TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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長らくお待たせ致しました、四話連続投稿になります。
今度から最終話に限っては書き溜めしてから一気に放出する事にします。


最終話 Ⅲ

 自分一人で何とかする、そう意気込んだものの現実は厳しかった。

 傷付けられる度に怒りを燃やしスカー・ハートによる強化があったものの、バエルはそれ以上だった。

 眠りから目覚め身体を動かしている内に本調子を取り戻したのだろう。

 シンの強化の度合いに負けず劣らずでバエルもまた強くなり続けていた。

 培った経験と技術で引っ繰り返すには、もう少し純粋な性能差を埋めるしかない。

 だがその開きが埋まらない以上、シンが追い詰められて行くのは自明の理。

 

 そんな時、マリー達が現れたのだが……残念ながら彼らに現状を変えるだけの力はなかった。

 

「姉さん、僕が加勢す――――!」

 

 唖然としていたものの、状況を把握したリーンがいち早く動いた。

 抜刀しシンの下へ駆け寄るも、

 

「うるせえ邪魔だ!!」

「がぁ……!?」

 

 返って来たのは腹部への強烈極まる後ろ回し蹴りだった。

 以前とは違う本気の攻撃、回避する事も防ぐ事も出来ずリーンは成す術もなく元の場所へと蹴り返されてしまう。

 一瞬にして瀕死状態になったが、死ななかっただけマシだろう。

 ポチは相方の蛮行に溜め息を吐きつつも、即座に蘇生を実行――と言っても以前のように血による治癒ではない。

 今日は冒険者として活動していたため希少な秘薬の持ち合わせがあったのだ。

 

「……ちょっとアンタ!」

 

 刹那の間に襤褸雑巾となったリーンを見て我に返ったマレウスが叫ぶ。

 しかし、それは他ならぬリーンの手によって制されてしまう。

 

「…………い、いや……さっきのは、僕が悪い。頭に、血が上ってた……」

 

 シンは何もリーン憎しで加勢を断った訳ではない。

 以前の件からも分かるように、今の彼女にとって弟の存在は”軽い”のだ。

 平常時ならばともかくこの状況でリーンに意識を向けるような事はあり得ない。

 ならば何故あんな事をしたのか?

 

「僕が行っても……姉さんの邪魔になるだけだ……」

 

 理由は言葉通り、邪魔だったのだ。

 自分と同程度の力量を備えた相手であればともかく、リーンは格下だ。

 そんな相手に周りをウロチョロされて見ろ、それも格上の敵と戦っている時に――邪魔以外の何ものでもない。

 外的要因によってパフォーマンスが低下したシンをバエルは決して見逃しはしないだろう。

 

「その通り。それより君達に聞きたい事があるんだけど良いかな?」

 

 五人が戦闘の余波に巻き込まれぬようにと結界を張るポチ。

 まあ、結界と言っても有り余る力を発露し力場を発生させ空間を歪め物的干渉を遮断しているゴリ押し極まる代物なのだが。

 

「は、はい……って! ポチさん! その、あの人を助けなくて良いんですか!?」

「一回殺されかけたって言うのに人好しだねえ。ああ、僕もそうしたいんだけど……どう言う訳か無理なんだよ」

 

 バエルを名乗る存在と事を構えようとすれば身体が動かなくなる事をポチは手短に説明した。

 

「それより君達だ、君達はどうしてこんな所に居るのかな?」

 

 ポチとしてはそこが疑問だった。

 シンの弟であるリーン、そして渋い顔をする老人――ルインだ。

 この二人はまあ、それなりに”やる”ので運が良ければこの場所へと続く層を突破出来る可能性はある。

 だが、女子三人は違う。絶対に不可能だ。

 そして、お荷物たる三人を抱えたままではリーンとルインもあの領域を踏破する事は出来ないだろう。

 よしんば出来たとしても、あの石碑をどうやって起動させたのか。

 

「え、えっと……私達、エデにある初心者用ダンジョンに潜ってて……」

「エデ? エデだって?」

「え? あ、はい……それがどうかしましたか?」

「ああいや、すまない。続けてくれ」

 

