このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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悪い冒険者

 

「確認ですけど、本当に良いんですか?」

 

「良いって……何がだい?」

 

「何ってそりゃあ……──」

 

 とそこで俺は台詞を一旦区切り、遥か高くに(そび)える建物を見上げる。

 此処はベルゼルグ王国の首都である王都。

 そして俺達の先には……、

 

「──俺に協力して、城に潜入する事ですよ」

 

 ……何時もより一回り大きく見える、王城があった。

 俺の確認に、クリスは首に巻いているスカーフで口元を隠し、軽く準備運動をしながら。

 

「大丈夫、どっちにしろ近いうちに城には忍び込む予定だったからね。近いか遅いかの違いでしかないよ。──それに、後輩を助けるのは先輩として当たり前だろう?」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれた。

 これ以上の問い掛けは先輩に失礼だと判断し、俺もまた装備を整える。

 何時ものロングコートの上に安物の黒色ローブに包み、腰には相棒の剣、背中には弓と弓矢、服の両袖には裏生地に投げナイフを二本ずつ仕込み、腕には魔力を補填してくれるリストバンド、ポケットにはマナタイト結晶がいくつかと特注のワイヤー。

 俺の完全装備に隙は微塵もない。

 少しでも逃げやすくする為、上記以外の装備は一切していない。いや、小道具という意味では少しだけあるが大したものではない。

 元々俺は軽装装備だったが、これでは些細な一撃が致命傷となり得るだろう。

 ところで。

 盗賊のクリスとは違い、俺は顔がバレても問題ない訳だが。

 というのも、俺の戦い方はこの城に住んでいる人達には熟知されていて、すぐに察知されるだろうからだ。

 しかし俺は敢えて、見通す悪魔(バニル)から貰ったバニルさん仮面を顔に装着させる。

 なんでもこの仮面は満月の夜に着けると気分が高揚し、魔力が溜まりやすくなるそうな。その性能が発揮されることを切に願おう。

 と、クリスがきらきらと目を輝かせながら。

 

「わあっ……! ちょっと……いや、かなり格好良いね! いったい何処でそれを?」

 

「これはアクセルの街の、とある魔道具店のとある怪しい店員からサービスで貰ったんだ」

 

「へー! 怪しい店員って、どんな人だい?」

 

「どんな人? そ、そうだなぁ……。これは俺も最近知ったんだけど、そいつは人じゃないんだ」

 

「人じゃない? モンスターって事? それともまさか……悪魔とか?」

 

「いや違う。そいつは人であって、人じゃない。奴の二つ名は、《カラススレイヤー》。ゴミ捨て場を荒らすカラスを箒で撃退する、不思議な奴なんだ」

 

「それって凄く良い人だよね! あたしも会ってみたいなぁ……」

 

 会わない方が良いと思うけどなぁ。

 数ヶ月前の、クリスと臨んだ迷宮探索を俺は忘れていないのだ。

 普段の聖女としてと振る舞いは完全に消え去り──いや、実際は聖女ではないのだが──アンデッドモンスターを血眼で探すその姿。

 嬉々として敵を殺戮する狂戦士(バーサーカー)の素顔を、俺はこれから先も忘れないだろう。巷で有名な、サーチアンドデストロイを無意識で実行していたからなぁ。

 俺はこほんと咳払いしてから、

 

「じゃあ、今回の任務……いや、悪事を確認するぞ?」

 

「ちょっと待った。あたしは世の為人の為に盗みをするけど、キミは正真正銘、本物の悪事だろう? 言い直して欲しいんだけど」

 

「それは置いといて、だ。クリスの目的は、城にある神器を探し盗む事。反応はいくつだっけ?」

 

「一つだね。多分だけど、宝物庫にあると思うよ。ネックレスだからなんとも言えないけど……」

 

「なら良し。宝物庫は二階にあるから、そこまで俺達は行動を一緒にする。その後はまぁ、お互いの健闘を祈るって事で……──」

 

「キミはあたしと別れた後に、お姫様を迎えに行くんだろう?」

 

「……あぁ、それで間違いないよ」

 

 そう。

 俺とクリスが一緒にいるのは、ただ単にお互いの利害が重なったからだ。

 俺はアイリスを攫う為に。

 クリスは流出した神器を回収し、女神エリスに返還をする為に。

 神器とは、異世界から来訪した転生者が装備している武具や魔道具の類。

 彼女はなんでも、女神エリスから頼まれて神器の回収をしているそうな。敬虔なる使徒に頼むとは、エリス様も中々考える。

 それを受けるクリスも、本当に聖女だよなぁ……。

 

 

 ──王城内は深夜であるのにも関わらずとても賑やかで、どうやら宴が開かれているそうな。

 というのも今日、魔王軍が王都近くを襲撃したのだがベルゼルグ王国側が圧勝し、先の戦で活躍した勇者候補達を歓待しているからだそうな。

 風の噂では、魔剣使いのミツルギが頭角を現しているそうな。

 今日という日を選んだのは前から決めていた事なのだが、幸先がとても良い。

 今この瞬間は兵士達も浮かれていて、賊が来るなんて想像もしていないだろう。

 幸運を司る女神エリスが天界から俺達を応援しているに違いない。ありがたやありがたや。

 

「それじゃあ後輩君。先輩として、キミに問おう。──本当に、覚悟はできているんだね?」

 

 真剣な面持ちでそう訊ねてくる先輩に、後輩の俺は力強く頷き。

 

「もちろん。後悔はしない」

 

「あい分かった!」

 

 俺達は頷き合い、声高にその呪文を口にする。

 成功しますようにと、そんな願いを込めながら。

 

「「いってみよう!」」

 

 

 §

 

 

