TS転生したからロールプレイを愉しむ   作:ドスコイ

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最終話 Ⅳ

「(とりあえず、賭けには勝ったらしいね)」

 

 火花散る空中戦を見やりながら一人ごちる。

 力を与えるのはポチ本人も言っていたように一種の賭けだった。

 竜の力を取り入れた事で自分と同じように戦えなくなる可能性も十二分にあった。

 が、結果は見ての通り。戦闘行為を封じられるどころか元気に暴れまわっている。

 

「(何とか戦いの形になってる。僕の判断はやっぱり正しかったようだ)」

 

 十年もシンの傍に居たのだ。マリーが振るう暗夜の性質についても当然看破していた。

 心剣による強化の度合いはシン程出鱈目ではなく、暗夜だけではバエルに及ばなかっただろう。

 しかし、竜の力を得た事で純粋な性能差はシンよりも小さい。

 

「(…………とは言え、厳しいかな?)」

 

 戦闘のセンス、経験、性能差を埋める事が出来ても足りないものが多過ぎる。

 シンが竜の血を得て性能差を埋めていたのならば勝ち筋も十分見えていただろう。

 だが同時にこうも思うのだ。

 

「(でも、不思議と何とかなりそうでもある。現実的な要素を並べたら希望なんて見えないはずなのに)」

 

 そう思ってしまうのはマリーが見せた人間の不可解な可能性? 輝きゆえか。

 兎にも角にもポチは今、割と楽しくこの戦いを見守っていた。

 

「(しかし、あのアーティファクト。あんなものを創れるのはマスターぐらいってか……マスターが創った物なんだろうけど……)」

 

 心剣・暗夜から漂う大好きな力の気配。

 先ず間違いなくルークスが創った代物だろう。

 と言うか現実的にあんなレベルのアーティファクトを創れる者なぞルークス以外には居ない。

 

「(……やっぱり解せないな)」

 

 これは直感でしかないがポチはバエルが世界の深奥を知る存在だと認識している。

 となれば、当然ルークスにとっても看過出来ぬ存在である可能性は高い。

 ゆえに目覚めたバエルに気付き自分達の事を見ていても、まあ不思議ではない。

 

 救いの手を差し伸べないのもそう。

 

 及びもつかぬ何かに雁字搦めにされ幼子にも出来る”感情のままに動く”事が困難になっているのだ。

 ”気紛れ”だと己に言い訳が出来そうならばともかく純粋に誰かを想い衝動的に動くと言うのは先ずあり得ない。

 ポチが知る限りではマリーを助けたあの一件ぐらいだ。

 だからこそ、解せない。

 

「(彼女のあの姿を見て心動かされて……?)」

 

 それ自体は納得出来る。だがそれで手を差し伸べるかと言われたら首を傾げざるを得ない。

 何かを堪えるように苦悶の表情を浮かべる姿は想像出来るが、それだけだ。

 むしろあんな姿を見せられたからこそ余計に動けなくなってしまうのがルークスだと考えている。

 ゆえに解せない、何故心剣がこの場に現れたのかが。

 ルークスの意思でないならば何故――とそこまで考え、ポチは気付く。

 

「(ああ、そうか。そう言う事か。マスターの意思であってマスターの意思ではないんだな)」

 

 心剣・暗夜が何時創られたものかは分からないが少なくとも昨日今日の話ではないだろう。

 だが、誰が担う事もなくどこかで眠っていた。眠り続けていた。

 しかし今日、創造主を通しその担い手を見つけたのだ。

 自らの担い手に相応しい心を持つ人間を――だからここにやって来た。

 普通なら正気を疑う推論だが、心剣・暗夜の創造主はルークスだ。

 

「(アーティファクト自身が意思を持っていてもおかしくはない……ってか当然だよね)」

 

 心剣に内在する意思はルークスのものだろう。

 だが、本体であるルークスと切り離されているがゆえに”衝動的に動く”事が出来る。

 何にも囚われていないルークスの剥き出しの心に近いのだろう。

 まあ、高度な知性と人格を備えさせたのなら話はまた変わって来るのかもしれないが。

 

「(面白い、実に面白いね)」

 

 マリー・スペーロ、主の心を掻き乱す矮小な人間。

 主は彼女に何を見たのか。ポチは己の好奇心がこの上なく掻き立てられていくのを感じていた。

 さて、ここで少し視点を変えてみよう。

 観客として楽しんでいるポチはまあ良いとして、マレウス達はどうだろうか?

