オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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初めてのVRMMO2

 エミルが剣を抜いたのを見て、このゲームに初めて来た時のことを思い出した星は少し身構えた。

 

「大丈夫。別にこの剣で星ちゃんを攻撃しようなんて思っていないわ。ただ、ちょっと見ててもらいたいの」

「……は、はい」

 

 星が返事をして頷いたのを確認すると、優しかった彼女の目付きが鋭いものに変わり、近くを歩いていたラットの前に出て剣を構える。

 

 近くにきた星にラットが気付いて姿勢を低くすると、警戒体制に入った。

 

「スイフト!」

 

 エミルが叫ぶと一瞬だけ体が青く光る。

 

 すると、彼女が風のように星の前を横切ったかと思うと、次の瞬間には彼女はもうラットの前にいた。

 

「はああああああっ!!」

 

 即座に目の前のラットに向かって剣を振り下ろす。その直後、攻撃を受けたラットのHPは一瞬で『0』になった。

 

 しかし、彼女の攻撃の手が止むことはなく。一瞬の刹那に、素早く数太刀をラットの体に叩き込む。次から次へと攻撃を繰り出すその姿は、まるで舞でも踊っているかのようだ――。

 

 エミルの激しい攻撃が終わり、ラットの体には無数の切り傷を受けた状態で横たわった上に【OVER KILL】と表示され。直後、ラットの体はキラキラとした光りを残してその姿を消した。

 残された光りは吸い込まれるように上空へ舞い上がっていく。

 

「ふぅー。8連撃か……私も鈍ったなぁー」

 

 エミルはそう小さく呟くと、持っていた剣を鞘に収めた。

 

 無言の星はラットのいた場所にゆっくりと近付いていくと、俯いたまま小さな声で「あんなに攻撃する事ないのに……」と呟き、眉間にしわを寄せながら怒った表情でエミルの方を向いた。

 

「エミルさんひどいです! あんなに攻撃しなくてもいいじゃないですか!!」

 

 星はそう叫ぶと、瞳を潤ませながらエミルの顔をじっと見つめた。だが、その言葉を聞いたエミルは驚いて目を丸くしている。

 

 それもそのはずだ。長年ゲームをしてきたが、今まで一度もモンスターがかわいそうなどと言われたことなどない。

 敵を攻撃するということは、ゲームをやる上に当たり前のことであり、それがRPGの醍醐味でもあるのだから無理もないだろう。

 

 しかし、目の前の少女はラットがかわいそうだとと瞳に涙を溜めて怒っている。星が至って真剣にそう感じているのはエミルにも感じ取れる。だが、エミルはどうして自分が、怒られるのかがいまいち理解できないでいた。 

 

「――いや、ほら星ちゃん。倒したラットは、また復活するから大丈夫なのよ?」

 

 エミルは星のその反応に動揺しながらも、慌てた様子で辺りを見渡し何かを見つけたのか、エミルはほっとして遠くの方を指差す。

 そこにはさっき倒したはずのラットが光りとともに再び現れ、何事もなかったかのように歩いている。だが、それを見てもまだ、星の表情は暗いままだ――その理由は……。

 

「でも……あの子も痛かったんじゃないんですか?」

「ううん。大丈夫、その心配は要らないわ。モンスターは痛みなんて感じないから! それに、モンスターはデータの集合体。だから痛みもなければ、何度でも蘇るの。そういう仕様なのよ」

 

 もちろん。エミルの言ったことはなんの根拠もなく、取って付けたようなでまかせでしかない。

 痛みを感じているかという点は謎だが、モンスターでもダメージを受ければ怯んだり。攻撃パターンが変わったりする仕様になっているのは事実。それは裏を返せば痛みを受けているようにも見えるということである。

 

 しかし、初心者の星はそれを知る由もない。エミルの言葉を鵜呑みにした星は、ほっと胸を撫で下ろして「なるほどー」と相槌を打つ。

 まあ、エミルの説明が難しかったということも、それ以上追求できない原因の一つではあるだろう。

 

 だとしても。先程目の前に倒されたはずのラットが蘇ったところを見ると、この世界では敵は再び蘇るということは、子供の星にも理解できた。

 

「とりあえず。私は剣士が長いから、今更、他の武器はしっくりこないのだけど……剣の他にも弓、ガントレット、後ボディービルダー専用装備でダンベルやバーベルなんていう変わり種もあるわね~」

「なるほどー」

 

 彼女の発言に合わせて、再び星が相槌を打つ。

 

「どれを選ぶかは星ちゃん次第だけど……星ちゃんは背も小さいし、まだ初心者でステータスも低くて筋力がそれほど高くないから、比較的軽い弓か剣がいいかな~」

「そうなんですか? でも、物を持ってもそんなに重くないというか、重さを感じないというか……」

 

 星はそう小さな声で呟くと、不思議そうに首を傾げた。

 

