このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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色彩 Ⅳ

 

 両目を閉じると、瞼越しに視える()の光。

 白く、赤く。

 赤く、白く。

 紅く、紅く、紅く。

 様々な色が混ざったその光を私は感じていた。

 背中越しに感じる土と草の感触。

 お腹の上には我が使い魔が乗っかって、呑気に日向ぼっこをしている。

 ……相変わらず、ふてぶてしい猫だ。

 一陣の風が何処からか到来し、私の身体を一瞬だけ包んでから、また旅をしていく。

 彼らは今も、この世界の何処かで旅をしているのだろう。

 包み込むのは人間だけではない。

 ありとあらゆる存在に、彼らは寄り添い、気づけば離れていて忽然と去っていく。

 私の役目はもう終わった、次の誰かに託そうと告げるかのように。

 それが私にはどうしようもなく──哀しく感じてしまうのだ。

 そのままの姿勢でいたら、ふと、シャボン玉のように睡魔が浮かび上がる。

 壊すことは簡単だ。

 けれど……、こんな日もあって良いかもしれない。

 光がだんだん遠のいていく。

 

 私は、浅い旅をすることにした。

 

 

 §

 

 

 エルロードの護衛任務を無事に果たし、王都で歓待を受けた私と彼はしばらくそこで滞在し、今日ようやく、第二の故郷であるアクセルの街に戻ってきた。

 これはゆんゆんから聞いたのだが、一週間後に彼女とアクアは王都に行って歓待されるそうな。よくもまぁそんなに予算があるなと突っ込みを入れたら、なんでもシーア卿の自腹だそうな。

 絶対に、心酔しているアクアに会いたいだけだと思う。

 お土産を全員分配り終え、私は何時ものように唐揚げ定食を食べていた。

 対面に腰掛ける彼は優しげな顔でそんな私を眺めていて……。

 私は不安に駆られた。

 

「……カズマ?」

 

 私が訝しげな視線を送る中、彼は尚もその表情を止めない。

 そして、定食を食べ終えてから数分後に、彼は唐突に言った。

 

「めぐみん。──パーティーを解散しよう」

 

 その言葉の意味が分からないほど私は愚かではなく──その言葉に込められた感情(想い)が分からないほど私は愚かではない。

 だから私は、小さく頷いた。

 できるだけ優しく、できるだけあたたかく。

 

「……そんな気はしていました。カズマがアイリスと結ばれる方法は、二つ。一つが、魔王を斃すこと。魔王を屠った勇者になれば、王族と結婚することができます。しかしそれは望み薄で、いったい何年掛かるか見当もつきません。二つ目の方法が、お姫様を攫うこと。あなたは、後者を選んだ。そしてその理由も分かっています。──旅に出るんでしょう?」

 

 彼は目を見開かせる。

 どうやら、私が全てを察しているとは考えていなかったようだ。

 当然、次に彼が言うことは……、

 

「…………どうしてそれを」

 

 どうして、か。

 少し考えれば分かることだと思うのだが、どうやら予想外のことで頭が回っていないらしい。

 珍しいこともあるものだ。

 

「いくらでも話す機会はありました。彼女と同性で最も仲が良い私が、それを知らない道理がないでしょう?」

 

「……」

 

 彼は居心地悪そうに視線を逸らす。

 いや、顔全体を逸らした。

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら。

 できれば、こっちを見て欲しい。

 けれどそれが、私にとっても、そして彼にも辛いものだと分かっていた。

 だって、現に私も彼と似たような表情を浮かべていることは想像に難くない。

 

 ──そんな時だった。

 

「おいカレン、これはどうだ? 一撃熊の討伐! やっぱり冒険者になったんだから、是非とも強敵と戦いたい!」

 

「リク、それはベテラン冒険者の人達が受けるクエストだよ!? お姉さんもこの馬鹿に何か言ってやってください!」

 

「アハハ……そうですねー。初心者にはジャイアントトードのクエストがおすすめですよ」

 

「「じゃあそれで」」

 

 彼らはきっと、冒険者になったばかりなのだろう。

 だからこそ、一撃熊を討伐しようと少年は言った。

 それを慌てて止める少女。

 ジャイアントトードと出会ったら、彼らはいったい、どのような反応をするのだろうか。

 カエルとは到底思えない巨体さに恐怖するのだろうか。

 それとも、そんなの関係ないとばかりに自分の得物を摑むのだろうか。

 新しい星の誕生に……、私は嬉しくもあり、そして懐かしく感じる。

 本当に懐かしい。

 彼らと私達は全然違う筈なのに、それでも重なって視えてしまう。

 それは彼もそうだったのだろう。

 私達は視線を交錯させて──語り合った。

 私達だけの冒険を。

 私達だけの宝物を。

 

