このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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最高の仲間

 

「……正気かい? 本来なら問答無用でこの場でその首を切っているけど──覚悟はあるのかい?」

 

 ペンドラゴンはまず先に、俺にそう訊ねた。

 その瞳には今まであった優しげなあたたかみは一切なく、見る者を硬直させる鋭く冷たい光を宿している。

 彼の言う通り、普通なら俺は問答無用で殺されているだろう。

 公式チートの王族に掛かれば、俺のような雑魚は瞬殺できるのだから。

 しかしそれをやらないのは、これまでの俺の偉業があったからこそだ。

 心做しか彼からは殺気が放たれていて、腰には聖剣だと思われる一本の剣に手が伸ばされている。

  『敵感知』が嘗てないほどに反応し、脳は随時警戒音を鳴らし生きる手段を模索しろと告げてくる。

 何時もの俺ならここは土下座する場面だ。

 けれど──

 

「覚悟ならあります。その意味を込めて、もう一度言いましょう。──娘さんを俺にください」

 

 俺は物怖じる事なく、ペンドラゴンの目をしっかりと見据えてその言葉を口にした。

 無言の睨み合いになり、お互いの視線が交錯する。

 長い、とても長い静寂が場を支配した。

 どれだけの時間が流れただろうか。

 先に折れたのは、彼の方だった。

 国王は浅くため息を吐き、心底分からないとばかりに首を傾げる。

 

「何故だい? 何故君は、そんな選択をする? 《英雄》から《愚者》に身を堕とすその意味が、聡い君なら分かるだろう?」

 

 思わず、その正論に苦笑してしまう。

 

「……俺自身、自分で馬鹿な事を言っているんだとは思っています」

 

「なら何故?」

 

「彼女に──アイリスに、世界の色彩をその綺麗な瞳で見させる為です」

 

「……!?」

 

 俺の澱みのない言葉に、ペンドラゴンは絶句する。

 それは、俺がシンフォニア卿の庇護の元、王族が所有する別荘で匿われていた時の事。

 俺の好きな女性は儚い笑みをその顔に浮かべて教えてくれた。

 

『──外に出たいです。一人の人間として、私は外に出たい。 ……朝日はどんなに綺麗なんでしょう? 夕焼けの色は? お伽噺に出てくるようなドラゴンや悪魔は本当にいるんですか? 数え上げたら、キリがありません。私は、あなたが聞かせてくれたような世界のその色彩を、この目で見たいんです!』

 

 あの時感じた無力感を、俺は決して忘れない。

 当時の俺はアイリスを好きだとは自覚していなかった。けれど俺は、小さい鳥籠から羽ばたけない美しい小鳥が憐れで仕方がなかった。

 この世界で初めてできた友達に、俺に沢山の贈り物をくれた親友に、俺は何も返せないのだ。

 だから国王から何か願い事がないかと聞かれた時、真っ先にそんな「願い」が浮かんだ。

 

「……君がアイリスの事を、アイリスが君の事が好きなのは、朧気ながらもこの短い時間で感じていた。こう見えて私はね、人を視る事に関しては自信があるんだ」

 

 ペンドラゴンはそう微笑し、目を伏せる。

 あれだけ濃厚だった敵意は既に霧散し、何度目か分からない静寂が流れていた。

 けれどもそれは悪いものではなく、寧ろ、居心地がとても良い。

 彼そのまま静かに言う。

 

「たった一年。君達が出会ってそれだけの年月で、娘は大きく変わった。半年前私が一度この城に戻った時、とても驚いたよ。愕然とした。何せ、久方振りに会う愛娘は、とても堂々と胸を張っていたのだから。人前で話すのが苦手だったあの子はもうおらず、その代わりに歳相応な女の子が生まれた。君のお陰だ」

 

「それは違いますよ。確かに俺は彼女に影響を与えました。それはまぁ、分かると思います」

 

「だろうな。確実に君に毒されつつある」

 

「……しかし、俺はその一役を買ったに過ぎません。俺の仲間であるめぐみんや、アクセルにいる多くの冒険者。彼女と関わった全ての人達が、影響を与えています。俺は些細な切っ掛けでしかないですよ」

 

