TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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最終話と言っても序章最終話と言う意味なので話はまだ続きます。
本当はいつものように表裏にしたかったのですが
表の部分が予想以上に長くなってしまったので上・中・下になります。
いつもの表に当たる部分が上と中で、下が裏になります。
とりあえず今日は上と中を投稿します。


またしても素敵なイラストを海鷹さんから頂きました。
素足の奴隷ルックが個人的にフェチ心をそそる、二話時点のシンちゃんです。

https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66372200


最終話 上

 その日、王都は異様なまでの盛り上がりを見せていた。

 先のシンケールス侵攻における敗戦は周知の事実だと言うのに何を浮かれているのか。

 答えは簡単、敗戦なんてどうでも良くなる程のイベントがあるからだ。

 始原の魔女を継ぐ女、現代における魔道の最高峰フィクトスが初めて公に力を振るう。

 国事などでフィクトスの姿を目にした者は数多く、また一目で規格外と理解出来るのでその力を疑う者はいない。

 だがそれはそれ、本物の魔法を――最強の名を欲しいままにする力を目にしたいと思うのは当然だろう。

 

 その力の矛先が偉大なるスペルビアに土をつけた憎き相手ならば尚更だ。

 

「まだかー!? 早くしろー!!」

「こっちは三日前から並んでんだよ!!」

「フィクトス様ー! 直ぐに終わらせないでくださーい! あなたの魔法を沢山見てみたいんでーす!!」

 

 スペルビア大闘技場は満員御礼。

 地鳴りのような声と呼吸するだけで喉が焼けるような熱気が場内を満たしていた。

 観客席の人間は、一握りを除き皆が皆、痴れている。

 

「…………正直、僕もう帰りたいです」

 

 一等席でジュースを啜っていたリーンがポツリと呟く。

 その顔は嫌悪感と憐れみで塗り潰されていて、とてもこの年頃の子供がするような表情ではない。

 

「まあ、気持ちは分かる」

 

 リーンを連れて来たのはザインだ。

 彼も本来、スペルビアに染まっていない子供をこのような場所に連れて来て良いとは思っていない。

 だが、何となく……そう、何となく連れて来た方が良いような気がしたのだ。

 確たる理由はない。自らが足を運んだのと同じあやふやな勘だ。

 それでも、その勘を無視すべきではないと思い……悩みに悩んだ末、リーンを同行させたのである。

 

「何もなければ直ぐに帰る。もう少し、我慢してみねえか?」

「……はい」

 

 コクリと頷きを返したリーンの頭を何時ものようにわしゃわしゃと撫でる。

 すると彼も少しは落ち着いたのか、表情が和らいだように見えた。

 

「…………始まるぞ」

 

 アナウンスがあった訳ではない。

 百戦錬磨の戦士だからこそ察知出来る空気の変化による発言だ。

 

「光の……蝶?」

 

 誰かがそう漏らした。

 東西南北、あちらこちらからひらひらと光の蝶が迷い込んで来たのだ。

 一匹、二匹、三匹――ドンドンドンドン、蝶蝶は増えていく。

 呼吸も忘れてしまいそうな幻想的な光景に誰もが息を呑む。

 蝶は中央により集まり、天を突くような光の柱を形作り始めた。

 総ての蝶の原形が溶け完全な柱となり、一際強く輝いたかと思うと光が爆ぜた。

 雪のように降り注ぐ燐光の中から現れたのは、

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 当然、フィクトスだ。

 割れんばかりの歓声を受け、彼女は優雅に一礼。

 

「……アッホらしい」

「え、ええ!? す、すっごく綺麗だと思うんですけど」

 

 白けた顔をする師に頬を引き攣らせる弟子。

 先ほどまでの不満を忘れてしまうかのようなパフォーマンスだっただけにザインの反応は意外だった。

 

「まあ確かにそうだが……何でかな? 好きになれねえんだ、これがな」

 

 倦んでいた時期からフィクトスに胡散臭さを感じていたザインだ。

 どうにも、印象が先立ってしまうのだろう。

 

「そうですか……あ、それよりほら! 対戦相手の方が出て来るようですよ!!」

 

 対戦相手、と呼称したのはせめてもの抵抗だろうか。

 フィクトスとは違い、普通に通路から歩いて現れたのは……これまた女だった。

 事前に女とは知らされていたが、フィクトスとはまた違ったタイプの美女である。

 