 

「(マリーさん……)」

 

 ジャンヌは今、この上なく己の無力を嘆いていた。

 上空で繰り広げられる高速戦闘は影すら捕らえられず、時折立ち止まって競り合っている姿が見えるぐらい。

 端的に言って役立たず。親友であり家族であるマリーの手助け一つ出来やしない。

 出来る事と言えばどうか無事に終わってくれと祈る事ぐらい。

 

「(ああ、私、ホントに役立たずだ……今も、あの時も、その背を見送る事しか出来ない……)」

 

 大切なのに、愛しているのに。

 なのに、何もしてあげられない。

 心の傷口から溢れ出した(じこけんお)がジャンヌを苛む。

 

「ッ……!」

 

 一方のマレウスも大体はジャンヌと同じような心境であった。

 しかし、決定的に異なるのはマリーを――家族を想う正の感情だけではなく負の感情も入り混じっている事か。

 

「(……私、嫌な女だ)」

 

 そしてその感情はマレウス自身も自覚していた。

 何でマリーだけ、思ってはいけない事なのにそう思ってしまう。

 共に高みを目指す気概は持っている。

 だが力を求める渇望はマリーのそれよりも上回っていると自負していた。

 ゆえにこそ、割り切れない。

 

「(何であの子じゃなきゃいけないの? 私だって……!)」

 

 心剣・暗夜を与えられたのなら。

 竜の力を与えられたのなら。

 自分だって戦える、あの悪魔にだってきっと勝てる。力力――力さえあれば。

 

 マレウス自身、不当な言い掛かりだと分かっている。

 結果論として力を与えられたが、マリーはそれ以前に立ち向かう意思を示したのだ。

 絶望にうな垂れる自分と違って、何を持たずとも戦う事を選んだのだ。

 だからこそ希望を手繰り寄せる事が出来た。

 

「(そう、分かって……いるはずなのに……)」

 

 簡単には割り切れないのが心と言うもの。それが多感な年頃であれば尚更だ。

 マレウスは自己嫌悪を振り払うようにマリーの無事を祈っていた。

 

「あ、ぎぃ……!」

 

 多くの感情をその背に戦うマリーだが、彼女は今苦しんでいた。

 抉り取られた脇腹の痛みもそうだが、それ以上に苦しいのは急激な強化による弊害の方だ。

 

 端的に説明するなら見え過ぎるし聞こえ過ぎる。

 

 バエルどころか遠くに見えるはずの岩肌の小さな傷も。

 地上で見守っている友人達が喉を鳴らす音も。

 本来は拾えない、そして拾う必要のない情報が際限なく流れ込んで来るのだ。

 

「(あ、頭が割れそう……でも、でも……これを、逃したら……!)」

 

 次はない。

 幾つもの信じられない幸運によって繋がれた道だ。

 ここを逃せば自分も、友人も殺されてしまう。そんな未来を望まぬのであればやるしかない。

 ああ、その決意は立派だ。怖くて怖くて今にも逃げ出したいだろうに、よくやっている。

 

「あ」

「確かに俺様には”技術”も”経験”も伴っちゃいねえが”センス”はお前より上らしい」

 

 拙いながらも呼吸を読み、当てられるであろうタイミングを縫って放たれた大振りの一撃。

 しかしバエルは自らの呼吸をずらす事でそれを回避してのけた。

 大きな攻撃は大きなダメージを期待出来る、反面外してしまえば大きな隙を晒す事になる。

 

 空振りの誘発など性能にものを言わせたゴリ押しばかりしていたバエルらしからぬ手だと思うかもしれない。

 

