このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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恋文

 

 私──ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスがあの方と最初に会った時思った事は、不思議な人という……やや突拍子なものだったと思います。

 私はこの国──ベルゼルグの第一王女という、この国で最も高い身分に位置する人間です。

 十二歳になったばかりの……世間ではまだ子供な私ですが、大勢の人が私とすれ違う度に最大級の礼をしてくれます。

 もちろん、それは仕方がない事でしょう。

 何度も述べますが私は王族で、彼ら兵士や貴族の方達は名目上は私に仕える身。

 それが普通の事であり、一種の呪いだとも分かっています。

 けれども私は毎回彼らと会う度に思うのです。

 

 何故、と。どうして、と。

 

 自分でいうのもおかしいと思うのですが、王族故の素質か、私には人を見抜く力が備わっていると自負しています。

 ですから、表では笑顔を浮かべている貴族の方が私の事を生意気な娘だと思っている事は何となくですが分かりますし、逆にクレアやレインのような心から私に尽くしたいと思ってくださる方も気配か些細な表情筋の動きから分かるというもの。

 ですから、私がその方と会った時はとても驚きました。

 

 名前を、佐藤和真(サトウカズマ)といいます。

 

 あの日、あの時起こった事を私はきっと、未来永劫忘れないでしょう。

 

 ──自分でも自覚していますが、私は人前に立って話すのがとても苦手です。

 王族としては失格だと思っていますが、中々にこの性質は直らず……クレアやレインに嫌な役をやらせてしまっています。

 そんな惨めな私を、二人はまだ子供だからと、自分達は貴女に仕える身ですからと言って、慰めてくれます。

 ……それに私はまた、内心は悲しくて怒りを抱いているのです。

 

 ──ある日。

 

 何時もの日課となっている勉強を勉強室で行っていると、城内が騒がしい事に気がつきました。

 というのも、凄腕の魔法使いであるレインが僅かながらですがぴくりと片頬を上げたからです。

 人と話すのが苦手な私ですが、流石に何年もの付き合いの彼女は別なので訊ねます。

 

「レイン、どうかしましたか?」

 

「い、いえ……。今一瞬ですが魔力の気配がしたような……? 気の所為かもしれませんが……」

 

「クレア」

 

「はい、分かりました。すぐに原因を探します」

 

「お願いします」

 

 たった一言名前を呼んだだけで、傍に控えていたクレアは私の意図を汲んでくれて……腰に吊るしている剣を抜き放ちながら勉強室から出て行きました。

 ……危ないですから後で注意しときましょう。

 私達のやり取りを呆然と見ていたレインがハッと我を取り戻して。

 

「あ、アイリス様!? その、自分でも言うのも何ですが……本当に良かったのですか?」

 

「はい。あなたほどの魔法使いが何かを察知したのなら、きっと何かがあるのでしょう。もしなくても、その時はその時で構いません」

 

 遠慮がちに出された言葉に、私は迷う事なく即答します。

 臣下を、ひいては民を信じられずして、王は国を統治できない。魔王軍との戦いに赴いている、偉大な父の言葉です。

 勇者候補の人達が何処からか現れてからは戦線はかろうじて拮抗を保っていますが、それも何時崩れるか分かりません。

 人類が有利になるかもしれませんし……逆も当然起こり得ます。

 父と兄は今日、この瞬間も敵と戦っているのではないかと思うと心配でたまりませんが、王族は強いので案外大丈夫でしょう。

 というかもう、あの二人が魔王を倒しに行った方が早いとここ最近思うのですが……。

 そのような取り留めのない事を考えながら授業を受けていた……

 

 ──そんな時です。

 

 出て行ったクレアが慌てたように部屋に戻ってきました。礼儀がなっていないと怒るところなのでしょうが、この国に忠誠を誓ってくださっている四大貴族の一柱のシンフォニア家の当主がこのようになっているという事は、それだけ大事な可能性が極めて高い。

 私は席から立ち上がり、ハアハアと息を荒らげる臣下の背を軽く擦りながら。

 

「やはり何かあったのですか?」

 

「……はい。この王城に、素性が知れない男性が迷い込みました……」

 

 

 ──翌日。

 私とその男性は勉強室で机を横に並べてレインの授業を共に受けていました。

 本来なら朝頃には顔合わせをしていたのですが……よくよく考えれば衆目がある食堂で王族が一人の平民に話し掛けるのは問題があるのかもしれないと思い、大変申し訳なかったのですが、クレアに用事を伝えるよう頼みました。

