このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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苦労人

 

 魔王軍。

 

 それは人類の共通の敵であり、決してお互いに相容れないない存在。

 特にその幹部となれば、人類を敵視しているのではないだろうか。

 以前討伐した首無し騎士(ベルディア)もその例に漏れず、俺達冒険者を屠ろうとしていたし、実際何人か死者が出ている。

 古今東西人と魔王軍が会ったらやる事は決まっている。

 戦闘だ。

 話す言葉など何もないし、その必要性を感じない。

 

 そしてその魔王軍幹部が俺とめぐみんの前にいた。

 

 ──名は、不死王(リッチー)ウィズ。

 訳あって魔法使いから不死王に堕天した彼女は、貧乏店主ではなく……その真の姿は悪名高き魔王軍幹部だったのだ。

 俺が剣を、めぐみんが杖を構えるなかウィズはオロオロとするだけで、戦闘態勢を取りもしない。

 できれば戦いたくない。

 いや冷静に考えれば、戦っても俺達は死ぬだろうが……。

 だが俺は知っている。目の前にいる女性(ひと)が善人である事を……!

 

「なぁ、本当にウィズは幹部なのか?」

 

「はい、そうですけどこれには理由がありまして……!」

 

「聞かせてくれ。めぐみん、まだ詠唱はするなよ」

 

「分かっています。私も友人を誤って撃ちたくはないので……」

 

 得物を下ろし、聞く姿勢を取る俺達。

 ウィズは安堵の息を吐いてから、ゆっくりと話し始めるのだった────。

 

 

  ──なんでも、ウィズはいわゆるなんちゃって幹部らしい。

 本来なら不死王に身を堕とすだけのつもりが、魔王に魔王城の結界の維持を頼まれたそうな。

 何故魔王直々に頼まれたかというと、ウィズは不死王になってしばらく経った後、魔王城に突撃したからだ。

 理由は友人と会う為らしい。

 結界を短い間ながらも力づくで破ったウィズは……それはもう暴れたそうな。

 そこで魔王に見込まれ、幹部の話を持ち掛けられる。

 当初は断るつもりだったのだが、じゃあせめて壊した物を賠償してくれと言われ──渋々幹部になる事を決意した。

 

「そうはいっても、私は今でも人間でいるつもりですから、結界の維持だけをしているんです。もちろん、この間の一件で知っていると思いますが人は殺していませんし、なんちゃって幹部なので……幹部だと知っているのは魔王さんと他の幹部だけですね」

 

 つまり、懸賞金すら掛けられていないそうな。

 ……いや、金は充分持ってるから、その情報は要らなかったのだが。

 

「めぐみんどうする? 俺は黙っていてもいいと思うんだが……」

 

「そうですね、私もカズマに同意しますが……一つだけ気になる点があります。ウィズ、あなたは結界の維持をしているそうですが──あなたが生きている限り私達人類は魔王城に突撃できないんですか?」

 

 その言葉に俺はハッとなって思案した。

 それもそうだ、それでは非常に困る。

 いや、ぶっちゃけ俺は魔王討伐なんて夢は半分諦めている訳だが。めぐみんにも言ったが、夢は叶わないから夢なのだ。

 色々なアクシデントがあったとはいえ、巻き添え自爆でようやく幹部を倒せたのだから、俺みたいな最弱職の〈冒険者〉は命が何個あっても足りはしない。

 しかし、ミツルギのように本気でその夢を追っている者がいるのだから気にはする。

 そんな俺達の危惧をウィズは否定した。

 

「あぁ、それでしたら多分大丈夫ですよ。魔王城の結界の維持は、幹部が分担しています。当然、幹部を倒していけば結界はだんだんと弱くなってきますから……そうですね、アクアさんなら幹部が二、三人くらいになれば強引に結界を壊せると思います」

 

 それなら安心できる。

 俺とめぐみんは顔を見合わせてから頷き合い、戦闘態勢を取るのを止めた。

 余程怖かったのか……涙目になっていたウィズはフゥーと安堵の息を吐く。

 いや、仮にも不死王なんだからそこは余裕の態度を取って欲しい。

 どうにもこの世界では俺のゲームで培った常識は通用しないな……。

 それにしても、幹部が二、三人になって女神であるアクアがようやく結界を破れるのか。

 それを一人で強引に壊したウィズはチートだと思う。

 めぐみんもその結論に達したのか、

 

「あの、よくあなたは魔王城に突撃できましたね?」

 

「不死王になったら色々とステータスが上昇されますからね。でも私の所為で結界の強度が強くなったんですよ。コンチキショー! と嘆きながら働いていた魔王さんが社畜だと思ったのは良い思い出です」

 

 ……魔王もどうやら大変らしい。

 そういった仕事は普通、配下にやらせて自分は玉座でふんぞり返っているのが定番ではないだろうか。

 

「私の友人なんて、『フハハハ! 魔王もそろそろ働き過ぎでポキッと逝きそうだな!』とからかう始末でして」

 

 魔王の威厳全然ないな!

 部下に煽られる魔王に少しばかり同情していると……俺はある事を閃いた。

 目の前にいる女性は不死王だ。

 なら当然、それなりに便利なスキルがあるだろう。

 爆裂魔法を習得しているめぐみんがいるお陰で、俺達のパーティーは瞬間的な破壊力はかなり高い。

 だが、もし敵を討ちそびれたら地面に倒れるめぐみんを庇いながら俺だけで戦う事になる。

 実際、これまでのクエストで何回かそういった事が起こってしまった。

 幸いにもモンスターは俺より弱かったから倒せたが……今後もそうだとはとても思えない。

 その事を相談するとウィズは俺の意図を汲んでくれたのか、自分の冒険者カードをローブのポケットから取り出す。

 

「そうですね……聞いた感じだとめぐみんさんが身動きできないのがいたいですね」

 

「そうなんだよ。何か役に立ちそうなスキルはないか?」

 

「ちょっ! もしかしてカズマ不死王のスキルを取るつもりですか!? 他の冒険者に見られたらなんて答えるんです!?」

 

 めぐみんがそう声を上げるが、頭脳明晰な俺の頭は既に策を考えてある。

 俺は剣をウィズの首筋に当てて、自分でも思う程の気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

「「…………」」

 

 気持ち悪! と女性陣二人が目で言ってくるが、俺の真の狙いはここからだ。

 