 警戒が緩んでいるとはいえ、王城の正門から馬鹿正直に突撃するのは馬鹿がやる事だ。

 それに、人が起きていたらあっさりとバレる可能性が充分にある。

 今城内にはミツルギを含めたチート持ちの転生者が寝泊まりしているのだ、万が一遭遇したら作戦は高確率で失敗してしまう。

 暇だったので昔話に花を咲かせる事数時間。

 (そら)に浮かぶ月の位置からして、深夜の午前二時だと予想を付ける。

 城内に明かりはなく、誰もが寝静まりしている事が外から窺える。起きているのは巡回兵だけだろう。

 城壁に回り込むと、後ろから付いてくるクリスが慌てて困ったように。

 

「ねぇ後輩君。この城壁を登るのかい? 見た感じ三階分はありそうだし、これはクリスさんでも無理かなぁ」

 

 先輩の言う通りで、普通の盗人なら不可能だ。

 いや、やろうと思えばできなくもないだろうが時間が掛かりすぎて巡回兵に見つかってしまうだろう。

 しかしそれは、普通ならだ。

 俺は弓を背中から外し、矢をつがえ……、

 

「見ててください先輩。これが〈冒険者〉の力ってヤツですよ。──『狙撃』!」

 

 以前お世話になった、先がフック状になっているロープ付きの矢を勢いよく放つ。

 この世界での『狙撃』の命中率は、放った人の幸運のステータスによって決まる。

 そして俺は、クリスには劣るもののこの国で二番目を競う豪運の持ち主。

 放たれた矢は寸分違わず城の縁に掛かり、俺は何度かロープを引っ張り強度を確認した。

 彼女は感心そうに息を吐き。

 

「す、凄いね……。今の動作に一切無駄がなかったんだけど……キミって実は凄いんだねぇ」

 

 実は凄くないと思っていたクリスがそんな事を呆然と漏らすのを尻目に、移動を開始した。

 首だけ振り向かせて、俺は勝ち誇ることもせず淡々と告げる。

 

「今日の俺は本気ですからね。めぐみんと何度も何度もシミュレーションをした俺を、何時もの最弱職の〈冒険者〉と一緒にしないでください」

 

「おぉ……! なんだか後輩君が頼もしいよ。これは先輩として負けてられないなぁ!」

 

 

 ──ロープでの懸垂下降(けんすいかこう)を無事に終えた俺達の現在地は中庭。

 この城の最上階に、アイリスの部屋がある。

 いくら仲が良い俺とはいえ、その詳細な場所は分からないが……まぁなんとかなるだろう。

  『潜伏』スキルを発動させつつ中庭を俊敏に移動した俺達なのだが、早速最初の難所に行き詰まっていた。

 

「先輩。扉に鍵が掛かってますよ。助けてください!」

 

「あれっ、『解錠』スキル教えてなかったっけ?」

 

「『罠解除』なら教えてもらいました」

 

「そっか。じゃあ取っておくといいよ。よしっ、ここは先輩としてあたしの出番だね!」

 

 先輩としての面子(めんつ)を保ちたいのか、クリスは小声ではしゃぐという高等技術を披露しながら、ある物を取り出した。

 それは、耳かきみたいな二本の棒。

 ……ピッキングでもするつもりか? いや確かに、『解錠』スキルだけど……。

 扉の前を先輩に譲ると、彼女は屈み込み鍵穴をこちょこちょと弄る。

 やがて、カチリと音が小さく鳴り。

 

「ふふん、どうだい?」

 

「流石です先輩! それじゃあ行きましょう! ほら早く! 日が昇ったらヤバいですからね!」

 

「分かった、分かったから一旦落ち着こうか! あぁもう、気持ちは分からなくもないけどさぁ……」

 

 後ろでブツクサ文句を垂れるクリスの声を聞き流しながら、俺は『暗視』スキルを使う。

 キールのダンジョンを探索した時に使っていた、擬似的な『暗視』を身に付ける魔道具を今日は持ってきていないのか、俺が先導する事に。いや、持っていたとしても別れた後がお互い大変なのだ、温存しているのだろう。

 兵士達が何処を見回るのかは、アイリスと夜中に部屋を抜き出して冒険した事があるからある程度は分かっている。

 もちろん、変わっている線も捨てきれないので油断は禁物だ。

 と、その時だった。

 共犯者の盗賊が鋭く警告してくる。

 

「後輩君」

 

「……分かってます。『敵感知』に反応がありますね、そこの物陰で隠れましょう」

 

「了解」

 

  『潜伏』スキルをフルに使い全力で自分の気配を押し殺していると、二人の男がランタンを翳しながら俺達の目の前を通過する。

 運が非常に高い俺達がヘマをしなければ、大半の事は上手くいく。

 最短距離を突っ切る俺達に敵はおらず、二階にへと通じる階段がとうとう見えた。

 二階にへと上がった俺達は見つめ合う。

 クリスはやがてぽつりと。

 

「……此処でお別れだね」

 

「……そうですね。先輩、ここまでありがとうございました。今更ですけどね」

 

「そうだね。……めぐみんやアクアさん、ダクネスを筆頭とした皆には別れを済ませてあるのかい?」

 

「一応は。ダクネスは議会で実家にいなかったので、手紙を送ってあります」

 

「うわぁ、絶対それ、ダクネス怒るよ。どうなっても知らないよ?」

 

「俺だって、ちゃんと言いたかったですよ。でもダクネスだったら許してくれると信じていますから」

 

「本当にキミはズルいなぁ……」

 

 その言葉に俺は視線をふいっと逸らす事しかできなかった。

 けれどダクネスには罪滅ぼしとしてある事をしているから、最終的にはやっぱり許してくれると思う。

 ……許してくれるといいなぁ。

 俺はポケットからある物を取り出し、クリスに渡す。訝しながらも受け取る彼女に、

 

「それはライターといって、簡単に火を付ける事ができます。その逆も然りです。役立ててください」

 

