オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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第6章
予想外の再会


 3人は街を歩いていくと、甘味処を見つけた。その古そうな木製の看板には『甘味処 白タマ庵』の文字が――星はその看板に、何か以前にもこんなことがあったようなデジャブを感じながら難しい顔で首を傾げた。

 

 中に入ると、更に見覚えのある大きな招き猫の置物が左右に置かれている。

 

 気付いた厨房の中から店主らしき人物が現れる。

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか~?」

 

 出てきた若い女店主が頭を上げると、星は彼女を見て「あっ!」と驚きの声を上げた。

 それもそのはずだ。彼女は星がエリエやレイニールと立ち寄った『宇治抹茶金時あんみつスペシャル』を出す店だった。だが、その出来事は始まりの街でのことで、千代の街のことではない。

 

 顔をじっくりと見て見たが、よく似た双子と言うには似過ぎている。ここまで似ているのは双子でもそうそうないだろう……。

 

 星が意を決して店主に尋ねる。

 

「……あの。始まりの街でもお店をやってましたよね?」

「ああ、あの時の! 抹茶が苦手なお客さんですね。ピンクの髪の人は今日は一緒じゃないんですか?」

 

 その彼女の返答を聞く限り。間違いなく始まりの街で店を経営していた人物と同一人物ということで間違いないようだ。しかし、ここで一番不可解なのはどうして彼女が無事なのかということだ――。

 

 少なくとも、エミル達には街の人間を救出する余裕はなかった。だからと言って、周囲をモンスターの大群に包囲されている街から個人が脱出できたとも考えにくい。

 

 街を囲むモンスターは街から脱出しようとしているプレイヤーを優先的に攻撃するように設定されていた。本来モンスターは機械的な動きしかできず、臨機応変な対応ができない。その為、外敵より内部に意識がいくようにプログラムされているのだろう。

 

 それはまるで、街に居る無抵抗なプレイヤー達を狙っているかのようだ……殺戮を目的として街を攻めている様な――。

 

 だが、今目の前にいる甘味処の店主は、脱出不可能と言われた街から抜け出している。 

 何らかのトリックがなければこれは不可能なことだろう。もしくは彼女の持っている固有スキルがそれだけレアなスキルであるかのどちらかだ。

 

 星は意を決すると、彼女に事の真相を尋ねてみる。

 

「――あの。あなたはどうしてこの街に逃げて来れたんですか?」

「それは簡単だよ? 私は……いえ、私達は彼等に助けられたの」

「……彼等?」

 

 女店主の話を聞いたエミルが思わず、2人の間に口を挟んだ。

 

 エミルのその質問に、彼女は笑顔で答えてくれる。

 

「私も、まさかブラックギルドと呼ばれている彼等に、助けてもらえるとは思っていませんでしたよー」

「ブラックギルドって……もしかしてダークブレット!?」

 

 驚きを隠せない表情で目を見開くエミルに、女店主は笑顔で頷いた。

 

 彼女が言った言葉を信じないわけではないが、明らかに不自然だ――ブラックギルドのダークブレットが人助けをするとは考えにくい。

 何より彼等にメリットがなさすぎる。人助けをするような者達ではなく、いくら四天王の一人であるデュランが率いているとはいえ、彼はメルディウスや紅蓮達とは違って謎なことが多すぎる。

 

 ただ、エミルはデュランのことを油断できない人物だと警戒している。星に幾度となく接触して、しかもあの始まりの街の危機的状況でも星を抱えて逃げていた。

 

 だが、エミルは知っていた。彼は自分の利益の為にしか行動しない人物であると……それは、ダークブレットのアジトを攻撃した時に彼等の武器、それと組織そのものを自分の手中に収めたからだ。これによって、彼はこの世界でも有数の勢力になったのだ――。

 

「――どうして彼が……どんな目的でそんなことを? 避難した人から戦力を補強する為? いや、逃げてきた者達は殆どが戦力外の人物ばかりのはず……ならなぜ?」

 

 難しい顔でぶつぶつと口にしてエミルが考え込んでいると、その横で星が女店主に尋ねる。

 

「どうやって逃げてきたんですか? 街の外は敵で囲まれてましたよね?」

「ああ、それが一瞬だけ。敵が一箇所に密集した時があったでしょ?」

「……ん?」

 

 小首を傾げて頭の上に大きな『?』マークを浮かべている星に、彼女はくすっと悪戯な笑みを浮かべている。

 

 まるでクイズでも出しているかのように得意げな女店主に、今度はフィリスが声を上げた。

 

「あっ! 私とお兄ちゃんが敵に逃げられたあの時!」

「当たりです! あの時、敵の包囲網は街の正門の部分に集中していました。そこにダークブレットのリーダーの白いマントの男性が、逃げる意志のある人達を集めたんです。でも、最初から脱出することを考えていた人以外は、急な出来事に困惑して付いてきたのは数百人ですけど……」

