オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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マスターの目的2

 2人が部屋に戻ると、テーブルの上にカップを置いた状態で紅蓮が座って待っていた。

 この世界は現実とは違いホットなら温かいまま、アイスなら冷たいままでいつまででも維持できる。まあ、食べ物が腐らないのと同じでゲーム内の食べ物には消費期限がない。

 

 まあ、RMTを推奨している以上。食材にもお金が掛かっている為、すぐに食べないと腐ってしまう――なんてことにはできない。

 現実世界このゲーム世界は平行世界であり疑似世界だ、現実世界で食事をしたばかりなのにゲーム世界で作った物が腐りそうだからと、無理に食べられないだろう……。

 

 また、ダンジョンに籠っている際は食べ物の為に一旦街に戻るなんて、手間以外の何ものでもないし。尚且つ、限りあるアイテムのインベントリの中に食材なんて入れたら報酬を取り損なう恐れもある。その為、料理などは常に作ったままの状態で保存されているのだ。

  

「あっ、2人ともおかえりなさい。お風呂はどうでしたか?」

「おう。気持ち良かったぜ! 紅蓮」

 

 表情を変えることなくそう尋ねてきた彼女に、メルディウスはそう言って親指を立てた。

 

 紅蓮は彼の言葉を流すと、隣にいたマスターの顔色を窺う。

 

 マスターも紅蓮の言葉に答えるために口を開く。

 

「うむ。確かに気持ち良かったな」

「……気持ち良かった」

 

 紅蓮はマスターのその言葉を聞いて、顔を赤く染めると俯いてしまう。そんな彼女を見たマスターは首を傾げていた。

 

 そんな2人の様子を見て、つまらなそうにコーヒーを一気に飲み干したメルディウスが持っていたカップを強くテーブルに置いて徐ろに口を開く。

 

「――それで元! マスターさんは、もう紅蓮にあの事を説明したのかよ」

 

 その皮肉まじりの言い方を一切気にすることなく、マスターが話し始めた。

 

「実はな紅蓮よ。再会した時にも話したが――儂に力を貸してはくれぬか?」

「悪い! 紅蓮。実は俺このじじいに負けちまってよ……こいつの言う事を聞かないとダメなんだ!」

「…………」

 

 紅蓮は2人の話を聞いて、メルディウスの空になったカップにコーヒーを入れ直すと、静かに瞳を閉じた。

 

 2人もその紅蓮の様子を、固唾を呑んで見守っている。彼女は少し考えている様子だったが、しばらくして大きなため息をつくと、その重い口を開く。

 

「はぁ……メルディウス。あなたがマスターを倒せないのは分かっていました。おおかた、マスターの安い挑発に乗って突っ込んだところ、自分で墓穴を掘った――という感じでしょうか?」

「……くっ! 言い返してぇーが、言い返せねぇ……」

 

 メルディウスは悔しそうに歯を食いしばると、紅蓮の入れたコーヒーを音を立ててすする。

 

 紅蓮は更に2つカップと湯のみを容易すると、その中にコーヒーと煎茶を入れて呟くように言った。

 

「うちのギルマスが負けたのであれば仕方ないですね……白雪、小虎ちょっと来てください!」

 

 紅蓮がパンパンっと手を打ち合わせると、部屋の中に2人が入ってきた。

 最初に入ってきたのはさっきメルディウスの腰に巻き付いていた少年の方で、茶髪の逆立ったツンツンヘアーにオレンジ色の瞳のまだ幼さの残る少年だった。

 

 後から入ってきたもう一人はさっきの少女ではない。落ち着きがあり物静かそうな少女で忍者――いや、くノ一のような格好をしていて歳は紅蓮より上に見える。背丈から見ると、高校生くらいだろうか。

 

「おう! 姉さんどうしたんだ?」

「御呼びでしょうか? 紅蓮様」

 

 部屋に入ってきた2人は、首を傾げながら紅蓮の前に立っていた。その様子から察するに、彼等はなんの報告もなくこの場に呼ばれたのだろう。

 

 紅蓮はそんな2人に手招きすると、自分の横に座らせマスターに2人を紹介する。

 

「マスター。この2人は私とメルディウスの弟子で白雪と小虎です。2人共、彼に自己紹介してください」

 

 紅蓮に紹介された少年が、照れくさそうにマスターに向かって自己紹介を始めた。

 

「僕は小虎と言います。あなたの話は兄貴……いや、ギルマスから良く聞かされてます! 日本サーバーでギルマスの次に強いのはあなただって! よろしくお願いします!」

 

 小虎は目をキラキラさせると、マスターの顔を羨望の眼差しで見つめ大きく頭を下げた。マスターもその視線に軽い苦笑いを浮かべている。

 

 その直後、横に正座していた白雪が自己紹介を始めた。

 

「紅蓮様に仕えている白雪と申します。以後よろしく」

 

 少女はそう言って一応頭を下げているものの、その目はマスターを快くは思っていない様に見える。

 