「ありがとう! 早速宝物庫の中で使うね!」

 

 クリスはそう微笑んでから、右手を大きく掲げた。

 俺もまたそれに答えるようにして右手を掲げる。

 そして交差する手の平。

 パチン! と廊下に音が小さく反響し、木霊する。

 彼女は最後に俺の手を取って。

 

「幸運の女神があなたに祝福を!」

 

「……!?」

 

「それじゃあまた会おうね、後輩君!」

 

 驚愕する俺に悪戯っぽく笑ってから、クリスは暗闇の中に溶け込んでいった。

 俺は苦笑しながら、彼女の背中を見送り続けた。

 

 

 §

 

 

「──侵入者だ! 侵入者がいるぞー!」

 

「おい、アレってここ最近巷で貴族の屋敷を襲撃しては金を奪っていく義賊じゃないか!?」

 

「こんな夜中に!」

 

「カズマ様とアイリス様には感謝だな。彼らが以前宝物庫に忍び込んだお陰で、何重にも罠を張り、奴を嵌めたのだから!」

 

「でもおかしくないか? 宝物庫にある宝はどれも奪われてないぞ?」

 

「そんなまさか! ……仮にそうだとしても、捕まえなくちゃ国の威信に関わる! なんとしてでも捕まえろ!」

 

「「「了解!」」」

 

 ──城内の明かりに火が付いた。

 兵士達の会話を聞くに、クリスが発見されてしまったらしい。

 宝物庫の中身に変化がないのは多分だが、目当てのネックレスとやらがなかったのだろうか。

 宝物庫に張られていた罠とやらは完全に俺とアイリスの所為だが……本職のプロである彼女が、そんなミスをしでかすだろうか。

 俺にはとてもそうは思えない。

 潜入する前、彼女が言っていた事を思い出すと同時に、脳裏に再生された。

 

『後輩を助けるのは先輩として当たり前だろう?』

 

 俺は偉大な先輩にただただ感謝を告げる。

 せっかく彼女が俺の為に囮になってくれたのだ、この絶好の機会を逃す手はない。

 明かりが付いてしまった今、『潜伏』スキルを使っても大した効果は見込めないだろう。

 魔力を補填できるリストバンドがあるとはいえ、無駄な魔力の浪費は控えたい。

 そう判断した俺は、息を潜めていた物陰から飛び出し上層に向かう。

 

「な、何だ!? もう一人いたのか!?」

 

「ちいっ! 二手に別れろ! 追え、追えー!」

 

 廊下に躍り出た新たな侵入者に兵士達が動揺している間にも俺は進む。

 しかし流石は訓練を受けている者共。

 俺の進路上に、馴染みの騎士達が立ち塞がる。

 後ろには沢山の追手が迫りつつある。

 万事休す。

 絶体絶命。

 俺とそこそこの付き合いがある隊長が油断なく剣を構えながら。

 

「投降しろ。お前達が何の目的で盗みに入ったのかは知らんが……何れお前の仲間も捕まる。今なら命だけは勘弁してやるから……」

 

「……」

 

 気づけば、俺の周りは完全に包囲されていた。

 しかし捕まる訳にはいかない。

 俺には目的があって、こんな所で邪魔される訳にはいかないのだ。

 だから例え知己の仲である隊長が相手であろうとも戦う。戦ってみせるとも。

 被っている仮面の影響か、俺はバニルのような口調になりながら見下した声を出して。

 

「フハハハ! 敵に情を与えるとは、甘いぞ! だからこうなる。──『フラッシュ』」

 

「「「……ッ!?」」」

 

 溢れんばかりの光によって隊長達が視界を失う。

  『ドレインタッチ』で敵の体力と魔力を強奪しながら俺は包囲網を突破し駆け抜ける。

 走りながら『クリエイト・ウォーター』と『フリーズ』で廊下を凍らせ、俺はひたすら走る。

 数秒後、後方から聞こえる怒声と罵声。

 集団というのは些細な出来事であっさりと崩れてしまう。彼らが再び統一されるのに、しばしの時間が必ず必要になる筈だ。

 最上階に通じる階段を掛け登ると同時に、俺はポケットからワイヤーを取り出して。

 

「『ワイヤートラップ』!」

 

 投げられたワイヤーは幾重にも重なり、下階の道を閉ざす。

 そうそれは、蜘蛛の巣のように。

 更にこのワイヤーは特注に特注を重ね、普通の武器では切断不可能。

 それこそ、宝物庫に収められている別の聖剣でも使わないと無理だろう。

 

「おい、何なんだアイツは!?」

 

「おい見ろ! あの信号は、作戦失敗のものじゃないか!? 取り逃したのか!?」

 

「何だこのワイヤーは! 剣でも、斧ですら斬れないなんて!?」

 

 氷の床から脱出した兵士達が次の難所にぶち当たり苛立ちの声を上げる。

 これで彼らが最上階に到着する事は困難になり、仮に来たとしてもその頃には俺はこの城にいない。

 リストバンドで魔力を補填しながら『聴覚』スキルで戦況を確認する。

 ……残魔力は残り一回分。かなりキツくなってきた。

 聴覚以外が著しく低下するので、並行して『敵感知』を使用し敵の気配を探る。

 

『せめてアイツだけは捕まえないと! ……でもどうして最上階に……──おい、どうしたお前、そんな悟ったような顔をして』

 

『なぁ。俺さ、分かっちゃったよ』

 

『分かったって、何が?』

 

『あの仮面男の正体さ。あの戦い方、誰かに似ていないか?』

 

『戦い方? あんな姑息で搦手を使う奴は、騎士団にはいないし……基本的に外部との人との訓練はしていないぞ?』

 

『いや、一人だけいるだろうが! あの人だよ! あぁもう、どうして分からない!?』

 

『そんな訳……いや、まさか……!?』

 

