「これが屋形船……中は案外広いのね」
六人のうち、真っ先に船の内部へ足を踏み入れたこころが、そう呟く。
なんの準備もなく思い付きで乗り込んだため、普通に利用するなら用意されるだろう食事や遊具はない。その分すこしがらんどうな印象が先行するが、船自体の造りはとても立派なものであった。
「ほんとだ! これだけ広いと楽器とかも置けちゃいそうだね!」
「楽器が置けるなら、もちろんライブもできるわよね!」
「うーん、カラオケセットなんかも置いてるし、やろうと思えばできちゃうかも……?」
まだ軽く船内を見回しただけだというのに、こころたちの中ではもう既にライブの構想が湧いてきているらしい。こっちから登場しよう、あそこに楽器を置こう、などなど。そこらを駆け回りながら、二人ははしゃぐ。
「あたしがそっちに向かってジャンプして……」
「そしたらはぐみが、こっちからドーン! だね!」
「わぁ! 待って待って! 危ないから! コウくん、花音さん、はぐみの方お願いします!」
「は、はい! はぐみさん、そっちは窓なので危ないですー!」
わちゃもちゃわちゃもちゃ、と。今にも何か仕出かしかねない二人を、美咲たちはどうにかこうにか落ち着かせる。
「まったく……二人とも? あたしたちは一体、ここに何しに来たんでしょーか? ……これ、さっきも言った気がするなぁ」
「何って……」
「なんだっけ?」
そしてその返事も、少し前とまさしく同じものであった。
「なんだっけ? じゃないでしょ。ほら、もっとよく思い出して」
「えっと、えーと……あっ! そうだ、俳句!」
「ああ! そういえばそうだったわね! すっかり忘れてたわ!」
「はい、よくできました。……このペースだとあたし、今日のうちにもう二回ぐらい言わなきゃいけない気がするんだけど……や、考えるのは止そう」
嫌な予感に震える美咲の横で、目的を思いだした二人はさっそく俳句作りに取り掛かる。
今日のお祭りに来てから、楽しいと思えることは山ほどあった。ならば、あとはそれらを言葉にまとめるだけ。
などと気楽に考えていたはぐみたちだったが、現実にはそううまくはいかなかった。
「……あれれ? なんか難しいかも」
「そうね、うまく言葉が出てこないわ」
内容が思いつかない、というわけではない。俳句に盛り込みたい出来事はたくさん思いつくのだが、それを短くまとめることに、彼女たちは手間取っているようだった。
「あー、花音さん、何かコツとかあります?」
「コツかぁ……。えっと、景色を見ながらお互いに感想を言い合ってみるのはどうかな?」
「なるほど。そこから話を膨らませて、ふさわしい言葉を引き出すというわけだね」
「とってもいい作戦ね! さっそくやってみるわ! はぐみ、風が気持ちいいわね!」
「うん、それに川もキラキラしててすごくきれい!」
花音のアドバイスに従って一同は、おのおの、くちぐち、思うまま、好きなように感想を投げあった。
途中、怪盗ハロハッピーの話になったり、遠くに見えた『CiRCLE』の話になったり。
何の変哲もないただのおしゃべりが、この六人ですれば、素晴らしく楽しいものに思えて。
「……『暑き日に 風と語らう 友の声』。一句読むなら、こんな感じかな?」
いつの間にか頭の中で出来上がっていた俳句を、花音は静かに詠んだ。
「おおー! かのちゃん先輩、カッコイイ!」
「本当ね! あたしたちも素敵な俳句を作りましょう!」
花音の俳句が端緒となって、こころたちのやる気にポッと火が灯る。ほんの少し前に難しいと嘆いていたことが嘘のように、二人はすぐさま俳句を作りだした。
「『ふわ~りふわふわ 浮かぶわたあめ 夏の雲』!」
「いや、最初のとこどうなってんの。字余りってレベルじゃないでしょ」
「『船料理 メインディッシュは コロッケで!』。どうどうっ!? うまくできてる!?」