 マスターはそんな2人に「よろしく」と言うと、カップを持ってコーヒーを1口飲んで神妙な顔で話を始めた。

 

「メルディウスにはもう話したのだが、儂はこのゲームの中から抜け出す為に、精鋭部隊を組織しようと考えておる。その事はメルディウスからは、もう了解してもらった。儂はできれば紅蓮にも協力してもらいたいのだが……」

 

 そう伝えたマスターは、紅蓮の顔色を窺っている。

 紅蓮は瞼を閉じたまま、終始その話を冷静に聞いていた。

 

 少し考えているのか、微動だにせずに顎の下に手を当てている。そして、しばらくしてから紅蓮が徐に口を開く。

 

「――分かりました。他でもないマスターの頼みなら、お受けします」

「そうか! それは心強い限りだ!」

 

 返事を聞いたマスターは顔を綻ばせると、嬉しそうに紅蓮の手を取った。

 

 その直後、マスターに手を握られた紅蓮の顔が真っ赤に染まる。それを見たメルディウスが慌てて、2人の手を強引に引き離す。

 

「話がついたんだ! もういいだろう!? てか何どさくさに紛れて、なんで手握ってんだよ。離れろ、じじい!」

「ああ、つい熱が入ってしまった。すまんな」

 

 メルディウスに睨まれ、マスターは苦笑いしながら自分の後頭部を撫でている。

 自分の手を見つめ、紅蓮は少し残念そうに小さなため息をついた。

 

 彼女の様子に横に座っていた白雪が、それを察して心配そうな表情で声を掛ける。

  

「……紅蓮様? 大丈夫ですか?」

「えっ? はい、なんでもありません。大丈夫です」

「はあ、それならば良いのですが……」 

 

 なおも心配そうに眉をひそめている白雪の肩に紅蓮の手が置かれた。

 

 横に立っている紅蓮は、そんな白雪に向かって優しい声音で告げる。

 

「白雪。あなたと小虎には私達2人の補佐をお願いします。一緒に頑張りましょう」

「はい! お任せください! 必ず紅蓮様のお役に立ってみせます!」

「僕も兄貴や姉さんに負けないくらい頑張るぜ!」

 

 2人はそう言って決意を新たにすると、力強く言った。

 

 マスターはそんな彼らをたしなめるように呟く。

 

「勢いがあるのは結構な事だが、無理をしてはいかん。今、儂らの体は現実の物と変わりないのだからな」

 

 2人は「はい」とその言葉に返事をする2人に、マスターは微笑んで見せた。

 

 そのやり取りを見て、メルディウスが口元に笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「――話はまとまったな。なら、さっそく明日発つとするか! 行くぞ小虎!」

「ま、待ってくれよ兄貴ー!!」

 

 足早に部屋を後にするメルディウスの背中を、小虎が慌てて追いかけていった。

 

 それを見送って紅蓮が徐ろに立ち上がり、口を開く。

 

「あのマスター。申し訳ないのですが部屋がないので、今日は私と2人で、この部屋で寝て頂きたいのですが……よろしいですか?」 

「ふむ。紅蓮と2人でか……まあ、カレンとも寝てるしな。問題無かろう」

「それはいけません!!」

 

 微笑んでいるマスターと紅蓮を見て、突然、紅蓮の隣で正座していた白雪が声を上げる。その声に驚き、2人の視線は白雪に集中する。

 

 白雪はその視線に臆することなく口を開いた。

 

「殿方と一緒に寝るなんてダメに決まっています!」

「ですが、部屋の空きが――」

 

 紅蓮が言い返そうと口を開いた直後、白雪は更に強い口調で諌めた。

 

「――紅蓮様は副ギルドマスターです! その自覚を持って頂かないと困ります!」

「……はい」

 

 彼女の剣幕に押され、紅蓮は黙ったまま俯いてしまう。

 まあ、彼女が起こるのも最もだろう。アバターを一人称視点で、しかも感覚まで共有して遊べるこのゲームは、言わばもう一つの現実と言っていい。

 

 そんな中、千代のトップギルドの副ギルドマスターが、見ず知らずの男と同じ部屋で、例えなにもないと分かっていたとしても、一夜を共にするなど冗談ではないというのがメンバーとしての見解なのだろう。

 

 親に怒られた子供のように萎縮する紅蓮を見兼ねてマスターが口を開いた。

 

「そう強く言う事もなかろう。紅蓮、儂なら外でテントを張って寝るから心配するでない」

「……マスター」

 

 マスターのその言葉を聞いて寂しそうに呟いている紅蓮を見て。

 

「はぁ……分かりました」

 

 っと白雪が大きなため息をつきながら言った。

 

「――なら、マスター様。私のお部屋をお使い下さい。私は紅蓮様のお部屋で寝ますから」

 

 それを聞いて珍しくというかここにきて初めて、顔をパァーっと明るくさせた紅蓮がマスターの顔を見上げた。

 