 だが彼とて馬鹿ではないのだ。

 性能に頼り切った真正面からのぶつかり合いでも勝てなくはないが絶対勝てるとも言い切れない、それぐらいの自己分析は出来ていた。

 癪に障ってしょうがない小娘を絶対に殺すのであれば多少の小技が必要だとバエルは判断した。

 そしてその手本となる者も居る――先程戦ったシンだ。

 付け焼刃ではあるものの相手も同じ付け焼刃、ならば必ず通るとの確信があった。

 

「墜ちろ」

「あぁ!?」

 

 上を取ったバエルの蹴りがマリーに突き刺さる。

 咄嗟に翼を自分と攻撃の間に挟み込みダメージの軽減を狙ったものの墜落は免れない。

 一直線に地上へ落下していくマリー、そんな彼女に更なる追い討ちをかけるのが今のバエルだ。

 

「確実に削らせて貰うぜ」

 

 両手から放たれた無数の光弾がマリーに殺到する。

 威力を絞り速射に主眼を置いたそれは防がせる事で彼女を釘付けにしジワジワと体力を削る意図を孕んでいた。

 

「くっ……ど、どうすれば……!」

 

 暗夜の刀身を突き出し光弾を防ぐマリーはどう行動すべきか決めあぐねていた。

 巧者であればダメージ覚悟で突っ切る事を即断していただろう。

 だが、未熟な彼女はそれで取り返しがつかない事になってしまえばと迷っていた。

 その迷い自体が己を追い詰めて行くのだが現状いっぱいいっぱいの少女に気付けと言うのは酷だろう。

 

「お前は死ななきゃいけねえ」

 

 誰に聞かせるでもなくそう呟きながら更に光弾を増やすバエル。

 マリーや、先程まで相対していたシンは気付いていないだろうが……この悪魔、どうにも情緒不安定だ。

 目覚めたばかりだからとかそう言う事ではなく根本的に何かがおかしい。

 表層だけをなぞれば人間のように喜怒哀楽があるように見えるかもしれないが違和感を覚えてしまう。

 人間を憎んでいる、赦せないと感じているのは事実なのだろう。

 だとして、何故ポチに関して何も触れない? 忌々しい人間を庇護する者にも悪感情をぶつけて然るべきだ。なのに完全無視。

 感情が作り物臭い――とまでは言わないが表現の仕方が未熟? 或いは未発達? どうにもチグハグだ。

 

「希望と言う名の愚劣極まる無根拠な楽観が何を齎したのか俺様は決して忘れちゃいない。

他の連中を見るに殆どの人間はそれから脱却したんだろうぜ。

だが貴様を放置すれば疫病の如くに再度罹患しかねん。

どの道人間は滅ぼすつもりだが……楽観はしねえ。それを患った者らは何をしでかすか分からないからな」

 

 だから死ね、真っ直ぐな殺意を瞳に宿しバエルは攻撃を続ける。

 機械的なまでにたった一つの目標に集中しているその姿を見れば誰もが悪魔の勝利は揺るがないと言うだろう。

 賭けの対象にすらなならない。

 

「さあ、これで終わ――――」

 

 そう、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 怒れる茨姫の存在さえなければ。

 

「な……!?」

 

 右手に力を集中させトドメを刺さんと急降下していたバエルは埒外の咆哮に一瞬、動きを止めてしまう。

 そしてそれを見逃す程、怒り狂える姫は優しくはない。

 

「バァアアアエエエエエエエエエエルゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」

 

 両腕から伸ばした茨で四肢を絡め取ったシンはそのまま力任せにバエルの身体をあちこちに叩き付け始めた。

 地面に、天井に、剛力を以って何度も何度も。

 

「う、ぐ……おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 茨を振り解こうともがくバエルだが中々外れない。

 戦いを始めた時も足を茨で絡め取られたが今回はあの時の比ではなかった。

 食い込む棘にまで殺意が滲み出し容赦なくその身を苛んでいる。

 

「く、くけ……くきゃきゃきゃきゃ! ハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 血走った瞳で哄笑を上げるシンだがその顔は憤怒一色。

 バエルを殺す事以外、頭になかった。

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……ああ……ああ! 確かにその通りだぜ糞が!!」

 

