このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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モンスターの王

 

 ドラゴン。

 それはこの世界の人間はおろか、存在する筈のない地球ですらその名を知らない者はいない、最もメジャーなモンスター。

 例えばそれは、剣といったら何とかカリバー。

 例えばそれは、めぐみんといったら爆裂魔法。

 そんな方程式がすぐに組まれるくらいには有名であり、人々の関心を集める。

 そしてドラゴンといえば。

 いわば最強。

 いわば最高。

 いわば最凶。

 それを倒した者は真の英雄と呼ばれ、《ドラゴンスレイヤー》の異名を手に入れることが出来る。

 そして何も、報酬は名声だけではない。

 富だ。

 ドラゴンを屠ったそのあかつきには、望むがままの富を得られるのだ。

 富・名声・力──その全てを手に収められる至高のモンスター。

 

 

 ──俺達は今、そんなモンスターの王を斃しに向かっていた。

 今回は俺とめぐみんのパーティーにゲストとして、〈アークプリースト〉のアリアと王族のアイリスが加わっている。

 

「カズマカズマ、とうとう私達も《ドラゴンスレイヤー》を名乗れますね! ふっ、これでますます名乗りに箔が付くというもの」

 

「良かったな、ゆんゆんに自慢できるぞ。──……というか俺達、何気に凄くない? 昔はカエルやゴブリンにすら逃げていたのに……進歩だよなぁ。っていうかさ、よくよく考えればドラゴンって格下に思えないか?」

 

「そうですよね。何せこれまでの相手が相手でしたし……爆裂魔法一発で終わる気がします」

 

「だよなぁ。まぁそれで失敗したらその時は俺の爆裂魔法があるし……なんとかなるだろ」

 

「あわわわ……! ドラゴン、ドラゴンですよ!? 何故お二人はそうも落ち着いていられるのですか!? 帰りましょう、帰りましょうよ!」

 

 呑気に会話を楽しんでいる俺とめぐみんに、アリアがキャラ崩壊しながらそんな事を進言する。

 それはもうさめざめと彼女は泣いていた。

 いや彼女の為に告げるのならば、その気持ちも分からなくはないのだ。

 確かに普通の冒険者だったら恐れ慄き、対峙する事すら至難だろう。

 貴族の令嬢であるマルクス卿がそのように取り乱すのはある意味当然なのだ。

 しかし────

 

「いやでも仕方がないじゃないですかアリアさん。文句はあの宰相に言ってくださいよ」

 

「そうですよお姉さん。……しかし、あの腹黒宰相はこちらの要望を叶えてくれるでしょうか?」

 

「その時はアレだよ、戦争でもするか。うん、約束を守らないあっちが悪いしな、やろうと思えばすぐに滅ぼせるだろ」

 

「カズマ、その時は爆裂魔法で宣戦布告させてくださいね?」

 

「俺はそれでもいいけど、一応アイリス王女に確認を取ってからな?」

 

「もう嫌だぁ! ……サトウ様やめぐみん様と一緒に行動をしていると、凄い疲れます! アイリス様は悪影響を受けていますし……うぅ……国王陛下になんと報告すれば……」

 

 いやそんな事を言われましても。

 でもその元々の原因は俺と敵対したマルクス卿自身にあるので諦めて欲しい。

 悪影響に関しては事実なのでごめんなさい。俺も深く反省しています。

 それとかねがね言うけれども、文句はラグクラフトに言ってください。

 そう、何故俺達がドラゴン退治に出向いているか。

 それはエルロード王国の宰相、ラグクラフトが『金鉱山に住み着いたドラゴンを斃したそのあかつきには、貴国に対して支援金を引き続き送りましょう!』と約束したからだ。

 やり方が汚いのは大人の特権だよなぁ。

 絶対あの男、俺達が失敗……あわよくば戦死しろと内心は願っているに違いない。

 だって人の悪そうなにニヤニヤ嗤いを描いていたし。

 彼ら……カジノや商業で稼いでいるエルロード側からしたら、金鉱山に住み着いたドラゴンをわざわざ危険を冒してまで討伐しに行き取り返す必要性はゼロに等しいかもしれない。