「あー、うん。さりげなく宣伝入れてくるあたりとか、逆にものすごい才能感じるよ……季語ないけど」
「ホント!? やったー!」
もっとも、それが学校の宿題に起用できるようなものであるかは、また別問題であったが。
「それじゃあ、次は花音の番ね!」
「うん。『楽しげに 弾ける笑顔と ソーダ水』……どうかな?」
「いいじゃないか! 今日の雰囲気をよく表しているよ! なら私は……『儚いな 浴衣姿の この私』」
「『さすがです 晩夏に響く 薫節』……」
「ふふ、『夏詠んだ 詩をバトンに リレーする』……なんて」
「あははっ! 俳句でお話ししてる!」
きっかけさえあれば案外うまくいくもので。ほんの一分もかからずに、それぞれの俳句を詠んでみせた彼女たちはおおむね明るい顔であったが、ただ一人、こころだけは何故か満足のいっていない表情を浮かべていた。
「あれ? どうしたの、こころ?」
「……不思議だわ。今のあたしたちの俳句には、何かが足りない気がするの」
「何か……?」
「ええ。パッとなるような何かが。でも何が足りないのかはわからないの……」
『うーん……』
ひどく抽象的なこころの言葉に一同は考え込むが、彼女の言う『何か』はそれでも謎のまま。
宿題として提出する必要がある以上はひとまず完成でいいのではないか。
釈然としない思いはありながらも花音がそう提案をし、皆が賛成しようとした、その瞬間。
「――あっ」
六人の前方。もうすっかり昏くなった空の向こう側で大きく咲いたそれは、瞬く間に彼女たちの意識を明るく染め上げてしまった。
「みんな見て! 花火が見えるわ!」
「ほんとだ! すっごくきれい!」
「二人とも、あんまり乗り出すと危な――え、待って。今すごいミッシェルっぽい花火なかった?」
「は、はい。僕も見た気がします。……わっ、今度はえっと……なんでしょう? パンみたいな……?」
「見て! あっちはお花でこっちはスマイルマークよ! いろんな形の花火があるのね!」
絶え間なく打ち上げられ続ける花火が、次々に空を彩り、消えてゆく。
そのうち、しばし間隔があいて静けさが戻ってきたかと思うと、今度は今までの比ではないほどの大きな花火が単身、夜空を独り占めした。
「うわっ! 今の花火、すごかったね! ドンって音がお腹に響いて、かのちゃん先輩のドラムみたいだった!」
「花火が……ドラム? それってつまり、花火に合わせて演奏すればお空とセッションができるってことじゃないかしら!」
「……! す、すごい! こころんってば天才!?」
「お空と一緒に演奏はまだしたことがないけれど、みんなが笑顔になること間違いなしね! 今日は楽器がないからできないけれど、今度もし何処かで花火があったら、楽器を持ってみんなで見に行きましょう!」
こころにしか思いつけないだろうその自由な発想に美咲は感嘆する。そして同時に、今からやろうと言い出さなかったことに安堵も。
彼女がそれを理解しているかは定かでないが、実際、こころが鶴の一声を発せば、すぐにでも黒服の人たちが現れてステージを整えただろうことは想像に難くなかったから。
そうこうしているうちに、花火も一つの区切りを過ぎたような。ここまでは形の様々な『楽しい』花火が多かったが、シンプルな形状だがそれゆえに『美しい』花火へと、いつの間にか趣向が移っていた。
「きれい……」
「ほんと、きれいですね……」
「……『キラキラと 胸に瞬く 夏花火』」
「……花音さん?」
「あっ。思いついた俳句、思わず口に出しちゃってた」
まさか無意識のうちに俳句を詠んでしまうとは思わず、花音は頬を赤くして、恥ずかしげにはにかむ。
しかし、意図せず口に出たということは、いわばそれは、文字通り心からの俳句ということ。何がどう違うのか、正確に理解は誰もできていなかったが、五人は花音のそれが、今日聞いたどの俳句よりも心に沁みるのを確かに感じた。
