キミノココロ   作:碧生抹茶

1 / 1
キミノココロ

自転車を漕いでいると、横から風が吹き込んだ。
俺は自転車を停めて、風が吹いた方向を見る。

そこには真っ白な砂浜と、陽を浴びてきらきらと輝く水面とが、お互いに居場所を求めて押したり引いたりしていた。

そう、見えているのは、いつも通りだけど、この街が誇る、俺の中では日本一美しい海だ。
その風景と、波が砂を洗う音と、少し温い浜風を体いっぱいに感じる。

…ふう。

いつもの儀式が終わって、腕時計で時間を確認する。

「やっべ!!」

7:55。君との約束まで、あと10分になっていた。

──────────────────────

坂を歩いて下って、カーブが一番きついのに、ガードレールもない安全面にとても問題があるような広い道に出る。

段々と海に近付いていくこの坂は、自転車で下ったらとても楽しそうだけれど、そんな事をしたらきっと彼は私をとても心配するだろう。

時々、彼の想像力は私の遥か上を行く。この前この坂の話をしていた時、彼は「自転車で下ったら海まで飛べそうだ」と言ったのだった。

私は大真面目にそんな事を言う彼を見て笑ったものだが、彼はさらに続けて「危ないから絶対自転車で下っちゃダメだぞ!」と私に釘を刺した。
私はその真剣な瞳を見て、そこに映る私を見て、彼の世界はやっぱり私には見えないんだなぁと、少しだけ寂しくなった。

約束の時間まではあと10分程あった。少し張り切りすぎたかな。

─────────────────────

自転車のペダルを踏む力を強めながら、君の街がある小高い山の、海に面している崖を眺める。

俺と君では、こんなに違うのか。

ごつごつと岩肌を剥き出す何も言わない大きな壁に、俺はなんとも言えない気持ちになる。

約束していたカーブまでは、あと少し。平坦な道から山を避けるようにカーブし、かなり急な角度をつけて上がっていくこの道は、やはり山の頂上から下ったら海まで飛べそうだ。

その一際キツいカーブに、君は1人で立っていた。
俺は自転車のハンドルから片手を離し、君に見えるよう大きく手を振った。

約束の時間まであと5分。まぁまずまずの時間だろうか。

─────────────────────

しばらく海を眺めていた。
寄せては返す白波は、妄想と現実の間で揺れている私達10代のようで、少しだけ親近感を覚える。

どれだけキレイに生きようとしても、どれだけ器用に生きようとしても。立ち行かなくなってしまう現実は、今私の横にあるこの高い崖のようだ。

高い壁、というのは私の人生の中に、あと何個あるのだろう。そして今までの人生で、それを何個超えられただろうか。

…いやいや。彼との楽しい時間の前に、こんな感傷的になってしまってはいけない。

私はハンドバッグから飲料水を取り出し、一口飲んだ。
もう温くなり始めていたそれは、私の胸のもやもやを洗い流すように喉を潤していった。

さて、彼はあと何分で来るのかな。

─────────────────────

君の目の前で自転車を止め、お待たせ、と声をかけた。
今更だけど、ここはかなり会話には不自由だ。荒々しい波の音で、殆どの音は消されてしまう。

コンクリートの隙間から生えた花なんかを2人で眺めて、その生命力の凄さを褒め合って、そしてまた前を向いて歩き出す。

俺達には目指している場所なんてものはないが、行きたい場所ははっきりしている。こことは違うどこか。

妄想と現実の間で揺れる俺達の、子供っぽい稚拙な願望。それだけが俺達の動力源。

自らの足で踏み締める大地はそれより以前にコンクリートで舗装されているし、地形も変えられているし、きっと1000年前とは全く違う大地なんだろう。そしてこれからも、その大地は形を変えるんだろう。

だから今を生きる俺達は、そこに足跡を残す。
俺達の存在が、無かったことにされないように。
俺達が生きているこの時間が、無かったことにならないように。

さて、次はどこに行こうか。君とそんな会話を始めた。

─────────────────────

私の目の前で自転車が止まり、彼はお待たせ、と言った。
彼の聞こえない声をかき集めるようにして、私は会話を試みる。お互いに声が聞こえないこの状況、自然に声を張るようになる。

歩道から反対側の歩道へ、まるで放たれた矢のように駆ける野良猫を二人で眺めて、この人間の為にあるような環境の中でも逞しく生きる生命力にある種敬意を表して、そしてまた前を向いて歩き出す。

私はどこを目指しているんだろう。彼に出会って、その疑問が解決した。多分、ここではないどこか。

幻想と本物の隙間で彷徨う私達の、幼稚で未成熟な希望。それが私達のエネルギー。

今見えてる景色はきっと600年前にはもっと違っていて、さらに遡ればさらに違った景色になるんだろう。逆にもっと時が経てば、今では考えられないような景色が広がっているんだろう。

今を生きる私達は、その流れに身を任せることしか出来ない。その流れにしがみついて、必死に生きることしか出来ない。この波に攫われていく多くの砂のように。

だからせめて、この移り行く世界をこの目に留めておきたい。そんな気持ちで、私は歩く。

次はどこに行こうか。どちらともなく、そんな話を始めた。






※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。