オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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マスターの真意

 お風呂から上がって、パジャマに着替えた星達が部屋に戻ると、もう料理が出来上がっていて、紫色の着物にエプロンをつけたイシェルがせわしなくテーブルとキッチンを行き来をしていた。

 

 その様子を見たエミルが忙しそうに動き回っているイシェルの側に、急いで駆け寄っていく。

 

「イシェ遅くなってごめんなさい。私も手伝うわ!」

「あっ、エミル! ええよ~。もうこれ運んだら終わりやから席着いて待っててな~」

 

 イシェルにそう言われ、エミルは仕方なく席に着くと、ドアの前で立っている星達を手招きする。

 

 星はエミルのところまでいくと、隣の椅子に腰掛けエミルと星は顔を見合わせ微笑む。その直後、星の頭に何か重い物が乗っかってきた。

 

 星が頭を見上げると、そこには小さなドラゴンの姿に戻ったレイニールがいた。

 

「あれ? レイ。人間の姿も可愛かったのに、どうして戻っちゃったの?」

 

 星が不思議そうに尋ねると、レイニールはため息混じりに頭を左右に動かした。

 

 だが、星の言う通り。人間姿のレイニールは金髪ツインテールに青い瞳で、まるで西洋人形の様な見た目で、性格を踏まえなければ可愛いと言える。

 

「主は分かっておらんな、あの姿は飛べなくて不便なのじゃ。こうして主の頭に乗って移動できんから疲れるしな」

「……重いんだから、乗らないでよ」

 

 頭の上でリラックスした様に大の字になって乗っているレイニールに向かって、星は小さな声で呟く。

 

 エリエは星の向かい側に座ると、笑みを浮かべながら話し掛けた。 

 

「レイニール……だっけ? 星もその子を頭に乗せてるのがさまになってきたね!」

「うぅ……そんなことないです。レイって意外と重たいんですよ?」

 

 不満を口にする星を見て、エリエは「プッ」と息を吹き出すと。

 

「でも、それだけ懐かれてるんだからいいじゃん!」

「そ、そうでしょうか……」

 

 なんだかバカにされたような気がして、俯き加減に星がそう答えると、デイビッドが部屋の中へと戻ってくる。

 

 デイビッドの方もパジャマとはいかないまでも、その格好は普段の武士の様な姿から、浴衣姿へと変わっていた。

 

「はぁ~。日本人はやはり凄いな。風呂は人類最大の発明だよな! うん」

 

 そう呟き、しきりに頷くデイビッドに「バカ言ってないで早く座りなさいよ」とエリエが言うと、デイビッドはエリエの隣に座った。

 

 わざわざデイビッドが座るのを確認してから、カレンもその隣に腰を下ろす。

 その行動から見てただ単純に、エリエの席の隣が余程嫌だったのだろう。

 

 イシェルがエミルの隣の席に腰掛けると、手を前に合わせた。

 

「ほな、食べようか~。いただきます~」

 

 イシェルに合わせるようにして全員が「いただきます」と手を合わせると、彼女の作ったビーフストロガノフを次々に口に運んでいく。パクッと口の中にスプーンを入れると、全員が同時に驚きの声が上がった。

 

「――なんというか、ビーフシチューをイメージしてたんだけど、それとも違うな……でも旨い!」

「う~ん。ちょっと酸っぱくて甘みが足りないような……」

 

 デイビッドは満足そうだったが、エリエは何やら不服そうだ。まあ、以前星の食べた激甘コーンスープを考えれば、エリエのその反応は普通なのかもしれないが。

 

 その横で満足そうにエミルが声を上げる。

 

「うん。美味しい! さすがイシェね!」

「ちょっとすっぱいのはな、サワークリームが効いてるからなんよ。この味を出すんに苦労したわ~。でも褒められるんは恥ずかしいな~。ほめてもなんも出ぇへんよ~」

「いえ、本当に美味しいです。俺にも今度教えて下さい! マスターにも……」

 

 カレンはそう言って顔を青ざめると、思い出したように大声で叫んだ。

 

「そういえばマスターはどこに行ったんですかっ!!」

 

 今頃になってマスターがいないことを思い出したらしく、カレンが慌てふためきはじめた。

 

 それも無理はない。カレンは今までずっとマスターと行動を共にしていたわけで、以前彼がカレンを孤児院から養子に取ったと言っていたことから、それは現実世界でも同じだったのだろう。

 

 突然何の断りもなく家族がいなくなれば、心配もするだろう。まあ、それでも今の今まで彼のことをすっかり忘れて、カレンは久々のお風呂を満喫していたのだが……。

 

 その様子を見たイシェルが思わず顔を覆う。

 

「ああ、マスターは……あかん。思い出してもうた……ど、どないしよ……」

 

 イシェルはしまったっという表情で、小声でそう呟くと、額から冷汗が流れ落ちる。

 