「あら、とっても素敵じゃない! ならあたしは……『それぞれの 輝き集う 天の川』ね!」
「はぐみもやる! えっと……夏、なつー。うーん……『空高く 響く花火と 笑い声』。これだっ!」
「では私も。『くらがりに 花とひらくは 笑顔かな』。……うむ、我ながら実に儚い俳句だ。次はコウかな、どうだい? 何か思いついたかい?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね! えーっと……」
薫からバトンを渡されて、幸は狼狽える。
なにぶん俳句を詠む流れになるのが急すぎたため、必死に考えはしたのだが、いまだにこれといったものを思いつけていなかったのだ。
何かないものか、と彼はわたわたと辺りを見回す。そして……。
「『祭り夜を 照らす若芽の 晴れ姿』……」
まるで天啓を得たとでも言わんばかりに、訥々と俳句を口にした。
「おおー、なんかすごく俳句っぽい! ねえねえ、それってどういう意味なの?」
「これは、その……さっき丁度はぐみさんの浴衣と同じ色の花火が上がってて、それがとってもきれいで、思わず詠んでしまったといいますか……」
「はぐみの俳句を作ってくれたの!? ありがとう、すっごく嬉しい! ……でも、ワカメ? はぐみの浴衣、確かに緑系だけど、そんなに濃くないよ?」
「……?」
己の浴衣の袂をつまんで、はぐみは不思議そうに言う。
最初、幸は何を言われているのかわからなかったが、しばらく考えて、彼女が疑問に思っていることを理解すると、慌てて説明を始めた。
「その、ですね……。僕が言ったのは海藻の方のワカメではなく、『若い芽』と書く若芽で、うぐいす色を淡くしたような色のことなんです」
「へえー、そうなんだ。すっごく物知りなんだね! はぐみ、自分の浴衣のことなのに、なんか黄緑っぽいのっていう感覚しかなかったよ」
「そ、そうですか……? えへへ。あっ、ちなみに海藻の方のワカメは春の季語なんですよ」
真っすぐに褒められたことがよほど嬉しかったのか。訊かれてもいないことを説明するその顔は、彼にしては珍しくとても自慢気なものだった。
「なんか詳しいじゃん。コウくんも花音さんみたいに俳句かじってたりしたの?」
「かじってたといいますか……。実は少し前に、お姉ちゃんの宿題のためにお父様が俳句の先生を招いたことがあって。その時に少しだけ同席をさせてもらったんです」
「お、おおぅ。なるほどね……」
「……? どうかしましたか?」
こころのせいで忘れかけるけど、この子の家もたいがいお金持ちなんだよなぁ。
そんなことを今さら再認識した美咲はそこで、他のメンバーの視線がそろって自分へとむけられていることに気づく。
「最後は美咲ね!」
「わくわく♪ わくわく♪」
「いや、そんな期待されても困るんだけど」
突き刺さる期待のまなざし。帽子のかぶっていない今日は、つばやらでそれを遮ることもかなわず、美咲はふいと顔をそらす。
「大丈夫よ美咲! 感じたままを言えばいいの!」
「そうさ。自分を解き放ってごらん」
「がんばれ、みーくん!」
「あーもう! そういうこと言われると余計に緊張するから!」
あれでもない、これでもない、と。美咲は目に入ったものを、手当たり次第に題材にしようとしたが――。
――――――――
「結局あたしだけ、何も思いつかなかった……」
時は移って、現在は帰路の途中。
屋形船から降りたあと六人は、再び人のあふれる祭りの方へ戻る気にもならず、こうして人気の少ない河原を仲良く歩いていた。
そんな彼女たちの頭上で、大きな花火はまだまだ上がり続けているのだが、これは美咲の提案によるもの。
