━━ミラ視点
私は両親の顔を知りません。
どうやら、物心つく前に捨てられたらしく、拾ってくれた教会の孤児院が私の家でした。
そして、このアックスフォードという国にある教会の殆どは、斧の勇者様を神と崇める、斧教の教会です。
私を拾ってくれた教会もその例に漏れず、斧教の教えを徹底していました。
私もまた、物心ついた時から、斧教の掟を叩き込まれて育ったのです。
そこに疑問を挟む余地などありませんでした。
それが、私にとっての常識でしたので。
そのまま、私は狭い世界で敬虔な斧教の信者として成長し、ある時、魔法と戦闘の才能を見込まれて、お城に召し抱えられました。
あとから知りましたが、私のような純粋培養の斧教徒は、神の次に偉いとされる国王様を裏切る可能性が低い為、とても重宝されるという話です。
そして、どうやら私の才能は自分で思っていた以上のものだったらしく、瞬く間に出世して、近衛侍女という大役を任されました。
アックスフォードは実力主義。
より優秀な者こそが、より斧の勇者様のお役に立てるという理念を貫いています。
アックスフォードの全ては斧の勇者様の為にあり。
優秀な者とは嫉妬の対象ではなく、全ての信徒は斧の勇者様の忠実なる
私を含めて、そんな極端な考えを持った狂信者の多い国でしたので、私は嫉妬の目よりも尊敬の目で見られる事が多かったですね。
そうして、お城で働く日々を送っていた時、世界を揺るがす大事件が起こりました。
世界各地で、「波」と呼ばれる古の厄災が発生し始めたのです。
緊急事態として、各国はすぐさま勇者召喚の儀を執り行いました。
当然、我が国も神として崇める斧の勇者様の召喚を試み、それは成功します。
そして、私は今代の斧の勇者様、━━ユウ様と出会いました。
最初にユウ様に対して抱いたイメージは……正直、あまり良いものではありませんでした。
国王様との謁見で目を回し、お部屋の中で奇声を上げ、その後も、終始怯えているかのように挙動不審でした。
私は、斧の勇者様は完璧な神様なのだと刷り込まれてきた私の常識が、音を立てて崩れるような感覚を覚えました。
それでも、斧の勇者様がどのような方であろうとも、忠実にお仕えするのが斧教徒の務め。
斧の勇者様のパーティーに抜擢されるという名誉を与えられた私は、使命感に燃えていました。
しかし、━━私は油断によって、取り返しのつかないミスを犯しました。
私と同じくユウ様のパーティーに選ばれた二人、アルバとパールが不審な動きをしている事に気づいていながら、まあ大丈夫だろうとたかをくくって、ユウ様への襲撃を許してしまったのです。
それどころか、その窮地に立ち会う事すらできないという体たらく。
即刻処刑されてもおかしくない大失態。
いえ、むしろ、自分で自分を殺したくなりました。
しかし、その場で私が死ねば、まだ生きておられるかもしれないユウ様を見殺しにする事になる。
その一心で、川に落ちたユウ様を不眠不休で探し回りました。
何とかギリギリのところでユウ様をお助けする事はできましたが、━━再会したユウ様は、まるで別人のような冷たい目をするようになってしまわれました。
おそらく、あの二人に裏切られた事や、その後に襲って来たというタクトなるクズのせいで、お心を病んでしまわれたのでしょう。
ユウ様をお守りできなかった、私の責任です。
そして、そんなユウ様を見て、私は気づきました。
いかに勇者と呼ばれようとも、神と呼ばれようとも、ユウ様もまた人間だという事に。
人間であるがゆえに、完璧である筈がない。
恐怖も感じるし、不安も覚える。
ショックな事があれば、心を病む。
それは当然の事です。
その時から、私はユウ様の事を、斧の勇者様としてだけではなく、お一人の人間として見るようになりました。
その後、お心を病んだユウ様は、四霊という化け物を使い、大量の犠牲を持って世界を救済するという計画を立ち上げました。
最初は、その計画のあまりのおぞましさに尻込みもしましたが、結局はユウ様の下手くそな励ましを受けて迷いを断ち切り、私自身も外道となる覚悟を決めたのです。
どこまで堕ちようとも、命を懸けて、今度こそユウ様をお守りする。
その覚悟を改めて固めたといったところでしょうか。
それから、本当に色々な事がありました。
伝説の竜帝であるイグニを仲間に加えた事。
不可思議な植物の種を取りに行った事。
お一人で出撃されるユウ様を見送った事。
ユウ様が馬鹿みたいに広大な空間を造り出し、その中に立ち入る事を許された事。
そして、最後には四霊全てをユウ様は復活させ、計画を完遂させて世界を救われました。
私もまた杖の勇者として選ばれ、今度こそユウ様をお守りする事ができたのです。
そして今、私はここにいます。
「俺と一緒に生きてほしい」というユウ様の言葉を受け入れ、これから先も未来永劫、ユウ様がお亡くなりになるその時まで、私はユウ様のお側に仕え続けます。
この先、何があっても、また私がユウ様をお守り致します。
ですから、どうかご安心ください。
かつて、私のせいで病まれてしまったお心が、少しでも安らぐように。
私が、あなたの心の支えとなれるように努力しますので。
……それに、時には、存分に甘えてくださってもいいのですよ?
そうして、私とユウ様の新しい日常は続いていきます。
いつまでも。
どこまでも。