 そう叫ぶシンの姿は絶命する以前とは明らかに異なっていた。

 バエルに穿たれたはずの胸の穴からは茨が飛び出し無造作に肉体を覆っている。

 鎧……のようにも見えるが隙間からは絶え間なく血が流れ出ている。自らを傷付ける鎧などそれは最早鎧ではないだろう。

 

「怒りで頭がどうにかなりそうだ……!」

 

 シンがバエルと互角以上に渡り合うための方法。

 その一つが自らの怒りの形を自覚する事だったが、それは不可能。

 だがそれ以外にも方法がない訳でもない。

 今よりも更に怒って強化の度合いを跳ね上げる事だ。

 単純だし、これまでも傷付けられる度に怒りによる強化は行われていたが……ちょっとやそっとの怒りによる強化では足りなかった。

 

 だから今以上の怒りを――と言っても本人はそこまで考えていた訳ではない。

 

「バエル、テメェ……自分が何したか分かってんのかオラァ!?」

 

 頭によぎったリーンの言葉、ものは試しだとシンは敢えてバエルの攻撃を喰らってみせた。

 その結果、薄れ行く意識の中で――――この上ない怒りに苛まれた。

 

「あたしの命を、ルークス様の命をテメェ如きがぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 ルークスのものである己の命をバエル如きが手にかけた事への怒り。

 ルークスに救われ捧げると誓ったはずの命を護る事すら出来なかった自分への怒り。

 特に後者だ、後者の怒りが大きかった。

 これまでも不甲斐なさに起因する同じ怒りを抱いてはいた。

 だが、死の淵に立つ事でそれが更に燃え上がったのだ。

 

 そしてその怒りにスカー・ハートは見事に応えてくれた。

 

 完全に喪われた命を復活させるのは神域の身業だ。

 ルークスならばそれも容易くやってのけるがスカー・ハートは別。

 真なる魔女の力を宿すとは言え断片も断片。単独での死者蘇生なぞ本来は不可能だ。

 しかし、注ぎ込まれたシンの更なる怒りがギリギリだが神域に手を届かせる燃料となった。

 結果、ルークスが手ずから可能性を拡張したスカー・ハートは時間を要したものの限りなく完全な死者蘇生をやってのけたのである。

 

「はぁ……はぁ……! ごちゃごちゃ喧しいんだよ! 何て生き汚さだ糞が!!」

 

 されるがままであったバエルだが自らの四肢を引き千切る事によって拘束から離脱。

 空中で四肢を再生させつつ体勢を立て直した。

 それと同時にマリーもまた剣と竜の力を複合させた自己再生を負えシンの隣に並び立った。

 

「…………私も、やるから」

 

 以前のゴタゴタとその後に知ったシンの背景。

 複雑な気持ちは多々あれど、今はそれについて考えている暇はない。

 借り物であろうと力を手にしたのに自分と自分の大切な人達の命運を他人に預け指を咥えて見ているなど真っ平御免だ。

 

「…………好きにしろや」

 

 一方のシンも色々と複雑な想いを抱えてはいたが今は努めて考えないようにしていた。

 現状における最優先事項がバエルの抹殺だからだろう。

 利用出来るものは何でも利用する腹積もりなのだ。

 

「(……癪だが、クソ蜥蜴の影響で一撃の威力だけならコイツのが上だ)」

 

 シンとマリー、共に心を糧とする刃の担い手である。

 ”剣単独”による強化の度合いで言えば圧倒的に前者が上だ、比較にもならない。

 だが竜の力を得てそれが心剣の強化と絡み合った結果、総合的な火力ではマリーの方が頭一つ抜けている。

 真なる魔女と”祖に最も近しき竜”の力のコラボレーションだ、加算ではなく乗算になるのが当然の帰結だ。

 とは言え極限状況ゆえ、何とか成立し何とか扱えているようなものなのでこの場を乗り切れば使えなくなるだろう。

 与えられた力を十二分に使いこなすにはマリーの才ではあまりに心許ない。

 

「(それを活かすならあたしは手数だな)」

 

 両手の平から皮膚を食い破って突き出した黒刃を握り締める。

 シンのベーシックスタイルは一刀だがザインをして魔人の領域と言わしめる才の持ち主だ。

 二刀流であっても何ら問題はない。

 

「「……」」

 

 二人は小さく息を吐き出すと言葉もなく同時に駆け出した。

 

「確か、オッサンがやってたのは……」

 

 十年前に一度見ただけの技? 魔法?

