オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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名御屋までの道中2

 マスター達が助けを呼ぶ声の方へと徐々に近付いていく。

 すると、視界に入ってきたのは初期装備の革鎧を着けた少女が崖を背に、5人の重装備をした男達に囲まれ震えている姿だった。

 

 しかし、マスターとメルディウスは林の影に身を隠して、すぐには助けようとはせず、彼等の様子を注意深く観察し始めた。それは、未だに罠であるという可能性を捨て切れないからに他ならない――。

 

 男達に囲まれていた間も少女は声を大にして「誰か助けて!」と叫び続けていた。

 

 その直後、彼女の顔の横の岩肌に男の拳が突き刺さる。

 

「さっきからどんなに叫んだって無駄だって言ってんだろ? 往生際の悪い女だな……」

 

 鎧を着たスキンヘッドの男が不機嫌そうに言い放つと、その隣に居る男達も口を開く。

 

「そうだぜ。今のこの世界に、お前みたいな雑魚プレイヤーを助けてくれるお人好しなんて誰もいねぇーよ!」

 

 緑色の鎧を着た黒髪の男が、恐怖で涙を瞳に溜めて怯えている少女の耳元で強い口調で言った。

 

「どうせ身体だってデータの集合体だろ? 俺達と楽しめばいいじゃん。可愛がってやるからさ」

 

 鎧を着た茶髪のチャラそうなロングヘアーの男が、下心を露わにして不気味に笑う。

 

 そんな男を少女は、嫌悪感に満ちた瞳で見た。彼等は全員が重そうな重鎧を身に纏っている。

 このフリーダムで1番の防御力を誇る重鎧を身に着けていながら、初期装備の革鎧のか弱い少女を囲んでいる姿は、とても見ていて気持ちのいいものではない。

 

 最近は助けがくるかも分からないゲームの中に閉じ込められ心が荒んだ者達が、こうした女性の初心者プレイヤーを狙う事件が急増している。大半が女性プレイヤーの体目当てに近付いてきた者達で、数人で1人を襲うのが通例となっていた。

 

 それは男としてではなく生物の雄としての欲求を満たす為、数少ない女性プレイヤーをなるべく多くの者達で喰い荒らす為に行われる非道な行いだ。

 

 運営が機能していれば、こう言った犯罪に近い行為にはアカウント削除処分となり。関連の企業、主にゲーム運営会社で今後一切の利用ができなくなるのだが、今はそこが機能していない為、やりたい放題の無法地帯と言うわけだ――。

 

 男達は皆、薄気味悪い笑みを浮かべている。

 少女も自分がこれからどうなるのかを悟っているのか、今にも泣き出しそうな表情で助けを求めるように辺りを頻りに見渡した。

 

 しかし、男達の言う通り。日も落ち始めているこの時間の森の中では、人など歩いているはずもない。

 

 現実を受け入れ始めた彼女の顔には絶望の色が濃くなっていく。

 おそらく。少女は『こんなはずじゃなかったのに……』と心の中で思っていることだろう。その瞳には、後悔の念を感じる悲壮感で溢れていた。

 

 最初は軽い気持ちで狩りに誘われ、彼等も感じが良さそうだったので、彼女は男達のパーティーに入ったのだろう。だが、それが全ての間違いだったのだ……。

 

 パーティーに入ったことにより、名前とLvを彼等に知られてしまい。更にはマップに、彼女の位置情報がマーカーで表示されるようになってしまった。

 

 ある程度のレベルの女性プレイヤーなら、不用意に男性だけのパーティーにはいかない。しかし、初心者の彼女がそんなことを知っているはずもなく。

 

 フィールドの人気のない森に連れてこられ、急に乱暴しようとしてきた彼等から必死に逃げてきた結果。森の奥の、しかもこんな場所に彼女は追い込まれてしまったのだろう。  

 

(こんな事ならお兄ちゃんの言う通り。低レベルのモンスターを狩って宿屋に閉じ籠もっている方が良かった……)