 そんな経緯があり、私と男性が会うのはこれで初めてとなります。

 そうはいっても、王族の私は彼の事をある程度は一方的に知っているのですが……。

 何でも彼は、気づいたらあそこに……王城の最も厳重に護られている箇所の一つである宝物庫にいたそうです。

 これだけでもう怪しさが増す訳ですが……あの嘘を見抜く魔道具が何も反応を示さなかったとの事ですから、嘘ではないのでしょう。

 彼の身分はその……大変反応に困るものでした。

 具体的には、学生兼引き籠もり兼ニートとの事。

 学生というのは分かるのですが……ひきこもりとにーととは何でしょうか?

 クレアやレインに疑問に思って訊ねたところ、『アイリス様はお知りになってはなりません!』と強い口調で言われてしまい……教えてもらえませんでした。

 この箱庭から出れない私は、彼女達から教わる事でしか知識を学べません。

 無理だとは分かっていますが、私は……

 

 ──何時か、世界の色彩をこの目で見て、手で触れてみたい。

 

 だから私は、この出会って間もない彼がとても羨ましい。

 今はまだ危険人物予備軍の一人としてこうして監視していますが、彼は悪人にはとても見えませんからすぐに解放されるでしょう。

 その後は彼が望むままに自由に飛翔できるのです。

 

 ……いいなぁ。

 

 羨望と…ちょっとの嫉妬を私が身勝手に抱いている間にも、授業は順調に進んで行きます。

 

「──……アイリス様、カズマ様、何か質問はありますか?」

 

 思考の海に足の先から頭まで浸かっていた私は、教師の確認に答えられませんでした。

 慌てて黒板を見ますと、そこにはこの世界の常識が書かれていました。

 何故今更このような内容を? と感想を抱いたところで、もしかして彼は一般常識を知らない環境に置かれていたのではないのかと邪推してしまい……そんな自分を嫌悪します。

 そんな私の内面など知らずに、少年は楽しそうに手を天高く伸ばしながら質問しました。

 頭を切り替え今度は授業に集中しますと、あれっ? と違和感が。

 というのも彼の理解力がかなり早く、感心させられたからです。

 教師のレインは積極的な生徒の出現に驚きながら、けれども嬉しそうに──私は質問などは余程の事がない限りしないですから──丁寧に補足説明し、クレアは何やら口元に手を当てて驚愕しています。

 そして気づけば、お昼休みの時間になりました。

 この時間は城にいる全ての人が思い思いに過ごせて、それは王族の私やメイドや執事なども含みます。

 迷子の彼が戸惑いがちに。

 

「すみません、この鐘の音は?」

 

「この音は休憩時間を告げる音だ。修練をしている騎士や仕事をしている貴族、メイドや執事達が決められた時間までは自由に過ごす事ができる。カズマ殿も常識の範囲内なら好きに王城を探索しても構わない。……それでは、アイリス様。私とレインは失礼します」

 

 彼がぎょっと目を剥くのを尻目に、レインとクレアは立ち去ろうとします。

 えっ、あの……!? 何時もは二人とも此処に残ってくれるじゃないですか!?

 けれど私の悲鳴は届かず、頼りになる臣下はそそくさと出て行きました。

 その直前レインが私の元に近づき、囁きます。

 

「アイリス様。これはチャンスです。外の世界の事を教えてもらってはどうでしょうか?」

 

 呆然として言葉も出ない私を残し、本当に彼女達は勉強室から出ました。

 シンとした居心地の悪い沈黙が部屋を支配して、私と男性は押し黙ります。

 えぇっと、どんな風に話し掛ければ……!?

 軽くパニックになり掛けていると、ギギギィ! と椅子が床を引き摺る音がやけに大きく反響しました。

 恐る恐る横目で見ますと、彼はどうやら部屋から出るようで、多分一時的に使っている自室に戻るのでしょう。

 

 後になって彼は私に感慨深く告げました。

『あの時は結構驚いたなぁ。その時まで石のように固まっていた女の子が急に話掛けてきて、うん、本当に驚いたよ』

 

 扉を開け、今にも消えそうな背中を……──私は気づけば追いかけていました。

 自分でも不思議に思いながら、けれど実際に片手は彼の服の袖を摑んでいて。

 年上の男性が困惑する中、私はぽつりと小さく呟きました。

 

