筆者の無思慮無軌道な文によりご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。
また、ご意見ございましたら都度ご連絡をお願いします。
冒険者・一
「……以上が本日の調査結果となります」
玉座の間にて膝を折る赤毛の少年。周辺に放った配下からの報告を王に伝えるのが最近の仕事だ。
「ご苦労。下がってよい」
「はっ!」
ギルの言葉に少年は短い返答と共に一瞬で姿を消した。実に隠密に相応しい歩法にギルも感心する。
そも、彼も守護者の一人なのだ。実質、捨て駒のような一階層ではあるが守護者ともなればその力は並みの忍共とは一線を画す。
「しかしだいぶ詳細も掴めてきたな。そろそろ現地調査に赴くべきか」
ここ数日間の徹底的な諜報により王国、帝国はほぼ丸裸となった。先ほどの報告もエ・ランテルの今日の出来事とアダマンタイト級冒険者たちの動向といった簡素な、悪く言えばどうでもいい報告だった。
情報の重要性を理解しているからこそギルはそのような報告にも思考を走らせていたのだが、そろそろ聞くべき案件も無くなったと判断を下した。
「シドゥリ、俺はこれより王国へと出向く。以前に伝えておいたメンバーを招集せよ」
「かしこまりました」
傍に立つ司祭長の女性は恭しく礼をしメッセージの魔法を発動させた。
数分ののちにギルへと向き直ったシドゥリは再び礼をする。
「調査部隊各員への通達を終えました、数分で集まると思われます」
その言葉にギルは頷きで返しメンバーの到着を待つ。
その間に思案するのは今後の動向。
主に王都の『価値』をこの目で見定めるのが目的ではあるが、その際に国の指導者どもの『価値』、国の守護者である冒険者どもの『価値』においても測るつもりだ。
果たして、彼らを“死の支配者”から救う価値があるのかどうか。その魂の輝きは如何程なのか。
そも、この世界を支配するだけならば可能であると結論付けている。少なからず激戦、苦戦することもあろうがウルクの全戦力を投入すれば支配できなくとも滅ぼすことは容易い。
その過程において障害となるのは、あのナザリック陣営、次点で番外席次と呼ばれる未知、ツアーという竜王くらいなものだろう。
東の諸国についての情報は未だないが、これらを超える脅威があるとすれば浮遊都市にいるとされる存在たちか。
まあ、いざとなれば“獣”を解き放てば誰も勝つことなど出来ないだろう。その場合は世界そのものが死ぬが。
ともあれ
この偽物の英雄王が求めるのは、いと美しき魂の輝き。
絶望の淵にあっても諦めぬ、圧倒的脅威を前に決して折れぬ魂。例えば“人理を燃やされても尚、諦めなかった人々”のような。
彼、ギルはそういった『人間の本質的な価値』をこそ求めていた。それは奇しくも
思考を進めていると玉座の間に複数のゲートが開いた。
中からは数人の守護者たちが現れる。
「主命に従い推参したしました、マスター」
先ずは武者装備を纏った白髪の女傑、巴御前。
「おや、私が一番乗りかと思ったんですがね」
遅れて赤い礼装を纏った神父、天草四郎時貞が現れた。
その後からは黄金の鎧を纏った太陽の戦士・カルナが続いた。
皆、一様に王の御前にて膝を折る。
「集まったか。各員、先日の通達により知っていようが王国、帝国ともに現地調査として支配者階級の派遣を考えている。
先ほど定期報告を聞いた俺は最早、情報収集は十分と判断し本日より現地調査を開始することにした」
調査対象は二国。どちらも俺が出向かなければ意味がないのだが、色々とイベントが待ち構えている王国の方を先に見ておいた方がいいと考え今回の調査に踏み切った。
発展を続ける帝国よりも既に国として限界を迎えつつある王国の方が今は重要だ。見定める前に滅んでしまっては意味がない。
そのような怠惰を見せればかの暗殺者に首を飛ばされてしまいかねない。
「先ずは王国の調査を行う。貴様らは俺と共に王国へと出向き冒険者として潜入するのだ」
仔細はすでに聞き及んでいる守護者たちは特に反論もなく平伏を続ける。
ふと、俺の側に一つの影が落ちた。
