このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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私にとっての勇者様

 

 今回の護衛任務の内容を確認するとしよう。

 俺とめぐみんに依頼されたのは、『第一王女のアイリスを守る事』に他ならない。

 つまるところ、彼女の身に何かが起こったら俺とめぐみんは早急に対応しなくてはならないのだ。

 例えばそれは、モンスターとの遭遇。

 例えばそれは、山賊との遭遇。

 旅に危険は付き物で……しかしそれ故に旅というものはロマンスがあり楽しめる。

 

 気楽にいってみよう!

 

 ……そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

「ああああああああ、あのアリアさん!? もう少し速度を抑えられませんか!?」

 

「無理です! 私だって何とかリザードランナーを宥めようとしているんですよ!?」

 

 全力で疾走するリザードランナーの速度に、俺とアリアは悲鳴の声をみっともなくも上げた。

 というか、速すぎる!

 ……もし障害物とぶつかりでもしたら、即死レベルではないだろうか。

 大人二人がみっともなくさめざめと泣いている中、子供二人は呑気に目まぐるしく変わる景色を歓声の声を上げながら眺めている。

 何ていう肝の据わりようだ。

 少しでいいので分けてください。

 内心そんな事を思っていると、めぐみんがあっと声を上げて。

 

「あっ、見てください! あれは超レアモンスターのホワイトフクロウではないですか!」

 

「何処ですか!? 何処にいますか!? アリア様、一旦竜車を停めてください!」

 

「できたらやっています!」

 

 俺が思う事はただ一つ。

 

 ホワイトフクロウって、明らかにフクロウ科な訳だが……夜行性じゃないの?

 

 まぁそうだよな。

 この世界ではキャベツが自我を持ったり、秋刀魚が畑に生えていたりする世界なんだ、今更フクロウが昼に飛んでいても別に驚きはしない。

 この前なんて、猫が火を噴くシーンを目撃したしなぁ。

 この世界に転生してからおよそ一年。

 確実に俺は毒されつつあります。

 ……とそんな時だ。

 突如、竜車がますますスピードを上げた。

 それに比例して、見える景色もすぐに変わる。

 

「なぁアリアさん! 確認だけどさ、もし竜車が転倒したら、俺達死ぬんじゃないかな!?」

 

 俺の切羽詰まった声に、けれどアリアは震える声で否と答える。

 何でも、この竜車には強力な結界が貼られているとの事。

 流石は王族の為に作られた特注品。

 ……いや待てよ?

 

「それってアリアさんも無事なんだよな!? そうなんだよな!? クシャってならないよな!?」

 

「あははははっ、何を言っているんですかサトウ様。決まっているでしょう? ──私だけ死にます

 

「ちょっ……!?」

 

「でもご安心を! この竜車にはモンスターを寄せ付けない魔道具も備わっていますから! 余程の事がない限り大丈夫です!」

 

 ……。

 …………。

 俺とめぐみん、アイリスが思わず無言になる中。

 アリアは泣きながらこう続けた。

 

「大丈夫です! 運が悪くない限りそのような事は起こりませんから! サトウ様達は旅を楽しんでくださいませ!」

 

 使命感に駆られた御者はそう儚く笑い掛けてから、キッと前を見据える。

 シンとした不気味なほどの沈黙が車内に流れる中、やがてアイリスが無邪気に。

 

「カズマ様! これがこの前教えていただいた、ふらぐですね!?」

 

「「……!?」」

 

 俺とめぐみんがあわあわと震え、先の展開に絶望を抱きつつも、それに構わず竜車は進み続ける。

 アイリスよ。

 世の中には言って良い事と悪い事があるんだ。

 

 ──というか今更だが、俺とめぐみんのパーティーに護衛が務まるのだろうか。

 俺は言わずもがな最弱職の〈冒険者〉だし、めぐみんは〈アークウィザード〉だが爆裂魔法しか撃てないなんちゃって紅魔族。もちろん、瞬間的な火力では他の追随を許さないが。