 

 彼女は他のプレイヤー達を残してきたのを心苦しく思っているのか、表情を曇らせている。

 まあ、結果的に始まりの街は陥落したわけだから、そこにいたプレイヤー達はもうこの世界にはいないのだ。

 

 かと言って、現実世界に戻れたとも思えない。おそらく、大勢の人間がこの世界にも現実世界にももういないのだ――。

 

 難しい顔をしていたエミルが考えるのを止め、神妙な面持ちで女店主に聞く。

 

「……でもどうやってモンスターから逃げたの? 初動では敵をやり過ごせても、敵が数百もの人間を見逃すわけがないわ。どうやってここまで逃げてきたの?」

 

 エミルの核心を突く質問にも、彼女は冷静に答える。

 

「そうです。ですから、彼は使ったんです。街の外れにある転移用の魔法陣を……」

「そんなの不可能よ! あのテレポート機能は改悪によってどこに召喚されるかランダムのはず! 数百という出口の中から決まった一つを選ぶのは無理よ!」

 

 彼女の言う通りだ。街に設置されているテレポート用の魔法陣はこの事件以来、任意の魔法陣にテレポートできなくなっている。

 ランダムで飛ばされる魔法陣を使うというのは自殺行為以外のなにものでもなく。マスターですら、魔法陣を利用して移動するという作戦を立てなかったのだ。

 

 優秀な指揮官とは、不確定な要素を想定には入れるものの。だが、不確定な物を使用することは決してしない。

 

 簡単に説明すると、優秀な者はリスクを思考はするが、リスクを冒すことは嫌うということだ……。

 

「そうです。でも、それで来たのは事実です。彼は無数の敵に襲われている始まりの街で待つより危険な場所はない。それに彼は言いました『ダークブレット、メルキュール合わせてニ千人規模の大規模なパーティーになる俺達に向かってくる敵は容易に倒せる』と……もちろん。無傷ではありませんでしたけど、運良く数十回という回数を経て、千代の近場に着いた私達は、敵を彼のバインドの能力で拘束し、容易に街の中に逃げ込むことができたんです」

 

 彼女の誠実な目を見れば、嘘を言っていないのは分かる。

 しかし、デュランに『バインド』などという能力はない。おそらくは、また彼のオリジナル固有スキル『アブソーブ』の能力で周囲の仲間の能力を使ったのだろう。

 

 彼の固有スキル『アブソーブ』には周囲にいるプレイヤーの固有スキルを使用できる能力があり、しかもその能力を更に強力なものにできるのだ。

 

 たとえ固有スキルのランクがDのようなハズレスキルでも、彼に掛かればどんなスキルであってもSクラス級のスキルに変化できる。

 

 まあ、そんな強力な固有スキルを持つ彼が、千人規模のエルフ限定ギルド『メルキュール』と千人もの元殺人ギルド『ダークブレット』始まりの街から逃げるプレイヤー合わせ。ニ千人以上のプレイヤーを従えているというのは、つまり約ニ千個もの固有スキルを使えるということだ――しかもその全てがランクS以上となれば、多くのプレイヤーを逃がせたのも合点はいく。

 

 これは日本に4人しかいない。テスターと呼ばれるプレイヤーの一人であるからこそできた作戦であり、他の者では思い付いたところで成功しない作戦だっただろう。

 逆を言えば、弓の達人であるエルフを選択したプレイヤーが抜けたことが、始まりの街の陥落を早めた原因だったのだ――。

 

 考えていたエミルは少しすっきりとした表情で頻りに頷く。彼女なりに、今の状況の整理と今後の対策を立てているのだろう。

 

 女店主が居なくなっても、難しい顔をして隣で頻りにぶつぶつ呟くエミル。

 

 すると、一度は厨房の方に引っ込んだ女店主が大きな器の載ったお盆を持って戻ってきた。

 

「せっかくですし、うちの店一番の人気メニューを食べていって下さい。宇治抹茶金時あんみつスペシャルです!」

 

 そう言った店主がお盆をテーブルの上に置いた直後、ドン!っという大きな音と目の前に置かれた大きな器に山盛りにされた宇治抹茶金時あんみつスペシャルに、考え込んでいたエミルでさえも驚き目を丸くさせている。

 

 しかも、星のだけ上に黒蜜が掛かっている。小首を傾げていると、星の耳元で女店主がささやく。

 

「……以前。苦いのが苦手だと言っていたので、黒蜜を掛けておきましたよ。ごゆっくりどうぞ~」

 

 星は彼女に向けて軽く頭を下げると、女店主もにっこりと微笑んで厨房の方へと消えていった。

 それを見送ると、フィリスと星は目の前に置かれている宇治抹茶金時あんみつスペシャルを食べ始める。それにつられるように、難しい顔で考えていたエミルも考えるのを止めて食べ始めた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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