「綺麗な人だなぁ……ってザインさん? どうしたんですか?」

「――――」

 

 ザインは言葉を失っていた。

 これでもかと目を見開き、呆けたように顎を落とすその姿はかなり間抜けだ。

 長い付き合いと言う訳でもないが、リーンはこんな顔をするザインを見たのは初めてだった。

 

「ひゅー! 別嬪さんじゃねえかオイ!!」

「フィクトス様ー! 殺すぐらいだったら痛め付けた後で俺にくれませんかねー!?」

「つか、殺す前にヤらせて欲しいんだが!!」

 

 下卑た野次さえどこか遠くに聞こえる。

 

「(あ、あれは……あの時の……いや、だが……)」

 

 何であんなに矮小な存在に見えるのだ?

 美しさも、力も、何もかもがフィクトス程度では足下にも及ばない真なる超越者。

 名も知らぬあの女はそんな馬鹿デカい存在だった。

 偽者? いや違う、ならば答えは一つしかない。

 

「(偽装している、己を……だが、何のために?)」

 

 仮にザインが知るままに現れれば常識的な熱狂なぞ巻き起こるはずがない。

 水を打ったような静寂が広がり、誰もが呼吸を忘れて見入ってしまうはずだ。

 

「……リーン」

「は、はい?」

「――――予感は当たっていたようだ」

 

 そう短く告げ、ザインは黙り込んでしまった。

 リーンは何か言いたげにしていたが対応する余裕はない。

 瞬き一つすら惜しいと眼下を見つめるザインには最早、他の総てがどうでも良い事に成り下がっていた。

 

「あぁ……これはこれは、中々に優秀な御方のようで」

 

 リング上では語らいが始まり、一言一句も聞き逃さぬと観客達も口を閉ざす。

 

「出会い方が違えば、あなたを弟子にしていたかも」

 

 軽く目を見開き、若き魔女を賞賛するフィクトスだが、当然おべっかである。

 彼女はどれだけ優秀な人間であっても弟子など取るつもりはない。

 自分に並び得る存在を自ら育てるなぞ、天地が逆さになってもあり得ないだろう。

 

「過分な言葉だ。だが生憎と、私が師と仰ぐ人間は一人だけと決めている」

「まあまあ! 善き師と巡り合えたのですね。その結果が今のそれだと考えると……不幸な出会いであったかもしれませんが」

 

 パタン、と扇子を閉じて胸元に差し込む。

 

「わたくしはフィクトス・アーデルハイド。お名前を聞かせて頂ける?

運命は最早変わらぬとしても、生涯で初めて出会えた強者と呼ぶに相応しい貴女の名を知っておきたいの」

「ルークス・ステラエ。地獄に堕ちても、その名を忘れる事はなかろうよ」

「口調の無骨さは、少々減点ね。紛い物であろうとも魔女は魔女、淑やかさを忘れてはいけないわ」

「口と性格の悪さは生来のものだ。死んでも治るまいて」

 

 友人同士の気楽な語らいにも見える時間が終わった事を、誰もが確信した。

 互いの魔力が渦を巻き始めたからだ。

 

「わたくしと戦う事を望んでいたのでしょう? 時間の許す限り、付き合ってさしあげますわ」

「ほう……」

「ゆえ、全力で来なさい。わたくし相手に全霊を尽くさぬ事こそ非礼と知りなさい」

 

 二人は弾かれたように中央からそれぞれリングの端まで距離を取った。

 そして、今日を逃せば二度とは見れぬであろう魔法合戦が始まる。

 

「業火よ!!」

 

 空に突き上げた左手の平に外側から見たコロシアムと同程度の大きさの火球が形成される。

 容量的におかしくないか? 当然、疑問に思うだろうが問題は無い。

 魔法によってリングの空間が拡張されており、どれ程大規模の魔法を使おうとも大丈夫な構造になっているのだ。

 

「(へえ、中々やるわね。何の防備も無いと仮定すれば王都を丸ごと灰に出来る規模じゃない)」

 

 どこまでも大上段からの物言い。

 フィクトスは微塵も疑っていない、自身の絶対的な優位を。

 