 

 瞳から涙を流した少女が心の中で悔やんでも、過ぎた時間は取り戻せるはずもなく――。

 

「お前の装備なんていらねえからちゃっちゃと脱げよ!」

 

 スキンヘッドの男が催促するように叫びながら壁をもう一度強く殴った。

 

 少女は怯えた様子で、身体を小刻みに震わせた。 

 

「そうカリカリするなって、この子は俺達に脱がせて欲しいんだよ――なっ!」

 

 そう言うと耳にピアスを付けたチャラそうな男が、一歩前に出て彼女の革鎧に手を掛けた。

 

 その瞬間「イヤッ!」とその手を振り払うと、少女はその場にうずくまった。

 

 すると、その男の態度が急変する。

 

「なにすんだよ!」

 

 声を荒げた男が少女の茶色く長い髪を鷲掴みにすると、強引に彼女を立たせた。

 

「いや! いたい、やめて!!」

 

 そう叫んだ直後にパン!っと乾いた音が響き渡った。

 

 男は自分の頬を押さえながら、驚きを隠せないという表情で少女の顔を見つめている。

 

「図に乗ってんじゃねえよ! お前立場分かってんのか!? この世界で殺されれば現実でも死ぬんだぞ! それとも、試しに死んでみるか?」

「……ひっ! い、いやぁ……」

 

 少女は涙を流しながら首筋に突きつけられた剣を見つめ、恐怖で掠れた声を上げた。

 

 そんな少女の反応を楽しむかのように、彼女の身体を好き勝手に弄っている。

 

「や、やめて……」

「ふはっはっ! やめてほしかったら強くなる事だな!!」

 

 少女は涙混じりの声でそう呟くと、黒い鎧の男が狂ったような声を上げて少女の装備を剥ごうと手を掛けた。

 

「――ほう。強ければ、何をしてもいいのだな?」

 

 その時、どこからか何者かの声が辺りに響き渡る。

 

『だ、誰だッ!?』

 

 男達は一斉にその声の方を向いた。

 

 彼等の視線の先には、太い木の枝から彼等を見下ろしている髪を後ろで縛った白髪頭の黒い道着を纏った老人が腕組をして仁王立ちしている姿があった。

 

 それは紛れもないマスターの姿だ――。

 

『誰だお前は!!』

「――お前達のような。獣同然の者に名乗る名などないわっ!!」

 

 マスターは高く跳び上がると、彼の拳が黒いオーラを纏う。

 

「くたばれ。この外道が!! ダークネスフレアァァァァァァッ!!」

 

 その直後、マスターの掌から圧縮された闇属性のオーラが発射され、男達の周りはたちまち砂煙に包まれた。突然の遠距離攻撃に男達も何が起きたのか分からず、砂煙の中でひたすら怒鳴り声を上げている。

 

 マスターは地面に着地すると、その隙きに少女を抱きかかえて離脱したメルディウスが現れた。

 

「――ふむ。首尾良くやったようだな。メルディウス」

「おう! それじゃとどめと行こうか。じじい!」

 

 メルディウスは少女をその場に降ろすと、剣を構えて跳び上がった。

 

 マスターも両手を前に突き出すと、その手に再び黒いオーラが立ち上がる。

 

「ダークネスファング!!」

 

 すると、マスターは黒いオーラを帯びている手を地面に向かって両手を突き刺す。

 

 両手の黒いオーラが地面に吸い込まれた次の瞬間。オーラで作られた大きなドラゴンの頭が現れ、砂煙ごと男達を呑み込んだ。

 

 マスターの技の効果で、ドラゴンの口の中に閉じ込められた彼等は闇属性のダメージを受けている。その直後、空中高くに跳び上がったメルディウスの愛用のベルセルクが大斧の姿へと変わる。

 

 メルディウスは大斧を頭上に構えると、マスターの出したドラゴンの鼻先目掛けて、勢い良く振り下ろした。

 

