TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

39 / 46
二話投稿ですので、見ていない方は前話からごらんください


第七話(表)君らをここで全裸にして帰宅させる方がよっぽど価値があると思わないかい?

 アワリティア連邦に属する遊興国家ソドム。

 その大都市にある会員制の冒険者専用高級Barバッカスの一室に、シンとポチは居た。

 

「ははは、悪いなPくんよォ、テメェの快進撃もここまでだぜ!」

「最後の最後で、お前は負けるのさ」

「炎の逆転ファイターとはこのおれちゃんの事を言うのよ!」

 

 ポチは薄暗い室内の一角でパンツ一丁の男達とポーカーに興じていた。

 ちなみにPと言うのは世を忍ぶ仮の名前である。

 

「御託は良いからほら、さっさとカード出しなよ」

 

 背の高い椅子の上で足をブラつかせながら先を促す。

 まんま子供っぽい仕草だが、実年齢は後期高齢者を優に超える終末高齢者である。

 

「フラッシュ!」

「フォーカード!!」

「ストレェエエエエトフラァアアアアアアアアアッシュ!!!」

 

 男達がドヤ顔でカードをテーブルに叩きつけていく。

 別にこれはチーム戦でも何でもないのだが、ポチの一人勝ちが続き気付けばこんな形になっていたのだ。

 ポチは示された役を見渡し、うんうんと頷く。

 

「成る程成る程――――で、それだけかな?」

「「「なん……だと……?」」」

 

 ピッ! と指で弾かれたカードが宙を舞いヒラリヒラリと時間差で落ちていく。

 キング、キング、キング、キング――そして、ジョーカー。

 道化師が嗤い、男達が慄く。

 

「はい、ファイブカード。お疲れ様ー」

 

 大ジョッキになみなみと注がれた麦酒を呷りつつの勝利宣言であった。

 だが、納得がいかない男達が抗議の声を上げる。

 

「おかしくね!? おかしくね!? さっきから手役おかしくねえかテメェ!?」

「何で最低でもストレートとかフラッシュなんだよ! ブタはおろかツーペアすら見た事ねえぞ!!」

「イカサマよ! この子ったらイカサマしてるわ!」

「カード用意したのは君らで配ってんのも君らじゃないか。一体何時何処で仕込めるって言うのさ」

 

 もしもこれがルークスなら時間停止と言う反則技でイカサマもやりたい放題だろう。

 凍り付いた時間の中を認識出来るのはルークスだけなので立証も不可能だ。

 だがポチには当然、そんな技は使えない。

 技術を身につけ繊細さが増したと言っても時停めなんてものは使えやしない。

 つまりは純粋な幸運だ。

 

「「「う……そ、それは……」」」

 

 冒険者――いや、人の社会に紛れる中でこの手のお遊びにも色々手を出していた。

 人間の営みは色々と複雑で付き合いと言うものがあるのだ。

 しかし、不思議と一度たりとて負けた事はなかった。

 別段意識した訳ではないのに、だ。テキトーにやっているだけでも何故か勝利してしまう。

 

「悪いね、君ら(人間)とは幸運の総量が違うらしい」

 

 ポチは幸運の高さを自分の種族に起因するものだと考えているらしい。

 気位の高さは結構な事だが、竜と幸運は別に何ら関係性はないだろう。

 ちなみに、シンがこの手のゲームをやると必ず負ける。

 悲しい程に運がないのだ。え? 嘘だろ? 冗談じゃないの? ってぐらいに運がない。

 

「ま、それはさておきこれでゲームセットだ。君達、分かってるね?」

「「「……」」」

 

 男達が視線を逸らしながらテーブルの上に金貨を乗せる。

 一般人からすれば数ヶ月毎日必死に働いてと言った目が飛び出るような金額だが、

 

「違うだろう?」

 

 ポチの目的はそうではなかった。

 そもそもこれは金銭を賭けて始めたゲームではないのだ。

 ニコヤカな顔で契約の履行を迫るポチに男達がだらだらと冷や汗を流す。

 

「……待て、落ち着けPくん。俺達を見てくれ、コイツをどう思う?」

 