 ポチが最初に足を踏み入れた場所も初心者用のダンジョンだ。

 しかし、その場所はエデではない。

 それで思わず聞き返してしまったのだが、そこは後回し。現状の把握が最優先だと思い直す。

 

「ゴールの最深部に行ったんですけどゴーレムが準備中だったから時間潰す事になって、何となく石碑を見てたんです」

「……石碑、ねえ。それってこんな文字が刻まれてなかったかい?」

 

 ポチの指先が踊り空中に光の文字が描かれる。

 

「そう! それです! そんな感じの文字が刻まれてる石碑に触った途端、肩が急に熱くなって……気付いたら此処に居ました」

 

 今はすっかり熱が失せた肩を撫でるマリーを見てポチは思わず天を仰いだ。

 

「(成る程――――僕が原因か)」

 

 ポチがマリーに与えた血は極少量。

 英傑たる素養の持ち主であれば一時間と経たずに血は溶けその者の糧となっていただろう。

 だが、凡庸な才気しか持ち合わせていないマリーは違った。

 あれからそれなりの時間が流れたと言うのに未だ”竜の血”として残留している。

 現代において最上級に位置するポチの血を完全に分解するにはまだまだ時間が足りなかったらしい。

 結果として、その血が石碑――いや、石碑の向こうに居たバエルに反応し転移を引き起こしたのだ。

 

「(何で僕の血と奴が反応したのかは分からないけれど……)」

 

 戦闘行為を封じられる件と合わせて種族的に密接な関係があると見て間違いないだろう。

 詳細は不明ながら今ある情報だけを組み合わせてもこの推論は恐らく正しい。

 

「……」

 

 苦み走った顔のまま今度はシンを見つめる。

 ポチの視線の先では蹴りと蹴りの衝突で力負けしたシンが吹き飛んでいた。

 バエルもまったくの無傷と言う訳ではなく、それなりにダメージは負っている。

 だが度合いで言えばシンの方が圧倒的。このまま続けても状況が好転しそうにはない。

 

「(シンもああだし、この子達の事もある……しょうがない)」

 

 心底憂鬱そうに溜め息を吐き、ポチは叫んだ。

 

「シン! これ以上は無意味だ!!」

「あ゛ぁ゛!? テメェ、まさかそこのガキどものためって言うんじゃねえだろうな!? ざっけんなよ!!」

 

 主語が抜けた会話、第三者からすれば意味不明だろうが二人は通じ合っていた。

 

「僕だって不本意さ。でも、冷静に考えてみろよ――――君の命は誰のものだ?」

 

 シンは己が命をルークス・ステラエに捧げている。

 そのルークスが死んでも良いと許可を出した訳でもないのに死んでも良いのか?

 ポチの問いは余人からすれば”はぁ?” なものだがシンにとっては中々に心抉るものだった。

 

「君は死ぬ、このまま続ければ死ぬ。悪いのは君だ。君が弱いから死ぬんだ」

 

 何もしてない自分が言うのもどうなんだ?

 と思わないでもないポチだったが、戦いを始める事さえ不可能なのだからしょうがないと割り切った。

 

「ッッ!」

「おいおい、俺様無視して盛り上がってんじゃねえよ?!」

 

 歯軋りをしながらも今度は反論も出ず。

 己に対する怒りで更に動きが良くなったらしいがポチは方針を変えるつもりはなかった。

 

「(……正直、僕らの家に部外者を入れたくはないんだけどなぁ)」

 

 そう思いながらも拠点帰還用の術式が刻まれたアーティファクトを起動させる。

 ポチが今張っている結界をそのままなぞるようにドーム状の魔方陣が展開されるも……。

 

「――――無駄だよバぁアアアアアアアアアアアアアアアアアッカ!!」

 

 バエルがその場で何かを握り潰すような仕草を取ったかと思うと展開されていた魔方陣が砕け散った。

 

「「な……!?」」

 

 言葉を失ったのはシンとポチの二人。

 発動させようとしていた術式を刻んだ人間を知っているからこそショックが大きかった。

 漆黒の超越者ルークス・ステラエの術式に干渉し、あまつさえ破壊してのけるなど……。

 戦いを始めた理由を思い返して頂ければ、まったくの想定外ではなかった事は分かるだろう。

 彼らも一応は考えていたのだ。いたのだが……やはり直に見せ付けられると動揺してしまう。

 

