優雅で破天荒な昼下がり   作:霜月天籟
<< 前の話 次の話 >>

8 / 9
ちょっと更新ペースを変えます。
これからは10000字前後のものをこまめに投稿していくのでよろしくお願いします

あ、それと作者は8月に英仏に行ってきます 


月下と予兆

修学旅行三日目、高田真澄とアッサムの交際は、いとも簡単に露見した。

さて原因は、どちらかというと真澄の方にある。というのも、それはホテルで用意された朝食会場にアッサムが姿を見せた時である。アッサムの姿を認めた高田は、本当にさりげなく「おはよう、アッサム」と言い、全く自然な動作で、アッサムの頭にポンポンと手を当てたのだ。

さて、朝食会場ということは学年のほぼ全員と、それに加え教師達もいるわけで、それはそれは大騒ぎとなった。しかも、同級生達がどよめく中、高田は毅然と、しかも微笑を含んで悠々とした態度で席に着いたので、これはもう「交際宣言」ととられてもおかしくないだろう。まぁ、当のアッサムが否定をせず、「おはよう、真澄」と返したのも、大きな原因の一つではあるが。

 

そして、それから一日中、高田とアッサムは終始仲睦まじげにしていたものだから、確信犯も良いところであった。男子が高田に「で、どこまで進展してるんだ?」と聞けば、女子はアッサムに「告白はどんな言葉でしたか?」と尋ねる。もちろん二人は隠すつもりなどさらさら無いので、快くそんな質問に答えていく。その度に、「おぉー!」とか「きゃー!」とか歓声が上がったのは言うまでもない。いくら聖グロ生とはいえども、根は高校生ということに変わりはない。それどころか、しまいには老若男女問わず、最初は苦笑を浮かべ沈黙を貫いていた教師達までもが話に加わり、特にアッサムの担任の聖グロ出身教師は、まだ聖グロが女子校だった青春時代の思い出話さえ繰り出す有様だった。

 

と、そんなこんながあって、その日はあっという間に過ぎていった。結局みんな、色恋沙汰の話題は好きなようで、その日は大半の聖グロ生が、楽しそうな表情を浮かべていた。

そう、大半は、楽しそうだったのである。

 

「はぁ……」

 

三日目ももう終わりに近づいてきた夕方。到着した佐世保駅構内のベンチで、堀は大きくため息をついた。

 

「あら、どうかしたの?栄輝」

 

そんな堀を見て声を掛けたのは、学年一、いや学校一の知名度と人気を誇るダージリン。

 

「どうしたもこうしたもねぇよ。何でみんな、恋バナになるとこんなにうるさいんだ……?」

 

「みんな好きだからじゃないかしら?こういう話が」

 

「俺は嫌いだ」

 

「私は好きよ」

 

まるでいたちごっこである。そうして沈黙が場を支配すると、堀は不貞腐れた様子でリュックに顔を埋め、そのまま微動だにしない。ダージリンも、何かこの状況を打開する方法を模索するが、少し経って、万策尽きたことを察する。理由は、堀から「スー、スー…」と、静かに寝息が聞こえてきたから。真澄とアッサムは変わらずで、緒方も、他のクラスメイトと談笑している様子だ。

 

「起きなさい、栄輝」

 

呼び掛けても、もちろん返事はない。

さて、どうしたものか。疲れていたダージリンの脳が、否応なしに働き始める。

 

「ここで寝てはいけませんわ。起きなさい。…起きなさいっ!」

 

初めは物静かだったダージリンの口調が、瞬く間に厳しそれに変わっていく。終いには、ダージリンが堀の背中をバシバシと叩く有様だった。

 

「ダージリンさん、何をしているの?」

 

「へ?」

 

すると、いつの間にか仲のいい同級生の二人が、ダージリンの周りに集まっていた。

 

「え、えーと、栄…堀君を起こそうとしていましたのよ」

 

非常に危うい状況である。つい、いつもの癖で下の名前を読んでしまいそうになったが、戦車道履修者以外の前で言ってしまうと、余計な噂が立ちかねない。

 

「んぅー、起きてるぅ…起きてるからぁ……」

 

