フレちゃんからレズビアンって告白された話   作:k-san

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1/混乱

 フレちゃんの唐突なカミングアウトに面食らったあたしは、とりあえずとりあえずのこーてーてき意見を述べた(わーおそーなんだー♪ 末永くお幸せに、ってあたしもお空もたぶんサンドイッチも応援してるよー! フレーフレーフレちゃんーって、あ、一口食べる?)あとにそれ以上言えることがなくなってフレちゃんの語りの聞き役に徹することにした。

 フレちゃんは言った。

「アタシね~女の子だけど女の子が好きなんだー」「小学生のときにアタシってなんかみんなと違うなーって気づいたんだけど~」「まーフレちゃんハーフだし今更かなーって」「でもフレちゃんがハーフなのと女の子が好きなのはどーも話が違うみたいで」「ねえシキちゃん」「『おかしい』って『みんなと違う』って意味じゃないよね?」「『普通』って『みんなと同じ』ってわけじゃないよね?」「んー、なんて言うかねー……」「アタシにはよくわかんないや」「え?」「……うん、うん」「ありがとー」「やっぱりシキちゃんはアタシのしんゆーだね☆」フレちゃんは露骨ではないにせよ明らかな安堵の表情を見せて今度こそ笑った。「シキちゃんに話せてよかった」そーかそーか。

 そんなこんなであたしはどうやらフレちゃんに何か言葉をかけたみたいなんだけど正直なんて言ったのかはさっぱり覚えていない。そのときはとにかく驚きでいっぱいいっぱいだった上、平常を取り繕うのに必死だったから。

 でも……考えてみればあたしはどーしてこんなにも驚いているのだろう。親友が同性愛者だったからといって、どこに驚く要素があるんだろうか。だってそんなのは大したことじゃない。たとえば日本にはカレーが好きな人間が多いけれど、中には当然カレーが嫌いな人間だっている。だからといってカレーを嫌うのは全然おかしなことじゃないだろう。言ってしまえばフレちゃんはたまたまカレーが嫌いなだけだったのだ。本当にその程度のことであって。カレーが嫌いだからっていちいち驚く方が変でしょ? ……いやこないだフレちゃんと二人でカレー食べに行ったときめっちゃ美味しそうにしてたけどそういう話ではなく。

 まずさ、生物的におかしーなんて批評からどーでもいいんだよねー。だってそんなこと言っちゃったら人間以外の生物は自殺なんてしないし、もっと身近な不自然を指摘したら辛味っていうのは味じゃなくて舌に対する物理的な刺激なんだからそんなもの喜んで摂取している時点であたしもそしてその他の人間も同じ穴の狢。ある意味カレーの比喩も馬鹿になんないんだけどやっぱりそういう話ではなくて……そうそう、誰にもレズビアンを責める権利はないはずである。彼女たちをおかしいと言うのなら同時に自らの異常性を認めなければならない。

 単に性的に多数派じゃなかっただけなんだよ、フレちゃんは。ビアンカ派でなくフローラ派だった。宮崎駿の映画よりも押井守の映画の方が面白く感じた。たけのこよりきのこが好きだった。ただそれだけのことで、罪はない。

 同性愛は異性愛と同等に自然なものとされるべきはずで。

 ――なのにあたしは、どうしてその自然なはずの同性愛者を目の当たりにして驚いているのだろうか? どうして驚愕を必死に飲み込もうとしているのだろうか?

 いったい何がおかしいというのだろうか?

 さっきからあたしは――

「――シキちゃん?」

「へっ」

 フレちゃんの心配そうな呼びかけに、あたしは間抜けな声で返した。目の前にはあたしの顔を覗き込むフレちゃんの顔が。どうやら時間を忘れて考え込んでいたようだ。周りを見てみるとディレクターさんがスタッフさんたちに細かい指示をしているところで、あたしたちはそれを待っているらしい。タイムスリップした気分だ。

「ぼーっとしてたみたいだけど、どうしたの?」

「んにゃ、なんでもないよ~」脱力した感じの表情で言う。

「ほんとに~?」

「ほんとほんとー」

「そーお? サンドイッチの食べ過ぎでアシカの先祖に祟られたんじゃないかって心配しちゃった」

 ちょっと意味が分からない。

 

