オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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決戦

 次の日。星が目を覚ますと、着ていたはずの服がもこもことした耳と尻尾の着いた白い猫の着ぐるみパジャマに変わっていた。おそらく、寝ている間にエリエに着替えさせられたのだろう。

 

 本人が意識を失っていても服を変えられるということは、どうやら装備と言っても服を着ていることに変わりはなく。コマンドを操作しなくても現実と同じように、服の着せ替えはできるようだ。

 

 っとなると、もう一つ疑問が生まれてくる。

 

 そう。元々の装備はどこへいったのか――っということだ。

 徐にコマンドを操作し、アイテム欄の中を確認した。すると、そこの一番上にエミルに貰った服が入っている。それを見て、星はほっと胸を撫で下ろす。

 

 どうやら、装備の脱着はできても、その所有権は移動しないらしい。まあ、そんなことができれば、寝ている内に装備を剥ぎ取られ、朝起きたらえらいことになっているだろうが……。

 

 星は装備を戻すと、横を向いた。

 

 そこにはエリエが布団を放り出して、気持ち良さそうに寝ている。

 

「う~ん……もう……マカロンは食べられないよ……ああ、でもプリンならまだ入る……」

 

 まあ、夢の内容は何となく想像はできる。

 

 寝言を言っているエリエを見て、星が深いため息を吐く。

 

「もう、エリエさん。そんな格好じゃ風邪引いちゃいますよ?」

 

 星は彼女の体に布団を掛け直すと、テントの外に出た。

 

 外に出るとそこにはエリエ以外の全員がすでに集まっていて、朝食を取っているところだった。

 

「あら、星ちゃん。おはよう。もうご飯できてるわよ?」

「……はい」

 

 エミルはにっこりと微笑むと、星のことを手招きしながら呼んだ。

 

 星は俯き加減に返事をすると、少しドキドキしながらエミルの横に座った。

 

「今日は私の最高傑作よ~。はい、星ちゃんもいっぱい食べてねぇ~♪」

「……あっ、ありがとうございます」

 

 星はサラザに差し出されたカレーの皿を受け取ると、横目で隣に座るエミルの顔色を窺う。

 

 それに気付いたエミルは、いつもと変わらない様子で星ににっこりと微笑んだ。

 

 その様子からは、昨日の出来事を聞いたか聞いてないのかは窺い知ることはできない。

 持っていたスプーンで星がカレーをすくうと、タイミングを見計らったようにエミルが声を掛けた。

 

「星ちゃん。後で少し話があるんだけどいいかしら?」

「えっ!? は、はい……」

 

 星は昨日の話をされると思い、小さく頷きながらうつむく。

 

 その後、できるだけゆっくりと朝食を食べ終えた星は、エミルに少し離れたところに呼ばれた。

 

 どんな話をされるのか、少し緊張した表情で星はエミルに尋ねる。

 

「それで……話って……何ですか?」

「うーん。昨日の夜の話と昼の話。どっちからがいい?」

 

 星はエミルのまさかの返しに、少し戸惑った様子でエミルの顔を見上げる。

 おそらく。良い話と悪い話どちらから先に聞きたいかということなのだろうが、昼の話と夜の話という言い方からして。もしかすると、どちらも悪い話の可能性もまだ捨てきれない。 

 

 真剣な面持ちで考え込んでいる星に、エミルが優しく語り掛けた。

 

「別にそんなに考え込まなくてもいいのよ? ただちょっとした注意と質問だけだから」

「――注意と質問……ですか?」

 

 星が首を傾げると「そうよ」とエミルは優しく微笑んだ。

 

 再び考え込んだ星は、決意したような顔でエミルを見上げた。

 

「……なら、注意からで!」

「はい。それじゃー。昨日の夜の話だけど、カレンさんから全て聞いたわよ。昨日は相当無理をしたんですって?」

「あ……は、はい」

 

 星はしょんぼりしながら頷くと、怒られると思ったのか、強く目を瞑った。

 

 エミルはそんな星の頭に手を置いて、優しい口調で話し始める。

 

「今回は私も起きれなかったから、あなたを非難する事はできないし。仲間同士でのPVPだから良いけど……でも、次からは行動する前に必ず目上の人の許可を取ること! いいわね?」

「――は、はい。ごめんなさい……」

 

 星はそう言われ肩をすぼめると、小さく頷いた。

 