 殆どゴリラみてえなツラと肉体を持つ巨漢。

 殆どゴリラみてえなツラとゴリラにしてはマッスルが足りてない肉体を持つ巨漢。

 殆どゴリラみてえな肉体と犯罪者みてえなツラをした巨漢。

 卓を囲むメンバーの中でポチだけがあまりにも異質だった。

 

「こ、これが女とかならまだ分かるぜ? だけど……」

「良いから脱ぎなよ」

 

 そう、これは脱衣ポーカーだった。

 ゴリラ三兄弟はノーマルな性癖をしていたが、それはそれとして男の娘にもちょっとした興味があった。

 ポチを剥いて恥ずかしそうにしている姿を妄想し、興が乗ったので脱衣ポーカーに誘ったのだ。

 

「で、でも!」

「脱げよ」

 

 だが結果はこの通り。

 ポチは靴下一枚脱ぐ事なく、勝利を積み重ねてゴリラ三兄弟を崖っぷちへと追い詰めた。

 追い詰めて今にもそのケツを蹴り飛ばして叩き落とそうとしている。

 

「…………分かった、これの倍払おう」

「嫌だ」

「な、何でだよ!?」

「僕は生まれてこの方、金のために勝負をした事は一度たりとてない」

「クッソ! 何かカッコ良いけどムサイオッサンのパンツ脱がそうとしてんの忘れんなよ!?」

 

 などと言う抗議は当然スル―。

 

「僕は君達から尊厳や誇りと言ったものを巻き上げたくて勝負に乗ったんだ」

「やだ、真顔で何て事言ってるのかしらこの可愛子ちゃん!?」

「大体君らから金巻き上げたところで大した痛手でもないでしょ?」

 

 会員制の酒場に入れて、パン一になっても追い出されない時点でゴリラ三兄弟が上客である事は明白だ。

 会員になれる時点で一定の実力は担保されていると言っても過言ではない。

 そんな彼らが例え全財産を吐き出したとしても、また稼げば良いだけの話だ。

 

「君らをここで全裸にして帰宅させる方がよっぽど価値があると思わないかい?」

「「「思わねえよ!!」」」

「まあ君らの価値観はともかくとして、だ。さっさと脱げ」

「「「う、くぅ……!」」」

 

 恥辱に震える女騎士のようなツラでゴリラ三兄弟は最後のモラルを取り払った。

 カウンターには女バーテンダーが居るのだが、伊達にこんな酒場で従業員をしていない。

 冷静に男達の逸物を品評していた。

 そしてそれがゴリラ三兄弟の恥辱を更に煽り立てるのであった。

 

「あ、お姉さん。おかわり。ついでにおつまみにチーズも食べたいかな」

「かしこまりました」

 

 麦酒のおかわりをテーブルに運び奥へと引っ込んで行ったバーテンダー。

 戻って来る頃には大量のおつまみがその両手に乗っていた。

 

「あれ? 僕チーズ以外は頼んでないよ?」

「こちら、サービスとなっております」

「わぁ! ありがと、お姉さん♪」

 

 ポチは無邪気な笑顔を浮かべ感謝を告げた。

 

「……い、いえ。それでは」

 

 ポチに背を向けてカウンターに戻って行くバーテンダー。

 どうでも良い情報を告げるが彼女はショタコンである。

 なので今、割と引くレベルでニヤケ顔をしているのだが……まあ、ホントにどうでも良い話だ。

 

「(しかし、まだ依頼人は来ないのかな……)」

 

 シンとポチがこの酒場に居るのは私事ではなく仕事だ。

 アワリティアで活動をしていく内に功績が認められあちこちにある会員制の酒場に入る権利も得たが、さして興味はない。

 こんなところで遊ぶよりも家で――もっと言えばルークスの傍に居る方が何十倍も幸福だからだ。

 

「(ったく、僕を待たせるなんて良い度胸してるよ)」

 

 二人がソドムに来たのは昨日の朝。

 早速ギルドに向かいダンジョンの探索とだけ書かれた刺激的な香りをする依頼を発見した。

 難度が高く、尚且つ説明が簡素なものは危険な依頼である可能性が高い。

 これは楽しめそうだと喜び勇んで依頼を受諾したは良いものの、直ぐに現場へ向かえる訳ではなかった。

 詳細は依頼人から直に、と受け付けで言い渡されたのだ。

 指定された日時と場所を遵守し、依頼人を待っているのだが……待ち人は未だ顔を見せず。

 