「遅ればせながら推参いたしてございますお館様」
膝をつく姿で現れたのは隠密の一人にして第一階層の守護者の一人・望月千代女だ。
服装は任務時の西川衣装だが、おそらくは諜報活動からの帰還に際して急いで駆けつけたのだろう。
「連日の働きご苦労であった、此度の招集の理由は分かっているな?」
「はっ! 卑しき我が身に余る光栄にございますが、お館様と共に王国にて調査を行う、今回はその件かと」
「その通りだ。今後の働きにも期待しているぞ。……それと、王に仕える身でありながら『卑しい』などと自身を卑下するな。それはつまり貴様を従える俺の名に泥を塗るに等しいと知れ」
「はっ! 申し訳ございません!」
徹底して従者の態度を崩さぬ彼女だが、今は俯いた状態でも分かるくらい頬が赤らんでいる。
やはり隠密は良い文明、はっきりわかんだね。
「では貴様ら、出陣だ!」
四人の従者を従え、ギルはウルクを出立した。転移後、初めてとなる外出に少しばかり気分を高揚させながらも今後の動きを冷静に思案し続けて。
「ーー
天草の詠唱により集団で群れていたアンデッド共は纏めて天へと召されていった。
霧の立ち込める中、昇天の光の中で祈りを捧げる彼は少しだけ神父っぽいな、と思いながらギルは歩みを止めた。応じて従者もその場に停止する。
この地に現れるアンデッド程度ではこの場の誰にも傷をつけることなどできないと分かってはいるがそれでも不測の事態に備えて全員が王を守護する配置についていた。
「ここらで良かろう」
呟き一つ、ギルを一瞬、光が包み込みすぐに霧散する。
そこには普段の装いや黄金鎧姿とも少し異なる衣装に身を包んだギルの姿があった。
逆立った黄金の髪は前髪の一部のみ前に垂れ、戦闘時の黄金鎧は下半身と肩を覆う物を残して外され至高の腹筋が露わに。
そして背中には黄金の双剣が携えられていた。
「良し! では行くぞ、貴様ら」
いつもよりもテンション高めな声音のギルに従者たちは一瞬、動揺するも些細なこととしてすぐに移動を再開した。
リ・エスティーゼ王国国王直轄領エ・ランテル。
三重の城壁に囲まれた王国の重要拠点の一つ。帝国と王国を分ける境界に立つ関係上そのように定義されてはいるものの兵士の練度は並み以下であり暮らす民たちも何ら危機感を持っていない平凡な都市だ。
そこから少し外れた郊外、森に隣接した街道にて一つの冒険者パーティーが奮戦していた。
「でりゃぁ!」
長剣を振るい小鬼の肢体を両断する青年。短い金髪にバランスの良い装備を纏う彼こそこのパーティーのリーダー。
その後ろから的確に小鬼の額を撃ち抜くのは同じく金髪の青年。比較的軽装の彼が構える弓と腰の短剣が、彼が索敵、狙撃に優れたレンジャーであることを物語っている。
更に後方にはローブに身を包んだ短い茶髪の
その側で控える巨漢は見た目に似合わずパーティーの回復役の僧侶であったりする。
以上、バランスの取れた彼ら四人のパーティーの名は『漆黒の剣』。かつて世界を救った英雄の一人が使った剣に因んだ名を持つ冒険者パーティーだ。
彼らが行なっているのはモンスター退治。ギルドから恒常的に提示されている街道のお掃除。
彼らはこのフリークエストのような仕事で日頃の生活費を稼ぐ。いずれはもっと上のランクの冒険者を目指して日々を冒険に費やす、よく言えば今を輝く若者、悪く言えばありふれた駆け出し冒険者たちだ。
堅実かつ抜群のコンビネーションで次々に小鬼を屠り、遂にはオーガをも殲滅した彼らはその最後の一撃をリーダーが決めたことにより小休止に入った。
「ふぅ、今日はここまでかな」
木陰にて身体を休ませるリーダー・ペテル。その傍らには弓を片手に同じく一息つくレンジャー・ルクルット。いつもの軽薄そうな雰囲気はまだ保てているが些か息を切らしている。
そんな彼らに治療の魔法をかけながら僧侶ダインが労いの言葉をかける。
「うむ、今日も十分な成果である」
言って目を向けるのは、地に伏したモンスターから身体の一部を切り取って回る
「そうですね、これだけあれば当分は生活できますよ」
視線に気づいたニニャも朗らかに微笑みながら語る。