「……話をしてくれませんか?」

 

 その瞬間から私は……。

 

 

 ──友達になって。

 

 ──沢山遊んで。

 

 ──沢山の事を彼から学んで。

 

 ──沢山彼と一緒に笑って。

 

 彼と……カズマさんと過ごした日々は、今までの十二年が色褪せるほどに楽しく濃厚で、喜びに満ちていました。

 カズマさんは私の事をベルゼルグの第一王女としてではなく……一人の人間として、そして一人の少女として扱ってくれました。

 一緒に宝物庫に忍び込んだり、厨房に入り彼のメイドさんから料理を教わったり、天体観測をしたり、授業をさぼってお昼寝したり、夜中遅くまでゲームをしたり。

 一日、一時間、一分、一秒、彼と過ごしたその時間は、私にとっては宝物で……色彩でした。

 最弱職と有名な〈冒険者〉なのにカズマさんは私と約束をしてくれて、それが果たせない事は言ってる本人が分かっているのに……それでも言ってくれて、とても嬉しかった。

 嬉しくて、悲しくて。

 悲しくて、嬉しくて。

 首無し騎士がアクセル近くに出現した時は、彼にどうしても会いたくて、討伐に出る騎士団に無理矢理付いていきました。

 傍から見たら迷惑極まりないのにも関わらず、騎士団の人達は曇のない笑顔で私の同行を許してくれました。

 彼らも彼とは面識がかなりありましたから、私の願いなんて分かっていたのでしょう。

 ちなみに、騎士団の隊長さんとカズマさんはお互いの愚痴を言い合えるくらいには仲が良いそうです。

 ……それに嫉妬の情を浮かべたのは内緒ですが。

 

 彼が自分を犠牲にして亡くなった時は、とても空虚なものでした。

 

 瞳越しに見える色彩はすっかり色をなくし、ものくろのように何もない。

 もちろん、一番ショックだったのは仲間であるめぐみんさんでしょう。

 自分の愛する爆裂魔法で、仲間を結果的にとはいえ殺したのですから。

 彼が彼女の事を仲間として大事に思っていたのは手紙で分かっていましたし、その逆、彼女が彼の事を仲間として思っていた事はすぐに分かりました。

 私はカズマさんの友達として、表は笑顔を浮かべていましたが裏では醜く歪ませていたものです。

 ……彼らほど、仲間というものを体現したした人達はいなかったのに。

 

 ──一ヶ月後、驚く事にカズマさんが生き返りました。

 凄腕の〈アークプリースト〉であるアクア様曰く『一度死んだら蘇生できないルールなんだけど』と以前会った時に呟いていましたが、その理由は未だに分かっていません。

 ただカズマさん曰く、『エリス様の上司に生き返らせてもらった』との事ですが……うぅん、やっぱり分かりません。

 アクセルの冒険者ギルドで再会して、彼の胸に飛び込んだ時──私はそうかと納得しました。

 

 ──私は、あなたの事が好きです。

 

 

 §

 

 

「レイン、カズマ様は大丈夫でしょうか!?」

 

「お、落ち着いてくださいアイリス様! カズマ様と別れてから毎日そのように取り乱して……」

 

「だ、だって! あんな無理、無茶、無謀の三つが揃った強制任務(ミッション)なんて!? ……カズマ様も言っていましたよ? 『いいかアイリス。人間諦めが肝心だぞ? 例えばレインさんだって、あんなに頑張っているのに影が薄いだろ? それと同じ事だ』って!」

 

「すみませんアイリス様。その話詳しくお願いします」

 

 心配そうな顔から一転し真顔になったレインはずずいっと顔をこちらに近づけて来ました。

 ですが、今はそれに答える時間すらも惜しいのです。

 ……。

 …………。

 や、やっぱり剣で他の貴族の方にお願いするしか!? ででででで、でもそれはあまり良くないと思いますし……。

 聖剣で議会を滅茶苦茶に破壊しようかと思ったところで、レインがおずおずと。

 

「あのアイリス様。確かにあの強制任務の内容は酷いと思いますが……それでもカズマ様は初めて魔王軍幹部を斃し、更にはデストロイヤーをも破壊したのですよ? 時間は掛かると思いますが……彼は頭も回りますしそのうち……」

 

「甘い、甘いですよレイン! 気分屋、という言葉がこれほどに似合う人もかえって珍しいでしょう。もしかしたら早々に諦めて、国外に逃亡しようと画策しているかもしれません !」

