TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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最終話 中

 再度絶望の門が召喚された。

 アレが開き切った時、何もかもが終わる。

 自分達もあの中で責め苦を受けている者達と同じモノになってしまうのだ。

 多くの者が抗えぬ絶望に沈んで行く中、観客席から飛び出す三つの影があった。

 

「……?」

 

 ここに来て初めて、ルークスの顔に人間らしい表情が浮かんだ。

 軽く目を見開いただけだが僅かばかりその心を波立たせる事が出来たと言う訳だ。

 ある意味、どんなモンスターを討伐するよりも凄まじい偉業と言えるのではなかろうか。

 

「ハッ……覚えちゃいねえか。分かってた事だが……まあ、だからこそ燃えるって言うべきかな? 男としては」

 

 ぽたぽたと冷や汗を垂れ流しながら。

 それでも、心奪われた女の前でぐらいはと言う男の矜持ゆえか。

 ザイン・ジーバスは引き攣らせながらも笑みを浮かべ、軽口を叩いてのけた。

 

「あなたの奪還を……と思って故郷に舞い戻ってみれば……いやはや、人生何があるか分からないもんですねえ」

 

 顔面は蒼白、それでも努めて何時も通り困ったように笑うロッド・レオーネ。

 ザインには劣るものの、彼とて一流以上の冒険者だ。

 だが、一流だろうが二流だろうが三流だろうが真なる魔女を前にすれば皆同じ虫けらのようなもの。

 とは言え一寸の虫にも五分の魂、ザインと同じくこの場に立っている時点で他とは一括りに出来まい。

 

「終盾騎士団第十三小隊隊長、ダンテ・マルティーニだ」

 

 今にも意識を手放したくなるのを堪えながら、騎士鎧に身を包んだ青年が名乗りを上げる。

 ダンテ・マルティーニ、とある事件を機に新人ながらもその能力を買われ小隊長へと異例の出世を果たした若き騎士。

 彼ら三人に共通しているのは考えるよりも先に身体が動いていたと言う事。

 ザインやロッドなどは今更自分が飛び出した理由を考えているぐらいだ。

 

「貴様らが何者かなぞどうでもよいが……何故、我が前に立った?

諦めない限り可能性は零ではない、或いは結末は変えられぬとしても最後の最後まで抗ってみせる」

 

 そんな安っぽいヒロイックな感情に突き動かされたか?

 嘲りをこれでもかと塗り込んだ言葉に真っ先に答えを返したのはダンテだった。

 

「そこの女を殺るってんなら好きにすれば良い。王や将軍の首が欲しいってんならそいつもつけてやらぁ。

それでも足りねえなら金払ってここに来てる奴らもくれてやる。仕事だからやってるが、俺だってこんな悪趣味な見世物に来るような奴ら守りたくねえしな」

 

 騎士としては問題発言なんてレベルではない。

 この特殊な状況下でなければ即座に首を刎ねられていただろう。

 

「だが、アンタはこの闘技場内どころか王都に生きる人間全員を踏み躙ろうとしている」

「だから何だと言うのだ? 貴様らが消えたところで世界も人も何も変わらんよ。変わらず……醜いままだ」

 

 そう吐き捨てると同時にルークスの倦怠感が影を強め重圧が増した。

 離れた場所に居る観客達、闘技場の外にいる王都の民達ですら動けないのだ。

 間近であてられているダンテ達が感じている闇は如何程のものか。

 

「そう……ッ……だろうな。アンタにとっちゃどいつもコイツも大差ないんだろうぜ」

 

 途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら言葉を絞り出す。

 

「だが、俺は違う。この王都には、命を懸けてでも守らなきゃいけねえ大切な輝きがある」

 

 ルークスにとっては……いや、それ以外の人間にとってもくだらないものかもしれない。

 だが、ダンテにとっては何にも変えられない大切な宝なのだ。

 

「そいつが踏み潰されようとしてんだ。黙って指を咥えて見てられるかよ」

「ほう……貴様らも同じか?」

「まあ、似たようなものですよ」

 

 ロッドが苦笑交じりに否定を返す。

 ようやっと、自分が飛び出した理由を見つけられたようだ。

 

「さっきも言いましたが元は攫われたあなたを奪還するために来たんですよ」

 

 ルークスがスペルビアに捕らえられた責は己にある。

 だからこそ、奪還を目論むであろう子供達の下を訪れたのだ。

 

「あの二人には心配要らないって言われたんですがねえ」

 

 はいそうですかと信じられる程、ロッドはルークスを知らない。

 彼女が対軍級のモンスターを戯れで倒した事は事実だが、スペルビアと魔女を知る彼からすれば不安は拭えなかった。

 