「良かったですね! マスター」

「ああ、野宿しなくてすむのはありがたい限りだ!」

 

 マスターがそう言って嬉しそうに紅蓮に微笑み掛けると、紅蓮は顔を赤らめ俯いてしまう。

 

 横目でその様子を見ていた白雪がマスターの手を掴む。

 

「それではマスター様、こちらです」

「――すまない」

 

 マスターは先を歩く白雪に導かれるまま部屋を出て行った。

 紅蓮の部屋を出た2人は絨毯の敷き詰められ、壁のあちこちにランプが光る長い廊下を歩いて白雪の部屋へと向かう。

 

 しばらくして、一つの扉の前で白雪が立ち止まった。

 

「ここが私の部屋です。それでは私は紅蓮様のもとに戻りますので、何かありましたらお呼びください」

 

 一礼して白雪と部屋の前で分かれたマスターは部屋の扉を開けた。

 

 部屋の中はきちんと整理整頓され、無駄な物は一切置いてない。家具もベッドとタンスくらいで、紅蓮の部屋以上に物が少ないと言った印象を受ける。まあ、このくらい物がない方が落ち着きがあって休むには丁度いいだろう。

 

 マスターは部屋の中に入ると、他の物に見向きもせずベッドに倒れ込んだ。

 

「――儂とした事が、あの技を使うとは迂闊だった……」

 

 天井を見上げ、手を顔の上に置いて、マスターは顔を歪めながら苦笑いを浮かべている。

 彼のこんな苦痛に歪む表情は始めて見る。それほどメルディウスとの戦闘で使った技は、体に相当な負担がかかるものなのだろう。

 

 しばらく瞼を閉じて休んでいたマスターが、ぼそっと独り言を呟く。

 

「何はともあれ、メルディウスと紅蓮の2人は仲間に引き込むことができた。だが、問題は残りの2人だな……」

 

 四天王の中で紅蓮とメルディウスは比較的話が分かる方で、問題なのは残りの2人の方だ――彼等は少し性格に問題がある。

 どちらとも強力な固有スキルを有しいるのは言うまでもないが、それ以上に性格の面で一癖も二癖もある扱い難い人物。

 

 唯一の救いはマスターが彼等と知人であることだろうが。それが彼等にどこまで通用するのかは謎が残る。まあ、それでも。初対面でないだけでも相当に有利な状況であることには変わりはないだろうが……。

 

 あの者達のことを考えるとどうしても憂鬱というか、何とも言えない不安が込み上げてくる。

 

(果たしてあやつらが儂らに協力するかどうか……いや、あやつらの協力なくして、仲間達から犠牲を出さずにこの世界からの脱出は不可能だろう。何としても協力してもらわなければならん)

 

 マスターは拳を天に突き上げ、決意を胸にその日は眠りに就いた。

 

 

 次の日の朝、窓の外の鳥達のさえずりで目を覚ます。

 

 マスターは重そうに体を起こすと、顔の前に持ってきた手の平を開いたり閉じたりしている。

 

「……よし。体は元通りのようだな」

 

 マスターはそう呟き笑みを浮かべていると、コンコンっと扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「マスター。もう起きてますか?」

 

 直後。控えめな紅蓮の声が聞こえた。

 その言葉に返事をすると「失礼します」という声の後に、ゆっくりと扉が開いて紅蓮の姿が視界に入ってくる。

 

 紅蓮は緊張しているのか、普段より少し表情が硬くなっていた。

 

 マスターはそんな彼女に微笑みを浮かべると、心なしか表情が和らいだ気がした。

 

「マスター。朝食の用意ができています」

「ああ、わざわざすまんな、今行く!」

 

 ゆっくりとベッドから立ち上がり、紅蓮の元へと向かった。

 

 その後、2人は下の階にある食堂までいくと、そこにはすでに多くの人が集まっていた。

 どうやらメルディウスのギルドでは、食事はギルドメンバー全員で一緒に食べるのが決まりになっているらしい。

 

 事件以来。この世界に取り残されている者達全員を管理するのは難しい。だが、食事とあれば、集まらないわけにもいかないだろう。

 

 そこで朝食で用意された人数分の食器で、毎日メンバーの数を数えているというわけだ――。

 

 まるで合宿所の朝の様だと、マスターは微笑を浮かべ、辺りを見渡す。

 その数は、ざっと数えても200人以上は居るように見える。さすがはこの千代の街一番のギルドだけのことはある。メンバーは皆、どことなく、強者の風格を漂わせていた。

 

 紅蓮はその中にメルディウス見つけると、その隣に腰掛けた。

 マスターもその向かい側に腰を下ろすと、それを確認したメルディウスが徐ろに席を立つ。

 

「飯を食う前に皆に大事な話がある!」

 

 その声にギルドメンバー全員の視線が彼に集まった。




小説家になろうをメインに活動しています。
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