「御見事――ですが、わたくしからすればまだまだですわね」

 

 自身に迫る極炎に向けピッ、と人差し指を突き出す。

 その先から流れ出した魔力が魔法陣を構築しその中心から比喩でも何でもなく大津波が出現する。

 津波は炎をあっさりと呑み込み、その激流を以ってルークスを凌辱した。

 

「(咄嗟に障壁を張ったようですが、それでも完全には防ぎ切れなかったようね。ま、当然だけど)」

 

 本気は当然、出していない。

 だがルークスではギリギリ対処し切れない規模の魔法を放ったからだ。

 

「これで終わりかしら?」

 

 衝撃を殺し切れずバウンドしながら転がっていたルークス。

 しかし、ある程度のところで地面を殴り付けその衝撃で浮かび上がりクルっと一回転し体勢を整える。

 

「まさか!」

 

 ドレスがボロボロで、唇の端から血を流すルークスだが見た限りでは軽傷。

 誰の目にもまだ戦えるのは明らかだった。

 

「これなら……どうだァ!?」

 

 一度胸の前で両手を合わせ、次いでそれを大地に叩き付ける。

 大地震が巻き起こり、隆起した大地が牙となってフィクトスに襲い掛かった。

 だが彼女はそこから一歩も動かぬまま障壁を張り、涼しい顔で完全に防いでのけた。

 

「これまた御見事、わたくしも少しだけ出力を上げて差し上げましょう」

 

 口元に艶やかな笑みをたたえ、フィクトスは胸元から引き抜いた扇子を振るう。

 たったそれだけの動作で強風、いやさ狂風が巻き起こり大地を根こそぎ抉り飛ばしながら風の刃がルークスに飛来する。

 

「……こ、これ程か。始原の魔女を継ぐ者とは……これ程までに……!」

 

 招かれた他国の重鎮が顔を歪め、絞り出すように呻き声を上げる。

 ルークスが弱くないのは誰の目にも明らかだ。

 黄金を山と積んでも自国に迎え入れたい程に、優秀な魔女である。

 だが、フィクトスは規格外過ぎた。

 

「まるで、まるで本気を出していないのに……あ、あんな……何よ、この出鱈目は……!?」

 

 こんな化け物が最終ラインで待ち受けているのだ。

 先の敗戦によって高まったスペルビアへの戦意を圧し折るには十分過ぎた。

 

「ふふふ、目論み通りですな。王よ」

「うむ。どいつもコイツも間抜けな顔を晒しておるわ!」

 

 ルークスが放った魔法を悉く打ち破っていくフィクトスと言う体の魔法合戦は次の段階へ移行していた。

 攻守交替し今度はフィクトスが攻め始めルークスが守りに入るも、

 

「ぐぅ……!?」

 

 圧倒的劣勢。

 先程のフィクトスのように相反する属性魔法をぶつけてはいるものの相殺さえ出来やしない。

 焦れたルークスが攻守を無視し、先んじてスペルビア軍に放った最強魔法を放つもそれさえ完全に防がれてしまった。

 

「最早これまで。逆立ちしても、これ以上は出そうにありませんわね」

「……」

 

 片膝を突き、息を荒げるルークス。

 最早喋る気力さえ残っていないのだろうとフィクトスがほくそ笑む。

 

「せめて最期は、わたくしの最強魔法を以って葬り去ってあげますわ」

 

 空を抱き締めるように両手を広げる。

 全身から立ち上る魔力が空へと昇り、上空に巨大な魔法陣を描いていく。

 

「これが何か、お分かりかしら?」

 

 数秒程で完成した魔法陣の中心からズズズ、と黒い球体が顔を出す。

 

「…………重力の塊」

「その通り。仮にそのまま地上にぶつければ何もかもを巻き込み圧殺し無に還してのけるでしょう」

 

 その言葉に観客がざわめくも、

 

「ご安心を。本気で放ちますが敬意を払うべき強者たるルークスさん以外に被害が及ばぬように致しますので」

 

 微笑みを浮かべ動揺をなだめてみせる。

 

「さあ、覚悟はよろしくて?」

 

 右手を掲げ、

 

「ダーク・ジャガンナート!!!!」

 