 今日のロケはお店の紹介をしながら番組スタッフが用意した謎を解き明かすというまあ劇場体験型推理ゲームに参加するみたいな内容だった。レイジー・レイジーが女優として参加する来月公開の映画の宣伝も兼ねていて、ここのところはひっきりなしにバラエティ番組に出演している。

 カメラを前についついフレちゃんの告白が脳裏をちらついてしまうが、なんとか笑顔を保ってフレちゃんと楽しく喋る。フレちゃんも控え室での時間を感じさせないいつも通りの笑顔で喋る。さあ、撮影の始まりだ。

「どーも~! 『金曜フライデー』をご覧のみなさーんおはこんばんにちは~! 宮本フレデリカと~……」

「一ノ瀬志希だよ~」

「今日はレイジー・レイジーの二人でお送りしまーす☆」

 前置きを終えるとあたしはフレちゃんの服の袖を握った。ここから先は台本無視だ。

「ねえ~フレちゃんフレちゃん」

「うむ、なんだいシキちゃん」尊大な口調で応えるフレちゃん。

「あたしね、いまとっても甘いものが食べたい気分。どこかに甘い甘~いパフェが食べられるお店、ないかなぁ?」

「あれーさっきシキちゃんサンドイッチ食べてなかった?」

「サンドイッチだけじゃ頭が働かな~い! ここらへんで糖分補給しようよー」

「えー、でもフレちゃんはいまオムライスが食べたい気分なんだけどなぁ」

「じゃあ駅前にパフェもオムライスも食べられるお店があったから、そこ行こうよ」

「いいねー☆ 行こー行こー!」

 二人して歩き出すとディレクターさんから待ったをかけられた。ある程度の台本無視は許容範囲でもさすがに目的地の変更はダメですか。仕切り直して(反省はなし)フレちゃんと雑談をしながら目的地まで歩く。

 ところで、道中の会話はほとんどすべてカメラに収めるんだけどその80%はばっさりカットされる運命にある。レイジー・レイジーの魅力はトークにあると個人的には思うんだけど、一度の撮影でたくさん撮るトークのその中身はキレッキレの鋭いものではなくほんとーにくだらない意味のない会話ばかりだから編集のときにあんまり迷うことなくばっさりカットできるんだって聞いた。まあそのまんま放送したら尺足んないだろうし視聴者としても原液のカルピス飲まされる感じなんだろうね。でもこの意味のない会話の洪水こそが面白いんだってあたしは思うんだけどなー。だからあたしたちの魅力を原液のまま飲めるのはライブに来てくれるファンだけだ。いつかのライブではあたしとフレちゃんのトークが走りすぎて時間がなくなって歌う予定だった曲が一曲潰れてめちゃくちゃ怒られて、あたしもそのときばかりはさすがに反省したけれど。そんなだからきっとあたしとフレちゃんが監督・主演の映画を作ったら意味なしトークで90%構成されたほんわかクエンティン・タランティーノとでも言うべきトンデモ映画ができるんだろうけどそれ面白そうだからスポンサーとかいないかなーいるわけないか。

 目的地が見えてきた。キサラギという名の中華料理店だ。すかさず前フリを入れる。

「むむ! このお店から事件の匂いが……」なんか少年漫画的味付けをされた名探偵みたいなキャラになっちゃってるけど。

「事件の匂いってどんな匂いー?」

「なんかこー……グリーン系の匂い?」

「わーお爽やか! 環境に優しそ~!」

「紳士の香りですなぁ」

「ではワタクシたちも淑女としてあるべき姿で臨みましょう、一ノ瀬さん」

「ええそうですわね、宮本さん」

 例の意味なしトークを繰り広げながらお店に入る。ドアを開けると店内に充満していた油の匂いがぶわっと外に逆流してきた。なるほどたしかに中華料理店なんだにゃあ。ただ妙に蔵書の多い店なので一見すると喫茶店っぽいかも。フレちゃんを見てつい「彼女さんとデートするときにはこういうお店に来るんだろうか。いやもっと小洒落たお店かな」なんてことを考えてしまう。