 これで女神アクアや聖騎士ダクネスがいれば何とでもなるのだが、残念な事に彼女達はいない。

 アクセルに引き返そうにも、水と温泉の都のアルカンレティアに行くと確か言っていた。今頃はアルカンレティア行きの馬車に乗っているだろう。

 理由は簡単で……何でも自分の信者を見てみたくなったそうな。

 というのも、アルカンレティアはアクシズ教の総本山で、最もアクシズ教徒がいる街。

 自分の子供を見て回りたいと思うのは親として当然の帰結だろうし、是非とも楽しんできてもらいたいものだ。

 ゆんゆんやウィズも誘われ遊びに行っているらしい。

 ……バニルが嗤っていたのは気の所為だと思いたい。まず間違いなく、店主がいない間に荒稼ぎするつもりだ。俺が発明した商品が早速売られるのだろう。

 ダクネスも誘われたらしいのだが……議会で忙しいのでそれを理由に辞退したそうな。

 しかしアルカンレティアは現在、何やら異常が来たしているようだが……彼女達なら大丈夫だろう。

 なんていったって、女神のアクアに、紅魔族のゆんゆん、更には不死王(リッチー)のウィズだ。ハッキリ言って過剰戦力である。

 寧ろ心配するのは……かねがね言うが俺達の方だ。

 もしこれで大物モンスターとかち合ってみろ、絶対に負ける。

 アリアが戦えるのかは分からないが……まぁあまり期待しないでおこう。

 フラグをどうか回収しませんようにと、俺はただただ願う事しかできなかった。

 

 ──数分後。

 

 それはやはり叶わないらしい。

 おかしいな、幸運のステータスが高い俺がいるから大丈夫だと本当は思っていたのだが。

 これがフラグの力なのか……!

 猛烈な勢いで走っていたリザードランナーが突如急ブレーキを掛け、竜車内を大きく揺らす。

 

「揺れま……──『セイクリッド・ガード』!」

 

「「きゃっ!?」」 「うわっ!?」

 

 女性三人がか細い悲鳴をあげるのを辛うじて聞いた慣性の法則に従って前に倒れる……──その直前に俺は隣に座っていたアイリスを覆うように抱きかかえ、痛みに備えた。

 刹那、背中に鈍い痛みが伝わり……それは全身にまで及ぶ。

 御者台のすぐ後ろに座り、慣性の法則をあまり受けなかっためぐみんとぶつからなかったのは奇跡だろう。

 ちなみに魔法使いの使い魔であるちょむすけは動物的勘によってか目を覚まし、めぐみんの元に避難していた。

 何て奴だ、猫は未来でも見えるのか。

 視界が点滅し、軽く目眩を覚えていると……腕の中に収まっていたアイリスが涙目になりながら。

 

「カズマ様!? 大丈夫ですか!? 私の所為で……こんな……!?」

 

「大丈夫だ。大丈夫だから首をがくがく揺らさないで! 吐く、吐いちゃうから!」

 

 吐き気を頑張って耐えていると、めぐみんが瞳を紅く輝かせながら立ち上がり。

 

「どこのどいつですか、快適な……とは到底言えませんでしたけれども旅を邪魔したのは! 我が爆裂魔法で討ち滅ぼしてやろう!」

 

 そう高らかに言い放ちながら爆裂娘は竜車から出て行くその直前に、彼女は俺……ではなくアイリスをちらりと意味深げに一瞥する。

 竜車内に残ったのは、俺とアイリスのみ。

 ……。

 彼女は俺を寝かせて頭を一度撫でてから、不意にぽつりと呟く。

 

「……せません」

 

「お、おいアイリス?」

 

「……許せません! カズマ様、ちょっと待っててください。私が今から倒してきます! 」

 

 その時のアイリスの顔は、それはもう凄かった。

 具体的には、物凄くキレていた。

 約一年の付き合いのある俺とアイリスだが、俺は彼女が怒ったところを一度も見た事がない。

 元々が人見知りで気弱な正確だからそれは必然なのだろうが、幼少から彼女の護衛に付いているクレア曰く、「アイリス様が怒った事は一度もない。逆に泣く事はかなりの頻度であったのだが……」との事。

 ……。

 …………。

 昔から伝わる言葉の中に、こういったものがある。

 

 ──普段怒らない人を絶対に怒らせてはならない。

 

 冷や汗をだらだらと垂らす俺が固唾を飲んでいると、外からは話し声が辛うじて聞き取れる。

 普通なら不可能な芸当だが、そこは〈冒険者〉の特性を活かし、『聴覚』スキルを発動させる事で可能にした。

 これは文字通りのスキルで、聴覚を格段に上げる優れもの。代償として痛覚、触覚、味覚、視覚といったものが使用中に著しく低下するが、使い所を間違えなければかなり有用なスキルだ。