 一気に振り下ろす。

 魔法陣より撃ち出された黒点が地面に接触した瞬間、リング内部が漆黒で染め上げられた。

 音も光も通さない完全なる闇の中で何が起きているのか。

 言われずとも理解させられてしまう説得力。誰もが魔女の恐ろしさを思い知った。

 

「(嗚呼! 嗚呼! 最高、最高よ! 最高の気分だわ! 跪き頭を垂れ私を崇めなさい愚民ども!!)」

 

 扇子を口元に当て、あくまで優雅を装うフィクトス。

 だがその内心は絶頂寸前であった。

 

『――――フィクトス・アーデルハイド』

 

 声が、聞こえた。

 

『貴様は始原の魔女を継いだ者らしいな』

 

 ビキ、ビキキ! 闇に亀裂が入る。

 

『だが……ふむ、おかしいな』

 

 刻まれた亀裂がドンドン広がり――――跡形もなく砕け散った。

 

「――――」

 

 何が起きたか理解も出来ぬまま呆然とするフィクトス。

 誰もが言葉を失っていた。

 何だあの女は?

 先程までフィクトスに追い詰められていた者と同一人物なのか?

 力も、美しさも、何もかもが違う。

 命の質量が違い過ぎる。ただそこに在るだけで指一本動かす事さえ出来やしない。

 

「ああ、実におかしい。この程度で魔女を名乗るのもそうだが、それ以上に――――」

 

 魂まで凍て付いてしまいそうな冷たい声を受けフィクトスはようやく再起動を果たす。

 

「ま、まさか……そんな……で、でも……う、嘘……」

 

 ガタガタと震えるフィクトスの顎を左手人差し指で持ち上げ、視線を無理矢理合わせる。

 

「私 は 貴 様 を 知 ら ぬ ぞ」

「ひぃいっ!?」

 

 無慈悲な輝きを放つ黄金の瞳に射抜かれ悲鳴を上げるフィクトス。

 逃げ出そうとするもまるで身体が動かない。

 呼吸をするのもやっとの有様だ。

 

「ち、ちが……わた、私……!」

 

 理解した、誰もが本能的に理解させられた。

 ルークス・ステラエこそが真なる継承者、フィクトス含め世に蔓延る紛い物とは違う本物の魔女であると。

 

「ほう、偽者だと認めるのか? 中々に度胸があるな」

 

 長い長い歴史の中で始原の魔女、或いはその弟子を騙った者はフィクトスだけではない。

 大昔にも、片手で数えられる程だが……存在していた。

 そしてその者達の末路も知っているはずだ。

 始原の魔女と言う存在を――例えお伽噺であっても知っているのならば。

 

「ッッ……!」

 

 フィクトスの顔色が青を通り越して白に変わる。

 ただ、ただ殺されるだけならばマシだ。

 だが違う。彼女は知っている、始原の魔女を騙るために多くの知識を仕入れたから。

 与太話から一定の信が置ける情報まで余さず調べ尽くし偽りの”魔女”を形作ったのだ。

 

「貴様も奴らに連なる覚悟が出来たと言う訳だ」

 

 誰に言われた訳でもない。

 ルークスを除く全員の視線が空に向けられた。

 空間がうねりを上げ上空に出現したのは巨大な門。

 頭を垂れたくなるような荘厳さを滲ませながら、それは鈍い音を立ててゆっくり大口を開ける。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』

 

 何万枚もの刃を同時に擦り合わせたってこうはならないだろうと言う程に不快極まる音にも似た叫びが木霊する。

 それは黒い靄だった。無数の血走った瞳が浮かび上がる黒い靄。

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!?」

「助けて、助けて、助けてくれぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 あちこちで阿鼻叫喚が巻き起こった。

 ギョロギョロと忙しなく動き回る瞳が。

 頭の中で鳴り響く不愉快な音が。

 理解したくもないのに理解してしまった事実が人々の正気を千々に引き裂いたのだ。

 

 アレは人だ、人間だ。何千何万何十万の人間の集合体なのだ。

 

 だがああ! 狂えない! 狂わせてくれない!

 あの門から放射される力が無理矢理正気を繋ぎ止めて来る!