「ごめんあそばせー」

「あそばせー」

 そういえばフレちゃんの彼女さんってどんな人なんだろう。うーん……あんまり想像がつかないや。同業者? 関係者? それとも一般人? もしかしたらあたしの知り合いかもしれないね。フレちゃんとはどれくらいの付き合いがあって恋愛にまで発展したのだろうか。過程を想像してやめる。そうだ、あたしとフレちゃんの活動をテレビ越しに見ているとしたらあたしのことをどう思っているのかな。自分の彼女が知らないあるいは知ってても自分以外の女の子と仲睦まじくしているのはその人の性格によりけりだけどなかなか複雑なものがあるんじゃないだろうか。なんだか申し訳ない気もする。

「わー! チャーハンすごくいい匂い~☆ アタシのお家で使ってるボディーソープといい勝負かも♪」

「あたしは一足お先にデザートいただきまーす」

「ん~美味し~!」

「この杏仁豆腐すっごく甘くて脳みそが喜んでる~って感じ♪」

「アタシも一口……パクリ」

「あー! これあたしのだよー!」

「美味し~い☆」

 それにしてもフレちゃんはどうしてこのタイミングでレズビアンであることを告白してきたんだろうか。何か意味があるのかな? SOSのサイン? 意識的に? 無意識で? あるいは意味なんかなくてたまたまあのタイミングだっただけ? わからない。フレちゃんはあたしにどうしてほしいんだろう。あたしはどうしたらいいんだろう。

「わっ! 悲鳴!」

「なんだなんだ~」

 まあやっぱりこれからもいままでと同じようにフレちゃんと接するべきだろうけど。

「なっ! ななな、なんと! あの優しかった店主のおじさんが……」

「死んでる~!?」

 でもいままでと同じってどういうことなのかなぁ。

「あ、でもみなさん安心してください。この包丁――ゴムだから☆」

「はい、この通り包丁の先端はバランスを保たせるために円形になってるので本当に刺さっているわけではありません」

「店主のおじさん演技が上手だね~」

「あ、死んでるのに笑った」

 あの告白を忘れたように振る舞えばいいのか。それともレズビアンであることを気にせず突っ込んでいけばいいのか。

「ん~これって放送できるのかなあ?」

「しっかしこれはもしやもしかしてそうなるとまさか……」

「もしもし? 志希さん?」

 しかし前者だと腫物を扱っているようだし後者は下手すると人の踏み込んでほしくない領域にずかずか入り込むみたいだ。

「こいつは……不可能犯罪だ!」

「な、なんだって~!?」

「ありえない! ありえないんだよフレちゃん! この狭い店内で誰にも気づかれずに店主のおじさんを刺すなんて……っ!」

 わからない、わからない、わからない。

「ふっふっふ……」

「フレちゃん?」

「どうやらこの事件、アタシの出番のようですね!」

「何かわかったの!?」

 どうしていいのかわからないよ!

「ええ! フランスのメグレ警視と呼ばれるこのアタシに解けない謎はない!」

「それって普通にメグレ警視じゃない?」

「へっ?」

「メグレ警視ってフランスの人だったよーな」

「じゃ、じゃあ世界のホームズと呼ばれているフレデリカってことで!」

「んーそれならオッケーだねー」

「やった~! ……それじゃあ行きましょう! ハトソン君!」

「くるっく~♪」

 右を向いても左を向いてもゾンビだらけの丁字路で迫ってくるゾンビから逃げているかのような五里霧中だった。かつてアメリカにいた頃こんなにも難しい問題に出会ったことがあっただろうか。いや、なかった。答えのぶれない学問と違って人の心や関わり合いはケースバイケースだし同じ人物でも常に絶対ということはない。この難問はあたしには解き明かせないようだ。誰かメグレ警視かシャーロック・ホームズを呼んできてくれない? え、名探偵でも無理? そう……。

 

 

 

 

 

 

