オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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一難去ってまた一難5

 3人はテーブルに着いて向かい合うと、デイビッドの持ってきたケーキを見つめていた。

 目の前に置かれたイチゴのショートケーキに熱い視線を向けたまま、エリエは微動だにしない。

 

 まるで子供のようなエリエの姿に、まエミルがくすっと笑うと徐に手を叩く。

 

「――さあ、早く食べちゃいましょう! 紅茶も冷めてしまうし。話はその後でもいいでしょ?」

「う、うん! そうだよね……なら、いただきま~す!」

 

 エリエはそれを聞いてぱぁーっと表情を明るくすると、フォークをケーキに入れ嬉しそうに口の中に運んだ。

 

「う~ん。おいしい♪ まだそんなに経ってないのに。もう久しぶりに甘い物を食べた気がするよっ!」

「そう。それは良かったわ~。ねっ! デイビッド」

 

 本当に嬉しそうに次々にケーキを口の中へ運んでいくエリエを見て、エミルがにっこりと微笑みを浮かべデイビッドの顔を見た。

 デイビッドも嬉しそうなエリエを見て「そうだな。エリエが喜んでくれたなら良かった」と静かに頷いた。

 

 結局デイビッドの持ってきたケーキの大半がエリエのお腹の中に収まり、満足そうな顔で紅茶を飲んでいる。

 

(ふふっ、エリーも満足してるみたいね。これなら落ち着いた話が出来そう……この子は甘い物に目がないから、この作戦が一番だと思ってたけど、効果は予想以上ね!)

 

 エミルは落ち着いたほっと一息つくエリエに、そう心の中で呟きデイビッドに目で合図を送った。

 

 デイビッドはその合図を察したのか、神妙な面持ちでエリエに話し掛ける。

 

「――エリエ。その……ケーキは美味かったか?」

「ん? あ、うん。先輩にしてはいい選択だった……かな?」

「そうか。それで、俺の事は許してくれるか?」

 

 デイビッドが真剣な顔でエリエに尋ねると、エリエは俯いて口を閉じた。

 

 そんなエリエを見兼ねてその背中を押すように口を挟む。

 

「デイビッドもそう言ってるんだし……もう許してあげたら? エリー。甘い物も食べたし。もう頭もしっかりしてきてるでしょ?」 

「……うん。エミル姉がそう言うなら」

 

 エリエは恥ずかしそうにしながらも、意を決してデイビッドに向かって右手を差し出した。

 

 突然のエリエの行動を見て、デイビッドが不思議そうな顔をする。

 

「ん? これはなんだ?」

「なにって、握手! 分かんないの? ……仲直りするんでしょ?」

 

 エリエは頬を赤く染めながら更に手を前に突き出すと、デイビッドから目を逸す。

 

 デイビッドはその白く細い手を大きな手で握り、エリエの顔を見て微笑んだ。

 

「仲直りは済んだようね――なら、次はお互いに改善して欲しい部分をじっくり話し合いましょうか?」

 

 握手している2人を見て言った。

 

 エリエとデイビッドは少し複雑な心境なのか、そんなエミルに不安そうな瞳を向けている。

 

 それから数分間。2人は向かい合ったままお互いに一言も言葉を発しない。

 重苦しい雰囲気が流れるばかりで、エリエとデイビッドは一向に言葉を発しようとしない。

 

 エミルはその様子に大きなため息をついて、徐ろに口を開いて席を立った。

 

「……もう時間も遅いし。私は肉を届けないといけないから、先に戻ってるわね。デザートドラゴンを置いていくから、2人はじっくり話し合ってから来て!」

「おっ、おい! 俺達を置いていくって話が違うぞ!?」

「えっ!? ちょっとそんなの困る~! 待ってよエミル姉!!」

 

 2人が慌てて彼女を引き留めようとすると「ふふっ。ごゆっくり~」と悪戯な笑みを浮かべてエミルは玄関を出て行った。

 

 エミルは家の外に出ると、新しく召喚したリントヴルムの背に飛び乗り城へと向かって飛び立っていく。

 

 

 家に残された2人は、しばらくの間。途方に暮れていた。

 まあ、企画したエミル本人がいなくなって、突然エリエとデイビッドだけ残されても、どうすればいいのか分からないのだろう。だが、その沈黙を破るように突然デイビッドが笑い出した。

 

 エミルはその突然の行動に驚き、目を丸くしている。

 

「――いや、今日のエミルは少しいい加減だと思ってな。いつもは周りを優先してるのに……なんたって今日はあんなに自分勝手なんだ?」

 

 デイビッドは冗談交じりにそう言って笑うと、エリエに尋ねた。

 

