TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

36 / 46
第六話(表)籠の中の鳥に自由な羽ばたきは望めぬよ

「「……」」

 

 呼び鈴を鳴らして十数分、二人は門の前に佇んでいた。

 

「……出ないね」

「……うん」

 

 タイミング悪く家を空けていて留守――なんて事はあり得ない。

 リーンの鋭敏な感覚は屋敷の中にある人の気配、もっと言うのなら強者の気配を確かに察知していた。

 つまりはまあ、居留守だ。

 だが、それに屈するつもりは毛頭なかった。

 他人の事情を優先しがちなリーンと言えども譲れないものがあるのだ。

 

「すいませーん!!」

 

 ベルを鳴らす、連続で鳴らす、リズムを刻んで鳴らす。絶え間なく鳴らし続ける。

 殆ど嫌がらせの領域だが、これぐらい強引でなければ顔を合わせる事さえ出来やしない。

 

「HEY!」

 

 ご機嫌なリズムで奏でられる呼び鈴に思わず合いの手を入れてしまうマリー。

 リーンも何だか楽しくなって来たらしく小刻みに身体を揺らし始めた。

 すれ違う人々が何やアイツら……と言う顔をしているがまるで気にならないようだ。

 ちょっと変なテンションになっているのは先程の重苦しい空気を払拭するためなのかもしれない。

 

 そんな二人のソウルが通じたのか、演奏開始から十分後。ひとりでに門が開かれた。

 

「入って来いって事かな?」

「みたいだね」

 

 鉄扉を潜りぬけて玄関の前まで行くと扉が半分だけ開いた。

 隙間から顔を覗かせているのは片眼鏡をかけた七十代手前程の翁。

 彼は一目でそうと分かる程偏屈そうなツラをしていた。

 

「…………何の用じゃ?」

 

 出てけや小僧、小娘、と言う本音を隠そうともしないやぶ睨みの瞳。

 そりゃリーン達の態度にも問題はあるだろうが、そもそもの原因は居留守を使ったこのジジイである。

 

「ルイン・サイファー先生ですね? 始原の魔女について研究を成されているあなたに是非、お聞きしたい事があるのです」

 

 リーンはルインの刺々しい視線をどこ吹く風と受け流し用件を切り込んだ。

 それを聞いた老人は、

 

「ハン!」

 

 嘲るように鼻で笑い飛ばした。

 

「十年前は見向きもせんかったくせに魔女の楔以降、こぞってこう言うのが来おる」

 

 ぶつくさと文句を垂れ始めるルインを見てマリーはこう思った。

 めんどくせえ、ひどくめんどくせえ――と。

 道中で聞いた話で、苦労していたのは分かる。

 理解者も得られぬまま孤独な研究を続けていたのだろう。

 だがこの態度はない、初対面の人間……それも自分よりも何十歳も年下の子供にこの態度はない。

 

「何もタダで話を聞こうと言うつもりはありませんよ。あなたの研究の一助となるかもしれないものを見せる事が出来ます」

「! そいつは……」

 

 さっさと利を示し話を円滑に進めるのがベスト。

 そう判断したリーンが懐から取り出したメモリアに自身の記憶を少しだけ投影して見せた。

 すると、面白い程にルインの表情が変わった。

 

「立ち話も何ですし、中に入れてくれますか?」

「…………ええじゃろ。茶ぐらいは馳走してやるわい」

 

 扉が完全に開かれ、二人は屋内へと招き入れられた。

 

「え? な、何あれ?」

 

 豪華な御屋敷に入ると言うのは初めての経験でマリーはどうにも落ち着かない。

 だが、廊下を進んで行くと更に心を乱すようなものが現れた。

 人間大のデッサン人形が黙々と窓を拭いているのだ。

 

「ああ、あれは多分家事手伝い用に誂えたゴーレムだと思うよ」

「へ、へえ……でも、何であんな……」

 

 もうちょっとマシなデザインがあったのでは?