突然、堀の寝ぼけた声が耳に飛び込んでくる。ダージリンはドキリとなったが、周りの同級生は必死で笑いをこらえている様子だ。

 

「スー、スー……」

 

「あら、また寝てしまったわよ?ダージリン」

 

「起こした方がいいのでは?」

 

少しからかい気味に、同級生が口を揃える。堀からは、やはり気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 

「ま、まぁ、この程度ならすぐに起きると思いますわ。放置してよろしいでしょう」

 

と、いつもの調子で言ってのけたが、

 

「そんなことまで知っているの?」

 

「堀君のことはなんでも知っているのね」

 

盲点だった。つい推測で言ってしまったことでも、色々な方向から揚げ足を取られてしまう。

 

「そ、そういうことでは…!」

 

「まぁまぁそう言わずに。ありのまま彼と接すればいいのよ」

 

「そうそう。私達も応援していますわ」

 

弁解しようとするが、それすらも遮られてしまう。ダージリンは最初気付かなかったが、二人ははなから恋バナとして受け止めていたようだ。

そしてそう言ったきり、同級生二人は離れていった。いつもは優しく、学年の中でも優秀なその二人も、恋バナとなると少しばかりの敵意が向けられている気がする。堀が"嫌い"と言った理由が、分かったような気がした。

 

「浮かない顔をしていますね」

 

また話しかけられ、つい身体を震わせる。しかし、声の主がアッサムだったので、ダージリンは一応安堵する。

 

「アッサム、あまりびっくりさせないで頂戴?」

 

「ごめんなさい。ダージリンの反応が、とても面白かったから」

 

「全くもう…」

 

呆れて膨れるダージリン。アッサムは、やはり先程の同級生と同じで、どこか楽しそうに笑みを浮かべている。

 

「なにか面白いことでもあったのかしら?アッサム」

 

「面白いというかなんというか、こう、栄輝さんとダージリンが二人でいるところを見ると、何故か微笑ましいのよ」

 

これは馬鹿にされているな、とダージリンは思う。

そもそも、ダージリンと堀ははただの友達のはずである。また、確かに周りの同級生より仲は良いかもしれないが、みんなが期待しているような色恋沙汰に発展することは無い、はずである。

 

「で、実際はどうなのですか?栄輝さんのこと、どう想っているのですか?」

 

「その、結構仲の良い、友達…?」

 

心の中では、断言できたはずだった。

なのに、なのにだ。いざアッサムに問われて声に出すと、今の堀との関係を好まない心の中のダージリンが、回答に自信を持たせようとしない。

 

「本当にそれだけですか?」

 

「うぅ……」

 

ダージリンも、少しばかりは勘づいてはいる。自分が恋心を抱いているかもしれない、と。しかし、それは未だ、ダージリンの脳は"わるいこと"と認識しているようで、結局その感情を受け入れたことは、残念ながらまだ無い。

 

「自分の気持ちには、素直になった方がいいのでは?」

 

アッサムが、ダージリンの胸の中に疼く一応の事実を、的確すぎる助言として突き付けてくる。

 

「私も、素直になりたいわ」

 

それでも、ダージリンは葛藤する。いや、してしまう。

 

「でも、私と栄輝は友達と友達よ。それに、隊長と参謀の関係でもあるわ」

 

「そんな形式ばった関係には見えないわ。貴女と栄輝さんは」

 

「……」

 

八方塞がりだ。実際、こんなにも簡単な気持ちに対し、色々理由をつけて、自分で自分の進歩を止めているのはどうかと思う。

できることならば、ダージリンも今すぐ素直になって、今すぐこの気持ちを本人に伝えたいのだが、初めて向き合う感情には、慎重になってしまう。いや、逃げているだけ、という言い方が合っているのかもしれないが。

 

「そんなに自分に足枷を付けるような真似をして、面白い?」

 

「うぅ……」

 

「私は、自分の気持ちには素直になるべきだと思います。現に、それで幸せになれたのだから」

 

ド直球のド正論を向けられて、ダージリンは返事に困惑する。いつかは直面すると思っていた気持ちなのだから、尚更答えに慎重になる。

 

「確かに、貴女は幸せになれたわ。でも、私がそうなるなんていう保証は……」

 