 そう、俺はアイリスに良しも悪くも影響を与えた。

 けどそれは、全てがそうとは限らない。

 十二歳という多感な時期の女の子は、ほんのちょっとの事で刺激を受ける。

 俺はその橋渡しをしただけにすぎない。

 さて、充分に時間は過ぎ去った。

 そろそろ、ペンドラゴンの答えを聞くとしよう。

 

「ペンドラゴン国王陛下、私の願いを叶えてくれますか?」

 

 俺の確認に、ペンドラゴンは未だ顔を俯かせたまま。

 彼の答えによって、俺の今後が決まる。

 心臓は早鐘を打ち続け、絶え間なく頭痛が苛む。

 全身から吹き出る汗。

 不意に、彼は言葉を投げ掛ける。

 

「──君は、『キールのダンジョン』というお伽噺を知っているかな?」

 

「は、はい……? いえ、知ってはいますが……」

 

 それがどう関係するのだろうか。

 疑問の声を上げる俺に、ペンドラゴンは続ける。

 

「これはこの国の君主にしか伝えられていない事なのだが……『願い』を口にした男に、当時の王は陰ながら助力した。まるで、それは……──。カズマ君、私に英雄譚の一ページを見せてくれないかな? 力づくで愛する女性を奪ってみせるがいい。堂々と、それこそ《英雄》のようにね」

 

「という事はつまり……」

 

「ベルゼルグ王国現国王、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ペンドラゴンとしての答えは当然否だ。……しかし一人の父親が、娘が立派に飛び立つのを邪魔しては駄目だろう。──私は、今起こった事は知らないし、知らないからそれに関わらない」

 

 ペンドラゴンはわざとらしくその言葉を言い、部屋から退却するように促した。

 俺はボードゲームに散らばっている駒を片付けてから、ゆっくりと席を立つ。

 部屋から出る瞬間、俺は聞こえるか聞こえないかくらいの音量で小さく呟いた。

 

「……ありがとうございます」

 

「何、私も充分に楽しめたよ、お礼を言うのはこちらのほうさ。……あぁそうだ、娘をこれからも頼むよ」

 

 

 §

 

 

 三日後。

 俺達のパーティーは、王都を発ちアクセルに戻る事にした。

 もともと俺達は護衛役だったのだ。

 任務は無事に達成し、アイリス王女を送り届けた俺達に、此処に滞在する意味はない。

 大勢の人達が俺達を送り出してくれるその光景をぼんやりと眺めていると、二日酔いの所為で気分が悪そうなめぐみんがクイクイと袖を引きながら。

 

「アイリスに別れを告げなくて良いのですか? 次何時会えるか分からいんですよ?」

 

 そんな事を上目遣いで訊ねてくる。

 アイリスは現在、めぐみんと同じく二日酔いの余韻を残してベッドの上だ。ちなみに、大人のクレアもそうだったりする。

 

「良いんだよ。アイリスには手紙を残してあるし、読んだら全部納得してくれるさ」

 

「まぁ、カズマがそれで良いのならそれでいいですけど……」

 

「それよりアクセルに着いたら忙しいからな。皆にお土産を渡さないといけないから」

 

 うげぇと顔を顰めるめぐみん。

 彼女がどれだけ買ったのかは知らないが、まぁ、こればっかりは旅行に行った者の宿命なので仕方がない。

 いや、本格的な旅行に行ったのは初めてだから違うかもしれないが。

 と未来に軽く怯えていると、一人の男性と三人の女性が人集りから出てくる。

 それはこの国の中枢を司る王族と貴族達。

 ペンドラゴン、ダクネス、アリアと……見知らぬ女性。思い返せば、宴の際にもいたな。おかしい、四大貴族は全員エリス教徒の筈なのだが……彼女の髪はアクシズ教徒を思わせる綺麗な青髪だ。

 俺の訝しげな視線に気づいたのか、彼女はその美貌を大きく歪めて……、

 

「あたしが誰か分からないの? シーア・ドーラ・レアン。あんたを殺そうとした首謀者よ」

 

「「……!?」」

 

 ……憎々しげにそう名乗った。

 シーア・ドーラ・レアン。俺に国家転覆罪の容疑をかけて殺そうとした者。金髪から青髪に変えているから全然わからなかった。

 悪びれのない口調にめぐみんが青筋を浮かべる。

 爆裂魔法の詠唱を始めないのは、この前の俺の懇願が効いているのか。

 俺はハンドサインで待機を命令してから、一歩踏み出して。

 