 そう思うマリーであったが、

 

「求めた仕事をやってくれるなら外見なんぞ些細なものよ」

「えー……」

 

 ルインは興味のある事柄以外には頓着しない性質のようだ。

 

「さて、話を聞かせて貰おうかの」

「分かりました。先ずは名前から名乗らせて頂きますね、僕はリーン。リーン・ジーバス」

「ま、マリー・スペーロです」

 

 客間に通された二人。

 そわそわしているマリーとは対照的にリーンは落ち着き払っていた。

 

「先の記憶を見るに直近で魔女の双騎士――その片割れである”憤怒の黒狼”シンとやり合ったようじゃな」

「……ええ」

「如何なる理由があっての事かえ? いや、それ以前にどう言う関係じゃ?」

 

 メモリアが見せられるのは映像だけで音声は入っていない。

 だが、その映像をほんの少し見ただけでもリーンとシンが浅からぬ仲である事が窺えた。

 ルインの観察眼に舌を巻きつつ、リーンはその疑問に答えを返す。

 

「姉弟です」

「ほう……!」

 

 ルインの瞳に好奇の色が宿る。

 憤怒の黒狼などと言う二つ名がつく程度にはシンの存在は周知されていた。

 だが、その来歴を知る者は少ない。

 片割れの白、あれはまだ竜だから良い。

 だが何故人間を? それも幼い子供の時から傍に置いている? 神器と呼んでも差し支えないアーティファクトを与えている?

 同じ黒髪だが血縁ではないだろう、ならば何故? ――ルインも含め多くの者が疑問に思っていた。

 

「是非とも詳細をお聞かせ願いたいのう。んん?」

「……」

「大丈夫さ」

 

 ルインの無遠慮な視線にマリーは眉をひそめた。

 この人に話しても大丈夫なのか? とリーンに目で問うが彼に隠しだてする気はなかった。

 対価たる情報を貰うために好悪を選べる程、余裕はないのだ。

 

「姉は僕が生まれる以前、店を立て直すため両親に売られた奴隷でした」

「ほう、奴隷とな……つまりお主はある時期までは姉の存在さえ知らんかったと」

「ええ、姉の存在を知ったのは自由を得、報復のために実家を襲撃して来た時でした」

「自由を得た、か」

 

 ルインが顎をしゃくりあげる。

 彼にシンと直接の面識はないが伝え聞く性格からして主人に媚びを売って”枷のある自由”を得た訳ではないだろう。

 となると――――

 

「御察しの通り、姉の何某かが魔女を動かしたのでしょう。

姉の居た商館には同年代の他の奴隷も居たようですが、手を差し伸べられたのは姉だけ。

ルークス・ステラエは姉に何かを感じ、力を与えて自ら檻を破壊する機会をくれてやったんです」

「姉は奴隷商人とそれに侍る者らを皆殺しにし、その足で自分を売り飛ばした両親を殺しに来ました」

「己がおらぬ間に生まれておった弟……よくもまあ、無事じゃったな」

「殺すよりも同じような目にと見逃されただけです。当時の僕は五歳かそこら。どうなるか察しはつくでしょう?」

 

 うむ、とルインが頷く。

 研究者なんて世俗とは疎そうな職業をしているこの老人だが、先にも述べた世知辛い事情により冒険者をやっていた。

 人並み以上に世の汚い部分も知っているのでリーンの言わんとしている事は容易に理解出来た。

 

「運が良かったのでそうはなりませんでしたがね。まあ、そこらは僕個人の事情なのでどうでも良いでしょう」

 

 ルインが知りたいのはあくまで魔女に関する事柄のみ。

 その従者であるシンの事ならばともかく、シンの弟たるリーンが辿った道などに興味はないだろう。

 

「じゃな。しかし、ふむ……成る程、伝え聞く黒狼の嚇怒。

それを育んだのは父母の裏切り、そして奴隷として過ごした劣悪な環境ってところかのう」

「でしょうね。特に後者、僕も直接聞いた訳ではありませんが姉はどうやら六年もの間、商館で調教を受けていたようですからね」

「六年!? 確かにお主らのような人種は貴重じゃろうが……いや、払った金とかけた時間で後には引けなくなったと言う感じか」

「……」

 

 傍で会話を聞いているマリーの表情は苦々しい。

 リーンから既に事情は説明されているものの、内容が内容だ。

 真っ当な善性を持つ者にとっては何度聞かされても慣れず嫌悪を覚えるものでしかなかった。

 

「それだけの期間、調教を受けていた、調教を施す必要があった」

 

 つまり自分は奴隷などではなく一個の人間であると言う自負を捨てなかったと言う事だ。

 

