何気ない日常、その中で突然訪れた絶対的な死の脅威はあっさりと、退けられた。
黄金の戦士。
輝く金色の鎧を纏った快活で少し傲慢気な青年は自身の髪色と同色の双剣を操り一息のうちにあのアンデッドを仕留めてしまった。
呆気にとられる私たちをよそに彼はアンデッドの死体を見ながらブツブツと何やら呟いたり突然大声で笑い出したりしていた。
そしてしばらくすると彼の仲間と思しき数名が現れた。
一人は見慣れない鎧を纏った綺麗な銀髪の女性。
一人は服装からして聖職者に見えるがその配色が赤というのが奇抜な青年。
そして、最後に現れた黄金の槍を持った痩せ気味の青年。
彼らは黄金の青年と数回言葉を交わしてからいそいそとアンデッドの死骸を運び始めた。
ただ、なぜか一体だけ運んでおりもう一体はどうするのかと辺りを見回してみると。
「あれ?」
さっきまでそこにあったはずの横に斬り裂かれたアンデッドの死骸が忽然と姿を消していた。
そのことに戸惑っていると、彼らは既に街の方へと移動を開始していた。
慌てて声をかける。
「待ってください!」
「ん?」
こちらに振り返った彼の顔を見て、少し胸がドキドキしてしまったが先ずは先ほどの礼をしなければならない。
「あの、助けてくださり本当にありがとうございました!」
「わ、私からも礼を言わせてください!」
私に遅れてペテルも我に返ったらしく同じく頭を下げる。後にはダインもルクルットすら深く礼をしていた。
その光景に黄金の青年は軽く微笑んで返す。
「なに、礼には及ばん。よもやこのような場所で危機に見舞われるとは思わなかったが、貴様らを
こいつを手土産にギルドに戻れるしな、とアンデッドの半身を持ち上げながら笑う彼。
「あの、せめてお名前だけでも……」
「名前? ふむ、そうだな。ここで名乗っておくのも一興か。よかろう! 心して我が名を拝聴するが良い!」
大仰な身振りで高らかに叫ぶ。
「最古にして最強の英雄、世界の全てを手に入れた黄金の王である我こそはギルーー」
しかしその口を慌てて塞ぐのは銀髪の女性だった。それでもモガモガと何か言っていたが、やがて女性が耳打ちをすると途端に静かになり頷きを返した。
「……俺の名はギル。辺鄙な片田舎から冒険者に憧れて出てきた農民だ」
絶対に嘘だ。本人も不本意そうに口を尖らせながら棒読みである。
傍では先ほどの女性が額に手を当ててため息を吐いている。
だが、何かしら理由があって名乗れないのであろうことは先のやり取りを見ていれば察することができた。みんなも気づいているのか口に出す者はいなかった。
「パーティー名は……“黄金”だ」
これも今考えたのが丸わかりだったが口にはしない。なにか、そう何か理由があって語らないのだろう。もしかしたら他国の著名な冒険者かもしれないし。
さすがにこれ以上、ギルさん(仮)に喋らせることに危険を感じたのか銀髪の女性が前に出てきた。
「私の名はトモエ。このパーティーでは副官を務めさせていただいております」
胸に手を添え優雅に礼をする姿は仕える場がそれ相応に高貴なものであることを語っていた。
おそらくはギルさんの部下なのだろう。
「こちらの胡散臭そうな僧侶がシロウ。パーティーの回復役ですが多少戦闘の心得もあります」
「シロウと申します。以後お見知り置きを」
紹介されたシロウという聖職者はニコニコとしながら挨拶するが、確かに、なんとなく胡散臭い。
「こちらの槍兵はカルナ。こう見えてパーティーで二番目の実力者です」
「カルナだ。よろしく頼む」
無表情ながらもその佇まいはどこか高潔さを感じさせ、その瞳の奥には優しい炎を幻視する。
確かに瘦せ型の体型からあまり戦闘向きには見えないが。
「ふむ、此奴らならばチヨメも紹介して問題なかろう」
ふと、先ほどまで仏頂面で黙っていてギルさんが口を開いた。途端ーー
「お呼びでしょうか、お館様」
突然、その傍にローブを纏った少女が現れた。
「うむ、此奴らに我がパーティーを紹介していたのだ、お前も挨拶をしておけ」
「はっ!」
短く返答しこちらに向き直った彼女。
「拙者はチヨメと申す、お館様に仕え“ぱーてぃー”では偵察を主に担当しているでござる」
手短に挨拶しそのまま「では御免」と、現れた時のように突然姿を消してしまった。
もしや、あれは『蒼の薔薇』のメンバーと同じ“ニンジャ”と呼ばれる存在なのではなかろうか。
「以上五名、未だ成り立ての新参者ではありますがよろしくお願いしますね」