有り体にありふれた、中堅冒険者から小慣れた冒険者たちの中においてごくごくありふれた光景だ。
日々の糧にモンスターを狩ることこそ彼らの使命であり義務であり、そしてその中でも上を目指して精進するのが正しい冒険者のあり方である。
「しっかし、こうも同じことの繰り返しだと流石に飽きてこねぇか?」
だが、彼らもまだ若い。故に単純作業になりつつある今のモンスター狩りに飽きが出てくるのもまた仕方ないことである。
「だからと言って、今の俺たちではここらが関の山、無理したところで死ぬだけだぞ」
それを諌めるのもリーダーの務め。冒険者と名が付いてはいるが本当に冒険気分で仕事に臨めばそこにはあっけない死が待ち構えている。
「わかってるよ、今はこいつらで腕を上げる必要があるくらい」
それはこの場の誰もが理解していること。最も、殆どの冒険者はシビアに自分に適した仕事を選んでいる。それはランク分けがなされていて尚、その中でも今の自分たちの力量に適した仕事というものが存在するからだ。
彼らの狩るモンスターたちにも指標として難度と呼ばれるものが定められているものの、あくまで生き物であるモンスターたちの中には当然、個体差というものが存在する。多くのモンスターにとって難度とは大雑把な平均値に過ぎない。
±で激しく振れ幅のあるモンスターたちだからこそ、多く見積もった難度を軽く超えれる実力を持たないと思わぬところで死ぬ可能性がある。
例えば一般兵士がゴブリンに殺されることだって有り得ない話ではない。これがシルバーランクの冒険者となれば話は違うが、そこまでの差があって初めて安定した狩りができると考えた方が良い。
何事も安全が第一というのが人間の本質的な思考回路である。
「ふむ、ルクルットの意見。頭ごなしには否定しがたいのであるな」
その考えにまったを掛けたのは意外にも堅実な方針を好むダインだった。
「ダイン?」
「いや、確かに安全であることが当然ではあるが、そろそろ、もう少し上を目指しても良いのでは?」
その言葉にペテルも口ごもる。
他ならぬダインが語っているのもあるが、ペテル自身もこの領域はそろそろ卒業すべきだと考えていたのだ。
「……そうだな、ならこの前見つけた依頼にちょうどいいのがあった」
「お、なんだよ初耳だぞ」
機敏に反応したのはやはりルクルット。役割柄、反応速度に関して言えば妥当ではあるが出来るなら戦闘中だけにしてほしい、と思いつつも観念したようにペテルは語る。
「実はだなーー」
その瞬間、森の中からおぞましい叫び声が聞こえてきた。
身体全体、魂そのものを震わせるような怖気に満ちた声。或いは生者に特別作用するような、そんな声。
一瞬で理解する、この声の主人は到底、自分たちでは敵わない存在なのだろうと。
理解はしているが、それでも、身体は動かなかった。
「くそっ!どうして、震えが止まらねぇ!」
声とは裏腹に小刻みに震える両足は後退の一歩を踏み出せない。
そうこうしているうちに、ヤツは来た。
「ウゥゥ……」
「あ……」
それは死の体現だった。
かつては屈強を誇ったであろう肉体は瘦せ細りその皮を骨に貼りつけただけに変わり果てた。栄光に輝いていたであろう見事な鎧からは負のオーラが立ち上り、戦場の誉れであった剣は血と脂で見るも無惨に錆びついている。
ただ、それでも、自分たちを屠るには数秒とて必要としない。そう直感できるほどにかのアンデッドは強大だった。
「デス、ナイト……」
絞り出すようにニニャが呟く。
意図せず発したその言葉はかのアンデッドの特徴を指したものだった。己らに死をもたらす騎士、そんなのは誰もが気づいていた。重要なのはどうやってこいつから逃げ切るかだ。
だが、所詮は銀の冒険者。駆け出しをようやく抜けそうな領域の自分たちでは背を向けた瞬間に人生が終わる。
ならどうする?考えれば考えるほどに逃げ道が見当たらなくなる。
やがて、死の騎士は最初の犠牲者を選んだ。
「ひっ!?」
その怨念に満ち満ちた双眸に見据えられただけでニニャは何も考えられなくなった。
思考が恐怖で満たされていく。