 エミルはそんな星の姿を見て笑みを浮かべると、優しい眼差しで星を見つめた。

 

「さて、次は昨日のお昼の話の続きだけど……嫌な予感がするって言ってたでしょ?」

「あっ、はい。嫌な予感というか……危険な感じがするんです!」

 

 星は真剣な面持ちで、真っ直ぐエミルの目を見つめている。その目は今すぐこの場所から立ち去る方が賢明だと、エミルに訴えかけているようにも感じた。

 

 エミルは星から目を逸らすと、深刻な顔付きで言い難そうに口を開く。

 

「実はね……昨日の夜。マスターと話をして、一旦街に戻ろうって事になったの。それで、部屋の中を色々調べてたんだけど、やっぱりこのダンジョンからは出られないみたいなのよ。村にPTメンバーを転送できるアイテムも使ったんだけど、それも反応がなくって……」

「なら、途中で戻れないってことですか!?」

 

 それを聞いた星の顔から血の気が引いていく。

 

 エミルは表情を曇らせたまま「そうなるわね」と小さな声で答えた。

 不安そうな表情のままの星がエミルを見つめていると、エミルはそんな星の顔を見て、頭を撫でながら優しい声で告げる。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。マスターも対策を考えてるし。私達は多くのダンジョンをクリアしてるんだから!」

 

 そのエミルの自信に満ち溢れた言葉に、星はにっこりと微笑んで見せた。しかし、内心。拭い切れない不安と恐れが、ふつふつと込み上げてきていたのも事実である。

 

 だがそれも無理はないだろう。星にとってはこれが初めてのダンジョン探索で、初めて味わう実戦の空気なのだ。

 ただ画面を見てプレイするゲームとは違い。ここではダメージを受ければ体が傷付き痛みを伴う。

 

 言うなれば、非現実の中のもう一つの現実の世界――体も敵もデータの集合体で全てが偽りのくせに、自分の視界の上の方にある丸いHPバーが『0』になれば光りになって偽物のデータの体と本物の心が消えていく……そんな理不尽な全てが、今は現実なのだ。

 

 そんな時、後ろからエリエの声が響いた。

 

「エミル姉、星。マスターが作戦会議するって~。早く来なよ~」

「エリー。わざわざ呼びに来てもらって悪いわねー」

「いいよ、これくらい。それより何の話をしてたの?」

 

 エリエは2人の側までくると、星の顔を覗き込んできた。

 

 おそらく。星は昨日のことで、エミルに何か言われていると思ったのだろう。

 

 星は心配いらないという感じにエリエににこっと笑って見せると、エリエも微笑み返してくれた。

  

(エリエさん。昨日の事、気にしてくれてるんだ……やっぱり優しい人だなぁ~)

 

 星がそんなことを考えていると、突然エリエに手を掴まれた。

 

「……えっ?」

「ほら、行くよ!」

 

 困惑した様子でエリエを見た星の手を引いて、その場から強引に連れていかれた。

 

 エミルはそれを見て「仕方ないわねぇ~」と呟くと、2人の後を追いかける。

 

「ちょ……エリエさん。痛い、痛いですよ」

「あっ、ごめん!」

 

 エリエは慌てて星の手を離すと、膝を折って耳元で小さな声で尋ねた。

 

「星……エミル姉に何を言われたの?」

「えっ? いえ、別に何も言われてませんよ……?」

 

 星は疑われているのが分かって、少しでもエリエに悟らせないようにと目を逸らした。

 

 だが、そんな星の様子を怪訝そうに見つめると、すぐにエリエは正解を言い当てる。

 

「う~ん。嘘だね……昨日の事で、エミル姉に何か言われたんでしょ。怒られた?」

「うぅ……はい。今度何かする時は、近くの人に相談してからって言われました……」

 

 星は言い逃れしても無駄だと思ったのか、仕方なく本当のことをエリエに話す。

 すると、エリエは一瞬だけ訝しげな顔をしたが「それが一番良いかもね!」と微笑むと、納得したのか星の頭を撫で回した。

 

 星達が皆のところに行くと、四角い机を囲んで真剣な顔で何やら話をしている。

 

 星も近くに腰掛け、その話に聞き耳を立てる。

 

「――今はログアウトと死ぬ事は許されん。更に、ここのボスの全容を知る者もおらぬ。今回のボス戦は、今までにないほどに厳しいものになるだろう。だが、儂らにも今まで培った技術と意地がある!」