 とは言え、だ。術式を破壊出来たからとてバエルがルークスに比肩するのかと問われればそれは否だ。

 

 転移のアーティファクトはスカー・ハートや心剣・黎明のように本気で作った物ではない。

 子供が作る粘土細工以下の手抜きだ。

 誰かに阻まれるなど想定していなかったし現に人類では阻む事は不可能。

 バエルにそれが出来たのは彼が悪魔の上位固体でありルークスが手を抜いていたからだ。

 それなりに真面目に作っていればバエルはどうしようもなかっただろう。戦うなど以ての外だ。

 本気を出すまでもなく片手間以下でバエルは抹消されてしまう。

 

「誰一人逃がさない」

 

 バエルが叫ぶと彼の影が妖しく揺らめき膨張、そして弾けるように飛散し大空洞を覆い尽くす檻となった。

 ポチが再度転移を試み、シンが全力で破壊を阻めば転移は可能だっただろう。

 だが、檻が形成された事でその可能性は絶たれた。

 わざわざバエル自身が破壊せずとも檻が転移を勝手に邪魔するようになったからだ。

 

「(…………これは、詰んだかな?)」

 

 つぅ、っとポチの頬を一筋の冷や汗が伝り落ちていく。

 人間ではないポチはバエルの抹殺対象にはなり得ない、その証拠に一度たりとて殺意を向けられていない。

 だが彼が守る人間達は別だ。

 ポチが規格外のドラゴンであるとは言え永遠に結界を展開し続ける事は出来ない。

 シンがやられてもかなりの時間を稼げるだろうが結末は変わらない、結界が消えればバエルは間違いなく少女らを殺すだろう。

 

「人間は皆殺しにする。これは決定事項だ」

 

 叩き付けられた憎悪と殺意は物理的な重さを伴っているのではと錯覚する程に濃密。

 イマイチ状況を飲み込めていなかったマリー達もこれでようやく理解した。

 この場が死地であり、自分達の命はシンに懸かっているのだと。

 

「わ、私の……私のせいなの……?」

「ば、馬鹿言わないでよ!」

「そうです!」

 

 自分が石碑に触ったせいでマレウスを、ジャンヌを、リーンを、ルインを死地へと追いやってしまった。

 恐怖と絶望と罪悪感に身を震わせるマリーをマレウスとジャンヌが抱き締める。

 だが、そんな彼女らもマリーを責める気持ちは更々ないものの恐怖と絶望に身体を震わせていた。

 無理もない、自らの生殺与奪を取り上げられて恐怖するなと、絶望するなと言う方が無茶だろう。

 若く、力無い少女らにとって現状はあまりにも過酷だった。

 

「……」

 

 一方、うら若き乙女三人と弟、そして枯れた老人の一人の命を背負わされたシンだがその顔に気負いは窺えない。

 と言うか、ぶっちゃけどうでも良かった。背負っているつもりなんてさらさらなかった。

 その頭の中にあるのはどうすればバエルを殺せるのか、ただそれだけだ。

 

「(さて、どうしたもんか)」

 

 最初は殺すと言われたからそれに激昂し戦端を開いた。

 冷静ではなかったが、シンと言う女のバトルスタイルを考えれば別段問題は無い。

 怒っているのが常で、その動きが怒りで鋭化する事はあっても鈍る事は先ずあり得ない。

 だが、ポチに”命の所在”を指摘された事で今は怒りをそのままに生への執着も生まれていた。

 いや、元々死ぬつもりは更々なかった。だが何をしてでも生き残ると明確に意識していた訳でもない。

 だがポチのお陰で今は明確に生を意識している。これは間違いなく良い方向に働くだろう。

 

「何だ、急に黙り込んだな人間。もう諦めたのか?」

 

 振り下ろされた五指から伸びる爪がシンの柔肌を切り裂かんと迫る。

 上体を逸らし回避しようとするも回避が間に合わずシャツと薄皮が裂かれるが致命には至らず。

 それなりに深く切られたが戦闘行動にさして支障はない。

 

