オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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一難去ってまた一難

 次の瞬間、星は強い光に思わず目を細めた。

 しばらくして、目が慣れてから辺りを見渡すと、そこには日の光を浴びてキラキラと光る三段の作りになっていて、その最上部には人魚の像が建ててある噴水が見えた。

 

 ダンジョンを攻略すると現れるワープゾーンは、街の決まった場所に召喚され仕組みになっていた。

 

 それは始まりの街に関わらず、どこの街でも変わりはない。

 

(うわ~、綺麗。こんな場所あったんだ……)

 星がそれに見とれていると、横からエミルの声が聞こえてきた。

 

「マスター。どうして街に戻ってきたんですか? 現実世界に戻れるチャンスだったのに……」

 

 エミルは興味津々な様子でマスターに尋ねる。

 

 いくら時間がなかったとはいえ、マスターの声には一切の迷いがなかった。

 つまりそれは、彼はこうなる前に決断していて、あの危機的な状況下でもその考えは変わらなかったということを表していた。

 

 マスターはカレンを噴水にもたれかけさせるように座らせると、エミルの方に顔を向けて、徐ろに口を開く。

 

「――あの状況ではあれが最善の策だった。あやつがどうして儂らに考える時間を与えなかったと思う?」

「そ、それは……考えられると困るからでしょうか?」

 

 エミルは少し自信なさそうに答えたが、その瞳には確信にも似た何かを感じさせる。

 

 マスターはその瞳を見て、静かに頷くと言葉を続ける。

 

「その通りだ。そして、普通ならば迷わずに現実世界に戻る方を取る。あやつはそれを見越して、あの様な行動に出たのだ」

「……ですがマスター。それなら、逆も考えられませんか? あれほどボスに細工までして、ダンジョンをクリアーさせまいとしていた。なら、ダンジョンを崩壊させ、考える時間をなくし。私達が街に戻るように誘導した……っと」

 

 エミルがそう告げると、口元に微かな笑みを浮かべたマスターがエミルにまた問い掛けた。

 

「確かにおぬしの言うのも一理ある。ならエミルよ。どうしてあやつは、わざわざ扉の前まで歩き、トラップのない事を証明したと思う?」

「そ、それは……」

 

 エミルはその問い掛けに、何も言えなくなる。

 

 それもそのはずだ。街に戻らせたいのなら、扉の方に自らトラップがないことをこちらに意識させる必要がない。

 あの状況なら、できるだけ安全な方に進みたくなるのは、動物の生存本能として当たり前の選択なのだ。

 

 そうなれば、本当に街に戻れるか分からないワープゾーンよりも、彼が言っていた現実世界に戻る扉の方が信憑性が高い。

 しかし、覆面の男のあの行動により、リスクは限りなく均等になっていた。そこから導き出せる考えは1つしかなかった。

 

「……もしかして彼にとって、どちらに進まれても問題がなかったから?」

 

 エミルが半信半疑でそう呟くと、マスターはにっこりと微笑んで深く頷く。

 

「そうだ。おそらく奴には、どちらに進まれても策があったのだろうな……いや、逆に現実世界に戻られた方が奴には好都合だったのかもしれん」

 

 マスターは更に言葉を続ける。

 

「ここからは儂の推測だが、あやつは現実世界ではなくこちらの世界に居るのではないか? 今までの数日間で、全世界のユーザーをこのフリーダム内に閉じ込めていて、外からなんの手立ても打たれた形跡がない――っという事はだ。外からの通信を完全に遮断しておると考えるのが妥当だろう」

「完全に遮断……それってつまり!?」

「うむ。気付いたようじゃな……お前の考えておる通りよ。この世界を己の物にしようとしておるに違いない。おそらく、奴の人生を懸けてでも手に入れたい何かが、この場所には有るということだ……」

 

 マスターは驚きを隠せない様子のエミルの顔を見て、ニヤッと笑みを浮かべている。

 