「ククク、名前も知らない不死王め相手が悪かったな! 俺の名前は佐藤和真。この世界で初めて魔王軍幹部を倒した者! お前なんて俺にかかれば余裕で倒せるが……スキルを教えてくれたら命は助けてやろう!」

 

「……」

 

 ウィズの沈黙がとてもグサリと心に響く。

 だが相棒であるめぐみんは察してくれたのか杖を構えると、やや大仰に……

 

「あなたが取れる行動は二つ。カズマの言う通りにしてスキルを教えるか、それとも不死王の誇りを持ち、我が爆裂魔法で死ぬか! さぁ選びなさい!」

 

 ここまでいったら分かるだろう。

 ウィズはキチガイを見る目を止めて、わざとらしく……

 

「ど、どうしましょう! クッ、卑怯ですねあなた達は! ……仕方がありません。このスキルの中から好きな物を選びなさい!」

 

 そんな台詞を告げるのだった。

 そう、これで問題は無い。

 仮にチンチン鳴るあの忌まわしき魔道具を使われても何も問題はない。

 そう、何故ならあれは嘘を見抜く魔道具だ。

 俺はウィズを脅迫したという事実がたった今生まれたから、ベルが鳴る事はない……筈である。

 芝いを終えた俺達は、何を習得するのか決める事に。

 

「えっと……あっ! これなんてどうでしょう? 『ドレインタッチ』です。このスキルはアンデッド特有のスキルでして、対象の相手の魔力や体力を吸収する事ができるんですよ! さらに、自分の魔力や体力を他者に渡す事も可能ですから、めぐみんさんが魔力枯渇で倒れてもすぐに補充できるので安全です」

 

 魔道具はガラクタばかりだが、所持スキルはどうやら違うらしい。

 許可をもらってウィズの冒険者カードを覗き込むと……そこには大量のスキルの名前があった。

  〈アークウィザード〉のものもあれば、不死王のスキルもある。どうやら不死王に転職しても習得してあったスキルは継続して使えるようだ。

 

「よし、『ドレインタッチ』を教えてくれウィズ」

 

「はい、『ドレインタッチ』ですね。それではカズマさん、失礼します」

 

 そう言ってウィズは真っ白い手で俺の右手を強く掴む。

 

「「……!?」」

 

 俺とめぐみんがウィズの奇行に驚く中、次の瞬間──魔力が微量ずつ失われていくのが感じられた。

 そうか、〈冒険者〉が他の職業のスキルを習得する際には大前提としてそのスキルを視る必要がある。

 そして『ドレインタッチ』は対象から魔力や体力を奪い自分に回すスキル。だからウィズは俺に触れる事で実演しなければならなかったのか。

 だんだん気だるくなっていく感触はまるで……炬燵の中でぬくんでいる感覚を思い出させた。

 それに連鎖して、炬燵が恋しくなってくる。

 ……今度作ってみよう。幸い製造に役立ちそうなスキルには心当たりがいくつかある。

 

「これくらいでいいでしょう。これでカズマさんは『ドレインタッチ』が使えるようになる筈です」

 

「ありがとう、ウィズ」

 

「いえいえ、お気になさらず。それよりもそろそろ行きましょうか。めぐみんさんがお腹空かしているようですし」

 

 その言葉に振り返ってみるとめぐみんは恥ずかしいのか顔を赤くしながら、

 

「ちちちち、違いますよ!? 別に私はお腹なんて空かしてませんし、食いしん坊でもありません!」

 

 そう主張するめぐみん。

 俺とウィズの年長者は分かってる分かってるとばかりにうんうんと頷いて、慈しみの目で成長期の子供を見た。

 

「おい、その目を止めてもらおうか! 別にそんなにお腹は空かしてませんともえぇ! ……カズマ、今すぐそのニヤニヤ顔を止めてください、凄い腹が立ちますっ」

 

「ですがめぐみんさん? いっぱい食べないと成長しませ……──」

 

「お腹空きました! さぁ二人とも早く行きましょう! 美味しいご飯が私達を待っていますから!」

 

 そう言ってからめぐみんは店を出て行った。

 俺とウィズは顔を見合わせ……苦笑してから慌ててめぐみんを追うのだった。

 

 

 

 ──とあるレストランの中。

 そこで俺達三人は、やや遅めの昼食を取っていた。

 今日の会計は全て俺持ちなので、女性陣二人には遠慮しなくていいと先に告げてある。

 いや、そうはいってもめぐみんとは睡眠以外は殆ど一緒にいる関係で、お金の管理は俺がしているので普段と変わらないといえばそうなのだが。

 

「久し振りにこんな豪勢な昼食を取れました! 本当にありがとうございます!」

 

 そう言いながらも一瞬で皿の上にある料理を食べるのはなんというか……色々と残念である。

 俺とめぐみんがそんな貧乏店主に呆れながら各々頼んだ料理を口に運んでいると……目の前から物欲しそうな目線を感じた。

 ウィズがそれはもう音が出る程ジッと見つめてるからだ。

 俺とめぐみんが食べている料理を、ジッと。

 そんなにガン見されたら食べるに食べれない。

 めぐみんが口パクで、

 

『何かもう一品頼んであげてください。カズマと出会う前の私を思い出して惨めになってきます』

 

 めぐみんも相当に苦労していたんだなぁ。

 憐れみの視線を送ると、小さな女の子はふいっと視線を逸らして、死んだ目で虚空を見つめた。

 古傷を抉ってしまったらしい。

 ………………。

 俺は近くを通りかかった男性店員を呼び止めて、

 

「この店で一番カロリーがある料理をこのお姉さんに頼む。後は……これとこれ、後はこれも」

 

「そんな、申し訳ないですよ!」

 

「いいからいいから。日頃のお礼って事で」

 

 遠慮するウィズを俺は無視し、男性店員を見ると……彼は嫉妬の目を向けながらやや雑にお辞儀をしてから立ち去るのだった。

 ……彼からしたらハーレムに見えるのだろうか。

 

 実際は貧乏人にご飯を奢っているだけなのだが。

 

 無知とは時に罪である。

 次々に運ばれてくる料理を頬張るウィズはそれはもう顔が緩くなっていた。不健康を象徴していた青白い肌も、心做しか健康そうな色に戻っている気がする。

 

「むきゅむきゅ、本当に……ありがとうございます。むきゅ……此処のご飯は……むきゅむきゅ、美味しいですから!」

 