「うおりゃああああああああッ!! 吹き飛ばせベルセルク!!」

 

 彼の大斧が当たると同時に、ドラゴンの内部で凄まじい爆発が連発して起きる。

 マスターの必殺技『ダークネスファング』の発動中は、内部外部両方からの攻撃の全てが中に通るのだ――。

 

 メルディウスはマスターの隣に着地した直後、2人は声を揃えて「終わりだ!」と叫ぶと、ドラゴンの頭が姿を消して中にいた男達諸共大きな爆発が起こって彼等は勢い良く空へと吹き飛びそのまま地面に落下する。

 

「――さすがだな。メルディウス」

「――お前もな。じじい」

 

 2人は顔を見合わせ互いを讃える様にニヤリと笑みを浮かべると、お互いの拳を打ち付けた合った。

 

 っと思い出したように、メルディウスが身を翻す。

 

「おっと、そうだ!」

 

 メルディウスは倒れている男達を踏みつけると、困惑した様子で2人を見つめている少女の元へと向かった。

 

 少女は目を泳がせて、メルディウスと必死に視線を合わせないようにしている。

 先程まで男達に襲われ、乱暴されそうになっていたのだ、マスター達を警戒するのは当然といえば当然の反応だろう。

 

「あの……私を助けてくれたんですよね……?」

 

 疑うようにそう小さく尋ねてきた少女に、メルディウスは精一杯の微笑みを浮かべて優しい声音で答えた。

 

「おう、危ないところだったな。だが、もう大丈夫だ」

「はぁ~。良かった~」

 

 少女はその言葉を聞いて、その場にペタンと座り込むと瞳から涙が流れ落ちる。

 

「うっ、ひぐっ……」

「おっ、おい! もう大丈夫だって言っただろ!?」

 

 急に泣き出してしまう少女に向かって、メルディウスは慌てて駆け寄った。

 

 マスターは闇属性の効果によって動けない男達を、まとめて道着の帯で体をぐるぐる巻きにしながら小さく呟く。

 

「あんな事があったのだ。仕方なかろう……それよりも、ここの治安も悪くなっているようだな」

「ああ、そうみたいだな。始まりの街は、元々俺達が仕切ってたからな」

 

 メルディウスはマスターに縛られたまま、項垂れている男達を見て言った。

 

「そういえばそうだったか……」

 

 昔のことを思い出しているのか、マスターは感慨深げにそう遠くを見る眼をした。

 過去にマスターが四天王と組んでいたギルドが、本来は始まりの街を中心に活動していた。

 

 大規模なギルドや力のあるギルドが、拠点としている街の治安維持を買って出るのも少なくない。

 本来の仕様のPVPは本人が認証しなければ行えない為、余程のことがない限りは問題が起きることはない。

 

 問題なのはプレイヤーが誘導してモンスターを街の中へと引き入れてしまうことだ――悪意を持って故意に連れて来る場合もあるが、殆どは初心者プレイヤーが追われて仕方なく街の中へと逃げ込んでくることの方が圧倒的に多く。

 

 その処理でもその街の頭を張るギルドのレベルが知れる為、挙ってモンスターの討伐をする。

 

 だが、今は正常な状況とは異なり。リスクを最小限に抑えるギルドが多く、殆どは正常時と同じく、街周辺に現れた高レベルモンスターの処理だけを行っている為、ギルドの負担となる違反者の取締を積極的に行わないのである。

 

 しかし、それはモンスターを引き込んでしまった場合だけだ。運営が居ない今は、悪意によるPVPを起こした者を裁く方法はプレイヤーのさじ加減ひとつだ。

 

 そう。今2人の目の前に居る男達の行く先を決めるのも……。

 

「でも、この男共はどうするんだ? こいつも置いてくわけにもいかねぇしよー」

 

 メルディウスはまだ泣き止まない少女の方を見ながら、ため息混じりに呟いた。

 