「(もう一戦やるかな)ねえ、もうワンゲームしてみないかい?」

「はぁ!? こ、これ以上俺達から何を巻き上げようってんだ!? ケツの穴か!?」

「んな訳ないでしょ。僕にそんな趣味はない」

「じゃ、じゃあ何を……」

「そうだね、今度僕が勝ったらぁ」

 

 キラキラと輝く笑顔でポチはこう言ってのけた。

 

「――――二ヶ月間パンツ着用禁止ね」

「「「はぁ!?」」」

 

 この下半身へと注がれる情熱は一体何なのか。

 

「お、おい……おい! そんな事をして何の意味があるってんだ!?」

「ん? いや、服は着れるのにパンツだけ穿けないってこれ中々キツイかなーって」

 

 ノーパン原理主義者でもない限り、割と堪えるだろう。

 一日二日ならともかく、二ヶ月間だ。二ヶ月間もノーパンで過ごせとか割と正気ではない。

 

「馬鹿が! んな勝負受けるかよ!!」

「良いの? 僕が負けた場合は何でもしてあげるつもりだったんだけど」

 

 可愛らしく小首を傾げる仕草に男達の頬がほんのり赤く染まる。

 ちなみにバーテンダーは何を妄想したのか、鼻を押さえながら俯いていた。

 

「い、いや待て! そんな甘言に乗るんじゃあない!!」

「じゃあこんなのはどうかな? 今度は僕、カードをチェンジしない。最初に配られたカードだけで勝負するよ」

「「「……」」」

「ね、しよ? オ・ネ・ガ・イ♪」

「「「やぁあああああああああああってやるぜ!!!!」」」

 

 人外の癖に下手な人間よりよっぽど人間社会に馴染んでいるドラゴン。

 では、生粋の人間たる相方はどうなのか?

 

「……」

 

 シンの方はソファーに大股開きで踏ん反り返り、不機嫌なツラで葡萄酒の瓶を呷っていた。

 ドラゴンよりもコミュ能力が低いとか言ってはいけない。

 成長したのは身体だけですね、ああでも胸は成長してないか(笑)とも言ってはいけない。

 

 ともあれ、シンが不機嫌な理由――それはマリー・スペーロにあった。

 

 ルークスの言葉なき赦しを得た事で精神的な安定は取り戻した。

 今のところ、マリーを再び殺そうとも思っていない。

 だが、それはそれとしてルークスの事を抜きにしてもマリーが気に喰わない存在である事は確かだった。

 見ているだけだけ無性に癪に障るのだ。

 

「(……現実知らねえ甘っちょろい物言いが苛つくのかな?)」

 

 半分正解で半分外れと言ったところか。

 シンもマリーも、当人達は気付いていないがこの二人は根っこの部分でかなり似通っている。

 

”怒っているのは、憎んでいるのは、一個人ではなく非道が罷り通る世界そのものか”

 

 かつてルークスはシンの抱える怒りについてそう評した。

 マリーはあの夜、例外であるべき悲劇を当然のように語ったシンに激怒した。

 だが、シンもまた形は違えども例外が罷り通る世界の歪な形に怒りを抱いている。

 自覚がないのは己の怒りの形を正しく把握出来ていないからだ。

 そして自覚していないからこそ、言い返す事が出来なかった。

 

 もっとも、自覚したとしても二人の道が重なるとも限らないが。

 

 その怒りは何をも灼き尽くす炎のそれだ。

 世界自体がどうしようもなく歪んでいるのならばいっそ総てを灰燼に還せば良い。

 ルークスと言う枷のないシンであればその結論に達する可能性が高い――いや、確実にそうなるだろう。

 まあ、ルークスが傍に居る限りは怒りの形を自覚してもそうはならないだろうが。

 愛するルークスは自分以上に深い絶望を抱いているのに何もしていないのだ。

 だと言うのに自分程度が事を起こすなぞ愚の骨頂だと自制するだろう。

 

「(っとに、何なんだよアイツは……!)」

 