「あぁうん、それはいいんだけどさ。食べながら話すの止めようか」

 

「そうですよウィズ。女性なんですから、もう少し慎みを持たないと……」

 

 何時も豪快に食べるお前がそれを言うか。

 いや、微塵も残さないからお店からしたら嬉しいだろうけども。

 しかし、年中赤字のウィズが飢えないのは何故だろう。

 アレか、不死王だからそういった耐久にも隠れステータスとして上がっているとかか。

 いやでも、何故アンデッドであるウィズが食事を必要とするのだろうか。

 突っ込む所が多いが、気にしたら負けな気がする。

 だから最初の疑問点だけ訪ねてみる事にした。

 するとウィズは幸せそうな顔を浮かべながら、

 

「あぁ、それでしたら簡単な事ですよ。私は不死王になる前は一応、そこそこ冒険者として名が知られていました。なので、その私を当てにして時々街の住民の方が依頼を出されるんです。ギルドは脅威と認定したものしかクエストとしか扱わないので……」

 

「なるほどなぁ。つまりウィズはその依頼を受ける代わりにお金を要求していると」

 

「はい、そうなりますね。……いえもちろん、私も最初は断っていたんですよ? しかし『いえいえ、お礼をするのは当たり前ですよ。私達はウィズさん、あなたに感謝しているんですから!』と強く言われましたら断るに断れず……」

 

 街の皆さん、グッジョブ!

 それにしても、凄腕魔法使いであるウィズの力を必要とするほどの依頼とは一体……?

 同じ魔法使いであるめぐみんがとても興味深そうに身を乗り出して。

 

「それは例えば?」

 

「そうですねぇ。……ここ最近はアクアさんと一緒に墓地で迷える魂を天に送ったりしました」

 

「それなら百人力ですね。というか、あなたとアクアがいれば、大半のクエストはクリアできるのではないですか? それなのに方や魔道具店、もう片や土木工事の正社員だとか……色々とおかしいと思います」

 

「あははは……。あっ、でも安心してください、緊急クエストには毎回参加していますから! この街の事は、私、かなり好きなので守りたいと思っているんですよ」

 

 こんなに善人なのに不死王。

 どうにもこの異世界は、俺の異世界というイメージを根元から折に来ている気配がする。

 いや、RPGゲームに当てはめようとするのだから当然なのだけれども。

 ……まぁ所詮は二次元の産物で、現実とは違うのは当たり前か。

 貧乏店主はたらふく食べて満足したのか……数分後、幸せそうに寝息をたて始めた。

 美人の寝顔なんて見る機会はそうそうないので俺もジッと見つめてその幸せに浸っていると……めぐみんが何か言いたげに俺を見上げているのに気がついた。

 

「……? どうしためぐみん?」

 

 俺の質問にめぐみんは何も答えず、テーブルの上に置かれた紙を取った。

 男性店員の怨嗟が込められているのかしわくちゃなその伝票を真顔で渡してくる仲間。

 

「えっとなになに……? ……。……なぁめぐみん。俺達ってこんなに食べたっけ?」

 

「ふっ、私達は食べていませんよ。しかし目の前にいる店主がそれはもう注文していたのを忘れましたか?」

 

 俺は再度、幸せそうに眠りについているウィズを見る。

 そして眼下の伝票を見る。

 …………。

 俺は覚悟を決めた戦士の顔を作り──めぐみんに向かって言った。

 

「俺は、この顔の為ならいくらでも払える!」

 

「……!? 本気ですかカズマ!? あなたは本当にこの値段を払うのですか!?」

 

「ふっふっふっ。いいかめぐみん、最初に奢ると言ったのは誰だ? ──俺だ。追加で料理を注文したのは誰だ? ──俺だ。よって、ウィズに一切の責任はない!」

 

「……本気……なのですね?」

 

「……男に二言はない!」

 

 くわっと目を見開きその誓の言葉を告げた俺はそのままレジまで直行。

 待ち構えていたのは先程の男性店員。

 嫉妬の視線を送りながら彼の目は『ちゃんと金あるよな、アァん!?』と物語っていた。

 俺はポケットにしまってある財布を取り出し、彼の前で通貨が詰まってある事をジャラジャラと鳴らす事で、金を持っている事を証明する。

 そして俺は、要求されたエリス通貨を一枚ずつ見せつけるように机の上に置いた。

 

「ちっ……! ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております。……ケッ、このハーレム野郎が!」

 

 

 ──合計金額、一万エリス。

 

 

 §

 

 

 レジで支払いを済ませた俺は、そろそろレストランから出るべきだと判断した。

 食べもしないのに居座り続けるのは流石にどうかと思うし、何より時間が経つにつれて俺だけに向けられる嫉妬の目が怖いからだ。

 

「おーい、ウィズ起きろ。そろそろ出ようぜ」

 

「……ふぁー。……。おはようございます、カズマさん。すみません、寝てしまって」

 

「いや、それは大丈夫だけども。俺としては早く此処から出たいんだが」

 

「何故ですか? 確かにお金は払ってしまいましたがそんなに急ぐ事でもないでしょう?」

 

 本当に分からないのか、不思議そうに首を傾げるめぐみんは身長差の問題で上目遣いになりながらそんな問いをして……

 

 ──刹那、嫉妬が殺意に変わった。

 

 俺はそんな、武士とか歴戦の戦士ではないのでそんな「殺気」なんて感じ取れる筈がないのだが……確かに感じた。

 その証拠に、店内にいる男性全てが俺の事を見ている。

 俺と同年代くらいの男二人が顔を寄せ合いヒソヒソと会話しているので『読唇術』スキルを使うと。

 

『なぁ、アレってどう思うよ? 幼い女の子に、ローブの上からでも分かる巨乳お姉さん。どっちが本命なんだろうな』

 

『ばっかお前、アイツを知らないのか? あの男はな、この街で有名なロリ魔のカズマさんだぞ? 当然、本命はあのちっちゃい女の子に決まってるだろ!』

 

『いやいやいや、分からないぜ? もしかしたらハーレムを狙ってるのかもよ?』

 

 そんな非常に反論したい事を話しているではないか。

 ……どうやら、受付のお姉さんの密告は本当だったらしい。

 俺はロリコンではないのに。

 今すぐ彼らの元に近づいて反論したいが……それをすればどうなるかは目に見えている。

 ますます俺の悪評は広まるのだろう。

 

「カズマ、早く来ないと行っちゃいますよ!」

 

「……あぁ、今行く!」

 

 先に店を出ためぐみんとウィズを追う為、俺はギシギシと音が出る程に歯噛みしながらレストランを出るのだった。

 

 出る瞬間、老人も少年も青年も揃って一言。

 

「「「リア充死すべし!」」」

 

 全員をしばき倒したいと思う俺は、おかしいのだろうか!

