聖槍の照らす地平に、闇は無く   作:逆立ちバナナテキーラ添え
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 ダリフラ怖い……。見るのが、怖い……。ワインが美味い……。

 てか、ボダブレがPS4に登場とか、身体が闘争を求める。


青ざめた月明かり

 腐敗しているとは思えない強靭な噛力が聖剣をいとも容易く、砕いた。一級と言って差し支えない清浄たる刀身はまるで飴細工が如く彼の猟犬の口内で、見る影もなく溶かされている。

 それを見て、子供の悪戯を叱るように駄目じゃないか、と言いながら霧の魔術師は工房より新たな聖剣を、砕かれたものと同等の一振りを召喚する。教会の戦士たちが見れば卒倒するような光景だった。天然モノではないとはいえ、上質な聖剣をこうもぞんざいに、贅沢に使い倒すなんてことはありえない。投げて、砕かれて、殴って。武器を労るということを知らないかのような、使い潰しにかかるような戦い方。

 

 「そぉっれ!!」

 

 ゲオルクが聖剣を投擲する。猟犬へと回転しながら進むそれに、ゲオルクの杖から漏れ出た紫光が絡み付く。すると、聖剣は分裂を開始し、猟犬を囲むようにその数を大きく増やした。工房に存在する同型の聖剣を連鎖召喚。その全てが祝福の聖剣(エクスかリバー・ブレッシング)に匹敵する神聖を有している。

 そして、それらが猟犬の身に触れた刹那、白を伴って爆ぜた。内包する神聖は圧縮されていた。その高濃度の神聖が一気に放出され、さらに他の聖剣から放出された神聖と反応して巨大な熱量を発する。

 滴り落ちる腐肉を一片残らず消し去る光熱が猟犬を包む。ロスヴァイセは理外の化け物どうしの闘いに目を奪われ、根元的な場所より来る恐怖に身を震わせていた。

 

 光が晴れると、ゲオルクは困ったように唸る。

 

 「いやぁ、やっぱ面倒だねぇ。神聖とか、清浄とか。つまるところ、やっぱりきみにはそういう類いのモノは効かないってことだよね、小説通り……」

 

 彼の視線の先には四つ足で確かに空を踏み締める忌まわしき猟犬の姿。健在であった。怨嗟など生温い汚声を鳴らし、ゲオルクを睨み付けている。

 

 「ファウストさん……、ぜんぜん効いてないですよ……?」

 「んん?おや、喋るぐらいには気を保てているのかい。驚いた。まぁ、小手調べだよ。これで終わってくれるとは、流石に思ってないよ。まだまだこれからさ」

 

 聖剣の爆発は範囲であれば、都市など優に飲み込み、小国であれば地図から消え去るほどの威力を持っていた。

 かつて、ロスヴァイセが灰色の魔術師に出向していた際に見た食屍鬼に汚染された都市への執行──焼却などとは比べ物にならない規模の、戦術を越えた戦略としてのスケール。彼女があの規模の魔術を発動させようとした場合、七日以上の時間を掛けて、いくつもの術式を編み、魔力を流して、それらを寸分違わぬ精度で統合させて一つの術式にしなくてはならない。

 しかし、霧の称号を授かった魔術師はさも簡単な魔術のように、その規模の破壊を発動した。単に聖剣を爆発させただけではない。そも、あのレベルの聖剣を一人で鍛造し、使い捨てられるほど保存していること自体が度を超えている。元はレプリカではあるが、最高位の天使たちが手ずから鍛えた聖剣の一端に肩を並べる、それも神聖という点に特化したモノと同位の神聖を圧縮内包させる技術や技量、北欧神話が誇るドヴェルグに匹敵するほどの腕前は当代最高峰の面目躍如であるだろう。

 本分である幻術や位相操作でなくてこの圧倒的な力。そして、さらに上がある。

 ロスヴァイセはあのおぞましき猟犬よりも、同じ星の存在であるはずのゲオルクに明確な畏れを抱いた。一重に才能なのか、それとも別の何かか。何を、どうすれば。あの領域へと手を掛けられるのか。神格と並び立つほどの魔術の腕を手に入れられるのか。

 戦乙女である前に、彼女は魔術師である。ゆえに、その好奇心が。生来の知的探究への飢えが猟犬への恐怖に僅かに勝った。そういった面で言えば、他の魔術師と同じように彼女も狂気的な部分を持っていた。

 

 咆哮が頬に音圧として激突する。

 ゲオルクは目元を綻ばせる。笑んだ。穢れの音をぶつけられて、恐怖に支配されることもなく、彼は猟犬をただただ見据えて、相対していた。

 

 「どうするのですか……?」

 

 ロスヴァイセが訊ねた。

 

 「あれほどの攻撃が通用しなかった。小手調べと言いましたが、あの怪物を滅ぼすにはあれよりも何倍も強い手段が必要になる。いくら、あなたでも……」

 ゲオルクはロスヴァイセを見て、「そうだねぇ。確かにさっきの爆発よりも何倍も、いや何百倍も強力な力がいるね」

 「なら、どうやって……」

 「それじゃあ、授業の時間だ。僕の本分を見せてあげよう」

 