 

「うぐっ、それは確かにありそうですが……」

 

 ばたんばたん! と強くテーブルを叩きながら強く訴えると、レインは決まりが悪そうに視線をふいっと逸らした。

 それと同時に、私の八つ当たりに耐えられなくなったのか、ウッドテーブルがばきっ! と物音を立てながら崩れます。

 ……。

 

「ご、ごめんなさい。つい……」

 

 慌てて謝罪し、しゃがんで木片を拾おうとする私を、臣下は私以上に慌てて止めさせてきました。

 私が悪いのに……。

 箒で床を掃きながら、レインが。

 

「……それでも私には、アイリス様が──失礼な言い方をしますと──おかしく見えるのですが。そんなに気になりますか?」

 

 私は思わず。

 

「……想い人を思うのはおかしいですか?」

 

 

「……!?」

 

 ……。

 ……あっ。

 気づいた時には遅く、私とレインはぴたりと固まってしまいます。

 そのまま数秒が流れ……突如、護衛は急いで扉を開けて廊下に出て、辺りに誰もいないのかを確認しました。

 安堵の息を吐いているから、助かったのでしょう。

 彼女は危ない危ないといった表情を顔全体に浮かべながら、

 

「その……私も何となくそうだろうなぁとは思っておりましたが……。──しかしアイリス王女。貴女は王族、平民のあの男とは決して結ばれません」

 

 後半からの忠告は、できれば聞きたくなかった。

 けれども、分かっているのです。

 レインの言う通りでしょう。

 私は王族。

 彼は平民。

 身分の差があまりにも歴然として離れているこの国で、私と彼が結ばれる訳がない。

 実際、私には他国に許嫁がいますし……まぁでも、会った事はないですし、政略結婚なのが丸分かりなのですが……。

 それでも、心の中ですら想う事ができないのなら……──

 

「失礼します!」

 

 ばんっ! 勢いよく扉が開かれ、仕事をしている筈のクレアが興奮した顔で部屋に入って来ました。

 レインが慌てて介護し、『クリエイト・ウォーター』で水を生成し飲ませ……えっ、あなた初級魔法取得していたんですか。

 私の些細な驚きを他所に、クレアは純粋な水を一気飲みし……

 

「報告します! サトウカズマが強制任務を二つ一気に達成させました! これで残りはあと一つとなります!」

 

「クレア様、それは本当ですか!?」

 

「もちろんだともレイン。あの男は全く、普段は腑抜けているのに何というか、いざという時は活躍するな……」

 

「そうは言いつつも、クレア様嬉しそうですね」

 

「何か言ったか?」

 

「痛だだだだだだだ! 痛い、痛いですクレア様!」

 

 クレアとレインの会話を聞きながら、私は思わず昔の事を思い出しました。

 それはそう、王族が所有する別荘で寝泊まりして時。

 あの方はチェスの駒を握りながら、

 

『いいかアイリス。俺はな、やればできる子なんだ』

 

『やればできる子、ですか?』

 

『そうだ。俺が普段だらだらしているのは理由がある。その時に備えて力を溜めているんだ』

 

『あの、それでもお昼の時間に起きるのはどうかと思うのですが……』

 

『いやいや、ニートの俺を舐めるなよ? 朝、昼は力を蓄え、夜は数多の怪物と戦いに行くんだ。敵は強大だからな、沢山の仲間と一緒に戦って……指揮官を任された事だってあるんだぞ?』

 

『まぁっ。それは凄いですね!』

 

『そうだろ? で話を戻すが、だからこれは仕方がない事なんだ』

 

『なるほど!』

 

 あの時のカズマさんの口調には嘘が一切なかったけれど……本当、不思議な人です。

 私は喜びを隠しきれずクレアに訊ねます。

 

「それで、残りはあと何ですか? とはいっても一番難しいと思われる魔王軍幹部の討伐でしょうが……」

 

 確信を持った私の問い掛けに、けれど臣下はいいえと首を小刻みに振り。

 私とレインが目を丸くして顔を見合わせる中。

 

「あと残りはドラゴンの討伐です。何でも、キールのダンジョンの異変には魔王軍幹部、見通す悪魔のバニルが関わっていたとの事」

 

 とそこでレインが大きく反応を示し。

 

「えええええええ!? バニルって、あのバニルですか!? あのバニルですよね!?」

 

「……? レイン、そんなに驚く事ですか? 確かに私もカズマ様達の偉業には感心していますが……」

 

「アイリス様、相手はあのバニルですよ!? ()の『氷の魔女』が何度も挑戦し、けれど止めは刺す事ができなかったという! そこそこの魔法使い達の間では、かなり有名な話なんです」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 軽く引いていると、クレアがこほんと咳払いを一つ。

 まだ話があるのでしょうか?