 だが、すぐに笑顔を見せ落ち着かない様子のカレンに告げる。

 

「――じ、実はマスターはギルドを再結成する言うて、カレンちゃんが寝とる間に出掛けてしもうたんよ……」

 

 それを聞いたカレンの顔が更に青ざめていく。

 

「ひどい……どうして起こしてくれなかったんですか!!」

 

 感情を抑えきれずに爆発させイシェルを責めるカレン。

 

「うちも起こそうと思ったんやだけど、マスターが起こさなくてええって。カレンちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかない言うて……このことも、できるだけ時間を空けて話してくれって言われてて、それで……」

「……そうですか、分かりました」

 

 申し訳なさそうにしているイシェルにカレンは小さく頷くと、何を思ったのか徐に席を立った。

 

「――ッ!! どこ行くん!?」

 

 それを見てイシェルが慌てて立ち上がると、カレンは「ちょっと外の風に当って来ます」とだけ言い残して部屋を出ていった。

 

 心配そうな表情でカレンが出て行った扉を見つめているイシェル。

 

 その一部始終を見ていたエリエが食事を中断して、大きなため息を吐くと徐ろに席を立った。

 

「――全く。しょうがないわね!」

「おい。エリエ、どこに行くんだ?」

「……トイレよ。トイレ!」

 

 エリエはそう言って、走って部屋を飛び出していった。

 

「トイレって、ここではそんな事する必要ないだろ……って、まさかあいつ!」

 

 デイビッドはそういうと何に気が付いたのか、席を立とうとするデイビッドを、エミルがデイビッドの名前を叫んでそれを止める。

 

 このフリーダムでは、HPのパラメータに影響を及ぼす食事と入浴の必要はあるが、排せつなどの行為は必要ない。

 何故なら、ダンジョン内でモンスター戦っている最中に急な尿意に襲われても対応できないし、男性プレイヤーはダンジョンの部屋の端に行けば何とかなるだろうが、女性プレイヤーはそういうわけにもいかない。

 

 その為、そういった仕様は原則として廃止しているのだ。

 確かにベータテスト時に一度それも実装されたのだが、ベータ版に参加していた女性テスターからの苦言で実装を断念した。

 

 エミルの方を振り返り、納得いかないと言いたげなデイビッドが口を開く。

 

「どうして止めるんだエミル! あいつの性格じゃ、彼女ともめるだけだろ!」

「いいのよ。それで……誰にでも暴れたい時はあるもの」

「おい。なら、お前はあいつらがケンカするのを見越して、わざとエリエを行かせたのか!?」

「……ええ」

 

 エミルは表情を曇らせながらそう静かに頷くと、デイビッドが顔を真っ赤にして「そんなバカげた事、やらせるわけにいくか!」と叫ぶと、もう一度扉の方を向き直す。

 

 今にも飛び出そうとするデイビッドに、エミルも声を荒らげた。

 

「デイビッド! あなたが行っても本気のカレンさんの攻撃を防ぎきれるわけないでしょ? エリーならカレンさんの攻撃をかわしきれるわ! 今回はエリエが適任なのよ!」

 

 確かにエミルの言う通り、攻撃特化で軽装備の武闘家と重い鎧を着たデイビッドが戦えば、身軽さで有利なカレンに圧倒されてしまうだろう。

 

 だが、エリエは重量の最も軽い服にトレジャーアイテムを使用して、鎧の防御力を服に上書きしている。

 また、エリエ自身も敏捷性の高い固有スキルを有しており。固有スキルを未だに使用できないでいるカレンとの戦闘は、余裕を持って行えるだろう……。

 

 だからと言って、今のデイビッドにはそれを受け入れるほど、心にゆとりがない。

 

「かわしたとしても、その後はどうするんだよ! あのエリエが彼女を説得できるわけないだろ!?」

「大丈夫! あの子ならきっとやってくれるわ!  仲間なら分かるはずよデイビッド」

 

 エミルは自信満々にそう言い放つと、デイビッドはなにも言えなくなり口をつぐんだ。

 

 そんな2人のやりとりを見ていた星は徐ろに席を立つと。

 

「私も食後の運動に、お城の中を探検してきます!」

 

 っと言い残し。頭にレイニールを乗せたまま、エミルの止める声も無視して部屋を飛び出して行ってしまう。

 

 エミルは「もう!」と叫んだが、大きく深呼吸をして。

 

「――全く。あの子も相変わらずね……」

 

 そう呟き、エミルは苦笑いを浮かべながら、星の飛び出していった後の扉を見つめた。

 

 

 城の上に輝く大きな月からカレンに向かって優しい光が降り注いでいる。

 

「マスター。どうして……どうして俺を置いて行ってしまったんですか?」

 

 カレンは城の屋根の上から、夜空に煌めく月を見つめていた。

 

 雲が流れては月を覆い隠し、通過してはまた月を覆い隠す。それを繰り返す月を見ていて、マスターの顔が月と重なりカレンはふとあることに気付く。

 

