オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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名御屋までの道中5

 紅蓮は自分の肩を掴みながら、心配そうな眼差しを向けているメルディウスに言った。

 

「……大丈夫。ちょっとフラついただけですから……」

「ちょっとフラついただけってお前……大丈夫じゃねぇーだろ、そりゃ……」

 

 メルディウスはそう呟くと、ひょいと紅蓮の小さな体を抱きかかえると、紅蓮は驚いた様に目を丸くしながら慌てて口を開く。

 

「大丈夫です。降ろして下さい」

「いやダメだ! 街を出て殆ど休みなくずっと来てたから疲れも溜まってるんだろう。今日は大人しく休め! これはギルドマスターとしての命令だ!」

「……横暴ですね」

 

 それを聞いた紅蓮が複雑そうに目を細めながらそう呟く。

 この時の紅蓮の中では恥ずかしさ半分、情けなさ半分と言ったところだろうか。

 

 同じギルドのメンバーであり。ベータテスト時代からの知り合いのメルディウスに、紅蓮はなるべく同等の立場でいたいという思いがあるのだろう。

 

 なおも「降ろして下さい」と何度も叫んでいる紅蓮に。

 

「うっ、うるせぇー。病人は大人しく寝てろってんだよ!」

 

 メルディウスは頬を染めると、照れ隠しなのか小さくそう吐き捨てると、紅蓮をテントへと連れて行った。

 

 そんな2人が視界に入った直後、おたまを持った白雪が口をあんぐりと開けていた。

 

「そ、そんな……紅蓮様をお運びするのは私の役目……」

「う、うわっ! 白雪さん。カレー!! カレーこぼれてるって!! 僕のカレーが!!」 

 

 愕然としてその光景を見つめながら、カレーをよそっていた白雪に小虎が叫んだ。

 

 冷ややかな目で白雪と小虎のやり取りを見ていたマスターが、手に持っていたスプーンをカレーのルーの中へと沈め。

 

「全くこやつらは、何をやっておるのやら……」

 

 マスターはそう呟くと、カレーをスプーンですくって静かに口へと運ぶ。

 カレーを口にしようとしたマスターを見て、白雪が慌てて叫ぶと器をもうひとつ取り出した。

 

 更に別の鍋の中から何かをよそうと、マスターの方へとその器を持ってやってきた。

 

「カレーだけでは味気なさ過ぎるので、これも一緒に……」

「……これは?」

 

 差し出された器の中身を見て、マスターは困惑した表情で尋ねた。

 

 不安で顔を歪めるマスターに、白雪は表情1つ変えずに答える。

 

「もちろん。お味噌汁です」

「いや、汁物に汁物は……しかも味噌汁というには、色がな……」

 

 器の中身に視線を落として、言い難そうに小さな声で呟く。

 それもそのはずだ。白雪が味噌汁と言って出してきた物は、自分が知っている物とはまるで違っていた。

 

 毒々しいほどに紫色のそのドロドロの液体は、お世辞にも美味しそうとは言えない。しかし、それとは対照的に白雪は自信満々に告げる。

 

「こちらではお味噌を入手できませんでしたので、こちらにある調味料から、独自にブレンドいたしました私の自信作です。本当なら、紅蓮様にも味わって頂きたかったのですが……」

 

 白雪は残念そうにそう呟くと、表情を曇らせた。

 

 郷に入っては郷に従えとはよく言ったものだが……明らかに、毒と遜色のないこの未知の液体を飲まなければならないと言うのは、度重なる強敵を前に一歩も引かない戦いを繰り広げてきたマスターでも、さすがに目の前にあるこの強敵との戦いは棄権したい。

 

 マスターは白雪からその色鮮やかな紫色の味噌汁を受け取った。

 

(――こ、これを食べろと言うのか? ……とてもこの世の物とは思えん……)

 

 マスターは器の中の味噌汁を眉をひそめながら見つめていると、紅蓮を運んでいったメルディウスが戻ってきた。

 

 その表情はどこか清々しく見えた。

 