「いやいや、女性としての魅力は、確実にダージリンの方が備わっているでしょう?」

 

「…へ?」

 

「へ?じゃありません。もっと自分に自信を持ちなさい。見ているこちらがもどかしいわ」

 

アッサムから発せられる言葉のその一つ一つが、ダージリンにとっては事実だった。今まで薄々感づいて、それでもはっきりと示すことはなかった内なる物事が、次々と言葉という形に明らかにされていく。

 

「そう、ですわね」

 

そろそろ、認めなければならないだろう。これ以上事実を認めないということは、自分に対する事実を否定することになってしまう。

 

「私は、好きなのかもしれないわ。栄輝のことを」

 

当人はすぐそばに居るというのに、そう言ったきり、ダージリンは堀のことがとてつもなく愛おしく感じた。寝ているのが幸いして言いたい放題、というのもあるのかもしれないが。

 

「そういえばダージリン、栄輝さんのどういうところが好きなのかしら?」

 

「え?そ、そうですわね…私にとても、優しくしてくれるからかしら?あ、でも、もちろん博識だったりするところも好きなのだけれど……」

 

「ふふ、やっぱり好きじゃないですか」

 

つい話に熱がこもってしまうが、それすらもアッサムに揚げ足を取られる。

 

「あまりからかわないで頂戴」

 

仏頂面を作ろうとするが、顔が熱くなるのを感じる。それだけダージリンは動揺していて、それほどまでにダージリンは恋に落ちていたのだ。

 

「応援してます」

 

「ありがとう」

 

そうやって、二人はほんの少しの言葉を交わす。高校の二年間を既に共にした二人にとっては、それだけで十分だった。

 

=====

 

気が付くとそこは、船の中だった。意識が覚醒した堀は、寝ぼけた目をどうにか半分開けつつ、状況を理解しようとする。

まず、座っているところは、割と心地がよくふわふわしていて、恐らくソファか何かだろう。向かいに見える窓から望むのは、少しグレーがかってぼやけているが、海だろう。

 

「お、起きたか」

 

「ん?…あぁ、おはよ高田」

 

隣から聞き慣れた声が聞こえたと思い首を向けると、そこには高田と、その腕でに手を回しているアッサムの姿があった。

 

「ほんと仲いいな、お前ら」

 

まだ覚醒しきっていない目を覚ましつつ、堀はあくび混じりにそう言った。

 

「お陰様で、この通りです」

 

「そりゃどうも」

 

アッサムの言葉に伸びをしながら返すと、堀は少しだけ首を左右に動かし、それから「よいしょ」と呟いてソファから立った。そして、おもむろに壁に掛かってある時計に目を向ける。

 

「で、あとどれぐらいで着くんだ?サンダースに」

 

「20分くらいだそうだぞ」

 

「そっか。わかった」

 

サンダース。つまり、サンダース大学付属高校のことである。聖グロとは古くから姉妹校提携を結んでいて、聖グロが修学旅行でサンダースを訪れるのは、最早恒例行事となっている。ちなみに、聖グロ学園艦が十分大きいにも関わらず、サンダース学園艦はそれ以上の大きさを誇っており、豪華客船さえも錨泊できる。

そんな大きい学園艦に、聖グロ生の乗っている連絡船が入艦することなど造作でもなく、なんと艦内にあるドックのような場所に停泊した。

 

「すごいインパクトだったな……」

 

「そうだね。船に船が泊まってるなんて初めて見たよ…!」

 

こういうのを見ると、男子は興奮せざるを得ない。緒方と高田は、下船してからも声を絶やさなかった。

さて、サンダースでは、一応学校同士の交流ということで制服を着用するようにだけ教師言われ、そこから一度解散となった。それから、各々学校の敷地内にある宿舎に向かうようになっていて、堀や高田もそこに移動することにした。

 

「すごいなサンダースは…。こんなホテルみたいなのもあるとは」

 

部屋に着いた途端、堀が発したのはそんな感嘆の言葉だった。部屋は木製の床にベッドが二つ並んでいて、さながらビジネスホテルである。

 

「佐世保よりこっちのが都会なんじゃないか?」

 

「一理ある」

 