「子供達が俺を巻き込むまいと気を遣ってくれたんだと思ったんですよ」

 

 主が借りを返すために守った人間だ。

 そんな人間を危険に巻き込めない――まあ、子供らにそんな気遣いは皆無なのだが少なくともロッドはそう受け止めた。

 加えて黒猫の転移で二人だけが転移した事もそれに拍車をかけていた。

 

「だからまあ、単身彼らを追って乗り込んだ訳ですが……本当に杞憂だったようで」

「それで? 借りがあった自分なら命乞いを受け入れてくれるとでも思うたか?」

「まさか! 自分のケツも拭けない赤子じゃあるまいし。俺ぁ良い歳をしたオッサンですよ?」

 

 自分の行動には責任を持つつもりだし、何よりルークスがいなければ死んでいた身だ。

 二度も命を拾われた、拾った彼女にならば捧げても構わないと思っている。

 そうしても良いと思える程に、心奪われてしまったから。

 自身の思慕は秘めつつ、ロッドは嘘偽りない気持ちを言葉にした。

 

「ならば何故?」

「…………シンちゃんとポチくんも、この会場の何処かにいるはずだ」

 

 ルークスを追って王都に向かったのだから当然だ。

 残念ながら人が多過ぎて発見は叶わなかったが、必ずいる。

 そして、だからこそルークスの蛮行を見逃せなかった。

 

「あなたなら二人が会場の何処にいるかも把握しているんじゃないですか?」

「それがどうした?」

「――――把握していながら何故、あの子達も巻き込もうとしてるんです」

 

 今のルークスを見れば分かる。

 シンもポチも、諸共に絶望の闇へと叩き込もうとしている。

 彼らだけを除いて、なんて気遣いを見せる気配が微塵も窺えない。

 今のルークス・ステラエは胸の裡で渦巻く絶望の衝動そのままに取り返しのつかない事をしようとしている。

 だからこそ、ロッドは動いたのだ。

 

「見過ごせる訳がないでしょう」

「アレらは私のものだ。何をどうしようと貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「俺は彼らの指導員だし、それ以前に俺は一人の大人だ」

 

 だがルークスの前に立った理由は子供達のためだけではない。

 

「子供達を守るのは、あなたのためでもある」

「……何だと?」

「その身を苛む失望と諦めに身を任せあの子達を”あんなもの”にしてしまえばあなたは必ず後悔するでしょうよ」

「何だ貴様? 私が子供を殺したところでそれを悔やむような善人にでも見えたのか?」

 

 クツクツと喉を鳴らすその姿が、ロッドの目にはどうしようもなく悲しいものに映った。

 

「まあ、百万人殺したところで心が波立つ事もないでしょうよ……だが、愛する者なら話は変わって来る」

「私はもう誰を愛する事もないさ」

「ならば何故、あの時彼らを助けに来たんです?」

 

 自分も救われたが、それはあくまでオマケ。

 ルークスが本当に助けたかったのは子供達だけだろう。

 

「気紛れだよ」

「いいや違う、あなたがあの子達を心の底から愛しているからだ。二人を見ていればよーく分かる」

 

 特にシン、あの子が悲惨な境遇に在った事はまず間違いない。

 直接何かを聞いた訳ではないが時折見せる世界を憎むその瞳を見れば察せてしまう。

 そんな彼女が一途な愛情を向ける相手、それがルークス・ステラエだ。

 ルークスがシンを地獄から救いだしたのだろう。

 だが、それだけであそこまで真っ直ぐな愛情を向けられるはずがない。

 

「片思いで誰かをあそこまで慕えはしない。

見え難いが、それでも確かに存在するあなたの深い愛情を受け取っているからこそ心の底からあなたを愛せるんだ」

 

 愛し愛される、それを指して人は絆と呼ぶ。

 ルークスと子供達の間に結ばれた愛情に欺瞞が介在する余地はない。

 

「愛する事が怖いのか、愛される事が怖いのか。

今のあなたは自分の愛も他人の愛も真っ直ぐ受け止める事が出来ていない」

 

 どうしてそうなったのかは分からない、きっと自分には及びもつかない何かに触れ人や世界に対する望みを失い諦めの泥に沈んだのだ。

 仮に理解したところでその闇を晴らしてやる事も出来ないだろう。

 

 ――――だがそれが何もしない理由にはなり得ない。

 

「そんなあなたが子供達を手にかけてしまえば取り返しのつかない後悔を抱く事になる」

 