「――紅蓮はどうだった? メルディウスよ」

「ああ、今日は大人しく休むと言ってたぜ!」

 

 マスターの問い掛けに、そう笑顔で答えたメルディウス。

 

 それが面白くないのか、白雪が紫色の味噌汁を手にくるっと背を向けると、腕の隙間から何かをお椀の中に振りかけているのが見えた。そして満面の笑みで振り返り、その味噌汁をメルディウスに差し出す。

 

「どうぞ! ギルマスには特別なのを差し上げます!」

 

 その器の中身を見たメルディウスとマスターは言葉を失う。

 

 何故なら、先程まで鮮やかな紫色をしていたはずの味噌汁が、ブクブクと泡を立てているドス黒い赤紫色に奇跡的な変貌を遂げていたからである。どうやればあの短期間の間に、これほどの変化が生まれるのか理解に苦しむが。

 

 メルディウスは「お、おう」とその器を受け取ると、脂汗を掻きながらその器の中を覗き込んでいる。

 

 2人が呆然と味噌汁を見つめていると、近くから小虎の抗議する声が耳に入ってきた。

 

「――白雪さん。こんなの食べれる訳ないじゃん! これ食べ物の色をしてないんだけど!」

「……ほう。小虎はこれが食べれないと……?」

 

 器を突き出して不満を口をする小虎に、白雪が殺意を含んだ声で尋ねる。

 

 だが、全く動じることなく。小虎は自信満々に「とうぜ――」と口にしたところで、白雪の姿が一瞬消えたかと思うと、突如として小虎はその場にバタッと倒れた。

 小虎の持っていた器がカランカランと音を立てて地面に落ち、中身の紫色の物体が地面にぶち撒かれる。

 

 器に入ったままでも毒々しいのに、地面にぶち撒かれた紫色の液体からは絶え間なく湯気が上がり、まるで小さな魔界の沼の様にも思えた。

 

 白雪は何事もなかったかのように鍋の前に戻ると、にっこりと微笑んで言った。

 

「あらあら、小虎も随分と疲れていたようです。後でしょぶん……テントまで運んで行かないといけませんね」

 

 目の前で起きた衝撃的な光景を呆然と見つめていたメルディウス、マスター、少女はシンクロしたように同じことを考えていた。

 

『食べても食べなくても結末は同じ!?』

 

 3人は手の中の器と倒れている小虎に目を向けると、恐る恐る白雪の方を向き直した。

 

「どうぞ召し上がれ♪」

 

 笑顔でそう告げる白雪を見て、3人は互いの顔を見合うと、覚悟を決めたように器に口を付け一気に汁をすする。

 

 直後、マスターの目がカッ!と見開き、お椀を持つ手が震え出す。

 

「――う、うまいだと!?」

「見た目と違ってお味噌汁です!!」

 

 マスターと少女が驚きの声を上げた。

 

 白雪は満足そうに笑顔を見せると「当然です」と頷いた。

 ほっと胸を撫で下ろし、手の中の器から隣に座っていたメルディウスに視線を移す。

 

「うまいではないか、なあ、メルディウス!」

「…………」

 

 マスターは彼の背中を叩くと、メルディウスの体はゆっくりと傾きバタッと前へと倒れた。衝撃のあまり、その場に立ち上がったマスター。

 

 よく見ると地面に倒れたメルディウスは白目を向いたまま、口から泡を吹いている。

 

 マスターがふと白雪の方を振り向く――。

 

「食べながら寝るなんて、ギルマスも随分お疲れのようですね」

 

 優しい声音でほくそ笑みながらそう呟く白雪。

 

 その悪魔の様な不気味な笑みを見たマスターは一度深く深呼吸をすると「風呂に入ってくるかな」と呟き、その場を後にした。

 

 

 翌日――不機嫌そうに馬に跨ったメルディウスが呟く。まあ、理由は聞かなくても分かる気がするが……。

 

「全く昨日は酷い目にあったぜ」

「ほんとだよ。結局カレーを食べれなかったしさ」

 