 彼のその問に、エリエは考えることなく答えた。

 

「ああ、今日はイシェルさんが来るんだってさ。私と星もさっきまで狩りに付き合わされて大変だったんだから~」

「へぇー」

 

 そう言って苦笑いしているエリエにデイビッドは素っ気なく返すと、真剣な表情で再び質問してきた。

 

「エリエは……その。俺のこと、嫌いか?」

「……えっ?」

 

 何の突拍子もなくデイビッドの口から出たその直球な質問に、エリエは思わず口をつぐむ。

 例え口下手だったとしても、突然『俺のこと、嫌いか』なんて言われれば、誰だって返答に困るだろう。

 

 その彼女の反応を見て、デイビッドは納得したように徐ろに口を開いた。

 

「やっぱりな……薄々感づいてた。お前は俺が嫌いだって事は……だが、あえて聞かないようにしていたんだ」

「えっ? なにを言っているの……?」

 

 エリエはデイビッドが何を言っているのか理解できずに、呆然とした様子で彼の顔を見つめている。

 

 デイビッドは膝の上に手を乗せたまま、目線を合わせずに言葉を続ける。

 

「嫌われているのは分かっていた……だから、年齢を利用してお前に先輩って無理やり呼ばせて、あえて距離を置こうとしていたんだ。それでも、お前の側から離れなかったのは……お前が心配だったからかな……お前は俺達のギルドでは一番年が若かったからな。入った時に守ってやらないとって、いつも思っていた。だが、今回の戦闘ではっきりしたようだ……」

 

 デイビッドはそう言って遠い目をすると、何かを決心したかのように静かに頷いて告げる。

 

「……もうお前は、俺がいなくても十分戦える。いや、それどころか今では俺の方が足を引っ張っているくらいだ。俺はな、エミル。旅に出ようと思うんだ……この『炎霊刀 正宗』を星ちゃんから受け取った時――あの子はこのレア武器に何の未練も無いような瞳で微笑んでいたんだ。その時に、この子を絶対に現実の世界に帰してあげようとこの刀に誓った。だから――」

「――はぁ……バカじゃないの!?」

 

 デイビッドの言葉を遮る様にエリエが声を上げた。

 

 俯き加減でいたデイビッドは突然『バカ』と言われたことに反論しようと、エリエの顔を見上げた瞬間、言葉を失ってしまう。何故なら、そう言い放った目の前のエリエの瞳からは、涙が溢れ出していたからだ。

 

「――エリエ。お前……」

「あんたじゃ旅に出たって……すぐ死んじゃうでしょ? それに今まで私を守ってくれてたんなら……今度は私がデイビッドを守る番じゃない! 勝手にいなくなったりしたら……承知しないんだからね !!」

「エリエ……お前。俺の名前を間違えずに……いや、それでも間違ってるけど……俺の名前はガ――」

 

 デイビッドがそのことに驚きながらも誰も呼んでくれない『ガイア』というキャラネームを言いかけたその時、エリエが突然席を立ってデイビッドの所まで走ってデイビッドの体に飛び付く。何かする暇もなく、デイビッドの体は椅子ごと音を立てて地面に倒れた。

 

 エリエはデイビッドに体を密着させるように抱き付くと、デイビッドの胸元にエリエの柔らかい胸の感触が伝わってきて一気に心拍数が上がる。 

 

 日本の侍に恋しているデイビッドは、リアルでも女性との交流は少ないのだろう。エリエの突然の行動に目を見開いたまま、ただただ動揺を隠しきれない様子だ――。

 

「ちょ! お、お前なにを……」

「デイビッドは本当にバカなんだから……嫌いな人間にこんな事しないでしょ?」 

 

 エリエは何とか起きあがろうとするデイビッドの耳元で小声でそうささやくと、じっとデイビッドの顔を頬を赤く染めて熱を帯びた瞳で見つめている。

 

 デイビッドは咄嗟にエリエから顔を背けると、ぼそっと呟くように言った。 

 

「……分かったから離れてくれ」

 

 エリエは小悪魔のような笑みを浮かべ「分かればよろしい」と言って起き上がると、にっこりと微笑んだ。

 

 デイビットはそんな彼女に苦笑いを浮かべた。

 

「そうだ! 私達もエミル姉を追いかけないと! 行こ! デイビッド」

「ああ、そうだな……エリエ」

「ん? なに?」

「あの、なんだ……。こ、これからもよろしく頼む……な」

 

 デイビッドは少し照れくさそうに言うと、エリエは「うん!」と笑顔で返事をした。

 その後、2人はデザートドラゴンの背に乗りエミルの城に向かって進み始めた。

 

* * *




小説家になろうをメインに活動しています。
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