 だから出来る限りを尽くす。

 そのために命を燃やす事に否はない。

 そう語るロッドの瞳には純然たる決意の炎が宿っていた。

 

「……」

 

 ルークスは不愉快そうに顔を顰めている。

 だが、どうしてかロッドには痛みを堪えているようにも見えた。

 

「参った。何処の誰だか知らねえが、アンタ良い男だな」

 

 彼は良い男だ。

 こんな状況だと言うのにザインは名も知らぬ彼の肩を抱いて今直ぐ大笑いして、酒をかっ喰らいたくてしょうがなかった。

 自分達はきっと良い友達になれる。

 

 だって、同じ女に惚れているのだから。

 

「……そう言えば、貴様には問うていなかったか」

「生憎とそこのナイスガイや騎士の兄ちゃんみてえに立派な理由はねえよ」

 

 肩を竦めるザイン、ダンテとロッドに触発されたのだろう。

 顔色も悪いし、冷や汗もだらだら、吐き気と眩暈も消えちゃいないが心が燃え始めていた。

 

「この会場にいるダチや、可愛い愛弟子……護りてえもんがないのかって言えば嘘になる」

 

 だが、それは二の次だ。

 じゃあ自分の命? いいや違う。二の次どころか三の次、四の次……有体に言ってどうでも良かった。

 長く生きた訳じゃないが、この世には死ぬよりも耐え難い事があるのだ。

 

「けど、俺はあれもこれもと器用な性質じゃねえ。真っ直ぐぶち抜きてえ想いはただ一つ」

 

 腰に手を当て、胸をそびやかすようにルークスを指差してのけた。

 

「意味が分からんって顔だな。まあそうだろうよ、アンタにとっちゃ俺なんぞ路傍の石くれ以下」

「復讐でもしたいのか? 貴様のような者と関わった覚えはないが」

「まさか! 方向性としちゃむしろ正反対――――俺はアンタに惚れてる」

 

 嵐の日、初めてルークスを見た時から心を奪われてしまった。

 

「有象無象のまま終わりたくねえ。他ならぬアンタに、一緒くたにされたくはねえんだ」

 

 誰とも知れぬまま大勢の内の一人として片付けられるなんて耐えられない。

 死ぬ事よりも、門の向こうで悶え苦しむ”奴ら”と同じになる事よりも辛い。

 

「逝くならアンタの心に俺を刻み付けてからだ」

 

 だから、今は名乗らない。

 ルークスの方から聞かせてみせる、そして堂々と名乗りを上げてやるのだ。

 ザイン・ジーバス――永劫の果てでもその名を忘れるなと。

 

「…………成る程。揃いも揃ってくだらん自己満足か」

 

 言葉を紡ぐのも億劫だ、そう言わんばかりの態度だ。

 きっと自分達の誰一人としてその心を動かす事は出来なかったのだろう。

 だが悲観はしていない、始めから分かっていた事だ。

 言葉程度で真の絶望を知る魔女の心には何も届けられない。

 

「自己満足? 大いに結構! 男なんてのはその自己満足のために命を懸ける馬鹿な生き物なのさ!!」

「一緒にすんなよオッサン」

「いやいや、君も彼もオジサンも……こんなとこまで来ちゃってる以上、同じ穴の狢だよ」

 

 そうして彼らは剣を抜き、その切っ先をルークスへと突き付けた。

 

「……――――」

 

 ルークスが何かを言いかけて、だがそれが言葉になる事はなかった。

 

『テメェら――――』

 

 静寂の中に響いたその声は特別大きなものではなかった。

 だが、今にも噴火しそうな不吉さを孕んでいると男三人は感じ取った。

 そしてその予感は正しく、

 

「誰に剣を向けてやがる!!!!!」

 

 ルークスと男達の間に割り込むように二つの影が飛来した。

 

 一人は漆黒の剣を右手に携え全身から血のように紅いオーラを立ち上らせる少女――シン。

 刀身に巻き付いていた茨は主の意思に呼応するかの如く肘の半ばまで浸食していた。

 絡み付く茨が肉を裂き血を滴らせているが憤怒に染まる彼女の眼中にはないらしい。

 もう一人は背中から身の丈の倍はあろうかと言う竜の翼を生やし白銀のオーラを纏う少年――ポチ。

 頬の一部は銀色の鱗に覆われ、左手の肘から先は鋭い爪を持つ竜のそれに変化している。

 彼もまたシンと同じくそのあどけない顔を怒りで塗り潰していた。

 

「(おねえ……ちゃん……?)」

 