「私達も、最初は彼らのようでしたね」

 

「そうだな。毎回毎回クエストの度に死に掛けて、なんとか生き延びてさ」

 

「爆裂魔法の反動で動けない私を、あなたは何時もおぶってくれましたよね。口では文句を言いつつも、あなたはおぶってくれました」

 

「そりゃあ、いくら俺でも仲間を置き去りにするほどクズじゃないからな」

 

「よくいいますよ。身動き取れない少女を嬉々としてその手でいたぶっていたクセに」

 

「おいめぐみん、言い方、言い方を考えて! ……でもそれは、お前が俺の指示通りに動かなかったからじゃないか」

 

「うぐっ……それを言われると弱いですが。……ダクネスではなく、私を選んでくれた時は、内心喜びで胸がいっぱいでした」

 

 そう。

 本当に私は嬉しかった。

 ダクネスには悪いと思うけれども、それでも嬉しかったのだ。

 彼は何言ってるんだこいつとばかりに私のことを見てきて。

 

「それも当然だ。いくら俺がダクネスと知り合いだったとはいえ、仲間を選ぶのは普通だろう?」

 

 口元が緩んでしまう。

 

「ふふっ、あなたはアレですよね、口では何時も嫌々な素振りをしているのに、大ことな人には何時もその人の為に行動していますよね。そこに多分、アイリスも、そして私も惹かれたのでしょう」

 

 そう。

 彼には人を惹きつける魅力があった。

 それは決して、アイリスのようなカリスマではなく。

 多分それは、彼が何時も自然体でいて……、心の底から生を謳歌しているからだと思う。

 

「なんだ、お前、俺に惚れてたのか? ごめん、全然気づかなかった」

 

「まさか! ……実はアイリスも以前似たようなことを聞いてきたんですよ。『めぐみんさんは、カズマさんのことを異性として好きではないのですか?』と……」

 

 あの時は驚いたものだ。

 

「それにめぐみんはなんて答えたんだ?」

 

「『アイリス、それは有り得ませんから心配しなくて大丈夫ですよ』と答えてやりましたとも」

 

「そっか」

 

「はい。カズマもそうでしょう? 一度でも異性として私のことを見ましたか?」

 

「うーん、どうだろうなぁ。……いや、ないな。だってめぐみんは俺にとって……──」

 

「でしょう? だってカズマは私にとって……──」

 

 思いのままに話す。

 嘘偽りなく、本音で。

 言葉を受け取っては投げて。

 言葉を投げては受け取って。

 

 

 

「「──最高の仲間だから」」

 

 

 

 視界が滲む。

 彼の顔がぼやける。

 頬に、涙が伝わっている。

 鏡合わせのように、彼も泣いていた。

 

 これから先、どのような人とパーティーと組んで、そして別れても、このような感情は決して抱かないだろう。

 思えば──あっという間の一年だったなぁ。

 冒険もした。

 喧嘩もした。

 爆裂散歩もした。

 銭湯を浸かり終えた後に、彼に頭を拭いてもらったりもした。

 買い物にも行った。

 ボードゲームで遊んだりもした。

 

 彼がゆっくりと席から立ち上がる。

 そこには既に涙はなく、覚悟を決めた表情になっていた。

 なら、私も応えよう。

 

「カズマ。最後に仲間として、私に我儘をさせてくれませんか?」

 

 私はそう言って、彼に笑いかけた。

 彼と同じように、私の涙も消えていた────。

 

 

「──……なぁめぐみん」

 

「……? 何ですかカズマ?」

 

「お前、本気か……?」

 

「えぇ本気です!」

 

 冒険者ギルドをあとにし、歩くこと数時間。

 既に太陽は西の空に沈みつつあり、昼と夜の境界線がくっきりと視認できる。

 無言のまま私が先導して訪れたのは、嘗て首無し騎士(魔王軍幹部)が拠点としていた廃城近くだった。

 この一年の付き合いで、私が何をしようとしているのかは丸分かりだろう。

 つまり……、

 

「あの廃城を爆裂する気か?」

 

 そう、爆裂散歩だ。

 