「元々心が強かったんでしょうね。でも、その心の強さは心無い悪意により歪んでしまった」

「生来の強さがゆえ劣悪な環境へ己を追いやり”怒り”を育む時間になった訳じゃな」

「ええ、そして恐らくは……」

「その育んだ怒りが魔女を動かす呼び水となった可能性が高いの」

 

 そこからルインは一人ぶつぶつと呟きながら思索を始めた。

 リーンによって齎された情報は、実に有益なもの。

 これまでに自らが得ていた情報と組み合わされば見えなかったものが幾らも見え始めて来る。

 

「しかし……ふむ、何だってこれだけの情報がわしの下へ入らんかったのか」

「ああ、言い忘れてましたがね。僕と姉の生まれはスペルビアの王都なんです。

そして、殺された奴隷商人と言うのは多数の有力貴族とも付き合いがあったそうで……此処まで言えば察しはつくでしょう?」

 

 かつてスペルビアに存在していた大物奴隷商人コーザ・ノスト。

 有力貴族らにせっつかれた憲兵らが調査し、リーンに辿り着いた結果、下手人がシンである事が露見した。

 しかし、そのシンが魔女の従者である事を知った途端、保身のため彼らは手の平を返した。

 事件記録を揉み消し圧力を以って、時には殺害と言う手段に及んでまで情報を知る者の口を閉ざさせたのだ。

 

「ふぅん……まあええわい。それより続きじゃ続き。

先程、メモリアに映っておった記憶でお主はつい最近黒狼とやり合ったそうじゃが、如何なる理由でかの?

お主が黒狼の望む通りの道を辿っていなかったから殺しに来た――と言う訳ではあるまいて」

 

 もしそうなら十年もの間、放置されているだろうか? 答えは否だ。

 リーンは最早どうでも良い存在だったに違いない。

 何か別の――リーンには関係のない出来事があった。

 そこに首を突っ込んで来たからもののついでに殺しておこう程度のものだったのでは?

 そんなルインの見立てにリーンは苦い顔で頷いた。

 

「……その通りです」

「ふむ、察するに先の戦いに関わっておるのがそこなお嬢ちゃんと言う事かの?」

「ええ――マリーさん」

「う、うん! 分かった。えっと、これに触って思い出せば良いんだよね?」

 

 メモリアを手に取り初めてルークスと出会った時の事を思い返す。

 

 自分達が世話になっていた隊商に襲い掛かった不運。

 仲間を護るためにやった無茶。

 その果てに紡がれた出会い。

 

 最初から最後までを思い返し、余す事なくメモリアに映しだして見せた。

 

「……」

「あ、あの……サイファーさん?」

「続きを頼む」

「え? 続きって?」

「黒狼がお主を襲い、事が終息するまでの仔細を映像と言葉で語って見せてくれい」

「わ、分かりました」

 

 言われるがままシンとの邂逅を思い出す。

 そして記憶にある通りのやり取りを口にしつつ事の顛末まで説明し終えると、ルインは難しい顔で俯いてしまった。

 

「………………んでお主ら、と言うよりは小僧か。小僧はわしに何を聞きたいのかね?」

 

 ようやく口を開いたかと思えばマリーの件にはノータッチ。

 これには流石の彼女も肩透かしを食らったらしく、しぱしぱと目を瞬かせている。

 

「僕の用件に入ってもよろしいので?」

「ご機嫌取りじゃ。お主らとは良い付き合いをすべきと判断したまでの事」

 

 更に言えば何からマリーに尋ねようかと決めあぐねてもいた。

 もっと詳しく知りたいし、彼女が魔女を見てどう思ったのか、何を感じたのか。

 あまりにも衝撃的な事実を知ったため、ルインは考えをまとめる時間が欲しかった。

 ゆっくりと今日知った事を己の中に落とし込み、その上で改めて話を聞くべきだと判断したのだ。

 

「何ならあれじゃ、金を払ってもええぞ。幾ら欲しい? ん?」

「な、何かいかがわしいなぁ。別にお金は良いです。

リーンくんの力になってくれるなら私もサイファーさんに協力しますから……まあ、私が役に立つかは分かりませんけど」

「ほーん、何じゃ? お主らデキとるんか?」

 

