オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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木の伐採任務5

 素早い紅蓮の動きに、ルシファーも手も足も出せない。体の向きを変えても、すでにその場所に彼女の姿はない。

 

「――あなたには見えないでしょう。ですが、私には……しっかり見えているのですよ」

 

 地面を思い切り蹴って飛び出した紅蓮は、ルシファーの頬を斬りつける。

 ルシファーが反撃の剣を振り抜くが、空中に出現した氷の塊を蹴飛ばして紅蓮が加速するために、掠りさえもしない。

 

 離脱後は森の中に姿を消す紅蓮に、ルシファーは狂った様に無差別に木々を薙ぎ倒し、羽根を撒き散らすが、その間も隙あらば紅蓮の刀がルシファーの体を傷付ける。

 

 膨大なHPも確実に減っていく、高速戦闘には自信がある紅蓮も順調に減っているHPに勝ちを確信していた。

 最初の一撃以外はダメージを受けていないし、これからもダメージを受ける気がしない。正直。行動範囲の制限されるダンジョンの中だから苦戦を強いられるだけで、一度外に出してしまえば、四天王と呼ばれるベータ版プレイヤーでオリジナルスキル持ちの紅蓮の敵ではない。

 

 攻撃を終え紅蓮が地面に着地した瞬間。右足に激しい痛みが走る。

 紅蓮の体が着地の衝撃を吸収しきれずに右側に傾き、思い切り右肩を地面に叩きつけ倒れた。

 

「――ッ!! なっ、なぜこんなものがッ!? いったいどこから……」

 

 右足のふくらはぎを一本の矢が貫いていた。

 

 すぐに辺りに目を凝らしたが、人影も気配すら周囲にはない。それはまるで、突然現れ消えた幽霊の仕業にしか思えない……。

 

 だが、考えるのは後だ――紅蓮は足に刺さった矢を引き抜いて投げ捨てる。徐に立ち上がったものの、右足を踏み込むと痛みと違和感が残る。

 

「……これでは戦い方を変更するしかありませんね。ですが……」

 

 紅蓮は睨みつけるように、再び周囲に激しい視線を向ける。しかし、やはり周囲には人影や気配は一切ない。それが納得できないのか、紅蓮は微かに首を傾げた。

 

 それもそうだ。固有スキル『インビジブル』自身の姿を完全に消せる白雪でさえ、周囲に微かな気配が残る。気配を完全に消せるプレイヤーは白雪、自分の他にマスターくらいしか紅蓮は知らない。もしも、それだけの手練が向こうにいるとなると……。

 

「……少々厄介ですね」

 

 眉をひそめると、右足を数回地面に着けるように上げ下げした。

 やはり、踏み込んだ時に力が抜ける感覚がある。利き足をやられたのは予想以上の痛手だ――。

 

 ため息を漏らし、 紅蓮はルシファーの方を振り向き。

 

「……さて、どうしましょうかね」

 

 利き足を負傷し、凄腕のスナイパーが潜む森の中で、相手はあの攻略不可能とまで言われた堕天使だ――本来なら撤退しか道がないのだが、どうやら紅蓮にはその考えはないらしい。持っていた刀を構えると、紅蓮はルシファーに向かって真っ直ぐに走る。

 

 ルシファーもそれに気が付いたのか、巨体を大きく揺らしながら振り向く。

 

 両側の翼が大きく広がり、紅蓮目掛けて高速で撃ち出される羽根。

 

 だが、紅蓮はその羽根を掠る手前の紙一重のタイミングで避け、かわせないものは刀で弾きながら突き進む。

 巨大なルシファーの足元に到達した紅蓮は、そのかかとの部分を斬り付け、ルシファーは地面に膝を突くと紅蓮はすぐにその場を離れた。

 

 すると、直上から巨大な剣を振り降ろされ、今の足に傷を負った状況では完全な回避ができないと瞬時に判断し、直撃の既の所で左足で地面を蹴ると体の前で刀を構えて氷の盾を作り出す。

 

 地面に刃が当たった直後、爆音と地鳴りが響き渡り、巻き上げられた土砂が無数に発射された鉄砲の弾の様に紅蓮に襲い掛かる。大きな破片は防げるが、細かいものは紅蓮の氷の盾を貫通してきた。

 

 体に無数の破片が突き刺さる中。紅蓮のHPゲージも一度尽きて、再び最大値から半分ぐらいまで減少した。

 っと、紅蓮の背後から今度は反対側に持っていた剣の刃が向かってくるのが見えた。破片を防御するのを諦め、背中に破片が突き刺さるのも構わず。逆側に冷気を纏わせた刀を構える。

 

 直後。紅蓮の体ごと周囲の物を根こそぎ薙ぎ倒す。木や岩に紅蓮の体を剣で挟む様に粉砕し、最後には紅蓮は人形の様に地面を転がり岩肌に叩きつけられる様にして止まった。

 

 叩きつけられた反動で、うつ伏せで倒れた紅蓮に向かって、ルシファーが追い打ちで放った鋭利な羽根が倒れていた彼女を無慈悲に襲う。

 

 背中に雨のように降り注ぐ無数の羽根が突き刺さったその姿は、花を生ける時の剣山の様で、もはや以前の面影はない。

 全身を走る焼けるような熱い感覚と、体を引き裂かれるような激しい痛み。薄れていく意識の中で視界に映ったのは皮肉にも街に向かって歩き出すルシファーの姿だった。

 