 予想だにしない乱入者の存在により、リーンの心が息を吹き返した。

 観客席の一角でリングを見つめる彼は今にも飛び出したくてしょうがなかった。

 だが、動けない。ルークスに起因するものではない、姉の総てを拒絶するかのような怒りがその足を縫い付けたのだ。

 

「(糞……糞! 動け、動けよ……!!)」

 

 リーンが己の不甲斐なさに怒っている間も状況は進み続ける。

 

「思い上がりも甚だしいぞ、ヒューマン」

 

 シンの方は完全に枷が外れていた。

 独力ではルークスの封印を解けなかっただろうが、彼女が扱うスカー・ハートはルークスの作品だ。

 主の怒りに呼応したスカー・ハートが封印を喰い破ったのである。

 共にルークスの力で、そこに意思が加算された結果、スカー・ハートが勝った。

 そしてその恩恵を受けたポチもまた、不完全ではあるが枷が外れ竜の力を顕現させる事に成功した。

 流石にこちらは封印のために注いでいる力の桁が違ったものの、シンの全力と遜色ない程度には力を取り戻していた。

 

「君達は……」

 

 ロッドは言葉に詰まっていた。

 この乱入があまりにも予想外だったから。

 

「べらべら何かくっちゃべってたがよぉ――誰が頼んだそんな事ォ!?」

 

 シンとポチ、この二人もまたその他大勢と同じくルークスに縛り付けられていた。

 だがその他大勢と違い、絶望もしていなければ恐怖もしていない。

 ただただ静かに、淡々と、当たり前のようにルークスの”理不尽”を受け入れようとしていた。

 

「力を、自由を、誇りを、名前を、あたしはルークス様に総てを貰った」

 

 一寸先も見えない闇の中。怒りと渇き以外は何もない。

 奴隷商人の怒りが限界を超えて殺されるか、朽ち果てるか以外の選択肢なんてどこにもなかった。

 そんな絶望の中で差し伸べられた手の温かさは生涯忘れる事はないだろう。

 

「あたしの命はルークス様のものだ! ルークス様が是と仰るならあたしは喜んで地獄に堕ちてやる!!」

 

 歪なまでの純粋さ。

 それは確かに愛、だが決して正方向のそれではなく不吉と不幸を孕んだ危ういものだ。

 

「僕は彼女のように救われたとかそう言う訳じゃない……むしろその逆だ。

喧嘩売って殺されかけてプライドを放り捨てて命乞いをし生きる事を許されたんだもの」

「それなら、何故……」

「別に、何て事はないよ。と言うより、そもそも僕はそう言う生き物だったのさ」

 

 生まれて初めて出会った自分より強い生き物。理外の存在。

 それによって恐怖と言うものを知ったポチだが、彼はそれ以前に力の信奉者なのだ。

 ファーストコンタクトでは未知の感情であった恐怖が上回ったが所詮それは一時的なもの。

 直ぐに己の本分を取り戻し、ルークスをマスターと仰ぎ始めた。

 

「マスターの絶大なる力に惹かれた。あの力を前にすれば総てが等しく塵となる」

 

 並び立とうとさえ思えない。

 唯一無二、絶対、決して揺るがぬ真理そのもの。

 力を信奉するポチにとってルークスは本能的な恐怖さえも凌駕する甘美な存在だった。

 

「その力に踏み躙られるのであれば……ああ、それはむしろ福音と言えるだろうね」

 

 つまりはまあ、余計な御世話なのだ。ありがた迷惑ですらない。

 二人の主張を聞き届けたロッドは一瞬顔を顰めるも子供達の背後に控えるルークスの表情を見て気を取り直した。

 

「……」

 

 勘違いじゃない、今、彼女は明確に苦痛に顔を歪めた。

 望みを失くし諦めに身を任せ目を逸らしたとしても捨てられぬ生来の優しさ。

 それが子供達の歪さに反応したのだ。

 

「(あぁ……やっぱり、間違ってはいなかった)」

 

 ならばもう迷いはない。

 

「……御二方、子供達の相手は俺に任せてくれるかな?」

「あ゛? オッサン……テメェ、一人であたしらと殺る気か?」

「思い上がりも甚だしいと、そう言ったはずだぞ」

 

 一触即発の空気。

 ほんの少しの切っ掛けがあれば即座に戦端は開かれただろう。

 だが、

 

「…………貴様らは下がっていろ」

「ルークス様!? いや、でも……」

「二度は言わん」

「わ、分かったよ」

 

 子供達を押し退け前に出たルークスが三人を見据える。

 男達は張り詰めていた気を更に張り詰め、油断なく魔女を見返す。

 体調、精神状態、何もかもが最悪だったがこれまでの人生で一番研ぎ澄まされていたと言っても過言ではなかった。

 なのに、

 