 耳を澄ますと。

 

『あ、あのアイリス? その聖剣をどうするつもりですか? いくら王族のあなたでも、相手は一撃熊ですよ? アリアお姉さんはどうやら〈アークプリースト〉のようですし、ここは連携して……』

 

『その通りですアイリス様! ここは護衛の私達にお任せしてもらって……』

 

『……』

 

 めぐみんとアリアがそう言いながらアイリスを諌めるが、どうやら無視されているようだ。

 ここまでくれば流石に、アイリスの豹変ぶりに気づくというもの。

 それから数秒後。

 

「『エクステリオン』ッ!」

 

  『聴覚』スキルを使うまでもない、それほどまでに大きな声が外から出され、刹那……──

 

 ──世界が真っ白に染まった。

 

 アクア様から教えてもらった回復魔法『ヒール』を自分の身体に掛けて癒した俺は、アクセルの鍛冶屋から無料でもらった第三代目の愛刀の長剣を握り、転がるように竜車から脱出する。

 

「おい、何があった!?」

 

「…………」

 

 爆裂魔法の詠唱を始めようとしていたのだろう、魔法使い故に最も敵と距離を取っていためぐみんがあわあわと震えながら、ゆっくりと片手を挙げて前方を指さす。

 ぎぎぎと音を立てながらそちらの方向を見れば、そこには二体の一撃熊と思われる(むくろ)が縦に真っ二つにされているではないか。

 そしてその近くにはアイリスがいて。

 更には聖剣を振り下ろした姿勢で止まっており。

 シャキン! と勢いよく何とかカリバーを納刀した王族は、俺の姿を視認する否や目で追えないの速さで駆け寄って。

 

「カズマ様、大丈夫ですか!?」

 

「うん、それはさっきも言ったけど大丈夫だけれども。……な、なぁアレってアイリスが倒したのか?」

 

「……? はい、そうですが」

 

「……。……ちなみにどうやって?」

 

「……? 『エクステリオン』っていう、代々王家に受け継がれた聖剣にだけ認められた者が使える、強烈な斬撃を放つ事ができる必殺技ですが」

 

「ちょっとごめんな、アイリス」

 

 俺はめぐみんと、自分に『セイクリッド・ヒール』を掛けていたアリアにこいこいと手招きし、ひそひそと話し合う。

 

「なぁ思ったんだけどさ。これ俺達いらないんじゃね? モンスターが現れてもアイリスが倒しそうだし、エルロードに入っても、剣を取る機会なんてそうそうないだろ」

 

「まぁ、それはそうかもしれませんが。それでも万が一がありますからね、一応真面目にやりましょう」

 

「本当にもう、皆様にはご迷惑をお掛けします」

 

 ぺこぺこと平謝りしてくるアリアを見て、俺とめぐみんはいたたまれなくなってふいっと目を逸らす。

 何ていうかこの女性(ひと)、運が悪いなぁ。

 そんな風な感想を抱いていると、アイリスがおずおずと上目遣いで。

 

「あの……駄目でしたか?」

 

「いやいや、駄目って訳じゃないぞ? けどなアイリス、俺達は護衛なんだ。ここは俺達に任せてもらって、アイリスは安全な場所へ避難していてくれ」

 

「そうですよ。というか、そうしてくださいお願いします。紅魔族的観点からすれば先程の魔法? いやスキル? は琴線に触れるのですが……これ以上活躍の場を奪わないでください」

 

「申し訳ございません。あの熊さん達が私達を危険な目に遭わせたのかと思うと……」

 

「「あぁいやっ! 大丈夫、大丈夫だから!」」

 

 シュンと見るからに落ち込むアイリスを俺とめぐみんは慌てて慰めた。

 アリアが何か物言いたげにこちらをジッと見ていたが、おおかた、甘やかすなと言いたいのだろう。

 だがそれは仕方がない事だ。

 今なら親馬鹿丸出しの国王陛下のそのお気持ちも分かるっていうもの。

 うん、こりゃあ確かに甘くする。

 

 ──その後も旅は順調に……とは行かなかった。

 二時間に一回は真冬という弱肉強食の世界で生き延びている巨悪なモンスターが待ち構え。

 その度に俺達は竜車から転げ落ちながら強大な敵を打ち倒し。

 中にはグリフォンなんていう大物が何故か知らんが襲い掛かって来たりしたが、そこは俺の華麗な指示と、アリアの支援魔法によって強化されためぐみんの爆裂魔法で滅ぼしたりして事なきを得た。

 アイリスに避難しろと言った手前、彼女の力を借りる事もできず……ハッキリ言おう。

 俺今、この世界で最も冒険者活動をやっているんですけど。

 滅多にないほどに命を懸けて必死にモンスターと戦っているんですけど!