『おいおい、嘘だろ?』

 

『どうしてあの方が──!?』

 

『『『サトウカズマ────!』』』

 

 ……どうやら俺の正体が看破されてしまったらしい。

 やっぱりバレるよなぁ。

 仕方がない、ここから先はバニルさん仮面を外すとしよう。

 仮面を被っていると視野が狭まってしまうのだ、計画が最終段階に入った今、これ以上顔を隠しても意味はない。

 心の中で隊長達に謝罪してから、そろそろ動き出そうとした顔を振り向かせた……

 

 ──その時。

 

「やぁ。はじめまして、僕の名前は御剣(ミツルギ)響夜(キョウヤ)。悪いけど、君を捕えさせてもらう」

 

 俺の『敵感知』が反応した。

 その数は片手ではとても数え切れない。

  『暗視』スキルを半ば自動で使い声が掛かった方を見ると、そこには完全装備のミツルギが魔剣グラムを構えて立っていた。

 数ヶ月振りに会う勇者候補の装備は魔剣以外は以前とは何もかもが違っており、あの時あった油断や慢心の気配は微塵も見られない。

 そして…………。

 

「馬鹿な奴だ。自分から退路を断つとはな。レインもそう思うだろ?」

 

「……やっぱり、ですか……」

 

「何がだ?」

 

 ミツルギの隣にいるのは何時もの白スーツの上に鎧を着込んだクレアと、黒色のローブを身に纏ったレインだった。

 そして彼の後方には剣やら弓やら斧やら棍やらを装備した沢山の兵士達と、ビクビクと怯えながらも傍観している貴族。

 

「いえ、それは違いますよクレアさん。彼の背後には兵士の皆さんがいますから、挟み撃ちされるのを防いだのでしょう」

 

「なるほど。流石はミツルギ殿、素晴らしい慧眼です。ここ最近台頭しているだけはある」

 

「……僕の好敵手だったら、そうすると思いまして……」

 

「ほう。好敵手? それはいったい……?」

 

「僕が勝手にそう思っているだけですが……。──君に逃げ場は何処にもない! それとも、この数相手に戦うのか!?」

 

 ミツルギは魔剣の鋭い切っ先を俺に向けながら、そう宣言してきた。

 

「……」

 

 無言。

 

「何か言ったらどうだい? 君は誰だ、何故こんな事をする?」

 

 その言葉を待っていた……!

 ローブを勢いよく脱ぐと同時に、上空に放つ。

 両者の視界が遮られ、ひらひらと仮初の装備が舞う中、俺はゆっくりとバニルさん仮面を取り外した。

 謎の存在の素顔が今、(あらわ)になる。

 

「「「……ッ!?」」」

 

「やっぱり、貴方でしたか……」

 

 絶句。

 そこに浮かぶのは、驚愕と畏怖の念。

 俺は仲間が名付けた名刀、ちゅんちゅん丸を腰の鞘からシャキン! と抜き放ちながら。

 自分の正体を声高に名乗り出た。

 

「俺の名前は佐藤和真! 数多の大物賞金首を屠りし《英雄》だった者! そして一国を相手に戦う《愚者》だ!」

 

 

 §

 

 

「そ、そんな……まさか君だっただなんて……!?」

 

 ミツルギが上擦った声を出し、僅かながら魔剣グラムの切っ先が揺らいだ。

 それだけ動揺しているのだろう。

 だがしかし、彼のはまだ小さいものだ。

 クレアや兵士達は文字通り茫然自失といった様子で、思考が停止している。

 いや、一人だけ……。

 一人だけ、落ち着きを見せている女性がいた。

 彼女は寂しそうな、けれど諦めたような複雑な表情を微かに浮かべながら。

 

「お久し振りですね、カズマ様」

 

「久し振り、レイン」

 

「もう、……先生とは呼んでくれないんですね……」

 

 ……。

 

「……あぁ。レイン、最初から侵入者の正体が俺だと見抜いてたな?」

 

「なっ!? そうなのかレイン!? いったいどうやって!?」

 

 クレアに問い詰められたレインは、杖を固く握りしめながら呟く。

 

「……賊が来たと警報が鳴った時、『あぁ、この時が来たんだなぁ……』と思いました。私の教え子達二人が互いに想いを寄せていたのは随分前からの事でしたしね……。クレア様、今日……いえ、昨日が何の日か知っていますか?」

 

 質問に質問で返されたクレアは一瞬困惑するも、

 

「何の日かだと……? いや、特に昨日はこれといった国事はなかった筈だ。ちょうど一週間前にアイリス様が十三歳になられたが……──」

 

「昨日はカズマ様とアイリス様が出会って、丁度一年が過ぎた日です」

 

「そうだ。せっかくお姫様を攫うんだからな、敢えてこの日を選んだけど……日を跨いじゃったな」

 

 俺の言葉にざわつく大勢の人。

 勇者候補のミツルギがまず先に我に返るが、どうやら傍観の姿勢を取るようだ。

 俺達が深い仲であると、この短いやり取りで察知したのだろう。

 とてもありがたい。

 そんな彼だからこそ、勇者なのだろう。

 次に自我を取り戻したのは、クレアだった。

 狼狽、困惑、そして憤怒へと色を変えて、滑らかな動作で抜刀する。

 ……最も、その切っ先は先程のミツルギのように震えているが。

 それが怒りなのか、それとも別なの何かなのかは俺には分からないが、多分、彼女自身も分からないだろう。

 

「サトウカズマ、貴様、何て言った? アイリス様を攫うだと……? 何をしているのか、本当に分かっているのか?」

 

「あぁそうだ、分かってるよ。だからさっき名乗っただろ? 《愚者》だって。──俺の目的はただ一つ、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス第一王女を誘拐する事」

 

