オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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フィリスの覚悟3

 真っ白な壁を照らすランプが幾重にも続き、高い天井にはシャンデリアが掛かっている。奥行きもそうだが幅も名御屋の高級ホテルの倍はありそうなほど広く、高級そうな刺繍を施された絨毯がどこまでも敷き詰められている。もう、ここだけで陸上競技をしても、誰にも迷惑を掛けないと思えるくらいだ。

 

「改めて見るとこの廊下もすっごく広いよね~」

「そうですね。ここだけで運動会ができそうです」

 

 どこまでも続く廊下をゆっくりと歩きながら、2人は隅々まで目を凝らしていた。

 

 しばらく歩くと、今度は目の前にひらけた空間が現れた。

 談話室の様なそこには数多くの椅子やテーブル。ソファーなどが並び、大きな柱で区切られた窓からは外の景色が一望できる。

 

 間接照明で廊下よりも光量が弱く、しかしそれでいながらも夜に皆で話すには丁度いい明るさは確保している。昼間であれば、その柱に挟まれるようにはめられた何枚もの窓から大量の太陽光が差し込み、ここに置かれている椅子に腰掛けて本でも読みながら日光浴などしてもいいだろう。

 

 すでに多くの人で賑わっているこの場所では、皆様々に楽しんでいる。

 トランプをする者、テーブルを挟んで向かい合って座って楽しげに談笑している者、外の景色を楽しみながら食事やお酒を楽しんでいる者。様々な者達がフロアを囲むようにどこまでも続くこの場所で思い思いの時を過ごしていた……。

 

 星とフィリスは廊下に戻ると、エレベーターで一階ずつ上がっていく。しかし、他の階も予想通りに全て内装に変わりはない。だが、最後の階であり最上階でもある千代城の天守閣の部分、ここだけは他のフロアとは明らかに違っていた。 

 

 今までの洋風な内装とは違い日本の伝統的な造りになっている。壁を仕切るように大理石で作られた柱は黒く塗られた木材に変更されている。

 

 赤いカーペットの敷かれた廊下を左右から蓮の花の装飾を施された金色の壁が囲んでいる。いくつもの壁の間を区切る柱は黒塗りの大木で区切られ、高い天井には巨大な龍の像が天井を駆ける様に飾られている。フロアの四方の角には広い空間があり、壁と同じく蓮の花の描かれた金色の柱だけが天井を支えている。

 

 フロアの四方はガラス張りになっており、バルコニーの様にせり出した廻縁が周囲を囲ってある。

 星もフィリスも物珍しそうに天守閣のフロアの中を歩いている。すると、そこにエレベーターで登ってきた小虎、白雪、メルディウスがやってくる。

 

「あれ? お姉さんじゃない。こんなところでどうしたの?」

「――フィリスに……お前は確か『白い閃光』の側にいた。えっと……」

「……星様ですね」

 

 考えているメルディウスの答えを待たずに白雪が答える。だが、不自然なのはどうして白雪が星のことを知っているのかということだ――メルディウスと小虎はまだしも、紅蓮と一足先に千代に帰った白雪は星とは初対面なはずなのだが……。

 

 不思議そうに首を傾げている星の隣で、フィリスも顔を真っ赤に染めながらメルディウスから視線を逸した。まあ、フィリスの場合は少し前にあった出来事を思い出し、彼と顔を合わせるのが気まずいのだろう。

 

 メルディウスは訝しげに眉をひそめると、フィリスの側に行って彼女の顔を覗き込む。しかし、フィリスは更に真っ赤になった顔を逸して、てこでも彼と顔を合わせようとしない。

 

 メルディウスとしては彼女のその行動が不可解なのか、大きく首を傾げて考える素振りをしながらその場に立ち尽くす。その横で2人のやり取りを見ていて、大体の事情を察したのか、白雪が平静を装って笑いを必死に堪えている。

 

 気まずい雰囲気の中、小虎が何かに気が付いたようにフィリスに尋ねた。

 

「あっ! もしかしてお姉さんも姉さんのお見舞いに来てくれたの?」

「……えっ? 紅蓮ちゃん。体調でも悪いの?」

 

 小虎とフィリスの二人は互いに不思議そうに首を傾げ、困惑した様子で見つめ合ったまま全く動かない。

 