 そんな時『ぐうぅぅぅ』と鳴った誰かのお腹の音が辺りに響いた。皆が一斉にその音の方を見ると、その視線の先には星を抱えたデイビッドの姿があった。

 

「――えっ!? わ、私じゃないですよ!?」

 

 皆の視線が一身に集まり、星が慌てて両手を振って否定する。その後、視線はデイビッドの顔へと向けられた。

 

 デイビッドはその視線に耐えかね、苦笑いしながら頭を掻いた。

 

「悪い悪い。安心したらお腹が空いてきてな! 話は飯を食べてからにしないか?」 

 

 そう言ったデイビッドに、エリエが空かさず口を出した。

 

「デビッド先輩の場合。いつも腹ペコの間違いじゃないの~? 侍って言ったって、結局食いしん坊侍なんでしょ~。もういっその事、刀からお箸に持ち替えたら?」

「なっ、なにお~。お前はいつもいつも! ボス戦の時に少し可愛いと思った俺がバカだったよ。やっぱりお前は性格が悪いな!」

「なっ、なんですって!? 私のどこが性格ブスだって言うのよ!!」

 

 それを聞いたエリエは顔を真っ赤にさせながら、デイビッドに詰め寄っていく。

 

 一瞬は怯んだかに見えたデイビッドだったが、すぐに反論し始める。

 

「事実なんだからしかたないだろ! それにお前は目上の人に対しての態度というものがなってないんだよ。年功序列という言葉を知らないのか?」

「それを言うなら、デビッドだってレディーファーストっていう言葉を知らないの? 外人のくせに……ばっかみたい!」

「ちょっとエリー。待ってよ~」

 

 エリエはそう吐き捨てると、怒りながら走り去ってしまった。その後を、サラザが慌てて追いかけて行く。

 

「なんだよ。エリエのやつ……俺は飯を食いに行くぞ!」

 

 デイビッドは星を地面に下ろすと、不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、街の方へと歩いて行った。

 

 2人が去って、一気に険悪なムードになった空気にエミルが呆れていると、隣に居た星がエミルの服を引く。

 

「……エミルさん」

 

 星は不安そうな瞳でエミルを見上げる。

 

「はぁ~。もうあの2人は仕方ないんだから……マスターすみません。2人は先に私の家に行っててももらって良いですか?」

「ああ、それは構わんが……お前達はどうするのだ?」

「私と星ちゃんは2人を連れてから行きますので、また後で……」

 

 エミルは星の手を掴むと、デイビッドの歩いていった方向を向くとゆっくりと歩き出した。星とエミルが街の中を歩いていると、繁華街だと言うのに殆どすれ違う人影はいない。

 

 まだ、太陽が高いというのに街には人の姿が全くと言っていいほどない。また、治安の悪化も激しいのか、軒並みの影の方にローブを深々と被った者達も潜んでいる。そんな中で、NPCの経営する飲食店で食事をしているデイビッドを見つけるのは、そこまで難しくはなかった。

 

 デイビッドはハンバーガーショップでカウンターに座り背を向けていた彼は不機嫌そうにハンバーガーに噛み付いていた。

 

「全く……いったいなんだって言うんだ。あいつは! いつもいつも俺に突っ掛かってきて!」

 

 あからさまにイライラしているデイビッドに少し怖気づきながらも、星はエミルの服を強く握っている。

 

「はぁ……もう探したわよ。こんなところにいたのね。デイビッド」

 

 エミルはそんなデイビッドに声を掛けると、デイビッドはまた不機嫌そうにエミルの顔を横目で不信感に満ちた瞳で見た。

 

「――エミルか……なんだ。マスターに言われて説教でもしにきたのか?」

「そんなに警戒しなくてもいいでしょ? 横に座ってもいいかしら」

 

 エミルは落ち着いた声でそう尋ねると、デイビッドは「勝手にしろ」と素っ気なく答えて、手に持ったハンバーガーに噛みついた。

 