 だが、生まれ変わったスカー・ハートと担い手の才覚であれば、

 

「こうだったか? ――――”暴走《バースト》”」

 

 再現は容易かった。

 現状でも殆ど暴走状態の強化を行っているのだが、シンはそれを更に後押しした。

 どうせやるならトコトンまで殺っちゃえと言わんばかりの無謀だ。

 

「クッ……ハッ! こりゃ良い、こりゃ良いぜ!!」

 

 その肉体は度を越えた強化の代償として絶え間なく破壊と再生を繰り返していた。

 ちょっと待て果たしてそれは強化と言えるのか? 言えるのだ、言えてしまうのだ。幾つかの前提をクリアしてしまえば。

 

 大前提として完全に破壊されるまでの間――秒単位であろうと強化されているだけの時間が存在する事。

 第二に再生速度、強化される時間よりも短く再生する事。

 そうすれば小刻みに強化を繰り返す事で結果として強化されている状態が継続出来る。

 第三、全身を隈なく細胞単位まで破壊され再生する痛みに耐えられる事。

 痛みで動きを鈍らせてしまえば強化もクソもないからだ。

 以上、これらの条件をクリアしてしまえば狂気の沙汰とも言える強化が成立可能となるのだ。

 

「ありがとよオッサァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!」

 

 全身に浮かび上がった血管が破裂し飛散した血液が熱によって一瞬で気体へと変じる。

 鮮血の蒸気を立ち上らせながら刃を振るうシンの動きに一切の乱れなし。

 痛みを感じていない訳ではない。今も想像を絶する苦痛に苛まれ続けている。

 だがそれで良い、それが良い。これは不甲斐ない己への罰なのだから。

 

「!?」

 

 手数と速度を意識した二刀の絶え間ない連撃に目を剥きながらバエルはその総てに対応してのけた。

 これまでならば力押しで負傷も省みずに突っ込んでいただろうが、これまでとは事情が違う。

 百発二百発ならば無視しても良いが千発二千発と当たり続ければ面倒な事になる。

 一撃でも赦してしまえばシンもまた自らの負傷を省みず流れに乗って只管数を叩き込む事になるだろう。

 イカレているとしか思えないがこの人間ならばやる、間違いなくやる。だから水際で食い止めなければいけないのだ。

 

「(この女の狙いは分かっている。俺様を自分に釘付けて隙を生ませあの”害虫”に一撃叩き込ませようって腹だろ!?)」

 

 バエルもその程度は説明されずとも理解していた。

 ゆえにシンとの攻防の最中であってもマリーへの警戒は怠っていない。

 シンに隙を作らせない、マリーに付け入る隙を与えない。

 後はもう時間との勝負だと冷静に分析していた。

 時間は己の味方、人間二人の”無茶”がそう長くは続かない事ぐらいお見通し。

 

 ――――が、その認識は甘いと言わざるを得ない。

 

「バエル、あたしから多少は戦い方を学んだようだが猿真似にも届いちゃいねえよ」

「何を……んな!?」

 

 来ると思っていた箇所への対応として繰り出した右拳が空を切った。

 シンが最大限速度を落とさずに少しずつ緩急をつけ狙いを誤認させ空振りを誘発したのだ。

 呼吸を外すなどの技術を身につけはしたが今を以ってしても技量においてはシンのがバエルより何枚も上手。

 高速戦闘における呼吸の読み合い、その要訣を会得していないバエルなぞ今のシンにとっては良いカモだった。

 

「そうら! がら空きだァ!!」

 

 左手首を切り返し空振ったバエルの右腕、その肘に刃を叩き込む。

 断つではなく打つ事に重きを置いたそれは見事に片腕をかち上げる事に成功した。

 

「先ずは一撃……!!」

 