 だって現に、エルロードの景気は良く民は熟れているのだから。無理に討伐隊を組み挑んで負けました、なんて方が反感を招く可能性が高い。

 故に、ラグクラフトは余裕綽々の態度を取れるのだ。

 相手は何度も言うがモンスターの王であるドラゴンだし、倒してくれるならラッキー。

 その代わり防衛費と攻勢に必要な支援金を出さなければならないが……どのみちレヴィ王子が八割以上こちら側に着いてしまったので何れそうなるのは目に見えている。

 確かにラグクラフトは優秀な宰相でエルロードの(まつりごと)の指揮を執っているかもしれないが……決定権は彼にだけじゃなく王族にだってあり……無論、王子の方が強い決定権を持つ。

 更には支援金に使う(かね)も、金鉱山から取れる(きん)によって充分に補填できる。

 本当、セコい奴だなぁ。

 容姿が真ん中くらいの憎い男の顔を思い浮かべていると、完全装備のアイリスがくすくすと笑い出す。

 俺達の視線が集まる中、注目の的となった彼女はわちゃわちゃと両手を振って。

 

「いえその、こうしてカズマさんとめぐみんさんとパーティーを組むのは随分久し振りのものですから……懐かしくて」

 

「確かに言われてみればそうだな。……えっと確か、ベルディアの時以来か」

 

「はい。あの時はお二人が、魔王軍幹部が居座っていると知らずに彼の騎士の住処の古城に爆裂日課をしていて……本当に驚きました」

 

「あぁその古城でしたら、今度改めて破壊しにいくつもりなんですよ。アイリスもどうですか?」

 

「はいっ、是非!」

 

「よろしい。……ではアイリス、今から私の事は先輩と呼ぶのです」

 

「それはお断りします」

 

「……!?」

 

 仲が良くて何よりだ。

 歳も近いし、考えも脳筋の二人だからこそ波長が合うのだろう。

 というか思うんだが、クリスといいめぐみんといい……先輩呼びを強要するのはどうして何だろう。

 流行っているのだろうか。

 先輩冒険者めぐみんは後輩冒険者アイリスに先輩らしさを教授したいのか……

 

「見てくださいアイリス。あの木の枝が折れているでしょう?こういった不自然な折れ方には作為的なものがありまして、恐らく、この先には強大なモンスターが待ち構えているでしょう」

 

「なるほど、そういえばレインもそのような事を教えてくれた気がします!」

 

「おぉ……流石は凄腕冒険者様ですね!」

 

 ──何故か講義が始まった。

 講師の教えに称賛する生徒達。

 ……俺の『敵感知』スキルには何も反応がないと口を挟みたくなるが……止めておこう。

 俺の名前は佐藤和真。

 保護者の俺は、子供の遊びに無粋な真似はしない。

 このまま一歩引いて様子を見守るとしよう。

 そのまま歩く事数時間、俺達は小休憩を取っていた。

 あの後もめぐみん先生の貴重で有難い講義は続き、生徒達は頼りになる先生を尊敬の眼差しで見つめている。

 箱入り大人のアリアは兎も角として、ここ最近俺べったりだったアイリスまでもがめぐみん先生の近くにいるのだからその影響力は凄いものだ。

 そしてそんな先生はドヤ顔を浮かべ、独り哀しく剣の手入れをしている俺に……

 

『アイリスが取られて嫉妬しているのですか? 女の嫉妬も醜いですが、男のそれも醜いので止めた方が良いと先生は助言します』

 

 ……そんな生意気な事を放った。

 イラッ。

  『ドレインタッチ』であの忌々しい爆裂娘の魔力と体力をごそっと奪って此処に置いていこうかと思うくらいにはイラッとした。

 ……そんな事は流石にしないけれども。

 イラついたので自棄酒(やけざけ)ならぬ自棄水(やけみず)をしていると、先生は新しい教材を見つけたのだろう、目をキラリと輝かせながら唐突に講義を開始した。

 

「アイリス、アリアお姉さん、こういった長時間の冒険の際に一番重要にしなければならないものが何か分かりますか?」

 

 講師の質問に生徒は一瞬眉を顰めるも……すぐに分かったのか二人同時に手を挙げて発表する。

 

「「水です!」」

 

「正解です。あのように水をガバガバ飲んでは駄目ですよ? 食料や水を飲む際は計画的に、これがサバイバル生活で必要な事なのです」

 