「色々と突っ込みたいが……左遷させられたんじゃなかったのか?」

 

「あたしの任務は、アルカンレティアでの異変調査。そしてその原因は、魔王軍幹部ハンス。アクア様と協力したあたしは晴れて、王都に戻ってこれたのよ」

 

 なるほどなぁ。

 と横からペンドラゴンが。

 

「まぁレアン君には別口でまた任務を用意するんだけどね」

 

「陛下!?」

 

「だってそうだろう? 報告によると、アクアという女性の力によるものが多いじゃないか。それに紅魔族のゆんゆんや、()の高名な魔法使いもいたようだし……アリア君の功績と見るにはいささか公平じゃないだろう」

 

「そ、そんな!? じゃあ陛下、あたしはまた、何処か知らない地に飛ばされるんですか!?」

 

「うん、つまりはそうだね」

 

 ペンドラゴンのにべもない言葉に、レイアは眦をキツく上げて憤慨する。

 

「それこそ不公平ですよ! アリアはアイリス王女の護衛をしただけでしょうが!」

 

「いや、それがそうでもなくてだね。アリア君は《ドラゴンスレイヤー》の称号を得た訳だし」

 

「ど、《ドラゴンスレイヤー》!? この運気が馬鹿みたいに低い女がですか!?」

 

「ひ、酷いですよシーア卿! っていうか今更!?」

 

 アリアが堪らず悲鳴を上げるが、それを尻目に会話は続き。

 

「うん。カズマ君から聞いたんだけど、アリア君は充分に活躍したそうだから、あとは仕事の雑務で良いかなぁと思った訳だよ」

 

「そんな!?」

 

 一応国王が相手だから敬語は使っているが、レアンは目上の人に対して噛み付く。

 俺達からしたら驚きものなのだが、どうやら彼らのやり取りは何時ものようで皆一様に苦笑いだ。

 とめぐみんが疑問に思ったのか。

 

「カズマカズマ、アクアとゆんゆんが魔王軍幹部を斃したって、本当ですか?」

 

「らしいよ。これは想像だけど、一方的に勝負がついたんじゃないかなぁ」

 

 明らかにオーバーキルだし。

 

「でしょうね。アクアはなんで土木工事の正社員をしているのか分からないくらいにはステータスがおかしいですし、ゆんゆんはゆんゆんでかなりの魔力量を持っています。流石は私のライバルを名乗るだけはありますね」

 

 めぐみんはそう適当に言いつつも、顔には喜びを隠しきれてない。

 友達の活躍を素直に喜べないのだろう。

 俺が彼女のとんがり帽子をぽんぽんと叩いていると、

 

「貴様! アクア様と呼べ!」

 

 暴れる貴族のレアンがそう苦情を言ってきた。

 俺とめぐみんを含めた多くの人々がそれに首を傾げる中、彼女は顔をほんのりと赤く染めながら。

 

「嗚呼、アクア様。あたしは一生、貴女様に付いていきます。うふふっ、あはははっ」

 

 何この女性(ひと)怖い。

 アレか、どうやらこの女、現在進行形でアクアに心酔しているようだ。

 ……いったい何があったのだろう。

 いや、その気持ちは分からなくはないのだが。

 アクアは本物の女神様だし、その片鱗を間近で見てしまったのだろう。

 俺達がドン引きしているのに気づかず、レイアは目で追うのも至難な素早さでペンドラゴンに詰め寄り……、

 

「陛下」

 

「な、なんだい? それとレイア君、ちょっと近いような……」

 

「あたし、アクシズ教に改宗します!」

 

 まさかの改宗宣言をした。

 現在この世界に存在する宗派は、主に二つ。

 一つ目がこの国の……というか殆どの国で国教となっているエリス教。

 もう一つが、アクシズ教。

 その他にも小さいながらも宗派はあるのだが、その話は置いとくとして。

 この国では一応、宗教の自由が認められている。

 だから、レイアがアクシズ教に入っても特に罰せられはしないのだが……

 