 どう足掻こうとも正気と理性を捨て去れない事実に人々はやがて項垂れる事しか出来なくなった。

 

『≠<→◎<▽▽ ☆∠>←□■!?!?!』

 

 逃げられる、解放される――――ようやく死ねる。

 そんな安堵と共に地上に降り注ごうとしていた黒い靄。

 だが、彼らの望みは叶わない。

 門の向こうから現れた巨人の如き無数のかいながベチャベチャと靄に張り付き彼らを引き摺り戻したのだ。

 助けを求める叫びを吐き出しながら黒い靄は完全に虚無の果てに消え、再び門は煙のように消え去った。

 

「ある時は魔女を騙った者とその故郷を」

 

 水を打ったかのように静まり返る中、ルークスは歌うように言葉を紡ぐ。

 

「ある時は偽りの魔女とその故国も」

 

 フィクトスの顎を持ちあげていた指をそっと離すと、彼女は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「ある時はその地位を利用し仕えていた国ごと」

 

 巡りの悪い者でも大体は察せるだろう。

 

「ある時はその者が暮らしていた大陸諸共に」

 

 魔女が語るのは歴史だ。

 魔女を騙った者と、それに巻き込まれた人々が辿った歴史。

 

「――――始原の魔女は罰を下した」

 

 どの時も生き残りは片手で数えられる程だった。

 そして、彼らが生き残ったのは運が良かった訳でも実力があった訳でもない。

 生かされたのだ、メッセンジャーとして。

 生き残った者らはこの万分の一で良いから伝わってくれと恐怖を後世に託した。

 だが悲しいかな。時と共に人間の傲慢さがそれをお伽噺へと追いやったのだ。

 

「あ、あ、あ」

 

 気の毒なぐらいに身体を震わせているフィクトスを見つめルークスは嗤う。

 

「だが何もプライドを傷付けられただとか、身の程を知らぬ愚か者に報いを。

紛い物を崇める、受け入れる連中も同罪だ……などと言う理由で仕置きを下した訳ではない。

我が師も、その同胞もな。皆が皆、淡々と己が責務を果たしたまでの話」

 

 そこに悪意は一切介在しない。

 少なくとも、ルークスの師やその同胞達についてはそうだった。

 

「”魔女の掟”と言うものがある。我が師らが極点に至った際に制定したものだ」

 

 ルークスもまた真なる魔女へと至った際、それを師から叩き込まれている。

 

「フィクトス・アーデルハイド、貴様は知っているかな? 教えを受けたのならば知っているはずだが」

「……」

 

 今度は言葉を発する事も出来なかった。

 当たり前だ、肯定すればその内容を問われるだろう。だが知らぬ。

 否定すれば偽者だと認める事になる。ああはなりたくない。

 最早ルークスが自分を偽者であると断じていると分かっていながらも、フィクトスは淡い希望を捨てられなかった。

 それ程までに門の向こうから現れたアレは冒涜的だった。

 

「”真なる魔女とは絶対の禁忌でなければいけない”掟の一つに、そう言うものがあってな」

 

 過去に名を騙った者はそれに抵触し、制裁を受けたのだ。

 ルークス達からすれば彼は皆、十把一絡げ。蟻と変わらぬような矮小の存在だ。

 児戯と呼ぶのもおこがましい力をひけらかしたところで永劫真なる魔女には至れないと知っている。

 だが、超越者の視点を持たぬ者達の目にはどう映るだろう?

 

「正直な話、貴様の真贋はどうでもよいのだ。始原の魔女の教えを受けずとも同等の力を持っているのならば問題はなかった」

 

 そこでルークスは王の隣に侍る将軍リオンに視線を向けた。

 黄金に射抜かれた彼はふえっ!? と情けない悲鳴を上げて身を竦ませる。

 

「先だって、牢獄にて何とほざいたか覚えているよな?」

「あひぃ!? そ、それは……あ、貴女様が魔女だとは知らず……お、御赦しを……どうか御赦しをぉおおおおおお!!」

「魔道の真髄を見せてくれると言うから期待していたのにこの有様だ」

 

 明確な頂点を知らぬまま上を目指し続けられる人間はほんの一握りだ。

 それ以外の人間で魔道を歩む者、或いは魔道に関わろうとする者にとってフィクトスの存在は良い目印になる。

 実際、才ある魔女・魔法使い達の多くはフィクトスを最強だと認めてはいても自分がそこに並び立てないとは思っていない。

 