 その問いに、エミルは迷うことなく即座に返答をした。

 

「ああ、それはゲームの筋力補正機能が働いてるからよ。でも、それを超える重さの物を持つと、一気に重量がくるから気を付けるのよ?」

「なるほどー」

 

 またも星がそう相槌を打つと、エミルが突然くすくすと笑い出した。

 

 急に笑い出すエミルに、星は不思議そうに小首を傾げる。

 

「ふふっ、ごめんなさい。さっきから、なるほどー。ばっかりだと思って」

「あっ……ごめんなさい」

 

 それを聞いた途端にしゅんとする星の姿に、エミルが慌てて手を振った。

 

「別に謝ることじゃないけど……あ、そうだ!」

 

 エミルは何かを思い出したようにぱちんと手を合わせると、徐ろに自分のコマンドを操作し始めた。空中で指を動かしている彼女の姿を、星は興味津々な様子で見つめていると、不意にエミルがにっこりと微笑んだ。

 

「――友達になった記念に、これを貴女にプレゼントするわ!」

 

 にこにこと微笑んでいる彼女の手には、柄に竜のエンブレムが入った古そうなロングソードが握られていた。

 

「ありがとうございます。……でも。これ大きい……です」

 

 不安そうな表情で、エミルの手の中の剣を困惑した表情で星が見つめている。

 

 星がそう思うのも無理はない。何故なら、その剣は星の身長の半分以上の大きさで、とても小柄な彼女に扱える代物とは到底考えられない。

 

「そう思うでしょ? でも、筋力補正があるから、今のままでも振るだけならできると思うわ。とりあえず、この剣を持って振ってみて」

「は、はい」

 

 星は剣を受け取ると、言われた通りにぶんぶんと振ってみた。

 

「あれ?」

 

 剣を振っている星は不思議な違和感を感じ、思わず首を傾げる。

 

「ふふっ。分かった? その長さだと、頑張っても素早く振れないでしょ?」

「は、はい」

 

 エミルは悪戯に笑うと、不思議そうな顔をしている星に話し掛ける。

 

「そう。この世界には重さは存在しない。でも一部の例外はある。それが戦闘における個の優位性よ」

「……この、ゆういせい?」

 

 急に難しい言葉が入ってきて、少し困惑した星が途端に難しい顔をする。

 それも無理はない。普通は個の優位性などという言葉を、小学生である彼女が耳にすることはないと言っても過言ではないのだから。

 

 エミルはそんな星の様子を楽しんでいる様に、にこにこと微笑んでいた。

 

「簡単に説明すると……そうねぇ~。星ちゃんはお団子は好き?」

「えっ? は、はい」

「そのお団子を、私は箸。星ちゃんは爪楊枝で食べるとするでしょ? その時に、私と星ちゃんが同時に動いて、同じ場所にあるお団子を取ろうとする。っとお団子はどうなるかしら?」

「えっと……箸より爪楊枝の方が短くて……だから。エミルさんに、取られる?」

 

 難しい顔をして考え込んでいた星がその質問に自信なさそうに答えると、エミルの顔色を窺うように見上げる。

 

「うん。正解! 星ちゃんは賢い子ねぇ~」

「えへへ」

 

 エミルに褒められて頭を撫でられ、嬉しそうに微笑む星に向かって再びエミルが説明を始めた。

 

「基本的に武器というものは、長ければ長いほどリーチと重さがある分。攻撃範囲と振り下ろした時の勢いが増して、必然的に攻撃力は高くなるわ。それが優位性――もし。それをそのまま放置してたら、日本人より身長の高い外国人が最強の無法地帯になるでしょ?」

「はい」

「それを阻止するために、このゲームにはバランス調整機能が付いてるの。さっきの筋力補正もそう、レベルによって持てる上限数値が上昇するけど最大値は皆同じ。ちょっとコマンドを開いてもらえる?」

 

 星はエミルに言われた通りに、覚束ない手付きでコマンドを開く。

 

 エミルは、星の指が止まったのを確認してから次の言葉を発する。

 

「――開いたら、オプションのバランス調節を押してみて」

 

 星は静かに頷き、バランス調節の項目を指で押した。

 その直後、手に持っていたロングソードが短くなり、星の体に合う丁度いい長さに変わった。

 

 それを確認したエミルにもう一度剣を振ってみるように言われ、その通りに握っていた剣を3回ほど振ってみた。

 

「……あっ、使いやすい」

 

 さっきまでの剣に振り回される様な違和感が完全に消え、スムーズに切り返しができるようになっていた。

 

「でも短くなった分、それがハンデになる。でも、その代わりに、武器攻撃力と攻撃速度に若干のボーナスポイントが付くから、あとは星ちゃん自身の腕でどうとでもなるわ」

「そう、なるかなぁ……」

 

 一抹の不安を残し、星は自信なさげに苦笑いした。

 元々自分に自信がある性格ではない星にとって、その反応は普通のことだった。しかし、理由はそれだけではない。

 