 彼女は地に膝を着き頭を垂れました。

 慌ててレインも続きます。

 咄嗟の出来事に唖然とする私を他所に、シンフォニア卿は厳かに告げました。

 

「サトウカズマが強制任務を二つ達成させたのは一昨日です。アイリス様には内密にしておりましたが、ダスティネス家、マルクス家、シーア家、そして私のシンフォニア家は議会を昨日至急開き……彼の国家転覆罪を解く事にしました」

 

 い、今なんて!?

 

「本当ですか!?」

 

「はい。あちら側は本当の事を言いますと、彼が強制任務を達成するとは考えておらず……魔王より強いと評判のバニルを倒した事で、慌てたように容疑を取り消しました。それはもういっそ憐れに顔面蒼白にして……あの男はやられたらやり返す事を心情にしている自称男女平等主義者ですから、報復を恐れたのでしょう」

 

 確かに、カズマさんだったらやりかねません。

 

「それは良かったですね! ……いえもちろん、カズマ様の偽りの罪を訴えた貴族達には何かしらの罰が必要になりますが……それはお父様が沙汰を下すでしょう。まぁ魔王軍との戦いに行っているので随分先になりそうですが……」

 

「そうですね……」

 

 苦笑してから、クレアは真剣な面持ちに戻して続けます。

 

「──アイリス王女、突然ですが、貴女様にはエルロードに赴き、外交をしていただきます。これは信用できる筋の情報なのですが、何でも我が国に対する援助金を減らす動きが見られるのです。そして最後に……これは、先程話に出ました国王様からの命令です。『そろそろアイリスも外交に出なさい』という……」

 

 私は鋭く息を吸って……そしてゆっくりと吐きました。

 エルロード。

 カジノ大国として知られるベルゼルグ王国の隣国。王都はベルゼルグの王都から馬車で十日の距離にある国です。

 商業で栄えた国の為に強い騎士団を持っておらず、魔王軍との最前線であるこの国には資金面での援助をしてくださっている同盟国。

 そして、私の許嫁の王子がいる国でもあります。

 行きたくない。

 行きたくない!

 お父様は確実に、私を楔にして、ベルゼルグとエルロードとの仲を取り図ろうとしています。

 お互いの王族が結婚する。これほどまでに友好を結べる手段はそうそうありませんから。

 クレアは私の異変に気づかない振りを敢えてして、顔を上げる事なく、そのまま……

 

「アイリス様の外交に伴い、護衛が必要となるでしょう。私達四大貴族は、その護衛任務をサトウカズマのパーティーに任せようとしております。きっと彼らなら、心良く承諾してくださる事でしょう」

 

 ……そのまま、さらりとそんな事を……!

 ええっとつまり、どういう事ですか?

 

「アイリス様。突然の事に動揺しているとお察ししますが、まずは旅のご準備を。数日後には、彼らがこの地を訪れる筈ですから」

 

 

 §

 

 

 俺の名前は佐藤和真。

 国家転覆罪という冤罪に真っ向から戦い、無罪という勝利をこの手に収めた男。

 機動要塞デストロイヤー、そして国からの莫大な謝礼金を受け取った俺はその金をすぐにある事に全て使い果たし、護衛任務の準備に急がせ無事に完了させた。

 なので本来なら英気を養うのだが……

 

「だーかーら! それじゃあ駄目だって言ってるだろが! それじゃあ全然、これっぽっちも再現できない! そんなんじゃお前の夢は叶えられないぞ!」

 

「なぬ!? むむむ、大悪魔の吾輩がよもや小僧にものを教わるとは……」

 

「当たり前だ。俺は明日には王都に移動しているんだぞ? 元いた世界の情報を少しでも多くお前に与えないとならないんだ。だからお前も、約束守れよ!?」

 

「それこそ当然である。吾輩は悪魔の中の悪魔にして、そんな吾輩が契約を遂行するのは至極当然の事」

 

「あ、あのカズマさんにバニルさん? もう夜中の十時ですし……一旦仮眠を取ってはどうでしょう? 特にカズマさんはこれから忙しい日々を送るそうですし……」

 