 無防備な右脇腹を力いっぱい薙ぎ払う。

 刃を通した感触は肉のそれではなかったが防御も何も考えず力を注いだお陰で何とか振り抜く事が出来た。

 これだけでは未だ致命には至らないが”流れ”はこれで引き寄せられた。

 

「ようバエル、お前冒険者って知ってるか? ああ、テメェらみてえな人外をぶっ殺して糧を得る職業の事さ」

 

 一撃を入れたら即離脱。

 マリーは欲をかかずにあっさりと距離を取り再度連打の応酬が始まった。

 

「冒険者ってのは生活スタイルや性根がアウトローっつか落伍者染みた奴が多いんだが」

「(空に逃げ……いや、コイツだけが飛べないってのは楽観だろ? 俺様が先に空へ上がろうとすればそれは隙を晒すのと同義で……)」

「仕事してる時――正確に言うなら戦闘を行う時だな、そん時に限っては大概生真面目な奴らばっかりなんだよ」

 

 命を落としかねない職業だから真面目に――と言う訳ではない。

 そう言う面も孕んではいるが、シンが語っている”生真面目”と言うのは別の部分だ。

 

「あのモンスターはこう動いて倒す。このモンスターはああして倒す。

未知のモンスターと相対したのならば先ずはこう動いて様子を見る、そして相手の動きに合わせてAの行動を取るかBの行動を取るか。

そんな具合にな? カッチリマニュアル整えて働く勤勉なのが多い訳だ」

 

 天稟に恵まれた者らであれば初見であろうと既知の相手であろうと好きなように戦って勝利を掴み取れるだろう。

 だが、大半の冒険者はそうではない。

 自分の持つ手札を如何に組み合わせれば安定して勝ちを拾えるのかを何時だって考えている。

 

「それなりに真面目に冒険者やってれば駆け出しのルーキーだろうと一ヶ月二ヶ月で覚えられる」

 

 冒険者としての基本スタイルは比較的早期に身に着くのだ。

 そこからは手札を増やす事、増えた手札を最適化していく事の繰り返し。

 

「何が言いたい?!」

「――――テメェはもう型に嵌まってんのさ」

 

 ひょいと無造作にシンが左足を上げるとその下を刃が通り抜ける。

 向かう先はバエルの左足首。

 低空を滑る暗夜の刃は狙い違わずそのまま駆け抜けて行った。

 

「く、糞がァあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 足を切断され体勢を崩したところにシンの攻撃が殺到する。

 威力ではなく数に重きを置いたものゆえさしたる痛撃は与えられていないがそれでも十分。

 

「ざまぁねえな(ま、半分ぐらいはハッタリなんだが)」

 

 幾ら超強化を施されたマリーと言えどシンに比べればキャリアが浅過ぎる。

 先ので二度、マリーは間隙を縫って攻撃を叩き込んではいるが余裕などは皆無。

 

「(次は……次は、何処……!?)」

 

 今だってそう。

 背後、側面、移動しながら戦う二人の周囲をぐるぐると駆けながら必死に視線を走らせている。

 次、どこかに生まれる隙を決して見逃さぬように。

 センスがあれば即興で合わせられもするだろう。

 それがなくともキャリアが……そうだな、十年。最低でも十年あればもう少し余裕があったかもしれない。

 

 だと言うのにバエルや他の第三者の目に連携が成っているように見えてしまうのはシンのお陰だ。

 

「(ったく、面倒臭いったらありゃしねえ)」

 

 シンはマリーが視線を向けている箇所を常に把握しつつ先読みも行っている。

 その上で最初は視線が向かう場所を先取りしてバエルに隙を作った。

 次は立ち回りでマリーの視線を隙が作れそうな場所に誘導して攻撃を行わせた。

 この連携はシンの天稟あってこそのもの。

 彼女にかかる負担はかなり大きいがバエルを殺すために労を惜しむつもりはなかった。

 

「……ああ、こりゃ勝ったね」

 

 戦いを見守っていたポチがポツリと呟く。

 誰に聞かせるつもりもない独り言であったが、

 