 猟犬が空を蹴る。脆弱な、しかし強靭無比な四肢がその身を魔術師へと弾丸のように迫らせる。

 大きく開かれた顎門がゲオルクを捉える。一撃で命を噛み砕くその脅威を前にして、ゲオルクは微塵も動かず、抵抗する素振りもしない。変わらぬ笑みを携えている。

 しかして、猟犬はゲオルクを噛み千切った。腰より上と下が離ればなれに宙を舞う。血が飛沫となり、ロスヴァイセの美貌に赭く熱を灯す。絶命。そう確信出来るだけの重傷だった。

 間近に存在する宇宙規模の穢れの集合体にロスヴァイセはあらゆる思考と意識が乱されていくのを感じた。初めて見た時に感じた不快とは到底比べようもない。筆舌には尽くせない恐怖を味わう。

 が、どうしてか、何かがおかしい。塗りつぶされそうな感覚の中で、恐怖の内に一つだけある異物。

 猟犬はゲオルクの身体を喰らい、咀嚼する。純白のローブがぼろ切れのように顎の端から垂れている。この世のものとは思えないような息の臭いと共に猟犬はゲオルクであった物を飲み込んだ。

 

 ()()()()()()()()()

 

 「え……?」

 

 困惑する。ロスヴァイセは呆けた声を出すも、それは猟犬の耳には届いていない。

 ロスヴァイセと猟犬との距離は五メートルにも満たない。その至近距離にいる獲物を、悪名高き、ティンダロスの猟犬は気付きもしないで素通りしたのだ。

 彼の捕食者の姿が明確に伝えられていないのは、その姿を目撃した者が生き残ることがないからだとされている。つまり、猟犬は如何なる獲物も逃がさないのである。人間の持つ清浄に飢え、明確な殺意を持って襲い掛かる猟犬がその獲物を、目撃者を殺さずにいるということはありえない。

 遠ざかる猟犬を見ていたロスヴァイセは自分の腕に何かが絡み付く感覚を覚え、視線を下げた。そこには幽かな白い靄が彼女の腕に巻き付いていた。

 

 「これは……」

 

 靄に触れようとした瞬間、再びおぞましい咆哮が次元の狭間に響き渡った。それは悲鳴のようにも聴こえる。

 猟犬は暴れ、のたうち、苦しんでいる。あの暴威の塊である存在が初めて、明確なダメージを負っていた。

 

 「あぁ、やっぱりそれは効くみたいだね。うん、思った通りだ。それっぽい再現品だったけれど、効果があって良かったよ」

 「ファウストさん……!?どうして、だって」

 「やぁ!!あんな法螺を吹いたくせにすぐやられちゃって、それなのにどうして生きてるんだって?流石にそれじゃあ格好悪いからね。言っただろう?僕の本分を見せるって」

 「幻術……」

 

 ロスヴァイセの背後に現れた無傷のゲオルクは茫然とする彼女にウィンクを飛ばして微笑む。

 

 「びっくりしたかい?」

 

 首肯するロスヴァイセを見て、満足そうに頷いて庇うように前へと出る。

 

 「あれが喰らったのは僕じゃないよ。僕に見せかけたちょっと細工をした聖剣さ。まんまと騙されて、がっぷりといってくれたね。いやぁ、ホントに良かったよ」

 

 ティンダロスの猟犬を追い払うことに成功した逸話は一つだけある。

 錬金術師エイノクラが用いた万物溶解液。彼を抹殺せんが為に放たれたティンダロスの猟犬──ルルハリルは万物溶解液によってその実体を溶かされ、撃退されてしまった。

 その非実在の魔法の薬の模倣。片手間で作った中途半端な遊び道具の一つ。まさか、それが役に立つとは造った本人も思いもしなかった。猟犬の持つ霊的装甲を外側から溶かすほどの力を持っていないそれを活用する為に取った手段は、内側から灼くことだった。

 清浄を放つ聖剣を幻術によってゲオルクと誤認させられた猟犬は聖剣に喰らいつき、その内に仕込まれた溶解液の封印さえも破壊した。

 

 「あれに幻術が効いたの?」

 「そこは腕の見せ所さ。これでも幻術と位相操作をウリにしてるからね……」

 

 その言葉の最中、彼方より黄金の光と界の震えが伝播してきた。断続的な揺れは大きさを増し、止まることなく震え続ける。

 猟犬はそれに反応するも、内から己を焦がす灼熱に未だ苦悶している。

 

 「おやおや、向こうは随分と派手にやっているようだね……。星でも墜としたかな?まぁ、何はともあれ、痛かろう、猟犬。なんせ、お前の装甲が効かない場所が灼かれてるんだ。いくら不死性が高かろうとも、痛みは感じるだろう。拾い喰いには注意したまえよ」

 