 

 マスターの言葉に、その場にいた全員が無言のまま一同に頷く。

 

 それを撫でるように見て、マスターは満足そうな笑みを浮かべると、話を続けた。

 

「今回の戦闘は前衛を2つと後衛に分ける。一撃の攻撃力順にサラザ。ガイ……いや、デイビッド。エミル。エリエ。儂。カレン。星。だ――しかし、攻撃の手数を考慮に入れると、この順番が儂。エリエ。エミル。サラザ。カレン。デイビッド。星。っと、入れ替わる。それをふまえた上での人選の結果。前衛1は儂。エミル! 前線2はサラザ。デイビッド! そして後方支援はエリエ。カレン。星の3人にお願いする!」

 

 声を張り上げて作戦を説明するマスターに向かって、デイビッドが声を上げた。

 

「ちょっと待てマスター。重要な事を聞いて良いか?」

「うむ」

 

 彼の方をマスターが向いて頷くと、デイビッドは神妙な面持ちで告げる。

 

「……どうして、俺の名前をわざわざ言い直したんだ?」

「――次に……」

「うおおおおおおい!」

 

 マスターは不満そうに声を上げたデイビッドの言葉をスルーし、何事もなかったように話を続ける。

 

「師匠。ちょっと待って下さい!」

 

 その時、話を黙って聞いていたカレンが不満そうな顔で手を上げる。

 

「どうした? カレン」

「なぜ。俺は師匠とご一緒できないのでしょうか?」

 

 それを聞いてマスターは「うーん」と唸ると、少し考え込んでから徐ろに口を開いた。

 

「今回の戦闘は豊富な戦闘経験がものを言うだろう。その結果から決めた人選だ。お前がどんなに戦闘経験を積んでおっても、年長者のそれには遠く及ばん!」

「……しかし!」

 

 納得いかない彼女が再び声を上げようとすると、マスターの声が割って入った。

 

「それに、戦闘は前衛だけで決するものではない! 後方の援護あってこそ、儂等も存分に力を発揮できる!」

「……師匠」

「お主には厳しい修行で鍛えたスピードがある。迅速な援護を期待しておるぞ?」

「はい! 必ず。必ずや師匠の期待に応えてみせます!」

 

 カレンの手を掴みそう言ったマスターの言葉にカレンは力強くその手を握り返し、熱のこもった視線のまま頷く。 

 

 それを見ていたエリエは、2人に聞こえないように「熱血バトル物の漫画じゃあるまいし」と小さな声でぼそっ呟いた。

 

 それを聞いた星は不思議そうに首を傾げている。だが、マスターのその言葉は建前で、本心では愛弟子を危険な前線に出したくないという考えがあったのかもしれない。

 

 マスターは上手くカレンを押さえ込むと、再び説明を始めた。

 

「カレンにも説明した通り。この組み合わせには理由がある。まず、前衛1の儂とエミルは数多く手合わせしている。お互いに手の内を知り尽くしておるからな、連携も取りやすく気兼ねなく戦える。そして前衛2のサラザ。デイビッドは儂等が回復する際の壁役として出てもらいたい。サラザには固有スキル『ビルドアップ』がある。そしてデイビッドの固有スキル『排水の陣』にはHP残量に応じて攻撃力、防御力を増加する力がある。どちらも肉体強化系の固有スキルを使えば、難しい戦いにはならんだろう頼んだぞ!」

「おう!」

「頑張るわよ~」

 

 2人はその言葉に応えるように言った。

 その意思を確認し、マスターは満足そうに頷くと今度は星達の方を向く。

 

「そして後衛3人はエリエ、カレンのスピードを活かし。必要に応じて負傷者の回復を担当してもらう。そして星はまだLvが低い! なるべく後方に下がって、儂等の戦闘を見ててもらいたい。今後の戦闘の参考になるだろう……。さっきも言ったが、後方支援の素早さで戦闘は決まると言っても良い。良いな!」

「「「はい!」」」

 

 マスターのその言葉に、3人は声を合わせて頷いた。

 

「よし。それでは戦闘の大まかな流れを説明する! 皆の者。この紙を見てくれ……」

 

 マスターは机の上に広げられていた紙を指差して作戦の説明をしていく。

 

 それを、その場に居た全員が食い入るように見つめる。




小説家になろうをメインに活動しています。
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