開かれたカーテンから望む街並みを眺め、そんな感想が堀の口を衝く。もはや艦というよりも島、いや海上都市と言っても過言ではなかろう。

そうこうしている内に時計の針は6時と少し過ぎを指していたが、陽が長くなっているので外は暗くはない。どちらかというと、薄暮時に近いそれがあるだろう。荷物を置いた二人はしばらくして制服に着替え、次なるイベントがある場所へ向かうためにそそくさと部屋を出た。途中、緒方やら他のクラスメイトやらと自然に合流し、地図を頼りに教師から指定された場所へと歩く。

 

「えーっと、こっちが繁華街で、この通りを抜けたらこっちに…ん?いやでもこっちは住宅街で……あれ?これどういうことだ?」

 

「大きすぎて分かんないよ…。僕はギブ」

 

「おい諦めるな緒方」

 

が、この有様だった。何せ聖グロより広い学園艦な上に、初めて来た場所なのだ。こうなるのも当然と言えよう。

 

「あーくそ鬼畜すぎんだろこんなの…」

 

周りのクラスメイト達も、右往左往といった具合だ。このままだと、戻っても進んでも、何れにしても迷子という審判が下るだろう。それだけは、なんとしても避けねばなるまい。色々な理由で。

と、そうやって、ほぼ全員が「ヤバい」と痛感した時だった。

 

「おーい!聖グロの生徒さん達ー!」

 

突如、とある男の声が耳によぎる。

 

「ん?…どうかしましたかー?」

 

「俺はここの生徒のタカシだ。お前は?」

 

「俺は堀栄輝。よろしく」

 

堀より幾分か背の高い『タカシ』という男子生徒は、フレンドリーそうな雰囲気で次々と聖グロ生と挨拶を交わしていった。活発で人当たりが良さそうな性格に見える。

 

「で、お前らもしかして、迷っちまったのか?」

 

「な、なぜそれが分かる……!」

 

「表情と動きで、かな」

 

ほんのいくつか言葉を交わしただけにも関わらず、タカシと聖グロ生達は、自然とタメ口喋っていた。これが、サンダース独特の空気というやつなのだろう。

 

「いやぁ、これからこの建物に行きたいんだけど、サンダース広すぎてさ。案内してほしいんだけど…」

 

「Oh,right!お安い御用だぞ」

 

高田が地図を差し出すと、タカシは快くそれを引き受ける。

 

「こっちだ。案内する」

 

地図と土地勘を照らし合わせて、タカシは目的地の方向を指差して歩き始めた。聖グロ生達もそれに続く。

 

「お前ら、サンダースは初めてか?」

 

唐突に、タカシがゼロから話題を作る。

 

「初めてだから迷ってしまって…なぁ?」

 

「あぁ。広すぎだっての」

 

堀の答えに続き、高田が触発されそれに乗っかる。ほんの数分会話しただけだというのに、タカシはまるで、今までずっと友達であったかのような接し方だ。もちろん、堀も高田もそれが悪いようには思えないし、むしろ、サンダース学園艦という全くもって初めての場所での緊張が解けるような、そんなフレンドリーさを持った人で助かった、というのが本音だ。

それから数分程話しながら歩いて、一行は目的地に辿り着いた。そこは大きなホールのような場所で、『Welcome!聖グロリアーナ!』と書かれた横断幕が掲げられている。ちなみに、今からここではサンダースと聖グロの両生徒交えて歓迎パーティーが行われる予定である。

 

「さ、着いたぞ」

 

「おー、助かったわ!ありがとな」

 

「まぁ、俺も今からこれに参加するわけだけど」

 

「おいこら」

 

予想はしていたが、やはりタカシもここが目的地だったようだ。

既に会場には、サンダースと聖グロの生徒が多く集まっていて、始まる前から会話に花を咲かせているようだ。また見た限りでは、やはりサンダースの生徒が積極的に接している。タカシが特別というわけではないようで、生徒の気風がそうしているらしい。

 

「あら栄輝、遅かったわね」

 

そんな人の群れの中から、ひょっこりとダージリンが姿を見せた。隣にはいつもの如くアッサム。そして、灰色のジャケットと赤のスカートに身を包んだサンダースの面々が続く。