 キッパリと言い放つと、シンフォニア卿は俺の気圧によってかたじろぐ。

 嘘やハッタリではないと直感的に悟ったのかもしれない。

 

「貴様……! 貴様がやろうとしている事、いや、やった事は明確な叛逆だぞ!? 国家転覆罪だぞ!? それが本当に、本当に分かっているのか!?」

 

「充分に理解しているとも。この城に潜入し、これだけ暴れたんだ。情状酌量の余地なく死刑だろうな。けどさ、それがどうかしたか? 俺はアイリスを連れ出し、彼女に世界の色彩を見させると決めたんだ。それを邪魔するのならば、恩師だろうと、チートの勇者だろうと……そしてクレア、お前だろうと戦ってやる」

 

「……。……本気なのだな?」

 

 向かい合う。

 

「何度も言わせるなよ、しつこい女は嫌われるぞ?」

 

「そうか……なら、私達は敵同士だ。皆の者、賊を捕え……──」

 

「クレアさん、ちょっと待ってください」

 

 シンフォニア卿の言葉を遮ったのは、勇者候補のミツルギだった。

 彼の瞳が剣呑な光を携えて俺を射抜く。

 急にどうしたのだろう?

 手で制するミツルギに、司令官は戸惑いの声を上げて。

 

「ミツルギ殿、どうかしましたか?」

 

「不躾なお願いですが……賊とは──和真とは、僕が先に戦わせてください」

 

「……? しかしそれは……」

 

「彼の戦闘スタイルは多様なスキルを使ったもの。個対多では逆に、彼の思う壷です。実際彼はその手段を存分に用いて此処に辿り着いてみせた。負ける気はありませんが……ここは一対一で時間を稼ぎつつ、相手が疲弊するのを待ちましょう」

 

 流石は高レベル冒険者。

 この数ヶ月で彼は、チート武器をただ振り回すなんちゃって勇者候補から逸脱している。

 推定レベルは六十……いや、七十はあると仮定する。

 困ったなぁ……。

 ミツルギの言う通りで、時間が掛かれば掛かるほどに俺が不利になってしまう。

 乱戦だったらリストバンドの貯蔵魔力が尽きても『ドレインタッチ』で随時補充できるのだが、正面からの殺し合いではまずこちら側が斬られるだろう。

 最弱職の〈冒険者〉の限界。

 それが今の状況だ。

 弱者は強者に勝てない運命で、どう足掻こうが最強の一閃には太刀打ちできないのだ。

 と、俺が冷静に戦況を客観視したところでクレアがなるほどとばかりに頷く。

 

「分かりました。あなたを信じましょう」

 

「ありがとうございます、クレアさん。──それじゃあ和真、再戦しようか」

 

 司令官を説き伏せてみせた勇者は、集団から離れて俺の元に近づいてくる。

 遠距離攻撃をできるのは魔法使いのレインさんだけのようで、まだそこが救いかもしれない。

 最も、そんな彼女は攻撃をしてくる素振りは見せていないので放置で構わないだろう。

 ……。

 ……どうする、どうする佐藤和真。

 考えろ。

 考えろ考えろ。

 

 ──考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。

 

 思考停止は敗北同然だ。

 相手は御剣(ミツルギ)響夜(キョウヤ)

 俺と同じ日本からこの世界に転生した勇者。

 メインウェポンは見たのところ、「何でも斬る」という性質を誇る魔剣グラム。

 それ以外は見えないが、当然サブウェポンも所持しているだろう。

 レベル、ステータス、その殆どが俺の遥か上。

 唯一勝っているのは、幸運のステータス。

 ここまでくれば一周回って笑いが込め上げてくる。

 

 ──首無し騎士(ベルディア)の時は相手が油断していたからこそ、ギリギリ相討ちに持ち越せた。

 ──殺戮の機動要塞(デストロイヤー)の時は仲間との連携があったからこそ、破壊できた。

 ──見通す悪魔(バニル)の時は「契約」したからこそ、彼が俺の爆裂魔法で殺られてくれた。

 ──黄金竜(ゴールデン)もまた、首無し騎士同様自らの力を過信していたからこそ、討伐できた。

 

 しかし今回、敵は一切油断していない。

 慢心もしていない。

 どれだけの場数を踏んだら、このような鋭く冷たい殺気を放てるようにまで器を昇華させられるのだろうか。

 ……ここが正念場だ。

 俺達は自分の愛刀を手に提げながら歩み寄り、近距離で睨み合う。

 俺はちゅんちゅん丸を。

 御剣は魔剣グラムを。

 

「久し振りだね、和真」

 

「そうだな、確かに久し振りだ。まさかこんな所でお前と相対するとは思わなかったけど」

 

「それは僕もそうだよ。……君の噂は、僕が冒険をする度に聞こえてきた。本当、君にはつくづく驚かされるよ。でもだからこそ、理解ができないな。君はそんなキャラじゃないだろう? たった一人の人に、そこまで思い入れない筈だ」

 

「失礼な。まぁハーレム野郎のお前からしたら分からないだろうがな、好きな女性と添い遂げたいと思って、何が悪い? ハーレム野郎のお前には分からいだろうがな!」

 

 ハーレム野郎、という言葉にぴくりと反応した御剣は鼻息荒く。

 

「それこそ失礼だよ! 僕は彼女達を仲間だと思っているんだ、そんな感情はない。……そういう君こそ、晴れてロリコンの仲間入りじゃないか!」

 

「ちっちっ、馬鹿だな御剣。あと十年経ったら、俺は二十七歳、アイリスは二十三歳。地球ではこんなの、何も問題はない!」

 

「うぐっ……それはそうだけど。……まぁ戦闘前の口上はこのくらいにしとこうか。──和真、君との再戦を僕は望んでいた! アクセルで君に負けてから僕は何度も何度も危険なクエストを受けて、そして力を上げ続けた!」

 

 御剣はそう叫んだ。

 それはしなくて良かったのだが。

 そもそも御剣が負けたのはお前が子供だったからで、冷静な思考を手に入れた今のお前なら俺なんて瞬殺できるだろうに。

 いや、ちょっと待てよ?