「なるほど……ハッ、どうしましょうめぐみんさん! 私、つい先程水筒にあったお水を全て飲んでしまったのですが……」

 

「めぐみん様、私もです」

 

 しゅんと落ち込むアイリスとアリアに、めぐみんはあわあわと慌てた。

 このような展開は想定していなかったのだろう。

 流石は逆行や思わぬ展開に弱いと評判のめぐみんさん、期待を裏切らないなぁ。

 このままニマニマして傍観していたいところだが、そうするとあとが怖いので助け舟を出してやろう。

 俺はピカピカに磨いた第三代目の相棒を地面に置いてから立ち上がり、彼女達の水筒を少々強引に奪うと。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 水を生成する初級魔法、『クリエイト・ウォーター』で水を注いでやる。

 これはとても純粋なもので、心置きなく飲めるのだ。

 受け取ったアイリスがぱあっと顔を輝かせて。

 

「ありがとうございます、カズマさん!」

 

「これくらいなら問題ないよ。それよりも飲み過ぎるなよ? トイレ行きたくなっても知らないからな?」

 

「……あのカズマ様、女の子相手にお花畑の話はしない方がいいと思いますよ?」

 

 おっと、どうやら少し怒らせてしまったらしい。

 だって『様』付けに戻っているし。

 めぐみんやアリアも白けた視線を送ってきてかなり怖いので、これからは最新の注意を払っておこう。

 だってそんな些細な事で死にたくないしな。

 そんな決意を胸に秘めていると、めぐみんが呆れと尊敬が入り交じった表情で見てくるので。

 

「……? どうしためぐみん」

 

「いえ、カズマはアレですね、昨日、というか何時も思っているのですが……魔法やスキルの使い方が上手いなぁ、と」

 

「そうか? 寧ろ俺から言わせてもらえば、皆が下手なんだよ」

 

 逆にそう答えるとめぐみんは何故か知らないが絶句した。見れば、アリアもそう。

 そんなにおかしいかなぁと困惑していると、水を少しだけ飲んだアイリスが。

 

「私もそれは思っていました。昨日の最初の目潰し戦法にはとても驚かされましたし……初級魔法って、あんなにも使えるのですね」

 

 その言葉に、本来なら大魔法使いになっていた魔法使いの少女が反対する。

 

「そんな訳ないでしょう!」

 

「……? しかしカズマさんの昨日の戦い方を見たらそうとは思えないのですが」

 

「いいですかアイリス。初級魔法というのは殺傷力が皆無だからこそ、街中で使用ができるのです。中級魔法の『ファイアーボール』や上級魔法の『インフェルノ』がよい例でしょう。アレらはそれだけ危険であるからこそ、厳重に禁止されています。……そもそも本来、初級魔法というのは生活に役立てる為にあるようなものなのですよ」

 

「流石は紅魔族随一の天才、分かりやすい説明をありがとう。……つまりなんだ、俺のやり方は邪道だと言いたいのか?」

 

「そうではないのですが……あぁえっと、つまり! ……カズマの戦法は魔法使い達にとって革命だという事ですよ」

 

 革命って、それは大袈裟な事だと思うが……めぐみんの目が真剣そのものだから何も言えなくなる。

 彼女は緊迫した雰囲気を和ませる為に一度微笑してから続けた。

 

「でもまぁ……初級魔法を取得している人なんて少ないと思いますし、結局のところ決定打に欠けますからね。本職が魔法使いだったらあまり意味はないでしょう」

 

「〈冒険者〉だからこそ光り輝くという事ですね! ──実は私……将来、〈冒険者〉になろうと思っているんです」

 

「「「……!?」」」

 

 アイリスの告白に、俺達は絶句した。

 いやいや。

 いないやいやいや。

 アイリスみたいな公式チートの人間が、どうして最弱職で有名な〈冒険者〉に……。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。この前撃ったアレ、『エクステリオン』は魔法じゃないのか? そうじゃなくてもスキルか何かだと思っていたんだけど」

 

「アレは王家に代々伝わっている技でして、職業とは関係なく使えます。もちろん、私が現在装備している聖剣がないと使えませんが……」

 

「マジで?」

 