「レイア君。ちょっと落ち着こうか。四大貴族の一柱である君がアクシズ教に入団するのはその、世間体が悪いというか……」

 

「陛下。あたしはもうなんちゃって貴族の身。そんな私がエリス教では、それこそエリス様に失礼ではないでしょうか? それにぶっちゃけ、あたし、エリス様をそんなに好きではないので」

 

 とその告白に、今まで空気だった敬虔なる使徒のダクネスが。

 

「貴様! エリス様に対して想う事はないのか! あの方は何時も私達を見守ってくださっているのだぞ!」

 

「はぁ? ねぇダスティネス卿、貴女は巨乳でいいわよね。本当にエリス様が私を見てくれているのなら、巨乳にしてくれてもいいじゃない! シンフォニア卿といい貴女といい、その胸で男を誘惑しているんでしょ!」

 

「なななな、何を言っている!? 私がそんな事、する訳がないだろう!」

 

 激怒と羞恥が混じったその叫びに、この場にいた男性の殆ど全員がダクネスの事を見つめる。

 熱く吐息を漏らすその恥じらいの表情に、ゴクリと唾を飲み込む獣。

 

「ほら見なさいよ! ……アクア様は教えてくれたわ。『エリスの胸にはパッドが入っている』ってね!」

 

「貴様、それはエリス様に対する冒涜だぞ!」

 

「いーえ、私は事実を言っただけ! だから謝らないわ! ──ですので陛下、それでお願いしますね」

 

「あぁもう……分かった。もとより宗教の自由が認められているんだ、好きにするがいい」

 

「ありがとうございます!」

 

 な、なんだかなぁ。

 ペンドラゴンの苦労さが分かった気がする。

 同情の眼差しを向けていると、苦労が絶えない君主はこほんと咳払いをして。

 

「それではそろそろ別れの時間だ。カズマ君、めぐみん君。君達には大変迷惑を掛けてしまい申し訳ない。報酬金はアクセルの冒険者ギルドに後日送るから、心配しなくて構わない」

 

「「ありがとうございます、陛下」」

 

「よし、レイン! ……はアイリスとクレア君の看病だったか。まったく、困ったものだなぁ。──仕方がない、フレア!」

 

 打てば響くように、フレアと呼ばれた国王の護衛役は出現した。

 遠巻きに何度か眺めていたが、この男性、貴族としての特徴である金髪ではない。名前の通りの真っ赤な炎色。レアンのような敬虔なるアクシズ教徒、ではなさそうだ。

 毎度の事なのだろう、彼は懇切丁寧に名乗った。

 

「私はフレア。貴族の出ではないから、そう身構えなくていいよ」

 

「それっていったい?」

 

「本来なら私は、君と同じく平民だし現在も平民なんだ。だけど……──」

 

「私が幼い頃、王城を抜け出した時に運命的な出会いを果たしてね」

 

 フレアの言葉を遮って、ペンドラゴンは懐かしそうに目を細めた。

 本当、つくづく父娘だなぁ。

 俺が蘇生準備期間で天界にいた一ヶ月の間に、アイリスも何度か抜け出したようだし。

 

「いや、そのような出会いではなかったですよ?」

 

「フレア!?」

 

「だってそうでしょうが。なんで串焼き一本買うのに最高級のエリス通貨を使うんですか? 馬鹿なんですか? 阿呆なんですか?」

 

 そ、それはまぁ確かに……。

 とダクネスと雑談をしていためぐみんがふと思い出したように。

 

「そういえば、アイリスも何度か似たような事をしていましたね。あの時は驚きましたよ」

 

「うぐぐっ……。と、兎も角だよ。私は何度も城を脱出してはフレアと遊んでね、ある時、いっその事私の従者にしようと思ったんだ」

 

 懐古に浸る主とは反対に、従者は死んだ目になって虚空を見つめていた。

 ……余程苦労したんだろうなぁ。

 真顔で、体験者は語る。

 

「幸い私は才能に恵まれていまして、〈アークウィザード〉になれました。ちなみに、君が慕っているレインは私の弟子だったりしますよ」

 

 レインさんの師匠という事は、この男、どれだけ強いのだろうか。

 ……絶対に敵に回さないようにしよう。

 そう決意を胸に秘めていると、大先生は『テレポート』の詠唱を口ずさむ。

 

