TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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第六話(裏)違うのよ

 人であれ虫であれ、大小問わず命を奪った際は魂に”澱み”が生じるものだ。

 それは気質などは関係ない。

 殺人に対してまるで忌避感や罪悪感を覚えない悪人やサイコパスなども例外ではない。

 その類の人間であっても壊れているのは所詮、表層部分だけ。

 命を奪ったと言う事実が齎す”痛み”を深層で覚え、その痛みが魂を澱ませるのだ。

 いや、表層だけであってもハタ迷惑だし改心する可能性も殆どないのだが。

 これは別に救いようのない人間など居ないなんて綺麗な理屈ではない。

 

 単純に人間が――いやさ、命ある者がそう言う構造になっているだけの話。

 

 だが稀に、存在するのだ。

 十年に一人とか百年に一人とか、そう言うレベルでは括り切れない。

 真っ当な人間として極点へ限りなく近づいたフィクトスよりもある意味で稀かもしれないが、存在するのだ。

 逃れ得ぬ宿業を引き千切ってしまう人間が。

 初期不良、生まれながらの欠陥品……と言う訳ではない。その在り方によって形が変わってしまうのだ。

 

 深浅の区別なぞまるでなく完全なる地続き。

 生粋の悪か生粋の善、人がましい”灰色”を許容せぬ到達者。

 前者はまだ分かり易いだろう。完成した純粋悪であるがゆえに命を踏み躙る事に痛痒を覚えない。

 では後者は何だろうか? 生粋の善、完全なる善意で命を奪える人間だ。

 いや、命を奪うと言う表現すらその手の人間にとっては正確ではないのかもしれない。

 正鵠を射ているかは分からないが、それらしい表現を使うのであれば――――

 

 抱きしめる、だろうか?

 

 慈愛と憐憫を以ってその命を抱擁し終わらせる。

 自らを構築する法則(ルール)に添い生より救い上げた結果が死に繋がるのだ。

 勿論、善である以上は基本的には誰の生をも望むのだろう。

 だが自らの法則によって生死の天秤が傾いた時に、それは途端に殺さぬ事が悪となる。

 

 とは言え、知識はあっても実際にそう言う人間と出会った事もなければ見かけた事もなかった……んだけどなぁ。

 

「? どうかしまして」

 

 馬を駆り隣を走るティナが不思議そうに首を傾げる。

 

「……別に」

 

 出会ってしまった、殺人聖女に。

 コイツは死を待つだけの、それでも尚、最後まで空を目指し足掻こうとしていた気高き小さな命を躊躇なく刈り取った。

 癒し掬い上げるでもなく看取るでも介錯するでもなく殺したのだ。完全なる善意を以って。

 だがその魂に一切の澱みはない――初見で何かキナ臭いとは思ってたんだよ。

 だがまあ、深く考えるのも億劫だったから努めて見ない振りをして来た。

 しかし、先の出来事を間近で見せ付けられては最早言い訳のしようもない。

 

「(ゲロ吐きそうだわ)」

 

 長い目で見ればここで殺っちまった方が世のため人のため悪の野望を打ち砕くダイター……じゃなくて、世のためだと思う。

 ただ、性質の悪い事に短期的に見ればそうではない。

 今ここでコレが死ねばこの国を途轍もない混乱が襲うだろう。

 更に言えば現状では、その性による明確な害が発生していないんだよな。

 

「(実に性質が悪い)」

 

 純粋悪はまだ良い……いや、世の皆さま方にとっちゃ良くねえか。

 だが、誰にとっても明白な悪をやらかしてくれるからさっさと排除されてしまう。

 よっぽどの強さがなければ”多”に排斥されるのが関の山。

 だが、この殺人聖女様は違う。

 

「(あまりにも見え難いんだよ)」

 

 危険な性を備えていても、それが発露する場がなければ誰の目にも映らない。

 むしろ平時では普通に明白な善行を積み上げているのだ。

 純粋なる善であっても自分を構築する法則が”このような醜い世界で生きる事こそ悪、死こそ救い”――みたいな感じならまだ良い。

 しかし、殺人聖女様は違う。

 普遍的な善に大部分が重なりながらも決定的に違う”ズレ”を持っているから兎に角見え難い。

 

「(ああ、本当に性質が悪い)」

 

 大事な事だから二度言うぞ。

 いやまあ、さっきの世のため人のためってのは嘘だけどさ。

 そもそも俺がそんな事を言えた義理じゃないし。

 だが、ここで殺っちまいたいと言うのは本音だ。生理的に無理なんだよ。

 

「(クッソ! 何でこうなったんだか……)」

 

 折角さー、ニートの俺がやる気を出して働きに出たのにさー。

 何で俺に気持ち良く労働をさせねぇんだ!!