 ……ウィズ魔道具店に押し入り、魔王軍幹部のバニルとせっせと商談をしていた。

 いやこの場合は、伝授といった方が良いのだろうか。

 世間一般では俺はこの悪魔を斃したし、それに嘘偽りは皆無だ。嘘を見抜く魔道具も、反応は何も示さないだろう。

 しかしそれも、俺と奴がある契約をしたからこそなし得たもの。

 ウィズが眠たそうに目を擦っているが、彼女には悪いが正直いって時間が足りない。

 なんせ、明日の昼頃には王都に『テレポート』で移動し、明後日にはこの国を発っているのだ。

 俺の頑張りによって、得られるものが大きくなる。

  『クリエイト・ウォーター』で水を生成し、それを顔にぶっ掛けハンカチでごしごしと喝を入れた俺は。

 

「大丈夫だウィズ。まだいけるって」

 

「そうであるぞ、今にも夢の世界に旅立たんとしている店主よ。吾輩は悪魔故、この小僧は元ニート故、我輩達は夜行性なのだ」

 

「は、はぁそうですか。じゃあ私、先に寝てていいですか?」

 

「うむ、構わん。というか寝てくれると助かるのだが。汝がその寝ぼけ眼のまま起きていたら、勝手に何処ぞの店と契約しそうで怖いからな、さぁ早く寝るが良い」

 

「うぅ……バニルさん、私だって傷つくんですよ? でも今日はもう眠いので寝させてもらいますね。おやすみなさい」

 

 涙目になりながら店主は奥の部屋に消えた。

 そちらを一瞬だけ一瞥しつつ、俺はそこそこ上質な紙に設計図を書いていく。

 くそっ、まだだ。

 まだ全然書き足りない。

 幸いなのは、アイデアが浮かんでは止まらない事か。どうやら俺には商才があるらしい。

 元々地球にあった商品をこの世界に持ち込む事は考えていたが、まさかこのように使うとは……。

 必死こいて鉛筆を持ち定規に沿って直線を引いていると、

 

「美人店主が寝ている部屋が内心気になってしょうがない男よ、質問してもよいか?」

 

「おい待て、確かにちらちらと見ていたけどさ、そこは敢えてスルーするんじゃないかな!?」

 

 という俺の突っ込みは無視され。

 

「まぁそれは置いといて、だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()? よくもまぁそんなスキルポイントを貯めていたものよ」

 

「……。……見通せばすぐに分かるだろうが」

 

「うむ。ぶっちゃけその答えは分かっておるが、黙々と作業するよりは退屈しないでよかろう?」

 

 そうだけども。

 確かにそうだけども!

 何が悲しくてこうして悪魔と一緒にせっせと働かなくてはならないのか。

 更には真夜中。

 ムードもへったくれもない。

 ウィズとチェンジして欲しい!

 俺は嘆息しながら。

 

「スキルポイントについてはまぁ、王城でスキルアップポーションを恩師から貰ってたんだよ。何でも、紅魔の里にある学校では成績優秀者にそのポーションを与える制度があるらしくてな。アイリスと一緒に駄々を捏ねたら実現した訳だ」

 

「ほう。本来ならスキルアップポーションは一本につき何千万エリスが必要なのだが。それをせびるとは……悪魔が驚くほどの非道っぷりである」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「うむ。小僧、汝は余程影が薄いのをここ最近凄く気にしている魔法使いの女から思われているようであるな。なんともまぁ良い教師ではないか。……影が薄いのが残念だが。ちなみに、汝の教師のそれは、死ぬまで変わらんが」

 

 ま、マジか。

 いや確かに、毎回ポーションを渡す時に顔を青くしていたけれども。

 明日会ったら土下座して謝ろう。

 そして労わろう。

 

「それでも馬鹿みたいに取られたけどな……。ベルディアやデストロイヤーとかの際に加算されてあれだけあったポイントが今じゃたったのイチだぞ?」

 

「それも仕方なかろう。何せ、爆裂魔法はネタ魔法故にな。でもまぁ、良かったではないか。もし汝の仲間の紅魔族の娘が吾輩を倒していたら、確実にやっかみを受けていただろう」

 

 こ、コイツ……!