 というか地味に、戦えるのが俺一人になってしまった。

 めぐみんは爆裂魔法で動けないし、アリアは随時俺達に様々な支援魔法を掛けてくれてとうとう魔力がつき、そもそも〈アークプリースト〉は戦闘向きの職業ではないので物理攻撃はないに等しい。

 それでも最低限『ドレインタッチ』によって魔力を譲渡したが、戦力にはならないだろう。

 ……。

 あれっ。

 もし次にモンスターと遭遇したら俺達ヤバいんじゃ?

 一度だけ会った幸運の女神エリス様に願掛けをしていると、窓から見える景色の色が変わりつつある事に気づく。

 時計型魔道具を確認すると、現在は午後の五時を半刻ばかり過ぎたところだった。

 俺は気力で御者の役割を全うしているアリアに、

 

「アリアさん、今日はここまでにしましょう」

 

 そう声を掛けると、マルクス卿は心底疲れたようにため息を()いて。

 

「そうですね。……止まりなさい、リザードランナー」

 

 リザードランナーに命令する。

 だがしかし……国が飼っているとはいえそこはモンスター。

 当然ながら人間の言語が通じる筈もなく。

 彼らは別に解釈したのか……寧ろ、ますます加速した。

 

「もう嫌ああああっ!」

 

 叫声(きょうせい)が大きく響くが、竜車の中にいる俺達もたまったものじゃない。

 アイリスに膝枕をしてもらっているめぐみんが力なく横たわる中、主の容態を気に掛けず丸まっていたちょむすけが突如すたっと起き上がり。

 

「にゃー」

 

 何時ものように鳴いた。

 刹那、リザードランナー達が驚いたように、

 

「「キュキュキュ!? キュイッ!」」

 

「にゃー!」

 

 俺達が唖然する中、走るトカゲは徐々に速度を遅くし……遂には完全に竜車を停止させる。

 ……偶然か?

 いやそれにしても、出来過ぎのような……。

 

「あ、あのカズマ様。私の気の所為でなかったら、この黒猫さんがリザードランナー達を停めさせたと思うのですが……」

 

「……だよなぁ。おいめぐみん、お前のペットどうなってんの? ただの猫だよな?」

 

 俺とアイリスが揃って飼い主を注視すると、めぐみんはさもありなんとばかりにごくごく普通に。

 

「まぁ、この子は邪神ですから」

 

「「……!?」」

 

 そんな事を言い放った。

 口をあんぐり開ける俺達を他所に、飼い主は更に続ける。

 

「この子は私の妹が拾ってきまして……まぁ色々とあり私の使い魔になったのですよ。ちなみに最初の名前は『クロ』でして、ゆんゆんが名付けました。それだと紅魔族として恥ずかしいので今の名前になったのですが」

 

 めぐみんの言葉に、ちょむすけはちょっと嫌そうに軽くにゃーと鳴き声を上げる。

 ゆんゆんが正常なのに……これが価値観の相違ってヤツか。

 ……っていや、違う!

 

「おいちょっと待て。いや、確かに人間の言葉を理解している節とか、火を噴いたりとか、背中に小さい羽があったりとか、これ本当に猫? とか内心思っていたけれども」

 

「あのあの、めぐみんさん。つまりこの黒猫さんは魔獣なのでは? だったら討伐しておいた方が……」

 

「大丈夫ですよ。この子は余程のことがない限り怒ったりはしませんし、何よりこうして役に立ちます。アイリスの言う通り、きっとちょむすけが助けてくれたのでしょう。それとカズマ、猫は火を噴きません」

 

 そう言われたら、引き下がるしかあるまい。

 いや、火を噴く件については言及したいが。

 俺とアイリスが何とも言えない表情になっていると、御者から降りたアリアが竜車の扉を開けてくれる。

 俺は短く問い掛ける事にした。

 