「早いですね。紅魔族でも、ここまでの人はそうはいませんよ」

 

「そうなのか?」

 

「はい。それに、フレアお兄さんの貯蔵されている魔力量……。私より若干少ないですが、それでも異常です」

 

「歴戦の魔法使いを数多く排出している紅魔族の方からそう言われるとは、これほど素晴らしいのはそうそうないでしょう」

 

 詠唱を止め、フレアはそう微笑んだ。

 魔法の詠唱を途中で強制的に終わらせると、度々体内の魔力が爆発し大変危険なのだが……一応は魔法を使える俺でも分かるほどに、魔力の運用が上手い。

 ここからまた、詠唱をやり直すのだろうか。

 と思った瞬間。

 

「それではまた、会える事を願います。──『テレポート』」

 

 

 §

 

 

 アクセルに戻った俺達はすぐさま冒険者ギルドに訪れ、事前に配達されていたお土産を配っていた。

 長蛇の列になっているギルドには、冒険者だけでなく街の住民も混じっている。

 中には知らない人もいたが、まぁ幸い余分に買っていたので大丈夫だろう。

 規定数しか買っておらず、それ故に先に配り終えためぐみんが手伝ってくれてとても助かる。

 作業になりつつあったので、何か話す事にした。

 

「それにしても、フレアさんの『テレポート』おかしくなかったか? ……あんな事できるんだな。アレか、無詠唱魔法ってヤツなのか?」

 

「アレは言うほど簡単じゃありません。あの人は多分、ウィズに匹敵する魔法使いです。いえ、もしかしたらそれ以上かもしれません」

 

「そんなに難しいのか」

 

「はい。魔法というのはですね、普段私達は何気なく使っていますが、超常現象の一つなのですよ。どんな生物にも魔力は宿っていますが、意図して使えるのは知性体……つまり人間、更には選ばれた人だけです。本来なら、ですが。それを緩和させるのが……──」

 

「冒険者カードよ。久し振りね!」

 

「……こ、こんにちは」

 

 めぐみんの解説を遮って登場したのは、つい先日デッドリーポイズンスライムである魔王軍幹部を屠ったアクアとゆんゆんだった。

 彼女達の肩にはピッケルが担がれていて、仕事の休憩時間を利用して訪ねたのだろう。

 目を凝らすと、俺がお世話になった親方がいて、目が合ったので軽く会釈をする。

 それにしてもアクアは分かるのだが、ゆんゆんはどうして土木工事の服装になっているのだろうか。

 彼女の発育したおっぱいが必然的に強調されてとても眼福なのだが、どうして?

 

「はい、お土産です。アクアには『起動要塞デストロイヤーミニフィギィアHG』を。ゆんゆんには『必見! これであなたも友達が作れる!』の全五巻を進呈します。それでどうして、ゆんゆんがその服を着ているのですか?」

 

「ありがとうめぐみん! 大事にするね! あっ、それはね、私が今アルバイトしているから。アクアさんに誘われて、やってみようかなぁって思ったの」

 

「ほうほう。あっそれとこれは一冊二千エリスと高かったですから、そう言ってくれると助かります。ところでカズマ、アクア、そんな風に私を半眼で見つめてどうかしましたか?」

 

「「……」」

 

 俺とアクアは無言でじわじわとめぐみん達から距離を取り、ひそひそと囁き会う。

 

「なぁアクア。めぐみんもめぐみんだが、ゆんゆんもゆんゆんだと俺は思うんだけど、お前はどう思う?」

 

「同感よ。ここ最近、ゆんゆんが『へいお嬢ちゃん! 俺と友達にならないかな?』とか知らない人に言われて付いていかないか心配で心配で……アルカンレティアでも何度かそうなったし」

 

 ……非常に反応に困る。

 

「そ、そうか……。こほん。アルカンレティアには魔王軍幹部がいたんだろ? 討伐お疲れ様」

 

「ありがと! ……いやー、あのハンスって男はね、温泉の源泉に毒を仕込んでたのよ。私、ゆんゆん、ウィズ、あとレイアっていう女性(ひと)と一緒にパーティーを組んで討伐したって訳」

 

「よくウィズが参加したな? 一応相手は魔王軍幹部なのに、同僚を撃つなんて……躊躇わなかったのか?」

 