自身が目指した目標を遂げることなく無残な屍を晒す顚末が容易に思い浮かぶ。
デスナイトにとって、彼らは等しく弱者だった。ただ、一番殺しやすそうな対象に魔法詠唱者であるニニャを選んだだけだった。
一歩でも動けば首を飛ばしかねない状況に、さらなる悪夢が現れる。
「グ、ウゥ」
森から新たに現れたのは二体目のデスナイト。本来であれば一体生まれることすら稀であるアンデッドがさらにもう一体。
「二匹目だと?」
いよいよ万事休すという言葉が脳裏をチラつく。
そんな中でも希望を見出すのが冒険者が冒険者たる所以。
一瞬で一人を除くパーティー全員の覚悟が決まった。
「ダイン、ルクルット。頼めるか?」
「当たり前だ」
「当然である。……ニニャ、我らが殿となる。その隙に街に戻り知らせるのだ」
短い問いに彼らは即座に肯定を示す。奇しくもこれまでの経験と信頼、絆が成し得た奇跡だ。
「ダイン!?」
当然、ニニャは抗議を示す。
「これはリーダー命令だ。……みんなを、救ってやってくれ」
「ですが!」
「ニニャ」
短い言葉、しかしそこには強く硬い拒絶があった。
ようやく彼らの『覚悟』を感じたニニャは目尻に涙を浮かべながら述べる。
「みんなは……エ・ランテルのみんなは僕に、任せてください」
己の力量、力の無さを純粋に悔やむ。いや、怒りすら感じていたニニャだったが、仲間たちは一様に愛おしげな眼差しを向ける。
「うむ、なら安心であるな」
「ああ、俺らも安心して任せられる」
「……生きろよ、ニニャ」
「っ……」
リーダーの言葉を最後に、ニニャは一気に駆け出した。全力全開で、止まればきっと戻ってしまうから。彼らと共にいたいと、強く願ってしまうから。
それに呼応するように二体の『絶対者』が動く。だが、本来の動きよりも遥かに遅い速度で。
……彼らの性格柄、弱者をいたぶるべく手加減しているのは言うまでもない。そうして存分に痛めつけたあとにその首を刎ねる、これまでずっとそうしてきたのだ。
「させる、かぁぁぁ!!」
「うぉぉぉ!!」
「オォォォォ!!」
応じて『死者の玩具たち』も動き出す。全てを出し切って、それでも到底届かない存在に果敢に立ち向かう。全ては大切な仲間を守るために。
両者接触する、その瞬間。場違いなほどに陽気な声が天空より降り注ぐ。
「見事だ雑種ども!」
一瞬、その場の誰もが声の方へと気を取られた。
ペテルたちはもちろん、デスナイトすらこの異様な乱入者に注意を向けた。
まあ、注意を向けたところで敵う道理は存在しないわけだが。
「ふん!」
声と共にいつの間にか両者の間に男が降り立っていた。黄金の鎧を纏いその手には同じく黄金の双剣を携えながら。
よく見れば男の前にいたデスナイトが
「は……?」
思わずペテルは気の抜けた声を漏らす。
その間に黄金の男は別れたデスナイトの身体を蹴り飛ばしながらもう一体のデスナイトへと黄金の軌跡を走らせる。
「グッ!?」
「ほう、防ぐか。些か手加減が過ぎたか?」
手加減。一国を滅ぼすと言われるモンスターを前に手加減などと宣うこの男は何者だ?
答えを見つけるよりも早く男はデスナイトを
「所詮はザコか、試し斬りにもならんな」
つまらなそうに嘯く男の傍らには二体のデスナイトが綺麗に身体を両断されて横たわる。
一瞬だった。自分たちが死を覚悟した存在を彼は一瞬のうちに殲滅した。呆気ないまでに自分たちの覚悟が無為となった状況に誰もが思考を停止させていた。
「フハハハ! やはりこのスタイルが一番しっくりくる。双剣こそ至高」
呑気に一人で盛り上がる男の側には、やはりデスナイトの死骸が転がる。見間違いかと思って二度見、三度見してしまったがやはりある。
「……ん? どうした貴様ら。脅威は去ったぞ、疾く己が仕事に戻るが良い。それとも、至高の我が玉体に見惚れたか?」
得意げに笑む男は彼らが呆けてしまっていることに気づいていない。
「ふ、AUOジョークだ! 笑うが良い! フハハハハ!!」
高笑いする男を見ているとあまりにも先ほどまでの自分たちがバカバカしく思えてきてしまう。
これがAUOと
プロトギル参上。