 

「お、ダージリンは先に…」

 

「ケイさん!先に行くなら言ってくださいよー!それならみんなまとめて俺がエスコートできたのに!」

 

堀の言葉を思い切り遮って、タカシが声を上げた。自動的に、会話の主導権が移る。

 

「No,no.そんなに焦らない!貴方はちゃんと役割を果たしたじゃない!」

 

「いやでも…!」

 

サンダース勢が会話を繰り広げる中、堀や高田といった面々は完全に置いてけぼりにされてしまう。これが校風の差かテンションの差か、とにかく聖グロとはどこか根本が違うような感じである。

 

「なぁダージリン、こちらの方とはどういう…」

 

一応その場にいる以上、誰が誰かというのは把握しておきたいので、堀はブロンドのロングヘアーで、タカシから「ケイさん」と呼ばれた人物を指差した。対して、ダージリンは変わらない笑顔で応答する。

 

「ケイさんは、サンダースの戦車隊長なの」

 

「あ、なるほどそういう。ん?てことは…」

 

そして、その回答を聞いた堀は何かに気付いた。薄々と感じていた僅かばかりの違和感が払拭され、何かがプツリと切れるような感じがした。

 

「ん?どうかしたのか?栄輝」

 

「ちょっとな。なんかアイツが憎たらしくなってきた」

 

高田の問いにそう吐き捨て、堀は会話を続けるケイとタカシの方に視線を滑らせる。

 

「なぁタカシ、お前さぁ…」

 

そして、なんの躊躇いも、臆することもなしに会話に割って入る。

 

「ん?どうした?」

 

「お前、2年生だよな?」

 

「……え?」

 

ほんの少しの間の後で、タカシが声を漏らす。いきなりの出来事に動揺するタカシに、堀はさらなる追い討ちをかけるべく言葉を向ける。

 

「お前、さっきまでタメ口で喋ってたよなぁ?」

 

「ん?あ、あぁぁぁ!」

 

途端、周りからドッと笑いが起こる。当のタカシは「す、すいませんでしたァ!」などとと言いつつ頭を下げおり、それがまた笑いを増長させ、終いには、釣られて堀まで笑ってしまっていた。

 

「ま、いいよ。敬語でもタメでも好きな方で」

 

「いやいや、これからは敬語で行かせてもらいますよ、堀先輩」

 

「なんか歯痒いけど、まぁいいか。…っと、そろそろ始まるみたいだ」

 

栄輝が話し終えるのと同時に、教師がゾロゾロと壇上に立ち始めた。その中のひとりがマイクを持ち、だんだんと静かになっていく生徒に向け話し始める。とはいっても、長引かせる気も形式にこだわる気も無いらしく、とにかく常識を逸しないように、あとはパーティーを楽しめ、とだけの沙汰であった。

 

「じゃ、私達は色々とお話があるから、栄輝も楽しんでね」

 

「アッサム、俺らあっち行かないか?」

 

「ええ。エスコートよろしく」

 

「おいお前らちょっと待…、はぁ」

 

そして、そういうわけで数分後に解散した訳だが、次々と見知った面々が散っていく。別に一人がいけないわけではないが、こういう場だとどうしても目立ってしまうだろう。

 

「どうしたもんかなぁ…」

 

結果、堀は完全に落胆した。周りがパーティーの絢爛に包まれる中で立ち尽くすのは、なんとも虚無感に支配されてしまう。それでも、なんとか仕方がないと割り切りつつ、堀は、煌びやかなパーティーの空気から抜け出すために、バルコニーの方に足を進める。

 

「あの」

 

ちょうどその時であった。後ろから、声をかけられる。

 

「はい?」

 

「ちょっと話が…。さっき、隊長達と話してましたよね?」

 

「隊長…あぁ、確かケイさん…だっけ?」

 

「はい、そうです」

 

その話しかけてきた人には見覚えがあった。確か、ケイとダージリンが話していた時、後ろにいた女子である。背は堀より頭一つ分低く、ふわっとした赤毛を短めのツインテールで纏めている。

 

「あーもう、タメでいいよ。なんかやりにくい。で、名前は?」

 