本当(マジ)です」

 

 ……。

 俺とめぐみんがどうしたものかと頭を悩ませていると、アリアが子供を諭すように優しくアイリスに。

 

「アイリス様。私は面と向かっては反対はしませんが……それでもあまり推奨できません。王族の貴女様が最弱職の〈冒険者〉を選んだら民は混乱しますし……何より、──サトウ様には大変失礼ですが──才能の無駄遣いです」

 

「しかしマルクス卿、その最弱職が数多の強敵を屠ったのです。昨日だって見たでしょう? 様々なスキルを駆使してエルロードの騎士達を瞬殺するカズマ様の勇姿を」

 

「えぇもちろんです。しかし、それはサトウ様故にできた事なのです。アイリス様、失礼を承知で申しますが……脳筋の部類に入る貴女様に、あのような──敵を翻弄し、終始自分のペースで戦う事ができるでしょうか?」

 

「私もお姉さんに賛成します。カズマがあのように戦っているのは、そうせざるを得ないからです。具体的には、火力がないのですよ。もし昨日の相手が人ではなくモンスターだったら、まず間違いなく苦戦していたでしょう」

 

「で、でも……!」

 

 なんだろう、褒められてるのか馬鹿にされているのか微妙なラインなのだが。

 ……でもまぁ、アリアやめぐみんの言う通りだ。

  〈冒険者〉のメリットは、理論上は全てのスキルを修得できる事、それしかない。

 その効果だって本職には到底及ばないし……何より、不相応な事をするのだから払う代償──スキルポイントも大きくなる。

 レベルだって上がりやすいが……そもそもステータスが足りないのだから誰にでもなれる最弱職である為に、ステータスがそこまで上がる訳でもない。

 現に俺は、魔法使いのめぐみんに腕相撲や握力検査で勝てない。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。

 兎も角、アイリスが〈冒険者〉になっても意味がないのだ。アリアの言う通り、才能の無駄遣いだ。

 これ以上討論していたら最悪喧嘩してしまうだろうから、区切りをつけないと駄目だろう。

 俺は険悪なムードになりつつある彼女達に若干怖気づきながらパンパンと手を叩き注意を引く。

 

 

「取り敢えず、その話はまたあとにしよう。今はドラゴン退治を優先しようぜ」

 

 パーティーリーダーの指示に従い、仲間達は装備を整え始めた。

 すぐにスイッチを入れ変えてくれるのはとても有難い。

 数分後、俺達は頷き合い──金鉱山の最奥にまで歩みを再開させるのだった。

 

 

 §

 

 

「よし、作戦を確認するぞ」

 

「「「はい」」」

 

 数時間掛けて金鉱山の最奥にまで辿り着いた俺達は現在、物陰に隠れて作戦会議をしていた。

  『潜伏』スキルを念の為に使っているので、まず看破されないだろう。

 深夜になり、月光が金鉱山を照らす。

 唯一の光源によって(きん)がきらきらと反射し、幻想的な景観を生み出していた。

 そしてその中で特に目立つ金色の巨大な物体。

 そう、其奴が俺達の敵であるドラゴンだ。寝ている。それはもう、鼾をかいて寝ている。

 ……ドラゴンって夜行性じゃなかったっけ?

 ドラゴンの習性として、光り物が大好きで宝を集めるのが挙げられる。

 そしてドラゴンは悪食(あくじき)

 おおかた、金鉱石を齧り付きこんな金ぴかな体色になったのだろう。

 

「まずは敵の確認だな。何か分かる人はいるか? ドラゴンの弱点とか、なんでもいい」

 

 俺の質問に、アリアが控えめに手を挙げて答える。

 流石は四大貴族。

 博識でとても頼りになるなぁ。

 

「サトウ様、アレは黄金竜です」

 

「黄金竜? 何その、けったいな名前」

 

「ドラゴン、といっても様々な種族があります。一番恐ろしいのがドラゴンの最上位種であるレジェンドドラゴンでして、黄金竜はその次に討伐が難しいと言われています。逆に下位種ですと、レッドドラゴンやブルードラゴン、サンダードラゴンなどですね」

 

