オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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赤黒い炎4

 咄嗟に影虎のファーブニルが羽根とリントヴルムとの間に入ってその全ての攻撃を受けきった。

 

「その程度の攻めでは、毘沙門天の加護を受けた俺は倒せん! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 しかし、ファーブニルが間に入った甲斐もなく。飛んでいたリントヴルムも、さすがに耐えきれずに地面に落下する。

 

 土煙を上げて地面に伏せたリントヴルムが姿を消し、エミルとイシェルが地面に倒れ込む。

 

「……こ、こないなとこで……エミルはやらせへん!」  

 

 イシェルは袖の下に入れていたヒールストーンを倒れているエミルへと投げると、緑色の光が降り注ぎ彼女のHPが回復したのを確認して、もう一つを自分の体に軽く当てた。

 

 直後。上空を弱々しく羽ばたきながら、間一髪浮いている状態のファーブニルに向かって叫ぶ。

 

「黒いの! そないなとこにおらんで、こっちに来てエミルの体から羽根を抜きなさい!」

 

 その声が聞こえたのか、ゆっくりと降りて来るファーブニルに笑みを浮かべると、ゆっくりと起き上がって自分の体に突き刺さっている羽根を一枚一枚引き抜く。 影虎がファーブニルを消し、イシェルの側に着地したのを確認すると、持っていた両手を大きく広げた。

 

 降り注ぐ羽根の雨は彼女達を襲うが、イシェルの手前でまるで見えない壁に阻まれているように地面に落ちる。

 

 その様子を見ていた影虎は感心したように声を漏らす。

 

「ほう、凄い能力だな。だが、何故最初からそれを使わなかった? 使えば傷ひとつ負わなかっただろうに」

「ええから、さっさと手を動かし! また切り落とすで!」

 

 その言葉でトラウマが蘇ったのか、顔を青ざめさせた影虎が、エミルの体に刺さった羽根を一枚ずつ慎重に抜いていく。

 

 一本抜かれる毎にエミルの額から汗が噴き出し頬を流れる。かと言って抜かなければHPの減少を止めることはできないので仕方ない。

 

「そっちは大丈夫なん? ぎょうさん刺さっとるけど」

「俺は大丈夫だ。ヒールストーンがある限り無限に自動回復してくれる。装備以外回復アイテムしか持ってないからな、数百は軽くストックがある」

 

 羽根を抜く手を止めることなく影虎が答えると、イシェルは「なら、うちとエミルのHP管理も頼むわ」と言うと彼も頷いて返す。

 

「うちがさっき、スキルを使わんかったのは、使えなかったからやよ。うちのスキルは、体から少し離れた場所に衝撃波を発生させることができる。けど、その範囲は決まっとる。もし、さっき上空でスキルを発動していればリントヴルムが木っ端微塵になって、地面に落ちとった」

 

 だが、彼女の説明には不可解なことがある。

 

 リントヴルムの体の一部が範囲外になり、体が衝撃波で破裂するのはいいとしても、衝撃波を発生させている彼女が地面に叩きつけられることはないはずだ。

 彼女の衝撃波は例えるならばヘリコプターの巻き起こす風の様なもの――それなら、スキルの発動範囲内に入っているエミルは効果の対象になり地面に落下しないはずなのだが。

 

 その疑問には影虎も気が付いていたのか、雨の様に降り注ぐルシファーの攻撃を防いでいる彼女に質問した。

 

「だが、どうして落ちる。二人共効果範囲内に入っているなら問題ないだろう?」

「はぁ!? 誰が二人共効果が適応される言うたん? 効果があるんはうちだけで、エミルはただ効果範囲の安全圏に入っとるだけや。つまり、エミルは地面に落っこちてまう言うことになる! もうバカには構っておれんわ。あんたはうちとエミルのHPだけしっかり管理してればええんよ!」

 

 イライラしたようにそう叫んだイシェルに影虎は無言で頷くしかなかった。

 

 普段はもう少し社交的な印象のあるイシェルなのだが、彼に対しては口調が強い。いや、星に対しても好意的とは言えないことから、エミルに近付く存在そのものをより良く思っていないのだろう。

 

 イシェルが攻撃を防ぎ続ける中で、影虎がエミルの体から羽根をやっとの思いで取り切ると、エミルがゆっくりと体を起こす。彼女から離れ、今度はイシェルの体に刺さっている羽根を抜き始めた。

 

 正直。エミルの鎧の隙間から入っていた羽根を抜くよりも、イシェルの体から羽根を抜く方が数倍も楽だったが、彼女の皮膚を貫いている羽根の数は尋常じゃない。

 常時回復状態の自分ですら厳しいのに、この状態で固有スキルの発動までするとはなみの精神力ではないと感じた。何よりも、そう感じたのは、彼女は体から羽根を抜かれても眉ひとつ動かさなかったからだ――。

