斧の勇者の魔王譚   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

75 / 75
番外編です。


××話

 ━━ミラ視点

 

 

 

 私は両親の顔を知りません。

 どうやら、物心つく前に捨てられたらしく、拾ってくれた教会の孤児院が私の家でした。

 

 そして、このアックスフォードという国にある教会の殆どは、斧の勇者様を神と崇める、斧教の教会です。

 私を拾ってくれた教会もその例に漏れず、斧教の教えを徹底していました。

 私もまた、物心ついた時から、斧教の掟を叩き込まれて育ったのです。

 そこに疑問を挟む余地などありませんでした。

 それが、私にとっての常識でしたので。

 

 

 そのまま、私は狭い世界で敬虔な斧教の信者として成長し、ある時、魔法と戦闘の才能を見込まれて、お城に召し抱えられました。

 あとから知りましたが、私のような純粋培養の斧教徒は、神の次に偉いとされる国王様を裏切る可能性が低い為、とても重宝されるという話です。

 

 そして、どうやら私の才能は自分で思っていた以上のものだったらしく、瞬く間に出世して、近衛侍女という大役を任されました。

 アックスフォードは実力主義。

 より優秀な者こそが、より斧の勇者様のお役に立てるという理念を貫いています。

 アックスフォードの全ては斧の勇者様の為にあり。

 優秀な者とは嫉妬の対象ではなく、全ての信徒は斧の勇者様の忠実なる(しもべ)である。

 私を含めて、そんな極端な考えを持った狂信者の多い国でしたので、私は嫉妬の目よりも尊敬の目で見られる事が多かったですね。

 

 

 そうして、お城で働く日々を送っていた時、世界を揺るがす大事件が起こりました。

 世界各地で、「波」と呼ばれる古の厄災が発生し始めたのです。

 緊急事態として、各国はすぐさま勇者召喚の儀を執り行いました。

 当然、我が国も神として崇める斧の勇者様の召喚を試み、それは成功します。

 

 そして、私は今代の斧の勇者様、━━ユウ様と出会いました。

 

 最初にユウ様に対して抱いたイメージは……正直、あまり良いものではありませんでした。

 国王様との謁見で目を回し、お部屋の中で奇声を上げ、その後も、終始怯えているかのように挙動不審でした。

 私は、斧の勇者様は完璧な神様なのだと刷り込まれてきた私の常識が、音を立てて崩れるような感覚を覚えました。

 それでも、斧の勇者様がどのような方であろうとも、忠実にお仕えするのが斧教徒の務め。

 斧の勇者様のパーティーに抜擢されるという名誉を与えられた私は、使命感に燃えていました。

 

 しかし、━━私は油断によって、取り返しのつかないミスを犯しました。

 

 私と同じくユウ様のパーティーに選ばれた二人、アルバとパールが不審な動きをしている事に気づいていながら、まあ大丈夫だろうとたかをくくって、ユウ様への襲撃を許してしまったのです。

 それどころか、その窮地に立ち会う事すらできないという体たらく。

 即刻処刑されてもおかしくない大失態。

 いえ、むしろ、自分で自分を殺したくなりました。

 

 しかし、その場で私が死ねば、まだ生きておられるかもしれないユウ様を見殺しにする事になる。

 その一心で、川に落ちたユウ様を不眠不休で探し回りました。

 何とかギリギリのところでユウ様をお助けする事はできましたが、━━再会したユウ様は、まるで別人のような冷たい目をするようになってしまわれました。

 

 おそらく、あの二人に裏切られた事や、その後に襲って来たというタクトなるクズのせいで、お心を病んでしまわれたのでしょう。

 ユウ様をお守りできなかった、私の責任です。

 そして、そんなユウ様を見て、私は気づきました。

 

 いかに勇者と呼ばれようとも、神と呼ばれようとも、ユウ様もまた人間だという事に。

 

 人間であるがゆえに、完璧である筈がない。

 恐怖も感じるし、不安も覚える。

 ショックな事があれば、心を病む。

 それは当然の事です。

 

 その時から、私はユウ様の事を、斧の勇者様としてだけではなく、お一人の人間として見るようになりました。

 

 

 その後、お心を病んだユウ様は、四霊という化け物を使い、大量の犠牲を持って世界を救済するという計画を立ち上げました。

 最初は、その計画のあまりのおぞましさに尻込みもしましたが、結局はユウ様の下手くそな励ましを受けて迷いを断ち切り、私自身も外道となる覚悟を決めたのです。

 どこまで堕ちようとも、命を懸けて、今度こそユウ様をお守りする。

 その覚悟を改めて固めたといったところでしょうか。

 

 

 それから、本当に色々な事がありました。

 伝説の竜帝であるイグニを仲間に加えた事。

 不可思議な植物の種を取りに行った事。

 お一人で出撃されるユウ様を見送った事。

 ユウ様が馬鹿みたいに広大な空間を造り出し、その中に立ち入る事を許された事。

 

 そして、最後には四霊全てをユウ様は復活させ、計画を完遂させて世界を救われました。

 私もまた杖の勇者として選ばれ、今度こそユウ様をお守りする事ができたのです。

 

 そして今、私はここにいます。

 「俺と一緒に生きてほしい」というユウ様の言葉を受け入れ、これから先も未来永劫、ユウ様がお亡くなりになるその時まで、私はユウ様のお側に仕え続けます。

 この先、何があっても、また私がユウ様をお守り致します。

 

 ですから、どうかご安心ください。

 かつて、私のせいで病まれてしまったお心が、少しでも安らぐように。

 私が、あなたの心の支えとなれるように努力しますので。

 

 ……それに、時には、存分に甘えてくださってもいいのですよ?

 

 

 そうして、私とユウ様の新しい日常は続いていきます。

 いつまでも。

 どこまでも。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。