「(痛みで身体が鈍るような事はないがダメージが与えられないって訳でもない)」

 

 シャツのボタンも弾け飛んでしまいあられもない格好になっているが羞恥はない。

 ただ痛みも羞恥も置き去りにしたまま冷静に現状を分析していると言うのは年頃の娘としては如何なものか。

 まあ、本人に指摘したところで鼻で笑われるのが関の山か。

 

「(そら、今もまた当てられた)」

 

 一撃目の振り下ろしは回避された。

 だが手首を返し即座に放たれた二撃目の切り上げはバエルの肉体を深く切り裂く。

 

「(問題は治癒能力だ。パっと即座にダメージを帳消しにするような事は出来ないらしいが……自己治癒能力が厄介だな)」

 

 こちらが十ダメージを与える間に六癒してしまう。

 長い目で見ればダメージは蓄積され続けているのだが……幾つか問題がある。

 先ず一つ、バエルにどれだけダメージを与えれば死ぬのか底が分からない事。

 二つ、こちらの回転速度が徐々に低下しいずれは与えるダメージと相手の回復量の比率が逆転してしまう事。

 

「(こっちも治癒に力を回しちゃいるが、まるで追い付かねえ)」

 

 シンもまた自己治癒能力をスカー・ハートによって強化し傷を癒しながら戦い続けている。

 が、与えられるダメージが大き過ぎるのだ。

 あちらが十のダメージを与えて来ても四程度しか癒せない。

 

「(仮に追い付けたとしてもスタミナの問題もある)」

 

 短期決戦、それ以外に方法はない。

 まだ全力で動ける余裕がある内にバエル攻略の糸口を見つけそこをぶち抜くのだ。

 

「(……心臓、頭部。人間で言えばそこらは問答無用で弱点だが、コイツはどうなんだか)」

 

 そこを完全に吹き飛ばせば殺せる、そのような弱点がバエルには存在しているのか。

 それとなく心臓や頭部を狙ってリアクションを窺っているのだが……イマイチ判断がつかない。

 

「(仮にそれらが弱点だとして人間と同じ場所にあるのか。数は一つだけなのかって問題もある)」

 

 一つの正答を示すのならば、だ。

 シンに勝機が皆無と言う訳ではない。

 彼女が己の怒り、その形を正しく把握し受け入れる事が出来ればスカー・ハートはこれまで以上の恩恵を主に与えるだろう。

 その強化の度合いはバエルとの性能差を埋めて余りあるもの、力押しで捻じ伏せる事が出来る。

 ただ、怒りの形を自覚するにはピースが足りない。

 仮に誰かからお前の怒りは非道が罷り通る世界そのものに対する悲憤だと告げられても意味はないだろう。

 本人がそれを認めようとしない、自ずから気付く以外に道はないのだ。

 

 では打つ手なし? いいや、それも違う。この場を切り抜けられる答えは決して一つだけではないのだから。

 

「……」

 

 シンの脳裏をある言葉がよぎった。

 

「貰ったァ!!」

 

 シンの両腕が後ろに弾かれ身体の前面が晒されてしまう。

 腕を戻し重要な臓器だけでも庇うか身体を捻るかして丸裸の正中線をどうにかすべきだろう。

 だが、そんな事をバエルが見逃すはずもなく……。

 

「あ」

 

 と誰かが呟いた。

 

「まあ、人間にしてはよくやった方さ」

 

 シンの胸を貫いていた左腕を引き抜くバエル、その手には彼女の心臓が握られていた。

 

「――――が、お前らは存在そのものが赦されねえんだよ」

 

 何の感慨もなく心臓を握り潰すと同時にシンの身体が崩れ落ちた。

 悲鳴を上げないのはまだ良い、そんな可愛げがシンにあるはずもないから。

 だが怒りが人の形をしていると評されるような女がこうも”お行儀良く”死ぬものか?

