オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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最後の抱擁

 深夜0時を回ったところで、星は隣で眠っているエミルとレイニールを起こさないように寝床からそっとと抜け出す。

 

 ベッドの側に置かれているエクスカリバーを掴むと、廊下を駆けてエレベーターの中に飛び込み、急いでギルドホールを出た。

 城壁に上って近くの柱にロープを括り付けると、それを地面まで垂らしてロープを掴んでゆっくりと地面に向かって降りていく。地面に降り立った星は安堵した様子で、口に含んだ空気をふぅーっと吐き出す。

 

 子供の筋力ならば絶対に不可能だった――しかし、このゲームでは筋力補正機能が付いている。それは筋肉量の少ない女、子供でも成人男性と同等に戦える為の能力であり、公平性を優先したゲームシステムが為せる技である。だからこそ、星のような子供でもロープを掴んで巨大な城壁を途中で力尽きることなく降りることができる。

 

「さて……きっとこれが最後の……」

 

 星の視線の先には平野の先にある森に向いていた。視界に表示されている地図の上にも森の奥に赤いマーカーが表示されていた。

 

 そこに、その場所に間違いなくこの事件の首謀者であり、亡くなった父を知っている人物が待っている。腰に差したエクスカリバーの柄を撫で、星は静かに瞼を閉じる。

 

「……お父さん。私に勇気を下さい…………本当は無事に帰って安心させたかった。ごめんなさいお母さん……でも……だけど……これはきっと私がやらないといけないから……」

 

 目を開いた星のその紫色の瞳からは決意の意志があふれていた。勢い良く地面を蹴ると、星は森に向かって一直線に走り出す。

 

 

 走って森の方へ向かう途中。森への入り口が見えてきた時、星の背後から突然。月明かりに照らされた巨大なドラゴンの影が通り過ぎていった。

 

 星が歩みを止めてその場に立ち止まると、目の前に大きな白いドラゴンに乗ったエミルとイシェルが表れた。

 

 大きなため息を漏らすと、星は覚悟を決めたように腰に差しているエクスカリバーの柄に手を重ねる。

 

「星ちゃん! 街を抜け出して、いったいどこに行くつもりなの!」

「…………」

 

 無言のまま剣を抜こうとする星に、エミルの横に立っているイシェルは神楽鈴を出して殺気を放ちながら威嚇している。

 

 それに気が付いたエミルは、イシェルを一喝して武器をしまわせると、ゆっくりと星の方へと歩いてくる。

 

「お散歩にしては剣まで持ち出して……さあ、私と一緒に街に戻りましょう?」

「……私は戻りません。……離れて下さい!」

 

 優しい微笑みを浮かべ目の前にきたエミルを遠ざけようと、星が鞘からエクスカリバーを思い切り引き抜くとその刃がエミル左頬を掠める。

 

 一瞬表情を歪めたエミルだったが、彼女はすぐに笑顔に戻って、動揺から動けなくなっている星の体を優しく抱きしめる。

 

 星はビクッと体を震わせ持っていた剣を手放し、地面に剣が突き刺さる。

 

 エミルは小刻みに震える星の頭を優しく撫でると、優しい声音で星の耳元でささやく。

 

「今朝から何かおかしいとは思っていたわ……何か悩みがあるなら聞いてあげるから、一緒に部屋に戻りましょう……ねっ?」 

 

 エミルにそう言われ、星は表情を曇らせた。

 

(……やっぱり。エミルさんにあの人の事を言ってしまおうかな? ……ううん。だめ! 言ったら、あの人にエミルさん達が何をされるか分からない!)

 

 星は心が揺れそうになり慌ててそれを振り払う様に首を振ると、エミルの体を思い切り突き飛ばす。

 

 予想もしていなかった星の行動に、エミルは受け身も取ることもできずにガシャンと鎧が鳴って地面に尻餅を突く。驚き目を丸くしているエミルが星の姿を見ていると、星は地面に刺さっていたエクスカリバーを引き抜き、その剣先をエミルに突き付けた。

 

「――ソードマスターオーバーレイ……」

 

 俯き加減に小さくボソボソっと呟くと、星の持っていたエクスカリバーの刃が金色の光を放った。

 

 エミルが眩しさに耐えかねて腕で光を遮ると、次の瞬間にはステータスの全てが最低値で固定されていた。それはイシェルも同じのようで、彼女は殺気を放ちながらもいつでも逃げられるように備えているようだった。 

 

 剣を突き付けた星はエミルを鋭く睨みつけながら、抑揚のない淡々とした声で告げる。

 

「――私は元々向こう側の人間なんですよ? あなた達の味方のふりをして、ずっと情報収集してたんです。気が付きませんでしたか? まあ、気づかないでしょうね。私の演技は完璧ですから……この演技も疲れるからはっきり言いますけど、本当の私の姉でもないくせにベタベタくっつかないで下さい。気色悪いんですよ……あと、これもお返しします」

 

 星は光を失った虚ろな瞳でコマンドを操作すると、今日エミルに買ってもらった薄いピンク色の着物と桜の髪飾りを地面に雑に放り投げた。

 

 その後、身を翻し言葉を続けた。

 

「最後に情けをかけて命だけは取らないでおいてあげます。今はあなた達のような雑魚を相手にしている時間が惜しいので……さよなら」

 

 そえ言って無言のまま、剣を鞘に収めた星は振り向くことなく走って森の中へと入って行った。

 

 絶望した様子で星の後ろ姿を見ていたが、しばらくしてエミルは地面に投げ捨てられた着物を抱き寄せると、彼女は声を出して泣いていた。それはまるで、今までの星との出来事の全てを涙で洗い流すように大声で……。

 

 森の中に入った星はゆっくりとした足取りで歩いていた。

 震える唇を噛み締め、口を一文字に結んだ星のその瞳からは止めどなく涙が溢れていたが、彼女はそれを拭うことはしない。

 

 流れる涙を拭ってしまえば、弱い自分が再び顔を出してしまう。今まで散々世話になってきたエミルにあんな酷いセリフを吐いたのだ。もう後戻りするわけにはいかないし、そうする気もない。今日一日で最後の思い出は作ったし、もう覚悟はできているはずだった――しかし、涙は治るどころか止めどなく溢れてくる。脳裏には今までの楽しかった日常の日々の思い出が次々に蘇り、消えていく。この涙は、体がそれが涙という形で具現化したに過ぎない。ならば今は、この瞳から流れる涙が枯れるのを待つしかないのだ。

 

 そんな時、背後から気配を感じて星が慌てて振り返る。

 

 その視線の先にいたのは、空中に浮かびながらこちらを悲しそうに見ているレイニールだった。




小説家になろうをメインに活動しています。
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