 

 

 ──レストランから出ると、そろそろおやつの時間になろうとしていた。

 ……いや、この世界にはそんなお菓子なんて贅沢なものは存在しないのだが。

 

「それじゃあカズマさん、めぐみんさん。今日はありがとうございました。お陰で当分餓死しそうにないくらいお腹一杯になりましたし、とても楽しかったです」

 

「餓死云々はさて置いて、そうだな。今日は楽しかったよ、ありがとな」

 

「もちろん、私も楽しかっですよ!」

 

 別れの言葉を済ませ、ウィズはニコニコと笑いながら自分の店へと向かって行った。

 楽しかった言葉に嘘偽りはなかったらしい。

 それなら俺も良かった。だって、金が凄い掛かったからなぁ。そうじゃなきゃ割に合わない。

 

「よしめぐみん。この後はどうする? あっ、そういえば今日はまだ爆裂散歩していなかったよな。今から行くか?」

 

「あぁ、そういえばそうですね」

 

 あれっ、思ったより乗り気じゃない……?

 …………。

 おかしい、これは絶対におかしい!

 爆裂魔法をこよなく愛する爆裂狂が爆裂散歩の話を持ち出されても反応が薄いだと?

 怪しく思った俺は目の前にいる爆裂娘のおでこに自分の手の平を添えた。

 俺の突然の奇行にめぐみんは耳まで赤くして。

 

「あ、あの! ……急になんなのですか!? 人がこんないる中で……!」

 

「いやなに、何時ものお前らしくないから……風邪でも引いているんじゃないかと思ってな」

 

「なんですかそれは。私らしいって……一体なんです?」

 

「えっ、だって何時ものお前なら爆裂散歩の事になるとテンションが凄い上がって元気になるだろ。それはもう俺がドン引きするくらいには」

 

「んなっ、人の事をそんな子供みたいに言わないでください! ……私だって、もうすぐ大人の仲間入りですからね。大人の余裕というものが醸し出されているんですよ」

 

 いや、大人の余裕と言われても説得力が全然ないのだが。

 主に体型的に。

 …………まぁ、こんな日もあるか。

 めぐみんの不可解な行動についてはまた今度考えるとして、取り敢えず冒険者ギルドに出向く事をたった一人しかいない仲間に相談する。

 肯定されるものとばかりに思っていた俺は、めぐみんの次の言葉に瞠目せざるを得なかった。

 

「いえ、今日はカズマだけギルドに行ってください。実はこの後、宿のお手伝いをする約束を宿屋の奥さんとしていまして……。そろそろ時間なのです」

 

「そっか、分かった。じゃあ夕ご飯時に宿で集合だな。六時くらいでいいか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。……それでは!」

 

 時間が押しているのか、めぐみんは片手で手を振った後ステータスにものを言わせて、全速力で宿がある方向にへと駆け出して行った。

 魔法使いのクセに、それはもう早く走った。

 ……と、思いきや途中で立ち止まり俺の方に振り向き大きく手を振りながら……

 

「カズマ! 街の女の人達にセクハラをしちゃいけませんよ!」

 

「ちょっ、待っ!?」

 

「それではまた後で!」

 

 俺の静止虚しく、今度こそ頼りとなる相棒は視界から消えてしまう。

 反射的に伸ばした手を引っ込め、恐る恐る周りを見渡すと……そこには変質者を見る目で俺を見る街の住民と男性冒険者達の姿が。

 というか、何で冒険者がこの時間帯に外に出ているんだろう。冬のこの季節、駆け出しである俺達は基本冒険者ギルドに併設されている酒場に朝から入り浸っているのが平生なのだが……。

 何時もだったら野次馬の如く揶揄する彼らは、とても幸福な表情を浮かべていた。

 ……何か良い事でもあったのだろうか?

 大勢の人が往来する道の中であれだけ大きな声を出せば、それだけで注目されてしまう。

 そして俺は、その中で一人の若い女性と目が合った。

 真顔になって若い女性を見つめると……なんと彼女はズサりと音を立てながら一歩後ずさるではないか。

 

「……ひっ! ご、ごめんなさい!」

 

 俺は何もしていないのに、何故か頭を九十度下げた女性はそのまま兎のように軽やかに、馬のように早く逃げ出して視界から消えてしまう。

 一連のやり取りを見ていた他の人達、特に女性陣は屑を見るような鋭い目付きになり……

 

「「「この変態!」」」

 

 理不尽!

 こめかみを引くつかせ、プルプルと震えてしまう俺は間違っているだろうか。

 ……いや、何も間違ってはいない!

 確かに、俺はセクハラをする。それは認めよう。だがそれはあくまでも知り合いだけであり、赤の他人にやる度胸は俺にはない。

 だって、警察に捕まるし。

 そう、知り合いであるならば俺の性格は熟知しているのでスキンシップだと言い張れる。

 だが見知らぬ女性にセクハラをするほど俺は勇気がないし、ナンパも以前のめぐみんの忠告以降一回もしていない。

 俺は腸が煮えくり返る感覚に陥ながら、受付のお姉さんに愚痴を聞いてもらうべく冒険者ギルドに向かうのだった。

 

 

 §

 

 

「お姉さん! 受付のお姉さんはいるか!?」

 

 建物に入るなりそう叫ぶ俺を、朝から酒を飲んでいる多くの冒険者達が俺を凝視した。

 数々の視線をこの身に受けながらも再度叫ぼうとするが、ある男性ギルド職員が俺の近くにやって来て手を上下に振ってくいくいと招いてくる。

 どうやら、話があるらしい。

 

「実は今日、ルナさんは体調を崩してしまいまして……お休みしているんですよ。多分、風邪だと思います。毎日朝から深夜まで働き漬けで無理が重なってしまったからだと思うのですが……」

 

「そっか。あれだけ目の下に隈を作っていたらそうなるのは当たり前だよなぁ……。というか、お姉さん働き過ぎだろ」

 