 他の誰もが気にしていないが、付き合いの長いポチにはそれがどうにも不気味だった。

 

「(確かに絶命しているようだけど……)」

 

 違和感を覚えているポチを他所にバエルはもうシンに興味がなくなったのだろう。

 一瞥もくれぬまま視線を残る人間達へと向けた。

 

「さて、次はお前らだな。些か面倒なもんに護られちゃいるがそれだって永遠に続くって訳でもねえ」

 

 バエルはどうやら時間切れまで待つつもりのようだ。

 そうする事でじわじわと絶望に狂っていく人間を見たいのか、或いは……。

 

「嘘でしょ……?」

「私達、もう……」

「……畜生」

 

 ようやくシンの死を理解した少女らが愕然とする。

 だんまりのルインはこれで――いや、ここに飛ばされて来た時から死を覚悟しているようで取り乱した様子はない。

 だが、

 

「…………おねえ、ちゃん?」

 

 リーンだけは別だった。

 普段は大人びた顔をする彼が今はどうだ? 年端もいかぬ幼子のような顔で呆然としていた。

 

「ああ、そういやさっきも姉さんだか何だか言ってたっけお前」

「おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん……?」

 

 バエルの言葉など耳にも届いていないし、その姿も瞳に映っていない。

 ハイライトの消えた瞳でシンを見つめ、呼びかけ続けるその姿は普段の彼を知る者からすれば異常に見えるだろう。

 しかし、これは当然の帰結。

 リーン・ジーバスと言う少年は確かに年齢不相応の実力と精神性を兼ね備えている。

 だが、それを獲得するに至った理由は何だ?

 ただの幼子が両親を奪われ、それでも折れずに前に進めたのは何故だ?

 

 語るまでもない――――姉の存在だ。

 

 シンの存在こそが如何なる困難も乗り越える支えとなっていたのだ。

 ハッキリ言おう、リーンはシンに依存している。

 力も、心の在り様も、総てシンあってこそのもの。

 それが喪われた今、彼は広い世界に一人放り出されたただの幼子でしかない。

 

「あ、あ、あ、あ」

 

 そしてリーンの存在がマリー達を更なる絶望へと突き落とす。

 彼女らにとってリーンはシンより弱くともシンよりも頼れる存在だった。

 力も心も兼ね備えた御伽噺に語られる正義の味方のような男の子、それがリーンだ。

 もしも彼がここでこうはならず、現状を打開しようと足掻いていたのならば三人もギリギリで踏み堪えていただろう。

 だが、心の最終防衛ラインであったリーンが崩れた事でマリー達もまた――――完全に圧し折れてしまった。

 抱き合っていた腕が力なく垂れ、俯いたその顔は絶望のひと色で染め潰されている。

 

「ッハッハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 その光景が愉快で愉快で堪らない! そう言わんばかりの哄笑だ。

 そしてそれがマリー達の絶望を更に煽り立てた。

 

「ひっく……ぐす……やだ、やだよぉ……私、死にたくよぉ……」

「惨めだな、無様だな、哀れだな。だが、甘んじて受け入れろ。それが終わるべき時に終わらなかった罪だ」

「「ッ……!」」

 

 泣き始めたマリー、マレウスとジャンヌも声を押し殺してはいるがその瞳からは止め処なく涙が溢れていた。

 さあ、こうなって来ると萎えてしまうのがポチである。

 

「(……どうしよっかな)」

 

 ポチがマリーらを守護していた理由は幾つかある。

 ルークスにとってマリーが特別な存在だから。

 それに加えてあの夜見せたマリーとリーンの強さに敬意を払ったからこそ二人とその関係者を護る事に決めたのだ。

 だが、この光景は力を重んずるポチにとっては失望に値するものだった。

 例えマリーがルークスにとって特別であったとしてもこれ以上は……。

 

 バエルと交渉しシンの骸を持ってこの場を辞そうかな? ポチがそう考えたその時だった。

 

「あ゛?」

 

 突如、上機嫌だったバエルの顔が険しいものへと変わる。

 

「う、うぅ……あぁ……」

 

 のろのろと立ち上がったのだ。

 のろのろと剣を抜いたのだ。

 そして重い足取りで結界から出ようとしている。

 マリーの行動に面食らったのは何もバエルだけではない、見切りをつけようとしていたポチもだ。

 

「(これは……自害? いや、違う。どうせ死ぬならせめて……? でも、ない……)」

 

 困惑している、ポチも、バエルも。

 自殺をするつもりでも、どうせ死ぬなら戦って死ぬと言う誇りでもない。

 なのに剣を取り立ち向かおうとしているマリーの行動がまったく理解出来ない。

 

「…………おい小娘、どう言うつもりだ?」

 

 目を瞑ってしまいそうな絶望を前にした時、それを押し殺し不敵に笑って立ち向かうのが英傑。

 英傑のように笑えずとも絶望を必死で噛み殺し断固たる意思を以って剣を取るのが強者。

 

 英傑でなし、強者でなし、ならば今立ち上がった彼女は何者だろうか?