「今の聞いていましたか?」

 

「いえ、私は何も聞いてません。今の私は使い走りのなんちゃって貴族。……えぇ、私は聞いていませんとも」

 

 どうやら余程疲れているようで、自分から面倒事には関わりたくないようだ。

 何ていうか……本当に気の毒に。

 兎も角、これで野営の準備ができる訳だ。

 今まで万が一に備えて温存していた魔力をめぐみんに与え回復させて、俺達は竜車から降りる。

 見たところ此処は、森の中といった所だろうか。

  『敵感知』スキルをフルに使い辺りを索敵するが、少なくとも現在は敵対する者はいないらしい。

 朝のめぐみんとクレアじゃないが、俺はアクセルから一度も出た事がないから野営経験なんて皆無だ。

 そもそも地球でも家に引き籠っていた訳だし、もし親愛なる俺の家族が俺を見たら仰天するだろうなぁ。

 まぁそんな事は決して起こらない訳だが。

 引き籠もりの俺と、身分が高くこのような体験をした事は一度もないだろう貴族や王族が野営に心を馳せわくわくしている中、唯一めぐみんだけは違った。

 ……旅の経験でもした事があるのだろうか。

 バサッとローブをたなびかせながら、

 

「ふっふっ、この私に付いてくるがよいでしょう。私が本当の野営を教えてあげます!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 俺達素人組が大いに盛り上がる中、熟練者はふふふと不敵に笑った。

 嘗てないほどに頼もしい!

 尊敬の視線を送っていると、不意にアリアが。

 

「あっ」

 

 そんな事をぽつりと呟いた。

 当然視線が何事かと発生源に向く中、アリアはふいっと視線を逸らす。

 その先にめぐみんが回り込むが、彼女は更にふいふいっと視線を逸らし、その先にはアイリスが回り込むが、彼女は更にさらにふいふいふいっと目まぐるしく瞳孔を動かした。

 だが甘い。

 その先には、既に待ち構えていた俺がいる。

 じーと至近距離で見つめると。

 アリアは観念したように嘆息しながら、

 

「あの、本当に申し訳ないのですが」

 

「はい」

 

「実はその、野営をする必要がありませんでした」

 

「はい。……。……はい?」

 

 今なんて?

 めぐみんが困惑の表情を浮かべながら。

 

「それはどういう意味ですかアリアお姉さん? 確かに王族のアイリスや、貴族のお姉さんにとっては野営は精神的にキツいものがあるでしょうが、まさか竜車の中で一夜を明かすと?」

 

「そうですよアリア様。つらいのは分かりますが、一緒に野営をしましょう?」

 

「いえ違います。私もこのような事は本当は幼少の頃から憧れていました。ですがその……シンフォニア卿からこんなものを渡されていた事に遅まきながら気づきまして……」

 

 アリアはそう告げながら、ポケットから魔道具らしき何かを取り出した。

 俺、めぐみん、アイリスがはてと首を傾げていると、 使い走りの貴族様は四角形のその魔道具を投げ放つ。

 刹那、眩い光が放たれ……

 

 ──開けた場所に、小さめの屋敷が建っていた。

 

 ……。

 

「……何これ」

 

「その、シンフォニア卿曰く。『王族のアイリス様も汚い地面の上で寝かせる訳にはいかない! マルクス卿、貴殿にはこれを渡そうと思う。有効に使ってくれると助かる』……との事でして……」

 

「どんだけアイリスを溺愛してるんだよ!? 何だよ、俺達の期待をかえせよ白スーツ!」

 

 アリアの説明に思わず突っ込むと、脳内で俺にサムズアップしてくる白スーツが浮かんだ。

 いやまぁ、今回においては正しい判断だけれども!

 何だかなぁ!