「じゃろうな。単純な性能は脅威の一言、学習能力も見事。しかし、まんまと黒狼の作り出した流れに乗せられとるわい」

「おやお爺さん、今までだんまりだったのにどう言う風の吹き回しだい?」

「うら若い娘らの悲嘆を前にしてかける言葉なぞ持っておらんかったからのう」

 

 ルインは好んで死にたい訳ではないが年齢が年齢だ。

 自分の死は意識せずとも視野に入っている。

 一流クラスの魔法使いであってもバエル相手では不足が極まるし、バエルと戦っていたシンの援護だって出来やしない。

 ならばもうこれは無理だなとスパっと諦め最後の好奇心を満たすためバエルについて考えを巡らせていた。

 良識ある大人であればドンドン沈んで行く少女らを叱咤したかもしれないが自分の仕事ではない。

 ゆえにルインはだんまりを決め込んでいたのだ。

 

「同じ人間なのにねえ」

「男と女を分かっておらんの。わしに言わせればまだ竜の方が女よりは親近感が持てるわい」

「ふぅん……僕もそろそろそっち方面の勉強もしてみるべきなのかな」

 

 言葉を交わしつつも視線は外さない。

 

「段々回転数が上がって来たね」

 

 マリーが攻撃を叩き込むペースがこれまでよりも早くなっていた。

 それだけ隙が生まれ易くなっていると言う事に他ならない。

 

「彼奴めの再生速度も目に見えて低下しておるわ」

 

 一撃を受ける度に目に見えて再生速度が下がっていくバエル。

 誰の目にも挽回は不可能。

 そしてそれは、

 

「糞……糞糞糞糞がァああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 本人が誰よりも痛感していた。

 

「俺様が、よりにもよって……奴らではなく、人間に……人間にィィ……!!」

 

 最早満身創痍、焦燥と憤怒に駆られながら吼える悪魔に往時の力強さは皆無。

 言う事を聞かない身体、たたらを踏んで下がってしまった足が憎くて憎くてしょうがない。

 

「「く・た・ば・れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」」

 

 右方からシンが、左方からマリーが。

 両袈裟に振り下ろされた正真正銘、渾身の一撃がバエルを切り裂いた!

 

「――――!!!!」

 

 声にならない悲鳴を上げバエルは崩れ落ちた。

 まだ辛うじて息はあるようだが、末端から灰になっていく肉体を見るに死は避けられまい。

 

「はぁ……はぁ……梃子摺らせやがって、この糞がァ……」

「……」

 

 勝利を確信すると同時に二人もまた崩れ落ちた。

 共に肉体の限界を迎え、未だ気を張ってはいるものの指一本動かせない。

 マリーに至っては声を出す事さえ出来ないようだ。

 

「ふ、ふふふ……」

「あ゛? 気でも狂ったか?」

「ああ、ああ……認めてやる、俺様の負けだ。良いぜ、この場に居る者らは見逃してやる。今しばしの生を甘受するが良い」

 

 灰化していく身体に鞭を打ちバエルが立ち上がった。

 見逃すと言う言葉に嘘はないらしく、二人に何かをする気はないようだ。

 

「だがッ! それ以外は別だ! 未だ世に蔓延る罪人どもを一人でも多く殺さねば死んでも死に切れねえ!!」

 

 天井付近の空間が歪む。

 無理矢理こじ開けられたそれはシンやポチにとっては見慣れたもの。

 

「次元の裂け目……? テメェ、何を――――」

「この一撃を以って呼び水としよう。同胞よ……目覚めやがれぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 バエルの左手から放たれた光弾が裂け目へ向かって飛んで行く。

 どうしてかは分からない、だが大空洞に居る全員が感じていた。

 あれは止めなければいけないと。

 

「く……身体が……畜生、間に合わねえ……!」

「糞! やっぱり動けない、攻撃を邪魔するのも無理なのか……!?」

 

 終わったはずなのに続いてしまった人と世界へ引導を渡す光が裂け目に飲み込まれる寸前、

 

「え」

 

 パン! と気の抜けた音が大空洞に響き渡り光弾と空間の歪みが消え去った。


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