 

 拭えぬ恐怖を顔に貼り付けガチガチと歯を鳴らし、涙と鼻水を垂れ流している。

 剣を握る手も、己を支える両の足だって気の毒なぐらいに震えている。

 無様極まる姿だ――――だけど彼女は立ち上がった。

 

 英傑でも強者でもないが違う特別な何かなのか? いいや、それは違う。

 

 人は――否、命はこの世に生れ落ちた瞬間から終わりへ向けて歩き出すものだ。

 始まればいずれ終わる、それは絶対不変の真理であり誰であろうとも逃れる事は出来ない。

 天寿を全う出来る人間が少ないとは言わないが、誰もが享受出来る程普遍的なものでもない。

 人生と言う決して平坦ではない旅路の途中で理不尽な終わりが降り掛かる可能性を誰しもが孕んでいる。

 だからと言ってその時が来たのなら大人しく頭を垂れて受け入れろとでも? そんな馬鹿な話があってたまるものか。

 

 何時かは終わると知っている、だけどそれは今じゃないと叫ぶ権利は誰にだって与えられているのだ。

 

 結果がどうこうの話ではない。

 一筋の光も見えない(ぜつぼう)の中でさえ、それでもどこかに(きぼう)はあるのだと歩き出してしまう。

 頭が無理だと判断しても何かをせずにはいられない。

 それこそが生まれながらに総ての人間が持っている愛すべき愚かしさなのだ。

 人の爛熟と共に忘れ去られてしまったがそれは元来、決して特別なことではない。

 

 ――――少なくとも、この戦いを見守っている”誰か”は心のどこかでそう信じ続けている。

 

「ッ! 何だ!?」

 

 自身の張る結界を破壊するでもなく突然、内部に何かが転移して来る。

 眩い光に一瞬視界を奪われたものの、そのお陰で我に返ったポチが警戒するものの……。

 

「うぅ……ぐす……わた、わたしに……?」

 

 結界を出ようとしていたマリーの前に出現したのは剣だった。

 宙に浮かび淡い輝きを灯す両刃のどこにでもありそうなそれはしかし、見る者が見れば不思議な力強さを感じさせる。

 とは言えそこらの感性に疎い彼女としては自分の剣より頑丈そうだからこっちを使おう――程度の感想しか抱けないのだが。

 

「ずず……!」

 

 持っていた剣を鞘に収め宙に浮いているそれに手を伸ばすマリー。

 いきなり現れて怪しい事極まりないのだが、状況が状況である。

 そこら辺については考えが及んでいないらしい。

 

「きゃっ!?」

 

 マリーが柄を握り締めた瞬間、剣に変化が訪れた。

 白銀から漆黒に塗り替えられた刀身、先程よりも少し厚みが増し切っ先も鋭くなっている。

 だが何よりも目を引くのは剣全体を覆う儚くも不思議と安心感を覚える星明りのような輝きだ。

 それはマリーだけでなくマレウスとジャンヌの心も落ち着かせる優しさがあった。

 

「心剣・暗夜」

 

 剣が名を告げてくれたかのように我知らず呟いた銘。

 その呼びかけに応えるように暗夜は小さく鳴いた。

 

「……これなら」

 

 戦える? 勝てる? 分からない。

 マリー自身、どうして立ち上がったのかを理解出来ていないのだ。

 だけど、心がそれを望んでいる事だけは分かっている。

 ならば言葉に出来ずとも往こう。鼻水を啜り、涙を拭い、力強い足取りで結界を出ようとした……のだが……。

 

「へぶっ!?」

 