 マスターはそんなメルディウスの疑問に直ぐ様答えた。

 

「うむ。反撃されても面倒だからな。このまま少し離れた場所まで行ってから道着を装備しなおせば良い」

「ああ、そういえばそうだった。なら早くここを離れようぜ。……よっと」

 

 メルディウスは泣いている少女を強引に背負うと、マスターの方を向いて小さく呟いた。

 

「早く戻るぞ。遅くなると紅蓮が心配する……」

 

 頬を微かに赤らめながらそう告げるメルディウスに、マスターは微笑を浮かべ頷いた。

 

 

 マスター達が紅蓮達の元に戻ると、女性を背負ったまま戻ってきた2人を見るなり。レジャーシートの上に小虎と腰掛けていた紅蓮が駆けてきた。

 

 紅蓮は心配そうな表情でメルディウスの顔を見上げると、マスターに向かって尋ねる。

 

「あの、マスター。メルディウスが迷惑をおかけしませんでしたか? それと、お怪我はありませんか? マスター」

「ああ、大丈夫だ。それよりも紅蓮達の方は変わりないか?」

「……ええ、こちらは大丈夫でした」

 

 2人が淡々と話していると、蚊帳の外になっていたメルディウスが耐えかねたように声を上げた。

 

「あぁぁぁぁぁ~! 紅蓮! どうして俺の心配をしないでじじいの心配をしてやがるんだ! それに何よりも先にツッコムところがあるだろうが!!」

「ああ、あなたに関しては、心配するだけ無駄ですし」

 

 顔を真っ赤にしながら、そう叫んでいるメルディウスに、紅蓮は顔色1つ変えずにそう答えた。

 

 その後、メルディウスの背中に乗っている少女を細目で見ると言い難そうに口を開く。

 

「それに……女性を誘拐してくるような事は、さすがにまずいですよ?」

 

 対応に困った顔で、あからさまに視線を逸らす紅蓮。

 

 あえて触れなかったのは、自分のギルドマスターが女性を誘拐してくるとは思ってもみなかったからだろう……。 

 

「誘拐してきてねぇー!! それに、少しは偵察に出ていたギルマスである俺の労をねぎらっても、別にバチは当たらないと思うぞ? 紅蓮」

「……それを自分で言うのはどうかと思いますよ? ギルマス」

 

 彼がそう言うと、紅蓮は眉をひそめて軽蔑の眼差しを向けた。

 

 メルディウスはその言葉にショックを受けたのか、その場に手を付いて項垂れる。

 

 地面に手を付いているメルディウスの背中から少女は降りると、どんよりとした空気の中。今も地面に両手を付いている彼を励ませばいいのか、そっとしておけばいいのか分からず困っている様子だった。

 

「自分で言って、自分でダメージを受けておっては世話ないな……」

 

 その様子を見ていたマスターが呆れながら小さく呟く。

 そんなメルディウスのことなど気にかける様子もなく、紅蓮は少女の前まで歩いてくると、彼女にすっと手を差し出した。

 

 それを見た少女は首を傾げると、紅蓮が笑みを浮かべ口を開いた。

 

「理由は分かりませんが、メルディウスが連れてきたのなら悪い人ではないので、お近付きの印に……」

「あっ! は、はい!」

 

 少女は紅蓮の手をぎゅっと握ると、軽く会釈をする。紅蓮は小さな声で「よろしく」と抑揚なく言うと、彼女も「こちらこそ」とにっこりと微笑んで返事を返した。

 

 小虎はどんよりとした雰囲気の中でブツブツと呟きながら、項垂れているメルディウスの背中をポンっと叩く。

 

「兄貴。姉さんに褒めてもらいたいなら、もっと素直になりなよ」

「うるせぇー。男が女に褒めてくれなんて簡単に言えるか、ばかやろー!!」

 

 メルディウスのその悲痛な叫びは、薄暗くなった空にどこまでも響いていた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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