花火が終わってから帰り始めては、同じ考えを持つ多くの人の中を進まなければならない。ならば、道のすいている今の間に出発して、帰りながら終わりを見届けよう、と省エネ志向の彼女らしい考えだ。
「まぁ、思いつかなかったのは仕方ないし、帰ってからゆっくり考えるよ」
ここにいる全員が、俳句を思いつけなかった程度で悪く言ってくるような人物ではないことを、美咲はよく知っている。だがそれでも、一人だけ後に続けなかったという点に彼女は、言いようのない居心地の悪さをどうしても感じてしまっていた。
この嫌な空気を払拭したくて。何かきっかけになるものでもないか、と美咲が歩きながら周囲に意識を向けてみると、ほどなくしてあるものが、彼女の目に留まった。
「……お?」
「あら、どうかしたのかしら? ……あ! さては俳句を思いついたのね?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
たった一文字の、もはや呟きとも言えないような短い声を、耳聡く拾い上げたこころが美咲へと詰め寄る。
「そんなことを言って、本当は俳句を思いついたのだろう? なに、恥ずかしがることはない。美咲の作った俳句ならきっと素敵なものに違いないさ」
「そうよ! だからお願い、聞かせてちょうだい?」
「いや、だから言いたくないとか、ほんとにそういうのじゃ――あぁ、もう! 花! そこに花が生えてたの! それがちょっと気になって声出しちゃっただけで、別に何もないから!」
違うのだという主張があんまりにも信じてもらえないものだから、仕方なく美咲は、できれば誤魔化したかった真実を投げやりに伝えた。
彼女がそれを言い渋っていた理由は二つ。
一つは、あまりに些細で本当に言う必要がないだろうと考えていたから。
そして二つ目は、端的に言えば柄でないと思ったから。普段の振る舞いを鑑みれば、自分が路傍の花に惹かれるような少女だと思われているはずはないだろうと。
(今までそんなキャラでもなかったのに急に、お花が~、とか。なんか気恥ずかしいし……)
「そんだけだから、わかった? はい、もうこの話おわり! 立ち止まってないでさっさと歩く!」
「こんにちは、お花さん! あなたの名前を教えてくれないかしら?」
「――って、話きかんかい!?」
さっさと話題を切り替えたいという美咲の思惑をまるで裏切り、くだんの花の元へ歩み寄ったこころは、ちょこんと座りこんで元気に話しかける。はたから見れば奇行の誹りは避けられようもないが、彼女が植物に話しかける程度、ハロハピの中では慣れたもの。むしろ対象が有機物である分、いくらかマシとさえ言えるだろう。
問いかけの後、こころはしばらく耳を傾けて返事を待っていたが、もちろんそんなものがされるはずはない。どうかしたのかしら、なんてかわいく首をかしげても、返ってこないものは返ってこないのだ。
「これは……シクラメンですね」
「…………!」
「確か和名は……
「へぇー、詳しいじゃん」
「一応、華道のご指導もしていただいてましたので……」
「すごいわ、コウ! あなたはお花さんの声を聴くことができるのね!」
現実としては、ただ元から持っていた知識を幸が披露したというだけ。しかしタイミングも手伝ってこころの目には、自分の聴き取れない花の声を彼が受け取ったのだと映ったようだ。
「えっと、そういうわけではないんですけど……」
「あたしもお花さんとおしゃべりがしてみたいのだけど……。どうすればできるようになるのかしら……?」
(華道ねー。……あ、そういえば)
こころに困らされている幸をしり目に、美咲の中で華道という単語からある人物のことが思い起こされる。
美竹蘭。『Afterglow』のギターボーカルを務め、また由緒正しい華道の名家の一人娘でもある。
学校が違うということもあって美咲個人としてはたいした繋がりもないのだが、同じ羽丘に通う薫や、クラスメイトである市ヶ谷有咲からたびたび話を聞くことがあった。