「目指そうと思う事にすら忌避を覚える……いやそもそも目指そうなどと考え付かぬ程の力を貴様は持っていない」

 

 所詮フィクトスは人間だ。

 どこまで極めても他の誰かが辿り着く可能性は十二分に存在する。

 ルークスや始原の魔女達は違う、彼女らは正しく神の領域に存在するのだ。

 ルークスと言う前例がある以上、可能性は零ではないだろう。

 だが、その圧倒的な力を見せられれば不可能だと思わざるを得ない。

 

「貴様は真なる魔女を騙りその存在を貶めた」

「ち、違います! そんな、そんなつもりじゃなかったんです!」

 

 最早だんまりは決め込めない。

 歳の功で致命的に変化した空気を察知し腹の底から声を張り上げるも、

 

「貴様がどんなつもりであったかなどに興味はない」

 

 必死の自己弁護が始まる前に一刀両断。

 既にルークスの中では決定事項、覆る事は決してない。

 

「何だ……地鳴り……? それに、空が、裂けて……!?」

 

 魔道に精通する者は即座に理解した。

 それが異次元の道であると。

 だが問題はその規模だ。王都を丸々呑み込んでも尚、余りある程の道なんてあり得ない。

 スペルビアの国家予算、その半分を注ぎ込み数ヶ月の時間をかけて大規模な仕込みをし、優秀な魔女・魔法使いを多く揃えれば開けるだろう。

 だがルークスは一人で、しかも一瞬で、微塵の消耗も見せずにやってのけたのだ。

 

 だが衝撃はそれだけに留まらない。

 

「空が近付いてる」

 

 呆然と誰かが呟く。

 それだけで現状を察した者らの一部が逃げ出そうとするもその目論みは軒並み破壊される。

 ただそこに在るだけで重圧を与えるルークスだが、力と心を備える者が生存本能を極限まで発揮すれば動けない訳ではない。

 だと言うのに圧だけで縛られてしまう一般人のみならず実力者達も軒並み動けずにいる。

 聡い者らが原因不明の硬直の理由を悟る切っ掛けとなったのは、ある子供が漏らした一言だった。

 

「あ、鳥」

 

 今、抉り抜いた王都ごと次元の狭間に呑み込まれようとしている。

 それは同時に空を生活圏とする者らの領域と重なっていると言う事でもあった。

 翼を羽ばたかせ、果てない青の世界を泳いでいたであろう数羽の鳥。

 彼らはその場で制止していた。空に迫る大地に叩きつけられようとしているのに翼を広げた体勢で宙に止まっていた。

 

「時間を、止めたのか!!」

 

 感覚を研ぎ澄ませば直ぐにその違和感に気付けた。

 世界が呼吸を止め、死んでしまったような感覚。

 それが自分達ごと世界の時間を奪われたのだと言うのならば納得だ。

 認識機能と、言葉を発する事だけが許可されているのもルークスの話を思い出せば察しがつく。

 

 禁忌を知らしめるための贄とされたのだ。

 

 スペルビア軍への襲撃から彼女にとっての茶番は始まっていたのだろう。

 魔女としての責務を果たすために、こんな回りくどい真似をした。

 持ちあげて持ちあげて、痴れさせて痴れさせて、最後の最後で奈落に突き落とすため。

 ボキリボキリと音を立ててあちこちで心が折れていく。

 この絶望の中でメッセンジャーとして生かされた者は己が味わった闇を余す事なく世界に広めるだろう。

 そうしなければ死よりも恐ろしい目に遭わされてしまうから。

 

「偉大なる魔女様、どうか私めの話を聞いて頂けませんか?」

 

 貴賓席に座っていた妙齢の女が恐怖を顔に貼り付けたままルークスに語り掛けた。

 海千山千の政治家ではあるが、本能を容赦なく苛む力を前に取り繕う事は出来ないようだ。

 とは言え、時間すら止めてのける化け物相手に交渉を持ちかける時点で肝の据わり方が尋常ではないのだが。

 

「貴様は……?」

「私はイラ連合国、賢人評議会の末席を汚しておりますラスティ・アーブラと申します」

 