「はい。元々何時か爆裂魔法を撃ち込む予定でしたが……最後にカズマには、私の爆裂魔法を見て欲しいのです」

 

 私の我儘は、彼に私渾身の爆裂魔法を視て届けて貰うこと。

 実は前から考えていたのだ。

 遠くないうち、彼からパーティー解散を告げられることは予想していた。

 心構えもしていた。

 まぁ結局泣いてしまったが……、多分どんなに用心していても泣いていただろうから気にはしない。

 何かしたいと、ずっと考えていた。

 そして選んだのがこれ。

 元より、私にできることなんてこれしかない。

 彼が言う。

 

「いや、それは全然構わないんだけど。でもさ、流石にそれは無理じゃないか?」

 

「むっ、我が奥義を蔑むのですか?」

 

「いやいや、そうじゃなくてさ。爆裂ソムリエの称号を得ている俺からすれば、無理だと思うんだ」

 

 ……流石は爆裂ソムリエ。

 悔しいが事実だ。

 確かに現在の私では、たった一発の爆裂魔法で爆裂しきれる訳がない。

 百点満点の数値を叩き出しても不可能だろう。

 けどそれは、()()()()()()()だ。

 ……。

 ローブのポケットから冒険者カードを取り出し、無言で彼に渡す。

 彼は訝しながらも受け取り……、

 

「ちょっ、お前っ、何でこんなにスキルポイントが貯まってるんだよ!」

 

 驚愕の声を出す。

 彼の言う通り、私の冒険者カードの貯蔵スキルポイントの欄には、膨大な量のスキルポイントが表示されていた。

 唖然とする彼に、私は言う。

 

「その、実はこれまで私は一度もスキルポイントを使っていません。あぁもちろん、爆裂魔法の修得時は別ですが」

 

「はぁ? 何でそんなことをしてたんだよ。もし普通に振り込んでいたらデストロイヤー戦や黄金竜戦の時に爆裂できたんじゃないか?」

 

「デストロイヤー戦の時は分かりませんが、黄金竜が相手の時は恐らく、私の爆裂魔法で斃せたでしょう」

 

「だったら何で……」

 

 心底分からないとばかりに、彼は疑問を口に出した。

 私はそんな彼に一度微笑みかけてから、空を見上げる。

 月が、東の空に昇っていた。

 

 ──満月。

 

 私は視線をそちらに向けたまま。

 

「本当は分かっていたのです。一つの魔法を極めることがどれだけ無理、無茶、無謀であるのかは。更には、一日一爆裂しかできないネタ魔法。確かに私は爆裂魔法が好きです。愛しています。三度のご飯よりも。しかしなんちゃって紅魔族である私が荷物であることは確実で、日々葛藤していました。これは、キールのダンジョンを探索した時に打ち明けましたよね?」

 

 彼は何も言わない。

 ただ、首肯する気配が感じ取れた。

 

「上級魔法を取ろうか、かなり迷いました。迷って、足掻いて……ウィズやレインお姉さんに相談もしました」

 

 彼女達には迷惑をかけたと思う。

 何度も私は彼女達の元を訪ね、そして相談に応じて貰った。

 

「それで、めぐみんはどうするんだ?」

 

 問われる。

 彼が浮かべている笑顔を私は見返して──堂々と宣言した。

 

「──私は、真の爆裂魔法を使える魔法使いになります。あなたがあなたの道を歩くように、私も私の道を歩きます。そして私が魔王を斃します」

 

 魔王を斃す。

 それが如何に苦難な道であるのかは重々承知だ。

 けれど、臆することはない。

 私には頼りになる人達が沢山いて、そして愛する魔法がある限り、私は何度でも立ち上がろう。

 そんな決意と共に、素早く冒険者カードを操作する。

 そして彼に、笑い返した。

 

「……そっか。なら俺はそれを止めたりはしないよ。でももし不安になったり困ったりしたら、俺とアイリスが助けにいくから安心しろ」

 

「言いましたね? 絶対来てくだいよ?」

 

「あぁ、約束だ」

 

「はい、約束です! でも逆も充分に有り得ますからね? ……カズマ、私達はパーティーを解散します。けど、けどっ! 私達はっ!」

 

 私の叫びに、彼もまた叫び返す。

 

「あぁ! 俺達は仲間だよ、ずっとな!」

 

 それが聞けて良かった。

 本当に、本当に良かったなぁ。

 

「めぐみんに出会えてとても良かった」「カズマに出会えてとても良かったです」

 

「めぐみんと一緒に冒険できて楽しかった」「カズマと一緒に冒険できて楽しかったです」

 

 

 

「「あなたの未来に祝福を!」」

 

 

 ──唄を歌おう。

 

 ──彼と、そして彼女に。

 

 ──別れと、再会の唄を。

 

 

「『出会い、別れ。運命に私は抗い、この生を生きる。邪魔するのなら破壊し、壊し、爆裂し! 一時も迷わず進もう! 嗚呼、旧友に、仲間に! この唄を贈る』」

 

 その唄の名は────!