 転瞬、猟犬がゲオルクに飛び掛かる。だが、その位置は彼が立つ位置の真逆。一見、意味のない行動に見えるだろうそれ。しかし、"猟犬は確かにゲオルクへと飛び掛かっていたのだ。"

 空を切る牙。猟犬は虚空を認め、一歩も動いていないゲオルクを睨み付けた。

 

 「君には知性がある。理性がある。理解出来ないかい?どうして、君の正面で喋っていたはずの僕が背後にいるのか。知性がある分、悔しさもひとしおかな……」

 

 ゲオルクが得意とする位相操作はなにも、人や物を別の地点へと転移させたり、空間を歪めて結界を形成するだけしか出来ない訳ではない。彼ほどの手腕を以てすれば、それはあらゆる術への応用が可能である。それを後押しする絶霧の存在もある。

 ロスヴァイセが素通りされた物と原理は同じである。位相を操るということは、その地点と別の地点を切り貼りすることも出来る。

 Aという地点に存在する本体に幻影を被せる。例えるのならば、本人が精巧な自分のマスクを被るようなものだ。このマスクを被った幻影のみの状態をA´とする。このA´をBという地点と置き換える。A´が立つ地点という情報をBという位置の情報位相と幻影ごと置換する。これによって、相手はAにあるはずの本体をBにあると、A´が本体だと誤認する。AにはBにある物、虚空があると認識する。

 ロスヴァイセはゲオルクの幻影を被せられた時点で、猟犬の視界には存在しなかった。猟犬と交戦を開始する前に、ゲオルクが彼女に悟られぬように付けたマーカーによって位相操作は容易に行われた。猟犬が踵を返したのは、背後の遥か彼方に彼女の存在を感知したからだ。ロスヴァイセの幻影は清浄さを本体と同じように発生し、見事に猟犬の目を欺いた。彼女自身の清浄も猟犬に掛けた幻術で薄め、その嗅覚を誤魔化した。

 そして、今、猟犬が虚空を噛んだのも同じこと。ゲオルクの幻影を置換した地点へと突っ込んだだけのことだった。

 これこそが、当代最高峰と呼ばれる魔術師たちの中でも、郡を抜いて相手を翻弄することに長けた幻術使いの本領。トリックスターと名高い悪神ロキと魔術のみで張り合えるだけの力を得た超越者の領域、その一端。

 

 「さて、ではそろそろ終わりにしようか。戦いは余り得意じゃなくてね。それに、君を見ていて余りいい気分はしないから……」

 

 杖を掲げると空間が歪み、文字群で編まれた鎖が猟犬を縛り上げた。猟犬が現出する前に空間へと刻み込まれた、旧き神々の言葉。その文字が効力を放ち、惑う獲物の腐った血肉を貫いて離さない。

 がんじがらめにされた猟犬を前に、ゲオルクは工房より一振りの聖剣を召喚する。これまでと同じ工程を踏んで呼び出される剣。しかし、その剣は明らかにそれまでのモノとは格が違った。

 

 「少し本気を出そう。疾く、巣へと帰りたまえ、君は招かれざる客なのだよ……」

 

 深い、深い、それはいと深き碧、もしくは碧翠。

 珊瑚の海のようにも見えるその刀身の光は言葉で正確に言い表すことは難しく、ここではない何処(いずこ)かへの道を照らす導にも見えるが、ある者は──番外の悪魔、こと魔術という面に於いて追随を許さぬ霧の魔術師の師、メフィストフェレスはその光をこう評した。

 

 まるで、月明かり──青ざめた月光のようだ、と。

 

 ロスヴァイセは声を挙げて気を失った。文字群以上に、その光が齎すモノは多すぎる。そして、膨大すぎる。

 

 「あぁ、我が王よ。彼方にて闘い続ける我が主よ、この月光を御照覧あれ……」

 

 その大剣に銘は無い。彼がそれを担ってより、付けようと思ったことすら無い。あらゆる全てが超越された鍵にして、灯火。そこに新たな意味を持たせることを若き日のゲオルク・ファウストは善しとしなかった。

 深淵が啓かれる。光波が迸り、世界は薫りに満たされる。雨と、霧と、穏やかな月。

 

 しかして、剣は振るわれる。放たれた。啓かれた。

 

 光が消え去ったのは、どれほど経ってからか。それを正確に感じた者は一人としていない。

 振るわれた後の界は静謐なものだった。佇む男の手には杖が一つ。永劫に広がる界に立つのは彼のみだった。倒れるロスヴァイセの頭を膝に乗せ、ゲオルクは工房から召喚した魔術書を読み始めた。

 

 おぞましき猟犬は、痕跡すら見当たらず、滅んだのか、退いたのか。誰もそれを知らない。

 少なくとも、もうこの世界には、あの穢れは存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 蜃気楼より~ばかりじゃバランス悪いので、こっちも更新。
 プロットを砕かれた傷は深かった……。

 蜃気楼より~との温度差というか、毛色の違いに戸惑いつつも何とか完成いたしました。

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