 同族嫌悪染みた理由があると言うのは分かってくれたと思う。

 だが、自覚していないし自覚しても尚、上に来るのはやはりルークスに関する事だろう。

 思い出すのは数ヶ月前の事。

 ルークスが自ら誰かを救い上げた事についてはまだ良い。

 自分もそうやって救われたし、気紛れなのだと納得出来る。

 

 だが、マリーとの邂逅を終えて帰還した際のルークスの顔は明らかに何時もと違った。

 

 強いて言うのであれば十年前、ザイン達と対峙していた時と似ていた。

 だが、あの時とは明らかに感情の揺れ幅が違った。

 喜びのようであり、悲しみのようでもあり、苦痛にも見えて、救いにも見えた。

 大きく心を乱している事は明白で、シンはその後個人的にマリーの調査を開始した。

 

「(人好しの、何処にでも居そうなガキだってのに)」

 

 名を知り、その生活を少しばかり観察していたのだが特筆すべき事は何もなかった。

 モヤモヤとしつつも、一旦はそこでマリーに関する調査は中止。

 再度動き、それも抹殺までしようとしたのはしばし時が流れてからの事。

 完全に無意識のまま、ルークスがマリーの名を口にした事で嫌な予感を覚えたのだ。

 嫉妬……はある、その感情が大きいのは否定しない。

 だがそれよりもルークスがこれ以上マリーと関われば何かもっと――――

 

「(…………やめだやめだ)」

 

 ふるふると頭を振り思考を中断する。

 ただでさえ待たされて苛立っている時に、こんな事を考えていても余計に気分が悪くなるだけだ。

 

「(つか、アイツら何してやがんだ)」

 

 三匹のゴリラが全裸でテーブルを囲む絵面は控えめに言ってクソだった。

 心なしか空気も酸っぱくなっているような気さえする。

 

「おいポチ、あたしはちょっと散歩して来る。依頼人が来たら連絡入れろや」

「ん? 良いけど……暇なら君も混ざらない?」

「混ざるかクソが!!」

 

 と店を出たは良いものの、シンは直ぐに後悔した。

 ソドムは遊興国家などと称されるように兎に角騒がしい。

 音と光、あちこちで垣間見える悲喜こもごも。

 昼過ぎに目覚め、夜明けまで騒ぎ通す生活リズムに支配された国と今のシンでは相性が悪過ぎた。

 

 とは言え散歩に行くと言って直ぐに帰るのもバツが悪い。

 

 ふらふらとあてもなく彷徨う。

 今の気分的に、自然と喧騒から離れて行くのが当然の帰結だった。

 だが忘れるなかれ。強い光の裏には色濃い影がつきものなのだ。

 

「何でこうなるかなぁ」

 

 人気の無い裏路地で、シンは二人の男をシメていた。

 一人は顔を鷲掴みにされ宙吊りに、もう一人は足下に転がり頭を踏み付けられている。

 血気盛んなシンとて流石に誰彼構わず喧嘩を売る程、狂犬ではない。

 男達がいきなり背後から仕掛けて来たのだ。

 察するに痛め付けて拉致ろうとしていたように見えたが……さて。

 

「あががががが……! は、離しやがれ! お、俺らに手ぇ出せばどうなるか分かってんのか!?」

「足を……足をどけろや、クソアマが!!」

 

 などと囀っているのがそんなものは右から左に聞き流している。

 それよりもシンとしては気になる事があった。

 

「臭う、臭うな。ああ、久しく嗅いでなかったが……」

「おいゴルァ! き、聞いてんのか!? 俺らは――――」

 

 足下の男が何かを言い切るよりも早く、

 

「――――覚えのあるクソみてえな臭いだ」

 

 シンがその頭蓋を踏み潰した。

 トマトのように爆ぜた頭部があちこちに血と肉片を撒き散らす。

 相方が殺された事で未だ宙吊りにされている男の顔が一瞬で蒼白になった。

 

「ひ、ひぃい!? ま、待て……落ち着け、悪かった。だから……!」

「テメェ、奴隷商人の手下だろ?」

 

 ルークスから貰った指輪はその人物を正確に認識出来ないと言うだけで姿形を変える効果はない。

 あくまで出歩いていてもシンが魔女の双騎士の片割れであると認識出来ないだけ。

 ゆえに男達は不運にも目をつけてしまったのだ、良い商品になると思って。

 