 

 

 §

 

 

「にゃー!」

 

「うにゃああ!?」

 

 耳元で出された呼び声に、私は奇怪な叫び声を出しながら起き上がる。

 ……気持ち悪い。

 良い夢を視ていた気がするのだが……、この猫の所為で邪魔されてしまった。

 左肩に飛び移ってくるこのふてぶてしい使い魔をどうしようかと思案していると、

 

「めぐみーん! めぐみーん!」

 

 つい最近紅魔族の長を引き継いだゆんゆんが、私の元に駆け寄ってきた。

 おかしい。

 彼女はここ最近紅魔族の村長になったが故に、大半は紅魔の里にいて仕事をしている筈なのだが。

 仕事を放り出したのだろうか。

 私がそんな疑問を感じている中、彼女は私の両肩を摑んでくる。

 

「ちょっ、どうしましたゆんゆん!? お、落ち着いて下さい!」

 

 私の静止の声虚しく、ゆんゆんは。

 

「めぐみん、聞いて! カズマさん達が、カズマさん達が!」

 

「……ッ!?」

 

 瞳を紅く輝かせながら、そんな不穏なことを口に出す。

 彼らに何かあったのだろうか……!?

 私は彼女の手を逆に摑んで、

 

「カズマとアイリスがどうかしたのですか!? もしかして、軍に捕まったのですか……!?」

 

「……? 何を言っているのめぐみん。カズマさんとアイリスちゃんを、そこらの軍隊が捕まえられる訳ないじゃない」

 

 ゆんゆんはあっけらかんとそう宣う。

 その脂肪の塊を引きちぎってしまおうかと本気で悩んでいると、彼女は気勢を取り戻して。

 

「それでね聞いてよ! アイリスちゃんが、東の大国、ファバル帝国で開催された闘技大会で優勝したって! 新聞だとイリスって名前で載ってたけど、これってアイリスちゃんでしょ?」

 

「……!」

 

 そう言ってゆんゆんは、新聞記事を私に見せてくる。

 確かに写っている写真の中には、アイリスがいた。かなり成長している。彼女の胸装甲部分を見て、少女の域を超えつつあると確信した。

 …………羨ましくはない。

 それとは別に、私は口をパクパクとするしかなかった。

 

 ──ファバル帝国。

 

 その国の最大の特徴は、無法国家であること。

 いや、言い方が悪いかもしれない。

 法律は一応ある。

 ……たった一つだけだが。

 

 それ即ち──弱肉強食。

 

 訳ありの人達が集まるのが、このファバル帝国の実態だ。なにせ、住民の九割が犯罪者、もしくは亡国を果たした王族である。

 帝国が住民達に求めるのはただ一つだけ。

 モンスターを倒すこと。

 怪物を倒せば倒すほどにその人は国の中での権力を増やしていける、そんなシステムだ。

 強者がルールのその国では毎年闘技大会が開かれ、その大会で優勝した者には巨万の富が約束されている。

 参加資格は何もない。

 皇帝であろうと、貴族であろうと、平民であろうと、そして犯罪者であろうと参加資格はある。

 どうやら私の友人はまた、偉業を一つ達成したようだ。

 

「ゆんゆん、離れていてください」

 

 何をするのかを理解したゆんゆんが諦観のため息を吐きながらも、ちょむすけを抱えて充分に後ずさってくれる。

 苦笑いをするのは止めて欲しい。

 それにしても、わざわざ紅魔の里からアクセルまで『テレポート』するくらいには興奮していたのか。

 気持ちは痛いほどに分かるけれども。

 今日はアクアやダクネス達と宴を開こう。

 彼らの無事と、偉業を祝う為に。

 

 ──(ことば)を紡ぐ。

 

 久し振りにこの魔法を撃つなぁ。

 彼と彼女の旅が幸せであるように祈って、この魔法を遠い地にいる彼らに届けよう。

 

「『エクスプロージョン』ッッ!!!」

 

 

 

 







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