「ルナさんは冒険者の皆様にたいへん人気がありますから……彼らの対応をしていたら休暇の申請をする機会が得られなかったのかと。何時もはもう一人の女性職員と一緒に来るのですが……中々集合時間になっても来なかったルナさんを心配して自宅を訪ねると、げっそりとやつれていたそうで……」

 

 それもそうだろう。

 寧ろ、よく今まで倒れなかったものだと感心する。

 過労はよくないからなぁ。

 職種は違うが、俺も土木工事の短期アルバイトをしていた身だからこそ共感できてしまう。

 というか、受付のお姉さん以外にも女性職員がいたのか。

 まだ一回も見た事がないから、てっきり女性職員はお姉さんだけかと思っていた。

 ……ギルド職員にはパートやアルバイトといった概念がないから、人を雇う事すらできない。

 精々、ギルドに併設されている酒場の店員が限界だろう。

 

「それでですね。カズマさんには大変申し訳ないのですが……この手紙をルナさんに渡してもらえませんか?」

 

 そう言いながら、男性職員は胸元の内ポケットから綺麗な一枚の封筒を取り出し、俺に渡してくる。

 達筆な字で書かれたその封筒には「通知書」と大きく書かれていた。

 

「これは一体?」

 

「今回、ルナさんには強制的に休みを取ってもらう事になりました。その期限は今日を入れて三日。ギルドはご覧の通り、この有り様ですので……もし良ければお願いできますか?」

 

「分かった。お姉さんには何時もお世話になってるしな、責任をもって届けるよ」

 

 ありがとうございます! とお礼を告げる男性職員に俺は気にするなと手を振りながら、入って十分も経っていない冒険者ギルドをあとにするのだった。

 

 

 ──時間は午後四時を過ぎたからか、メインストリートには沢山の人が往来していた。

 こうして行き来する人達を見ると、此処は異世界なんだなぁと実感する。

 普段はあまり意識しないが、ドワーフもいるし、中にはエルフもいるのだから不思議なものだ。

 封筒の裏にはお姉さんの()まいが書かれていて、俺はそれを頼りにして住宅街を歩く事に。

 思えば、住宅街を歩くのは初めてな気がする。

 俺とめぐみんが泊まっている宿はメインストリート沿いにあるし、冒険者ギルドは町の中心部にある。

 ウィズ魔道具店はメインストリートから少し離れた裏道ポツリと密かにあるから、案外俺は、この街について詳しくは知らないのかもしれない。

 通知書入りの封筒を見ながら歩いていると……前から聞き慣れた声が俺を呼んだ。

 

「カズマじゃないか。こんな所でどうした?」

 

 声に従って顔を上げると、そこには見た目は美女のダクネスがいるではないか。

 そして、ダクネスの装備が違う事に気づく。

 先日、俺とクリスの迷宮(ダンジョン)探索の際、ダクネスは鎧も着ず両手剣だけの私服姿という、非常に心もとなく、それでいて私服だからか彼女の大きい山がデカデカと主張するという非常に目のやり場に困る装備だったのだが──現在の彼女は聖騎士に相応しい立派な白銀の甲冑を装備しているではないか。

 正直、とても羨ましい。

 俺もそろそろこの軽装からダクネスみたいな全身防具に変えるべきか……。

 いやでも昔読んだ本に、鎧の着脱は非常に大変で体力を使うと書いてあったような気がするからなぁ。

 

「ようダクネス。俺は今、ギルド職員から個別に緊急クエストを受けていてな……その任務中だよ」

 

「ほう、個別に緊急クエストとは……カズマも中々に立派な冒険者になっているな! 個別に頼まれるとは、流石は魔王軍幹部を屠っただけの事はある」

 

「いや、クエスト内容は寝込んだお姉さんの家にこの手紙を届ける事だけど」

 

「そ、そうか……。カズマ、お姉さんとはあのお姉さんか? お前がよく下卑た目で胸を見ているあのお姉さんか?」

 

「ななななな、なんの事かなぁ!? と、取り敢えず俺は今忙しいんだよ、ドMのお前に構ってる時間はないから、悪いが明日にしてくれ」

 

「……いや、流石に私も時と場所は考えるのだが……まぁいい。そうだカズマ、もしよかったら私も同伴していいか? 私も彼女にはお世話になってるから、そのお礼をしたい」

 

「そういう事ならいいぞ。よし、それじゃあ行くか!」

 

 パーティーに助っ人としてダクネスが参加し、行動を共にする事になった。

 思えば、ダクネスと二人っきりでこうして話すのは初対面以降、初めてな気がする。

 もしそんな美女と話す機会がおとずれたら、普通なら心臓がバクバクしそうなものだが……残念な事にそんな事は決して起こらない。

 傍目に見たらデートだろうが、これはそんな甘酸っぱい青春の一ページでは断じてない。

 寧ろこれは、散歩だ。

 散歩をしているとダクネスが、

 

「そういえばカズマ。この鎧、どう思う?」

 

「どう思うって、言われても……。ダクネスは貴族の出身だから、歳をとった子供がごっこ遊びをしているように見えます」

 

「お前は人を褒める事ができないのか!? 私だって、似合ってるだとか、かっこいいだとか、普通に褒められたい時もある!」

 

「はいはい、似合ってますよー」

 

 そんな非常に面倒くさい事を言う変態を適当にあしらいながら答えていると……涙目になりながら拳を振りかぶってくるではないか。

 俺はまぁまぁと聞き分けのない子供を宥めるように懇切丁寧に優しく、

 

「ほら、落ち着けよ。いいかダクネス、此処で暴力沙汰なんて起こしたら色々と面倒くさい事になる。確かに今回は俺に非があるだろうが、この場合はお前の方が罪は重くなるだろう。貴族のお前が、こんなくだらない事で警察に怒られたいのか?」

 

「うぅ……それを言われると弱いが……。まぁいい。ヘタレなお前に期待した私が馬鹿だった」

 

 …………。

 ……落ち着け、落ち着くんだ佐藤和真。

 さっき、他ならない俺自身がダクネスに言ったではないか。『此処で暴力沙汰を起こしたら面倒くさい事になる』 と……。

 そうだ、俺は自身の言葉に責任を持つ男の中の男。

 紳士なのだ。

 紳士の俺は、小馬鹿にしてくるドMで変態のなんちゃって貴族にいちいち目くじらを立てたりはしない。

 そんな風に荒ぶる内心を落ち着かせていると、ダクネスがふと思い出したように。

 