「……もしやこれは、俺を試しているのか? 俺が1人でもマスターのところに辿り着けるかどうかを……」

 

 カレンはそう考え決意に満ちた表情で拳を握り締めていると、その後ろからエリエの声が聞こえてきた。

 

「――あんた。もしかして、マスターの後を追いかけよう……なんて。考えてないわよね?」

 

 その声はどこか落ち着いていて、カレンの心を見透かすようだった。

 

 ゆっくりと振り返り、後ろに立つエリエに視線を合わせるカレン。

 

「……もしそうだとして、お前に関係あるのかよ?」

 

 カレンは低い声でそう告げると、エリエを鋭く睨みつけた。エリエは呆れた様にため息をついて、腰のレイピアに手を掛ける。

 

 剣の柄に手をかざす彼女の行動に、場の雰囲気が一変して張り詰めたものへと変わった。

 

 カレンはそんな彼女の様子に、その目が更に鋭くなる。

 

「……どういうつもりだ?」

 

 殺気を帯びた声でそう呟いたカレンに、エリエが「こういう事よ!」と言葉を返えすと、鞘から引き抜いたレイピアを構え斬り込んだ。

 

 カレンはその一撃をかわしたかと思うと、一瞬の間に素早くコマンドを操作し、ガントレットをその手に装備してエリエに向かって拳を構える。

 

「自分に従わない者には実力行使ってわけか? 随分強引なんだな……」

「ええ、あんたをマスターのところに行かせるわけにはいかないからね。縛ってでも止めるわよ?」

 

 そう言ったエリエに向かって、カレンが躊躇なく飛び掛かる。

 

 エリエはその攻撃を交差するようにかわすと、すれ違いざまに素早く数回鋭い突きを放った。

 その中の一撃がカレンの頬を掠める。頬に一本の傷が刻まれ、後方に跳んで距離を取った直後、カレンは鬼の様な形相で殺気を露わにする。

 

 彼女の突き刺すような視線に臆することなく、エリエが低い声で告げた。

 

「これで分かったでしょ? 私は固有スキル『神速』を使ってる――私は本気よ……マスターに代わってあんたの目を覚まさせてあげる!」

「……マスターに代わってだと? ふっ、ふざけるなッ!!」

 

 カレンは地面を蹴って、素早く距離を詰めると、全力でエリエに向かって右腕を振り抜いた。

 

 エリエはその攻撃を紙一重でかわすと、カレンの拳はそのままの勢いで近くの塔の壁を突き破った。

 石造りの頑丈な壁を爆発音とともに粉砕し、辺りに物凄い量の土煙が上がる。

 

 エリエはその砂塵を避ける為に、勢い良く城の中央部分にある庭園へと飛び降りた。

 

 その後を追いかけるように、カレンが飛び出していく。

 

 フリーダムの中ではゲーム内の建物や岩などのは破壊されても、自動的に再生される仕組みとなっている。その為、カレンの攻撃により壊れた壁はすぐさま崩れた場所から徐々に再生を開始する。

 

 だが、その再生を待たずして、次の大きな爆発音が辺りに響いた。

 それはエリエが地面に着地したと同時、追いかけてきたカレンの拳がその場所を吹き飛ばしたことで起きたものだった。

 

 破片とともに爆風で空中に投げ出されたエリエはレイピアを地面に突き刺し、勢いを受け流すように地面に刺した剣を軸に空中で180度体を回転させ、器用に体制を建て直すとカレンに向かって叫んだ。

 

「――くっ! ……あんた。どうしてマスターに置いて行かれたのか分かってないでしょ! ばっかじゃないの!?」

 

 カレンはその言葉を聞く気がないのか、怒りに身を任せるように、エリエに向かってがむしゃらに拳を振り回している。

 

 エリエはその攻撃を全て紙一重でかわしながら、冷静さを欠いているカレンに向かって、なおも言葉をぶつける。

 

「ちょっとは話を聞きなさいよ。このバカ! マスターがどうしてあんたを置いて行ったのか――」

「――うるさい! 黙れ! 黙れ! お前に何が分かる!!」

 

 カレンはエリエの言葉を遮るように叫ぶと拳を振り抜く。

 

 エリエはそれをまた体に当たるぎりぎりのところで回避する。

 

(この戦いで重要なのは勝つ事じゃなくて、少しでも体力を消耗させ、マスターの追跡を諦めさせる事――その為には、冷静に戦わせちゃダメ。リスクはあるけど、ぎりぎりで攻撃かわすことで、いかりのボルテージをためさせ長期戦ではなく、短時間で効率よく体力を使い切らせる!)

 

 エリエは大きな青い瞳でカレンのモーションをしっかりと見極めながら、次々に繰り出される攻撃を正確にかわしていく。




小説家になろうをメインに活動しています。
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