「最初はしてたんだけどね。何でも、ウィズはなんちゃって幹部の条件として、魔王軍の悪事に手を出さないって約束をしているそうなのよ。けどハンスは一般市民も巻き込んでてね、それにキレたの。あの時はウィズは、それはもう怖かったわ。そうそれは……」

 

「それは……?」

 

「な、なんでもない。私、まだ生きていたいもの」

 

 本気でキレるウィズが全然想像できない。

 あれだけぽわぽわな女性がキレたら、天変地異でも起こしそうな気がする。

 あぁそういえば、アイリスの時もヤバかったし……やっぱり「普段怒らない人を絶対に怒らせてはならない」のだ。

 めぐみん達の元に戻ると、彼女達はせっせとお土産を配っていた。

 美少女達からの贈り物に、男性達が一気に色めき立つ。

 アクアも手伝ってくれたお陰で、数分後にはようやく作業も終わった。

 今度は個人的な贈り物を渡す時間になる。

 酒場の一角を貸してもらい、俺と特に親しい人達が今か今かと待ち侘びる中、俺は一人一人に渡していく。

 不死王(リッチー)と悪魔であるウィズとバニルは表立って冒険者ギルドに来れない為に後でウィズ魔道具店を訪ねるとしよう。

 クリスにも買ってきたのだが、どうやら彼女は今王都に出向いているそうな。盗賊の身分の彼女が行って大丈夫なのかと不安だが、そこは先輩の無事を祈っていよう。

 でもいったい、何の用があるのだろう?

 アクアとゆんゆんが親方達と一緒に勤務場所に戻ってしまい、気づけば室内にいる人は激減していた。

 初春を迎えた現在、モンスター達がアクセル近くの平原を少しずつだが闊歩し始めたのだ。

 遅めの昼食を取っていると、めぐみんが幸せそうな表情を浮かべて唐揚げを頬張っていた。

 本当に、本当に幸せそうだなぁ……。

 右頬に手を当ててぼんやりと眺めていると、流石に気づいたのかどうかしたのかと訊ねてくる。

 

「……カズマ?」

 

 ……。

 …………。

 

「めぐみん。──パーティーを解散しよう」

 

 

 ──壁に付けられている掛け時計が一秒ずつ針を刻む。カチッ、カチッと進み、時間の流れを否応なく進めさせた。

 俺の突然の宣言に、めぐみんは何も言わず。

 やがて、彼女は小さく頷いた。

 

「……そんな気はしていました。カズマがアイリスと結ばれる方法は、二つ。一つが、魔王を斃す事。魔王を屠った勇者になれば、王族と結婚する事ができます。しかしそれは望み薄で、いったい何年掛かるか見当もつきません。二つ目の方法が、お姫様を攫う事。あなたは、後者を選んだ。そしてその理由も分かっています。──旅に出るんでしょう?」

 

「……どうしてそれを」

 

「いくらでも話す機会はありました。彼女と同性で最も仲が良い私が、それを知らない道理がないでしょう?」

 

「……」

 

 めぐみんの目が視れない。

 めぐみんの綺麗な紅い瞳を、直視できない。

 もし視てしまったら、先程の発言を撤回しそうになるから。

 だから俺は逃げるように、なんとなく冒険者ギルドを見渡した。

 そしてクエスト掲示板には、二人の男女が。

 装備の真新しさ、ソワソワとしたその落ち着きのなさから新米冒険者だろう。

 受付のお姉さんが親切に彼らを助けている。

 耳を澄ますと。

 

「おいカレン、これはどうだ? 一撃熊の討伐! やっぱり冒険者になったんだから、是非とも強敵と戦いたい!」

 

「リク、それはベテラン冒険者の人達が受けるクエストだよ!? お姉さんもこの馬鹿に何か言ってやってください!」

 

「アハハ……そうですねー。初心者にはジャイアントトードのクエストがおすすめですよ」

 

「「じゃあそれで」」

 

 ……懐かしいなぁ。

 二人の冒険者の姿が、一年前の俺とめぐみんに重なって視えてしまう。

 彼らは意気揚々と仲良く冒険者ギルドを出ていって、これからカエル狩りをするのだろう。

 そして軽くショックを受けたりするのだろうか。

 めぐみんも彼らの事を視て、そして思ったのだろう。

 目は優しげに細められていて、感慨深けに息を浅く吐く。

 仲間との思い出話が始まった。

 