「あぁ、そういえばカズマ。ここ最近アイリス様から私の実家に手紙が届いているのだが……何かあったのか? アイリス様曰く『どうしましょうララティーナ。私、どうすれば……!?』といったものでな。意味が分からないから反応に困っていたんだ」

 

「……!? いいいい、いや何でもないよ!?」

 

「そうか……ならいいのだが…………。今度お前宛てに手紙を送るそうだから頼むぞ」

 

 話はこれで終わりのようで、ダクネスは会話を断ち切ると……俺を見向きもせずに淡々とお姉さんの家に向かって歩き続けるだけだった。

 俺はというと、頭の中がごちゃごちゃになっていて……正直、立っているのもやっとなところだった。

 めぐみんの言葉と、ダクネスの言葉を総合するに……つまり、そういう事らしい。

 俺は天界にいるであろうエリス様に届けとばかりに……

 

「エリス様、俺に加護をください!」

 

 強く、祈るのだった。

 

 

 ──街の一等地……ではなく五等地のとある場所にその小さな家はぽつりと建っていた。

 見た目からして一階だけだろうか。

 この世界には車なんて優れものがないからか、少々雰囲気的に物足りない気がする。

 俺はインターホン代わりにある魔道具を鳴らそうとして……ふとある事に気がついた。

 ダクネスが怪訝そうな顔を浮かべて、

 

「どうかしたかカズマ?」

 

「いや、初めて女性の家にお邪魔するなぁと感動していたところだ」

 

「……。ま、まぁあれだ。そう気にするものでもないぞ?」

 

「その哀れみの目をやめてください、お願いします」

 

 意を決した俺は、魔力を流して魔道具を鳴らし……次の瞬間ピンポーンと建物内に響いているのが伝わった。

 ふむ、どうやら音色は日本と同じらしい。

 だがしかし、中から何も反応がないのはどういう事なのだろうか。

 もしかしたら寝てるのかもしれない。

 ポストに手紙を入れて今日は帰ろうとダクネスに声を掛けようと思った、その時。

 ガチャりとドアノブの回る音が小さく鳴った。

 

「はーい、すみません。今まで寝ていまして……あれっ、カズマさんにダクネスさん?」

 

 そう言いながら奥から出てきた受付のお姉さん……改めルナさんはそれはもう気持ち悪そうな顔をしながら俺達を出迎えるのだった。

 

 

 ──取り敢えず中にどうぞ、と案内された俺とダクネスは質素としたリビングに通された。

 あるのはキッチンにやや大きめのテーブルに椅子が読ん脚あり、寝室はどうやら隣にあるらしい。

 

「それにしても、大丈夫か? 風邪を引いたって聞いたのだが……」

 

「はい、大丈夫で……ごほっごほっ……す……」

 

「ルナは布団の上で横になっててくれ。洗濯や掃除をしていないのだろう? 私とカズマがやっておくから、安心して寝ると良い」

 

「ごほっ……本当にすみません」

 

「いいから寝てるんだ。寝ないと風邪は治らないぞ?」

 

 そうダクネスが安心させるように笑い掛ければ、お姉さんは小さく頷いて……数分後、寝息を立て始めた。

 きっと安心したのだろう。

 すやすやと眠るお姉さんの頭をダクネスは優しく撫でている。

 そして俺はというと……普段のダクネスとのギャップに戸惑っていた。

 えっ、ちょっと待って。誰ですかあなたは。

 

「よしカズマ。今から家事を分担しよ……──どうしたその顔は? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」

 

「……お前、本当にドMである事を除けば常識人なんだよなぁ」

 

「さっきからお前は何なんだ! ……私は干してある洗濯物を取り入れるから、カズマは何か料理を作ってやってくれ」

 

「それはいいけど。二つもやらせちゃっていいのか? なんだったら俺が……」

 

「洗濯物は一人分だからすぐに畳み終わる。それに服は女性物だぞ? カズマは率先して犯罪者になりたいのか?」

 

 あっ、そうでしたね。

 ダクネスの正論に論破された俺は、逃げるようにキッチンにへと向かい、冷蔵庫を開ける。

 他所様の台所事情を知るなんて本来なら失礼にもほどがあるが、今回は例外だから気にしなくていいだろう。

 何が入っているのかと期待に胸を膨らめせてオープンさせると……そこには大量のお酒があるではないか。

 

「……は?」

 

 そんな呆けた声が出てしまうのは仕方がないだろう。

 冷蔵庫の中の三分の二程の領域を多い尽くしている無限にも等しい酒の量。

 そして残りの三分の一には申し訳程度の野菜や肉、卵といった本来あるべき材料があった。

 もしかしてお姉さんは酒好きの部類に入るのだろうか。

 いやでも、この前話した時にはお酒は普段は飲みませんとか言っていた気がする。

 ……という事は考えられる事は一つだけ。

 恐らく、ルナさんはストレスが溜まっているに違いない。俺は引き籠もり兼ニートをしていたから分からないが、労働とはかなりのストレスを感じるらしい。

 特に俺が元いた地球ではデスクワークでの仕事が増え、身体を動かす機会が減ってしまったから余計にそう感じるそうな。

 そういう意味では、この異世界ではパソコンやスマートフォンのような情報電子機器なんて物は存在しないからまだ楽だろうと言われると……そうでもない。

 お姉さんは長い事ギルド職員として勤務しているそうだが、今の季節である冬だと相当に鬱憤が溜まるそうだ。

 ギルド職員の仕事は冒険者の相談やクエストの発注許可など多岐に渡るが……一番キツいのは冒険者とのやり取りである。

 何故なら冒険者とは気性が荒く、問題行動を起こす……言わば問題児だからだ。

 と、ここまで聞けばセクハラや強姦、暴力沙汰などを思い浮かべるだろうが実のところそうではなく、些細な喧嘩が多いらしい。

 この街は治安だけは国の中で最もいいから、お姉さんも気になってるそうな。

 だがしかし、それは全体的に見ればの話であって……お姉さんみたいな巨乳美人の人はそうかというと否だ。

 毎日毎日、構ってちゃんのように酒を豪快に飲みながら絡んでくる冒険者達には凄い苦労しているのだろう。

 

 

