オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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九條の想い3

 ゲームの中では仲間達と食事をするのが当たり前で、毎日が楽しかった。隣にはいつでもエミルが居て、レイニールは星の食べている物を欲しがっては催促してくる。エリエにディビッド、イシェル、ミレイニ、カレン。最初は緊張して食べ物の味も分からないくらいだったのに、それが美味しいと感じる頃にはなによりも食事の時間が楽しみになっていたくらいだ。

 

 だけど、九條と2人きりで食べる食事もあの時と違って特別な感じがする。例えるなら、まるで親子のような落ち着いたなにか……。

 

 特にすごいものを食べたわけではなく、普通のファーストフードのハンバーガーだったが、それでも星にとってはその味は忘れられない特別な物に感じた。

 

 昼食を取り終えた星と九條はショッピングモール内にある書店へと向かった。そこには数多くの本が置かれており、星もそれには今までで一番興奮した様子で瞳を輝かせながら中へと入っていった。

 

 道を形作るように置かれた多くの本棚には様々な本が種類ごとに置かれている。それを食い入るように見つめながら、星はゆっくりと歩きながら物色している。しかし、時折止まって本を取ってはそれを数秒表紙を見て棚に戻すを繰り返す。

 

 その様子を見ていた九條は星に向かって言った。

 

「持ち帰る事を考えて、3冊くらいまでなら買ってあげる」

「――本当ですか!? なら……」

 

 星は嬉しそうに九條の顔をキラキラした眼差しで見上げると、さっきまで通ってきた道を戻っていく。

 戻って二冊の本を抱えて帰ってくる星に、九條も笑顔を見せた。九條は戻ってきた星から2冊の本を受け取って星は再び本を探しに歩いていった。

 

 その後を九條は一定の間隔で付いていく。それに気が付いていない様子で、生き生きしながら本を探している星。

 

 もうショッピングモールの入り口で言われたことを忘れているほど、書店の中を歩き回っている星だったが、九條もそれを注意することはしない。それは、今までにないほど生き生きしている星を、九條も微笑ましく思っているからかもしれない。

 

 まだ短い間しか星と行動していないが、それでも星が他の子供とは違うということに薄々気が付いていた。

 アメリカから日本に戻る時も様々な偽装工作をしながら家に戻ったのだが……その時も何度も服を着替えたり車を変えたりしたのだが、その中で星は一度も拒否するような言葉を発していなかった。

 

 これが普通の子供なら「嫌だ」とか「めんどくさい」など言ってもおかしくないのだが、星は九條の言葉に素直に従っているだけだった。それは九條のイメージする子供とはかけ離れていると感じた。

 

 そんな星が今までの中で一番はしゃいでいる星の姿に、九條としては少しほっとしているのかもしれない……。

 

「あっ、ごめんなさい」

「いえ、いいのよ。ここは人も多いし入り組んでいるから安全よ。私は貴女に付いていくから自由に動きなさい」

「うん!」

 

 はっと気が付いた様子で九條の方を振り返った星だったが、九條は笑顔で言葉を返した。

 

 それからしばらく時間が経って、星は三冊まで本を絞ったが選べるのはその中でたった一冊だけだ――。

 

 目の前に広げた三冊の表紙を交互に見て難しそうな顔で唸っている。それはもう、世界の終わりを告げられた時の様な深刻な表情で本の表紙を見つめている。

 眉間にシワを寄せて難しい顔で唸っている星を見て、九條は星の前に置かれている三冊の本を手に取って前の二冊と合わせてレジの方へと歩いていく。その様子を驚いた表情で見ていた星に向かって九條が告げた。

 

「迷うなら全部買えばいいでしょ? その方が時間が短縮できるし、悔いも残らないしね! ただ、後でリュックを買って上げるから自分で持って買えるのよ?」

 

 力強く頷いた星はレジへと向かう彼女の後ろを付かず離れずの距離で追いかけて行った。

 

 リュックサックを購入して買ってもらった本を入れ、それを背負いながら星は上機嫌で歩いている。そんな星を後ろから見守りながら、帰り道で九條も嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 家に帰ると同時に、星はリュックの中から買ってもらった本を一冊取り出して自分の部屋へと一目散に入っていった。

 そんな星を見送り、九條は変装に使ったヘアカラーを落とす為に脱衣所へと入った。服を脱ぎ裸になった九條は、洗面台に置いたバッグの中からチューブ式のシャンプーを手に浴室に入った。

 チューブから出た液体を髪に馴染ませるように塗り込むと、シャワーから出たお湯を頭からかぶる。

 すると、九條の金色に染めていた髪が見る見るうちに流れ落ちて元の茶色の髪の毛が露わになっていく。 しかも、流れ落ちる液体は金色ではなく無色透明へと変わっている。

 

 おそらく。チューブに入った液体が原因なのだろうが、星の叔父がいた研究所の人間である九條がそれを使っていても別に不思議ではない。

 

 石鹸で体を洗う。彼女の豊満な胸を泡が滑り落ちていく時に、彼女の胸の下にある傷跡を通っていく。

 

 胸の下にある傷跡を九條の細い指先がそっと撫でて、彼女は感慨深げに浴室の真っ白な天井を見上げて小さな声で呟く。

 

「――あの子と生活していると、どうしても昔の事を思い出してしまう……」

 

 九條はシャワーの蛇口を捻って再びお湯を勢い良く出すと、そのお湯の中に頭を突っ込む。そしてしばらくの間、お湯をかぶったまま固まっていた彼女がシャワーのお湯の中から頭を出して大きなため息を漏らした。

 

「これは任務。私情は挟まない……あの子は私の警護対象。それだけよ……」

 

 そう呟き頭を左右に激しく振った九條はシャワーの蛇口を捻ってお湯を止めて浴室を出た。

 

 日は傾き真っ赤に染まった夕日が部屋の中をオレンジ色に染め上げる。シャワーを終えてリビングに戻った九條は、星の姿が見えなかった為、星の部屋の前まで行ってそのドアをそっと開けた。

 

 中では勉強机の前で座った星が買ってきたばかりの本を広げ、それを熱心に読み進めている。

 それを見た九條はドアをそっと閉めてリビングへと戻りソファーの上に寝転んだ。

 

「あの子もまだ当分動かないでしょうから、少し仮眠を取りましょう」

 

 独り言の様に呟いた九條は瞼を閉じてすやすやと寝息を立て始めた。

 

 九條が次に目を覚ました時には、時計の針はすでに夜9時を回っていた。それを確認した九條がソファーから飛び起きるがリビングには電気は付いていない。仮眠のつもりがどうやらぐっすりと眠ってしまったらしい……。

 

「――星ちゃんは!?」

 

 星の安否を確認する為、慌てて立ち上がった九條が星の部屋へと走る。

 

 部屋の電気は付いているようで、隙間から光が廊下まで漏れ出していた。




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