「本拠地は何処にある?」

「お、おおお教えたら見逃してくれるのか!?」

「喋らねえなら殺すつもりだ」

「わ、分かった! 話す、話すから!!」

 

 男は吊るされたまま持ち得る情報を全てぶち撒けた。

 どこに店を構えているのか、トップは誰なのか、規模はどれぐらいなのか。

 全てを聞き終えたシンは小さく頷き――――その頭部を握り潰した。

 

「話したからって殺さないなんて言ってねえんだがな」

 

 運が悪かった、そうとしか言いようがない。

 ただでさえ不機嫌な時に、シンの逆鱗を逆撫でるような手合いが喧嘩を売って来たのだ。

 最早一人二人の流血で終わろうはずがない。

 

 シンは即座に男達から聞きだした近場にある支店へと乗り込んだ。

 

 彼女が内部に侵入すると同時に建物を茨の結界が覆い尽くす。

 バージョンアップされたスカー・ハートの力だ。

 物理的な遮断に加え、遮音、外部からの認識阻害と完全犯罪を達成するために必要な効果は一通り揃っている。

 となれば後はもう消化試合だ。内部に居た人間は容赦なくその命を刈り取られた。

 あの時のように痛め付けて殺すような事はせず、淡々と殺して行った。

 商人、客、それ以外の関係者――奴隷以外は皆殺しだ。

 

 流れ作業のように次々と支店を潰し、最後は本店へ。

 

 ここでもその殺戮に淀みはなかった。

 殺すべき人間とそうでない人間を目と言うよりは本能で嗅ぎ分けながら選別し刈り取って行く。

 ただ、流石に本拠地とだけあって数が多過ぎた。

 一人、元締めである商人が地下へ逃れて行くのを許してしまったのだ。

 もっとも、地下に行ったところで茨の結界があるので逃げる事は不可能なのだが。

 

「何だ! 何が目的なんだ!? か、かかかか金か!? 金なら幾らでもくれてやる! だから……!!」

 

 地下にある牢獄の通路で対峙する二人。

 過去を思い出させるこの場所はシンにとって不快極まるものだった。

 まあ、一番不快なのはみっともなく命乞いをしている奴隷商人なのだが。

 

「駄目だ、テメェらが生きてることに我慢出来ねえ」

 

 何時かと同じ言葉を紡ぎ、シンは刃を振るった。

 戦いの心得なぞ微塵もない奴隷商人は呆気なく首を飛ばされ、その生涯を終える。

 

「……ふぅ」

 

 達成感なんてものは微塵もない。

 あるのは虚無感とやり場のない怒りだけ。

 だが、煮立っていた頭は冷えてくれた。

 そろそろバッカスへ戻ろうと踵を返すシンだったが、ふと気付く。

 数ある牢獄の一つに少女が繋がれている事を。

 元奴隷だけに仕置きを受けていたと言うのは何となく分かった。

 シンは気怠るげにその前まで行き檻を蹴破り中へと侵入、少女を繋いでいた鎖を切り裂いた。

 

「よォ、見ての通りだ。これでお前は晴れて自由の身になれたぜ」

「……」

 

 少女は俯き、無言のままだ。

 その姿を見てシンは久しぶりに、ある少女の事を思い出していた。

 

「(……コイツもアイナと同じか)」

 

 ならばもう何も言う事はないと背を向けたシンの耳に、信じられない言葉が届く。

 

「…………殺して」

「は?」

 

 小さな、だが明確な意思が込められた言葉。

 思わず振り向いたシンが目にしたのは笑いながら涙を流す少女の顔だった。

 

「――――あたし、もう、こんな世界で生きていたくない……!!」

 

 身を引き裂くような懇願。

 

「――――」

 

 頭の中が真っ白になった。

 弟の生存を知った時ですら、こうはならなかったのに。

 シンは一瞬、本当に全てを忘れてしまった。

 

「~~~ッッッ」

 

 だがそれは本当に一瞬の事。

 我に返ったシンの胸の裡から波濤の如く言葉に出来ない感情が溢れ出した。

 

「――――!!!!!!」


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。