 ほうほう。

 というかどうでもいいけど、何で黄金竜だけ漢字表記なんだ? カタカナか漢字か、どっちかに統一した方が良いと思います。

 そんな突っ込みを脳内でしつつも、アリアの説明は続く。

 

「黄金竜の特徴としては、その数多の竜種の中で最も買い取り価格が高いところです。肉を食べればレベルが飛躍的に上がり、更にその竜血は大変希少なスキルアップポーションの材料にもなります。恐ろしく硬い角や鱗は最高品質の武具や防具になり、下手したら億を超えるものもあります。……これはどの竜種共通の事ですが、強固な鎧に覆われた身体を攻撃するのは実質不可能です。仮に破壊したとしても……その下は分厚い筋肉に覆われており、更なる壁が立ちはだかっています。ですので、普通の近・中・遠あらゆる攻撃は効かず……同じく魔法も通りません。上級魔法を何発も撃ってようやく、といった具合でしょうか。……あの、説明した私が言うのもなんですが──帰りませんか?」

 

「「「帰ろう」」」

 

 出された催促に、俺達は意志を一つにして即答した。

 いや、無理難題にもほどがある。

 さっきめぐみんと言った、ドラゴンは格下発言を取り消したい。

 俺の名前は佐藤和真。

 真の英雄である俺は、身の程知らずな冒険はしない。いやだって、無理だろう。

 今回は無理だと思います。

 俺は意思確認を込めて仲間を見渡す。

 めぐみんを見た。顔を青くしていた。

 アリアを見た。顔を青くしていた。

 アイリスを見た。顔を青くして……いなかった。

 唯一彼女だけが、身体を恐怖でぶるりと震えつつも、瞳に光を灯していた。

 ……今回の俺達はアイリスの護衛役。

 彼女の為に戦い、彼女の為の盾にならなければならない。

 一瞬のアイコンタクトで意志を共有させた俺達はアイリス王女に跪き、指示を仰ぐ。

 しばらくして、王女が指示を出す。

 

「サトウカズマ、めぐみん、 マルクス・アベンジ・アリア。──共に、あの邪竜を斃しましょう!」

 

「「「はっ!」」」

 

 

 ──俺は一人、黄金竜と対峙していた。

 自分の領域に侵入者が現れ、更には睡眠を妨害されたのだから鼻息は荒く、不機嫌さを表している。

 金色の瞳が貧弱な人間を映し……彼は落胆したのか視線を逸らした。

 それはまるで、『お前に興味はない。失せろ』そんな意図が含まれていたのだろう。

 竜種は何度も述べるが、モンスターの王。

 ただでさえ寿命が長く、半永久的にこの世を生きる彼らには、明確な知性が宿ると伝えられている。

 故に──

 

『貴様、何故逃げない? 私は眠いのだ、今なら見逃してやるから人里に帰還するがよい。眠すぎて、起こされた事に苛立たないくらいに眠いのだ』

 

 ──故に、言語すら話せる。

 

「それがそうも言ってられなくてだな。あんたが此処に住み着いている所為でちょっと困っているんだよ。立ち去る気はないか?」

 

 俺は冷静さを装って確認した。

 真の平和主義の俺は進んで敵対しないのだ。

 無駄な戦いはしたくないのだ。

 というか、戦わないでくださいお願いします。

 しかしそんな俺の願いは届かず……

 

『それは無理な相談だな。私は何でも、貴様達人種から黄金竜と呼ばれているそうだな。故に私は此処から去る気は微塵もない』

 

「……そうか、ならあんたを斃すしかなさそうだ」

 

『斃す? ふはははっ、何を世迷言を! 私は誇りある竜! あぁなるほど、確かに貴様達人種が我々を斃し得る力があるのは認めよう。それは歴史が証明している。しかし、しかしだ。貴様のような矮小な小僧が私を斃せると、本当にそう思っているのか?』

 

「……」

 

 俺はそれに答えず、無言で得物を構えた。

 アリアの支援魔法をこの身に盛大に浴びているとはいえ……ほんの些細な出来事で俺は死ぬだろう。

 黄金竜は侮蔑の表情を浮かべながら、今まで横たわっていた身体をゆっくりと起こし……俺を見下す。

 大きい。

 流石は食っては寝て、食っては寝てを繰り返し自堕落な生活を送っていただけはある。

 心做しかふくよかな気がするのだが。

 