 めぐみんとアリアがとぼとぼと先に屋敷に入る中、アイリスが。

 

「私の部下が本当に申し訳ございません」

 

「いや……もういいよ。何か親切にも竜車用の小屋まであるみたいだし、手伝ってくれるか?」

 

「はい!」

 

 こうして俺達は長い一日で疲れた身体を癒す為に、休息を取ることにした。

 

 ──夕食は、『料理』スキル持ちの俺が受け持つ事になった。

 最初は憐れな使い走りのマルクス卿が率先して手を挙げてくれたのだが、俺の腕前を知っているアイリスとめぐみんが説得した訳だ。

 アリアは今日一日御車台でリザードランナーを頑張って操作しようとしてくれたり、モンスターと戦う時は支援魔法を掛けてくれたりと助けてくれた為に、これ以上の仕事を増やすのは気が引ける。

 いくら謂れのない国家転覆罪を訴えられたとはいえ、昨日の敵は今日の友。

 彼女自身は恩師が教えてくれたように、この国で数少ないまともな貴族なので仲良くしていきたい。

 それに……あまりにも不運なんだよなぁ。

 気になったので冒険者カードを見させてもらうと……やはりというか俺の予想通り、幸運のステータスがそれはもう低い。

 具体的にはアクアのいっぽ手前だ。

 豪運を所持している俺がいるのに何であんなにもモンスターと遭遇するのか疑問だったが、すぐに謎は解けてしまった。

 

「さて、今日は何を作ろうかなぁ」

 

  一人呟くが、反応は何もない。

 というのも俺以外の連中は屋敷内を探索しているからだ。めぐみんとアイリスの子供組がとても心配だが……大人のアリアが付き添いをしているから大丈夫だろう。

 うむむ……悩むなぁ。

 ぶっちゃけ眠たいし手を抜きたいが……今日は護衛任務の一日目だから、最初くらいは仕事を完全に全うしたい。

 よしっ、ここは唐揚げにしよう。ご飯も炊いて……あとは適当に在り合せるか。

 俺の名前は佐藤和真。

 ここ最近料理が趣味になりつつある男。

 今の目標は師であるリーシャンに認めてもらう事。

 数分後。

 料理を作り終えた俺は、遊んでいた三人を呼んで食卓を囲んでいた。

 

「もきゅもきゅ。やはり思うのですが、ここ最近のカズマの腕の上がりようは凄いですね」

 

「むきゅむきゅ。そうですね! この間よりも確実に上がっていて驚いています!」

 

「これがからあげ……。お父様、お母様、私は新しい世界に行きたいと思います」

 

 概ね好評のようで何よりだ。

 内心にやつきながら俺も唐揚げを一つ口の中に放り込み……

 ちょっと油を使い過ぎたかなぁ。子供にはこれくらいで丁度いいけど、アリアや俺には向かないかも。

 次回に活かすとしよう。

 そう決意していると、貴族らしく上品に食事しているアリアが感嘆のため息を吐きながら。

 

「それにしても……サトウ様は本当に凄いですね。今日の戦闘中、どれだけのスキルを使ったか……。その、例えばどんなスキルを取得しておいでで?」

 

「あっ、それは私も気になっていました。カズマのスキルの多様さはこう言っては何ですが異常ですからね、教えてください」

 

 アリアとめぐみんが興味津々にそう訊ねてくるので、俺は指を折りながら。

 まずは……──

 

「えっと、まずは初級魔法全般だろ。次に盗賊スキルの『スティール』『バインド』『潜伏』『敵感知』『罠発見』『罠解除』『スキルバインド』『ワイヤートラップ』に……アーチャースキルの『弓』『狙撃』……──悪い。あり過ぎて数えられない」

 

 俺の返答に、二人は絶句した。

 そこに畏怖と……疑問の念が表れているのは言うまでもない。

 だって俺のレベル、まだ二十超えてないしなぁ。

 魔王より強いと噂のバニルだって倒したのに、爆裂魔のめぐみんより下だったりする。

 きっと彼女達は、レベルに不釣り合いなスキルの多さに困惑しているのだろう。

 別に隠す事でもないので答えようすると、今まで黙っていたアイリスが。

 

「授業の成果のお陰ですね。カズマ様と一緒に受けた授業はとても楽しかったです!」

 

 何て嬉しい事を言ってくれるんだ。

 俺はアイリスに自分の唐揚げを二個渡しながら。

 

「そうだよなぁ。ほんと、レインさんには感謝しきれないよ」

 

 と俺達の会話にマルクス卿がぴくりと反応した。

 顔を青ざめながら恐る恐る。

 

「あ、あの……もしかしてですが。実は一年程前に大量のスキルアップポーションが使われていまして。それって……──」

 

「俺だな。あとはアイリスだけど」

 