 ──そんな事を考えながら俺は、王城で暮らしていた際にメイドのリーシャンに仕込まれた料理の腕を存分に振るっていた。

 あの時のリーシャンはそれはもう怖かった。

 俺が学生兼引き籠もり兼ニートであるという情報を忌まわしき白スーツから入手したメイドさんは、嫌がる俺を強引にベッドから引き剥がし調理場に放り込んだのだ。

 この世界では、公の場での調理場では大前提として『料理』スキルを取るのが当たり前になっている。スキルを取る事で最低限調理できるようにして、そこから個々の技術を上げるのだ。

 だが俺はスキルを取らせてもらえず……経験値ゼロで調理場に立つ事に。

 日本にいた際には自炊なんてせず偉大なる母親が作ってくれたご飯を食べていた俺なのだが……その有り難さを思い知った。

 必要最低限の事ができるようになってからようやく『料理』スキルを取る事ができたのだ。

 だけどその時、アイリスも一緒になってリーシャンに教わっていたのは何故だろう。

 尋ねても意味深に笑うだけで結局答えてもらえなかった。

 兎も角。

 お姉さんは風邪を引いているのだから、重めの物ではなく軽めの物の方がいいに決まっている。

 ここはお粥を作る事にしようと思う。

 鍋に水を入れて沸騰させていると、

 

「カズマ、私は今から一回家に帰るから……少しの間頼んでいいだろうか?」

 

「うん? それは大丈夫だけどなんでだ?」

 

「なに、今日はルナを付きっきりで看病しようと思ってな。私が家に帰らないと色々と問題だから、その報告をしないといけないし、準備もしなければならない。夕食は家で食べてくるから、私の分は用意しなくていいぞ」

 

「分かった。そういう事なら任せてくれ」

 

「あぁ、頼んだぞ。……一応言っとくが、寝ているルナに襲いかかるなよ? まぁ、そんな度胸お前にはないだろうが」

 

 家を出る間際、そんなとんでもない言葉を残していくダクネス。

 奴が俺の事をどんな風に思っているかよく分かった訳だが、報復はまた今度にしよう。

 俺の名前は佐藤和真。

 真の男女平等主義者の俺は、やられたらやり返す男だ。

 そこに男だとか、女だとかそんなものはない。必要ならばドロップキックを披露しよう。

 しかしここで問題なのは、ダクネスが大半の仕返しを悦びに変換してしまう事だ。

 ……ドMは一般人とは感性が違うから、とても困ったものだなぁ。

 ──ところで。

 つい先日、クリスとお互いに『スティール』を掛け合うゲームをしたのだが……なんと俺の『スティール』は相手が女性だと下着を盗ってしまうらしい。しかも下着から確実に一枚、また一枚と内側から盗っていくのだ。

 あの時のクリスの泣き顔はそれはもう凄かった。

 これからは、この『スティール』を重宝したいと思う。

 特に、俺の命令を度々聞かないめぐみんには効果抜群の筈だ。俺だってそんな事はしたくないが、これは必要な事。

 胸が痛まない事もないが、それはそれだ。

 …………。

 

「うーん、困ったなぁ。いや待てよ? アイツは地味に頭がいいから俺の報復を予想するんじゃないか? だったら敢えてここは放置して無視するという方法も……──」

 

「それはやめてあげてください」

 

 ぶつぶつと独り言を言いながら着々とお粥を作っていると……寝室からそんな声が。

 おかしい。

 リビングと寝室を仕切るように壁があり、ドアがあるから俺の悩み声は聞こえない筈だが……。

 そんな風に戸惑っていると、キィと開閉音が鳴って寝室からお姉さんが現れる。

 先程より顔色がかなりいいから、回復の兆しが出始めたのかもしれない。

 

「この家は木造ですから、ある程度の声を拾う事ができるんです。それにほら、ギルドは何時も喧騒で包まれていますから職業病というか……その、耳がかなり良くなってしまい……今なら三人の声を同時に聞く事ができます」

 

 マジかよ。

 俺は顔を引き攣らせながら、

 

「そ、そうなんですか。あぁ、ダクネスが今日は泊まっていくって言っていましたよ。それと、これを……」

 

「……? なになに……『──今日から三日の休暇を言い渡す。これからもギルド職員として精進する事を期待する』……やった、久しぶりの休暇です!」

 

「良かったですね。洗濯物はダクネスが畳んでくれましたから。あっ、先に言っときますけど俺は何も触っていませんから!」

 

「本当ですか……?」

 

 誤解を生まないようそう言ったのにも関わらず、お姉さんは胡散臭そうに俺をジト目で見つめてくる。

 けど俺はお姉さんには一度もセクハラはした事がないのだが、女性の間で俺の悪評が広まっているのだろうか?

 

「……まぁ、もしそうなら警察に渡せばいいだけですから良しとして。カズマさんは何をしているんですか?」

 

 さらりと友人を売るお姉さんが怖い。

 

「お粥を作っています。あぁ、そうだ。お酒ばっかり飲むと身体に毒ですから、気をつけた方がいいと思いますよ?」

 

「うぐっ……はい、気をつけます。けどですね、私だって人間ですからストレスを感じるんですよ! 分かりますかカズマさん、毎日毎日朝から酒を好きなだけ飲んで建物内を荒らしに荒らし、絡んでくる冒険者の皆さんに営業スマイルを浮かべるこの苦労がっ!」

 

「いや、冒険者の俺にそんな事を言われても。だったら恋人をつくったりしたらどうです? お姉さん、美人で巨乳だから引っ張りだこでしょ? 誰か気になってる人とかいないんですか?」

 

「そんな人いませんよ。というか、そんな人がいたらアタックして落としていますし……仮に付き合ったとしても忙しくてそんな時間はないです」

 

「いや、そんな事いったら元も子もないでしょ。じゃあ聞きますが、忙しいとかそういう事情抜きで結婚したいと思わないんですか?」

 

 そう質問をするとお姉さんは何を言ってるんだコイツとばかりに白けた目を送ってくる。

 

「私だって女ですから結婚したいですよ、何を言ってるんですか! ……カズマさん、そう言った話題をするのなら細心の注意を払わないと嫌われますよ?」

 

「童貞に女の機敏なんて分かる筈がないでしょうが!」

 