(なんか市ヶ谷さんが言ってたなぁ。『蘭ちゃん、花についてすっげー詳しくて、花言葉とかも訊いたらすぐ答えてくれんのな』……みたいな)
「ね、コウくん。ちなみに花言葉とかってわかったりするの?」
別段どうしても知りたいという訳でもなかったのだが、流れで何となく気になった美咲が、幸に向かって軽く問う。
「花言葉ですか? シクラメンは確か……遠慮とか内気、あとは気後れとか。これも花が逆向きに咲くことが由来だったと思います。本当は色によって違ったりもするんですけど……ちょっとそこまで覚えてなくて、すいません……」
「いやいや、それだけわかるってだけで十分すごいって」
「内気、遠慮……? つまりこのお花さんは、とっても恥ずかしがり屋さんということかしら? なるほど、だからぜんぜん声が聞こえなかったのね!」
納得、といった表情でうんうんと頷くこころ。実際は的外れもいいところだが、おかげで『どうすればお話しできるのか』という追及が止み、幸はホッと胸をなでおろした。
「けど、こんなにいい匂いで花びらもきれいなのに、ずっと下を向いてるなんてすごくもったいないわ。恥ずかしがらずに上を向いたら、もっと素敵でしょうに……」
「あ……。そ、その、確かに消極的な言葉が多いですけど、前向きな言葉もあるんですよ! 例えば、絆とか『想いが響きあう』とか……」
そういった意図ではなかったとはいえ、自分の言葉が原因でこころがシュンとしてしまった事実に、幸は声を張る。
咄嗟に切り出した話ゆえ、そこには構想も何もない。意味だの由来だの、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなるくらい、とにかく必死に彼は話を続ける。
そしてその甲斐あって、こころの顔にはすぐまた笑みが咲いた。
「ふふ、ありがとう。直接おしゃべりはできなかったけど、コウのおかげで、このお花さんについていーっぱい知ることができたわ!」
「ど、どういたしまして!」
「うーん、なんだかとってもいい気分だわ! このまま帰ってしまうのも何だかもったいない気がするし、何かもう一つくらい楽しいことが――あら?」
すっかり笑顔を取り戻したこころが、上機嫌なままその思いを口にする。
するとまるで神が遣わしたかのように、ベストなタイミングでそれはやってきた。
「楽しみだね~」
「うん! 早くやろう!」
立ち止まっていた六人の前を数人の子供たちが通り過ぎてゆく。その手には一つのパッケージが握られていて、それは俗にいう手持ち花火というものだった。
トテトテと河原の方へ移動した彼らは興奮冷めやらぬままに包装をむくと、すぐさま花火を火をつけ始めた。色鮮やかな火花が、まるで柳の葉のように地へと落ちる。
「あははっ、きれーい!」
時折顔を上げて空の花に見惚れては、今度は落として、地の柳を味わう。
その姿はとても楽しそうで、彼女がこう言い出すことは、誰にでも予想できることだった。
「あたしたちもやりましょう!」
そう言うや否や近くにあった屋台へ走り出したこころは、その腕に手持ち花火のセットを抱えてすぐに戻ってくる。
加えて、いつのまにか彼女たちの足元には、何故か水の張ったバケツとガスマッチが置かれており、すぐにでも花火を始めることができた。
そんな不思議な不思議な現象ではあるが、花音や美咲はおろか、加入してそう経っていない幸でさえももはや慣れてしまっており、誰も声を上げることはなかった。
「見て、はぐみ! この花火、青から黄色に色が変わったわ!」
「ホントだー! こっちの花火は何色かなー?」
「こっちとこっち、どちらに火をつけるべきか。それが問題だ……!」