 

 起き上がったエミルが地面に落ちていた剣を拾い上げると、イシェルが声を荒らげながら叫んだ。

 

「エミル! うちの側から離れたらあかん! 今は外に猛烈な衝撃波を発生させとる。範囲から出たら体が木っ端微塵になるよ!」

 

 イシェルの固有スキルは『ソニックブーム』つまりは強烈な衝撃波を作り出すもので、目視できないだけで彼女達の周りを強烈な空気の波が放出し続けている。

 つまり、防いでいるのではなく更に強い力で弾き返しているだけに過ぎない。もちろん。この技は敵だろうが味方だろうが触れるものを例外なく弾き飛ばす。

 

 それはPTメンバーであっても同じだ――無論、フレンドリーファイアという味方を攻撃した時にダメージを受けるシステムことだ。

 しかし、これは物理攻撃――つまり、剣で斬ったり拳で殴ったりと言ったものだけで、メルディウスのベルセルクの爆発で破壊した破片は味方が受けてもダメージを受ける。

 

 つまりはオブジェクトによるダメージか、所有物での攻撃かの違いなのだ……風も数値化されているオブジェクトであり、石などと同じ扱いなのだ。それを利用した攻撃はたとえ、パーティーを組んでいるの仲間ですら巻き込んでしまうのだ――。

 

 だが、エミルは立ち上がるとイシェルの制止すら聞かずに進み始める。

 

 そんな彼女の体を、影虎が慌てた様子で押さえ込む。

 

「なにをやっている北条! 奴の声が聞こえなかったのか!?」

「――放しなさい! あいつを……あの化け物を止めないとあの子が……星ちゃんが殺されてしまう。私がやらないと……私はお姉さんなんだから……」

 

 うわごとのように呟く彼女の瞳には光がない。

 

 おそらく。受けたダメージとルシファーのチートと言わざるを得ない圧倒的な力を目の当たりにしてのショックが大きかったのだろう。リントヴルムも撃破され、もう打つ手がないのも理由だった。

 

 ルシファーの足元を通過し、赤黒い炎を纏ったスケルトンや死霊の騎士達がエミル達の真横を横切って水堀に飛び込んでいく。普通なら水に飛び込んだ瞬間に溶けて光に変わるアンデット系のモンスター達が水の中を泳いで向こう岸に渡っている。

 

 街を守るプレイヤー達に城壁から降り注ぐように放たれる矢の雨を受けても、ダメージを受けないどころか怯みすらしない。

 

 壁に張り付いたスケルトン達は互いに折り重なって骨のはしごを築き上げていく、このままでは千代の街の中に敵の侵入を許してしまう。

 しかし、もはやエミル達には抵抗するだけの力も体力も残っていない。今もイシェルが固有スキルで辛うじて攻撃を防いでくれているだけで、少しでもバランスが崩れれば一瞬でその身が消し飛んでしまう。

 

 っとエミル達の後方、街の中から巨大な黄金のドラゴンが飛んでくるのが見えた。

 体全体に金塊でも付けた様なまばゆい光を周囲に撒き散らしながら、城壁に張り付いたスケルトン達を口から吹き出した炎が襲う。

 

 一瞬にして消し飛んだHPとその体。そして消失した時に残るキラキラとした光の粒子が周囲を浮遊し、吸い込まれるように上空へとゆっくりと上っていく。それを一瞥して、その視線を今度はエミル達を攻撃しているルシファーの方を睨み付けた。

 

 怒り狂ったように大きな咆哮を上げると凄まじい速度で炎を吐きながら、ルシファーにぶつかりその勢いのままルシファーの巨体を地面に押し倒す。

 轟音と共に地面を滑るようにルシファーをその場から離すと、エミル達の前に長い黒髪をなびかせた女の子が舞い降りる。その手には黄金の装飾が施された鍔の美しい剣を握っている。

 

 驚きを隠せない表情で後ろ姿を見つめていたエミルは、見慣れた黒髪の女の子に向かって叫ぶ。

 

「――星ちゃん!!」

 

 振り向いてにっこりと微笑むと、再び前を向き直し金色のドラゴンに向かって声を上げた。

 

「レイ! エミルさん達を乗せて早くここから離れて!」

「了解したのじゃ! 主!」

 

 倒れているルシファーの顔にもう一度炎を吹き付けると、素早くその場を離れエミル達の方に降り立つ。

 

 イシェルは固有スキルを解除すると、影虎と共にエミルの体を持ち上げ無理矢理にレイニールの背中に乗せる。それを確認して、レイニールはすぐにその場を離れると街の中へと消えていった……。




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