 ジジイは若者の恋愛事情にも割と興味津津だった。

 

「デキ……!? 何でそう言う誤解を……違います! 僕と彼女は友達なんです!」

「ま、ええわい。して、お主は何を聞きたいのかね?」

「魔女について知り得る限りの事を教えてください」

「こりゃまた偉く曖昧な。いや、話せぬ事はないがそもそもわしの研究に明確な答えが出た事は少ないぞ」

 

 推論を立ててもその答え合わせが出来ないのだ。

 あくまで断片的な事実から導きだした私見ばかりだとルインは肩を竦める。

 

「それでも構いません」

「ふむ、良かろう。だが何から話したものか……ああそうだな、お主は真なる魔女とは何だと思う?」

 

 曖昧な要求に返されたのはこれまた曖昧な問いだった。

 何だと思う? 分かり易いようで分かり難い問いだ。

 思案顔のリーン、煙に巻かれている訳ではないだろう事は分かるがどう答えたものか。

 

「意思ある天災寄りの自然現象……でしょうか」

「ほう、どうしてそう思った?」

「抗えぬ程大きな力は天然自然が齎すそれにも似ていると思います。ですが、単なる自然現象とは違い魔女には明確な意思がある」

 

 他の魔女の人格について語れる事はない。だって知らないから。

 だが、ルークス・ステラエについてならば僅かばかりは語る事も出来る。

 失望と諦観により倦んではいるが、その本質は恐らく善寄りだろう。

 だからこそ、シンは救われ師であるザインを始めとする勇者らは見逃された。

 

「とは言え、その行いが善なるものかと問われれば……首を傾げてしまう」

 

 確かにルークスは名も無き奴隷の少女を救った。

 だが、その代償として決して少なくはない血が流れた。

 確かにルークスはシンケールスと言う国を救った。

 だが、結果として十数万の命が消えた挙句その後の事件で多くの人々に生涯拭えぬ絶望を刻み付けた。

 恵みを齎すが一方で害も成す。正に天然自然のそれだ。

 害を成された者の中には報いを受けたと言っても良い者も居るが、それとこれとは話が違う。

 

「その時々で一個人を救う事はあれども、本質的には人間の味方でも敵でもない。

いやそもそも敵味方なんて簡単な枠に収まるような小さな存在ではない、人の形をした森羅万象そのもの」

 

 何を基準に動いているかすら不明瞭。

 輝ける人の意思なのか、確かにそれに動かされたと思わしき事例もある。

 だが真にそれを行動原理としているのならば救われた者がもっと居ても良いはずだ。

 それに何よりそれが根本にあるのだとすれば何故、シンは救われた?

 彼女は酌むべき事情はあれども負の想念の塊だ。

 ならば弱者救済? 重ねて言うがそれならば救われた者が少な過ぎる。

 

「言葉で説明されたとしても理解出来るかさえ怪しい」

 

 総じて、その存在は矮小な人間が理解するにはあまりにも膨大(でか)過ぎる。

 

「これが僕の見解です。サイファー先生、あなたは魔女をどう捉えているのです?」

「お主の意見にも頷ける部分はある。抗えぬ程に巨大な力は正に森羅万象のそれじゃて」

 

 じゃが、と言葉を区切りルインは自身の見解を述べた。

 

「小僧、お主は人間の味方でも敵でもないと言うたな?

わしの意見は真逆じゃ。真なる魔女とは人と世界の味方――守護者、或いは調停者だと考えておる」

「それは……大昔にあったと言う混沌の時代を指しての事ですか?」

 

 千年、万年、或いはもっと前か。

 気の遠くなるような大昔の話、人類は滅びに瀕していた。

 あまりにも昔の事ゆえ、正確な記述を示す資料などは残っていなくて殆どお伽噺のようなものになっているが二つだけ。

 どれにも共通している事実がある。

 一つはモンスターの大量発生によって人類の生存圏が極限まで小さくなり滅ぶ一歩手前まで行った事。

 二つ目は始原の魔女を名乗る者らによって齎された現代で言う冒険者システムのお陰で滅びを免れた事。

 

 ルークスを調べる中で、リーンも当然それら知識は仕入れていたが、

 

「ですが、あれは本当に人類のためなんでしょうか?」

 