 ……うん、自業自得やな。

 冒険者っぽくパーティ組んでみるのも悪くないんじゃなくって? などと考えコイツの同行を許可したの俺だし。

 

「ところでルーナさん。ルーナさんはどちらからいらしたので?」

「それがあなたに関係あるの?」

「い、いえ……それは、ありませんけど……」

 

 ちらちら俺を見るな。

 

「と言うか何でそんな事を聞くの?」

「……その、こう言っては失礼かもしれませんが」

 

 そう前置きしティナは私見を述べた。

 

「ルーナさんは行く場所も、帰る場所も持たない……そんな悲しい放浪者のように感じましたの」

 

 まあ、当たらずとも遠からずだ。

 悲しくも何ともないが、俺はどこかを目指している訳でもなければ生まれた場所もとうの昔に滅び去っている。

 滅ぶと言ってもあの村に悲劇が舞い込んだとかではなく過疎化でそうなっただけだが。

 しかし、帰る場所ならある。師匠と過ごしたあの家が俺の帰る場所だ。

 

「(……いや、違うかな。もう、あそこに師匠は居ない訳だし)」

 

 あの家が確かに心安らぐ事は事実だ。

 しかし、迎えてくれる者は誰も居ない。真の意味での帰る場所ではなくなったとも言えるだろう。

 ならば放浪者と言うのも、あながち間違いではないのかも。

 

「ですが、それは悲し過ぎますわ」

 

 悲しげに目を伏せるティナ、彼女は純粋に俺の事を想ってくれている。

 出会って数時間の相手にここまで心を砕けると言うのは凄い事だ。

 並の人間であればこの時点でティナに惹かれ始めてしまうだろう。

 そうして蜘蛛の糸に囚われ……ああ、本当に性質が悪い。

 

「目指す場所が見つからぬのはまだ良い。

ですが、心が帰る場所を持たぬ事はあまりにも辛過ぎましてよ」

 

 まあ、人間にそう言う場所が必要だってのには同意しよう。

 寄る辺を持たずして生きていくには人間はあまりにも弱過ぎる。

 

「だから、もしもルーナさんがこの国に留まってしばらく活動を続けるなら……少し、考えて欲しいなと思ったんですの」

「…………アケディアに腰を落ち着けるかどうかを?」

「ええ。まあ、祖国贔屓と言われればそれまでですがアケディアはどの国にも負けない素敵な国ですもの」

 

 ティナは笑顔で胸を張った――そういやコイツ、乳でけえな。

 何か自分の除けばペッタンコなのばっか見て来たからちょっと新鮮だわ。

 

「言わずと知れた首都ルクトゥ、中央からは離れますが葡萄酒が名産の山間にある街ウィティウム」

 

 ティナは柔らかな笑顔でつらつらと街の名を美点と共に挙げていく。

 

「アケディアの何処に行っても、必ずルーナさんを温かく迎え入れてくれますわ」

「誰がどう思うかなんて他人には分からないものなのに随分と確信があるような言い方じゃない」

 

 この国の民を上から下まで心底信じ切っていると言うのもあるのだろう。

 だから断言出来るのだと本性を知っている俺には分かる。

 だが普通はこの短時間でそこまで見抜けまい。

 ゆえにロールがてらちょっとからかってやろうと思う。

 

「ひょっとしてあなた偉い人? 国の意思決定にすら携われる程の」

「え゛!? い、いえ……そんな事は……わたくしは一介の冒険者でしてよ。ええはい」

「そうなの? 偉い人間だから断言したのだと思ったわ。上がこうと決めたら下の人間は逆らえない訳だし」

「や、やですわ。わたくしはただ、同じ国に住まう善き隣人の方々を信じ切っているだけですわ」

「ふぅん」

「と、ところでルーナさん? ルーナさんの好きな食べ物は何かしら? わたくしはベリーのタルトが大好物でして……」

「(雑な話題転換だな)」

 