 メルディウスに続いて、横に付いた小虎も眉にしわを寄せてそう呟く。

 あの後、2人は白雪にテントの中にまるで物でも扱うように投げ込まれ、最悪な一夜を過ごした。

 

 結局、メルディウスは自分が企画した風呂にも入れず。小虎は風呂どころか、大好物のカレーすら食べることができなかったわけだ。

 

 そんな2人をなだめるように紅蓮が彼等の隣に馬を付け。

 

「まあまあ、よく分かりませんが、機嫌を直して下さい。カレーならまた作ってあげますし」

「ほんと!?」

 

 小虎は嬉しそうに聞き返すと、紅蓮も静かに頷いた。

 

 メルディウスは大きなため息をつくと少女の方を向く。

 

「そういえば、お前はどうするんだ? このまま一緒に行くわけにもいかんだろ。もし行くあてがないってんなら俺達のギルドに来るか?」

「そうですねぇー。なんだか楽しそうな人達ばかりだし。それもいいかなぁー」

 

 少し考え少女がそう口にすると、メルディウスは嬉しそうに笑った。

 

 ギルドのメンバーが増えるのは、大手のギルドでも同じこと様だ――。

 

「そうか! なら白雪。この子を千代に送って行ってやれ!」

「……仕方ないですね。了解です。ギルマス」

 

 白雪は不満を小さく頷くと白雪が後方にいた少女の馬の隣へと来た。

 

 その時、黙っていた少女が徐ろに口を開く。

 

「あの、私も一緒に行っちゃダメですか? というか、行きたいです!」

 

 少女は懇願すると、メルディウスに熱い視線を向けた。

 

 だが、これから四天王のバロンの元へと行くのに、装備も揃えていない初心者プレイヤーを連れていくことに、メルディウスは躊躇せざるを得なかった。

 

 それもそうだろう。バロンの固有スキルは広範囲に影響を及ぼすタイプの能力で、しかも数千の兵士は全てが操るプレイヤーのレベルと同じ強敵。 

 つまりはバロンのレベルが100ならば、その傘下の兵士達も同じ100ということだ。それが数千を超えるほどいるのであれば、さすがのメルディウス達でも守りきれる保証はない。

 

 メルディウスはしばらく考える素振りを見せ、真剣な顔でもう一度彼女に尋ねた。

 

「本当に行くのか? 俺達は守ってやれるか分からないぞ?」

「もちろんです!」

 

 考える素振りすら見せずに、直ぐ様返事を返した彼女の眼差しと熱意に押されたのか、メルディウスは頷き叫んだ。

 

 もしもここで少しでも彼女が躊躇すれば、有無を言わさずに白雪に千代へと送り返させるつもりだったのだが、決意が決まっているのならば、これ以上言うのも野暮というものだろう……。

 

「よし! なら付いて来い! だが、ギルドに入るにはギルドのあるホームタウンに戻る必要があるからな。この旅の間にお前がどういう奴なのかしっかり見せてもらうぞ?」

「はい! 頑張ります隊長!」

「――ふっ、隊長か……悪くねぇな」

 

 メルディウスは彼女の『隊長』という言葉が満更でもなかったのか、口元に笑みを浮かべると、右腕を頭上に高らかに突き上げて大きく叫んだ。

 

「よっしゃー、野郎ども! 俺に付いて来いやぁー!!」

「「おー!!」」

 

 少女と小虎はその声に腕を高く掲げ、先に馬を走らせていったメルディウスの後を追う。

 

 紅蓮と白雪は顔を見合わせると、ため息をつきながら呟く。

 

「「野郎じゃないです」」

 

 彼等のテンションについていけない2人は、不機嫌そうな顔をしながら馬を出した。

 

 マスターはその様子を呆れ顔で見ると、額に手を当てながら大きなため息をついた。

 

「はぁー。こんな事で名御屋まで持つのか、不安だ……」

 

 そう呟くと先に森の中へと進んでいったメルディウス達を追いかけるように、馬の手綱をしならせ馬を出した。

 

 マスター達6人は朝日を受けキラキラと輝いている森の中へと、吸い込まれるように小さくなっていく。




小説家になろうをメインに活動しています。
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