 ラスティは正直、いっぱいいっぱいなのだろう。

 内臓ごと吐き出してしまいそうな吐き気に堪えながらどうにかこうにか交渉に持ち込もうとしている。

 こんな精神状態では本来の能力は発揮出来ないだろうに……健気なものだ。

 

「先ずこちらのお願いを、どうか私を裁きの対象から外して頂きたく」

 

 過去の事例を鑑みるに、メッセンジャーが残される事は確かだ。

 その席に何とか食い込みたいと言う事だろう。

 

「ふむ、それで?」

「代わりに魔女様の崇高なる使命を、国を上げて御手伝いしたく存じます」

 

 スペルビアに交渉の余地はない。

 魔女の掟に抵触する偽者を擁し、それを大々的に広めていたのだから。

 だがイラは違う、スペルビアに次ぐ大国の一つで国が総出で情報をばら撒けば世界の隅々に行き渡る事だろう。

 そして今回の出来事をイラ連合国が主導で広めたとなれば……さて、聞いた者はどう思うか。

 何かしらの繋がりが生まれたのでは? そう勘繰ってしまうのが当然の帰結だろう。

 この場を脱し、尚且つ自国の益にも繋がる一手だ。

 

 ――――まあだからどうしたのだと言う話だが。

 

「却下だ」

「そんな……何故!? ご不満なら、他にも――――」

 

 意味が分からなかった。

 誰一人として生かして帰さぬと言うのは自らが立てた計画を台無しにする事と同義ではないか。

 そんなラスティの疑問に答えるようにルークスが語り始める。

 

「最古にして最強の国家、その首都が人間ごと綺麗さっぱり消え失せる。それだけで十分だろう」

 

 滅ぼすだけならばスペルビアが国防計画を推し進める原因となったドラゴンにも出来る。

 しかし、どうしたって破壊の痕跡は残ってしまう。

 王都のみを綺麗に抉り取って、中に居る人間もどこかへ消してしまえば……完全に理外の存在だ。

 

「何なら、私が存在した痕跡を跡地に刻みつければ良い」

 

 少し――と言っても真なる魔女以外の人間にとっては未来永劫及ばぬ魔力を残すだけでも十分。

 聡い者は理解するはずだ。無数に散らばった判断材料を繋ぎ合わせ真なる魔女が出現した事、そして何が起こったのかも。

 既にルークスの師やその同胞達が歴史に事実を刻み付けているのだ。

 それはもうお伽噺になってしまったが、今回の一件でそれが現実だと嫌が応にも思い出す事だろう。

 

「そ、それは……」

 

 姿形や何が起きたかが具体的に分からない事もプラスに働く。

 交渉の余地はあるのか、性質は秩序なのか混沌なのか、何を基準に行動しているのか、何故こんな事をしたのか。

 事が事だけにまず魔女に良い印象を抱く者は居ないだろう。

 消されたのが世界の嫌われ者とは言え、何一つ分からないままならば自分達に矛先が向く可能性も十分にあるのだから。

 ”絶対の禁忌”を目的とするのであればそれでも問題はないだろう。

 

「う、うぅ……」

 

 言葉に窮する内に、王都は――そしてそこに住まう人々は異次元に呑み込まれた。

 

 辿り着いたのは世界の終わりを記憶した思い出の箱庭。

 人間にとっての絶望が敷き詰められたそこに叩き込んだ時点でルークスは時間停止を解除した。

 だと言うのに、誰一人として動こうとしない。動けないのではない、動こうとしないのだ。

 

「…………最初は先達の例に倣い、何人かを生き残らせるつもりだったのだがな」

 

 ポツリと漏れた呟き。

 左手で顔を覆っているのは自分の表情を見せたくはないからか。

 

「嗚呼――――貴様らを見ていると吐き気がするんだ」

 

 魔力でも、命の質量でもない、倦怠感だ。

 諦観と失望に起因するそれは物理的な重さを伴って人々に圧し掛かった。

 

「私も、貴様らも……いや、人間と言う種そのものが……」

 

 一筋の光も見えない闇、人はそれを絶望と呼ぶのだろう。

 誰もが膝を屈し、何もかもを諦めてしまうような暗闇の中でも光を信じ、歯を食い縛って立ち上がる者。

 そんな者が居るのだとすれば。

 

「もう良い、終わらせよう」

 

 人は彼らをこう呼ぶのだろう――――”勇者”と。


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