 その後は特に踏み込んだ話をする事もなく普通にルクトゥへと帰還した。

 いよいよお待ちかねのお給料である。

 

「それでは、こちらが報酬になります」

「ありがと(何でギルドの受付って綺麗なお姉さんばっかなんだろ?)」

 

 どうでも良い事を気にしつつずっしりと重みのある袋を受け取る。

 ニコニコ現金一括払いってのはたまりませんねえ。

 いや、にしても久しぶり……実に久しぶりだ、労働の対価として金銭を得るのは。

 

「(悪くない気分だ)」

 

 おいそこ、働いてねえだろ。殆ど遊んでただろとか言わない。

 しましたー、冒険者としてちゃーんと仕事しましたー。

 金を貰って内心小躍りしている俺の横ではティナが持ち帰った遺品をギルドの人間に渡していた。

 

「これは……氏の。こちらの短剣は……」

「はい、はい。しかとご遺族の方にお届けしますね」

 

 身分証みたいなのが残ってる奴も居たが、それは稀な事例だ。

 だと言うのにティナは淀みなく誰の遺品であるかを伝えている。

 持ち物だけで誰の物か分かるのか? 分かるんだろうな。

 

「(ま、あてくしには関係のない事ですわ)」

 

 それより金が入ったんだ、使わなきゃな。

 この世界にオタグッズはねえからな、漫画もアニメもゲームもウ=ス異本も買えやしない。

 依頼に出る前はここで一杯ひっかけるのも悪くねえかなと思ったが……腹が減った。甘い物が食べたい。

 

「(そうだ、久しぶりにスペルビアに行ってみるか)」

 

 俺の人生において二番目に美味しかったあのパンケーキを出してくれた茶店に行こう。

 ああでも、結構な歳だったからな。あのマスター、生きてても店畳んでるかも。

 いや、とりあえず行ってみるか。

 などと楽しく金の使い道を考えてると、

 

「ルーナさん! お待ちになって!」

 

 ギルドを出る直前でティナに引き止められてしまった。

 

「…………何? もう依頼は終わったでしょ?」

「ええ、そうですけど……その、よろしければこの後、食事でも如何?」

「結構よ――ん? やけに外が騒がしいわね」

 

 喧嘩か? いや、賑わいの質が違うな。

 見れば酒を飲んでた冒険者連中も嬉しそうな顔で外に出て行くし。

 

「ああ、勇者様の凱旋でしょう」

「勇者様?」

「終盾騎士団団長、ダンテ・マルティーニ様が遠征から御帰還なされたのですわ」

「(ダンテねえ……ん? あれ? ダンテ?)」

「折角ですわ、わたくし達も御出迎えに参りましょう」

「あ、ちょっと!」

 

 嬉しそうなティナに手を引かれ外へと連れ出される。

 いや、止めろって。マズイって。

 アイツ俺の事知ってんだぞ、二千歳のババアだって知ってんだぞ。

 二千歳のババアがええ歳こいてティーンの振りして冒険者やってるとかバレたらハズいだろうが!!

 

「(いや、でも気付かないか)」

 

 凱旋の邪魔をせぬよう人々は道の両端に寄っているが……凄い人だかりだ。

 この中で俺を見つけるのは容易じゃないし、見つけたとしても気付けないんじゃないか?

 

「(そうだよ、よくよく考えれば俺の事知ってても今の俺を見てルークスとか言う美魔女だとは気付かんだろ)」

 

 面影あるっつっても美魔女のルークス様がわざわざティーンの振りして市井に紛れこんでるとは思わんだろ。

 大体、十年も会ってないんだし向こうから連絡して来る事もなかったんだ。

 ぶっちゃけもう、俺の事はどうでも良いと思ってるんじゃねえか?