 白々しいにもほどがある。

 さりげなく俺にアドバイスを送っていたクセに。

 まぁ兎も角、バニルと契約した俺は戦闘の茶番劇をこのふざけた悪魔としつつ……隙を見計らってダクネスを起こし、迷宮(ダンジョン)の外に出た訳だ。

 本来なら待機していためぐみんやアクアの番なのだが……もし爆裂娘の爆裂魔法で倒したら、俺の冒険者カードのモンスター討伐欄にはバニルの名前は載らない。

 そうなればマルクス家やシーア家が俺の実力でないと騒ぎ立てるだろう。

 爆裂魔法を撃てるかどうかはかなりの賭けだったが、ウィズから貰ったマナタイト結晶が使われているリストバンドと、『ドレインタッチ』によってアクアから譲歩してもらった魔力の塊によってぎりぎり発動させる事に成功した。

 そしてバニルは斃された訳だが……こうして復活している。

 厳密には、残機とやらが減ったらしい。

 何でもバニルのような悪魔は、そんなチートじみた行為が可能なそうな。

 もはや存在自体がチートである。

 ちなみに、キールのダンジョンで何が起きたのかを知っているのは俺だけだ。

 ダクネスは言わずもがなだが気絶していたし、めぐみんとアクアが知ってしまい、万が一あの忌々しい嘘を見抜く魔道具を使われたら意味がない。

 まぁ……知能が高い紅魔族はある程度は何が起きたのかを察知していたようだが。

 それでも俺が爆裂魔法を修得したと知り、自分のことのように喜んでいたりする。

 仲間ができて嬉しいそうな。

 

「フハハハ! 汝のお陰で吾輩の夢が確実に近づいていく! ……これはサービスだが、小僧にはこのバニルさん仮面を進呈しよう」

 

「いやいらんわ」

 

 半眼になりながら突っ込むと、バニルは顎に片手を添えながら。

 

「言い方が悪かったか? では、見通す悪魔が予言しよう! 汝、この仮面を使う時が必ず訪れる。具体的には近日中だ。その時汝は吾輩に感謝するであろう!」

 

「はぁ。分かったよ、契約だしな、お前を信じるよ。よしそれじゃあ再開といこうぜ」

 

 

 ──翌日。

 俺とめぐみんはダスティネス家の前で、一時の別れを告げていた。

 キールのダンジョンとは違い、今回はゲストとしてダクネスとアクアは護衛任務に参加できない。

 正規のパーティーメンバーじゃないから仕方ないが……少々寂しい気もする。

 送り出しに来てくれたのは、アクア、ダクネス、クリス、ゆんゆんといった面々だ。ウィズとバニルにはさっき別れを告げた為此処にはいない。

 まぁその方がいいだろう。

 不死王(ウィズ)は兎も角として、アクアは見通す悪魔(バニル)の事を敵対視しているし。

 水の女神が俺とめぐみんに様々な支援魔法を掛けてくれる中、

 

「歯磨き持った? 枕は持った? ハンカチは持った? ティッシュは持った?」

 

「お、落ち着けアクア」

 

 と遠足に行く子供を心配するような母親の表情でぺたぺたと身体を触ってくる。

 クリスはそんなアクアを苦笑いで眺めながら、俺にあるものを渡してきた。

 それは、特注製のロープ。

 

「はいこれ。先輩から後輩への贈り物だよ。向こうでは何が起こるか分からないからね、使う時は慎重に」

 

「ありがとうございます、先輩。大事に使いますね」

 

「おうともさ!」

 

 そしてその横では、

 

「いいかめぐみん。相手は一国の王子だからな、すぐにぶちっと切れて爆裂魔法を撃つんじゃないぞ?」

 

「そうよめぐみん。くれぐれも粗相がないようにね? カズマさんと、お姫様に迷惑掛けちゃ駄目だからね?」

 

「あのダクネス? 私はそこまで短気ではないのですが。……あちらが失礼な態度を取らなければ大丈夫ですよ、多分。それと自称私のライバル、ライバルならもう少し私を信じるがいい」

 

「「だって……ねぇ?」」

 

「おい」

 

 あちらもあちらで盛り上がっているようだ。

 思い思いに仲良く歓談していると、時間になったのかレインさんが。

 

「それでは時間です。カズマ様、めぐみん様、此方にお越しください」

 

  『テレポート』の詠唱を始める。

 俺とめぐみんは頑張って! と応援してくれるアクア達に手を振ってから、軽く目を伏せその時を待つ。

 数秒後。

 

「いきますよ! ──『テレポート』!」

 








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