「……なんかあんたの身体付き、ニートに見えるんだけど」

 

 思わずそう呟くと、ニートドラゴンは戸惑いの声を上げて。

 

『……? 何だその、にーととやらは。人種は沢山の言葉がありすぎて、覚えるのに苦労する』

 

「自分の城から一歩も動かず、日々の生活を自堕落に過ごす駄目なヤツの事だよ」

 

『失礼な! これでもちゃんと、運動しているわ!』

 

 キャラ崩壊早いなぁ。

 さっきまでの慇懃な口調は何処にいったんだろう。

 アレだな……俺が相手する奴らはどうにも対応に困る。

 類は友を呼ぶとはまさにこの事だろう。

 半眼になっていると、ニートドラゴンは空気に敏感なのか話し方を元に戻して言う。

 

『貴様、名は? 私に歯向かった愚者として覚えておいてやろう』

 

「佐藤和真だよ。ちなみにあんたの名前は?」

 

『ゴールデンだ』

 

 ……。

 

「今なんて?」

 

『ゴールデンだ』

 

 …………。

 

「よしっ、いざ尋常に勝負!」

 

『なんだ貴様、私の誇りである名に文句があるのか!?』

 

 なんかゴールデンが喚いているが、無視に限る。

 というかそうしている間にも息吹(ブレス)を吐くのだから容赦が一切ない。

 悲鳴を上げながら、避ける。

 涙目になりながら、避ける。

 それはさながら、滑稽極まる姿だろう。

 何せ……俺はまだ一度たりとて攻撃をしてないのだから。

 魔力を『逃走』スキルに殆ど費やし、俺はひたすら逃げに徹していた。

 すれすれで命を繋げる弱者に、圧倒的強者が苛立ち混じりに咆哮する。

 

『何故だ! 何故仕留めきれない!?』

 

 もちろんそれには、れっきとした理由がある。

 いくら『逃走』スキルをフルに使っているとはいえ、出される猛攻を避け切れる訳がない。

 ……。

 その時は訪れた。

 冷静さを取り戻した黄金竜が俺の動きを予測し、そのふくよかな巨体からは到底考えられないほどの速度で肉薄し、噛み付いてきたのだ。

 その目にあるのは、自分の勝利を疑わない自信の色。

 口が大きく開けられ、俺の小さな身体は呆気なく包まれる……

 

 ──その直前に俺の身体が運命に抗った。

 

『……!? な、何故だ!? 何故だ何故だ何故だ!? 今のは確実に仕留めた筈だ!』

 

 ──『回避』スキルというのがある。

 そのスキルは、自分の幸運のステータスが高いほどに発動し──どんな攻撃も回避する。

 人並外れた幸運のステータスを誇る俺にとって、これほど相性抜群なスキルはないだろう。

 そして俺の豪運は、奇しくも生き残る運命を強引に手繰り寄せた。

 動揺している隙に、俺はリストバンドから魔力を補給して、偉大な先輩盗賊から受け取ったロープを大きく翳して叫んだ。

 

「『バインド』ッッ!」

 

 刹那、ミスリル合金が素材に使われているロープは意思を持つかのようにして黄金竜に襲い掛かり──身体を覆う。

 流石にその巨躯全てとまではいかなかったが……ほんの数秒、時間を稼げるのならそれでいい。

 俺は彼にこれ以上目を向けずに、一目散に距離を取った。

 網から抜け出そうと踠く最強の種族が、心底理解できないとばかりに驚愕の声を上げる。

 

『貴様、何故逃げる!? まさか怖気付いて……──いや違う。何だこの、この膨大な魔力は!?』

 

 翼を羽ばたかせ脱出しようとするが、もう遅い。

 俺は叫んだ。

 

「今だめぐみん、撃て!」

 

 俺は爆裂魔法の射程距離すれすれの立ち位置にいて、そして高台の金鉱山の物陰にじっとその華奢な身体を隠していた仲間に合図を送る。

 それは……深夜だからこそ、その輝きを放ち人を惹きつける炎。

 着火魔法、『ティンダー』だ。

 その魔法使いは現れた。

 何時もの傲岸不遜な笑みを浮かべながら。

 

「ふはははっ、ふはははははっ! 黄金竜よ、我が爆裂魔法の生贄となるがいい! ──『破壊、破壊、破壊。破滅、破滅、破滅。我の願いに応えよ。我の願いに応えよ。我の願いに応えよッ! 嗚呼、其に待ち受けるのは絶望ッッ!』

 

 放たれる、人類の最強、最高、最凶の魔法。

 その魔法の名は──!