 俺の心の底からの叫びにお姉さんは気まずそうに目を逸らした。

 なんだろう、これだと傷の舐め合いをしているだけのような気がする。

 お姉さんもそれに気づいたのか何も言葉を発しない。

 沈黙が場を支配する中、俺は現実逃避をしながら黙々と料理をする事に。

 魔道具製の腕時計をちらりと確認すると、もう少しで五時になろうとしていた。

 めぐみんとの約束の時間が六時だから、あまり時間の猶予はない。

 お粥はもう少しでできてしまうし、それまでにダクネスが帰ってくれると助かるのだが……夕食を先に食べてくるとか言ってたからそれも叶わない気がする。

 まぁ、その時はその時で考えよう。

 

「あっ、そういえばお姉さん。今日、ダクネスが此処で泊まると言っていましたよ。事後承諾ですけど大丈夫ですか?」

 

「えっ、そうなんですか? それは大変有難いですね。普段は一人で暮らしていますから……賑やかになるのは嬉しいです」

 

「それは良かった……──作り終えました」

 

「わぁっ! さっきから美味しそうな匂いが満喫していて、おかしくなりそうです」

 

 お粥を作り終えた俺は、鍋の中にある料理を容器に移してから、かなり早い夕食を持って運んでいく。

 病人は早く寝ないと病気が治らないから、早めに食べる事は悪くない筈だ。

 

「わぁっ、凄く美味しそうですね! それじゃあ、頂きます。──! ……もしかしてカズマさん、『料理』スキルを取っているんですか!? お店で出しても遜色ないレベルですよっ」

 

「そうですけど……」

 

 そんなに絶賛するほどの味なのだろうか。

 なら、リーシャンに感謝しておこう。

 興奮するお姉さんにやや引いていると彼女は手の指を一つずつ折りながらぶつぶつと。

 

首無し騎士(デュラハン)を倒したからお金は沢山あり、料理もできる。おまけにアイリス王女とは仲が良さそうだったからコネもあるし、目上の人には敬語を使い社交性もある。これでセクハラをしなかったら普通にモテると思うのに…………色々と残念ですね」

 

「べべべべ、べつに俺だって彼女を作ろうと思えば作れるし!?」

 

「目が泳いでいますよ」

 

「まぁお姉さんよりは若いですから……──痛たたたっ! ちょ、お姉さん本当に病人ですか!? ……痛い痛い!」

 

「全く、女性相手に年齢の話はしちゃ駄目ですよ」

 

 お姉さんはそう笑いながらも右手で俺の頭を鷲掴みしてくる。メキメキと鳴ってはいけない音がした。

 目が完全に据わっている。

 めぐみんだったら瞳を紅く輝かせているに違いない。

 アレか、これが噂の『顔は笑っているけど目は笑っていない』状態なのか。

 戦々恐々していると……ピンポーンと魔道具が建物に鳴り響き、来客が来た事を告げた。

 どうやら、やはり俺の運は高いらしい。

 これ幸いとばかりに玄関ドアを開けると、そこには大量の荷物を持ったダクネスが立っていた。

 走ってきたのか汗を大量に流すその姿はとてもエロいが、今は欲望を抑えなくてはならない。

 

「遅くなってすまない」

 

「いや、寧ろかなり早いだろ。俺はもうちょっと時間が掛かるとばかりに思っていたんだが」

 

「あぁ、それならそこら辺の屋台で済ませてきた。カズマは用事があるだろうし、お前にばかり負担を強いる訳にはいかないからな」

 

 おぉ、今日のダクネスはやはり、なんかまともだな。

 それにしても……たった一晩止まるだけなのにそんなにも荷物が必要なのだろうか。

 いくら力持ちのダクネスといえど、女性の身にはキツいだろう。

 

「それは助かるよ。荷物かなりあるけど大丈夫か? いくつか持つから渡してくれ」

 

「いや、大丈夫だ。重い物を持つと身体に負荷が掛かって……かなりイイ!」

 

 俺の感動を返せ。

 

「あっそ、じゃあ俺はもう帰るから」

 

「あぁ、分かった。道草食わずにまっすぐ宿屋に帰るんだぞ? あとくれぐれも、ナンパなんかするなよ?」

 

「お前は俺の母ちゃんか!」

 

 めぐみんといいダクネスといい……奴らは俺の事をどんな目で見ているんだ。

 めぐみんには『スティール』の刑を、ダクネスには今後二人っきりになったら本当の可愛らしい名前で呼んでやろう。

 そんな決意を固め再びリビングに戻ると、そこには食事中のお姉さんが……。

 俺は軽く手を挙げて。

 

「お姉さん、俺はもう帰るから。お大事にー」

 

「分かりました。今日は本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

 

 そう俯くお姉さん。

 

 これはアレだ、ギャルゲーで言う絆ポイントを貯めるイベントだ。

 

 ならば俺がやる事は決まっている。

 キメ顔を作った俺は、サムズアップしながら……

 

「なに、お互い様ですよ。もしこれからも困った事があったら、是非この俺──サトウカズマを頼ってくださいね!」

 

「あの、その顔気持ち悪いですから止めてください」

 

 ……俺は泣きながら宿屋に向かうのだった。

 コンチキショー!

 

 

 §

 

 

「あっ、カズマ。おかえりなさい……──どうしました? そんなみっともなく泣いて……」

 

 宿屋に着き、戸をくぐるとめぐみんが出迎えてくれる。

 どうやら、手伝いは終わらせているらしい。

 ちょむすけと戯れながら俺を待っていてくれたのだろう。

 なんて良い奴だ……!

 俺は服の袖で絶望と幸福が入り交じった涙をゴシゴシと拭きながら、

 

「なぁ、聞いてくれよめぐみん! さっき、体調を崩したお姉さんのお見舞いに行ったんだけど……そしたら俺渾身のキメ顔が気持ち悪いって……」

 

「はぁ……私からしたらお姉さんの容態が気になりますが……まぁそれはあとでもいいでしょう。それで、どんな顔を作ったんですか? 私にも見せてくださいよ」

 

 そう要望するめぐみん。是非もない。

 俺はキリッとめぐみんを見る。

 すると、目の前に座っている仲間は口元に手を当ててあわあわと震え出し、俺から視線をふいっと逸らすではないか。

 ふむ、どうやら俺の顔がイケメン過ぎて直視する事ができないらしい。

 チラチラと何度も見返してくる彼女にキメ顔のまま笑い掛けると……

 

「ご、ごめんなさいカズマ。その顔はちょっと……今までの中で一番気持ち悪いです」

 

 

 ──俺は宿の部屋に引き籠もりました。

 












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