「私達も、最初は彼らのようでしたね」

 

「そうだな。毎回毎回クエストの度に死に掛けて、なんとか生き延びてさ」

 

「爆裂魔法の反動で動けない私を、あなたは何時もおぶってくれましたよね。口では文句を言いつつも、あなたはおぶってくれました」

 

「そりゃあ、いくら俺でも仲間を置き去りにするほどクズじゃないからな」

 

「よくいいますよ。身動き取れない少女を嬉々としてその手でいたぶっていたクセに」

 

「おいめぐみん、言い方、言い方を考えて! ……でもそれは、お前が俺の指示通りに動かなかったからじゃないか」

 

「うぐっ……それを言われると弱いですが。……ダクネスではなく、私を選んでくれた時は、内心喜びで胸がいっぱいでした」

 

「それも当然だ。いくら俺がダクネスと知り合いだったとはいえ、仲間を選ぶのは普通だろう?」

 

「ふふっ、あなたはアレですよね、口では何時も嫌々な素振りをしているのに、大事な人には何時もその人の為に行動していますよね。そこに多分、アイリスも、そして私も惹かれたのでしょう」

 

「なんだ、お前、俺に惚れてたのか? ごめん、全然気づかなかった」

 

「まさか! ……実はアイリスも以前似たような事を聞いてきたんですよ。『めぐみんさんは、カズマさんの事を異性として好きではないのですか?』と……」

 

「それにめぐみんはなんて答えたんだ?」

 

「『アイリス、それは有り得ませんから心配しなくて大丈夫ですよ』と答えてやりましたとも」

 

「そっか」

 

「はい。カズマもそうでしょう? 一度でも異性として私の事を見ましたか?」

 

「うーん、どうだろうなぁ。……いや、ないな。だってめぐみんは俺にとって……──」

 

「でしょう? だってカズマは私にとって……──」

 

 言葉を投げて、受け取って。

 言葉を受け取って、投げて。

 思いのままに、俺達はこの時間を使う。

 それは多分、とても貴重なもので……それで、とても尊いものなのだろう。

 少なくとも俺にとってはそうで、きっと……いや、めぐみんもそうに違いない。

 嗚呼、視界が濡れるなぁ。

 でも、我慢だ。

 だって、男の俺が耐えなくてどうする?

 俺達は同じタイミングで、同じ言葉を口にした。

 

 

 

「「──最高の仲間だから」」

 

 

 

 俺は、めぐみんは確信する。

 目の前で泣き笑いを浮かべているこの人が、自分にとって最高の仲間なのだと。

 これから先、他の人とパーティーを組んでも、こんな事は決して思わないだろう。

 断言できる。

 刹那、この一年の彼女との記憶が溢れ出た。

 邂逅。

 冒険。

 喧嘩。

 日常。

 大量の雫を流しながら、けれど──

 俺達は、ここで道を違える。

 これ以上の言葉は不要だと判断し、俺は席から立ち上がった。

 ギルドスタッフの人達は俺達の様子に気づいているのに、何も言わない。

 ただ悲しそうに彼らは目を伏せるだけ。

 それがとてもありがたい。

 最後に仲間であった少女を一目見ようとした……

 

 ──その時。

 

「カズマ。最後に仲間として、私に我儘をさせてくれませんか?」

 

 仲間の少女は涙を吹いて、そう笑い掛けてきた。

 

 

 §

 

 

「……なぁめぐみん」

 

「……? 何ですかカズマ?」

 

「お前、本気か……?」

 

「えぇ本気です!」

 

 冒険者ギルドを移動し、歩く事数時間。

 既に太陽は西の空に沈み掛け、夕暮れ時となっている。

 無言を貫き通して到着した場所は、首無し騎士(魔王軍幹部)が拠点としていた廃城だった。

 ここまでくれば長い付き合いだ。

 めぐみんがやろうとする事を想像するのは造作もない。

 俺は戸惑いながら。

 

「あの廃城を爆裂する気か?」

 