「「「え」」」

 

 ルークスがすり抜けて行った。

 目にも止まらぬ速さではない。

 ゆっくりと、散歩にでも行くような気軽さで三人をすり抜けて行ったのだ。

 間抜けな声を漏らしてしまった三人だが、

 

「「「~~~!!?!」」」

 

 それは即座に苦悶の叫びへと顔を変える。

 身体をずたずたに引き裂かれ、構えていたはずの得物が粉々に砕け散った。

 倒れ伏す男達は息こそあるものの、立つ事さえままならない重傷を負わされてしまった。

 何をしたかさえ分からない、本当にただすれ違っただけとしか思えない。

 なのにこの有様だ。

 

「…………その蛮勇に免じ、貴様らだけは見逃してやると言ったらどうする?」

「糞喰らえだ」

 

 息も絶え絶えに上半身を起こし、中指を突き立ててみせるダンテ。

 

「この程度じゃ、駄目だ……まだ、足りねえよ……!!」

 

 やっとの事で立ち上がったザインの手に握られたレオン・ハートの柄。

 そこに砕け散った刃が集まっていく。

 心を力に変える獅子の刃はザインが折れぬ限りは何度でも蘇るのだ。

 

「まあ、子供達はもう大丈夫そうですが……ええ、この機を逃したらあなたに何も伝えられないかもしれませんし……ッ」

 

 双剣は既に砕けた、ここからは徒手空拳。

 ぷるぷると震えながらも構えを取るロッド――誰一人として安易な救いに縋るつもりはなかった。

 

「――――」

 

 ルークスは瞳を閉じ、しばしの沈黙の末口を開いた。

 

「……興が殺がれた」

 

 パチン、と彼女が指を鳴らすと景色が一変した。

 雷雲立ちこめていた暗い空はどこへやら、雲一つない青空が広がっている。

 戻って来られたのだ! 元の世界に! ひょっとしてこれは……と人々の心に光が差し込む。

 

「帰るぞ」

「は、はい!」

「マスターに剣を向けた奴らをそのままにするのは嫌だけど……ま、いっか!」

 

 目を開けていられない程の強い風が吹き抜けたと思えば、ルークス達の姿は消えていた。

 人々は呆然とし、そして理解する。自分達は助かったのだと。

 涙を流し生への感謝を捧げる人々、だが一番喜びが大きかったのは彼女だろう。

 

「あ、はは……アハハ! 生きて、生きているのね! わたくし、わたくしは……!!」

 

 看板が偽物である事が知れ渡ってしまったがどうでも良い。

 これまでのような暮らしは出来ないだろうが、それでもまだやり直せる。

 そうだ、今度は顔を変えて力を抑えて別の国で甘い汁を啜ってやろう。

 そんな事を考えているフィクトスだが――――甘いにも程がある。

 

「え……? あ、あぁ――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!! 

やめ、やべでえ! 食べないで、わたくしをたべ……いぎぃいいいああああああああああああああああ!!!!!」

 

 フィクトス・アーデルハイドの肉体と魂を闇が裡から喰らい尽くす。

 人々の歓喜は一瞬で鎮火し、その恐ろしい光景に身を竦ませる事しか出来なかった。

 ああ、偽りの魔女は”アレ”と同じものになってしまったのだ。

 あまりに凄惨な光景。フィクトスがこの世から消滅した後に残ったのは痛い程の沈黙だけだった。

 

 そんな中、最初に口を開いたのはザインだった。

 

「……そういや騎士の兄ちゃんはともかく、アンタの名前聞いてなかったな」

「俺かい? 俺はロッド、ロッド・レオーネってケチな中年さ」

「レオーネ? レオーネだって? おいオッサン、アンタひょっとして……」

「弟が世話になってるらしいねえ。まあ、これからもよろしくしてあげてよ」

「おいおい、話についてけねえぞ。仲間外れにされたみてえで寂しいんだが」

「別に仲間じゃねえだろ」

「おや? 一緒に馬鹿をやらかした仲じゃないか」

 

 彼らもフィクトスの末路に思うところがなかった訳ではない。

 それでも、努めて表に出さぬようにしているのだろう。

 

「折角だ、この後三人で飲みにでも行かねえか?」

「オッサンらの奢りなら良いぜ」

「あー……オジサンは金欠なんだよねえ」

「じゃ、俺の奢りって事にしといてやらぁ!!」

 

 この日を境に世界は変わっていく、だが今の彼らには知るよしもない事だった。


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