 お昼の収録が終わってまた別のお仕事に出て事務所に寄ってプロデューサーに挨拶してフレちゃんと別れて帰宅した頃にはもう夜だった。靴下をてきとーに投げてはだしでぺたぺたぺた。雑然としたデスクにポリ袋と上着を放って白衣を着る。別に実験をするわけじゃないけど、白衣を着ると家に帰ってきた感じがするんだよねー。テレビを点けて、消して、椅子に座って、はっとして、忙しなくしながらほっぽったポリ袋を引き寄せて中身を漁る。それから、収録中に見たいつもと変わらないフレちゃんの笑顔とカメラに収まったあたしのいつも通りの笑顔を思い出しながら帰宅途中に買ったピザにタバスコをかけてぱくり。味がしない。もっとかける。ぱくり。かける……。……セクシュアル・マイノリティ、か。まあ割合を考えるならそろそろ知り合っても不思議じゃない確率だったのかな。いや、そんな風に考えるんならもっと出会っている方が自然なのか。ただ、これはほとんどの人間がそうであるように彼らが自分たちの性についてあけっぴろげじゃないから知らないだけで。サイレント・マイノリティ。フレちゃんは話してくれたから知っている。でもまさか、フレちゃんがそうだったなんて思いもしなかった。それじゃあフレちゃんはいままであたしのことをどんな風に見ていたんだろう。あたしはフレちゃんのことを親友と思って接していたし、いまだってそのつもりでいる。だけどもし、フレちゃんがあたしのことをそういう目で見ていたのだとしたら…………いや、やめよう。最低だ、あたし。それは自意識過剰というやつだ。誰だって好きな人を選ぶ権利がある。いくらフレちゃんの恋愛対象が女性だからといって、それは誰に対しても向けられるものではない。フレちゃんだって言っていたじゃないか。彼女はいると――。彼女。その言葉を思い出して胃が重くなる。当たり前だけれど、親友であるフレちゃんにもあたしの知らない一面がある。そして、今日まで知らなかっただけであたしと一緒にアイドルやって友達やってたその夜にも、あたし以外のあるいはあたし以上に親密なお相手とフレちゃんは一緒にいたのかもしれないのだ。その想像にどうしてか胸が締め付けられるようになる。もやもやする。肺の中で火を焚いているように息苦しくなる。

 なんか、ヤだな。

 この息苦しさの理由はわからない。嫉妬……なのかもしれないけれど、別にフレちゃんは恋人じゃないし恋人にしたいとも思わないから、たぶん違うと思う。じゃあなんなのかと訊かれたところでやっぱりわからないとしか答えようがないケド。それともやっぱり嫉妬なのかなあ。あたしとフレちゃんは親友。嫉妬とは大抵、自分より上位の存在に対し向けるもの。あたしはあたしをフレちゃんのガールフレンドより劣っていると感じている? あたしは人を見下したりはしないけれどもだからって変に自分を卑下することもしないようにしている。だから嫉妬なんてなかなかしない。なのにあたしはいまフレちゃんとの関係を軸にしてフレちゃんの恋人に対し引け目を感じている。あたしとフレちゃんはあたしとフレちゃんでしかなく、フレちゃんとフレちゃんの恋人はフレちゃんとフレちゃんの恋人でしかないのに。つまり、あたしは恋人と親友なら恋人の方が勝っていると思っているのだ、たぶんだけど。恋人は親友の上位互換ではない。わかりきったことだ。あたしはどうしてそんな嫌な風にものごとを捉えようとしているんだ。あいへいとまいせるふ。あいうぉんととぅちぇんじ。っとと、自己嫌悪なんてだめだめのだめ。自己嫌悪を始めたって待っているのは自己嫌悪する自分を嫌悪する自分を嫌悪する……以下省略の無限ループだけだ。ちあーあっぷ!

 そうだ、こんなこと考えていたってしょうがないんだ。あたしは明日のことを考えないといけない。明日からのこと。フレちゃんとのアイドル活動。レイジー・レイジー。フレちゃんといると面白いことでいっぱいだ。退屈しない。そんな日々が、これからも続いていく。フレちゃんに恋人がいたところで、フレちゃんがあたしの前から消えるわけじゃない。フレちゃんがレズビアンだからってあたしとの関係が変わることもない。あたしと一緒にアイドル活動やっていたときだってフレちゃんはレズビアンだったのだから。

 だけど、そんなのは希望的観測に過ぎなかった。あたしはこのとき明らかに『そのこと』から目を背けていた。アイドルとしては真っ先に思いつかなくてはいけないこと。なにが「アイドルの鑑だよね~」だ。アイドルとしての自由を謳歌するための制限を忘れておいて。レズビアンという事実が大きかったから。相手が女の子という事実で目が眩んだから。言い訳だ。アイドルとして一番やってはいけないことの一つをフレちゃんは犯していた。それは決して擁護できないことで。自由とは制限あってのもの。自由とは無法ではない。忘れていたわけではないけど、気が付けなかった。

 転落は始まる。まずはこれから。

「――かっら~! 水っ! 水ぅ!」

 タバスコかけすぎた。


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