「え、は、はい!」
成り立て? 冗談にもほどがある。あのような強大なアンデッドを簡単に倒せてしまうパーティーが成り立てのはずが無い。
たぶん、これも訳あっての偽りなのだろうが。些か、雑な気がしないでもない。
「そろそろ街に帰還するぞ」
そこに痺れを切らしたようにため息をつきながらギルさんが告げた。
「はっ! ……あ、いや、わかりましたギルさん」
先ほどの少女のようにキビキビと従者の態度を取ってから改めて言い直すトモエさんに、今度はギルさんが冷たい視線を送っていた。
なんというか、ここまで大根役者な人たちも珍しい。
そんな中でもニコニコとマイペース気味な僧侶の青年も中々に侮りがたいと私は思った。
エ・ランテルのギルドに帰還し件のアンデッドを提出したギルさん達だったが案の定、ちょっとした騒ぎになった。
誰も見たことがないアンデッドであるらしくその正体、力、他諸々を探るべく魔術師組合、街の神官等を招いての調査となった。
とりあえず高位のアンデッドを討伐したということで報奨を渡されたが詳細は後日に回されることになった。
これについてギルさんも「思ったより大事になったな」と心配そうな顔つきでつぶやいていた。
とりあえず今日のところは宿に戻るとのことで、私たちと同じ宿に泊まっていたこともあり、一緒に食事でもと誘われた。
現在は宿の食堂にて食事を共にしている。
「それでぇ、トモエさんは現在お付き合いされてる方はいるので?」
すっかりいつもの調子を取り戻したルクルットがさっそくトモエさんを口説いている。
「ルクルット、お前な……」
「いえ、構いませんよ。でもごめんなさい、私には既に愛したお方がおりますので」
諌めるペテルを手で制し、慣れた様子で答えるトモエさん。
ルクルットは「やっぱりかー、そんな気はしてたんだよなぁ!」と悔しそうに喚いていたが、彼女の慣れた様子からやはり良くルクルットのような手合いに声を掛けられるのだろう。だからこそパーティーに異性を加えているのだと思う。それほどまで愛し愛された関係には少し羨ましく思えなくもない。
「これだけ美人なら、そうですよね……」
少しだけ、今は捨てたはずの女の部分が黒い感情を抱いた気がした。
当たり前のような嫉妬、私も“女”として生きていればもう少し見栄え良くできたのだろうか。
ふと、思い浮かんだ考えを急いで振り払う。
いけない、私は、私にはそんなことよりも大切な目的があるのだから。
見栄えなんか気にしてる暇はないんだ。
周りに目を向ければ、ルクルットは言わずもがな。ダインはシロウという青年と、ペテルはカルナという青年に熱心に話を聞いていた。
必然、目の前に座るギルさんに目が行くわけで。
「っ!」
偶然にもバッチリと目が合ってしまった私は、また、ドキリと胸を高鳴らせてしまった。
昼間にも一度あったが、彼を見るとなんだか胸のあたりが熱くなって心臓の鼓動が早く、大きく聞こえてくる。頭も霧がかかったように上手く回らなくなって何を話せばいいのかも分からなくなる。
緊張、してるのかな? でも、なぜか嫌だとはカケラも感じない。寧ろ彼といると居心地がいいというか温かい気持ちになるというか。
「ニニャよ、少し、外に出ないか?」
「え?」
不意に彼の方から声をかけられ、慌てて首肯してしまう。
「よし、では行くか」
そのまま彼に連れられ外に出る。出際に彼はトモエさんと二言三言交わしていたが多分、明日の予定とかだろう。
しばらく歩く彼の後をついていくと、中心の広場まで来ていた。昼間は露店が立ち並び活気に満ちた場所だが夜も更けるとガラリと人気を無くし静かな場所となる。
そこの椅子の一つに共に腰掛けながら、やがてギルさんは口を開いた。
「そう緊張せずとも良い。俺は冒険者でお前も冒険者。謂わば同僚のようなものだ気楽に接して構わん」
優しく笑みながら語る彼に、またもドキリとしつつもなるだけ平静を装って返す。
「でも、ギルさんは私たちよりも遥かに強いです。やっぱり最低限の礼儀は弁えないと」
私たちは未だ弱者だ。銀級にはなったけどまだまだギルさんたちのような領域には程遠い。
「はっ、肉体面の強さなど所詮は上辺だけのものだ。特別誇ることではなかろうよ、特に俺に関していえばな」
「え、それはどういう?」
「なに、瑣末なことだ気にするな。それよりも俺はお前たちの『心の強さ』の方がよっぽど尊いものであると考えるぞ」
心の強さ?