 星もエミルの隣に座ると、少しでも存在をなくそうと俯き加減に肩をすぼめた。

 それも無理はない。この世界に来るまで星は人との関係を極力避けてきた。それもこれも全てイジメなどが原因で自分に自信がないからであり、同い年の子供にも「いてもいなくても同じ」と言われる始末だった。

 

 そんな星にとって怒っている人にわざわざ近付いて行くという行為事態が例のないことで、カレンとのいざこざも誰かと戦闘をしているという勘違いから始まったもの、そうでもなければ自分から好き好んで機嫌の悪い人に近付くわけがない。

 

 小さく体を縮こめ、少しでも気配を殺そうとするその隣で2人が会話を始めた。

 

「ねえ、デイビッド。どうしてエリーと仲良くできないの?」

 

 エミルが聞くと、デイビッドはそんなエミルを横目で睨んで強い口調で。

 

「俺は仲良くしようとしているのに、あいつが勝手に俺の事を嫌ってるんだろ! エミルはわざわざ俺を追ってきて嫌味を言いにきたのか!?」

 

 デイビッドは顔を真っ赤にさせてそう怒鳴ると、エミルの顔を不機嫌そうに睨みつけている。

 

 そんなデイビッドの表情を見て、呆れたようにエミルがため息をつく。

 

「そんな事を言いにわざわざ来ないわよ。エリーはまだ子供なのよ? 人との付き合い方だってまだ分からないんだから、そこは大目に見てあげないと」

「でもあの、人をバカにした様な言動や行動が許せないんだよなー」

 

 デイビッドは素直に、エリエへの不満をエミルに向かって口にする。

 

 星はちらちらと、2人の様子を窺いながら。

 

(大人って大変だな……)

 

 星はそう思いながら、2人の会話を黙って聞いていると頭の上にレイニールが突然星の頭をポンと叩いた。

 

「主。我輩もあの食べ物を食べてみたいぞ……」

「……えっ? どれ?」

 

 星がレイニールを見上げると「あれじゃ!」とレイニールの手が、店の奥に飾ってあるハンバーグが何重にも重なったハンバーガーの置物をキラキラした瞳で指差している。

 

「でも、あんなに食べきれないでしょ? デイビッドさんが食べてるようなのじゃだめ?」

 

 星が困った顔をしてそう聞き返すと「嫌じゃ!」と、レイニールはそっぽを向いてふてくされてしまう。

 

 星はその様子に困り果てた様子でため息を吐くと、アイテム欄の中の所持金を確認する。

 そこには【58000ユール】と表示されている。だが、それがどれくらいの額なのか分からず。また、目の前に積まれた塔の様なハンバーガーがいくらなのかも分からない。

 

 星は隣のエミルに尋ねようとして、手を伸ばそうとした瞬間。勢い良くテーブルを叩き、皿がガシャンと音を立てたかと思うと、突如としてエミルが声を荒らげた。

 

「エリーも悪いけど、それを真に受けるあなたも悪いんでしょ!? デイビッドの方が年上なんだから、聞き流すところを聞き流せばケンカにもならないのよ!!」

「は……はい」

「だいたいあなた達は顔を合わせたらケンカばかりで、星ちゃんが同じようになったらどうするの? 責任取れるの!?」

「いや……それは……」

 

 どうやら、普段の2人に口には出さないだけで、彼女も相当なストレスを感じていたらしい。

 

 デイビッドは突然エミルに鬼の様な剣幕で怒られ、萎縮してしまっている。しかし、萎縮してしまったのはデイビッドだけではなく――。

 

(だめだ。今話しかけたら絶対に怒られる……)

 

 星はそう思い伸ばそうとした手を引っ込めると、NPCに話し掛けた。すると、目の前に選択肢が表示される。




小説家になろうをメインに活動しています。
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