 白状すると、アリアは怒りと諦めが混じり合った複雑極まりない表情になって……結局聞かなかった事にしたのか食事をする事に専念した。

 うん、この一日で引き際を学んだようだ。

 今は純粋に、彼女の成長を喜ぶとしよう。

 

 ──その後も旅は順調……とは到底言えなかったが進み続け。

 数日後。

 アリア曰く、明日の夕方にはエルロードに着くそうな。

 道中、アンティコアや狡猾な筈の初心者殺しが襲い掛かったり、めぐみんが夕食にロブスター料理を振る舞ったりとしたが、それももう終わり。

 どれくらい滞在するかは分からないが、この便利な屋敷を使うのもしばらくないだろう。

 そんな訳で、今日は俺が本気を出して軽い宴を開いた。

 仕方がなかったとはいえ、最初は若干溝があったアリアも俺達と打ち解けパーティー内の仲は良好だ。

 このまま上手くいけば良いんだが……。

 

 

 §

 

 

 引き籠もり兼ニート故の体質か、あるいは明日に対して緊張しているのか、深夜に目が覚めた俺は屋敷から出て木々が生い茂る森の中を歩いていた。

 たまには散歩をしてみるのも良いだろう。

 五千万エリスという大金を(はた)いただけあって、冬用装備のロングコートはこの真冬でもあるのにも関わらず俺を外敵から守ってくれる。

 どうやら屋敷にも結界は貼られているらしく、俺はそこから出ないよう憂慮しながら歩き続け……ちょうどいい所に大樹が生きているのを見つけた。

 どれくらい生きているのだろうかと疑問に思いながらも、その太く逞しい幹を借りて座る。

 近くに散らかっていた小枝を一箇所に集め、俺は小さく呟いた。

 

「『ティンダー』」

 

 初級魔法の着火魔法、火を生成する『ティンダー』を唱えた。

 小さかった熱は徐々に伝わり……やがて大きくなる。

 煙を上げているが、この大樹がモンスターから守ってくれるだろう。

 ……そうだといいなぁ。

 図々しい事を考えながら満点の夜空を眺めていると、背後に人の気配を感じた。

 誰か起こしちゃったかと思いながらそちらに振り向くと、冬にしては心許ない生地の薄い服を着たアイリスがそこにはいた。

 屋敷の中は暖かったからそのままの服装で来てしまったのだろう。

 

「隣、いいですか?」

 

 アイリスはおずおずと許可を求めてきて……俺は思わず苦笑してしまう。

 この子のこの美点がずっと続けばいいなぁと思いながら。

 

「もちろん。ほらっ、早く来ないと風邪引いちゃうぞ?」

 

 ぽんぽんと幹を叩くと、アイリスはぱあっと顔を輝かせて駆け寄り俺の隣に座った。

 バチバチと木が燃える中、彼女はぽつりと囁くように。

 

「あなたが王城で暮らしていた時も、こうして天体観測をしましたよね。あの時はクレアがいましたが……」

 

 あぁ確かに。

 随分昔のように感じられるが、確かにしたなぁ。

 懐古の念を抱きながら俺は頷き。

 

「あの時は確か……夏の大三角形をアイリスが見つけたんだっけ?」

 

「はい。今は見えませんが……その代わりに冬の大三角が見えます!」

 

「……覚えていたんだな。俺が教えた事」

 

「もちろんです! カズマ様が教えてくださった事は全部覚えています! 例えば、ネトゲハイ神とか、サンタクロスとか……バレンタインという悪魔の日とか……」

 

 何だろう。

 そんな純粋無垢の穢れのない瞳を向けられると罪悪感が込み上げてくるな……。

 これからはもうちょっとまともな事を教えよう。

 うん確かにクレアの言う通りだ。

 確実に俺の悪影響を受けているな。

 

「綺麗ですね」

 

「綺麗だな」

 

 アイリスが言い、俺が言う。

 甘酸っぱい雰囲気に頭がくらくらするが、ここは何としてでも耐えなくては。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。

 ひたすらに念じていると、少女がくしゅん! と小さくくしゃみをした。

 ……。

 俺は必死にポーカーフェイスを浮かべながら、ロングコートを脱いで無言で彼女に被せる。

 彼女は突然の事に硬直してから、やがて焦ったように。

 

「あの、お気持ちは嬉しいのですが……それこそ、カズマ様が風邪を引いてしまいます」

 