「……あんな……あんな化け物に……私の……大切な仲間達を……ぜったいに……絶対にやらせはしません」

 

 顔の側に落ちていた小豆長光の柄に手を掛けると、それを杖代わりにゆっくりと立ち上がった。

 その赤い瞳は光を失い霞んでいる。小刻みに震える足と荒く上下する肩から見ても。彼女はもう、精神力だけで立っているのだろう。

 

 紅蓮は長い銀髪を結んでいた金色の紐を解くと、今度はそれを自分の右手と刀の柄を何重にもきつく巻き付けると、外れないように左手と歯でがっしりと結ぶ。

 

「……まだです。まだ……戦えますよ」

 

 最後の力を振り絞って走り出した紅蓮は、街に向かってゆっくりと歩いていたルシファーの足を斬り付けると体を反転させた。

 

 しかし、受けたダメージが大きいのかバランスを崩し、地面に膝を突きながらも刀を振る。

 

「――そこです!」

 

 刀身から冷気をつらら状にしたものがルシファーの右目を的確に捉える。

 バランスを崩しながらも、これほどの精度を見せるのはさすが自他共に認めるトッププレイヤーと言ったところだろう……。

 

 顔を押さえてのたうつルシファーの左目が紅蓮を捉え、右手に握られた剣を振り下ろす。

 

「その程度……この名刀小豆長光で弾き飛ばしてみせる! 氷を纏いて刃と成す! 氷雪鉄塊殺!!』

 

 突如として周囲に吹き荒れる吹雪が美しい純白の刀に集まり、その刀身の形状がまるで柱の様に見る見るうちに積み重なって次第に巨大な刀に変わる。

 氷でできた刃が、ルシファーの振り下ろされた剣とぶつかり激しく砕け散った。だが、敵が剣を大きく弾かれ体勢を崩したのを紅蓮は見逃さなかった。

 

 紅蓮が刃先をルシファーの体を指すと、再び高速で集結した氷の欠片が刀身の形を成して真っ直ぐに伸びていく。

 

「――はあああああああああああああッ!!」

 

 咆哮を上げ突き出された巨大な氷の刀が、ルシファーの胸元を突き刺す。

 

 紅蓮は体を反転させ、刀を担ぐような格好で力の限り振り抜くと、ルシファーの体が胸元から頭部にかけて引き裂かれた。

 

 急激に減少したHPゲージがなくなり、ルシファーの体は光となって空へと上がっていった。

 肩を大きく上下させ、荒く呼吸を繰り返していた紅蓮が、安堵した様に深く息を吐き出す。その直後、天に伸びた刀を模った氷柱が勢い良く砕け散り、雪の様に紅蓮に向かって降り注ぐ。

 

「……終わった」

 

 掠れた声で短く呟いた紅蓮の体が前に傾き、ゆっくりと地面に伏せる。

 全力を出し切ったのだろう。うつ伏せで倒れた紅蓮はゆっくりと呼吸をしながらも、その思わず口からは笑みがこぼれる。

 

 普段は感情をあまり表に出さない彼女だったが、今この時ばかりは抑えきれなかった。

 攻略不可能とまで言われていたルシファーを、負傷しながらも仕留めて見せたのだ。その喜びはひとしおだろう。

 

 今の紅蓮の心を支配していたのは、なんとも言えない達成感と高揚感だ――紅蓮は刀を地面に突き刺してゆっくりと立ち上がった。

 

「もう誰にも、四天王最弱とは言わせません……」

 

 おぼつかない足で街に向かって歩き出すが、目の焦点が合わない状態で、とてもじゃないが街までは戻れそうにない。

 

 仕方なく手近な木の枝の上に腰を下ろした紅蓮は、意識が遠退き霞む瞳で千代の街の方を見つめた。

 

「……さすがに、もう限界のようです。ここで少し休みましょう……メルディウス。後は……まかせ……ましたよ……」

 

 木に凭れ掛かるようにして、安らいだ表情で寝息を立てている紅蓮の元には、季節外れの雪が舞い落ちていた。

 

 

 ローブを着た人物が遠くから、木の上で眠っている紅蓮を遠くから見つめている。そのローブの色と形状から、それはエミルのリントヴルムZWEIを撃破した人物と、おそらくは同じ人物だろう……。

 

「――全く。せっかく右足を射抜いて撤退するようにしてあげたのに――これだから子供は嫌いだわ……しかも、まさか手負いであのルシファーを倒すなんてね。本当はあの子に出て来てもらおうと思ってたのに、当てが外れてしまったわ……でも、結果オーライね。エミルの虎の子のリントヴルムZWEIは後20時間以上使用不能。四天王と言われているプレイヤーの一人は行方不明。そしてもう一人もこの有様――次の攻めにはとても対応できないはず。これ以上は、プレイヤーにGM権限を持っている夜空星を隠しておくことはできないでしょう? 可愛そうだけど、あの子には死んでもらわないといけない。全てを終わらせる為に……」

 

 意味深な言葉を呟き。ローブの中から不気味に笑う唇の真っ赤な口紅が、これから起こる不穏な空気を予兆させていた。

 

 

                 * * *




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