 

「なぁ質問なんだけど。お前がさっきクレアに言っていた、『好敵手』とやらはもしかして……」

 

「君に決まっているだろう。絶体絶命の窮地に陥った時、君だったらどう乗り越えるかを想像して、打破してきたんだ。どれだけ卑怯で卑劣で姑息な手を使うのかを」

 

「おいちょっと待て。確かにそうだけどさ、もうちょっと良い言い方ないか?」

 

 俺の訂正に……、けれど御剣は苦笑してから、

 

「悪いけど言い直さないよ。そういえばさっき、君は名乗っていたよね。なら恥ずかしいけど、僕もそれに返そう。──僕の名は御剣響也! 女神アクア様から魔剣グラムを頂戴し、魔王軍との戦いに従事する勇者候補! 《英雄》佐藤和真、いざ尋常なる戦いを求める!

 

 そう格好よく名乗り出てから、魔剣グラムを振りかぶってきた──!

 ちょっ、いきなり攻撃してくるとか勇者としてどうなんですか……!?

 硬直する俺の身体を、魔剣の鋭利な刃が切り裂く……

 

 ──その前に、俺の身体は動く。

 

  『回避』スキルが運良く発動したのだ。

 あ、危なかった!

 アレをもろに喰らっていたら、よくて重症、下手したら即死も有り得たかもしれない。

 

「チッ……! これは、『回避』スキルかい!? やっぱり修得していたか!」

 

 短く舌打ちする勇者。

 随分とまぁ、変わったようで!

 こりゃ、本当に油断も隙もない!

 敵から距離を全力で取りつつも、俺はちゅんちゅん丸を鞘に収めてから弓矢を放つ。

 狙う場所は奴の身体──ではなくその足元だ。

 少しでも足止めができればそれでいい。

 俺の目論見通り、御剣は迫り来る矢を無難に回避して時間を取られる。

 剣で打ち合っては駄目だ。

 魔剣の性質によって、ちゅんちゅん丸を折られてしまう事は想像に難くない。

 となると俺が取れる手段は、遠距離から敵を狙い撃つ、それだけだ。

 クレアやレイン、兵士と貴族達が固唾を呑んで戦闘を見守る中、俺達は殺し合う。

 矢を放つ。

 避けられる。

 矢を放つ。

 魔剣で弾かれ、寧ろ斬撃を飛ばして放ってくる始末だ。アニメや漫画の世界かよと全力で突っ込みたいところだが、あながち不可能ではないのかもしれない。

 矢を放とうと……して、残り三本にまで減ってしまっていた。

 それを目敏く気づいた御剣が。

 

「どうする和真! 君の残りの矢も、あと残り少ないだろ!? どうやって戦う!」

 

「お前、本物の狂戦士(バーサーカー)か何かかよ!? お前今、すんごい顔を歪めて嗤っているぞ!? 絶対自覚ないだろ!」

 

「あははっ、自覚はあるよ! だって、こんなにも楽しいのだから! 今までの大半の敵は魔剣グラムでの一撃で斬られた……けどそれがどうだい? 君はこうして僕と互角に戦っている! 最弱職の〈冒険者〉がだ! あぁ、とても楽しい!」

 

「お前アレか! そのイケメンな顔の裏は絶対、重度の廃人ゲーマーだろ!」

 

 俺の指摘に、けれどイケメン勇者は顔を歪ませて。

 

「当たり前だろう? アクア様に頼まれたのが一番大きいけれど、元々僕は廃人ゲーマーだ! だから異世界に来た! こんな血が滾るよう戦い、そうそうできるものでもないだろ!?」

 

 最後の矢が遂に放たれるが……やはりというか呆気なく避けられてしまった。

 あぁもう、本当にやりづらい!

 弓を背中の留め具に填め直す。これはこの先の旅で使うから必要だ。失う訳にはいかない。

 そうしている間にも、逐次戦いは動く。

 御剣は彼我の距離を数秒で詰めてきて、とうとう剣の間合いにまで来られてしまった。

  『回避』スキルがそう何度も発動するとは到底思えないので、自力で脱却しなければ。

 

「貰った!」

 

「そう簡単に殺られるか! これでも喰らえ!」

 

「……ぐっ、投げナイフ!? 本当に君って奴は……!」

 

 ロングコートの袖に隠していた投げナイフを全部一気に投擲。

 しかし御剣は近距離から放たれた死の刀弾を人間とは到底思えない反射神経で反応し、魔剣で切り伏せてみせた。

 覚醒した主人公ほど怖いものはない。

 うわぁ、人間の領域を完全に超えてるなぁ!

 一秒がとても長く感じられる中、俺達はゆっくりとコマ送りのように動く。

 

 ──けれど。

 

 御剣は一つだけ……たった一つだけ判断を間違えた。

 投げナイフを咄嗟ながらも捌き切るその実力には素直に感心しよう。尊敬もする。

 けれど今のは、傷を負いながらも前に進むべき場面だった。

 そうすれば俺の身体を今度こそその魔剣の餌食にする事ができたのに、彼は間違えた。

 人間の防衛本能に従う。

 それは当然の事で、だからこそその隙を狙われる。

 俺は暗器を放った状態からそのまま手を伸ばし……彼の顔面を摑む。

 

「悪いな──『ドレインタッチ』ッ!」

 

「なっ……それは不死王(リッチー)のスキル!? ……君はやっぱり魔王軍と……通じて……いて……」

 

「ちょっと友人の女性に教えて貰っただけだよ。……これで俺の勝ち逃げだな」

 

「……そう……だ……ね……」

 