 人類を存続させたいから力を与えたとはどうしても思えない。

 純粋に人類を守護したいのであれば始原の魔女らがモンスターを滅ぼしてしまえば良かった。

 時すら操るルークスの力を見るに魔女達だけ――いやさ、魔女一人だけでもやれたはずだ。

 だがそうはならなかった、人類は自らの手で滅びを覆した。

 そしてモンスターは今を以ってしても存在している。

 

「その後の事を鑑みても、僕には気紛れだったとしか思えません」

 

 人類が自らの存続を確かなものにした後の事である。

 ある程度の復興が進むと、今度は人間同士の戦争が始まった。

 まだ魔女達の力が色濃く残っていたので、誰もが簡単に戦士となる事が出来た。

 そのせいで戦争は人類が滅びに瀕する以前のそれと比べ物にならない程激化し夥しい程の血が大地に流れたのだ。

 それこそ、またしても滅びがチラつく程に。

 

「魔女に戦争を止めろとでも?」

「そこまでは言いませんが……」

 

 ある程度の安定を取り戻したところでシステムを劣化させるとかは出来たはずだ。

 現に今では力を得るために便利なシステムではあるが、大昔のように誰もが戦う力を手に出来る程の利便性はなくなっている。

 

「いや、でも……そうかもしれません。始原の魔女らが人類を統治していれば恒久的な平和が実現出来たんじゃないでしょうか?」

 

 あの国が強い、この国が弱い、優劣がつくから国家間の争いが起きてしまう。

 個人の間で相争う分にはまあ、人の性ゆえ致し方ないのかもしれない。

 だが国同士の戦争は違う。

 圧倒的な力を以って総てを支配する誰かが居れば戦争など起きようはずもない

 

「人と世界を守護すると言うのであれば魔女による統治が最善ではないでしょうか?」

 

 しかし現実は違う。

 歴史を紐解けばうんざりするぐらいに戦争が起きている。

 そして、魔女は何もしなかった。

 それどころか掟とやらのために国を、酷い時は大陸を丸ごと消し去ったりもしていた。

 

「第一、味方だと言うのであれば何故魔女は絶対の禁忌で在らねばならないのです?」

 

 魔女を騙った者だけを殺すのならばまあ、納得出来なくもない。

 だが無関係の人間を巻き込み絶望を世界に拡散する必要がどこにある?

 そんな指摘にルインはその言葉が聞きたかったとばかりに笑みを浮かべた。

 

「そう、そこじゃよ。わしも以前は差異はそれなりにあるがお主と似通った捉え方をしておった」

 

 とは言えその仮説にも拭えない違和感があった。

 それを解消したのが、

 

「じゃが十年前の事件で真なる魔女ルークス・ステラエから魔女の掟なる存在が語られ認識が変わった」

 

 それは長年魔女について研究していたと言うだけでなくルイン自身が魔道の徒であったと言うのもあるだろう。

 

「フィクトス・アーデルハイドは何百年に一人の逸材よ。

限りなく高みへ近付いた人間だと言っても過言ではない。

千年に一人、万年に一人の逸材であっても同じ。

そりゃあフィクトスより強くはなるじゃろうが時にさえ手をかける程の非常識は体現出来ん」

 

 どれだけ才があっても到達出来る限界は同じ。

 才能の差が生じるのはそこに至るまでの時間程度のものだ。

 

「じゃが、ルークス・ステラエは違った。

十年前の事件で師についても軽く言及しとるそうではないか」

 

 つまりは最初は只人で、そこから神域へ至ったと言う事に他ならない。

 勿論、神域へと至るためには才能が最低条件なのだろう。

 それも百年千年では足りぬ程の。

 ひょっとしたら”人間”ルークス・ステラエは億年に一人の才能の持ち主であったのかもしれない。

 尋常ならざる才に加えて執念があった――だがそれだけではまだ足りない、届かない。

 

「始祖たる始原の魔女がどうやってそこに至ったのかについては置いておくとしてじゃ。

まず間違いなく神域へと至るためには先達たる真なる魔女の導きが必要不可欠。

才と執念を持ち合わせた者だけが、その導きを経て真なる魔女へと至る可能性を秘めているとわしは推測しておる」

 

 これはそう的外れな推測ではないと言う自信があった。

 神域へと至る最後のピースはもう先達の導きぐらいしか考えられない。

 