 突如足を引かれ顔から地面に倒れ込んでしまう。

 割と勢い良く足を引かれたものだから倒れる時の勢いもかなりのもの。

 鼻を押さえながら振り返るマリーの手からはポタポタと血が流れ出ていた。

 

「ら、らにするの……?」

 

 蛮行をかましてくれたポチに抗議するマリーだが当人は難しい顔で何かを呟き、

 

「…………アイツには使えなかった手だけど」

 

 マリーのシャツ――その左肩部分を剥ぎ取り馬乗りになった。

 傍から見ればかなり危険な光景だが、やられているマリー自身も”そう言う”アレではない事は理解していた。

 だってポチの顔があんまりにも真剣だから。

 

「賭けになるが、成功すればリターンは大きい」

「あ、あの……?」

「――――大丈夫、僕は賭けに負けた事は一度もないんだよ」

 

 ニコリと微笑み、ポチは露出したマリーの左肩に口付けた。

 以前血を与えたそこに、今度は治癒のためではなく純粋な力を注ぎ込んだのだ。

 かつて相方に試した時は血も力も掻き消されてしまったが、あれはシンがおかしいだけ。

 組み手の間だけの強化と言う事でシン本人も納得して受け入れたのに裡で燻る怒りがそれを跳ね除けてしまった。

 だが、マリーならば成功する可能性は高い。そして、その後の展開も……。

 

「~~~~!!!!」

 

 力を与えられたマリーは嬌声とも悲鳴ともつかない叫び声を上げた。

 痛い訳でも苦しい訳でもない、身体が熱いのだ。

 とは言えそれは自身を害するような熱ではなくむしろその逆。

 湧き立つ力の奔流が細胞の隅々にまで行き渡って行くような感覚。

 それが終わる頃、左肩から皮膚を突き破るようにして竜の翼が出現した。

 

「これは……」

 

 痛みはない、異物感もない、むしろ自分の手足のように感じる。

 

「あの、どうして?」

 

 冷静になったからこそ分かる。

 そもそもポチに自分達を手助けする理由はないはずだ。

 今もそう。自分も危ないのであれば力を与える事にも意味はあるが、ポチだけは完全に対象外。

 だと言うのに何故? そんなマリーの疑問にポチは笑みと共に答えを紡いだ。

 

「人間についての見識を広げてもらった、その礼だと思ってくれれば良いよ」

 

 弱者と切り捨てそうになった自分を押し留めたマリーのあの姿。

 どこに、どうして感じ入ったのか。

 それは未だ分からず、思索が必要だが……まだまだ人間についての理解が及んでいないとポチは思い知らされた。

 

「……? よく分からないけど、分かりました」

 

 今は問答を重ねている時間ではない。

 マリーは気持ちを切り替えた。

 そして結界を出る寸前、一度だけ立ち止まり気遣わしげにリーンを見つめ……勢い良く飛び出した。

 

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 竜の翼を得たマリーは放たれた飛矢の如くに突っ込んだ。

 勢いをそのままに振り下ろされた暗夜の刃はバエルの片手で受け止められた。

 しかし、受け止めたと言う事は当たりたくなかったと言う事。

 バエルの足元が剣を受け止めた際の衝撃で陥没した事からもその威力は窺えると言うもの。

 

「…………度し難い、度し難いぞ人間」

 

 俯き気味の顔はしかし、見なくても分かる。

 怒っている、バエルは間違いなく憤慨している。

 

「その無軌道さを希望などと飾り付けるその愚かしさが罪だと……何故、分からねェ!?」

 

 傷つくのも厭わず刀身を握り締め勢い良くマリーを天井へと放り投げる。

 空を睨むバエルの顔は正に悪鬼そのものだった。

 

「今直ぐ死にやがれぇえええええええええええええええええええええええあああああああああああああ!!!!!」

「嫌だ! 死にたくない! 死んでたまるもんか!!」

 

 激しい空中戦が繰り広げられる。

 ポチやマレウス、ジャンヌらの意識も完全にそちらに向けられていた。

 ゆえに――気付かなかったのだろう。

 

「……」

 

 一つ、”怒り”を湛えた鼓動が刻まれた事に。


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