「アリサよ。あんたは?」

 

「堀栄輝。よろしくな」

 

「こっちこそ、よろしく」

 

アリサはタカシに反して、かなり柔軟に打ち解けた。アリサの周りにも人は見られないので、人に困っていたのは堀と同じようだ。

 

「とりあえず、バルコニーに出ないか?ここだとちょっと居ずらいっていうか…」

 

「わかる。こういうキラキラしてるのって苦手なのよね」

 

「お前もか。やっぱ性に合わねぇよ、俺みたいな参謀役には」

 

なんだか気が合うような感じがしたので、躊躇わずに堀は隣に並ぶ。歩いてる間、「サンダースのノリはすごいなぁ」だったり、「聖グロはとにかくお淑やかそうだけど、全然違うのね」だったり、グラスを片手に互いのことについて話を交わした。驚き、笑い、共感し、ゆっくりとした歩調で歩くこと数分で、二人はバルコニーに到着。心地よい初夏の夜風が、頬を撫でる。周りは薄暗闇といったところだが、背中にはパーティー会場の明かりが眩しい。

 

「で、話っていうのは?」

 

「まぁ、色々あるんだけど…。タカシ、いるでしょ?」

 

言い出した途端、アリサの顔に朱が滲む。

 

「実は、あいつとは色々と腐れ縁なんだけど、中々言い出せないことがあって…」

 

「ほーう」

 

アリサの仕草や表情なんかで、さすがの堀もとっくに予想が付いている。その為か、堀はそれらをあえて助長し面白がるように、挑戦的な口調を堀に向ける。そして、その口調にムッとなったのか、アリサの目が多少なりとも細身を帯びた。

 

「あんた、馬鹿にしてるの?」

 

「んなこたぁねぇよ」

 

わざとらしさを込めてグラスを傾けながら、堀は言った。意図がこもっているのは否定できないが、馬鹿にするとか愚弄するとか、そんなことをするつもりは毛頭ない。美しい感情にそんな気持ちを向けるのは、礼儀に反することだろう。

 

「もう、はっきり言えばいいんでしょう?私は…タカシのことが好きなのよ」

 

「ほーう。それで、進捗どうなの?」

 

普通、ほぼ初対面でこういうことを聞くのはナンセンスかもしれない。が、今は後ろで行われているかパーティーの、その煌びやかな雰囲気にあやからせてもらおうと、堀は思考した。

 

「うっ…。ま、まぁその、情報収集は怠ってないけど……」

恥ずかしそうに視線を落としながら、そして頬に滲ませた朱色を幾分か強めながら、アリサは言った。声もどこか小さく、か弱さが感じられる。

 

「情報収集て…。それ恋愛でやることかな?」

 

「い、いいじゃない!傍聴くらいしても」

 

「いやそれ下手したら傍聴じゃなくて盗聴だろ」

 

「何よ!うるさいわね!」

 

恥ずかしがったと思えば、次は逆ギレと、なんとも忙しい女の子だ。

 

「アンタは無いの?そういう話」

 

と、落ち着きを取り戻したらしいアリサは、堀に話題を求める。

 

「残念ながら色っぽい話は無いぞ、俺は」

 

「私が話したんだから、あんたも話なさい。せめて好きなタイプくらい言ってもらわないとやりきれないわ」

 

「えぇ……」

 

強引に急かされた堀は困惑の表情を見せるが、アリサはそれに妥協しないどころか、更に「早く言いなさいよ」と迫る。

 

「好きなタイプ、ねぇ……」

 

とはいえ、即答できるほど確かな人物像が堀の中にある訳ではない。アリサもそこは分かっているようで、変わらずジト目で堀を見る。

 

「話してて楽しい人、かなぁ」

 

十数秒の間の後、堀はゆっくりとそう言った。ありきたりな答えだと思うし、かなり面白くないと思うが、これが今出せる最良の答えだとも思う。

 

「面白くないわね」

 

「だからそんな色っぽい話無いって言ったろ?」

 

「普通は一つくらいあるものでしょ?!」

 

「あーもうめちゃくちゃだよ……」

 

苦笑いを含みつつ、堀は苦言を呈す。全くもって、年頃の女の子の思考回路というものは分からない。

 