さっそく数本の花火を持ち出して楽しむこころたちを眺めながら、美咲たちもゆっくりと自分の花火を選んでゆく。といっても、手持ち花火というのはおおよそが火をつけるまでどんな色なのかわからないものであり、結局は持ち手の柄などから適当に決めるしかなかった。
「お、コウくんのは黄色だったか」
「わぁ、こっちの花火もとってもきれいですね!」
「ふふ、大きな花火の迫力には負けるけど、手持ち花火もまた違った風情があっていいよね」
「確かに、そうですね」
花火から花火へ火を継ぎ、時にはただ眺めて、時には軽く振るってみたり、久しく――幸に関しては一度も――体験していなかった手持ち花火を彼女たちは精一杯楽しむ。
火花を完全に出し切った花火をバケツへ入れ、四本目になる花火へ美咲は手を伸ばす。それはどうやら線香花火だったようで、今までのような勢いの良さはないが、パチパチと静かに火花を落とす姿はどこか心を落ち着かせてくれた。
「……ハロハピって、なんか花火っぽいですよね」
「え? 私たちが……?」
それをボーッと見つめながら、彼女は何となく頭によぎった感想をそのまま外へこぼす。
「こころとはぐみ、それから薫さんが打ち上げ花火。特にこころは、特大の目立つやつって感じしません?」
「そう、ですね。何となくわかります」
「それなら、私たちは手持ち花火かな?」
「まぁ、そんな感じです」
「あら、素敵なお話ね!」
『うわっ!?』
ふと思ったそのままの美咲の考えは、しかし意外にも共感を得られるものだったようだ。
そんなたとえ話を続けていると突然、三人の間へ花火を持ったままのこころが入り込んできた。
「そうだ三人とも、ちょっとこっちに来てちょうだい? 今の話を聞いて、思いついたことがあるの!」
「こっちって、川の方に? どうして……?」
「それは見てのお楽しみよ!」
『…………?』
その意図の読めないまま、三人は手招きをしながら川へ近づいていくこころの後ろへ続く。
まもなく畔にまで辿り着いたこころは、腕を伸ばして花火を川の上に来るような位置に掲げる。彼女の行動の意味がわからず三人は首をひねったが、その疑問は、次の打ち上げ花火が空に咲いた瞬間に氷解することとなった。
「わっ。川面に、大きな花火と手持ち花火が並んで光って……」
「とってもきれいです……」
「さっきの美咲の話を聞いて思ったの。大きい花火も小さい花火も、どっちもみんなを笑顔にする花火だもの。なら、二つを一緒に見られたらもっともーっと素敵だって!」
「一緒に、かぁ……。なるほど、そうくるかー」
こころらしいその捉え方は、美咲を感服せしめるものだった。
大きな花火が別にいて、自分たちは小さな手持ち花火。
人によっては自分たちを卑下しているとも取られかねない――もちろん、美咲にハロハピ内で優劣があるなどという意識は微塵もない――言葉から、これほど前向きな発想に繋げることは、そう簡単ではない。
美咲たちは、改めてこころという存在の大きさを知ったような、そんな気がした。
『……あっ』
「どうしたの、二人とも?」
その時、まさに寸分の狂いもなく、美咲と幸が同時に声を上げた。
「その顔、さては俳句を思いついたのね? 聞かせてちょうだい!」
「なになに? 二人とも、俳句を思いついたの?」
「素晴らしいじゃないか! ぜひ聞きたいな」
こころの大きな声に反応して、少し離れた位置で花火に興じていたはぐみたちまでが駆け付け、そしてせがむ。
「すいません。閃いたって思ったんですけど……よく考えたらこれ、俳句じゃなくて短歌でした……」
「たんか……? よくわからないけど、俳句は思いつかなかったってことかしら。それは残念ね」
「じゃあじゃあ、みーくんは? どんな俳句を思いついたの?」
「んー、今は秘密」
「えー!」
少し前に、期待に曝されて緊張してしまっていた彼女はどこへやら。なぜか若干勝ち誇ったような表情を浮かべている美咲は、ただし、と続けて条件をつけた。