 すると、笑いを堪えていた白雪が正常な状態に戻ってフィリスと星に告げた。

 

「紅蓮様は先の戦闘でルシファーを撃破され重症を負われたのです。今は自室でお休みになられています。ですが、お見舞いは不要です……大勢でいってもかえってお体に障ります。ここは私達に任せてお帰りを――」

 

 そこまで口に出した白雪の言葉を遮るように、聞き覚えのある声が廊下に響く。

 

「――気遣いは無用ですよ白雪」

 

 声のする方を見た白雪の瞳が涙で潤む。その視線の先にいたのは、紛れもなく紅蓮の姿だった。

 傷は回復しているようだが、ルシファーとの戦闘で疲労した体力はまだ回復していないようで、彼女は壁を支えにしてゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。 

 

 そんな彼女の方に向かって走り出した白雪はカクンカクンと、覚束ない足取りの紅蓮を支える。

 

 紅蓮はそんな白雪の顔を見上げ「心配掛けましたね」と言う彼女に、瞳に浮かべた涙を拭って笑顔で応えた。

 

 普段の紅蓮からは程遠い弱々しい彼女の姿に、動揺した様子のメルディウスが告げる。

 

「おい。もう大丈夫なのか? 無理しないでまだ寝てた方がいいんじゃないのか?」

 

 側までくると、紅蓮が驚いているメルディウスに向かって言った。

 

「何を言っているんですか? 街は混乱し、四天王の一人である私は戦闘不能であると思っているはずです――敵はこのチャンスに間違いなく攻め込んできます。私が休んでいる暇など与えてくれませんよ?」

「…………紅蓮」

「ギルドマスター。至急、皆さんをギルドホールのエントランスホールに集めてください。今後の作戦を立てます」

 

 神妙な面持ちでメルディウスは頷くと小虎の手を引いて、今来たばかりのエレベーターの方へと向かって歩き出した。

 

 次に紅蓮は自分の体を支えている白雪の方に視線を移す。

 

「白雪。申し訳ありませんが、今すぐに偵察任務に出てもらえますか? 少しでも敵の軍勢に動きがあれば知らせて下さい」

「……了解致しました」

 

 そう言い残し、紅蓮の体から手を放した白雪の姿が消えた。

 

 支えを失った紅蓮の体が大きく傾く。フィリスは倒れそうになる紅蓮の体を受け止め、心配そうに紅蓮の顔を覗き込んだ。

 

「後はメルディウスさん達に任せて、紅蓮ちゃんは休んだ方がいいよ。もうフラフラじゃない。そんな体で無理したって何にもならないよ!」

「――貴女はまた……私のことをちゃん付けで呼ばないで下さい。休んでなどいられません。私はサブギルドマスターです。こんな大事な時に休んでいるわけにはいきません」

 

 紅蓮は心配そうな顔をしているフィリスの顔を見上げた。その彼女の瞳からはどんなことがあっても事に当たるという決意が滲み出ていてそれ以上フィリスは紅蓮を止めることはできなかった。

 

 その後、紅蓮の口から衝撃的な一言が飛び出した。

 

「もし、何か起こった場合。貴女方はギルドホールに待機してて下さい」

「なっ、なんで!? 私も戦うよ! もうレベルだって高いんだから、紅蓮ちゃん達だけに戦わせない!」

「……わ、私も嫌です!」

 

 フィリスに遅れながらも星も声を上げた。

 

 しかし、紅蓮の考えは変わらない。

 

「敵が村正を使っている以上、レベルに意味はありません。それだけじゃない。貴女達は戦闘経験が圧倒的に足りません。単刀直入に言えば足手まといです……貴女のお兄さんのバロンも貴女がいたら全力で戦えない。分かりますよね?」

「そ、それは……でも! 私にだってプライドがあるの! お姫様みたいに守られているだけなんて耐えられない!」

 

 紅蓮の言葉にフィリスは真っ向から対立する。しかし、星も彼女の言葉には賛同していた。何故なら、フィリスの言葉はそのまんま今の星が抱いている言葉だったからだ――。

 

 だが、紅蓮から返ってきたのは、またも予想とは違う答えだった。




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