 全力の『ドレインタッチ』が勇者に襲い掛かり、瞬く間に意識を掠め取る。

 彼の生命力はとても膨大で、普段ならもっと時間が掛かるだろう。けれど本人は戦闘での高揚で気がついていなかったようだが、体力が切れるのは時間の問題だったのだ。

 本来なら最弱職の俺が先に尽きるだろう。

 しかし俺は『逃走』スキルで常時「逃げ」に徹していた。

 だからこそ、俺が勝つ事ができた。

 《勇者》の敗北に、騎士達が戦慄する。

 

「くそっ、サトウカズマ! ミツルギ殿を真正面から倒すとは……! レイン、今度は私達が戦うぞ! 騎士達はそこで怯えている貴族共を護衛していろ! 邪魔だ!」

 

「……クレア様、私は……」

 

「何を戸惑っている、レイン! いくら教え子とはいえ、相手は《英雄》から身を堕とした《愚者》だ! いや、《大罪人》だ! なら、先生であるお前が生徒をあるべき道に戻せ!」

 

「……ですがっ!」

 

「私だって好き好んで戦いたくない! だが、奴は自ら敵対する道を選んだんだぞ!?」

 

「……」

 

 どうやら、次の相手はクレアとレインのようだ。

 体力と魔力を御剣から強奪しある程度は回復させたとはいえ、四大貴族の一柱であるシンフォニア卿と凄腕魔法使いのレインを同時に相手取るほど俺は自惚れてないし、そんな時間もない。

 窓から見える月の位置から察するに、現在は午前三時三十分といったところか。

 何やら二人は揉めているようだ。

 俺はそんな彼女達に向かって。

 

「俺だってお前達とは戦いたくないさ。でもさっきも言ったけど……道が違えたからな、仕方がない」

 

「自分からそうしておいてよく言う!」

 

 クレアがそう叫ぶ。

 正論すぎて何も言えないなぁ。

 剣を握る鞘からは握りすぎて血が流れ床にポタポタと滴る。

 彼女との出会いは、自分でもいうのもなんだがかなり最悪だったと思う。

 お互いがお互いを罵倒し合う……そんな関係性は友人でもなく、もちろん仲間でもない。

 でも、俺達は心の奥底では互いを信じていた。

 罪悪感で押し潰されそうになる。

 この感情が傲慢なのは重々承知だ。

 けれど。

 けれど……!

 

 ──完全なる無音。

 

 静寂が場を支配し、何人たりとも動けず。

 相手の些細な動作を見逃さまいと目は鋭く細められ、何時爆発するか分からない。

 そんな時だった。

 

 ──一瞬の閃光が王都を横切ったのは。

 

 上空に放たれたのであろうそれは、膨大な光の奔流を夜空に溶け込ませながら、轟音の雨を降らせる。

 

「「「……!?」」」

 

 誰もが突然の出来事に呆然と目を見開かせる中、俺は意を決して床を蹴る。

 クレアが慌てて気づくが、もう遅い。

 俺はクレアとレインに『ドレインタッチ』を使い、容赦なく彼女達を傷付ける。

 その最中、二人は言った。

 

「……行け。ここまでしたんだ、アイリス様を幸せにしてみせろ」

 

「当然だとも。お前とアイリスについて談義をしていた時はとても楽しかったよ!」

 

「カズマ様、アイリス様をどうかお願いしますね? ……それが先生が望む、最後のお願いです」

 

「レイン先生。今まで本当にお世話になりました。先生の事は絶対に忘れませんから!」

 

 別れの言葉を告げる。

 二人は微かに笑ってから、瞼を閉じた。

 御剣と同じように、気絶したのだろう。

 俺は立ち上がり、再び床を蹴る。

 狼狽している騎士や貴族達の間を縫うようにして進み、俺は走り続けた────。

 

 

 

『──魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 敵は爆裂魔法を撃ちます! 幹部級の敵です! 高レベル冒険者の皆さんは、こんな夜中に大変申し訳ございませんが、すぐさま冒険者ギルドに集合してください!』

 

 王城内にまで響く、その緊急警報。

 先程からその警報は王都に流れ、魔王軍の襲撃を知らせていて……!

 

 ──そんな訳がない。

 

 今日……いや昨日、大規模な魔王軍との戦闘があったばかりなのだ。

 そんな戦力があるのなら、投入するのが普通だろう。少なくとも俺だったらそうする。

 ……なんでも、そいつは爆裂魔法を撃つらしい。

 そう……ネタ魔法扱いの爆裂魔法を、だ。

 そんな奇特な奴が、そうそういる筈がない。

 そして俺は、そんな奴を知っている。

 俺は廊下を走りながら呟いた。

 

「百点満点中百二十点だな。──ナイス爆裂!」

 

 溢れ出そうな涙を必死に堪え、俺は廊下を右に曲がる。

 来るなと事前に忠告したのに来た、仲間想いの紅魔族の少女に感謝しながら。

 するとそこには、ダクネスがとある部屋の前に立っていた。

 それはさながら、異界に通じる門を守護している門番のよう。これは想像だが、この先の部屋がアイリスの私室なのだろう。

 到達点が目と鼻の先なのに、こんな所でダクネスと会うなんて!

 

「久し振りだなカズマ」

 

 冷や汗を流す俺を他所に、ダクネスはそうやって軽く声を掛けてきた。

 見た感じ両手剣は装備していない。

  『敵感知』にも反応はないし……敵対する意思はないのか?