「いいんだよ。こういう時こそ、男の見せ所ってもんだ」

 

「ふふふふっ。あなたは時々、変に格好つける時がありますよね」

 

 アイリスはそうひとしきりくすくすと笑った後、ロングコートを極限にまで大きく広げて俺達の身体を包み込ませる。

 当然そうなると身体と身体が近づく訳で……俺達は超至近距離で見つめ合う。

 お互いに顔は真っ赤だろう。

 けれど人肌はこの上なくあたたかい。

 そのまましばらくすると、やがてアイリスが……

 

「あなたは、今回の外交の意図をお知りになっていますか?」

 

 ……そんな核心に迫る事を一気に訊ねてきた。

 顔は夜空を向いたまま、視線を向けることなく。

 俺は火照っていた身体が急激に冷えるのを感じながら、

 

「知ってるよ。その……アイリスが次期にエルロードの王子と結婚する事も。それで国と国との結び付きを強めようとしている事もさ……」

 

「……そう、ですか……」

 

「でも俺はそんなの認めない。そんな人を人とも思わない政略結婚なんて認めないから安心して……──」

 

「それだけですか?」

 

 そんな俺の覚悟を断ち切るように……アイリスは瞳を若干濡らしながら更に訊ねてくる。

 

「……それだけ、ですか……?」

 

 アイリスはそう言って、今にも掻き消えそうな儚い笑みを浮かべた。

 ……。

 …………。

 どうすればいいのだろうか。

 混濁する思考の中、唯一考えられる事がそれだけ。

 ダクネスがキールのダンジョンで俺に言った事が思い出される。

 

 ──『身分の差とか相応しくないとか、それが恋をすることに何か弊害があるのか?』

 

 俺は一度も瞬きする事なく、自分の好きな女の子の顔を見つめた。

 彼女は何時ものだらしのなく覇気がない雰囲気とは違う事を察したのだろう、お互いにお互いの瞳越しに自分の影を返し見る。

 視線が絡み合う。

 気づけば俺は、感情の思うがままに口を動かしていた。

 

「俺はさ、格好よくないんだ」

 

「知っています」

 

「俺はさ、すぐに調子に乗るんだ」

 

「知っています」

 

「俺はさ、お伽話のような……勇者のような力もなければ強くもないんだ。最弱職の〈冒険者〉だしな」

 

「知っています」

 

「そんな俺だけれど、釣り合わないと思うけれども……けど……──」

 

 泣き笑いを浮かべて、透き通るような碧眼から大量の涙を流している少女を俺はぎこちなく抱き締めて……

 

「──俺は、アイリスの事が好きだ」

 

 ……人生で初めての本気の告白を口にした。

 心臓は早鐘を打ち、脂汗と冷や汗が混じり合い全身を駆け巡る。

 物凄い緊張する。

 漫画や小説、アニメやドラマの主人公が何で告白しないかこれまで疑問で仕方がなかったが……うん、こりゃあ確かに難しい。

 これがまだ、適当な相手に対するものだったらまだ楽だっただろう。

 けれども、心の底から好きな女性に対してその呪文を自分の口で出すのはかなりの勇気がいる。

 そんな事を考えていると……

 

 ──不意に。

 

「……確かにあなたは場の雰囲気に流されやすいですし、勇者候補の方みたいに何か特別な力や才能がある訳でもない。女性の方にも男女平等主義者だからと言いながら普通に報復しますし、男性としてどうかと時々思ったりもします」

 

 そんな反応に困る事をアイリスは突然口に出した。

 いや確かに、自分からそんな事を言ったけれども。

 全部事実だけれども!

 そんな俺を見透かしたようにアイリスは微笑を浮かべて。

 告げる。

 

「でも……私にとって、あなたは初めての友達で、想い人で──そして勇者様でした」

 

 アイリスはそう言ってから一旦俺から離れ……──そして……!

 

 気づいたら、アイリスの顔がすぐそこにあった。

 唇に感じるぬくもり。

 初めてだけど間違いなく。

 

 俺達はキスをしていた。

 

 ……どれだけその姿勢でいたかは分からない。

 何時の間にか激しくも優しい焚き火の光は消えていた。

 やがて呼吸が苦しくなり、離れる。

 アイリスはその美しくも可憐な顔に華をいっぱいに咲かせて。

 

「──私も、あなたが好きです。愛しています」

 








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