「ああ、あのアンデッドを前にして、それでも抗うことを諦めなかった。怖かっただろう、死も覚悟しただろう。それでも、前に進むことを諦めなかったのはお前たちだ」
「……」
「あの場において己がすべきことを的確に把握し、僅かでも希望があるのならば決して見失わない。そんなお前たちの高潔さこそが俺の求める強さだ。
だから、今は力が足りなくとも、お前は必ず、目的を果たすことができるだろう」
「っ! 知って、いるのですか?」
「さてな、だが、何か大きな目標を持っていてそのために
「私が、男装しているのも気付いて……?」
まさか、今日会ったばかりの彼に見破られるとは思わなかった。これまでだって誰一人として気づかれたことはなかったのに。
「安心しろ、告げ口などという無粋な真似をするつもりはない。ただ、俺はお前を
強く、そして優しい瞳でそう語る彼。未だよく知らない人間であるのに、不思議と彼には全てを預けてしまえる気がする。
昼間の件からも彼が嘘をつけないタチなのは分かっている。きっと、彼はその言葉通りにしてくれるのだろう。
でもーー
「……ありがとうございます、ギルさん。でも、これは私個人の勝手な目的。もちろんパーティーのみんなに迷惑を掛けるつもりもありません。だから、貴方にも、迷惑をかけたくない」
よく知らない私に対しても素直な優しさを持って接してくれる貴方だからこそ。
それに、頼ってしまったらきっと、そのまま頼りきりになってしまうと思うから。
そう告げると、彼は一瞬、悲しそうな顔をした気がしたがいつの間にか出会った当初の快活な笑みを浮かべていた。
「そうだな、これ以上は余計なお節介というものだ。見事だニニャ、お前のその志は王国戦士長などよりもよっぽど価値がある」
「そ、そんな! さすがにお世辞が過ぎますよ!」
「ハハハ! 俺がお世辞など使う輩に見えるか?」
「それは……」
その言葉はずるい。貴方のように、
「いや、すまんな。どうにも勘が良すぎると仲間に言われる故に、出すぎた真似をしてしまった。許せとは言わぬが謝罪は受け取ってくれ」
「そんな、謝罪なんて! 私の方こそせっかくおっしゃっていただいたのに」
今日会ったばかりだというのにおかしな会話だ。私自身、こんなにも初対面の相手と話せる事に驚いている。
でも、彼ならば大丈夫だと根拠もない信頼を抱いてしまうことも事実だ。
きっと、こういう存在を人は『英雄』と呼ぶのだろう。
「ではそろそろ戻るか、あまり長く空けては仲間も心配しよう」
「……はい!」
宿に戻ればちょうどお開きにするところだったらしくそのまま私たちは割り当てられた部屋へと別れていった。また朝会えるとはいえ、少しだけ寂しい気持ちになる自分が不思議だった。
部屋に入る時にルクルットがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「チャンスはそう何度もあるわけじゃない。モノにしといた方がいいぜ」
「はぇ!? る、ルクルット! 何を!」
それだけ言うと彼はさっさと自分の部屋へと帰っていった。
ギルさんのことを考えている時に咄嗟に話しかけるものだから慌ててしまったがよく考えれば単に英雄級のギルさんから何かを学べという助言だったように思う。
その日の夜はなかなか寝付けなく、ずっとギルさんのことを考えてしまっていた。
「ギルさん……」
もうダメだ、と仲間の命を諦めていたところに颯爽と現れて助けてくれた彼。黄金の鎧と双剣を持ち力強い瞳とそれに似合う強さを持っている。おまけに優しい。
「そんなの、反則ですよ……」
そんなかっこいい姿を見せられてその上、優しくされたら誰だって落ちてしまう。
きっと、私は“そういう想い”を抱いてしまっているのだと思う。
「ギル、さん……」
だから今日は横に寝るリーダーを起こさないように、そっと、慎重に自分を慰めてしまったのも仕方ないことだと思う。
ただ、久方ぶりだったために予想以上に感じてしまい慌てて乾燥魔法を連発した時は流石に焦ってしまった。
とりあえず、宿屋の人には心の中で謝っておいた。
ニニャ回。俺はニニャが大好きだ!!
ちなみに死の騎士さんの件で少し構成を変えたために今後のお話もゆったり進んでいくと思われます。
それに伴いまして短編から連載に切り替えたいと思います。
改めて構成見て「あ、これ無理だ」と思った次第です。
とてもじゃないけどあと数話で完結とか無理でした。ごめんなさい。