 いや、それも何時まで続くか分からない。

 

「久し振りダクネス。その、俺が此処にいる理由とか聞かないのか?」

 

 そんな俺の質問に、ダクネスは不思議そうに首を傾げて。

 

「……? いや、訊かなくても分かるのだが……。アイリス様を攫うのだろう? ──早く行け。あぁ、『バインド』で私を縛ってくれると助かる。流石にみすみす侵入者を逃したと知られれば面倒くさいからな」

 

「ちょっ、ちょっとストップ! ……俺を止めないのか? どうして……──」

 

「どうしてって……私は応援すると約束しただろう? エリス様はお怒りになるだろうが……あぁ。そんなのどうでもいい。私はエリス様の信者である前に、一人の人間だ。きっと赦してくれるだろう」

 

 何も言えなくなる。

 押し黙る俺を尻目に、ダクネスは続けて言った。

 

「私がここにいたのは、最後にお前と会おうと思ってな。覚悟とか、決意とか、そんな問答は飽きるほどにしてきただろうから、私からは一つだけ。──カズマの友人でいられて良かったよ」

 

 これが対価なのかもしれない。

 何かを求める為には、対価を支払う。

 誰を選び──誰を棄てるか。

 俺は渡されたロープを摑み、スキルを使う姿勢を取った。

 

「俺も、ダクネスの友人でいられて良かったと思っているよ。キールのダンジョン内で俺を叱ってくれて、本当にありがとう。それじゃあな。──『バインド』」

 

 ダクネスがロープに絡め取られ、床に倒れる。

 最後に彼女は一度力強く頷き、早く行けと目で催促してきた。

 俺もまた期待に応える為に頷き返し、ゆっくりとドアを開ける。

 そのまま俺は、光がない暗闇の中に溶け込んだ。

 

 

 §

 

 

 ゴールが目前となったからか、身体から力が抜けそうになる。

 生きて此処に辿り着いているのが奇跡だろう。

 きっと俺の悪名は後世にまで伝わるに違いない。何せ、《英雄》と《愚者》の側面を持つ人間なんて、それこそ創作物の中だけで現実にそうそういる筈もないのだから。

 第三の生を終えてエリス様と会ったら、彼女はどんな表情を浮かべるのだろうか。

 いや、問答無用で地獄行きかもしれない。

 そんな遠い未来に思いを馳せながら、けれど俺は、これが間違っていると分かっていながら進む。

 

 進む。

 

 進む。

 

 進む。

 

 そして────

 

「お待ちしていました」

 

 俺とアイリスは再び出会った。

 ベッドの縁に腰掛け、彼女は俺を待っていた。

 備え付けられたテーブルには王族が常時身に付けている指輪と、装飾品の数々が置かれている。

 そしてその中には、クリスが探していただろうネックレスがあり、一応は魔法を使える俺でも感じ取れるほどの膨大な魔力が。

 それをポケットの中に入れてから、俺は彼女に近づき。

 

「悪い、待たせちゃったか?」

 

「ふふふっ、いえ、大丈夫ですよ。ただ、お手紙の日付でないのがちょっとだけ残念ですが……」

 

「すみませんでした。これには深い事情がありまして……」

 

「えぇ、分かってます。分かってますから、そう謝らないで?」

 

 悪戯っぽく笑いながら体面だけは悲しげな色を浮かべるアイリス。

 堪らずに頭を下げる俺を、彼女は笑うだけだ。

 めぐみんがエルロードで俺に言った、尻に敷かれる発言もあながち間違いじゃないかもしれない。

 そんな風に内心怯えていると、彼女は辛そうな色に表情を彩らせてぽつりと呟いた。

 

「お手紙を読んだ時、私はとても嬉しくもあり……けれど不安でした。い、いえもちろん……カズマさんの事を疑っていた訳じゃないんですよ? ですがその……──」

 

 その時の事を思い出しているのだろう。

 アイリスは泣きそうな顔になりながら、抱えていた内面を一気に吐露した。

 ……随分と寂しがらせてしまったものだ。

 けれどやがて、顔を綻ばせて。

 

「でも、あなたはこうして来てくれましたっ。本当に、本当に嬉しいですっ!」

 

 俺は彼女の頭を優しく撫でて、朗らかに笑い掛ける。

 

「準備はできているか?」

 

「もちろんです! 聖剣やお薬、お金もありったけ用意しました! 無駄な装飾品はご覧の通りテーブルの上に置いてありますし、あの指輪も同様です。変装用のローブも着ていますし……あっ、カズマさんも一着どうぞ」

 

「おっ、気が利くな。アイリス、ちょっとだけあっちを向いててくれ。すぐに着替えるから」

 

 ロングコートを脱いで床に落としてから、貰った深緑色のローブに着替える。

 凄い着心地が良い。

 高級品が仇となってしまったが、仕方がない。これもどうやらそこそこの高級品のようだし、代用品だと思えばいい。

 新しい装備を身に付け、俺達は向かい合う。

 見つめ合う。

 そして俺は、仲間の少女と一生懸命考えた台詞を大好きな女性に向けて静かに言った。

 

 

 

「悪い冒険者が攫いに来ました。悪い冒険者の本能に従って、可愛いお姫様を攫いに来ました」

 

 

 

 手を差し出す。

 そこには、俺が以前エルロードで購入した宝石を加工した指輪があった。

 その宝石の名前は、ダイヤモンド。宝石言葉は、清浄無垢。

 その意味は、清らかで穢れのないさま。

 ぽかんと固まっている少女の手を摑んで、俺は彼女の左手の薬指に着けさせた。

 肌身離さず着けていた指輪に変わって、新しい指輪が着けられる。

 浮かび上がっていた白い跡がすぐに消え去り上書きされ、数刻ばかりの静寂が俺達の間に流れた。

 繋がれた手を一度離そうとすると、少女は彼女のあたたかい両手で俺の手を包み込む。

 二度とあなたを離さないと告げるように。

 綺麗な雫を穢れのない碧眼から流し、けれど幸せそうに満面の笑みを顔いっぱいに咲かせてから──

 

「はい……! 喜んで! どうか私を攫ってください、悪い冒険者さん!」

 

 








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