「まぁただ、俺はあんまり女子と接してないから、人数は限られるんだけども」

 

「アンタ、将来どうするの?」

 

「うーん、分からん!」

 

自信満々に答える堀。対してアリサは、「はぁ…」と溜め息をつく。曲がりなりにも年下に将来を心配されるなど、本当はみっともないことだろが、堀は一切気にする様子はない。

 

「ま、流れに身を委ねとけば大丈夫だろ。それに、いっぱい時間を共有してたら、自然とそういう感情も芽生えてくるもんだろ?」

 

しかし、不意に発したその言葉には、妙に説得力があった。既に経験済みだ、とでも言いたげな雰囲気である。

 

「ふぅーん。時間を共有、ねぇ」

 

しかし、アリサも察したようだ。堀の言葉の裏に込められた、その確かな意図に。

 

「なんだよ」

 

「大体わかったわ」

 

大体と言いつつも、アリサはもう全てを見透かしているとでも言いたげだった。意地の悪い顔を浮かべつつも、アリサは心底嬉しそうな口調だった。それはまるで、こみ上げる無数の感情を、互いが互いに拙い心で押し付けあっているような、そんな感覚だった。

 

「だからわかったってなんだよ!」

 

「それは自分で考えることね」

 

ただ、それはあくまで他人事であるのは変わりない。致し方なく、あるいは必然的に、アリサは冷徹になる。その言葉を聞いた堀は、苦い表情を浮かべて反撃する。

 

「何だよそれ。これだから女子っていうのは…」

 

「アンタはそういうとこがいけないのよ。勿体ない」

 

が、途端に釘を刺されてしまった。更に、素晴らしいまでの機動反撃付きである。

 

「さすがに辛辣すぎやしないか?」

 

「そんなことないわ。男は女の子の心を汲み取れないと、生きていけないんだから」

 

その意見はどこか正論のようにも思えるが、よくよく考えれば、アリサは色々と普通でない部分を併せ持つ女の子だ。それはもちろん彼女の長所なのだろうが、場面によっては短所になることがある。特に恋愛に於いては、それが顕著になるだろう。なので、アテになるかといえば懸念があることは確か。

それでも、有無を言わせぬ口調で、アリサは堀に言葉を向け続ける。

 

「だからアンタもダージ…」

 

と、そこでアリサの言葉がぴたりと止む。

 

「……」

 

「……」

 

その場に、重く重く空気がのしかかるようだった。それはもはや、気まずいという次元のものではない。暗黙の了解というのは怖いもので、それがわざとだろうがたまたまだろうが、それまで守られていたものが一度破られてしまうと、堰を切ったように色々な事実が溢れ出す。また、それは決して物事を良い方向に導くなんていう、都合の良い保証も持ち合わせていない訳だ。だからこそ、余計にタチが悪い。

 

「あ、なんでもないわ。忘れて」

 

いくらかあって、アリサが見え透いた言い訳を口にする。

 

「いやわざとだよな?」

 

「ち、違うわよ」

 

そこまで来て、堀が「ふぅ…」と息を吐く。続けて、

 

「ま、そこまで周りに期待されてるんなら、ちょっとは頑張らないとな」

 

と、おもむろに、吐き捨てたように、独り言のように呟く。

 

「期待してるのはあたしだけじゃない」

 

「さぁな。他にもいるかもしれないだろ?」

 

「意地悪ね」

 

アリサがその顔に、ようやく楽しそうな笑みを見せる。そこから二人はよく打ち解けた。恋バナもさることながら、同じ戦車道チームの頭脳としての話にも花を咲かせ、この戦術がどうだとか、今年の優勝はここだと思うとか、この戦車を導入したいとか、とても縦深的な話を交わした。

気が付くと夜も段々と更け始め、宴もたけなわといった雰囲気が漂ってくる。各々が仲良くなった人と連絡先を交換し、「横浜に来た時は案内します」と聖グロ生が言えば、「thank you!またここに来てくれてもいいのよ!」と、相変わらずのサンダース生が返す。誰もが、その雰囲気に酔いしれていた。

そして、その酔いが覚めるには、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 








※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。