 一番はゲーム初心者の小学生が大人に混じって、しかもVRと言う最近流行り出したばかりのゲームジャンルをプレイするには若干の無理があるということだろう。

 

 彼女自身、そのことに不安を感じているのは言うまでなかった。

 

「武器や防具のバランス調整はオートで働くようにした方がいいから、下の項目の四角い場所を指で押してチェックを入れておくといいわね」

「あっ、はい」

 

 上下に剣をブンブンと振っては首を傾げていた星がエミルの言葉に頷くと、オート調整と書かれたところを指で押した。

 

 エミルは星の様子からオートへの切り替えを終えたのを確認するなり、ラットを横目で見た。 

 

「こいうのは習うより慣れろって言うからね……ほら、次は星ちゃんの番よ」

「えっ? ちょっと、まだ気持ちの整理が……」

 

 強引にエミルに「いいからいいから」と背中を押され、敵の前に出た星を捉えた一匹のラットが警戒体制に入る。

 

 横を見ていたラットはピョンと一跳ねして向きを変えると、微動だにせずに低い姿勢を保って近付いてきた星を食い入るように見つめている。

 

(うぅ……急に戦えって言われても……)

 

 星はそう思いながら、ちらっとエミルの顔を見ると、彼女は満面の笑みで親指を立てていた。

 

『この人を頼ったら駄目だ。自分でなんとかしないと……』そう考え、星は大きく息を吸うとゆっくりと吐き出した。

 

 星は剣をラットに向かって構えた。だが、戦闘経験のない星にとって、目の前のラットとどう戦えばいいのか分からずに、お互いに睨み合った状態で止まっている。

 

 っと、ラットの方から星目掛けて飛びかかってきた。

 ゲーム内のモンスターにはそれぞれ独自のAIが組み込まれており、プレイヤーの動きに合わせるように設定されている。

 

 今、目の前にいるラットも例外ではなく、そのAIで判断し行動しているのだ。

 おそらく。相手プレイヤーが動きを止めると様子を見るように設定されていて、一定時間が経つとラット側からアクションを起こすようにプログラムされているのだろう。

 

 まあ、そんな事をゲーム初心者の星が知る由もなく――。

 

「きゃああああああッ!」

 

 急に襲いかかってきたラットに驚き叫び声を上げると、震える手で剣を構えたまま、恐怖から星は思わず目を瞑ってしまった。

 その瞬間、星の前にエミルが割って入り、素早く抜いた剣でラットの体を真っ二つに切り裂く。

 

 エミルは剣を再び鞘に戻し、星の方を振り返る。

 

「ふぅ~。最初からうまくいくとは思ってなかったけど……びっくりしても目を瞑っちゃダメでしょ?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 怒られたと感じた星は、がっくりと肩を落として謝ると、体を小さくしてしょげ返ってうつむいてしまう。

 

 エミルはそれを見てため息をつくと、星の目線に合わせるように膝を折って優しい声で話す。

 

「まあ、剣を持ったのも初めての子に、急に戦えって言った私が悪かったわね。ごめんなさい星ちゃん」

「エミルさん……」

 

 そう言ってにっこりと微笑むエミルに、ほっとしたのも束の間。次の彼女の一言に星は言葉を失った。

 

「とりあえず。今日は一匹倒せるようになるまで頑張ってみましょうか!」

「……えっ?」

 

 彼女のまさかの発言に天国から地獄とはまさにこのことだと星は思った――。

 

 いくら相手がLv1のラットと言えども、攻撃してきた瞬間のその勢いは初心者の星にはまるで猪のように感じるほどだ。

 

 これはゲームだが、画面の中だけを動き回っているようなそんな生易しいものじゃない。

 例え最弱モンスターのラットといえども、大きなウサギほどの大きさの生き物が、突然自分に襲い掛かってくるのだ。まだ小学生の女の子からしてみれば、ただただ恐怖でしかないだろう。

 

 か弱い少女に向かって、目の前で微笑んでいる高校生くらいの青い髪の少女は、とりあえず一匹は倒そうと言うのだ――。

 

 だが、星には目の前を闊歩しているラットを倒せる気が微塵も起きてこない。

 

「――無理……絶対に無理です!」

 

 星は両手をぶんぶん振りながらその提案を拒否すると、その場にうずくまってしまう。

 

「無理って言われても……これは、そういうゲームだし……」

 

 エミルもまた、地面に小さくうずくまってしまっている星の様子に困り果てている。

 

 そんな状況がしばらく続き――。

 

 考え込んだ末に、エミルが何かを思いついたように手を叩く。

 

「そうだ! あの方法があったじゃない!!」

「……えっ?」

 

 そういうとエミルは星の顔を覗き込んでにっこりと微笑んだ。

 

 星はそんな彼女の顔を見て、不安そうに眉をひそめた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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