 

 「『エクスプロージョン』────!」

 

 

 

 ──眩い白い光が世界を照らす。

 数秒後に訪れる爆風と轟音。

 (きん)が弾け、土煙が舞う。

 それは、一人の爆裂魔法をこよなく愛する少女が放った渾身の爆裂魔法。

 爆裂ソムリエの俺が断言しよう。

 百点だ。

 文句の付けようなく、百点だ。

 しかし────

 

『……まさか、驚いた。私がここまで痛手を被るとは……訂正しよう。撤回しよう。貴様達は、強い。ここまで追い詰められたのは初めてだ!』

 

 黄金竜は生きていた。

 二本あるうちの一角は折れ、右目が破壊され隻眼になり、両翼はズタボロになりながらも、地に足をつけて息を吸い、心臓を動かし生きていた。

 ……。

 …………。

 いやいや。

 いやいやいやいや。

 普通そこは斃される場面だろ。

 アリアの支援魔法、更にはマナタイトを数個使い極限まで魔力を高めたのだ。

 それ故に、あの爆裂魔法を撃てた。

 なのに死なないとか、もう泣きそうになる。

 

『私の勝ちだな』

 

 黄金竜が厳かに告げた。

 あぁなるほど、確かに、普通なら彼の言う通りだ。

 めぐみんとアリアは魔力切れで身動き一つすら取れず、この場にいるのは俺だけ。

 最弱職の俺がどう足掻こうが……精々が延命作業でしかなく、残り僅かな魔力が尽きた瞬間、今度こそ俺は死ぬだろう。

 

「爆裂魔法を撃って死なないとか……それについては敵ながら天晴れだよ。けどさ、あんたの負けだな」

 

『何?』

 

「正直賭けだったんだけど……有り体の言葉を言うのなら、勝利の女神様はどうやら、俺達に微笑んでくれたらしい」

 

「貴様、何を言って……────ッ!?」

 

 困惑の表情から一転、黄金竜は先程以上の驚愕の声を上げる。

 それは、膨大な魔力。

 先程の爆裂魔法とは確実に一線を駕す、それ程までの魔力量。

 俺は彼が唖然としている間に、『潜伏』スキルを使って気配を消し、すぐさま退避した。

 めぐみんとアリアに合流し、めぐみんを背中に背負い、アリアには『ドレインタッチ』を使って体力と魔力を回復させる。

 金鉱山を全力で降りながら『千里眼』『暗視』スキルを二重に使用して彼女を凝望する。

 少女……アイリスは聖剣を構え目を伏せたまま微塵も動かない。

 聖剣からは淡い光が漏れ──それらは全部魔力の塊だ。

 漫画やアニメで蓄えた知識以前に、本能がすぐさま理解した。

 ヤバいやつだ。

 アイリスが撃とうとしているのは、爆裂魔法を軽々と凌駕するほどのヤバいやつだ。

 俺の背中にしがみついていためぐみんが耳元で。

 

「……あのカズマ。これ、巻き添え喰らうのでは!? そんな気がします!」

 

「だからこうして逃げているんだろうが! アリアさん、急いで! 早く、もっと早く!」

 

「サトウ様が早いんですよ! あぁもう、〈冒険者〉が羨ましいです! 何ですか『逃走』スキルって! チートですよね!?」

 

 悠久の時を経て、それは訪れる。

 

『翼は……駄目か。これでは飛べないか。なるほど、小僧の言う通りだ。──認めよう、確かに私の敗北だ』

 

 ゴールデンが何事かを呟いたその時、アイリスが閉じていた瞼をカッと見開かせる。

 散っていった魔力の残滓が聖剣に収束し、聖剣が放つ光は増え続ける事を決して止めない。

 そして勇者は聖剣を大きく掲げ、勢いよく振り下ろした──!

 

 「『セイクリッド・エクスプロード』────!」

 

 








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