「はい。元々何時か爆裂魔法を撃ち込む予定でしたが……最後にカズマには、私の爆裂魔法を見て欲しいのです」

 

「いや、それは全然構わないんだけど。でもさ、流石にそれは無理じゃないか?」

 

「むっ、我が奥義を蔑むのですか?」

 

「いやいや、そうじゃなくてさ。爆裂ソムリエの称号を得ている俺からすれば、無理だと思うんだ」

 

 そう、いくら爆裂娘のめぐみんといえどこれは無理ではないか。

 何日も掛ければ何れは爆裂できようが、たった一発でできる筈がない。エルロードにいた時はもしかしたらと思ったが、こればっかりは流石に……。

 そんな俺の思い込みを、彼女はふっと鼻で笑いローブのポケットから冒険者カードを取り出す。

 無言で渡してくるので見てみれば……

 

「ちょっ、お前っ、何でこんなにスキルポイントが貯まってるんだよ!」

 

 ……そこには、莫大な量のスキルポイントが表示されていた。

 これはどういう事だ……!?

 唖然とする俺に、めぐみんは恥ずかしそうに顔を俯かせながら告げる。

 

「その、実はこれまで私は一度もスキルポイントを使っていません。あぁもちろん、爆裂魔法の修得時は別ですが」

 

「はぁ? 何でそんな事をしてたんだよ。もし普通に振り込んでいたらデストロイヤー戦や黄金竜戦の時に爆裂できたんじゃないか?」

 

「デストロイヤー戦の時は分かりませんが、黄金竜が相手の時は恐らく、私の爆裂魔法で斃せたでしょう」

 

「だったら何で……」

 

 俺の疑問を帯びた声に、めぐみんは微笑して朱色に染まりつつある空を見上げる。

 そのまま、ぽつりと呟いた。

 

「本当は分かっていたのです。一つの魔法を極める事がどれだけ無理、無茶、無謀であるのかは。更には、一日一爆裂しかできないネタ魔法。確かに私は爆裂魔法が好きです。愛しています。三度のご飯よりも。しかしなんちゃって紅魔族である私が荷物である事は確実で、日々葛藤していました。これは、キールのダンジョンを探索した時に打ち明けましたよね?」

 

 ……。

 

「上級魔法を取ろうか、かなり迷いました。迷って、足掻いて……ウィズやレインお姉さんに相談もしました」

 

 …………。

 

「それで、めぐみんはどうするんだ?」

 

 俺の問いに、めぐみんはキッパリと告げる。

 

「──私は、真の爆裂魔法を使える魔法使いになります。あなたがあなたの道を歩くように、私も私の道を歩きます。そして私が魔王を斃します」

 

 そんな宣言と共に、めぐみんは冒険者カードを素早く操作する。

 そこに後悔は微塵もなく、俺はしばし見惚れた。

 

「……そっか。なら俺はそれを止めたりはしないよ。でももし不安になったり困ったりしたら、俺とアイリスが助けにいくから安心しろ」

 

「言いましたね? 絶対来てくだいよ?」

 

「あぁ、約束だ」

 

「はい、約束です! でも逆も充分に有り得ますからね? ……カズマ、私達はパーティーを解散します。けど、けどっ! 私達はっ!」

 

「あぁ! 俺達は仲間だよ、ずっとな!」

 

 ……。

 

「めぐみんに出会えてとても良かった」「カズマに出会えてとても良かったです」

 

「めぐみんと一緒に冒険できて楽しかった」「カズマと一緒に冒険できて楽しかったです」

 

「「あなたの未来に祝福を!」」

 

 めぐみんは満面の笑みをその顔に咲かせてから、標的に向き合い。

 別れと、再会の為の唄を口ずさむ。

 

 

 

「『出会い、別れ。運命に私は抗い、この生を生きる。邪魔するのなら破壊し、壊し、爆裂し! 一時も迷わず進もう! 嗚呼、旧友に、仲間に! この唄を贈る!』」

 

 

 

 俺は極限まで目を見開かせて、その一瞬の光を凝視する。

 人類最強の魔法が、遂に放たれる。

 それは、これまでとは一線を画すもの。

 嗚呼、その魔法の名は────!

 

 

 

 

「『エクスプロージョン』────!」

 

 

 

 

 






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