 忘れ去るのは不可能だとしても頭の片隅にでも追いやってる可能性が高い。

 んな奴に気付けるとは……とてもとても。

 

「(なら良いか)」

 

 遠目であろうとも久しぶりに顔を拝むのも悪くはない。

 パンケーキはダンテの壮健な姿を見てからでも遅くはないだろ。

 

 ――――なんて考えてた俺がバカだった。

 

「……」

「団長、どうなされたのです? 急に止まられて」

「団長! 何やってんだよ団長!」

「オイ今の誰だ、何でそんな気安いんだオイ」

「道の往来で、止まるんじゃねえぞ……」

「オイだから誰だ、何で仮にも上司に向かってんな口利いてんだオイ」

 

 何だよ、結構気付くんじゃねえか……じゃねえ!

 馬上でこちらをガン見しているダンテの何か言いたげな顔。

 嘘だろマジかよ気付いたのかよ――――焦らず騒がず俺は時を停めた。

 

「違うのよ」

「いや、こんなくっだらねえ事で時間停めてんじゃねえよ」

 

 ご尤も!

 

「つか……え? 何? アンタ何やってんだ? 何その姿?」

 

 引いてる引いてるぅ! ちょっとは隠せよ傷付くだろ!?

 

「違うのよ」

 

 つかお前、良い歳の取り方してんな。

 チンピラ風味の兄ちゃんが、今じゃ野性味溢れるダンディになってやがる。

 地位に相応しい防具やマントを着けてはいるが下品な華美さは皆無。

 上等な代物に着られているような感じでもなく、バッチリ着こなしている。

 

「違うの、変な趣味とかそう言うアレじゃないわ。これはあくまで必要な偽装なの」

「いや、認識阻害でどうとでもなるだろ……姿形まで変える必要皆無だろ……」

「私は形から入るタイプなのよ」

「いや、にしても女の子の姿って……男とかならまだしも、十代前半の少女になる必要はどっこにもねえ気が……」

「細かい事を気にする男ね。そんなだと大成しないわよ」

「いや、これでもこの国じゃ結構偉いんだけど……」

 

 ああ言えばこう言う。

 ダンテくんはさぁ、何時からそんなくだらない野郎になっちゃったの?

 昔は違ったよね? もっと良い男だったよね? がっかりだー、がっかりなんだー。

 

「と言うか、あなたこそ何をやっているのかしら?」

「あ?」

「気付いていない、とは言わせないわよ」

 

 見下ろされているの癪だったので浮かび上がり視線を周囲に走らせる。

 それだけでダンテも俺が何を言いたいのか分かったようで渋い顔になった。

 

「ある意味で、どの国よりも性質が悪いわ。

何? 私が知らないだけで実はあなたもこんな趣味の悪い鳥籠が好みだったのかしら?」

「……」

「それとも、悪いのは女の趣味?」

 

 時間の牢獄に囚われ静止しているティナを見やる。

 奴は認識阻害のアーティファクトを装備しているがダンテには通じない。

 正しくその正体を認識しているはずだ。

 俺のように魂の澱み云々の知識はなくても接する機会から考えてその異常性ぐらいは看破出来ているだろう。

 アレと並び立てる”我”を持っていなければ流れ流され十年経っても気付く事はあるまい。

 気付かぬままに染め上げられて自分が変わった事にすら気付けやしない。だが、ダンテは違うだろう。

 コイツが獲得した”己”はティナ程度に塗り潰されるようなものではない。

 

「…………色々あるのさ、俺にもな」

 

 困ったように笑うその顔を見て、俺は安堵を覚えた。

 どうやら堕落してしまった訳ではないらしい。

 詳しくは分からないが、色々と葛藤を抱えているようだ。

 

「そう」

 

 ならば俺がこれ以上何かを言う必要もあるまい。

 

「私はそろそろこの国を出るわ」

「そうかい? まあ、そうだろうな。アンタにとっちゃ酷く気に障るだろうし」

 

 奴も俺を引き止める気はないようだ。

 まあ、引き止めたところで話すような話題もないだろうし当然と言えば当然か。

 互いに気になる事はあっても互いに触れて欲しくはない話題だからな。

 

「精々、後悔しないように生きると良いわ」

「ああ、アンタもな」

 

 背を向ける俺だが、

 

「…………いやでも、やっぱアレはねえわ。歳考えろよ」

 

 おい、聞こえてっぞ十歳児!!


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