「さあ、そうすると気にならんかの?」

「何がでしょうか?」

「”目指そうと思う事にすら忌避を覚える”、”そもそも目指そうなどと考え付かぬ”と言う魔女の言じゃて」

 

 真なる魔女の導きなくして辿り着けぬのならば何を思おうと自由だろう。

 プライドを守るため? 馬鹿な、結局至れぬのなら気にするまでもない。

 そもそも伝え聞くルークスの人柄からして傲慢ではあるものの、そこらを気にするとは思えない。

 実際、当人もプライド云々については否定している。

 

「魔女自身にはなーんの益もない。ならば、何のためにそんな掟がある? 誰のために?」

「人類のため、だと言うんですか? だとしても……」

「のう小僧。あるところに裕福な家庭で生まれ何不自由なく育った子供がおるとしよう」

「は? はぁ」

「親の家業を継げば将来も安泰。本人も乗り気――さあ、親はそんな子供に冒険者になって欲しいと思うかね?」

 

 真っ当な良識を持つ者ならばそのまま育って欲しいと思うだろう。

 あれやこれやと耳触りの良い冒険譚を聞かせて憧れを誘発する者が居れば先ず間違いなくそいつは悪意ある人間だ。

 

「それは……」

「似たようなものじゃとわしは考えておる。もっとも、魔女の場合は随分手の込んだ事をしておるからな」

 

 放置しておけば個人ではなく人類全体に禍が及ぶ可能性が高いのでは?

 ルインは自身が立てた推論にかなりの自信を持っていた。

 

「ついでじゃ、先の疑問にもわしなりの見解を述べるとしよう。

混沌の時代において魔女が直接手を出さなかった事、その後の戦争に介入しなかった事。

それはひとえに人の在り方を尊重したからではなかろうか」

「人の在り方……?」

 

 ルインの言葉に反応したのはマリーだった。

 何か思うところがあるのか、これまで以上に真剣な顔をしている。

 

「善か悪かその行いによって返って来る報いに違いはあるじゃろう。

さりとて、己が命は誰のものでもない――――己がものよ。誰に生き方を定められる筋合いもない」

 

 人は人が思う以上に自由なのだ。

 自由で在るべきなのだ。

 自由であるがゆえに過ちを犯す事もある、しかしそれを省みる事も出来るのが人間だ。

 険しい道のりだ、苦しい歩みになるだろう。

 それでも、それこそが人の強さで人の美しさなのではなかろうか。

 

「人ならざる場所に至ってしまった魔女が管理する世界に人間の輝きは生まれるかね?」

 

 魔女の統治と、人間の王の統治では随分と違う。

 前者はどんな統治をしようとも人は抗えない。

 後者はどんな暴君であろうともそれに逆らい国を打ち倒す自由がある。

 

「籠の中の鳥に自由な羽ばたきは望めぬよ」

 

 ルインは人付き合いが得意ではないし、好んでいる訳でもない。

 だが人間を嫌っている訳でもなければ絶望もしていない。

 美徳悪徳を理解し、在るがままに受け止めている。

 

「だからこそ真なる魔女は最低限の干渉しか行わぬのではないか?」

 

 本当はその最低限でさえしたくないのではないか?

 だが、そうせねば本当に何もかもが途絶えてしまうからやっているのでは?

 良い方向に考え過ぎなのかもしれない。

 しかし、長年の研究を振り返り魔女の行動原理について説明するならこの結論が一番しっくり来るのだ。

 

「ふぅ」

 

 持論を語り終えたルインは渇いた喉を潤すべくカップを傾けている。

 一方のマリーとリーンは思うところがあるのか黙り込んだままだ。

 

「まあ、何じゃ。もう日も暮れて来た。わしにもお主らにも色々と考える時間が必要じゃろう。

また日を改めて訪ねて来るとええ。しばらくは遠出の予定も入っておらんからの」

「そう、ですね。今日は貴重なお時間を頂き、本当にありがとうございました」

「あ、ありがとうございました!」

 

 立ち上がったリーンが深々と頭を下げるとマリーもまた慌てて頭を下げる。

 二人のどこか心ここにあらずな表情。ルインが言うようにしばらくは考える時間が必要なのだろう。

 

「それじゃあ……帰ろうか」

「……うん」


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。