「夏休みが終わって宿題が帰ってきたら、その時に教えてあげる」
「えー! 気になるー!」
「大丈夫よはぐみ。美咲はきっと約束を守ってくれるわ。夏休みが終わるのを楽しみに待ちましょう!」
「その時は、私たちにも教えてね」
「楽しみに待っているよ」
笑顔を咲かせる六人の頭上で、今日のうち一番大きな花火が負けじと開いた。
――――――――
「ふー。なんだかどっと疲れたなぁ」
「そうですね。けど、とっても楽しかったです!」
「それはまぁ、うん……」
家までの帰り道をゆったりとなぞる美咲と幸。
つい先ほどまで賑やかな場所で、さらに騒がしい仲間に囲まれていたのだ。家族と行った時よりもずっと顕著に感じられる祭りの後の静けさが、けれど美咲には心地よくもあった。
「あっ、もうこんなところか」
ふいに目に入る一本の標識。歩行者優先を示すいたって一般的なそれは、帰り道のさなかに何度も目にしたことがあるものだ。そして、美咲の中では別れが近づいているということを意味するシンボルでもあった。
「……ねぇ、幸。あたしが思いついた俳句、聞きたい?」
「どうしたんですか、急に……? それはもちろん聞きたいですけど……宿題が帰ってきたらって約束でしたよね?」
「まぁそうなんだけどさー。幸には聞かせたい……ううん、これを聞いた幸の感想が聞きたいな、って思っちゃったんだよね。あたしが」
どうする? と続きを促す美咲。あくまで判断は幸に任せる、という立場であるらしい。
少しの間だんまりだった幸は、やがて顔を上げ、伝えた。
「聞かせてほしいです、美咲さんの俳句」
「ん、わかった。……『川風に 六つ寄り添う 花火かな』。……なんて、どう?」
そのたった十七の音に、彼の心はどれだけ動かされたのか。
真剣な表情で数秒考えこみ、ほろりと頬を緩め、それに気づいて小さな手で顔を隠す。
うー、とか。あー、とか。そのままの状態で何度か声に出して、それからようやく、彼は美咲の方へ顔を戻した。
「感想は、言います。……ただ、その、もし僕が意味の分からないことを言ったら、どうか無視してくださいね。……なんていうか、その……自惚れているかもしれないので……」
「なんか、ずいぶんな保険だね。いいよ」
「……とってもいいなって、そう思いました。すごく陳腐な言葉になっちゃうのは、それは、言いたいことはいっぱいあるのに……その、嬉しいなって思いが大きすぎて――ご、ごめんなさい! 意味不明でしたよね!」
蚊の鳴くようなか細い声で、顔を真っ赤に、幸が口を開く。けれど、最後の最後で――彼曰く――意味の分からないことを言ってしまったようで、言葉の末は謝罪の中へ消えてしまった。
だが。
「――大丈夫だよ。幸の言いたいこと全部……まぁ、あれだ。こっちこそ自惚れてなければってやつだけど、うん、全部わかったよ」
まるまる、みんな、伝わった、と。
彼女のはにかむ顔は、それが嘘などではないことを証明しているようだった。
「にしても嬉しい……嬉しい、ね。あたしとしてはむしろ、この俳句を嬉しいって思ってくれるようになったことが、すごく嬉しい、かな。変わったね、幸は」
ハロハピの内にいて、けれどハロハピの外にいる。そんないつかの日の姿を思い出して、美咲はつぶやく。
彼女の言葉も普通に考えればひどく抽象的なものであったが、それが相手にとって意味のわからないものである可能性を、美咲は少しも考えなかった。
「……『夏の夜に へんか浮かばす みずかがみ』」
「へんか……へんか、ね。あたしは俳句とか詳しいわけじゃないけど……上手なんじゃない? たぶん」
「えへへ、ありがとうございます」
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない