れた後の事を教えて……」

 

 もしもあの出来事が夢であるならば、レイニールは『街の門の前で』の部分は首を傾げるはずだ――何故なら、始まりの街での出来事が偽りなら、レイニールはこの質問には答えられないはず。

 

 レイニールの反応に全神経を集中させ、星が返答を待っていると、レイニールは表情を曇らせてボソッと呟く。

 

「――主は嫌なことを忘れたいとは考えないのか?」

「……えっ?」

 

 突如発せられた予想外の返答に、星は言葉を失う。脱力した両手がベッドに落ちレイニールは翼をはためかせると、星の顔の前で止まる。

 

 真っ直ぐ星を見るレイニールのその瞳は真剣そのものだ――。

 

「答えろ主! 嫌な思いをして、どうしてその記憶に固執する! 我輩は主のその考えが理解できぬ。過去は取り戻すことができない……なのに、何故過去に拘る!」

「それは……」

 

 妙に威圧感のあるレイニールは、いつもの語尾の『のじゃ』が消えている。その話し方はまるで、金色の巨竜と化した時のようだ――。

 

 じりじりと迫ってくるレイニールに、星は後ろに下がると、突如としてレイニールが鋭く睨みつけながら星の顔目掛けて突撃してくる。

 

 慌てて真後ろに仰け反った直後、ガツンという大きな音が部屋中に響く。

 

「……あっ……うぅ……」

 

 仰け反った星の後頭部がベッドの角に直撃し、その体が横に崩れ落ちた。

 

 激しい衝撃に意識を失いベッドに倒れた星を見下ろしたレイニールが得意げに、しかし静かに呟く。

 

「――秘技。記憶飛ばし……」

 

 レイニールはベッドに倒れている星の体を正常な姿勢に直すと、最後に上から布団を掛けて自然な感じに偽装した。他人が見たら、自然に眠ったとしか見えない完璧な仕上がりだ。

 

 レイニールは星を見下ろし。

 

「主は押せば引くから扱いが楽なのじゃ。しかし、我輩から情報を聞き出そうとは千年早いのじゃ! わーはっはっはっ!!」

 

 腰に手を当て勝ち誇った様に高笑いをしているレイニール。

 

 すると、背後から扉を開ける音が聞こえ、パンとコーンスープの乗ったおぼんを手にしたエミルが入ってきた。

 

「なにを大きな声出してるの。表まで聞こえてたわよ?」

 

 その声を聞いた直後、レイニールは反射的にビシッ!と背筋を伸ばした。

 

 部屋に入ってきたエミルは、ベッドで眠っている星を見つめ、手に持っていたおぼんをテーブルに置くと、ベッドの端に腰を下ろして眠っている星の頬に手を当てる。

 

 優しく微笑むと、星の頬をそっと撫でる。

 

「……まだ起きたばかりだものね。今はゆっくり休みなさい……後は、私が全て終わらせてあげるから」

 

 エミルの優しかったその顔が、決意に満ちた表情に変わり。眠っている星に「行ってくるわね」とささやき、再びドアの方へと歩いていった。

 

 だが、それをあからさまに距離を取っていたレイニールが呼び止める。

 

「ちょっと待つのじゃ!」

「……なに? レイちゃん」

 

 振り返ることなくそう答えたエミルに、レイニールが言葉を続ける。

 

「主を残してどこに行くつもりじゃ! 我輩はこの後、どうすればいいのじゃ!」

「――大丈夫よ。明日の夜までには帰って来るから……」    

 

 そう言い残して部屋を出ていったエミルが、一瞬見せたその瞳には闘気が満ち満ちていて、まるで闘神の様だった――。

 

 とてもこれ以上話し掛けられる雰囲気ではない。

 っとエミルが部屋を出るまでレイニールが刺激しないように息を止めていると、ドアノブを掴んだ直後に振り返ったエミルがレイニールに向かって告げる。

 

「……そうそう。私が帰って来るまで、このギルドホールから星ちゃんを出しちゃダメよ? もしも、出したらお・し・お・きだからね……」

「う、うむ! 分かったのじゃ!」

 

 再び背筋を正してビシッ!と敬礼したレイニールにエミルは微笑みを浮かべ、部屋を出ていった。

 

 直後。レイニールはほっと胸を撫で下ろし、床にちょこんと座ってふとあることを思っていた。

 

「……エミルはいったいこんな夜から、明日の夜までどこに行くのじゃ?」

 

 腕組みしながら小首を傾げたが、レイニールはすぐに考えるのを止めた。




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